「第1回ニーマン・ピック病(NPD)勉強会inひょうご」
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「第1回ニーマン・ピック病(NPD)勉強会inひょうご」

2018年12月25日
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開催日時:平成30年12月16日(日)14:00~17:00 
場所:起業プラザひょうごセミナールーム(サンパル6階)
主催:日本ニーマン・ピック病の会
後援:兵庫県&神戸市難病連、難病の子供支援全国ネットワーク

・特別基調講演 「NPDの最新の治療研究と世界の動向」慈恵医大名誉教授 衛藤義勝先生

ライソゾーム病臨床治療の最高権威者で、1910年のNP病発見、1930年代の各型分類など創世記からの歴史と診断法(遺伝子診断・バイオマーカー共に未完)の現状、症状発現の原理(LDL、コレステロールの転送異常、蓄積により神経細胞を阻害、マクロファージの異常出現によるサイトカインの異常発生)、遺伝子治療開発の現状と可能性)などNPCを中心に病の現状を幅広く且つ判り易く話された。

・基調講演(1) 「NPC治療におけるCDの適正使用に向けて」熊本大学薬学部教授 入江徹美先生

消臭剤「ファブリース」や一部の医薬品の添加剤(可溶化剤)として使われているが未医薬品のHPβCDについて、NPCにどのように効くのか(ライソゾーム中でのコレステロールの運搬役と洗い流し役)、海外での開発動向(各地の研究では体重や体内濃度など基礎データすら不明のまま。Vtesse社はNIHでPhIIb/IIIおよび二重盲検終了。適切な投与設計はまだ不十分)、オーファン薬の早期承認取得には、深い現場認識の下に産官学民の協働が必須など、分り易く話された。しかし、新臨床研究法が施行されると、大学での臨床研究が進行中を含め、実質的にSTOPすると危機感を表され、厚労省への強い働きかけが是非とも必要と訴えられた。

・基調講演(2) 「NPC病の特性について」大阪大学医学部付属病院教授(小児科) 酒井則夫先生

NP病の病態(A~D型共にゴーシェ病とは異なる)、臨床症状、診断(皮膚生検のFilipin染色と遺伝子検査によるNPC遺伝子の確認で確定)、ケア(神経症状は進行し、肝・脾腫大が見られるが、心・腎機能と脳血管の障害は心配しなくてよい)等をを平易に説明され、本病は頻度少ないが患者は増えており、治療推進には、医療者、製薬会社、患者会の協力は必須で、どのような状況においても、患者さんとその家族の幸せを目指す、と結ばれた。

・全講演者をパネリストに迎えてのディスカッションが持たれ、率直で親密な意見交換がなされた。特に、新臨床研究法の施行により、医師主導の治験は難しくなることを念頭に、治療法がない稀少難病患者救済のため、特区設定による医師主導の治験機会確保を提案された。難病連の米田さんから、稀少難病患者や家族への難病連の行動の現状を話され(無力を感ずる)、医療者の対応の現状を質問された。        (田中邦大)

自閉症スペクトラム児の消化器症状チェックリスト

2018年11月3日
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昨年の5月 自閉症スペクトラム支援団体、Autism Speaksがまとめた、ASD児の健康問題についてまとめたレポートを紹介した時、消化器症状や摂食障害で本当に苦労しているというメールを何人かの家族の方からいただいた。このなかで、様々な消化器症状を主治医の先生に客観的に伝えることが難しいことも訴えられていた。できれば、ASDの子供を観察している家族が客観的にレポートができるよう、症状のチェックリストがあればいいなと思っていたら、10月22日号のJournal of Autism and Developmental Disordersに、ASDの消化器症状を早く診断するためのなかなか丁寧なチェックリストが発表されていたので、邦訳して紹介することにする。コロンビア大学、マサチューセッツ総合病院、ボストン大学医学部が共同で発表した論文で、タイトルは「Development of a Brief Parent-Report Screen for Common Gastrointestinal Disorders in Autism Spectrum Disorder(ASDによく見られる消化器異常の親による簡単な診断とレポート)」だ。

このチェックリストの目的は、家族による客観的な情報収集により、医師の診断を助け、治療につなげることだが、この論文では臨床で広く利用した時、どのような効果があるのかについての記述があまり明確ではない。この結果、このまま家族の人に紹介することは、対策もないのに家族の不安だけを煽る結果を招くのではないかという心配がある。また、家族の方のメールを読むと、我が国ではASDをケアする医療側の体制が、なかなか総合的になり得ないという問題もあり、自己診断が進むと、医師が取り合ってくれないと余計に家族のフラストレーションを貯める結果になる懸念もある。

このように色々考えて見たが、しかし言葉でのコミュニケーションがスムースでない子供の消化器症状を知るためのチェックリストは重要だと考え、あくまでも自分の子供を理解する一つの方法として読んでいただくようお願いして、このリストを邦訳することにした。

チェックリスト

以下のような症状を見た場合に、消化器の障害が併発している場合があります。右に示した数字は、今回調査に参加した米国のASDの子供の家族がYesと答えた割合です。

消化器異常の直接症状

この3ヶ月の間に、お子さんはお腹痛を訴えましたか?      33%
この3ヶ月の間に、お子さんは吐き気を訴えましたか?      13%
この3ヶ月の間に、お子さんはお腹の張りを訴えましたか?    17%
消化器症状による生活の変化

この1年、お子さんはひどい腹痛が2時間以上つづいて何もできなくなったことはありますか?     15%
消化器異常を示す客観的兆候

この3ヶ月、お子さんの便通はどうでしたか。
週2回以下                           13%
週3回(一日3回の場合も含む)                 80%
週3回以上                           2.4%
この3ヶ月、お子さんの排便はどんな感じでしたか。
硬い、とても硬い                        25%
とても硬いわけでも柔らかいわけでもない             46%
大変柔らかい、形がない、あるいは水のよう            18%
この3ヶ月、お子さんの排便時に、粘液や痰のような塊が出た事はありますか?                             15%
この3ヶ月、お子さんのパンツが汚れていたことはありますか?   48%
  これまでお子さんの便が黒かったり、コールタールのようだったことがありますか?                              9.3%
お子さんの便に血が混じっていたことや、排便後に出血が見られたことがありますか?    8,9%
この3ヶ月、お子さんが1日2回以上吐いたことがありますか。   9.6%
この3ヶ月、お子さんが吐き気を訴えたことがありますか?      9.8%
この3ヶ月、お子さんが食べ物を口まで戻してそれをモグモグ噛んでいたことがありますか? 7.4%
この3ヶ月お子さんの体重が増えないということはありませんか?   8%
上記の兆候や症状の結果起こる活動の変化

