8月5日最近の膵臓癌研究:II ゲノム解析
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8月5日最近の膵臓癌研究:II ゲノム解析

2016年8月5日
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   一部の例外を除いて、ガンはゲノムで起こった様々なタイプの変異が積み重なって発生する。また、一つの遺伝子の変異で起こるものではなく、増殖や転移に関わるいくつもの分子の活性化や不活化が積み重なって発生する。
   最初は動物実験モデルで確認されてきた発がんの多段解説は、次世代シークエンサーが導入され、何万人もの人から得られたガンのゲノムの解読を通して、実際のガンで確認されるようになった。膵臓癌でもすでに数百という数のガンのゲノムが解読され、数多くの論文が発表されている。ゲノムを知らずして膵臓癌の理解はない。
次世代シークエンサーが身近になってから、数多くのガンについて、エクソーム(タンパク質に翻訳される全ゲノム部分)、あるいは全ゲノムを解読して、発がんに関わる遺伝子変異を特定しようとした論文が発表された。全ゲノムの核酸配列を何百ものガンで調べるとはなんと大変な実験だと思われることも多いだろう。しかし、次世代シークエンサーは驚くべき威力を発揮し、ガンゲノムの塩基配列を解読するだけなら、正確に安価に出来るようになっている。
   しかし、特定した変異が本当に発がんに関わるのか、あるいは細胞の増殖にはなんの影響もない変異なのか、これを決めるのは簡単ではない。コンピュータで予測するには、まだまだデータが足りないのだ。
   実際ガンによっては、アミノ酸配列の変化につながる突然変異を1万近く持つものもある。その中のどの変異がガンの増殖に関わるのかを特定するのは簡単ではない。せっかくゲノム解析をしたのに、発がん過程について全く想像もつかないという結果に終わることは多い。
   そんな中で膵臓癌は、ほぼ100%のケースで、KRASの突然変異がガンの増殖のアクセルになっている(ガンのドライバー変異と呼ぶ) (Waddell et al, Nature 518:496, 2015, Witkiewica et al, Nat Com, DOI: 10.1038) 。
   ドライバーだけではない。ブレーキ役の遺伝子の変異も膵臓癌では多様性に乏しい。ほぼ50−80%の頻度で、p53、CDKN2A、SMAD4分子の機能喪失変異が認められる。
   例えば同じようにK-RASにドライバー変異が見られる肺腺癌でも、RASの変異は30%程度にとどまっており、CDKN2Aの機能喪失に至っては4%にしかめ認められない。
       ほとんどの膵臓ガンで共通の遺伝子変異は、発がんの最初の段階に必須の変異だろうと考えられる。例えば直腸癌ではAPC遺伝子の欠損が必ず見られる。このことから、正常の膵管細胞からガンができるための最初の段階でKRASの変異が必須の条件であることがわかる。なぜKRAS変異が最初に必要かを明らかにすることは、まだ解明されていない膵臓癌を理解する重要な課題だと思う。
   正常の細胞でKRAS変異が起こると、暴走を止める一種の防御反応として細胞死が起こる。このため、この防御反応をコントロールしているp53とCDKN2Aの欠損がほとんどの膵臓癌で見られるのは理にかなっている。すなわち、KRASの力を引き出せないと膵臓癌にはなれない。こうしてみてくると、膵臓癌が発がんの多段解説のお手本のようなガンであることがわかる。
   逆にもしRASに対する薬剤の開発ができれば、ほとんどの膵臓癌の増殖を止めることが可能であることを示しているが、これがなかなか難しい。薬剤開発については次回に考える。
       ではKRASがドライバーになり、その暴走を止めるための最も信頼できるブレーキ役p53,CDKN2Aが壊れることが膵臓癌をこれほど悪性にしているのだろうか?
   おそらく答えはyes and noだろう。例えば直腸癌や肺がんでも、KRASとp53の組み合わせが見られるケースは多い。ただ、先にも述べたがCDKN2Aも組み合わさるケースは稀で、この教科書的組み合わせが実現していることが膵臓癌の恐ろしさの一つの要因であることは間違いない。しかし、同じようにKRASがドライバーになっている他のガンと比べた時、膵管細胞という特殊な環境とKRASの組み合わせが悪性度に果たす貢献も無視できない。RASは細胞の増殖だけではなく、代謝や、外界からの制御に対する抵抗性など多くの変化に関わっている。RASが膵管細胞で何をするのか、より詳しい研究が膵臓癌の恐ろしさを理解し、新しい治療開発の鍵になるように思う。
  膵臓ガンになるための入り口は狭いが、一旦そこを抜けると様々な突然変異が積み重なり始まる。その結果、個々のガンを比べると変異の組み合わせは多様だ。また突然変異だけでなく、欠損や挿入のような大きな変化も見つかり、これらの2次的(?)な変異の組み合わせがガンの個性を作っている。
  このような2次的な変異を考える時、DNA修復に関わる遺伝子、例えばBRCAやRPA1に変異が入ってゲノムの安定性が損なわれると、突然変異の数は急速に増大する。ただ、これは悪いことだけではない。先にあげたWaddell ( Nature 518:496, 2015)らの論文によると、修復メカニズムの異常がおこってゲノムが不安定になった膵臓癌は、シスプラチンを中心にしたプラチナ製剤よる治療によく反応する。ガンのゲノムを知って治療を計画することの重要性がここでも明らかになっている。
       他にも、SMAD4, KDM6A, ARID1A,SMARCA遺伝子の変異も比較的頻度が高い。この中の、染色体構造の調節に関わるKDM6A,ARID1A,SMARCA遺伝子の変異は他のガンでも重要な役割をしているので、今回は省略する。 一方、SMAD4は膵臓癌の間質を考える時に欠かせない変異なので、次回以降にこの変異の意義を考えてみたい。
  少し長くなったが以上を私なりにまとめると、「膵臓癌ゲノムは、KRAS変異がドライバーになり、それを抑えるブレーキであるp53,CDKN2Aの両方が欠損しているという、まさに教科書的な組み合わせが特徴になっている。従って、KRASの抑制こそが治療開発のカギとなる。 またゲノムが不安定になっているガンは、現在使われている薬剤に反応を示すことがわかってきた。従って、発がんの張本人がわかっていても、ゲノムを調べて膵臓癌の治療方針を立てることは重要だ。」となる。   最後に医学会への要望だが、ガンのゲノム検査が我が国でも簡単に受けられる体制を早く整備して欲しいと思う。
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8月4日:最近の膵臓ガン研究:I 体質、予防、早期発見

