11月7日:自閉症の幼児期早期診断(Natureオンライン版掲載論文:オリジナル)
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11月7日:自閉症の幼児期早期診断(Natureオンライン版掲載論文:オリジナル)

2013年11月7日
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ゲノム解析によって病気の理解がますます進んでいることを実感する今日この頃だが、そう簡単ではないケースが統合失調症や、自閉症だ。これまで関与が疑われる事を示唆する遺伝子の数は100を超えているのではないだろうか。それを報告する論文も数え切れない。自閉症ではなんと、23染色体のうち20染色体に自閉症と関わる遺伝子が存在すると報告されている。私たちの精神が、少数の遺伝子で決まるほど簡単ではない証拠だろう。ただ、統合失調症にしても自閉症にしても、疾患としては多くの共通症状を持つ比較的よく似た状態に落ち着く。だとすると、どの遺伝子異常からスタートするにせよ、一定の症状を持つよう脳が組織化されていく過程の存在が予想される。今日紹介する論文は、この過程を研究するために、先ず自閉症の早期発見が可能かどうかを調べたアトランタ自閉症研究センターの仕事だ。Natureオンライン版に発表されている。研究では、新生児期から2年間、女性の俳優が子供の注意を引くように振る舞うビデオを見せて、子供の視線を記録するテストを繰り返している。記録終了後、3才時点で自閉症かどうかの診断がおこなわれ、診断後データを整理するという一種の前向きコホート研究だ。自閉症リスクの高い家族から59人、リスクの低い家族から51人の新生児の参加を得て追いかけている。3年目、高リスクの家族から12人、低リスクの家族から1人が自閉症と診断されている。論文ではいろいろな解析結果が示されているが、結果は明瞭で、自閉症と診断された子供は、6ヶ月までにビデオの俳優の目に視線を止める時間が極端に低下する。一方他の身体の部分への視線については正常と特に差がないという結果だ。元々、自閉症児が他人の目を見ないことは指摘されており、診断にも使われる。ただ、今回の研究は、この異常が最初から存在しているわけではなく、2ヶ月前後では正常児と同じように、他人の目に視線を置くことが出来ている。正常児では、その後6ヶ月に例外なくこの視線を集中させる時間が上昇するが、自閉症と診断された子供では、成長するに応じて低下するという結果だ。この研究からは、ではなぜこのような現象が見られるのかはわからない。しかし、6ヶ月以内にこのようなテストで自閉症の早期診断が可能になるなら、様々な介入を行って発症を防ぐことが可能になるかもしれないと言う期待を持たせる研究だ。簡単なようで、本当は将来性のある重要な仕事だと感じた。
しかし、今日紹介したように、アメリカでは、発達についての研究が自由な発想で盛んに行われている。前に紹介したiPodで識字障害を治療すると言った仕事もその一つだ。一方、出生率の低い我が国にとっては発達障害は国を挙げて取り組むべき課題だ。実際のところ、我が国のこの分野の研究の現状はどうなのか、少し心配になっている。

カテゴリ:論文ウォッチ

90歳以上の高齢者の健康は時代と共に増進している(Lancet今週号:オリジナル)

2013年11月6日
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今日紹介するのは、今週号のLancetに掲載されていた、デンマークの老化研究所からの論文で、「Physical and cognitive functioning of people older than 90years:a comparison of two Danish cohorts born 10years apart (10年を隔てて生まれた90歳以上の高齢デンマーク人の比較)」というタイトルがついている。この研究では、1905年生まれ (1988年に調べている)と1915年生まれ(2010年に調査)のデンマーク人高齢者の身体機能と認知機能を調査し比べている。大変だが、極めて簡単な調査だ。調査が行われたとき、1905年生まれは92-93歳、1915年生まれは94-95歳。それぞれの調査で2年をかけ、生存している全ての人を調べている。調査に応じてくれたのは、それぞれ2262人、1584人で、かなりの数だ。生まれた年代は10年しか離れておらず、しかも1915年生まれの人の調査は94-95歳と年齢が進んでから調査が行われたにもかかわらず、1915年生まれの人の方が93歳以上長生きする確率は28%も高く、また認知機能も格段に点数がいいというのが結論だ。一方、身体機能にはそれほど大きな差はなかったと結論している。今後、1925,1935,1945年と続けられるのだろう。しかし、これまで2回の結果から、高齢社会到来と心配しても、どっこい高齢者もしっかり進歩していて、巷で心配されているよりずっと社会の負担は少なくて済むかもしれない事が予想できる。喜ばしい結果だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

