6月8日:末期ガンは手を尽くせば治すことができるようになるか?(Nature Medicineオンライン版掲載論文)
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6月8日:末期ガンは手を尽くせば治すことができるようになるか?(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2018年6月8日
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個人のガンを対象にしたプレシジョンメディシンも、ガンのゲノム検査が可能になった時代の興奮は覚め、現在は反省期に入っている。すなわち、さまざまな標的薬は間違いなくガンを抑える効果があっても、最初からガンの方があまりに多様で、薬剤耐性のガンが新たに進出するという、まさにダーウィンが予測した通りの話が癌の完全制圧を阻んでいる。ただ、ゲノム解読の精度を上げて、最初からガンの多様性を想定した治療も考えられるだろう。私自身は、プレシジョンメディシンに対してまだまだオプティミスティックだ。

これと並行して、プレシジョンメディシンの新しい方向性が、ガン特異的免疫反応を高める方法で、いわば自然に成立した免疫力を高めるオプジーボなどに対して、ガン特異的抗原を見つけ個人用ワクチンを作る、あるいはガン特異的キラーT細胞を取り出して注射するなどの新しい方法が開発されて、成果を上げだしてきている。このブログでも2015年4月にScienceに掲載されたメラノーマの個人用ワクチンの成功例を紹介してから(http://aasj.jp/news/watch/3176)、すくなくとも10回以上はこのラインの研究を紹介してきた。 今日紹介する米国NIHからの論文も結局は同じ話しなのだが、それでも紹介する価値がある研究だと思った。Nature Medicineオンライン版に掲載され、タイトルは「Immune recognition of somatic mutations leading to complete durable regression in metastatic breast cancer(ガンの突然変異に対する免疫反応により転移性乳ガンを完全かつ長期に退縮させられる)」だ。

この研究もこれまでなら末期と診断された乳がんの患者さんの治療についての症例報告だ。患者さんは乳がんの根治手術の後10年後に再発し、現存の治療方法ではガンが全く制御できなくなったケースで、実際乳がんで亡くなる患者さんの多くはこのタイプだ。

著者らのこれまでの研究で、ガン組織に浸潤しているT細胞には多くのガンに対するT細胞が存在することがわかっている(TIL)。これにもとづき、組織片から試験管内で大量のTILを調整する方法を開発している。治療は、免疫抑制剤を前もって投与したあと、患者さんに80億個のTILを投与、その後IL-2を注射するプロトコルで行われた。多くの実験が行われており、もっと複雑な方法で細胞を調整したのではと思ったが、治療としてはこれだけだ。すなわち、どの施設でもやる気になれば可能な方法だ。その結果、1年目には腫瘍が完全に消失し、現在2年目をすぎて再発がないという驚くべき効果だ。

おそらく、あまりの効果に保存していたTILや末梢血のT細胞について徹底的な調査を行ったのだと思う。その結果、ガンと周辺の組織をそのまま培養して調整したTILの実に23%が、この方の腫瘍のゲノム解析から特定出来た2種類の腫瘍特異的抗原を認識し、この細胞は移植後6週間目でも患者さんの末梢血に存在することを明らかにしている。

さらに、治療後17ヶ月目に、特定出来た3種類の抗原に対して11種類のT細胞が体内に存在し高いレベルで維持されている事も明らかにしている。

ある意味で、単純な一例報告だが、いくつか注目できる点がある。一つは、もともと突然変異の少ない乳ガンでも免疫反応が起こっていることを示せたことだ。実際エクソーム解析から60種類程度のアミノ酸が変わる変異が見つかっており、この数は肺ガンやメラノーマと比べても圧倒的に低い。従って、エクソーム解析によるネオ抗原の特定と反応性を丹念に調べれば、乳ガンに対しても免疫療法が可能な患者さんを見つけることができる。

もう一つは末梢血でなく、TILを集めることの重要性だ。組織片さえ手術で手にはいれば、TILを調整してその後に治療に備えておくことができる。今後、この方法で転移性乳ガンの何割が直せるのか、大規模な研究が必要だ。

最後に、がんの治療を行なっている間に、抗原と反応するT細胞側の特定もできることだ。個人用ワクチンは言うに及ばず、これにより、ガンに対する受容体を用いた遺伝子治療も可能になる。

ただこのような研究は希望ではあっても、安心ではない。それでも医学ができる事を手を尽くして行い、一人でも根治の患者さんを増やしていくことを、医学は地道に進める必要がある。
カテゴリ:論文ウォッチ