2016年8月4日
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    九重親方が膵臓ガンで亡くなったというニュースを聞いて、膵臓ガンを我が事として心配し始めた人も多いのではないだろうか。
   私の歳になると、膵臓ガンで失った友人や知人は数多い。最近も、知人が過酷な運命と闘うことになり、相談を受けた。
  この敗北感から、引退後も出来る限り膵臓ガンの研究には関わりたいと思い、若い人たちと月1回膵臓ガンの勉強会をしている。また、このホームページでも他の病気よりは頻回に膵臓ガンの論文を紹介してきた。
  ただ、個々の論文を別々に読んでいるだけではまとまった知識として整理できないので、これまで読んだり紹介したりしてきた膵臓ガンの研究をこの機会にまとめることにした。
   通常の論文紹介とは異なり、今回は私自身の意見も積極的に述べようと思っているが、これは検証されていない個人的意見であることを断っておく。また一般の人には難しい表現も多いかもしれない。
     さて、膵臓ガンは恐ろしく、また世界各国で増え続けていると言っても、我が国の全罹患者は4万人程度、全死亡者数が3万人強程度で、ガンによる全死亡者の10%程度と思われる。従って、いくら膵臓癌が恐ろしいからといって、一般の人が膵臓ガンだけにとらわれるのは問題だ。しかし、例えば体質や生活習慣から膵臓ガンのリスクが高いと判定される人が、膵臓ガンを意識した健康管理を行うことは意義がある。
   そこで膵臓がんの1回目は、膵臓ガン体質はあるか?早期診断は可能か?予防法は存在するのか? についての最新の研究をまとめてみる。
体質
北欧で行われた一卵性、二卵性双生児に関するコホート調査からみると(JAMA 315, 71, 2016)、膵臓ガンの遺伝性は以外と低く、一卵性双生児の片方がかかった時、もう片方がかかる一致率は直腸ガンより低い。即ち、環境因子や生活習慣が関与する余地の多いガンであることがわかる。
  一方で、膵臓ガンが多発する家系の存在を示す研究も進んでおり、例えば父母、兄弟姉妹に膵臓ガン患者がいる場合、オッズ比が3.2に達することが示されている。
   体質に関わる遺伝子多型についての研究も進んでおり、乳がんリスクに関わるBRCA2, PALB2、BRCA1や、他にもMSH遺伝子など、DNA合成時の修復に関わる遺伝子の突然変異、あるいはp16などの細胞増殖に関わる遺伝子が、膵臓ガンリスクになることがわかっていた。さらに全ゲノムレベルでの多型解析についての論文も多い(例 Wolpin et al, Nat Gent,46:994, 2014, Childs et al, Nat Gent 47:911, 2015)。
  このことは、総合的遺伝子リスクを算定するためのデータがそろってきたことを意味する。今後家族歴、特定の遺伝子突然変異、ゲノム検査、を統合した膵臓ガンのリスク計算方法が開発され、リスクの高い人に向けた健康診断プログラムが提供されることを期待したい。
早期診断
  遺伝子検査によりリスクが計算できたとしても、早期発見のための特別な検査方法がないと不安を抱えて右往左往するだけだ。治験登録サイトClinicaltrial.govを、膵臓ガン早期診断のキーワードで検索すると、早期診断法の治験が32登録されており、期待は持てるが殆どが未だ進行中の治験だ。