大規模臨床治験の多くが論文にならない。(11月5日British J.Med論文)

2013年11月5日
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日本は、臨床治験の結果についての論文が捏造だったかどうかで大揺れだ。これも困るが、10月29日号のBritish Medical Journalに載った論文を見て、逆の問題もあることを認識した。論文は、Non-publication of large randomized clinical trials: cross sectional analysis (無作為化した大規模臨床治験が論文発表されない問題:断面解析)という論文で、Cooper医科大学からの論文だ。2005年から臨床研究については、始める前に計画を登録することが要求されるようになっている。このおかげで、実際にどのような臨床治験が行われているかを把握できる。この研究は、登録された大規模治験で、計画が終了したと報告されている治験のうち、論文として発表されない場合がどの程度あるかを調べたものだ。結果は驚くべき物で、500人以上の参加者が得られた大規模治験で、結果をまとめればともかく論文にはなると思われる治験の内30%近くが全く論文として発表されないことがわかった。この論文にならなかった治験に参加した患者さん達はなんと30万人に及ぶ。更に論文として発表しなかった治験の内8割弱が、登録機関にも成績を発表していない。
  無作為化した大規模臨床治験は、自分に偽薬が来るかもしれない事をわかった上で、参加していいという人たちにより支えられている。多分思ったような結果が得られなかったので論文にしなかったと思われるが、うまく行かなかった治験も結果は結果だ。最近ネット上にあるデータを、違う視点で見直すことがよく行われる。その意味でも、人間が参加したトライアルは公共のデータであり、全て査読に回して論文にすることが重要だ。治験は科学だ。そして、科学はある結論について他の人とコンセンサスを形成する手続きだ。ことなめ、論文として発表するために厳しい査読が行われる。これにより、データの信頼性を科学界で保証する。だからこそ、捏造は許せないのだが、同様に尊い参加の上に得られた公共のデータは、科学の手続きを経た上で、残すのが筋だ。治験を行う限り社会の責任が優先すると覚悟すべきだろう。まさに製薬会社や医師の倫理が問われる。しかし、捏造で論文を取り下げたら、やはり参加者を裏切る事になる。悲しい事だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

ヒトiPS細胞の基底状態維持培養。培養の標準化:10月30日Nature online(オリジナル記事)

2013年11月4日
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ついこの前、Jacob Hanaの論文を、「完全なリプログラミング」として紹介したばかりだ。2週間もしないうちに、今度はヒトiPSの基礎状態を簡単に維持できる培養法を開発してしまった。彼の仕事を紹介する前に、ちょっと難しくなるが、一般的な解説をしておこう。山中さんが体細胞リプログラミングの話を報告して以来、最も重要な問題は、
1)リプログラミングがランダムに起こるため、この過程をコントロールすることは困難で、出来てくるiPSにどうしてもばらつきが出ていた。これを解決するためには、全ての細胞が短期間でリプログラムされる条件を決める必要がある。これについては、NurDと言う抑制分子を取り除いてやる事で達成する事が出来る事をJacobは報告した。この結果、全ての細胞を7日以内でiPSへと誘導する完全リプログラミング法が完成した。
2)次の問題は、未分化状態の安定な培養法だ。現在の培養方法では、どうしてもばらつきが出る事がわかっている。そのため、どれが標準の培養になるかは哲学問答のようになってしまっていた。しかしマウスについては、英国のSmith達が、培養されているほとんどの細胞が一定の未分化状態に安定に維持できる培養法を開発して、この状態を「基底状態」と呼んだ。ただこれまでマウス以外の動物で、基底状態を安定に実現する事は出来なかった。ヒトiPSの基底状態での培養は可能か?これが重要な問題だった。
  iPS細胞培養にとって一番重要な2つの課題を、Jacob達は一連の論文で全て解決した事になる。即ち今回は、ヒトiPSの基底状態を維持する培養法を開発してしまった。論文では、基底状態で培養するための条件と、こうして維持されるiPSがマウスと同じ基底状態にある事を証明するデータがこれでもかこれでもかと示されている。詳しい解説は必要がない。ヒトiPSの完全なリプログラムと、基底状態での維持が可能になった事を高らかに宣言する論文だ。そして私が最も驚いたデータは、こうして維持されている基底状態のヒトES細胞をマウスの胚盤胞に注射すると、マウスの発生とともに胎児内で分化して、身体の様々な所で正常の細胞になる事だ。この実験は、まだ我が国では法律で禁止されているが、しかし驚くべき結果で、これまで知る事がかなわなかった新しい事がわかってくる予感がある。JacobはJaenisch研にいるときから、流行りにとらわれず、最も重要な問題を選んで、手間を惜しまない研究を行っていた。イスラエルに帰ってから短期間で、iPS分野の最も重要な問題を全て解決した事に本当に拍手を送りたい。実を言うと、先週Jacobに会う機会があった。仕事の事を褒めたら、これで済まないそうだ。今度は、思った通りに分化を誘導できる様々な方法を開発しており、論文が続々出てくるそうだ。iPSの臨床応用が急速に進むことが予感できる。同時に、この分野では、当分Jacob Hana時代が続く事も予感した。

