8月25日 抗赤血球モノクローナル抗体Ter119投与で自己免疫性炎症が治療できる(8月21日号 Science Translational Medicine 掲載論文)
AASJホームページ > 2019年 > 8月 > 25日

8月25日 抗赤血球モノクローナル抗体Ter119投与で自己免疫性炎症が治療できる(8月21日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年8月25日
SNSシェア

今日選んだカナダ血液センターからの論文は、かなり個人的感慨によるもので、論文としてはそれほどではないことを断っておく。

ドイツ留学前後から、基礎研究を目指して当時胸部疾患研究所の細菌血清学部門の桂先生の研究室で研究を始めた。自由に研究ができる雰囲気で、この時からリンパ球の発生を研究することができた。当時桂研ではモノクローナル抗体の作成を重要な手段としていたが、その中で助手の喜納さんが樹立したモノクローナル抗体がTer119で、現在も世界中でマウスの赤血球分化決定マーカーとして広く使われている。

このTer119を注射するだけで自己免疫性の炎症を抑制できるというのが今日紹介する論文で、8月21日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Treating murine inflammatory diseases with an anti-erythrocyte antibody (マウスの炎症性疾患を抗赤血球抗体で治療する)」だ。

私は全く知らなかったが、突発性の血小板減少症に赤血球のD抗原に対する抗体を投与する治療法があるそうだ。他にも、大量の免疫グロブリンを投与してFcをブロックすることも行われている。この研究では、このモデルとして、喜納さんが作ったTer119を試してみたようだ。

赤血球の前駆細胞から全ての持つglycophorinA随伴タンパク質を認識しているので、この抗体を注射すると当然赤血球に結合して貧血が起こる。実際、抗体投与後3日目には赤血球が半分になる。従って、実際の治療に用いるとした時問題になることは間違いない。しかし、この副作用とともに、マウスの自己免疫性血小板減少の血小板をほぼ3倍近くに回復させられる。

これだけではなく、T細胞受容体を操作した自己免疫性リュウマチモデル、コラーゲンに対する抗体を用いたリュウマチモデルなどいくつかの自己免疫性炎症モデルを、急性効果ではあるが見事に改善する。

ここまでがこの研究のハイライトで、副作用はあるかもしれないが、一回投与でなんとか症状を改善させるときに免疫抑制剤と併用することができるという点では大事なモデルといえる。

しかし、そのメカニズムについて探索しているが、Fc受容体を介しているらしいこと(Ter119のFc部分の糖鎖が必須)、輸血による致死的なTRALIにも効果があることから、抗体が関与する自己免疫性炎症に効果があること、ケモカインの分泌を高めて炎症細胞の浸潤を低下させること、など現象論に終始し、最終的になぜ効果があるかについて決定的な結果は示されていなかった。

その意味ではフラストレーションの残る研究だが、ドイツから帰ってきた頃を懐かしく思い出すことができ論文だった。折しも、昨日難病連関西支部の集会に呼ばれたとき、一緒に桂研の最後の頃のスタッフ河本さんと一緒に話をした。桂研の話で盛り上がったが、この出会いを覚えておく意味で、この論文を紹介することにした。皆さんごめんなさい。

カテゴリ:論文ウォッチ

自閉症の科学24 バーチャルリアリティーを用いて恐怖症を取り除く

2019年8月25日
SNSシェア

自閉症スペクトラム(ASD)の主症状は、社会的なコミュニケーションの困難と反復行動だが、これとともに半分の人たちで様々な対象に対する恐怖症がある。例えば、特定の場所を極端に嫌がったり、髭を生やした人だけを恐れたり、特定の動物を恐れたり、一種の脳のアレルギーとも言える反応だ。そこで、アレルギーで抗原に慣れさせて反応を抑える脱感作治療のように、恐怖の対象を思い出させて脱感作するCognitive Behaviour Treatment(CBT)治療法が試みられているが、想像することが苦手な子供はCBTによる治療は難しい。

この問題を解決するため、ニューカッスル大学のグループは、恐怖症の対象を映像で経験させて恐怖症を取り除く大掛かりなシステムを開発し、その効果を無作為化試験で確かめJournal of Autism and Developmental Disordersにオンライン出版した(Maskey et al, A Randomised Controlled Feasibility Trial of Immersive Virtual Reality Treatment with Cognitive Behaviour Therapy for Specific Phobias in Young People with Autism Spectrum Disorder(ASDの若者の特定の恐怖症を取り除く没入型バーチャルリアリティーを組み合わせたCBT治療の可能性を確かめる不作為化対照試験) Journal of Autism and Developmental Disorders in press, https://doi.org/10.1007/s10803-018-3861-x, 2019)。

タイトルからわかるように、この研究はBlue Room VREと名付けられ、医療用機器として特許化された360度全面に映像が映り音楽が流れる部屋と、その部屋で映写する治療用ソフトがセットになったシステムの治験研究だ。この部屋で実際に行われる治療の様子は英語ではあるがYouTubeに掲載されている。(https://www.youtube.com/watch?v=9U-rRC8jc28

この研究では、8-14歳のASDの児童32人をリクルートし、ASDであることを確認した上で、まず各人の恐怖症の対象を特定している。

実に様々な対象が恐怖症の対象になっており、ハチ、広い場所、エレベーター、犬、暗い場所、昆虫、見つめられること、天気の変化、風船、コウモリ、トイレ、車に乗ること、自動オモチャなど、驚くことにバナナまで恐怖症の対象になっている。

この研究ではそれぞれの対象に応じたビデオプログラムを作成し、Blue Roomで投射して治療に用いており、究極のテイラーメイド治療になる。例えば広場に恐怖を感じる子供には、そこに鳩が飛んでくるような設定で安心させるプログラムなど、どのようなコンテンツを作成するかが治療のカギになるように感じる。

治療では、CBTの訓練を受けたセラピストと一緒に部屋に入りゆったりと腰掛ける。最初は海の中をイルカが泳ぐといったリラックスする映像が映って、部屋の中でセラピストと会話することに慣れるセッションの後、各児童の恐怖症に合わせたプログラムを投射する。セラピストはこの画面を見ながら、CBTで行うのと同じように会話しながら恐怖症の対象に慣れさせる。

CBTだけとは異なり、実際の映像を見ながら反応を確かめながら慣れていくので、場面を想像する必要はない。セラピストも反応をみながら、画面をコントロールし、恐怖を取り除いていく。この様子を親は医師とともに室外のモニターで観察し、いつでも止めるよう指令することができる。このセッションを2回繰り返して治療は終わる。

効果の判断は、この治療とは無関係の医師が、治療を受けたかどうかも知らされずに行っている。論文で示されている診断スコアがどの程度の症状変化を意味するのか専門家でないのでわからないが、6ヶ月後に調べると40%近い子供に改善が認められた。一方、コントロールでは全く改善がない。また、治療を受けた後症状が悪化したケースは16例中1例だけでだが、コントロール群ではなんと15例中5名にも達する。これに基づき全般的にかなり高い効果があると結論している。

結果は以上で、12ヶ月目でも効果の見られた人の割合は変わっていないので、今後セッションを増やしたり、映写する映像を変化させたりすることでさらに大きな効果が期待できるような気がする。

ASD治療の第一歩は、普通の人にはない様々な恐怖症を取り除くことであることを考えると、他にも応用範囲は広いのではと期待する。しかし、誰もが考えそうなことを、しっかりと治療機器としてまとめてくる努力に感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