  私自身が読んだ論文の中で、早期診断を実現できるのではと最も期待を抱かせたのが、スウェーデンで行われたコホート研究についての論文だ(Del Chiaro et al, JAMA Surg 150:512, 2015)。この研究が追跡したのは、遺伝的に膵臓ガンのリスクが正常と比べて10倍高いと思われる40人の人たちで、膵がんが発生するまで1年ごとに健康診断を行って、経過を見た論文だ。この中には、既に述べたBRCA1/2やp16遺伝子の突然変異を持つ人たちが含まれている。
  この時毎年の検査に使われたのがMRCPと呼ばれる検査法で、MRIを用いて膵液や胆汁を特に強調して可視化する検査だ。患者さんへの負担はMRI検査だけでそう大きくないが費用はかかる
  驚くことに、この方法で最初の検査時に40人中12人が陽性と判断され、そのうち9例は膵嚢胞性腫瘍と診断されている。膿疱性腫瘍が検出された場合は内視鏡下超音波診断法とbiopsyで、手術と経過観察に振り分け、経過観察の場合は6ヶ月に1回の頻度で行っている。残りはMRCP検査を1年に一回のペースで受けている。
  このスケジュールで経過観察を三年続け、その間に2例に膵ガンが発見されたが、全てリンパ節転移はなかった(N0:リンパ節転移の程度)。本体の大きさはT1とT3(腫瘍自体の大きさの指標)だった。さらにもう1例膵ガンが発見されたが、このケースの場合は定期診断を休んでいる間に運悪く腹痛で受診し、膵ガンが発見されている。この患者さんは既にT4でリンパ節転移もN1と診断されている。
   未だ症例数は少ないが、遺伝的リスクが高い場合は、MRCPによるスクリーニングで早期発見が可能であることを示した重要な研究だと思う。この40人については現在も経過観察中のはずで、次の論文が待たれる。
  このように、遺伝的リスクの高い人を選んでMRCPを用いた定期検査を行うサービスは、人間ドックなどで今でも可能だと思う。
予防  膵臓ガンの恐ろしいところは、上に述べたような早期発見が出来たとしても、確実に治ることが保証できない点だ。
   よく引用される2010年HidalgoによりThe New England Journal of Medicine(362:1605, 2010)に発表された膵臓ガンに関する総説 によると、T1N0で発見されても平均余命が2年というのは、検出限界以下の転移が存在する可能性が高いことを意味している。
  従って予防が重要になるが、今のところ禁煙、肥満防止、糖尿病予防のような一般的生活習慣改善以外にはっきりした予防法はない。
   こんな中で一つだけ面白い論文があった。アメリカでは心臓疾患やガンの予防のために低容量アスピリンを飲む人が多いが、膵臓ガンにかかった症例を対象に、アスピリンの服用を調べた症例対照研究だ(Streicher et al, Cancer Epidemiology Biomarkers & Prevention, 23:1254, 2014)。この研究によると6年以上低用量アスピリンを続けている人では、膵臓ガンにかかる率が著明に改善している。アスピリンは消化管出血を誘発する心配があるが、副作用がなければ、試してみる価値はありそうだ。
以上、「総合的な遺伝リスク判定サービスが必要。高いリスクを持つと判定されれば、MRCPを中心とした定期検査を受け、当然メタボにならないよう努力すると同時に、禁煙を励行する。また、低容量アスピリンも予防の選択肢の一つ」が私なりの今回のまとめだ。 次回は膵臓ガンの様々な特徴とゲノムの問題を考えてみる。
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創薬研究への施策と活動への希少難病患者の期待 (その2 完) =地震により甚大な被害を受けた熊本大学発生医学研究所への寄付のお願い=