この3ヶ月、お子さんの活動が以下の理由で制限されたことはありますか?
腹部の痛み、違和感                      11%
嘔吐                             10%
便通異常                           10%
腹部の大量のガス                        9%
消化管の運動障害

この3ヶ月、お子さんが便通時に痛がっているように見えたことがありますか?                             17%
この3ヶ月、排便のためにトイレに駆け込んだことがありますか?  25%
この3ヶ月、お子さんが便を出そうとして足を固く踏ん張ったり、お尻から足へと手で絞るような行動を見せたことがありますか?           28%
この3ヶ月、頭を横に曲げて背中を反らせる動作を取ったことがありますか?                                   5%
この3ヶ月、自分や他の人の手でお腹を押さえたり、お腹を家具などに押し付けたりする動作を見たことがありますか?              21%
この3ヶ月、胸や首を叩いたり、口に拳を突っ込んだり、理由なしに手や腕を噛んだりしたのを見たことがありますか?              16%
この3ヶ月、お子さんが食べ物を飲み込む時やその後に、息を詰まらせたり、咳き込んだりしたのを見たことがありますか?            21%
この3ヶ月、お子さんがこれまで食べていた食物の多くを急に食べたがらなくなったことはありますか?     4%


以上、子供の声にならない訴えを聴くための助けになれば幸いです。

日本での希少難病治療薬開発の現状 その1

2018年7月20日
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 (1) 2017年に稀少疾患用医薬品として承認された新有効成分を含む医薬品

今年5月に製薬協の医薬産業政策研究所(政策研)が「新医薬品の承認状況と審査期間」として平成29年のまとめを公表しましたが、その新有効成分(NME)を含む医薬品の24品目の中に、稀少疾患用医薬品が8品目(33%)と高い比率で承認されていることが判かりました。

わが国での新薬承認の遅れ(ドラッグラグ)解消の手段として、平成21年に未承認薬・適用外薬検討会議が発足し、主要国での既承認薬について利害関係者からの申請によって、公知申請を受け入れるなど迅速審査に注力した結果、ドラッグラグはほぼ解消し、併せて多くの希少難病治療薬が承認されることになりました。

その後も医療上特にその必要性が高いと優先審査の適用が可能となり、実際に審査区分別の集計では、2017年に承認されたNMEのうち、通常審査品目が15品目(63%)、希少疾病用医薬品(全て優先審査品目)が8品目(33%)、希少疾病用医薬品以外の優先審査品目が1品目(4%)でした。過去10年間で見ると、希少疾病用医薬品の割合は全体の16~37%であり、2017年の33%は比較的高い割合でした(図3)。180604_稀少疾患治療薬承認状況

さらに、本年5月9日の厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会では、医薬品医療機器等法(薬機法)改正を見据え、「条件付き早期承認制度」や「先駆け審査指定制度」の法制化の検討が始まっています。薬価制度抜本改革が断行され、新薬創出等加算が抜本的に見直される中で、研究開発型企業を中心に薬事承認制度を含めた開発上のインセンティブを強く望む声が業界内からあがっていて、この日の制度部会でも業界代表が「条件付き早期承認制度、先駆け審査指定制度については、患者アクセスに有効な制度と考えている」と話し、法制化を要望しています。

厚生労働省は省令改正を行い、既に「条件付き早期承認制度」を導入しています。検証的臨床試験の実施が難しい場合や長期間要するケースについては、探索的臨床試験で一定の有効性・安全性が確認されたことで承認されます。承認自体は前倒しされることになりますが、承認条件としてRWD(リアルワールドデータ)の利用・活用などで、有効性・安全性の確認が求められます。さらに、難病や希少疾患などで患者数が少なく対照群を置くことが難しいケースでは、対照群の代わりにRWDを利活用することで、単群、少人数での臨床試験を可能にし、革新的新薬を早期に実用化することも視野に入り、短期間・低コストでの治験実現につながります。患者にとっても革新的新薬を早期に届けることが可能になるばかりか、製薬企業にとっては、短期間・低コストでの実施が期待できる、としています。

一定の要件を満たす画期的な新薬等について、開発の比較的早期の段階から先駆け審査指定制度の対象品目に指定し、薬事承認に係る相談・審査における優先的な取扱いの対象とするとともに、承認審査のスケジュールに沿って申請者における製造体制の整備や承認後円滑に医療現場に提供するための対応が十分になされることで、更なる迅速な実用化を図かろうとしています。

 (2) 2017年に承認されたNME含有稀少疾患用医薬品8品目の概要

5. ムンデシンカプセル(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のフォロデシン(folodesine)は,PNP(プリンヌクレオシドホスホリラーゼ)を阻害し,細胞内に蓄積された2’-デオキシグアノシン(dGuo)がリン酸化され,2’-デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)が蓄積されることにより,アポトーシスを誘導し,腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。 創薬会社のバイオクリスト(BioCryst Pharmaceuticals)社は、米国(AL州)での癌、自己免疫疾患、ウイルス感染の治療薬が専門のバイオベンチャー。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/770098_4291050M1027_1_01.pdf

6. ニンラーロカプセル(武田薬品):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫。 【薬効・薬理】有効成分の経口プロテソーム阻害剤イキサゾミブ(ixazomib)は、20Sプロテアソームのβ5サブユニットに結合 し、キモトリプシン様活性を阻害することにより、腫瘍細胞のアポトーシスを誘導し、腫瘍増殖を抑制すると考えら れている。

【添付文書】:https://www.takedamed.com/mcm/medicine/download.jsp?id=1212&type=ATTACHMENT_DOCUMENT

