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8月6日:食欲のコントロール:欲望と本能の境目(7月27日号Cell掲載論文

2017年8月6日
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健康人にとって、通常食欲は「欲」の一つで、食べ過ぎるのは意志が弱いからになってしまう。しかし、神経性食思不全のような病的な状態を見ていると、生まれついて持っている本能が抑えられているように見える。

特に光遺伝学が開発されてから、食欲の研究が加速している。このブログでも、視床下部のAgrpニューロンと食欲についての研究(http://aasj.jp/news/watch/3053)、扁桃体のニューロンと食欲についての研究(http://aasj.jp/news/watch/7010)を紹介してきたが、欲望と本能の境目を考える意味で大変面白いと個人的にも注目している分野だ。

   今日紹介するロックフェラー大学からの論文はこれらに加えて脳幹の縫線核と呼ばれる場所と食欲との関係を調べた研究で7月27日号のCellに掲載された。タイトルは「Identification of a brainstem circuit controlling feeding (摂食をコントロールする脳幹の回路の特定)」だ。

最近の脳研究の論文を見ていると、興味のある行動に関わる神経細胞を特定し、機能を調べるためのスタンダードが出来上がっていることがよくわかる。この研究ではこのスタンダードを全て行っている典型と言える。対象は食欲なので、食事を与えないマウスと、普通に与えたマウスの脳を取り出し、空腹時に興奮した神経細胞を神経刺激により発現するFosなどの転写因子を指標に特定している。その結果、脳幹の縫線核にシグナルが見られることを発見している。

縫線核には4種類の神経細胞が存在することが知られているが、ここはこれまでの経験に基づきGABAトランスポーターを発現する細胞(Vgat)とグルタメートトランスポーターを発現する細胞(Vglut3)に絞って調べると、Vgat神経が空腹時に、Vglut3神経が食べた後に興奮することを明らかにした。

はっきり言って、ここでシナリオはほぼ完成しており、あとは確認作業になる。例のごとく光遺伝学を用いて、Vgat, Vglut3神経を刺激、あるいは抑制し、Vgat神経刺激で食物摂取が上がること、逆に抑制で、空腹時でも食物摂取が起こらないことを確認する。逆に空腹後食事ができた時に興奮するVglut3神経の刺激は摂食を抑え、これを抑制すると摂食が高まる。さらに、空腹で興奮するVgatの刺激は、マウスの行動を抑えエネルギー消費を抑える一方、空腹が満たされて興奮するVglutの興奮はマウスの運動を促進する。そして、この間逆の作用を持つ2種類の神経細胞がシナプス形成をしており、VgatがVglut3を抑制する方向の回路を形成していることを明らかにしている。

脳の極めて限られた場所で2種類の逆の働きをする神経細胞が回路を形成し、空腹とそれが満たされたことを感知して、摂食を調節する本能を支えていることがよくわかる。

この回路の働きは例えば脂肪細胞から分泌されるレプチンが欠損して満腹できないため肥満が進むobマウスでも正常に働いているので、独立した摂食本能回路として抗肥満剤開発の標的にできるかもしれない。そう考えてそれぞれの神経から翻訳中のRNAを取り出し、分子発現の違いから薬剤を開発できる可能性を示している。残念ながら、これらの神経細胞だけに効く薬剤の開発まで入っていないし、またこの回路と他の欲望や節制をつなぐ回路についても手つかずのままで論文は終わっている。

今後、視床下部、扁桃体、縫線核同士の回路と、代謝センサー、そして前頭前皮質などとの回路が明らかになってくると、人間の本能と欲望の境についての研究が一段と進むと注目している。特に、フロイトのいう「口唇期」からの数ヶ月の研究が可能なら、面白い話になりそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ
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