2016年5月27日
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5月12日付の本稿(その1)において( http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/5219 )、日本医療研究開発機構(AMED)の「創薬支援ネットワーク」が、これまでに採択して支援した大学での創薬研究テーマ44件について製薬会社等にライセンス希望を募ったところ、結局契約は実質的に1件も成立しなかったとの新聞報道を伝えて、その原因の推察と希少難病患者やそれらを支援する我々医療関係者として、AMEDの創薬支援への期待とそれが採るべきこれからの方向と手段を提言した。

加えて本創薬支援ネットワークの支援テーマの1件として採択された熊本大学発生医学研究所江良択実教授による『ニーマンピク病C型(NPC)治療薬の開発』が、NPC患者のiPS細胞由来の肝細胞を用いての基礎研究を経て、現在前臨床段階で開発中であると紹介し、また当研究室が我が国では官民を通じて極少ない希少難病治療研究を重点的に推進しており、大きな希望と期待を寄せていると記した。

江良教授は、理化学研究所の創薬・医療技術基盤プログラムとも関係を持たれ、今年3月3-4日に同所横浜キャンパスで開催された理研シンポジウム『第3回創薬ワークショップ アカデミア発創薬の到達点と課題』において、「難治性疾患由来iPS細胞を使った創薬研究」との演題で講演された。難病患者の血液細胞からiPS細胞を作り、疾患の標的となる細胞に直接誘導・解析するとの難病研究のツール(疾患スクリーニング、創薬ターゲット)の提供であるが、その一例として進行性骨化性線維異形成症(FOP)の治療薬の創薬研究の現状を話された。

FOPは、小児期から全身の筋肉やその周囲の膜、腱、靭帯などが徐々に硬くなって骨に変わり、このため手足の関節の動く範囲が狭くなったり、背中が変形したりする進行性の疾患で、国内の患者数は6-70人という希少難病である。本疾患の原因遺伝子は解明されているものの、現状は病気の進行を緩めたり止めることが不可能で、早急な治療法や治療薬の創出が特に切望されている。

当シンポジウムは発表内容に関して機密保持の契約締結を条件とするクローズド講演会であったので、具体的内容は避けるが、iPS細胞由来の分化マーカーを用いるin vitroスクリーニング法とiPS細胞の体内挙動を解析するin vivoの評価系を共に用いており、既にFOP治療薬としての有望な候補化合物を選択されている。早急な臨床開発、薬事承認、健保収載を経て、1日でも早くFOP患者に届くことを待ち望んでいる。

かかる状況の下、4月14日に起こった一連の熊本地震によって、余震が収まらず未だに生命や生活が脅かされている市中の被害に加えて、熊本大学でも発生医学研究所をはじめ甚大な被害を負っている(http://www.imeg.kumamoto-u.ac.jp/message2016may2/ )。決死の所員の復旧活動によって、研究室周りの整頓は大分進んでいるようであるが、16日の本震による中高層階研究室内の大型測定装置や実験装置の倒壊や落下による損壊については、復旧や更新が当面期待できず、本格的な実験再開はできていないと推察される。

熊本大学発生医学研究所における難病に関する基礎から臨床の研究は、実力、人材、施設、歴史から見て世界的にも超一流で、特に希少難病の治療法、治療薬に関しては、国内では数少ない研究拠点であるので、これが今回の地震によってその業務が一日たりとも停滞や遅延することは、ここからの成果を待ち望む難病患者にとっても大変な打撃と失望で、一日も早い復帰・復旧を心から切望している。

 

希少難病患者やその家族・支援者として、さらにはその現状に関心を持たれる一般市民にとって、現在同研究所の活動の早期復旧に手を差し伸べ得る唯一の手段は、寄付しかないと思われます。

熊本大学発生医学研究所の震災からの復旧支援には、そのホームページ(http://www.imeg.kumamoto-u.ac.jp/kihu2016/#5 )から「発生医学研究所教育研究支援事業」として、クレジットカードで簡便・確実に寄付することができます。本寄付は所得税法上の特定寄付金に該当し、後日大学から郵送される「寄付金証明書」により、簡便・容易に所定の大幅な所得税の減免処置が受けられます。

私達からも、同発生医学研究所の活動による治療薬のできるだけ早期の創出と供給を待ち望む希少難病患者の期待に沿えるよう、広く一般市民の皆様からの同研究所への寄付をお願いいたします。  (田中邦大)

創薬研究の施策と活動への希少難病患者の期待

2016年5月12日
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『新薬候補、譲渡成立ゼロ』との見出しで4月末一部の専門紙に、日本医療研究開発機構(AMED)が運営する「創薬支援ネットワーク」が、2013年から大学での創薬研究から新薬に結びつきそうなテーマを採択して実用化を支援しているが、成果の主要指標である製薬企業への譲渡件数については、初年度として筋ジストロフィー治療研究の1件にその可能性が残されたのみであった、との記事が小さく出ていた。

AMEDは、44テーマについて有望と判断して資金や技術の援助をしたとしており、これらは同ホームページで『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』 (http://www.amed.go.jp/program/list/06/theme_list.html ) として公表されている。製薬会社への譲渡で最も期待されたのは、具体的な化合物にまで絞られたテーマと思われるが、大学での限られた研究資源や化合物ライブラリーの範囲からの無理矢理な選別で、さらに研究当事者自身の判断に拠るものであって、緩い基準に基づいて選ばれた化合物と見做されるのが普通である。

現在までの支援テーマは、どれも精々前臨床段階にあるが、今後ともAMEDとしてこのような支援を継続するのであろうか?製薬会社に提示したときに、「興味深いが今の段階では導入可否の判断ができない。ヒトでのPOC(概念実証)が得られたら改めて連絡ください。」などと無責任に臨床第II相程度の治験の実施が必須とのごとく要望されることが多かったと思われる。しかし、薬物の治験(臨床研究)は、動物での安全性と有効性が確立し、確固たる市場性、経済性や承認の見通し立った候補化合物に限ってその研究者や組織の全責任で行うものであって、単に薬理学的推論の効果の立証を目的として、濫りにヒトを実験台にしてはならないことは言うまでもない。一般論として、公的資金での薬物の治験の実施は、極限られた場合や代替方法が絶無でのみ可能と考える。

