2019年8月14日
昨日は、膵臓癌組織中の細菌叢研究という、普通ではそうお目にかかれない異色の研究を紹介したが、今日もそれに輪をかけて異色の研究、すなわち人間の腸内細菌叢が発現するsmall proteinに標的を絞って調べた研究で8月22日号のCellに掲載された。タイトルは「Large-Scale Analyses of Human Microbiomes Reveal Thousands of Small, Novel Genes (人の腸内細菌叢の大規模解析は何千もの小さな新しい遺伝子を明らかにした)」だ。
腸内細菌叢の研究などどの様な方法で行っても、なかなか新鮮な驚きを得ることができなくなってきているが、この論文は細菌叢が発現している50アミノ酸以下の分子をコードする遺伝子に絞って研究を行なった点が異色だ。
なぜこの様なsmall
proteinに焦点を絞るのかは、これまでほとんどデータがない以外にこれといった理由はないが、少なくともバクテリアにとってはこの様なドメインがあっても一つだけというタンパク質が重要な働きをしていることがわかっている。
もちろんどんな細菌叢でもよかったはずだが、多くのバクテリアが互いに相関しあって増殖している人間の細菌叢なら、データも揃っており、今後も役に立つだろうと選んだのだと思う。
とはいえ2000近い様々な細菌叢の配列情報から、small proteinをコードする遺伝子を抽出して、それの機能を推察することは簡単ではない。
研究では最終的に4000近くのsmall protein遺伝子を特定し、転写されているか、タンパク質として翻訳されているか、多くのバクテリア種で存在するか、近くにどんな遺伝子があるのか、既知の分子との相同性はどうか、ドメインの構造の特徴はあるか、細菌叢の存在場所との関連はあるかなど、多角的にその分子を調べている。
その結果、特定した4000に及ぶsmall proteinのほとんどはこれまで全く知られていない分子だが、様々な特徴からある程度分類が可能であることを示している。
この論文で特に取り上げられている機能を列挙すると、
- リボゾームに結合するハウスキーピング遺伝子。
- 細胞膜あるいは細胞外に分泌される分子で、クオラムセンシングなどの機能や、ホストとのコミュニケーションに関わっている分子や、他のバクテリアを殺す抗生物質(この中には細菌叢制御を可能にする分子が見つかるかもしれない)
- CRISPRや他のバクテリアの免疫機構の遺伝子クラスターに存在し、外来遺伝子の侵入の防御に関わるもの。
- 水平遺伝子伝搬に関わる遺伝子クラスターに隣接して存在し、この機構に関わる、あるいは遺伝子伝搬される分子。
などに分けられることができる。
結果は以上で、ともかく4000見つけて整理したというのが研究の全てで、この真価は今後このデータベースを生かす研究が続くことで証明されるだろう。しかし、small proteinに絞る研究があるとは、意表を突かれた。
2019年8月13日
8月に入って雑誌Cellに、少なくとも私にとって面白い論文が多く掲載されていたので、昨日に引き続き連続で紹介しようと考えている。今日はガンと腸内細菌叢の話だ。慶応の本田さんたちの研究から、腸内細菌叢の中には感染免疫だけでなく、ガン免疫も高める細菌が存在することがわかっている。そのため、ガンに良い細菌層を探す研究が盛んに行われている。
これに対し、今日紹介するテキサス大学MDアンダーソンガン研究所の論文は、ガンの中でも最も厄介なすい臓ガン患者さんの術後の生存期間が腫瘍内の細菌叢と相関することを明らかにした研究で、8月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Tumor Microbiome Diversity and Composition Influence Pancreatic Cancer Outcomes (腫瘍内の細菌叢の多様性と構成がすい臓ガンの予後に影響する)」だ。
この研究ではすい臓ガンの手術時に組織からDNAを抽出しその中に含まれるリボゾームRNAから、切除組織に存在する細菌叢を調べ、術後10年近く生存したグループと、1年半ほどでなくなったグループに分け、細菌叢の多様性や構成を調べている。ただ、生存カーブから言えることは、10年以上生存できたグループも15年目にはほぼ全員が死亡しており、すい臓ガンの厳しさを物語っている。
