4月9日 肺の細気管支から新しい幹細胞が発見された(3月30日 Nature オンライン掲載論文)
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4月9日 肺の細気管支から新しい幹細胞が発見された(3月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月9日
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臓器の細胞構成を再現するオルガノイド培養の普及は著しい。おそらく最も古く有名な方法は、ES細胞の分化に用いるembryo body培養だと思う(植物のカルスは別にして)。その後、亡くなった笹井さんと永楽さんがCDBで開発した脳オルガノイド、慶応の佐藤さんの腸のオルガノイドなど、我が国の研究者によりオルガノイド培養の可能性が示され、現在に至っている。

このテクノロジーと並行して、single cell RNAseq(scRNAseq)が普及すると、オルガノイドと生体内の細胞を比較することがより完璧になり、この両輪で臓器の発生や維持、そして異常についての研究が急速に進んでいる。このおかげで、これまで研究が遅れていた肺の分野も進展が著しい。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は人間の細気管支にこれまで全く特定できていなかった新しいタイプの幹細胞が存在することを示した研究で、おそらく肺の様々な病気の理解にも重要な貢献だと思う。タイトルは「Human distal airways contain a multipotent secretory cell that can regenerate alveoli (人間の遠位気道には肺胞を再生できる多能性の分泌細胞が存在する)」だ。

この論文を読むまで全く知らなかったが、マウスには細気管支がない。ただ、肺のサンプルは研究しにくいので、どうしても研究はマウスを用いざるを得ない。この研究ではマウスには存在しない細気管支に焦点を当て、そこに存在する細胞についてscRNAseqで調べた結果、secretoblobin family (SCGB)3A2を、SCGB1ATと同時に発現し、しかも肺胞の幹細胞として知られる2型肺胞細胞とも性質が似たこれまで全く記述されたことのない細胞を発見する。さらに期待通り、この細胞は細気管支にしか存在せず、マウスでは全く欠損している。

scRNAseqから、この新しい細胞(RAS細胞と呼んでいる)と2型肺胞細胞との密接なつながりが見つかるので、ヒトES細胞からオルガノイド培養でRASを誘導する系を確立し、様々な条件で培養すると、Notchシグナルが低下し、Wntシグナルが高まるとRASから2型肺胞細胞への分化が誘導されることがわかった。すなわち、肺胞上皮の幹細胞と言える2型肺胞細胞をリクルートできる幹細胞の性質を有していることが明らかになった。

さらに、RAS細胞の遺伝子発現から特異的表面分子を特定し、人間の細気管支からRAS細胞を取り出し、オルガノイド培養を行い、2型肺胞細胞への分化が誘導されることも示している。

最後に、重症の慢性閉塞性肺疾患の患者さんの肺を調べ、通常はほとんど見られないRAS細胞の性質を共有する2型肺胞細胞が患者さんでは見られることから、RAS-2型肺胞細胞への分化異常が起こっていること、また喫煙でも同じような変化が誘導されることを組織学的に明らかにしている。面白いことに、この異常細胞では、いくつかの肺発生異常の原因遺伝子が発現しており、またBCL2やATF2などの増殖生存に関わる分子の発現も上昇していることを示している。

以上が結果だが、この論文を読んで最初に頭に浮かんできたのは、汎細気管支炎と呼ばれる、細気管支を中心にする重症の炎症性疾患だ。おそらく、RAS細胞をこの疾患で見直してみれば、理解が進むのではと期待を抱いた。勿論、汎細気管支炎に限らず、多くの病態の解析を進めるだけのパワーが、RAS細胞の発見にはあるように思える。

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4月8日 胎児発生時の代謝変化(4月6日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月8日
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出生時もそうだが、胎児発生途中のエネルギー代謝も、それぞれの時期で大きな変化が予想される。最初は母親からの分子拡散により栄養や酸素が供給されるが、その後胎盤機能が成熟し、同時に血管が出来、血液が循環し始める。しかしこの胎児の代謝変化を、直接的代謝研究として調べた論文は少ない。代わりに、遺伝子発現の経時的変化から、代謝変化を予測するというスタイルが主流になっていた。

今日紹介するテキサス大学からの論文は、マウス発生過程でブドウ糖代謝、グルタミン代謝を調べるとともに、様々な代謝物の変化を追跡した研究で、ともかく調べただけとも言えるが、必要なことをしっかり調べる研究も重要だ。タイトルは「Compartmentalized metabolism supports midgestation mammalian development(コンパートメント化した代謝が胎生中期の哺乳動物発生に必須)」で、4月6日Natureにオンライン掲載された。