全く新しい薬理、原理、メカニズムなどに基づく薬物治療法やスクリーニング方法などに科学的や第三者の理解や評価を得るには動物実験で十分であるし、有効な特許の取得も可能で、この段階で研究成果や技術として製薬会社への導出も十分に可能である。従って、大学では更に進めて一般的な新薬の創出を目指しての化合物スクリーニングや臨床研究を行うことは非効率であるし無駄な行為でもある。大学では、動物実験レベルで成果を纏めて国内外の企業に導出することとして、リード化合物の選定や至適化、非臨床試験などその後の開発作業は、そのライセンスを受けた製薬企業でなされるべきである。

AMEDの創薬支援ネットワークは、上記の惨めな現状に対して「企業のニーズの事前把握が不十分だったことを反省点とし、改善した上で大学での革新的新薬の創出活動(事業)の支援を続ける」としている。AMEDは、発足当初から国税600億円以上を既に本ネットワーク事業に投入していることになるが、それら投資の結果として何か具体的な成果を残せたのであろうか?反省点が前記で全てであって、改善点が明示されないまま、また具体的な改革策を示すことなく、本創薬支援ネットワークを当初の計画に沿ってこのままで継続させることが、許されるとは思えない。

一方、上記AMEDからのテーマ進捗表『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』の末尾部に、熊本大学発生医学研究所の江良択実教授の『ニーマンピク病C型(NPC)治療薬の開発』が本創薬支援テーマに採択され、前臨床段階にあることが公示されている。

NPCは、ライソゾーム病の一種で、乳幼児からも発症し進行性であり国内の患者総数が50名程度の希少難病であって、指定難病である。細胞内コレステロール輸送障害による疾病で、肝臓、脾臓の腫れと神経症状が徐々に進行し重篤化する。ごく最近になって、厚労省未承認薬検討委員会発足により、唯一スイス国発のミグルスタットが早期承認されたが、症状改善は一応期待されるもののまだまだ満足する治療効果には程遠く、また根治は期待できない。

第2番目のNPC治療剤としてヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(HPBCD)が米国で 臨床開発中であるが、上記のとおり熊本大では2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン (HPGCD)という別個の関連化合物が、AMEDからも支援を受けてNPC治療剤として研究開発が進められている。

γ-CD体は、β-CD体に比べて、水に対する溶解性が高いためか、生体にはより安全とされており、コレステロール他被排泄(包接)物質に対する親和性や包接能も相互に異なるはずで、薬効の多様性が期待される。

幹細胞研究の権威の江良教授のグループは、iPS細胞出現の当初から希少難病治療の研究手段としてそれの活用に取り組んでおられ、今回も化合物スクリーニングに、NPC患者iPS細胞由来の肝細胞が用いられている。希少難病治療方法の研究に集中的に取り組む我国では数少ない基礎医学者であり、対症療法の本件を手始めに今後も継続してNPCをはじめライソゾーム病の根治療法の研究に取り組まれるものとその成果は大いに期待される。

希少難病治療用薬剤の研究開発は、その緊急性と専門性から個々の疾患について基礎研究段階から臨床開発、薬事承認と一貫性と連続性が非常に重要である。また、その市場性から例え開発途中からといえども民間企業の参入は、これまでの例外的なケースを除けば、殆ど期待できない。

AMEDにおいては、大学発の創薬支援テーマの採択にあたって、希少難病治療用薬剤の研究を重点的に採用し、一貫性を持って患者に投与できるまで支援を続けてほしい。この施策により、各大学において整備されてきた治験のための組織と施設が生かされる。さらに大学で生まれた希少難病治療薬創出研究の成果は、広く創薬研究のための革新的な基盤科学技術となり、民間に技術導出され応用・活用されることを期待する。(田中邦大)

1型糖尿病研究基金応援のお願い。

2015年8月5日
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多くの皆さんに論文ウォッチを読んでいただき感謝しています。今後も、休むことなくこの活動は続けたいと思っています。おそらく読者の大半はなんらかの形で生物学や医学に関わる方々と思いますが、様々な病気を持つ患者さんにも読んでもらえるよう努力を重ねたいと思っています。さて、私自身は現役時代から日本IDMMネットワークの活動を支援する100人委員会の一員ですが、理事長の井上さんが、もっと多くの方の御支援を仰ぎたいと、毎月100円を寄付する新しいプログラムを多くの方に知って欲しいと連絡がありました。以下に、井上さんのメッセージをペーストしますが、私のブログを読んでいただいている多くの方が、このプログラムにも理解をいただけることを期待します。また賛同いただけるフェースブックの利用者はイイネもお願いします。
詳しくは日本IDMMネットワークホームページを見てください。
http://japan-iddm.net/