さて結果だが、術後長く生存できた組織内の細菌叢は、生存が短かった組織の細菌叢と明確に区別することができ、細菌の多様性が高いことがわかった。またそれぞれのグループに特徴的OUT、すなわち16Sリボゾーム解析から特定される菌でをリストすると、生存期間ではっきり種類が異なることも明らかになった。
そして、これらの細菌叢の違いと並行して、あきらかに腫瘍に対するキラーT 細胞の組織内濃度は上昇しており、ガンに対する免疫反応が細菌叢に影響されていることを示している。同じく、それぞれの細菌叢は代謝活性でも大きく違っている。
すい臓ガン組織の細菌叢の由来を調べるため、便の細菌叢と比べると、ガン組織内の細菌叢の25%は腸内細菌叢由来であることが確認でき、多くは腸内細菌叢から由来すると考えられる。
そこで、マウスにヒト腸内細菌叢を移植したあと、すい臓にガンを移植する実験を行い、腸内細菌叢がガン組織へ移行するか調べ、移植した人間の腸内細菌叢がガン組織で見つかることを確認する。
この結果を受けて、次にガンが進展した患者さん、長期間生存例、および健康人の腸内細菌叢を移植したマウスですい臓での腫瘍増殖を調べると、長期生存例の腸内細菌叢を受けたマウスで最も強く腫瘍の増殖が抑えられ、CD8キラーT細胞の浸潤が強く認められることを明らかにしている。
以上の結果はすい臓ガンの組織内には、腸内細菌叢を中心に細菌叢が侵入し、この細菌叢が多様で特定のOUTが存在する場合、ガン免疫反応を高め、長期生存を可能にするという結果だ。
もしこの話が本当なら、すい臓ガンの患者さんに腸内細菌叢の移植を行う日が来るのも早い気がする。
2019年8月12日
自閉症スペクトラム(ASD)の薬剤治療の開発は進められているが、発達期に、脳に対する作用のある薬剤を使うことのハードルは高い。例えばBumetanideのASD症状に対する効果は確認されるが、様々な副作用との競争になることがわかっている。
これに対し、ASDの症状は外界からのインプットに対する過敏症から発生する2次的効果による要因が大きく、脳ではなく末梢神経の感受性を変化させることで治療が可能ではないかという説が現れてきた。今日紹介するハーバード大学からの論文は、動物モデルではあるがこの可能性を徹底的に追求した研究で8月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Targeting Peripheral Somatosensory Neurons to Improve Tactile-Related Phenotypes in ASD Models(抹消の体性感覚を標的にする治療はASDモデルの触覚に関わる症状を改善する)」だ。
膨大な仕事だが、研究の方向性は明確で、脳ではなく末梢感覚神経だけで感受性の変化が起こる様に操作すればASDを誘導したり治療したりできることを示すことが目的だ。
そのためにまず、ASDの原因となるShank3やMecp2の遺伝変異を末梢感覚神経だけに導入する実験を行い、末梢感覚神経の感受性が高まるだけで様々なASD様社会行動が誘導されることを示している。また、この逆の実験では、遺伝変異によるASDモデルマウスの遺伝子変異を、末梢神経だけで正常化してやると、体性感覚が戻るのと並行して、ASD様症状も改善することを示している。
次に、異なる発達時期に末梢感覚神経の遺伝子変異を誘導する実験を行い、28日以降で変異誘導した場合、感覚神経機能は障害されても、ASD症状は出ないこと、一方生後6日目から変異誘導するとASD症状が発生すること、そして驚くことに生後10日から変異誘導すると、不安行動が逆に減少することを示している。すなわち、体性感覚の変化が発達期に応じて、脳のネットワークを変化させることを示している。
多くのASDモデルの異常の原因の一つが、GABA抑制神経の活動が低下しておこる過敏な神経興奮によると考えられている。そこで、末梢神経でのGABA反応性を高めるため、末梢神経特異的にGABARB3を導入する実験を行い、GABA神経の活動を正常化することでASD症状を改善できることを確認する。