カテゴリ:論文ウォッチ

パーキンソン病:神経細胞死を抑える薬の開発。(11月4日)

2013年11月4日
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パーキンソン病の原因として、アルファシヌクレインと言う分子の異常蓄積が注目されている。この分子が神経細胞死を誘導するメカニズムについては諸説あるが、本年のノーベル賞分野となった、細胞内での物質輸送に関わる小胞体の移動抑制はその中でも重要な物だ。今日紹介するのは、サイエンスオンライン版にマサチューセッツ工科大学のグループによって発表された研究で、このシヌクレインの作用と拮抗するNABと言う化合物を発見したと言う報告だ。このグループはまず、シヌクレインを大量に発現させた酵母菌を作成し、これによる細胞死を防ぐ化学化合物をスクリーニングしてNAB2と言う分子を発見した。酵母を使う理由は、安価で迅速にスクリーニングが可能な点で、もしヒトの細胞のモデルとして酵母が使える場合は大変役に立つ。更に酵母では遺伝子操作が簡単なため、この化合物の効果のメカニズムの解明も簡単な事が多い。事実酵母を用いた研究でこのグループは、この化合物が直接作用する分子を明らかにし、化合物が小胞体輸送を促進する事で、シヌクレインの阻害活性と拮抗する事を明らかにした。次の問題は、酵母で明らかになった事が、ヒトの細胞にも適用できるかどうかだ。当然ここで患者さん由来のiPSが登場する。この論文は同時にオンライン出版されたもう一つの論文とセットになっている。第2の論文では、シヌクレイン遺伝子に突然変異のある患者さんからiPSを作成し、次に脳皮質の神経細胞を誘導する。酵母を用いた研究から、シヌクレインの異常を早期に検出できるマーカーも前の仕事で明らかになっている。パーキンソン病のような長期の経過をとる病態を細胞レベルで調べるためには、この様な早期に異常を検出する系が必須だ。そして、この検出系を使うと、NAB2は確かに神経細胞でのシヌクレイン毒性に拮抗する事が明らかになった。酵母からiPSにまで拡がる総合的で美しい仕事だ。iPSが薬剤開発に変革をもたらしている事を実感する報告だった。この化合物やそれ由来の化合物が実際の臨床に使われるなどの新しい進展があればまた報告する。

カテゴリ:論文ウォッチ

脊髄損傷:脊髄の神経幹細胞は障害部位の拡大を抑制する(サイエンス誌掲載論文)