今日は日本IDDMネットワークの行っている「1型糖尿病研究基金」を応援する「100人 委員」としてのお願いです。
【1型糖尿病根治のための研究への”100円”のご寄付のお願い】  1型糖尿病を根治し、「治るよ」と言える社会にするために1型糖尿病研究基金へ の継続的なご寄付をお願いいたします。  私が理事長を務める日本IDDMネットワークの「100人委員会」が100人×100人プロ ジェクトをはじめました。  このプロジェクトは100人委員会の委員が知り合いなど100人に寄付を呼びかけて1 万人からの寄付を集めようというものです。 よろしければ、下記URLに掲載中の動画もご覧ください。
 https://youtu.be/3iwtEWD_RUs
皆さま1人1人からのご協力が1型糖尿病患者の根治につながります。 またご寄付いただいた方の芳名を集めております。 以下のフォームにお名前と私の情報を入力をいただきたいと思っています。
 【定型フォーム】  http://goo.gl/forms/4IAA0nZa1B
 【期間】  2015年9月30日まで  メールやSNS等を活用し、以下寄付サイトへのURLとともに、日本IDDMネットワーク へ”毎月100円”の継続的なご寄付を呼びかけていただくようお願いします。
ご支援はこちらから。(かざして募金)
https://ent.mb.softbank.jp/apl/charity/sp/careerSelect.jsp?corp=047
 ※ソフトバンクスマホの方は携帯電話利用料と一緒に、ソフトバンクスマホ以外の 方はクレジットカードで寄付いただけます。  2025年に一緒に根治の祝杯をあげてください。

「2014年に新たにFDAが承認した稀少難病治療薬」 

2015年1月22日
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米国において、2014年中にFDAが新たに稀少難病治療薬として承認した41品目の治療薬の抄録を公表しましたので、それにAASJで補ってEXCELに纏め掲載いたします。「商品名/一般名」をクリックすると、FDAホームページのODD(稀少難病薬指定)での各薬物の情報にリンクします。

 

2013年が32品目であったのに対して、昨年は41品目と22%増加しています。

 

これらの薬物の日本での適応症の状況を、難病情報センターのデータ( http://www.nanbyou.or.jp/ )を参照して、特定疾患治療研究事業(56疾患)および難治性疾患克服研究事業(130疾患:新たに公表された指定難病110疾患とも実質的に一致している)との関連について、現状を備考欄に記入しました。

 

これら41品目の適応症は、日本では未承認ですが、米国で承認されて、未承認薬等検討会議での検討必要要件を満たしましたので、我が国としての治療効果や疾病の実情を検討して、必要なら早急に対応すべきと思います。同検討会議は患者団体等からの追加承認の要望を常時受け付けています。       (田中邦大)

150119_OphanDrugApprovalsIn2014(FDA)

FDAで稀少難病薬指定を受けたALS治療薬(候補化合物)

2014年11月6日
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FDAの「稀少病薬リスト (指定と承認)」( http://www.accessdata.fda.gov/scripts/opdlisting/oopd/ )で、ALS治療薬(候補化合物)について検索して、開発の現状をテーブルにしました。

141001_ALS稀少薬リスト(FDA基本情報)

本表に掲載したALS治療薬には、FDAでこれまでに稀少難病薬指定を受けた薬物(化合物)が全て含まれていますので、既に研究開発を中止した化合物や、製造承認を受け現在唯一のALS治療薬として販売中のriluzole (RILUTEK: Sanofi社)も入っています。

当ホームページの「稀少難病ナビ席」に「ALSの進行を心臓薬ジゴキシンで遅らせる」として10月30日に掲載したジゴキシンについては、

古くから狭心症や心房細動など心臓病薬として広く使われており、また子癇(しかん:周産期に妊婦または褥婦が異常な高血圧と共に痙攣または意識喪失、視野障害を起こした状態)の治療薬としてFDAの稀少難病薬の指定を受け臨床試験中ですが、ALS治療薬としては未指定です。

通常プロトコールができIND(治験届)後に稀少難病薬指定の申請がなされるようですので、ALS治療薬としてのジゴキシンの臨床研究は、投与量や投与方法による心臓への副作用回避対策ができてからになると思われます。                                (田中邦大)

承認を受けた新規の稀少難病治療薬

2014年7月17日
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 厚生労働省は7月4日、新規有効成分の医療用医薬品やワクチンなどについて新薬22製品32品目に一斉の製造販売承認をしました。これらの製品に「難治性130疾患」(難治性疾患克服研究事業対象130疾患)に含まれる希少難病のゴーシェ病と骨髄繊維症の治療薬2品目が含まれています。承認申請資料や添付文書は未公開で、薬価も未収載ですが、概要を記します。