7.ケイセントラ注(CSLベーリング):

【効能・効果】血液凝固第IX因子として、ビタミンK拮抗薬投与中の患者における、急性重篤出血時、又は重大な出血が予想される緊急を要する手術・処置の施行時の出血傾向の抑制。 【薬効・薬理】有効成分のヒト・プロトロンビン複合体は、血液凝固第II・第VII・第IX・第X因子、プロテインC及びプロテインSを含有し、血液凝固第II、第VII、第IX及び第X因子は肝臓でビタミンKの存在下で生合成される血液凝固因子である。本剤は、ビタミンK拮抗薬の投与により減少したこれらの因子を補充することにより出血傾向を抑制する。

【添付文書】:http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/prd/63/6343449D2020.html 

11. ジフォルタ注射液(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のプララトレキサート(pralatrexate)は、葉酸からジヒドロ葉酸、及びジヒドロ葉酸からテトラヒドロ葉酸への還元反応を触媒するジヒドロ葉酸還元酵素を競合的に阻害することにより、腫瘍細胞のDNA合成を阻害し、腫瘍の増殖を抑制する。

【添付文書】:http://ptcl.jp/pdf/difolta.pdf 

12. イストダックス点滴静注剤(セルジーン):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のロミデプシン(romidepsin)は、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の活性を阻害する。HDAC活性阻害によりヒストン等の脱アセチル化が阻害され、細胞周期停止及びアポトーシス誘導が生じることにより、腫瘍増殖が抑制されると推測されている。 【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/380809_4291440D1026_1_01.pdf 

13. スピンラザ髄注(バイオジェン):

【効能・効果】乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA:指定難病 3)。 【薬効・薬理】有効成分は、核酸医薬ヌシネルセンナトリウム(nusinersen Sodium: 分子量7500.89)で、そのヌシネルセンはアンチセンスオリゴヌクレオチドであり、SMN2 mRNA前駆体のイントロン7に結合し、エクソン7のスキッピングを抑制することで、エクソン7含有SMN2 mRNAを生成させ、完全長SMNタンパクを発現させることにより脊髄性筋萎縮症に対する作用を示す。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/630499_1190403A1022_1_02.pdf 

22. ダラザゼックス点滴静注(ヤンセンファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫(指定難病 270)。 【薬効・薬理】有効成分のダラツムマブ(daratumumab)は、ヒトCD38に結合し、補体依存性細胞傷害(CDC)活性、抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性、抗体依存性細胞貪食(ADCP)活性等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/800155_4291437A1028_1_01.pdf 

24. バベンチオ点滴静注(メルクセローノ):

【効能・効果】 根治切除不能なメルケル細胞癌。 【薬効・薬理】有効成分のアベルマブ(avelumab)は、ヒトPD-L1に対する抗体であり、PD-L1とその受容体であるPD-1との結合を阻害し、腫瘍抗原特異的なT細胞の細胞傷害活性を増強すること等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられる。

【添付文書】:http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00067176.pdf 

(3) まとめ

昨年に承認された希少疾病用医薬品8品目ですが、その内6品目は腫瘍治療薬であって、難病指定を受けている難治性希少疾患の治療薬(オーファン薬)は唯一品目で、乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA)治療剤の「スピンラザ髄注」のみでした。本剤は遺伝性難病の原因遺伝子を直接治療しての根治療法を目指す医薬品で、我国初のアンチセンス核酸医薬品とのことで、幸いに欧米主要国とほぼ同時に承認されました。

遺伝性希少難病の治療方法として、遺伝子編集の技術開発にも期待が持たれていますが、その代表的なCRISPR-Cas9遺伝子改変で、広範囲に遺伝子変異を高い頻度引き起こす恐れがあることが報告され、実用化までにはまだ時間が必要なようです。

一方、スピンラザ髄注の薬価は932万円/バイアルと非常に高価で、一人当たりの年間薬剤費は、2,796万円となります。薬価算出において、希少疾病用医薬品についてはその大部分が新薬創出等加算の優遇を受けているための異常な高薬価です。指定難病患者の医療費の負担は、大部分を健康保険など公費で負担していることから、研究開発へのインセンティブを与えつつもより合理的な薬価算定方法が必要となるでしょう。

                                      (田中邦大)

創薬研究への施策と活動への希少難病患者の期待 (その2 完) =地震により甚大な被害を受けた熊本大学発生医学研究所への寄付のお願い=

2016年5月27日
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5月12日付の本稿(その1)において( http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/5219 )、日本医療研究開発機構(AMED)の「創薬支援ネットワーク」が、これまでに採択して支援した大学での創薬研究テーマ44件について製薬会社等にライセンス希望を募ったところ、結局契約は実質的に1件も成立しなかったとの新聞報道を伝えて、その原因の推察と希少難病患者やそれらを支援する我々医療関係者として、AMEDの創薬支援への期待とそれが採るべきこれからの方向と手段を提言した。

加えて本創薬支援ネットワークの支援テーマの1件として採択された熊本大学発生医学研究所江良択実教授による『ニーマンピク病C型(NPC)治療薬の開発』が、NPC患者のiPS細胞由来の肝細胞を用いての基礎研究を経て、現在前臨床段階で開発中であると紹介し、また当研究室が我が国では官民を通じて極少ない希少難病治療研究を重点的に推進しており、大きな希望と期待を寄せていると記した。

江良教授は、理化学研究所の創薬・医療技術基盤プログラムとも関係を持たれ、今年3月3-4日に同所横浜キャンパスで開催された理研シンポジウム『第3回創薬ワークショップ アカデミア発創薬の到達点と課題』において、「難治性疾患由来iPS細胞を使った創薬研究」との演題で講演された。難病患者の血液細胞からiPS細胞を作り、疾患の標的となる細胞に直接誘導・解析するとの難病研究のツール(疾患スクリーニング、創薬ターゲット)の提供であるが、その一例として進行性骨化性線維異形成症(FOP)の治療薬の創薬研究の現状を話された。