2013年11月3日
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脊髄損傷の細胞治療を考えるとき、損傷を受けた後様々な段階での神経幹細胞の機能を調べる事は、治療戦略を考えるためには重要だ。今回紹介する論文は、11月1日号のサイエンス誌に掲載された、スウェーデンカロリンスカ大学、Jonas Frissenのグループの仕事だ。Jonasはスウェーデン幹細胞研究のエースで、山中さんのノーベル賞の受賞理由を書いた3人のうちの一人だ。
  この仕事は、神経幹細胞の増殖がうまく起こらないマウスを作って、この細胞の機能を調べている。幹細胞だけで、rasと言う遺伝子をノックアウトする事でこれを実現している。このマウスでは神経幹細胞が不足状態にあるので、正常のマウスを比べると、神経幹細胞が何をしているかよくわかる。答えは明瞭で、神経幹細胞は損傷刺激により増殖、移動を始め、損傷部位に集まり、アストロサイトに分化して、損傷が拡がらない様にしていると言う結果だ。実際、幹細胞が増殖できないマウスでは、損傷部位に幹細胞は集まらず、アストロサイトの数が少ないため、傷口は深くなる。さらに、幹細胞がないと組織修復に必要なサイトカインも分泌されない。脊髄損傷からの修復過程を調節する最も重要な細胞は脊髄に存在する神経幹細胞だという結論だ。ただ、もし幹細胞がアストロサイトにしかならないとすると、傷口が拡がらない以上の効果を期待できない。おそらく、更にオリゴデンドロサイトに分化できる細胞などを追加して、ミエリン形成が促進すると、更なる効果が得られるのではと想像できる。これは、シュワン細胞、嗅神経鞘細胞の効果を裏付ける物かもしれない。いずれにせよ、地道な基礎研究もまだまだ重要である事を示す研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

脊髄損傷:細胞治療についての最近の総説のサマリー

2013年11月3日
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私たちの活動の方向性は、医師・研究者として患者さんの側に立つとことと決めている。この立場で出来る限り多くの難病の方に役に立つ情報を発信したいと考え、様々な病気についての最新の総説を読んで、それをまとめることを活動の一つにしたいと考えている。今回は脊髄損傷を取り上げる。脊髄損傷の場合、原因とか、病態などについてはほぼ完全にわかっている。患者さんの関心は、切断された神経が部分的にでも回復して、より高い機能を取り戻せるかだ。健康人が外からだけ見ていると、運動障害だけに見えるが、実際には自律神経も傷害されており、その結果様々な症状に苦しんでおられる。
  さて今回読んだ総説は、
1) Advances in Stem Cell Therapy for Spinal Cord Injury,
2) Cell Transplantation for Spinal Cord Injury, A systemic Review
3) Evaluation of Clinical Experience using cell-based therapies in patients with spinal cord injury: a systematic review
の3報の総説だ。それぞれ新しい順に並べてあり、最初の2報が2013年、最後の論文は昨年出版されている。1)、2)は、より一般的な総説で、脊髄損傷の成り立ちから、病理、そしてそれに対する可能性も含めた細胞治療法について概説している。一方、3)は完全に細胞治療のこれまでの臨床例を全て検索し、その中から、症例数など一定の基準を満たした論文を拾いだし、紹介している。全体で、基礎から臨床までうまくまとまった構成だ。ここでは論文3)について少し詳しく紹介する事で、臨床研究の現状、問題点などを伝える事が出来ればと考えている。
   まず論文1)であるが、カナダトロントのWestern Research InstituteのMotheさん達の論文だ。カナダでは毎年4000例の新しい脊髄損傷患者さんが発生しているようで、特に最近では高齢者の転倒による脊髄損傷も大きな位置を占めているようだ。まず、病気の状態の評価については様々な基準が出来ており、なかでも最も信頼され、使われているのがASIA(アメリカ脊髄損傷学会)により作られた障害スケールのようだ。逆に、論文でこの基準を使っていない場合はあまり信頼が置けないと言う事になる。この論文では、脊損の病態の基礎についても詳しく紹介されている。損傷直後の壊死、出血、血管収縮に始まって、虚血、細胞死、体液バランスの障害、そして炎症による更なる組織障害が進み、最後に障害部に空洞が形成されるまでの様々な段階がある。詳細については、ここでは割愛し、ニコニコ動画等で詳しく紹介する。この総説では細胞治療の歴史についても紹介されている。私も知らなかったが、細胞治療が脊損治療として試みられたのは既に1970年からで、末しょう神経や、胎児の脊髄細胞などの移植が行われており、これをきっかけに様々な細胞治療が試みられるようになったようだ。