(1)  「ブプリブ(Vpriv)」  velaglucerase alfa( 遺伝子組み換え) [シャイア・ジャパン社]

 ゴーシェ病は、ライソゾーム病の一種で、グルコセレブロシダーゼ欠損のより肝臓、脾臓、骨髄、神経にグルコセレブロシドという脂質が蓄積する遺伝性疾患で、国内推定患者数は100人未満とされていて、次の3種があります。

 Ⅰ型(成人型)は、慢性非神経型で、肝臓、脾臓が腫れ、貧血が幼児期~青年期に発症します。骨がもろくなり、痛みや骨折しやすくなります。

 Ⅱ型(乳児型)は、急性神経型で、肝臓、脾臓の腫れに加えて乳児期より痙攣などの神経症状が急激に進行します。  Ⅲ型(若年型)は、慢性神経型で、肝臓、脾臓の腫れに加えて神経症状を伴いますが、Ⅱ型より発病が遅く程度や進行も緩やかです。

 治療法として、酵素補充療法または骨髄移植があり、ともに肝臓、脾臓の腫れや貧血には良い効果が見られますが、神経症状への効果は乏しいとされています。

 「ビプリブ」は、酵素補充療法に用いるゴーシェ病治療薬で、ヒト細胞から製造され、天然の酵素と同じアミノ酸配列を有します。「ゴーシェ病の諸症状(貧血、血小板減少症、肝脾腫及び骨症状)の改善」に効能・効果示し、2010年2月に初めて米国で承認され、世界40カ国以上で販売されています。

 (2)  「ジャカビ(Jakavi)錠」 ruxolitinib phosphate  [ノバルティス ファーマ社]

 骨髄線維症は、骨髄の広い範囲に繊維化がみられる疾患で、原発性と二次性に分けられます。原発性骨髄線維症とは、造血幹細胞の腫瘍性増殖により、骨髄の広汎な線維化と脾腫を伴う疾患で、骨髄増殖性腫瘍のひとつに位置づけられています。二次性骨髄線維症は、他の疾患に伴っておこる骨髄の線維化で、造血系腫瘍(白血病や悪性リンパ腫など)や結核などの炎症性疾患、膠原病および骨疾患などでみられます。

 原因は、造血幹細胞に遺伝子変異が生じ、その結果血液細胞が増殖することがと考えられて、約50%の患者さんでは、JAK2という遺伝子に異常が生じています。骨髄の線維化の理由は、骨髄で増殖している血小板の母細胞である巨核球から線維芽細胞増殖を促す因子が産生放出されるためです。患者数は約1500人と推定されています。

 ジャカビは、骨髄線維症を効能・効果とする新有効成分含有医薬品で、希少疾病用医薬品です。造血組織である骨髄が線維化することで、正常な血液の産生が妨げられる進行性の血液がんに対し、ジャカビはJAK1やJAK2を標的として脾腫の縮小や諸症状を改善することが見込まれるチロシンキナーゼ阻害作用を有する低分子分子標的薬です。米国では、Incyte社が、Jakafiとして2011年11月に承認を得ています。

  両製品は、ドラッグ・ラグが生じることなく、速やかに承認申請、審査を経て上市されています。何れも稀少難病薬開発のインセンティブや報酬としての極端な高薬価と新薬創出加算を期待してでしょうが、国の積極的な施策に乗っての、アンメット・ニーズの稀少難病治療薬の出現と喜びたいと思います。ただ、両商品共に外資系企業の手になるもので、これら多額の健康保険からの資金が国外に流出することになります。なお、シャイア社は、アブビー製薬(アボット社の製薬部門の分離会社)に買収されることが決まったそうで、結局これら両社共に米・欧のメガ・ファーマとなりますので、国内企業も取り残されずに難病治療分野での奮起を大いに期待したいところです。

                                             (田中邦大)


		




第19回未承認薬等検討会議 (厚労省)

2014年5月8日
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4月22日に掲題「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」が開催され、昨年8月1日~12月27日に募集した「第3回開発要望(第1期)」(なお、今回から随時受け付けが加味され、短期間に集中的に応募を求めた第1~2回開発要望とは募集方法が変えられた。)の応募結果が報告された。

今回は約40の学会や団体から80件の要望と、募集期間の長期化にも拘らず、これまでの開発要望募集に比べて数分の一と大幅に減少している。この内、未承認薬8件と適応外薬2件の計10件については、今回から導入された「優先的に取り扱う対象」とされている。この数字を同検討会議は「未承認薬の問題が解消してきたことが実感できる」と評価しているが、応募対象薬物に対する厳しい条件から、条件を満たす候補薬物は世界を見渡しても見つけにくくなっており、そのとおりなのであろう。

いわゆる「ドラッグラグ」の解消を目的にした、過去5年間の厚労省と未承認薬等検討会議の尽力の成果であるが、「開発の必要性あり」とされたそれぞれ候補薬物の評価書の詳細、精緻、的確な内容とその後の開発と承認の結果を見ると、各難病治療の第一人者や開発経験者による審査体制の構築・確立も大いなる成果に挙げられる。

