6月4日:隔離によるストレスのメカニズム(5月17日号Cell掲載論文)
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6月4日:隔離によるストレスのメカニズム(5月17日号Cell掲載論文)

2018年6月4日
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昨日紹介したシモンズ財団の自閉症研究助成のページには、助成金を受けた研究から生まれた論文リストが掲載されている。2018年はすでに88論文が掲載されており、分子生物学から臨床まで、様々な自閉症研究分野にわたっている。このサイトの論文を眺めておれば、米国の自閉症研究のトレンドは間違いなくつかめると思う。また、英語だが一部の論文については、一般にもわかりやすい解説が行われている。

今日はこのリストの中から、最も新しい論文をピックアップして紹介することにした。拾ってみると、カリフォルニア工科大学の神経科学の大御所Andersonの研究室からの論文で、個体が隔離したストレスによる攻撃性についての研究で5月17日号のCellに掲載されている。タイトルは「The Neuropeptide Tac2 controls a distributed brain state induced by chronic social isolation stress(Tac2神経ペプチドは慢性的隔離によるストレスにより誘導される様々な状態を調節している)」だ。

すでに著者らはショウジョウバエを用いた研究で、社会から隔離されるストレスによるハエの攻撃行動にタキキニンと呼ばれる神経ペプチドが関与していることを報告しており、この研究はショウジョウバエで見られたこの現象がマウスまで保存されているのかを調べた研究と言える。

他のマウスと一緒に飼育していたマウスを2週間、他の個体から隔離して飼育、このストレスで起こる行動変化を詳しく調べ、マウスではこのストレスが少なくとも6種類以上の行動変化につながることを明らかにしている。この研究で調べられたのは、ケージに入ってきたおとなしいマウスに対する攻撃性、未知の物体や音、電気ショックなどに対する過剰反応などで、それぞれの行動は脳の異なる領域でコントロールされていることがわかっている。

次に、この変化を誘導するのがショウジョウバエと同じタキキニン(Tac)によるかどうか、マウスのTac1,Tac2を遺伝的標識法を用いて調べている。結果は、Tac2のみが長期間の隔離によってさまざまな場所で新たに発現することが明らかになった。そこで、Tac2受容体機能を抑制する薬剤を投与して同じ実験を行うと、ほぼ全てのストレス反応を取り除くことができた。

この抑制剤がそれぞれの行動変化に関わる場所で局所的に効いているのか、あるいはより高いレベルで効いているのか調べる目的で、各領域に局所的に投与する実験を行い、それぞれの場所で個別にTac2がストレス反応を誘導していることが明らかになった。

あとは遺伝学的に、それぞれの場所でのTac2の作用を抑制したり、高めたりする実験を行い、Tac2の発現が上がるとストレスが高まるのと同じ効果があり、抑制するとストレス反応を抑えられることを示し、局所で完結するTac2産生がストレス反応の主役であることを示している。

他にも、この分野の深い知識に基づく流石と思われる様々な可能性の検討が行われているが、詳細は省く。しかし、研究には詳細な知識の裏ずけが必要であることがよくわかる論文なので、ぜひ若い人達には読んで欲しいと思う。さらに、図の示し方が門外漢でもよくわかるようにできている。

さて、この論文を読んで、犯罪者を懲罰的に独居房に隔離するすることがいかに問題が多いかよく分かった。マウスと人間が同じなら、独房は攻撃性を高めるだけになる。一方、これまでさまざまな精神的疾患に試されて効果がないと捨てられていたTac2阻害剤が、社会からの分離ストレスを軽減できるという発見も、臨床的には重要だ。大御所ならではの納得の論文だと思う。また、このような高いレベルの研究が集まってくるシモンズ財団の力にも感心する。
カテゴリ:論文ウォッチ