  これまでの研究から、幹細胞移植による症状回復のメカニズムとしては、
1)神経やミエリン鞘を形成するオリゴデンドロサイトの置換、
2)分散した神経アクソンのミエリンによる再被服
3)神経回路の回復、
4)ダメージを受けた神経やグリア細胞の保全、
5)神経増殖因子等のサイトカイン分泌の増加、
6)血管新生促進、
7)損傷部分に出来る空洞の修復、
8)炎症やグリア細胞増殖の抑制、
9)アクソン再生のための環境づくり
などが考えられる。従って、様々な細胞が効果を示す可能性があり、これまで行われた細胞移植は十分な正当性がある。
  とは言え、計画中を含めて、移植の対象になっているのは、ES/iPSなどの多能性幹細胞、神経幹細胞、皮膚由来神経細胞、骨髄から樹立する事が多い間葉系幹細胞などがあり、ES細胞や胎児由来神経幹細胞も含めて臨床研究が進んでいる。これらの細胞の特徴や、予想される効果のメカニズムについてはやはり動画で紹介する。この総説では、主に細胞治療の可能性に焦点が置かれており、臨床研究についてはほとんど記載がない。この点については、3つめの総説を紹介の時に概説したい。
  2つめの総説はドイツ、中国、ブラジルの研究者が共同で著わした総説だ。中国、ブラジルは、意外にも脊損の細胞治療がかなり行われている国であり、その意味でも多くの研究に目を配れると言う点でこの総説は重要だろう。事実、細胞移植による脊損治療の議論を、韓国と中国で行われた問題の多い臨床研究についての記載を論文の始めに持って来ている点などは、3カ国の研究者が協力した結果だろう。
   この総説の特徴は、実験レベルの細胞治療について、ES/iPS、間葉系幹細胞、神経幹細胞、嗅細胞を取り巻く嗅神経鞘細胞、シュワン細胞の5種類を取り上げ、包括的なまとめが表として提供されている。この表については、わかりやすく変更して、動画の際に提供する予定だ。いずれにせよ、脊損については実験レベルでの様々な試みが数多く行われ、一定の効果も見られている事だ。他の希少疾患と比べたとき、研究者の層は厚い。総説の最後の部分では、当然臨床研究について記載している。ES細胞については、ジェロンの研究が中断されたため、最終的な評価は他の研究待ちの状態だ。これまでの間葉系幹細胞移植、シュワン細胞移植に対しては、この筆者はあまり高い評価を与えていないようだ。特に、慢性例で6ヶ月にわたって自己間葉系幹細胞移植を受けた45例が、対照群と比べて改善がほとんどなかった事、及びそのうち半数に神経原性の痛みが副作用としてみられた事を紹介している。その上で、本当の評価のためには、移植した細胞を追跡する検査法の確立が必要である事を強調している。残念ながらこの総説の全体としての結論は、まだ脊損の皆さんを本当に喜ばせる研究は出ていないと言う事になる。
  最後の総説は細胞移植の臨床研究のうち一定の基準を満たした論文を集めて内容をサーチし、2人の専門家が読み、2人の意見を調整後まとめると言う形式の総説だ。サーチした論文は1966年から2012年1月までに出版された論文で、その中から少なくとも10例以上の症例を調べ、エビデンスに基づいた研究を行っている論文を選び出してまとめている。脊損に関する論文は650余りサーチされたが、筆者等の基準を満たすとして残ったのは12編しかなかった。この事は、細胞治療への大きな期待にも関わらず、脊損の細胞治療の臨床研究はまだまだ初期段階にある事を示している。結論から言ってしまうと、さらにこうして残った論文も、臨床研究としての質が低いと断じられている。その上で、更なる前臨床研究と、しっかり計画された臨床研究がもっと大きなスケールで行われないと、患者さんを満足させる治療として完成しない事を結論としている。ただ一つだけ朗報は、細胞治療は副作用がない訳ではないが、安全性は高い点が指摘できる。
   内容についてもう少し詳しく見ていこう。まず、臨床論文を評価するための国際基準があるのに驚いた。オックスフォードにあるエビデンスに基づく医学センターから出ている。研究のデザインと、バイアスがかかっていないかどうかについての評価を総合して4段階にランク付けをするものだ。
  最終的に残った12編の論文については、このスコアも含めて詳しくまとめた表が作成されている。多くの論文で細胞治療の効果がうたわれているが、専門家の目からは解釈にいろいろな問題があるようだ。詳細については割愛するが、動画では紹介するつもりだ。この分野を概説したこの筆者等の結論は、
1)12編とも研究としての質が低い。全論文が、4段階のうち下位のランクの2段階に集まっている(グレード3が3/12. グレード4が9/12)。ただこれは、いずれの研究も完全な無作為化手法を研究計画段階で取っていない事に由来する。無作為化しないとバイアスがかかる事は確かだ。しかしこの点だけで評価すると、ほとんどの新しい外科手術は同じように評価されると思う。
2)対象に最初から多様な患者さんが選ばれていたり、論文の中で移植までのプロセスについての記述が詳しくないなど、臨床研究論文としての基本的基準を満たしていない場合が多い。この点については、国際的なコンソーシアムを設立し、研究デザインなどを一本化するしかないだろう。
3)有効性を報告した論文が多いが、患者さんが期待できる物かどうかは、論文発表後ももう一段チェックを行った方がいい。この問題に対して、患者さん団体自体が、論文を評価する機構を持つことで解決できる。
4)損傷直後の細胞移植による介入は、効果が見られる事が多い。これは今回サーチされた論文で共通する。この点については、最近スウェーデン、カロリンスカ大学から出された面白い基礎的な論文も含めて、別の原稿と、動画で紹介する。
5)神経原性の痛みなど、様々な副作用が報告されているものの、細胞移植による重大な問題はほとんど発生しておらず、安全性は高い。勿論、ES/iPSなどはこれからの評価が必要。
   さて3編の総説を読んだ私の印象をまとめると次の様になる。
1)脊損の細胞治療は、成功すると効果が目に見えるため、再生医学の目指す一つのシンボルとなっている。その意味で、研究者の層は厚く、十分期待できる分野だ。しかも、この厚い層の研究者を留めておくだけの期待できる基礎研究結果がある。そして、どの総説も新しい可能性としてのES/iPSに言及している。従って、いつ実現すと予測は出来ないが、十分期待を持っていい領域だ。
2)とは言え、まだ臨床研究は始まったばかりだ。そして、3つ目の総説にあったように、専門家の目から見ると問題を抱える論文も存在する。一方、論文の多くは移植が有効である事を唄う。とすると、いい結果が報告されているからと、一喜一憂するのではなく、また査読を通った科学論文だからと安心するのではなく、患者さんの側でもう一度論文を見直し評価する仕組みが必要だ。
  この様な問題について、日本脊髄基金の伏見さん、坂井さんとざっくばらんな対談を行い、ニコニコ動画で放送します。文中動画と書いているのは、これを指します。ご期待ください。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月1日日経新聞掲載:神経のもとになる細胞、増殖や成長を光で制御 京大、マウス使い成功