代謝研究領域はあまり詳しくないのだが、調べてみると著者らは、ミトコンドリア内のTCAサイクルへの分子供給経路を活性化するスイッチ分子lipolyltransferase-1(LIPT1)とその変異を持つ患者さんについて研究をしているグループで、基本的には変異を持つ患者さんの症状を理解するためにこの研究を進めたのだと推察する。

まずマウス発生過程、特に赤血球の循環が始まる胎生10日目から3日間の胎児と胎盤で162種類の代謝物を比べ、

1)胎盤と胎児は全く異なる変化を示す。

2)どちらの組織でも胎生10.5日を境に、代謝物の大きな変化が起こる。

3)変化のうち、プリン・ピリミジン代謝変化が最も大きいが、中でも胎児でのプリン代謝の変化が著しい。

ことを明らかにしている。

そして、最も重要な実験だが、TCAサイクルに代謝物を供給する2本の流れ、グルコースとグルタミンの代謝を、アイソトープ標識したグルコース、グルタミンを用いて調べている。結局は臓器ごとに違いがあり、一言でまとめるのは難しいのだが、想像通り赤血球の循環が始まることで、ミトコンドリアの機能とTCAサイクルの活動が高まって行くのが観察できている。

これを確認する一つの方法として、このシフトが起こる時期のLipt1変異の影響を見ている。予想通りとは言え、ノックアウトするとこのスイッチが起こる時期に胎児は死亡する。しかし、生存可能な突然変異(44番目のアミノ酸の変異)を導入したマウスで調べると、代謝レベルでTCAサイクルへの分子供給が細る結果、胎盤ではほとんど変化が見られない一方、脳と心臓の発生が遅れ、赤血球産生が低下することを示している。

以上まとめると、発生の状態に応じた代謝のスイッチが行われ、発生でのエネルギー供給が賄われていることを示しているという結果で、全く予想通りだ。実際には臓器ごとに変化の仕方はまちまちなので、代謝だけで全ての指令が出るとは思えないが、この研究で集められたデータは重要だと思う。

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4月7日 ガンの分子標的薬治療をどこまで根治に近づけられるか(3月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年4月7日
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ガンの分子標的薬の始まりは、おそらく慢性骨髄性白血病に対するチロシンキナーゼ阻害剤の登場で、その効果は驚異的なものだった。この印象が強かったため、その後多くの分子標的薬が開発されたとき、多くのガンを長期的に制御できるのではと期待したが、CML以外はほとんどのケースで再発を防ぐことが出来ないことが明らかになった。

これを克服するために、2種類の分子標的薬を使って、再発を抑える試みが進んでいる。今日紹介するデューク大学からの論文はこのような試みの一つで、様々なキナーゼの変異がガンのドライバーになったケースで、この分子機能を抑える標的薬とともに、DNA切断修復を抑えることでより高い効果が得られることを示した研究で3月30日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Small-molecule targeted therapies induce dependence on DNA double-strand break repair in residual tumor cells(小分子化合物による分子標的治療は、治療抵抗性細胞のDNA二重鎖切断修復依存性を誘導する)」だ。

結論から言うと、EGFR阻害剤のゲフィチニブのような分子標的阻害剤は、DNA二重鎖切断(DSB)を誘導するので、これを修復する分子が誘導され、細胞が生存する。従って、この修復機構を同時に壊すと、根治に近いレベルにガンを抑制できるという話だ。

これを読んだとき、これまで同じような研究が本当になかったのかと思ったが、それぐらい、誰でも予想できそうな話だ。ただ、分子標的薬でDSBが高まることはつい最近わかってきたようだ。

この研究では、キナーゼ変異により増殖する様々なガン細胞をキナーゼ阻害剤で処理するとほぼ全てでDSBが誘導されることをまず確認し、さらにこれらの治療によりDSBを修復するためATM分子の発現が上昇することを確認している。

次に、ゲフィチニブでEGFR変異を抑えるモデル系で、ATM誘導に至るプロセスを解析し、EGFR抑制により、アポトーシス抑制因子BIMが活性化され、続いてカスパーゼが活性化、ATM活性化と続く経路を細胞レベルで特定している。

以上の結果から、分子標的薬による細胞増殖抑制は、DSBにより細胞死を誘導するが、細胞側では細胞死を防ぐためDSB修復機構を上昇させるため、細胞は増殖が止まっても消滅せず、再発につながることを示している。

