今日紹介するドイツ・ボン大学からの論文は、現在、世界各地で進行中の難民問題を用いた課題設定で、難民に対する思いやりをオキシトシンが回復させられるか調べた研究で、米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Oxytocin-enforced norm compliance reduces xenophobic outgroup rejection(オキシトシンで規範遵守の気持ちを高めることで外人嫌いに基づく外部集団への拒否感を減らすことができる)」だ。
アメリカで起こっている白人至上主義者をめぐる深刻な衝突の報道を目にし、殺されたハイヤーさんの母親の追悼集会での演説に感激し、さらに「No one is born hating another person because of the color of his skin or his background or his religion」とマンデラの言葉を引用したオバマ全大統領のツィートに納得する毎日の中で論文を探していると、Xenophobia(外人嫌い)とタイトルがついたこの論文に手が伸びた。
読んでみると、このグループの研究は2013年にも紹介した。「愛と辛抱強い愛の絆は深い喜びをもたらすが、壊れると深刻な悲しみと絶望につながる」という、おおよそ科学論文とは思えない書き出しから始まる論文で、オキシトシンによって現在つきあっている相手への愛情が深まり、浮気しなくなることを示す内容だった。こんな研究グループの日常を一度見てみたいと思う。
同じグループが今回は、現ドイツの最大の政治・社会問題、難民の流入によるXehophobia(外人嫌いと訳してしまえるが、実際には社会に流入してきたアウトサイダーに対する嫌悪感と考えればいい)に対するオキシトシンの効果を調べている。
3種類の実験が行われている。最初は難民とドイツ人の困窮者に対して、今回人権に参加した謝礼50ユーロから寄付を行わせるときのオキシトシンの効果を無作為化二重盲検法で調べている。結果は、難民に対しても、ドイツ人の困窮者に対してもオキシトシンを投与したグループは寄付額が大きく跳ね上がる。
次に、実験に参加したボランティアのXenophobia度をオーストラリアで開発されたテストを用いてスコア化し、Xenophobiaの強い人と、低い人にわけ同じ実験を行うと、低いグループではオキシトシンで寄付額が上がるのに、Xenophobiaの人は、難民に対しても、ドイツ人困窮者に対しても寄付額は上がらない。すなわち、強い嫌悪感が生まれてしまうと、オキシトシンで思いやりの心は生まれない。基本的にドイツ人の困窮者も難民と同じ扱いになっているのにも驚く。
しかし、Xenophobiaが強い人も、実験に参加した多くが寄付をしたことを告げ、それが社会規範であることを示しながらオキシトシンを投与すると、嫌悪感を克服し難民に寄付をする人が出てくる。
結果はこれだけで、Xenophobiaに対してはオキシトシンだけでは効果がなく、社会規範に関する教育と同時にオキシトシンを投与することが重要という結論になる。
それが思いやりを高めることだとしても、この結果をもとに、国民の心を操作することはやめてほしいが、オバマのツィートにあるように、Xenophobiaも教育の問題であることはよくわかった。
17世紀、まだキリスト教の善悪に関する絶対的規範が支配していたオランダで、スピノザは「我々の行動を支配する目的とは衝動」でしかなく、「善悪の認識は私たちの喜びと悲しみの感情に他ならない」と言い放った。スピノザを思い起こしながらこの論文を読むと、何が正しい、何が間違っていると口角泡を飛ばすより、各人の感情について理解し合うことから始めることが、憎悪のサイクルを根絶する近道である気がする。
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