2013年11月1日
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元の記事は
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20131101&ng=DGKDASDG3104R_R31C13A0CR8000 を参照ください。

 今日日本経済新聞が紹介したのは、京都大学ウィルス研究所の影山さんの研究室と、京大白眉プロジェクトの今吉さん達の共同研究で、神経幹細胞分化の決定が行われる仕組みについての研究だ。神経幹細胞はニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの3種類の細胞へ試験管内で分化できる事がわかっている。どの細胞になるかを決定する分子機構については、特に影山さん達の得意分野で、今回注目している分子のうちHes1分子は影山さん達が発見した分子だ。以前から影山さん達は、この運命を決める分子のレベルが幹細胞で、周期的に上がったり下がったり振動する事の意味を研究して来た。今回、脳を薄く切って試験管内で観察する方法で、まず分化方向が決まっていない幹細胞でこれらの運命決定分子が振動する事を証明した。次に、ニューロンへの分化を決定するAscl1分子を強く発現させると、ニューロンになる。この事から、フラフラした振動状態から、決まった決定因子を常に発現する段階になると、分化が決まることがわかる。最後に、光を使って遺伝子のオン/オフが自由に調節できるように操作したマウスの脳で、Ascl1遺伝子の周期的な発現を維持してやると、分化は進まず未分化のままとどまった。光を当てっぱなしにする(Ascl1が持続的に発現する)としっかりニューロンに分化する。これが研究内容だ。これまでも、未分化な状態では運命決定因子の発現が振動して決まらない状態にあると言う事は示唆されていた。今回影山・今吉さん達は、光で遺伝子の発現を調節すると言うエレガントな方法を使って、遺伝子のレベルが周期的に振動する事が確かに幹細胞状態を維持している事を初めて証明したと思う。
   この仕事は、結構プロ好きの仕事だ。それを紹介しようと努力した日経は励ましたいのだが、論文内容はほとんど伝えられていない。論文と記事を比べると、断片的でちぐはぐな感じがする。特に、「再生医療に役立つ可能性」までいくと、日本経済新聞の視点の方が中心になって他の事が無視されている。この研究の重要性は、運命決定因子が周期的に振動することが未分化性維持に重要である事を証明した点だ。勿論、これによって自由に分化を制御できる事は重要だ。しかし、それだけが目的なら他にもいろいろ方法があるだろう。しかし、日経では最初にこのために利用した光遺伝学の方に注目しすぎて、影山・今吉さん達が伝えたかったメッセージを見失っている。やはり記事を書く側の責任として、研究内容を消化する事の重要性を認識して欲しいと感じた。