そして最後に、脳血液関門を通過できないGABA受容体刺激剤を様々な遺伝的ASDモデルマウスに生後すぐから6週間投与する実験を行い、様々な社会行動を正常化させられるが、記憶力や運動能などは治療できないことを示している。
以上が結果で、末梢神経だけを標的にすることで、ASD症状を改善できること、しかも原因を問わず、GABA受容体を刺激することだけでそれが可能であることを示した意義は極めて大きい。また、個人的には末梢神経異常が脳のネットワーク形成に及ぼす影響が、発達期によりこれほど異なることも興味を引いた。特にMECP2の様に欠損症と過剰症の両方が同じ様な症状を誘導するケースでの研究は重要だと思う。
しかし、期待の持てる薬剤治療が開発された印象を強く持った。
2019年8月11日
利根川さんが抗体V遺伝子の再構成を明らかにし、本庶さんがクラススイッチ時の遺伝子再構成を示した後、研究の方向はT細胞の抗原受容体の遺伝子クローニングが焦点になり、熾烈な競争が行われた。最初の論文は、利根川研からか、あるいは本庶研からかなど免疫学者が注視していた時、最初にクローニングに成功したのが、米国のMark DavisとカナダのTak Makだった。この結果、それまで我が国免疫学を代表していたサプレッサーT細胞の話(ロマン)は完全に消えることになり、100の現象より一つの分子を特定することの重要性を強く認識したのを覚えている。
そのMark Davisは現在ヒトの免疫反応や病気という現象をT細胞受容体(TcR)から定義し直すことを精力的に行なっており、今日紹介する論文も多発性硬化症でミエリンに対するCD4T細胞が刺激される時に並行して刺激されるCD8T細胞を調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Opposing T cell
responses in experimental autoimmune encephalomyelitis (実験的脳脊髄炎での抑制的T細胞反応)」だ。
Davisらはすでに、グルテンで誘導する腸炎ではCD4T細胞とともに、CD8T細胞、そしてγδT細胞が末梢血中に動員されることを示していた。この研究では、グルテンの代わりに、ミエリンで免疫して誘導する実験的脳脊髄炎で同じことが起こるか調べ、ミエリンに反応するCD4T細胞、IL-17 を分泌するγδT細胞、そして機能が不明のCD8T細胞の3者が末梢血中に相次いで動員され腸管へ移動することを示していた。
このうち、CD8T細胞はミエリンが抗原でないが、特定のTcRを持つクローンが増殖していることを確認し、CD8T細胞を刺激する抗原を、酵母表面に提示されたMHC-ペプチド複合体をTcRで選択するという凝った実験系を用いて突き止めることに成功する(この活性のあるペプチドをSPと呼んでいる)。
最後に、このミエリンで脳脊髄炎を誘導する際に、同時にSPを注射する実験を行い、このCD8T細胞を誘導することで脳脊髄炎の発症を強く抑制できること、また同じ細胞を移植すると脳脊髄炎を抑制できることを明らかにしている。
ただ、このCD8T細胞は他の自己免疫病には効果がないので、ミエリンに対する反応誘導過程特異的に出現することを示している。
以上が結果で、抗原特異的な新しいサプレッサーT 細胞の登場ということになるが、その誘導メカニズムについてはまだまだ研究が必要だ。今後他の反応についても、各T細胞のTcRと結合する抗原を特定し、この3種類のT細胞から多くの自己免疫病を定義し直して、新しい治療可能性を見つけて欲しい。
昨日に続いて、TcRの抗原を特定することの重要性を認識できる。
2019年8月10日
PD-1に対する抗体を用いて免疫反応の抑制メカニズムを外すことで、長期にわたるガンのコントロールが可能になったが、これと並行して免疫抑制が外れることで起こってくる、これまで誰も経験したことのないような様々な免疫病が現れるようになった。これらは単純に副作用対策というより、人間の免疫システムを知る上でも貴重な症例で、一例一例、解剖も含めて大事な検討が必要だ。
今日紹介するナッシュビルにあるバンダービルド大学からの論文はPD-1治療の結果脳炎で亡くなった患者さんの、お手本ともいうべき丁寧な病因追求調査で一例報告とはいえNature Medicineに掲載された。タイトルは「A case report of