FOPは、小児期から全身の筋肉やその周囲の膜、腱、靭帯などが徐々に硬くなって骨に変わり、このため手足の関節の動く範囲が狭くなったり、背中が変形したりする進行性の疾患で、国内の患者数は6-70人という希少難病である。本疾患の原因遺伝子は解明されているものの、現状は病気の進行を緩めたり止めることが不可能で、早急な治療法や治療薬の創出が特に切望されている。

当シンポジウムは発表内容に関して機密保持の契約締結を条件とするクローズド講演会であったので、具体的内容は避けるが、iPS細胞由来の分化マーカーを用いるin vitroスクリーニング法とiPS細胞の体内挙動を解析するin vivoの評価系を共に用いており、既にFOP治療薬としての有望な候補化合物を選択されている。早急な臨床開発、薬事承認、健保収載を経て、1日でも早くFOP患者に届くことを待ち望んでいる。

かかる状況の下、4月14日に起こった一連の熊本地震によって、余震が収まらず未だに生命や生活が脅かされている市中の被害に加えて、熊本大学でも発生医学研究所をはじめ甚大な被害を負っている(http://www.imeg.kumamoto-u.ac.jp/message2016may2/ )。決死の所員の復旧活動によって、研究室周りの整頓は大分進んでいるようであるが、16日の本震による中高層階研究室内の大型測定装置や実験装置の倒壊や落下による損壊については、復旧や更新が当面期待できず、本格的な実験再開はできていないと推察される。

熊本大学発生医学研究所における難病に関する基礎から臨床の研究は、実力、人材、施設、歴史から見て世界的にも超一流で、特に希少難病の治療法、治療薬に関しては、国内では数少ない研究拠点であるので、これが今回の地震によってその業務が一日たりとも停滞や遅延することは、ここからの成果を待ち望む難病患者にとっても大変な打撃と失望で、一日も早い復帰・復旧を心から切望している。

 

希少難病患者やその家族・支援者として、さらにはその現状に関心を持たれる一般市民にとって、現在同研究所の活動の早期復旧に手を差し伸べ得る唯一の手段は、寄付しかないと思われます。

熊本大学発生医学研究所の震災からの復旧支援には、そのホームページ(http://www.imeg.kumamoto-u.ac.jp/kihu2016/#5 )から「発生医学研究所教育研究支援事業」として、クレジットカードで簡便・確実に寄付することができます。本寄付は所得税法上の特定寄付金に該当し、後日大学から郵送される「寄付金証明書」により、簡便・容易に所定の大幅な所得税の減免処置が受けられます。

私達からも、同発生医学研究所の活動による治療薬のできるだけ早期の創出と供給を待ち望む希少難病患者の期待に沿えるよう、広く一般市民の皆様からの同研究所への寄付をお願いいたします。  (田中邦大)

創薬研究の施策と活動への希少難病患者の期待

2016年5月12日
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『新薬候補、譲渡成立ゼロ』との見出しで4月末一部の専門紙に、日本医療研究開発機構(AMED)が運営する「創薬支援ネットワーク」が、2013年から大学での創薬研究から新薬に結びつきそうなテーマを採択して実用化を支援しているが、成果の主要指標である製薬企業への譲渡件数については、初年度として筋ジストロフィー治療研究の1件にその可能性が残されたのみであった、との記事が小さく出ていた。

AMEDは、44テーマについて有望と判断して資金や技術の援助をしたとしており、これらは同ホームページで『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』 (http://www.amed.go.jp/program/list/06/theme_list.html ) として公表されている。製薬会社への譲渡で最も期待されたのは、具体的な化合物にまで絞られたテーマと思われるが、大学での限られた研究資源や化合物ライブラリーの範囲からの無理矢理な選別で、さらに研究当事者自身の判断に拠るものであって、緩い基準に基づいて選ばれた化合物と見做されるのが普通である。

現在までの支援テーマは、どれも精々前臨床段階にあるが、今後ともAMEDとしてこのような支援を継続するのであろうか?製薬会社に提示したときに、「興味深いが今の段階では導入可否の判断ができない。ヒトでのPOC(概念実証)が得られたら改めて連絡ください。」などと無責任に臨床第II相程度の治験の実施が必須とのごとく要望されることが多かったと思われる。しかし、薬物の治験(臨床研究)は、動物での安全性と有効性が確立し、確固たる市場性、経済性や承認の見通し立った候補化合物に限ってその研究者や組織の全責任で行うものであって、単に薬理学的推論の効果の立証を目的として、濫りにヒトを実験台にしてはならないことは言うまでもない。一般論として、公的資金での薬物の治験の実施は、極限られた場合や代替方法が絶無でのみ可能と考える。

全く新しい薬理、原理、メカニズムなどに基づく薬物治療法やスクリーニング方法などに科学的や第三者の理解や評価を得るには動物実験で十分であるし、有効な特許の取得も可能で、この段階で研究成果や技術として製薬会社への導出も十分に可能である。従って、大学では更に進めて一般的な新薬の創出を目指しての化合物スクリーニングや臨床研究を行うことは非効率であるし無駄な行為でもある。大学では、動物実験レベルで成果を纏めて国内外の企業に導出することとして、リード化合物の選定や至適化、非臨床試験などその後の開発作業は、そのライセンスを受けた製薬企業でなされるべきである。

AMEDの創薬支援ネットワークは、上記の惨めな現状に対して「企業のニーズの事前把握が不十分だったことを反省点とし、改善した上で大学での革新的新薬の創出活動(事業)の支援を続ける」としている。AMEDは、発足当初から国税600億円以上を既に本ネットワーク事業に投入していることになるが、それら投資の結果として何か具体的な成果を残せたのであろうか?反省点が前記で全てであって、改善点が明示されないまま、また具体的な改革策を示すことなく、本創薬支援ネットワークを当初の計画に沿ってこのままで継続させることが、許されるとは思えない。

一方、上記AMEDからのテーマ進捗表『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』の末尾部に、熊本大学発生医学研究所の江良択実教授の『ニーマンピク病C型(NPC)治療薬の開発』が本創薬支援テーマに採択され、前臨床段階にあることが公示されている。