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10月31日朝日新聞記事(土肥):糖尿病・メタボ改善物質を発見 東大など、治療薬に期待

2013年10月31日
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元の記事については朝日はhttp://www.asahi.com/articles/TKY201310300626.html
読売はhttp://www.yomiuri.co.jp/science/news/20131030-OYT1T01463.htmを参照してください。
  この論文については読売新聞も報道した(「食事制限・運動なしでメタボ治療…マウスで効果」)。研究はNatureオンライン版に発表された東大の門脇さんの研究室で山内さんを中心に行われたアディポネクチンと同じ効果を持つ化学化合物の発見についての研究だ。アディポネクチンという名前は一般にどのぐらい知られているのだろう?この分子の存在については、大阪大学内科の松澤さんの臨床経験に由来する独創的な構想に基づいて、脂肪細胞が分泌する糖尿や肥満を防ぐ善玉ホルモンとして遺伝子クローニングが行われた分子だ。動物実験や、臨床経験から実際この分子の重要性はますます高まり、門脇さん達はついにその受容体の遺伝子を同定することに成功した。今回の仕事は、この受容体に結合してアディポネクチンと同じ働きをする化学化合物(AdpoRon)を、東京大学の持つ化合物ライブラリーの中から見つけた事につきる。AdipoRonは、アディポネクチンと同じように、門脇さん達の見つけた受容体に結合して、特別なシグナル伝達経路を活性化する。さらに、この化合物は経口投与が可能で、投与によってインシュリン抵抗性やグルコース負荷にたいする抵抗性が改善する。更に、アディポネクチンとは無関係の遺伝子異常で起こる肥満マウスの糖尿や寿命までこの薬の経口投与で改善するという画期的な結果だ。門脇さん達がレセプター遺伝子を報告したとき、アディポネクチンの血中濃度は他のホルモンなどと比べると高いことから、本当にシグナルを伝える特異的なレセプターかなどと言った批判的な意見があった。そのためか、この論文も2012年の6月に論文を送ってから論文が受理されるまで1年以上の時間がたっている。多分厳しい審査員の意見と戦ったことだろう。いずれにせよ、今回の結果で門脇さん達の仮説の正しいことがかなり証明されたと思う。前にも報告したが、アメリカ医師会は肥満を病気と認定した。この状況で、経口投与可能なアディポネクチンと同じ作用を持つ薬が開発されたと言うことは、新しいヒットセールスの薬剤の開発につながったのかもしれない。

  記事については読売も朝日も、必要十分な情報を提供できていると思う。朝日は生存率の図までつけて詳しく紹介している。ただ、一般の人にわかりやすくと工夫した朝日の図は何か要領を得ない。やはり論文に記載されている生存曲線を少しわかりやすくして出した方が良かったのではと思う。一方、読売の記事では、「食事制限、運動なしでメタボ治療」などと、不摂生してもいいと言う点があまりに強調されすぎているように感じた。とは言え、両記事ともしっかり正しく情報を伝えている。一つ注文をつけるとすると、アディポネクチン研究については松澤さんの構想から分子の同定、今回の薬剤の開発まで一貫して日本がリードしてきたこの歴史についても是非触れてほしかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