clonal EBV-like memory CD4 T cell activation in fatal checkpoint inhibitor induced
encephalitis (チェックポイント治療により誘導された脳炎ではEBウイルス様のメモリーCD4T 細胞のクローン増殖が活性化されていた)」だ。
チェックポイント治療により様々な臓器の自己免疫性炎症が起こってくるが、脳炎もその一つで、特に致死率が19%と高い。PD-1抗体治療により多く見られる他の重篤な炎症、例えば心筋炎などと比べると、PD-1に対する抗体でも、CTLA-4に対する抗体でも同じ頻度で見られるのた特徴だが、ほとんどの場合抗原の特定は行われていない。
この研究では、メラノーマに対して18ヶ月抗PD-1抗体を投与してガンがうまくコントロールできた患者さんが、急に精神症状を発症し、脳炎と診断され、様々な治療にも関わらず42日で亡くなってしまった症例の、いわゆる病理検査所見になる。ただ、解剖で得られた組織は単純に組織検査を行うだけでなく、遺伝子検査まで行い、炎症で反応しているT細胞の抗原特異性を見つけようとする徹底した病理調査になっている。
結論は驚くべきもので、CD4T細胞の血管周囲への浸潤を特徴とする脳炎が起こっているが、ここで増殖しているCD4T細胞は活性化されたメモリーT 細胞で、なんとその20%は同じ抗原受容体を発現していることがわかった。すなわち、炎症は抗原特異的に反応したT 細胞のクローン性増殖により起こっている。
次に、この抗原受容体がどの抗原を認識しているのか、これまで蓄積されている抗原特異的受容体のアミノ酸配列を検索すると、なんと伝染性単核症の患者さんに現れるEB ウイルス抗原に対するT細胞と同じであることがわかった。そして、脳炎発症時から死亡まで、血中にEBウイルスが検出されること、また脳組織に少ないとはいえ、EBウイルスに感染したB細胞が存在することも確認している。
調べられるのはここまでで、結論は伝染性単核症のように、EBウイルスに感染したB細胞に対してCD4T細胞の急速なクローン性の増殖がおこり、これがチェックポイント抑制により強い炎症につながってしまったという結果になる。
チェックポイント治療により伝染性単核症が誘発されたかどうかはわからないが、今後同じような病因追求をチェックポイント治療症例で重ねることの重要性を示すいい臨床病理研究だと思う。
同じように炎症で浸潤してくるT細胞の抗原特異性の追求が今後病理にとって重要な課題であることを示すもう一つの論文を明日紹介する。
2019年8月9日
細胞培養が可能になってから、ガン細胞がホストとは無関係に増殖を続け、自然に進化する過程を観察することができるようになった。例えばHeLa細胞などはほぼ60年近く細胞独自の進化を遂げていると言える。しかし驚くなかれ、同じように6000年近くも、ホストからホストを乗り移って勝手に進化している犬のガンCTVT(犬の感染性性器腫瘍)が存在する。生殖器官の細胞に発生したガンが、ホストの免疫システムを逃れるようになり、性交を通して個体から個体へ感染するようになったガンだ。同じようなガンにタスマニアデビルの顔面にできるガンがあるが、この歴史はたかだか50年程度のものだろう。
今日紹介するケンブリッジ大学を中心とする研究グループの論文は、世界各地から546種類のCTVTを集め、タンパク質に翻訳される遺伝子部分(エクソーム)の配列を調べ、CTVTの進化を調べた研究で8月2日号のScienceに掲載された。タイトルは「Somatic evolution and global expansion of an ancient transmissible
cancer lineage (古代に発生した感染性がん細胞系列の進化と世界規模の伝搬)」だ。
現存の人間のゲノム解析と同じで、現存しているガン細胞の配列からわかるのは、そのガンがいつ発生し、どのように世界中に広がったかという歴史と、進化に関わる選択要因は何だったのかという点だ。