NPCは、ライソゾーム病の一種で、乳幼児からも発症し進行性であり国内の患者総数が50名程度の希少難病であって、指定難病である。細胞内コレステロール輸送障害による疾病で、肝臓、脾臓の腫れと神経症状が徐々に進行し重篤化する。ごく最近になって、厚労省未承認薬検討委員会発足により、唯一スイス国発のミグルスタットが早期承認されたが、症状改善は一応期待されるもののまだまだ満足する治療効果には程遠く、また根治は期待できない。

第2番目のNPC治療剤としてヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(HPBCD)が米国で 臨床開発中であるが、上記のとおり熊本大では2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン (HPGCD)という別個の関連化合物が、AMEDからも支援を受けてNPC治療剤として研究開発が進められている。

γ-CD体は、β-CD体に比べて、水に対する溶解性が高いためか、生体にはより安全とされており、コレステロール他被排泄(包接)物質に対する親和性や包接能も相互に異なるはずで、薬効の多様性が期待される。

幹細胞研究の権威の江良教授のグループは、iPS細胞出現の当初から希少難病治療の研究手段としてそれの活用に取り組んでおられ、今回も化合物スクリーニングに、NPC患者iPS細胞由来の肝細胞が用いられている。希少難病治療方法の研究に集中的に取り組む我国では数少ない基礎医学者であり、対症療法の本件を手始めに今後も継続してNPCをはじめライソゾーム病の根治療法の研究に取り組まれるものとその成果は大いに期待される。

希少難病治療用薬剤の研究開発は、その緊急性と専門性から個々の疾患について基礎研究段階から臨床開発、薬事承認と一貫性と連続性が非常に重要である。また、その市場性から例え開発途中からといえども民間企業の参入は、これまでの例外的なケースを除けば、殆ど期待できない。

AMEDにおいては、大学発の創薬支援テーマの採択にあたって、希少難病治療用薬剤の研究を重点的に採用し、一貫性を持って患者に投与できるまで支援を続けてほしい。この施策により、各大学において整備されてきた治験のための組織と施設が生かされる。さらに大学で生まれた希少難病治療薬創出研究の成果は、広く創薬研究のための革新的な基盤科学技術となり、民間に技術導出され応用・活用されることを期待する。(田中邦大)

1型糖尿病研究基金応援のお願い。

2015年8月5日
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多くの皆さんに論文ウォッチを読んでいただき感謝しています。今後も、休むことなくこの活動は続けたいと思っています。おそらく読者の大半はなんらかの形で生物学や医学に関わる方々と思いますが、様々な病気を持つ患者さんにも読んでもらえるよう努力を重ねたいと思っています。さて、私自身は現役時代から日本IDMMネットワークの活動を支援する100人委員会の一員ですが、理事長の井上さんが、もっと多くの方の御支援を仰ぎたいと、毎月100円を寄付する新しいプログラムを多くの方に知って欲しいと連絡がありました。以下に、井上さんのメッセージをペーストしますが、私のブログを読んでいただいている多くの方が、このプログラムにも理解をいただけることを期待します。また賛同いただけるフェースブックの利用者はイイネもお願いします。
詳しくは日本IDMMネットワークホームページを見てください。
http://japan-iddm.net/

今日は日本IDDMネットワークの行っている「1型糖尿病研究基金」を応援する「100人 委員」としてのお願いです。
【1型糖尿病根治のための研究への”100円”のご寄付のお願い】  1型糖尿病を根治し、「治るよ」と言える社会にするために1型糖尿病研究基金へ の継続的なご寄付をお願いいたします。  私が理事長を務める日本IDDMネットワークの「100人委員会」が100人×100人プロ ジェクトをはじめました。  このプロジェクトは100人委員会の委員が知り合いなど100人に寄付を呼びかけて1 万人からの寄付を集めようというものです。 よろしければ、下記URLに掲載中の動画もご覧ください。
 https://youtu.be/3iwtEWD_RUs
皆さま1人1人からのご協力が1型糖尿病患者の根治につながります。 またご寄付いただいた方の芳名を集めております。 以下のフォームにお名前と私の情報を入力をいただきたいと思っています。
 【定型フォーム】  http://goo.gl/forms/4IAA0nZa1B
 【期間】  2015年9月30日まで  メールやSNS等を活用し、以下寄付サイトへのURLとともに、日本IDDMネットワーク へ”毎月100円”の継続的なご寄付を呼びかけていただくようお願いします。
ご支援はこちらから。(かざして募金)
https://ent.mb.softbank.jp/apl/charity/sp/careerSelect.jsp?corp=047
 ※ソフトバンクスマホの方は携帯電話利用料と一緒に、ソフトバンクスマホ以外の 方はクレジットカードで寄付いただけます。  2025年に一緒に根治の祝杯をあげてください。

FDAで稀少難病薬指定を受けたALS治療薬(候補化合物)

2014年11月6日
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FDAの「稀少病薬リスト (指定と承認)」( http://www.accessdata.fda.gov/scripts/opdlisting/oopd/ )で、ALS治療薬(候補化合物)について検索して、開発の現状をテーブルにしました。

141001_ALS稀少薬リスト(FDA基本情報)

本表に掲載したALS治療薬には、FDAでこれまでに稀少難病薬指定を受けた薬物(化合物)が全て含まれていますので、既に研究開発を中止した化合物や、製造承認を受け現在唯一のALS治療薬として販売中のriluzole (RILUTEK: Sanofi社)も入っています。

当ホームページの「稀少難病ナビ席」に「ALSの進行を心臓薬ジゴキシンで遅らせる」として10月30日に掲載したジゴキシンについては、

古くから狭心症や心房細動など心臓病薬として広く使われており、また子癇(しかん:周産期に妊婦または褥婦が異常な高血圧と共に痙攣または意識喪失、視野障害を起こした状態)の治療薬としてFDAの稀少難病薬の指定を受け臨床試験中ですが、ALS治療薬としては未指定です。

通常プロトコールができIND(治験届)後に稀少難病薬指定の申請がなされるようですので、ALS治療薬としてのジゴキシンの臨床研究は、投与量や投与方法による心臓への副作用回避対策ができてからになると思われます。                                (田中邦大)

