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8月2日:GWASデータの統計学から疾患メカニズムへ(7月27日号Cell掲載論文)

2017年8月2日
様々な疾患の遺伝的原因を特定するため、ゲノム領域の一塩基多様性(SNP)と疾患との統計学的相関を調べる研究(GWAS)が21世紀に入って急速に進展した。この結果が、例えば遺伝子に基づく体質検査につながっているが、実はこうしてGWASで特定されたSNPが疾患発症に関わるメカニズムはほとんど明らかになっていない。すなわち統計学的なリスク計算はできるが、なぜそうなるかはほとんど想像の域で止まっている。従って、多くの予算を使ってリストしてきたSNPの意味を調べることは今後の重要な課題になっている。
   今日紹介するハーバード大学からの論文は統計学的解析としてのSNPを疾患メカニズム理解につなげるのに成功した典型的な研究で7月27日号Cellに掲載された。タイトルは「A genetic variant associated with five vascular diseases is a distal regulator of endothelin-1 gene expression(5種類の血管病変に関わる遺伝的変異はエンドセリン1遺伝子発現を調節する遠位の調節領域)」だ。
   GWAS統計学を疾患メカニズムに結びつける研究が新たに進展できる背景には、様々なヒトゲノムデータベースが整備されてきたことがある。この研究でも様々なデータベースを飛び回って、6番染色体上の6p24領域に特定されていた様々な遺伝子多様性の中からr9349379と特定されているSNPのG型が血管内皮の病気と最も高い因果性を示すことをまず確認している。
   次にこのSNPと病気との関わりを英国のバイオバンクのデータを使って調べ血管内皮に関わる病気だけと強い相関を示すこと、さらに血管の機能検査を行った大規模コホートデータを用いて、血管内皮の外圧に対する反応以上とG型SNPが関わることを明らかにしている。
   すなわちこの領域が血管内皮で働いている必要があるが、それを調べるためヒストンのアセチル化状態を血管のデータが含まれる遺伝子発現調節に関するデータベースを用いて調べ、この領域に結合しているヒストンが血管内皮で強くアセチル化され、血管内皮で働いていることを明らかにしている。
   このように、現在ではデータベースサーフィンによって、ここまで研究を進めることができるが、最後の詰めは実験が必要になる。
   この研究では血管内皮への誘導が可能なヒトiPS細胞からCRISPR/Cas9を用いて、まずこのSNPを含む領域80bを除去すると、様々な遺伝子の発現が変化するが、これらはこのSNPの比較的近くにあるエンドセリン1遺伝子の発現が50倍に上昇する結果であることを突き止める。すなわち、この領域はエンドセリンの発現の抑制に関わっている。
   さらに、今回特定したSNPのAA型とGG型を持つiPSをCRISPR/Cas9で作成、IL-1で刺激した時のエンドセリン遺伝子の発現がGG型で強く上昇することを確認している。
   そして、エンドセリン遺伝子から比較的遠く離れたこの領域が本当にエンドセリン遺伝子の発現調節に関わるかを、遺伝子同士のコンタクトを調べる4C方法を用いて調べ、この領域が確かにエンドセリン遺伝子の近位調節領域とコンタクトするスーパーエンハンサーとして働いていることを明らかにしている。
   最後に、健常人のデータベースを使ってGG型の人たちでは確かにエンドセリンの発現が上昇していることも明らかにしている。
   今後この領域に直接結合する分子の特定など課題は残っているが、GWAS論文を医学的メカニズムへ発展させるためのお手本とも言える研究だと感心した。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月1日:手の器用なマウスを作成する(7月28日号Science掲載論文)

2017年8月1日
今顧問をしているJT生命誌研究館のウェッブサイトでも月2回ブログを掲載しており、21世紀生物学の重要問題について自分なりに考えている。ゲノムの構造化、無生物から生物、脳と意識、とこれまで全く経験のない分野をまとめてきた上で、現在は言語の発生の問題に取りかかっている(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/)が、調べるほど言語と道具使用の相互作用の重要さが実感される。事実、言語の発達とともに道具は急速に発展する。
しかし、精巧な石器を作るためには、言語だけではなく、器用な手を動かすための神経系を用意する必要がある。これについて私は、手を使う猿の進化の結果、新しい運動神経系が生まれてきたとすっかり思い込んでいた。実際手を支配する大脳皮質は大きな領域を占めており、脊髄での運動神経もずっと複雑な走行を示している。
   ところが今日紹介する米国シンシナティ小児病院からの論文を読んで、考えを改めた。タイトルは「Control of species-dependent cortico-motoneuronal connections underlying manual dexterity(手の器用さに関わる皮質運動神経結合の種特異的コントロール)」で、7月28日号のScienceに掲載された。この研究の責任著者は吉田さんという方で、おそらく日本の方だと思う。
   実際、マウスと人間を比べると、皮質からの神経の脊髄での走行が手を支配する脊髄上部では大きく違っており、脊髄腹側及び側部から運動神経と結合する皮質神経(vlCST)がマウスでは存在しない。吉田さんたちは、マウスでも生まれた当初はこの経路が存在するのではないかと考え、筋肉から逆行性に神経をラベルする方法を用いて、期待通りvlCSTが生後数日存在するが、その後消失することを発見する。
   次に、このvlCST消失の原因が神経の伸張を阻害する分子として有名なPlexinA1とSemaphorin6の発現による反発作用によるのではないかと考え、CST特異的にPlexA1をノックアウトした。すると、期待通りマウスでも生後のvlCSTの消失が防がれ、人間と同じようにvlCSTによる運動神経支配が成立したまま大人になる。そして手の動きが器用さを測るために独自に開発した方法を用いて、vlCSTが残存するマウスでは、手が器用になっていることを示している。
   これだけでも十分楽しめるが、最後に人間でvlCSTの運動神経支配が維持されるのがplexA1の発現抑制によるのではと考え、サルや人間に特異的なplexA1発現調節領域を特定し、人型の調節領域では皮質第5層の神経での発現が抑制されていることを示している。
   結論的にはマウスも実際には器用に生まれており、ただ必要ないため無駄な神経支配を整理したという面白い話になる。
   読んでいてマウスとサル、人間は比較的近縁だが、ずっと離れているナマケモノなど枝をしっかり掴む動物ではこの経路はどうなっているのだろうと、ふっと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ
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