まず歴史だが、おそらく6000年ほど前にシベリア地方で発生し、その地域で維持されてきたCTVTが、2000年ごろインドとヨーロッパに独立に伝播する。おそらく人間の移動とともに、500年前にヨーロッパからアメリカ大陸に移った細胞は、急速に拡大し、またヨーロッパやアジアに再侵入する。その結果、おおくのCTVTは中南米で見られることになる。
現在原因が明らかになって、このガンは収束しつつあるらしいが、壮大な歴史がここに書かれている。しかも、ホストの環境に依存するとはいえ、高等動物の細胞が独立して進化を続けているとは生命の力強さを感じる。
この歴史はゲノム上の変異の蓄積として読み取ることができるが、変異の種類について調べることで、進化に影響した要因を推察することが可能だ。実際には、どのタイプの変異、例えばCからT へといった変異がどの核酸配列(例えばCCCかTCCか)で幾つ見られるかをカウントするのだが、これにより細胞の分裂時のDNA修復ミスか、APOBECによるのか、あるいは紫外線などの一本鎖変異なのかがわかる。
基本的には細胞が増殖する時におこる修復ミスによる変異が中心なのだが、例えば紫外線障害の変異を調べると、性器のガンが皮膚に飛び出て、そこでUVの影響を受けるようになったため新しいタイプの変異を蓄積するようになったガンや、あるいは代謝の変化を反映しているガンなど、様々な要因が特定できる。
しかし、では突然変異は強く選択されているかを調べてみると、変異の蓄積はほとんど中立的に起こっていることがわかる。
他にも色々話はあるが、要するに6000年の歴史を超えてガン細胞が独立に子孫を増やしてきたという驚きが、この研究のハイライトだ。
2019年8月8日
我が国で幹細胞治療を検索すると、トップに美容形成クリニックが来て、結構細胞自体を使う治療がビジネスになっているという印象をうけるが、その詳しい実態となると把握しきれていないのではないだろうか。
今日紹介するアリゾナ州立大学からの論文はカリフォルニアを含む米国の南西6州で幹細胞を使った治療を行なっているビジネスの実態調査でStem Cell Reportsに掲載された。タイトルは「Characterizing
Direct-to-Consumer Stem Cell Businesses in the Southwest United States (米国南西諸州で消費者に直接幹細胞治療を提供するビジネスの実態調査)」だ。
何かストーリーがあるわけではないので、それぞれのセクションで面白いと思った点を箇条書きにしておく。
使われている幹細胞の種類と治療対象
- 脂肪組織からの幹細胞の使用は実に、60%に達し、その一部は他人からの細胞を用いている。次に多いのが骨髄で40%に達している。驚くのは、羊膜、胎盤を使うクリニックもあることだ。
- 対象となる疾患の7割は整形外科疾患(半分がスポーツによる異常)で、それに続くのが炎症性(ほとんどが関節炎)疾患になる。意外なことに、美容形成は2割にとどまっている。しかし、自閉症まで実に様々な病気に細胞が使われている。
ビジネスモデル
- 3つの会社がフランチャイズサービスを提供している。
- 幹細胞治療だけを行なっているクリニックは25%で、4割は他の治療の一環として幹細胞を提供してもらい使っている。残りは、幹細胞が中心だが他の治療も行なっている。
- 調査したクリニックは169箇所だが、そのうち51箇所は2つの異なるビジネス(例えば形成外科と再生医療)を同時に運営している。
- ほとんどが疾患を絞って幹細胞を提供している。
幹細胞クリニックの運営
- 幹細胞を唯一の治療手段にしているクリニックに絞ってスタッフを調べると、60%がMDで、残りは理学療法士、カイロプラクティシャン、自然療法士など。
- 働いている医師のほとんどは整形外科か形成外科医。
- 使われている幹細胞のほとんどは脂肪組織か、骨髄。
以上まとめると、広がりがあるとはいえ、まだまだ完全に確立した標準療法にはほとんどがなっていないことを示すとともに、多くが規制の網から逃れる形で運営されていることもわかる。
今後特に幹細胞治療をうたったクリニックについては追跡が必要で、脂肪組織を始め使われている細胞が適切に処理されているのか調査が必要になる。しかし、このような実態調査は我が国でも進めてほしいと思う。
2019年8月7日