FOPの遺伝

2013年9月29日
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昨日FOP明石で、FOPの患者さんや、家族の方と話をする機会がありました。その時、家族の方からFOPの突然変異がどう発生するのかと言う質問がありました。多くの家族の方がご存知のように、ほとんどの場合FOPの患者さんのご両親が同じ突然変異を持っておられる事はありません。もし同じ突然変異を持っておられるとご両親にも同じ症状がでるはずです。従って、ご両親の遺伝子は正常だと考えられます。とすると、新しい突然変異が患者さんに発生した事になります。この新しい突然変異はではどこで起こったのでしょうか。一番可能性が高いのは、ご両親の身体の中で精子や卵子が作られる時にその突然変異が発生する事です。実際お父さんの睾丸の中では何千万個の精子が毎日作られています。また、発生段階でお母さんの卵巣の中には約200万前後の卵子が作られます。この時に誰でも一定の確率でこの遺伝子の突然変異が起こると考えられます。すなわち、どの夫婦にもFOPの子供さんが生まれる可能性があります。従って、FOPのお子さんを持っておられるご両親が、何か特別であったと考えられる理由は全くありません。

  さて、精子や卵子を作る時に突然変異が起こるとすると、兄弟姉妹がFOPにかかる可能性はほとんどないと思います。また、他の遺伝病と同じで、妊娠中の子供がFOPにかかっているかどうかを調べる事も可能だと思います。

 

2014年8月8日付けの論文紹介で、両親の遺伝子異常がなくても、発生過程で遺伝的モザイク状態が形成されている可能性があります。このため次の子供を産む前にモザイク率を調べることは役に立つと思います。

I型糖尿病

2013年9月20日
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I型糖尿病については、日本語、英語を問わず極めて優れたウェッブサイトがあり重要な情報が発信されている。実際、IDMMネットワークは患者さんの団体としては日本初の認定NPO資格を取り、活発な活動を行っておられる。私たちの出る幕ではない。代わりに、I型糖尿病の治療について今年発表された総説を読んで紹介する事にした。もとより、私はこの分野の専門ではない。しかし、医学をある程度理解できる人間として論文を読んだとき、どのような感想を持つのかを紹介する事も患者さんの役に立つと思った。従って、I型糖尿病については今後もこの様なスタイルで情報をアップデートできればと思う。更に多くの方に理解してもらうため、是非患者さん達とこれら総説の読書会を行って、少し突っ込んだ議論を行い、録画出来たらと考えている。
   Juvenile Diabetesというキーワードで文献サーチを行うと、60000を超す論文がでてくる。オリジナルな論文を全部読むのは大変だ。次に総説と絞り込みを行うと、数は8000に減る。このうち今年2013年に出版された総説論文は32編だが、英語に限ると更に減って23編になる。ちなみに2013年に出版された若年性糖尿病に関わる論文総数は1000を超す。全てが1型糖尿病についての仕事かどうかは確かめていないが、しかし研究は活発である印象を持った。総説に戻ると、症例報告、診断関係、実地診療などが半分で、新しい治療についての総説は9編で、インシュリン療法、免疫関係、移植療法に分かれる。
 まずインシュリン療法についてだが、最も新しい総説として、Diabetes, Obesity and Metabolism に掲載されたカナダのZinman博士の総説を読んだ。様々なインシュリン製剤や科学化合物の臨床治験が活発に行われているようだ。驚いた事に(専門外の私が)、長期効果を持たせたインシュリンの1型患者さんを用いた臨床試験も行われている。特にdegludecと呼ばれている極めて長期効果のあるインスリンはいい成績を上げているようだ。他にもモニタリングやポンプの方も改善が進んでおり、続々治験が行われている。この治療自体は病気を治すものではないが、生活の改善には間違いなくつながる。良いものは日本でもすぐ使える様、患者さんと医師、企業の協力体制を作っておく事が重要だろう。
   次に移植については、Annals of Biomedical Engineeringに掲載されたHatsziavramidisらの総説と、Diabetesの8月号に掲載されたRickelsらの原著論文を読んだ。日本ではまだまだ敷居の高い膵島移植に代わる方法に関しては、iPS細胞から、膵臓幹細胞まで様々な可能性が研究されてはいるが、実用化にはまだまだ時間がかかるだろう。私も3月まではiPSなど幹細胞を用いた研究の現状について十分フォローしていたが、膵島移植が可能になるまではかなり時間がかかるという印象を持っていた。従って、総説では一般的な事が総花的に書かれているだけだが、たまたま目にしたDiabetes8月号の仕事は興味深かったので紹介する。この論文は膵島移植のCIT07と言う新しいプロトコルについての治験の途中経過を報告している。このプロトコルでは、取り出した膵島を3日間培養し、その間にリンパ球を取り除いたり炎症を防ぐ処理をして移植する。これによって、移植後ドナー細胞の生着が格段に改善し、1年後でも正常人に近いインシュリン合成能を維持していた。おそらくあまりにも成績がいいために早めの報告が行われたのかと思う。勿論この仕事は膵島移植の新しい方法として位置づけられる、大きな期待が出来る。それ以外にも炎症細胞を除く事で生着が上がる事をヒトではっきり示せた結果は重要だ。炎症につながる細胞を含まない純粋の膵島をiPSなど幹細胞から作る事が可能になれば、それ自身の生着は遥かに今の膵島移植より良い事が予想される。従って、iPS研究にとっても、この仕事は大きな朗報ではないかと思った。
   最後に免疫療法についてはClinical & Experimental Immunologyに掲載されたvon Herrath等の総説と、The Journal of Diabetic Studiesに掲載されたWeigmannらの総説を読んだ。両方の総説ともだいたい同じ内容だ。1型糖尿病のほとんどが、自己免疫的機序で起こると考えられている。根治療法としてまず考えられるのが、免疫が成立する過程で病気を防ごうとするものだ。治験では、経口、経鼻など様々なルートでインスリンを投与する事で、インスリンに対する免疫寛容を起こそうとする治療法だ。この治療法は、1型糖尿病の発症前にインシュリンに対する抗体が出来ていると言う結果が根拠になっている。この抗インシュリン抗体が膵島障害の引き金になるのではという仮説だ。この治療は、インシュリンに対する抗体反応を起こさないよう免疫システムを飼いならそうと試みるものだ。総説では、期待の持てるデータが発表されている事に触れた上で、多くの場合は効果が見られない事が多いと結論している。しかし、まだ進行中の治験もあり注目していけばいいだろう。副作用がないとすれば、根治につながる最もコストの安い方法だ。この治療法のもう一つの問題は、発症が確実視される遺伝的背景がある場合は治療として成立できても、どちらか予見できない場合はやはり治療として用いられない事だろう。実際、一卵性双生児でも1型糖尿病の一致率は60%程度である事が知られている。免疫反応とは完全に遺伝だけで決まらない証拠だ。従って、普通に治療に利用されるにはまだまだハードルが高い気がした。
   もし抗原特異的な治療が難しいとすると、次は免疫反応自体を抑える治療が考えられる。このため、抗体薬を含む多くの免疫抑制剤の治験が進んでいる。総説を読む限りで長期的効果もありそうに見えるのが、anti-CTLA4, anti-TNFa,, anti-CD3抗体で、気体を示す論文がずいぶんでているようだ。いずれも第3相試験も行われており、注目する必要がある。
   最後に、免疫反応を抗原特異的に抑制する重要な細胞として日本で坂口さんによって発見された抑制性T細胞を注射する臨床試験まで行われている事を知り驚いた。実際、両方の総説ともこの細胞の将来の可能性を大きく扱っている。この抑制性T細胞を発見した坂口さんは山中さんと同じ時、京大再生研の教授だった。因縁話のようだが、iPSで細胞治療、抑制性T細胞で免疫治療が完成すれば日本の誇りになるだろう。期待する。