一人一人の顔が違う理由。10月25日号サイエンス(オリジナル)

2013年10月25日
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発生学は、違う個体でも同じ発生過程が正確に繰り返すのはどうしてかを問う学問だ。そのため、顔の様な個体の多様性(個性)が生まれる機構についての研究は苦手だ。今日紹介するのは今週号のサイエンスに掲載されたローレンスバリモア研究所の仕事で「Fine tuning of craniofacial morphology by distant acting enhancer(遠い場所の遺伝子を調節するエンハーンサーによる頭蓋顔面形態の微調整)」とタイトルがついている。誰もが理解しているように、顔の造作は遺伝的要素が多い。そのため自分の親や子供と顔が似ている事を認識できる。当然ほぼ同じ遺伝子を持つ一卵性双生児は顔が似ている。一方、遺伝だけでなく、エピジェネティックスと呼ばれるプロセスも顔の造作に大きく貢献する事も確かだ。一卵性双生児といえども顔が少し違うのはそのせいだ。今回の研究は、前者の遺伝的メカニズムに焦点を絞って研究している。ただ、地球上70億人の顔の違いを、限られた遺伝子でどのように実現できるのかはほとんどわかっていない。おそらく、遺伝子のスイッチのオンオフだけでなく、遺伝子を量的に調節するメカニズムが重要だろうと想像されていた。この研究では、頭蓋顔面形成に関わる組織の発現する遺伝子の調節に関わるエンハンサーと呼ばれる遺伝子上の場所を網羅的に調べた。すなわち、遺伝子の発現を比較的離れた所から調節する部分が関わる事で、量的な微妙な差が生まれる可能性を追求した。エンハンサーにはp300と呼ばれる蛋白質が結合している事が知られており、ある細胞で働いているエンハンサーのほとんど全てをp300が結合している遺伝子領域として分離してくる事が可能だ(染色体免疫沈降法:ChiPと呼ばれている)。これによって、まず4000以上のエンハンサー部分が同定された。勿論それぞれのエンハンサーは別々の遺伝子に対応しており、顔の発生だけでなく細胞の基本的機能に関わる遺伝子の調節にも関わっている。そのため、次にこの4000というベースラインから顔の発生に関わるエンハンサーを絞り込む事が必要だ。この研究では、他の動物(特に人間)でも保存されているのか、これまで顔の発生に関わる事が知られている遺伝子の近くにあるのか、などを勘案して、205種類のエンハンサーに絞りこんだ。次に、リストした全てのエンハンサーの活性を、マウス受精卵に遺伝子導入する最もオーソドックスな方法を用いて、顔の発生で実際に働いているかどうかを調べた、その結果、確実に働いているエンハンサーが121個リストされた。そのうちの4つのエンハンサーについて、パイロット実験として遺伝子ノックアウトも行い、今回選んだエンハンサーが確かに顔の発生に関わる事を確認している。時間と手間のかかった、大変な仕事だ。ただ、この研究からだけでは、これらのエンハンサーが顔の造作の形成にどのように関わるかについては明らかではなく、これからの研究にゆだねている。事実、この研究に使った純系のマウスでは、どのマウスもほぼ同じ遺伝子を持っている。従って、顔の造作の違いに、今回リストされたエンハンサーがどうつながるのかは、純系のマウスだけで研究するのは簡単ではない。もし突然変異を一つ一つ導入して造作の違いを誘導できたとしても、マウスの顔の造作の微妙な違いがわかるとは思えない。ではどうすればいいのか?幸い、今回リストされたエンハンサーはヒトでも保存されている。とすると、ヒトのSNPと呼ばれる遺伝子の多様性と、ヒトの顔認証のために積み重ねて来た様々な測定法を組み合わせて、遺伝子と顔の造作との対応関係をつける事が可能になるかもしれない。この点で、次の一手は、ヒトでの研究になる様な気がする。こんな話をすると、すぐデザイナーベービーと関連させて噛み付くマスメディアもあるかもしれないが、個性が対象になると言う点で、夢が将来に拡がる仕事だ。

カテゴリ:論文ウォッチ