ずいぶん昔、このブログを書き始めた頃、琥珀の中のDNAは50年持たないという論文を紹介したことがある(http://aasj.jp/news/watch/480)。この結果自体はそれでいいのだが、問題は琥珀からDNA を分離して古代の昆虫のDNA を解析したという論文が1992年ごろトップジャーナルに相次いだことだ。1992年はマイケル・クライトンの「ジュラシックパーク」が出版されて2年目にあたる。小説にヒントを得たとは思いたくないが、琥珀の中の生物の生々しい姿を見ると、確かにDNAも残っていると思いたくなる。結局あの時発表された論文のほとんどは汚染された現代のDNAを見ていたのだと思う。
このように世間が当たり前と思い込んでしまうことについての研究は論文は通りやすいかもしれないが落とし穴が多い。その一つが細菌叢の研究で、あらゆる身体的異常が細菌叢の問題とされてしまう。その一つが、早産や未熟児と胎盤の細菌叢の関連についての研究だ。我々古い世代は胎盤は無菌的と思っているので、出産前から胎盤に細菌叢が存在するというのはそれだけで驚いてしまう。
今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は、妊娠中毒症や早産など様々な出生時の異常を追跡するコホート研究で、主に帝王切開で得られた胎盤を用いて、厳密なコントロールを置いた上で、得られたDNAの配列を決めるメタゲノム解析と、16S リボゾームのアンプリコン解析を比べ細菌叢を正確に特定しようとしている。タイトルは「Human placenta has no microbiome but can contain potential pathogens(人の胎盤には細菌叢はないが、病原性のある菌が感染する場合もある)」で、7月31日号のNatureに掲載された。
おそらく最初からこのような結果になるとは想像していなかったのだと思う。しかし結果は驚くべきもので、メタゲノム解析とアンプリコン解析で共に検出できる細菌はポジティブコントロールとして置いた細菌以外は全く存在しなかった。また同じ結果はアンプリコン解析を複数回繰り返す方法でも確認されている。
もちろん、一致はしないが胎盤サンプルから細菌は検出される。しかし結局検出される細菌は実験室の試薬や器具から汚染されており、それ以外は出産時の母親から汚染されたもので、これについては、今回行われたように同じサンプルを異なる方法や試薬で並行して調べるしかないことを示している。
一つだけ明らかになったポジティブな結果は、多くの胎盤で妊娠中にアガラクチア菌の感染が見られることで、感染ルート、その影響を詳しく調べるという新しい課題が生まれた。しかし、この菌の有無は妊娠中毒症や、早産とはほとんど連関はない。
以上、この例は実験研究が陥りやすい罠の典型で、要するに皆が思い込みに基づいてストーリーができてしまう。細菌叢研究で言えば、これまで無菌的とされてきた組織については今後も細心の注意が必要だろう。
もちろん、便を始めもともと多くの細菌が存在している組織やサンプルではあまり問題にならないと思うが、注意するに越したことはない。
2019年8月6日
抗原によりキラーT 細胞が活性化された後、抗原から離れた細胞はメモリー細胞へと分化し、一方抗原に持続的にさらされるとPD-1を発現するexhausted typeへ分化する。この反応が免疫のブレーキになるが、このブレーキをPD-1に対する抗体で外して、もう一度ガンと戦わせるのがチェックポイント治療で、ガン抗原が常に存在するガン局所では極めて合理的方法だ。
この考え方だと、ガン局所のキラーT 細胞はPD-1抗体によって活性化されても、クローン自体は変化することはないはずだ。ところが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、少なくとも皮膚ケラチノサイトのガンSCCでは、PD-1抗体処理により、局所に新しいキラーT細胞が現れガン免疫に関わることを示し、PD-1の複雑な機能を示唆する研究だ。タイトルは「Clonal replacement of tumor-specific T cells following PD-1 blockade
(PD-1阻害の後に見られるガン特異的T細胞の入れ換え)」だ。