ミトコンドリア病について

2013年9月1日
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  1. ミトコンドリア病とは

   ミトコンドリア病(Mitochondrial Disease)は、全身の各種細胞に在って細胞機能維持に必要なエネルギー産生を行うミトコンドリアの機能不全による疾病で、部位によりそれぞれ異なる症状が見られます。

   ミトコンドリア病は、エネルギー需要の多い脳、骨格筋、心筋で多く発症し、神経系、心臓循環系、眼科領域、消化器系に加え、新生児・幼児の虚弱や低血圧症など、年齢にも関係なく色々な部位で糖尿病、心臓機能不全、肝不全、難聴、失明、腎不全、筋脱力、疲労などの症状が見られます。

   ミトコンドリアの働きに関わる1,000以上のタンパク質が知られており、対応する遺伝子(核DNAとミトコンドリアDNA)の変化によって、それぞれの部位で多様なミトコンドリア病を発症します。

   ミトコンドリア病については、多くのサイトで、解りやすく解説されていますので、例えば以下を参考にしてください:

         定番の「難病情報センター」の情報です。わかりやすくまとまっています。 http://www.nanbyou.or.jp/entry/335 もう一つは、「日本ミトコンドリア学会」です。ここは学会として責任を持とうと様々な試みを行っています。特にhttp://j-mit.org/patiodoctorsoudan/read.cgi?no=365 はドクター相談室です。既に診断がついている患者さんはこのサイトで専門家に様々な質問をする事が出来ます。患者会のサイトとして「MCM家族の会」http://www.mitochon.org/pc/ を挙げておきます。

   また、アメリカのミトコンドリア病を克服するために設立された財団が提供するすばらしいウェッブサイトを紹介しておきます。これらの財団では力強い活動を行っており、このサイトからうかがい知れます。ここでは、患者さんへの情報も豊富に提供されています。残念ながら日本語サイトはありませんが、グーグル翻訳を使うとかなりの程度でわかると思います。AASJでも引き続き自前の情報を発信しますが、とりあえず2つのウェッブサイトを紹介しておきます。

1 United Mitochondrial Disease Foundation (ミトコンドリア病連合財団)

http://www.umdf.org/site/c.8qKOJ0MvF7LUG/b.7929671/k.BDF0/Home.htm

2.  Foundation for Mitochondrial Medicine (ミトコンドリア医学財団)

http://mitochondrialdiseases.org

   ミトコンドリア病はいろんな臓器の異常として現れます。それをまとめたわかり易い図です。参考にして下さい。図はクリックすると大きくなります。(図はBates MGD 等がEuropean Heart Journal 33:3023(2012)に発表したCardial Involvement in Mitochondrial Deseaseの図を邦訳しました) また、病気は多様な表現で記載されますので、第1表も参考にして下さい。

図_ミトコンドリア病と臓器

           第1表 (代表的なミトコンドリア病)

・ 慢性進行性外眼筋麻痺  “CPEO: Chronic progressive external ophthalmoplegia”

・ ミオクローヌスてんかん症候群(福原病、マーフ、”ミオクローヌスてんかん、ミオク ローヌスてんかん等) “MERRF:  Myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers”

・ ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様症候群(メラス、脳卒中様症状を伴うミトコンドリア脳) ”MELAS:  Mitochondrial myopathy, Encephalopathy,  Lactic Acidosis, Stroke-like Episodes”

・ リー脳症 (精神運動発達遅延、大脳基底核や脳幹の対象性の壊死性病変) “Leigh Encephalopathy”

・ ミトコンドリア異常による心筋症 ”Cardiomyopathy with Mitochondrial Disorder”

・ レーバー病(視力低下、視神経萎縮)  “Leber’s Disease”

・ ミトコンドリア糖尿病 “Mitochondrial Diabetes”

・ パーソン病(汎血球減少症、多臓器障害) “PEAR: Pearson’s Disease”

 

 

 私たちはミトコンドリア病の専門家ではありませんが、医学や生物学の知識は十分あると思っています。文献などにあたって、現在この病気が世界レベルではどのように取り組まれているのか調べていきます。そのとき、ミトコンドリア病で苦しまれている患者さんと一緒に勉強する企画を行って、ニコニコ動画で流したいと思います。もし興味のある方がおられたらAASJまで連絡をお願いします。