一方、我が国にも治療方法や治療剤が全くない数千種の稀少難病と数百万人のそれらの患者が存在するが、乏しい国内に対して欧米にはこれら稀少難病に対する新しい原理や機作に基づく候補化合物や稀少薬指定され治験中の薬物が多数存在し、バイオベンチャー各社において活発に開発が進められているものの、海外で既登録が要件とされこれら物質の応募は門前払いされるため、本未承認薬等検討会議で審理されることはない。今回構築された世界に誇りうる高度な当該審査とフォロー体制をもってすれば、他国でのデータ、審査と承認を要件とする現在の未承認薬等検討会議での採択条件を緩和し、開発中の稀少難病治療用薬物に対しても我が国独自の基準と能力で審理・判断して選択し、「開発の必要性あり」との決定も十分できるものと思われ、またこの決定を拠り所に開発に踏み出すベンチャー企業が現れるのを期待できる。

小児の稀少難病は、殆どが進行性であり、治療方法もなく日々悪化をおそれて生活し介護されている。遺伝性の疾病であることが多く、人種や環境に関係なく等しく一定の確立で発症して、国内のみならず世界中の難病患者と家族が治療薬の出現を熱望している。遺伝性疾患であることは、ゲノム創薬や分子標的薬など最新の創薬手法に馴染むとされ、創薬研究や薬効評価の対象の一端に何れかの稀少難病も加えられることを切望する。アベノミクスで成長戦略を担う日本版NIHにおけるテーマとしても取り上げて欲しい。因みにここ数年に出現した国内の新薬ブロックバスターは稀少難病治療薬で占めており、世界的にもブロックバスターのかなりが稀少難病治療薬である。

この機会に参考資料として、 以下に厚労省が発表した第1回~第3回未承認薬等検討会議での検討結果と進捗の纏めを引用します:

(1)第1回未承認薬等検討会議(募集期間:2009.6.18~8.17)。応募374件、評価186件、開発要決定(未承認薬57件:適応外薬129件)。

開発・承認状況:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000035155.pdf

(2)第2回未承認薬等検討会議(募集期間:2011.8.2~9.30)。応募290件、評価140件、開発要決定(未承認薬20件:適応外薬60件)。開発・承認状況:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000044392.pdf

(3)第3回未承認薬等検討会議(募集期間(第1期):2013.8.1~12.27)。応募80件。募集結果:

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000044388.pdf    (田中邦大)

2月24日:光感受性化合物を目に注射して視力を取り戻す(2月19日号Neuron記事)

2014年2月24日
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昨年3月まで我が国の再生医学のとりまとめ役を勤めていたが、この仕事を引き受けるきっかけは、理研に移るより以前、京大にいた頃文科省が始めた感覚を取り戻すための再生医学プロジェクトの推進委員を引き受けた時にさかのぼる。この時視細胞を失った患者さんの視覚の回復は電子網膜か視細胞移植しかないと想定していた。しかし今日紹介する論文を読んでいろんな可能性があるものだと不勉強を痛感した。カリフォルニア大学バークレー校からの論文で「Restoring visual function to blind mice with photoswitch that exploits electrophysiological remodeling of retinal ganglion cells (網膜神経節細胞を電気生理的に再モデル化するフォトスウィッチを使うマウス視覚の回復)」がタイトルだ。網膜では視細胞により感受される光シグナルが双極細胞を介して網膜神経説細胞に伝えられ、この神経説細胞が視細胞を脳へ投射している。この研究では、DENAQと呼ばれるイオンチャンネルに光感受性を付与できる分子が、光感受性のない神経節細胞を光感受性を持つ細胞へと転換出来る事が示されている。都合のいい事に、神経節が視細胞や双極細胞と結合して正常視覚システムを形成している場合はこの化合物は視覚に対して全く影響せず、視細胞が存在しない場合にだけ神経節細胞を光感受性の細胞に変える事が出来るという。マウスを用いた実験で、この興奮は網膜全体で起こるのではなく、光のあたる場所でだけ起こる事から、一定の画像を認識できる所まで発展できる可能性がある。事実、視細胞の欠如したマウスでもこの化合物を注射されると明るい所での運動性が著しく亢進する事も示されている。もちろん、色を感じたり、複雑なトーンを認識したりするのは難しいと思うが、技術が進めばこれらの問題もかなり解決される可能性がある。細胞が失われた場合細胞治療による再生医学か、電子網膜の様な電子工学しか治療法がないと考えがちだが、このように普通は考えない様な方法にチャレンジする事が本当のイノベーションかもしれない。個人的意見だが、この方法の治験はすぐ始まる様な気がする。視覚については最終的に人で効果が確かめられる必要があり、臨床研究が始まって初めてこの方法のもたらす可能性がわかるはずだ。
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