この研究ではサンプルの採取しやすいSCCを標的にPD-1抗体治療を通常どおり行い、治療前と、最終投与以後54日までにサンプルを取り、組織中の浸潤T細胞(TIL)について、single cell transcriptomeを行い、ガン局所での細胞の変化を調べている。
期待通り、PD-1投与を行なった組織ではほとんどのタイプのT細胞の数が上昇しているが、期待通り抗原に反応している細胞系統とブレーキがかかりはじめた疲弊型に2分する。
問題はガン局所で増殖しているT細胞が期待通りガン局所で増殖したのかどうかだ。これを確かめるため、それぞれのT細胞の発現する抗原受容体を解析すると、抗体治療の後で増殖しているPD-1陽性のexhausted typeでは、抗原特異的と思われるクローンが選択的に増殖していることがわかる。
ところが驚くことにPD-1抗体治療前のTILと比べたとき、治療前にはなかった全く新しいクローンが増殖していることがわかった。実際、新しくガン組織に現れたexhausted typeのクローンは末梢血にも認めることができるので、おそらく新たに浸潤してきたものだろうと考えている。
以上の結果は、ガン免疫は決して組織内で終始する過程ではなく、またPD-1も疲れ始めたT細胞に鞭打ってガンを攻撃させるのではなく、常に新しいT細胞をリクルートし活性化することがガン免疫成立、そしてPD-1治療効果の鍵になることを示している。とすると、常にガン局所に新しい戦力を導入し、それをより強く活性化する方法の開発が必要だが、現在この分野は賑やかなので、必ずや期待できる治療法が開発されると思う。
2019年8月5日
コラーゲンやヒアルロン酸を飲んだり、塗ったりすることをうたう製品が多い中で、最近では資生堂の様にマイクロニードルに塗りつけて、表皮を突き破ってヒアルロン酸を皮下に注入する方法が開発されている。もしこの様な方法が消費者に支持されるなら、消費者も言葉だけでなく、科学的合理性を選択していることを意味し、他の会社も見習うのではと思う。
ただ、マイクロニードルの問題は液体を注入できない点だ。したがって、針表面に薬剤をコートする必要があり、注入できる量も限られている。これに対し今日紹介する韓国スンシル大学からの論文は、蛇の歯を模倣した針を設計することで、圧力なしに液体を皮下に投与する方法を報告し7月31日号のScience Translational Medicineに掲載されている。タイトルは「Snake fang–inspired stamping patch for transdermal delivery of liquid formulations(蛇の牙にヒントを得て液体を皮膚を通して注射するためのパッチ)」だ。
私も知らなかったが、蛇には長い牙の中から毒を注入するタイプと、溝のついた牙を差し込んで、自然に液体を相手の皮内に注入するタイプがある様だ。このグループは、後者にヒントを得て、溝のついたマイクロニードルの上部に液体のリザバーを設置して、リザバーから流れる液を溝を通して皮内に注入する方法を思いついた。
この着想が全てで、あとはマイクロニードルの長さや形状、レザバーの材質や形を検討している。実際期待通り、圧をかけなくともこの方法で、1cm角のパッチであれば100μℓの液体を皮内に、なんと1秒もかからず注入することができる。その後皮下で拡散するには時間がかかるが、もちろん大きな分子であれば注射局所にとどまることもあるだろう。アルブミンだと、15分も過ぎると局所から速やかに運び出される。
最後に、この方法で免疫を誘導するワクチンが作れるかどうか、インフルエンザワクチンを用いて実験を行い、期待通りマウスをインフルエンザ感染から守ることができることを示している。
2014年クモの足についている圧力センサーに習って感度の高い振動センサーを開発したソウル大学からのNature論文を紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/2574)、韓国は実際の生物にヒントを得た製品を開発するバイオミメティックス分野に力を入れている様だ。ここではワクチンを前臨床として用いているが、実際には化粧品などのゲームチェンジャーになる可能性が感じられる。