2. 私たちとしてのミトコンドリア病への取り組み

     では私たちは何をNPOでやろうと考えているか紹介します。このサイトでは、医学教育を受けた素人が見た時、その病気について何を感じるのかを素直に伝えたいと思います。即ち、皆さんの側にいる専門家と言った様なものです。

  さて、素人の私たちが色々勉強してみて感じるのは、この病気の難しさは、「よくわかっているのにわかっていない」と言う状況があるからだと思います。まずミトコンドリアの機能は大変良くわかっています。細胞の使える唯一のエネルギー、ATPを作る事です。他にも幾つかの機能はある様ですが、ミトコンドリアの異常による病気は、このATPを作る機能が様々な場所で、様々な程度障害される事によります。しかし、完全に原因遺伝子がわかっていても、どう病気が出てくるのかわからないと言う問題があります。

   もしミトコンドリアの機能が完全に消失すると細胞は生きていけません。なのに多様な症状が出てくるのはなぜでしょう?この病気の難しさは、ミトコンドリアが細胞に完全に支配されていないところにあります。ミトコンドリアは細胞の中で、細菌のように増える事が出来ます。そして、細菌と同じように、自分自身の活動のための遺伝子をミトコンドリア内に持っています。しかし、細菌と違うのは、ミトコンドリアの活動に必要な遺伝子のほとんどは細胞の遺伝子の中にあることです。そして何よりも、私たちの体の中にあるほぼ全てのミトコンドリアは、全て最初の一個の卵子に由来しています。このため、卵子からだけ由来するミトコンドリアと、その活動を支配する細胞側の遺伝子が複雑に絡まっているのです。このため、原因遺伝子までわかっても病気の事を正確に予想できない最大の原因です

  つい先日Nature紙に、お母さんから受け継いだ突然変異を持ったミトコンドリアと、細胞の遺伝子の方の突然変異の組み合わせを調べた論文がありました(Nature, doi:10.1038)。この様な実験的に計画されたモデル系ですら、予想される結果とともに、全く予想できない結果も生まれている様です。複雑だから挑戦しがいがある、新しい分野に多くの人が参入してほしいものです。私たちも、一度ニコニコ動画を通してこの複雑性について解説したいと思います。

  ただ、標的については大変良くわかっています。このため将来治療法が開発される可能性も大です。Scott B. Vafai & Vamsi K. Moothaによる Mitochondrial disorders as windows into an ancient organelle Nature 491,374 (2012) と言う論文の中に力強い予想が書かれていたので転載しておきます。「ミトコンドリア病の遺伝子と症状を結びつける事はまだ難しい挑戦だ。しかし、ミトコンドリアについては生化学がよく研究されており、存在する蛋白についてもほぼ完全にわかっている。さらに、ミトコンドリアを取り出して調べたり、細胞の中で調べたりできるという利点もある。遺伝子異常がよくわかっている患者さんも多くおられ、何よりも患者さんの団体もしっかりしている。このような特徴を考えると、この病気はシステムとして病気を考える上で大きな利点がある。・・・・・私たちは、ミトコンドリア病の発病機序を理解する事で、この様な破壊的な病気に対して新しい治療を開発できると楽天的に考えていい。また同じ治療法は他の普通の病気にも効く可能性が高い」。期待しましょう。

3.ミトコンドリア病の治療薬について

  ミトコンドリアの機能低下を原因とする病気を一律にミトコンドリア病と総称しますが、上記および第1表に代表的な疾病名を挙げたとおり、多彩な症状として現われます。従って、それぞれの症状に応じた一般的な治療薬を用いる対症療法が主流となっています。

  ミトコンドリア病の確立した原因療法は存在しませんが、ミトコンドリアの機能を回復させる目的で、血管を拡張するアルギニンが用いられており、同様にアミノ酸類縁化合物のタウリンの治療薬としての開発も進んでいます。

  ミトコンドリアは、酸化的リン酸化によってATPを供給し、重要な生体分子を合成し、カルシウム濃度勾配の緩衝材になるなど、細胞にとっては必須のオルガネラ(細胞小器官)であり、生体のホメオスタシス(恒常性)や加齢を制御しています。ミトコンドリアの不具合は、炎症や加齢ほかエネルギー由来の変調を来たすことになりますが、このような不調は、活性酸素種(ROS)の生成による細胞の酸化障害でもあります。近年抗酸化剤による加齢関連機能低下の抑制療法の試みがなされており、動物モデルにおいて、ミトコンドリアを標的とする抗酸化剤を用いて加齢抑制効果が確かめられています。

  主にミトコンドリアの機能不全による酸化ストレスは、NO合成を減じ、血圧を上げ、接着分子と炎症サイトカインの分泌を制御し、LDL酸化の原因となります。筋肉組織のミトコンドリア機能の欠陥により、脂肪酸酸化が進まず、グルコース輸送を阻害し、インスリン刺激のグルコース輸送の低下として現れ、結果は間違いなくインスリン抵抗性を発症しII型糖尿病となります。慢性的なROSの過剰と炎症は、ミトコンドリアの機能不全をもたらし、組織での脂肪蓄積とインスリン抵抗性の果てし無い悪循環を来たします。

  また、ミトコンドリアROSは、電子伝達からATPを共役する脱共役たんぱく質(UCP)の活性増加に関係します。UCPの活性化により、ATPを産することなく熱を産生できるので、ATPの長期間の低下を招き、細胞インスリンのシグナル伝達に影響を及ぼします。

  第2表に米国FDAのオーファン薬の指定を受けてミトコンドリア病の治療薬として開発中の一覧を掲げます。   131001_DrugUnderDevelpment ForMitochondrials

  ミトコンドリア病の原因療法として、ミトコンドリアでの電子伝達系を補うためにコエンザイムQ10やビタミンEの抗酸化作用を持つ各種誘導体の開発が米国FDAの下で進んでいることが判ります。  FDAは、稀少難病薬指定をしているエジソン製薬のEPI-743(α-トコフェノールキノン:CoQ10類縁化合物)にEID(緊急時介入薬)としての承認をしました。本剤については、今年3月に大日本住友製薬が同社から製品導入し、リー脳症の治療剤として開発すると発表しています。      (西川伸一 ・ 田中邦大)

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