10月21日:ガンゲノム解析はどこまで標的治療につながるか(Natureオンライン版掲載論文)
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10月21日:ガンゲノム解析はどこまで標的治療につながるか(Natureオンライン版掲載論文)

2018年10月21日
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私が退職した5年前は、トップジャーナルの25%が主にガンゲノムの研究論文であふれていた。次世代シークエンサーが開発されてから急速に進んだ癌のゲノム解析の結果の一次収穫期にあったと思う。もちろん地道なデータベースの開発などが進んできた結果だが、トップジャーナルが飛びついたのは、ガンゲノム解析から明らかになる標的分子に対する副作用のない治療法がどんどん開発されるのではないかという期待からだ。もちろん、一部の癌では新しい標的薬が使われ効果を上げてはいるが、はっきり言って、この時のガンゲノム解析の結果生まれ大成功を収めたというのはほとんどないのではないだろうか。このせいか、トップジャーナルでのガンゲノムの論文数は大きく減少し、代わりに免疫治療の論文が幅を効かせるようになっている。

なぜこのような状況になったかと考えると、1)発ガン過程に多くの共通部分は確かにあるが、個別に極めて複雑なコースを辿っていることがわかってきたこと、2)多くの分子標的が、薬剤が開発できても効果が持続しないこと、3)すなわちガンは常に進化しており、なかなか追いつかないこと、とまとめることが出来る。

この典型例が急性骨髄性白血病AMLだろう。ゲノム解析で、3割ぐらいのガンでFLT3の変異が見つかっているが、FlT3に対する標的薬の効果はたかだか半年しかないことがわかってきた。もちろん、新しい薬剤の開発は続き、単剤で有効な薬剤も増えてきてはいるが、骨髄移植を含むこれまでの治療を置き換えるには、個別の白血病細胞に合わせた薬剤の選択が必要になる。事実、ゲノム解析は、 AMLがそれほど多様である事を示している。

今日紹介する論文は、個々のゲノム解析を薬剤選択につなげる方法を開発してこの状況を乗り越えようと、個別のガンのゲノムや遺伝子発現解析と薬剤の選122種類の薬剤への反応を同時に調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Functional genomic landscape of acute myeloid leukaemia (急性骨髄性白血病の機能ゲノム展望)」だ。

研究ではこれまでのガンデータベース(TCGA)に加えて独自のAMLコホート研究に参加している562人の患者さんの、ゲノム解析、遺伝子発現解析を詳細に行うとともに、患者さんのガン細胞を122種類の薬剤とともに培養し、それぞれに対する反応を調べている。AMLの中には骨髄異形成症候群から発生してきた患者さんも含むが、複雑なので区別せず紹介する。

まず大事な点は、ゲノムから予測できる薬剤が効果を期待通り示すという場合もあるが、予測が全く役に立たない白血病も多く存在する点だ。極めて膨大なデータで、図や表は示されていても、読んで何かがわかるというものではない。結局、p53の変異があると、様々な薬剤に対する抵抗性が出てくる、RASの変異があるとMAPK阻害剤に反応する、IDH2変異があると薬剤耐性が起きやすい、RUNX1変異はPI3KCやmTOR阻害剤に反応しやすい、などある意味ですでに知られていること以上には提案できていない。

ただ救いは、このパターンを詳細に眺めると、発ガンに関して相互に関わっている分子と、独立している分子の分類ができる可能性があることだろう。しかし、まだまだ患者さんのデータをもとに治療方針を立てることなど、程遠いと言った状況であることがわかるだけの論文だった。もちろん膨大なデータを集めることは重要で、その意味でNatureに出版する価値のある論文で、このデータをもとに、他の研究者が新しいことを着装してほしいと思う。

おそらく他のガンでも同じような研究状況だろう。我が国でも10年遅れでガンゲノムを臨床に取り入れることを進めているが、このような世界の状況も踏まえ、新しい発想を取り入れた研究を進めなければ、結局失望を生むだけに終わる気がする。

結局今も昔も、骨髄移植対象年齢のAMLは従来治療が第一選択だろう。一方、骨髄移植の適応でない、しかし高齢とともに数が増えるAMLについては、ゲノムから予測される薬剤を組み合わせて使う治験を積極的に進めるのがいいように思う。そして、それぞれの治療法がゲノムから予測される効果を出したのか丹念に拾い上げて、最終的にゲノムから薬剤選択につながるAIの開発を行うことが必要な気がする。いずれにせよ、世界の白血病医が集まって、これにどう取り組むかを決めないと、ゲノムを読めば標的薬が見つかるという単純な期待はすぐしぼんでしまうだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