従って、分子標的薬とATMなどのDSB修復分子を同時に阻害してやると、より強いガン増殖抑制を期待できる。これを確かめる実験で、ATM阻害剤やPARP阻害剤を併用することで、試験管内でのガン増殖をより強く抑制できることを示している。

最後は、マウスに移植したガンで、2剤併用が同じようにガンの増殖を抑えることを示した上で、人間でも同じ可能性があるのか調べ、

1)分子標的薬に抵抗性を獲得した細胞ではATMの発現が高まっていること。

2)ATMの遺伝子欠損を持つガンでは、分子標的薬治療から再発までの時間が倍以上長いこと、

などを明らかにしている。

PARP阻害剤は既に認可されておりすぐ治験に入れると思うが、実験的には効果がATM阻害剤より低い。一方、ATM阻害剤は治験が始まったところで、実際の臨床までには時間がかかりそうだ。しかし、この研究は治験研究を後押しすることは間違いない。

では、両剤併用で根治が可能かだが、ATM変異を持つガンの分子標的薬治療で、確かに再発を抑える期間は延長しても、再発は完全に抑えられないようなので、分子標的薬による根治については、さらに複雑なプロトコルが必要になるように感じる。

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4月6日 飛行中のコウモリで海馬の場所神経を記録する(3月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月6日
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最近コウモリの海馬に留置電極を埋め込み、自由に飛行しているときの脳活動を、無線で拾う研究をよく目にするようになった。マウスやラットで行われる迷路を使った強制的に記憶させた場所記録と異なり、餌を摂るという行動は一緒でも、そのための経路は自由な飛行なので、コウモリならではの結果が得られている。すなわち、飛行中に場所に反応して活動する神経のフレキシビリティーが低い。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、電極を埋め込んだこれまでの研究結果をさらに確かめるため、なんとカルシウムイメージングで見られる海馬神経活動を拾うことが出来る顕微鏡システムを脳に装着して場所細胞活動パターンを調べた研究で、3月30日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A stable hippocampal code in freely flying bats(自由に飛行するコウモリの安定的な海馬コード)」だ。

しかし、技術の進歩には驚かされる。ミニ顕微鏡と書かれているが、電池、レンズ、センサー、そして送信装置まで組み込んだ機器を装着しても、コウモリが飛行できるだけのサイズにまとめている。これが出来るだけで、結果はどうでも良いと思ってしまう。

実際の実験は、5.2mx5.6mの広さで、2.5mの高さのある部屋の特定の場所に餌を置いて、自由に飛行させて餌を得る行動を観察する。コウモリは餌を摂るために2−3種類の決まった飛行パターンを示す。ただ、この飛行パターンは個体によって異なる。すなわち、餌取りに、最初から脳内で構造化された飛行パターンに従っていると言える。

実際、特定の飛行パターンをとるときの海馬の興奮パターンは極めて一定で、調べる日が変わってもほぼ同じ領域が同じように興奮する。その意味で、測定する日が変わると興奮パターンが再調整されるマウスとはかなり異なる。

しかし、飛行を詳しく記録すると、当然軌跡は一定の範囲の中を揺れる。特に餌から離れた場所でカーブするときに、軌跡の揺らぎが見られる。この場合、神経細胞の興奮パターンも、軌跡の揺らぎに応じて変化している。すなわち、軌跡と活動する神経の相関が極めて高い。

最後に、光の有り無しで同じ課題を行わせ、感覚インプットが異なる場合に場所細胞の興奮パターンが影響されるかを調べている。光が当たっていると、軌跡が複雑になるため、解析が難しくなるのだが、両方の条件で示した同じ軌跡だけを拾い出して、その神経活動を調べると、ほぼ一致していることがわかった。

ただ同じ軌跡をとっても、光があるときの飛行時と、ないときの飛行時を比べると、同じ条件よりは神経興奮パターンと軌跡の揺らぎがより大きくなっていることもわかる。すなわち、感覚インプットが神経と飛行との一致のチューニングに働いており、光のない時には、より脳のプランに従って飛行しているのがわかる。

以上、基本的にはマウスの迷路実験とは異なり、脳内で構造化された飛行プランに沿ってコウモリの飛行は行われていることがわかる。勿論マウスも迷路から放して自由に餌探しを行う行動が許されれば、同じ結果になるのかもしれない。

しかし、顕微鏡を乗せて飛行すること自体が驚きで、そちらの揺れの方が気になる。

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4月5日 驚くことにプレドニンが肥満治療に使える(4月1日 The Journal of Experimental Medicine オンライン掲載論文)

2022年4月5日
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プレドニンは今も様々な炎症性疾患に使われるが、多くの副作用を伴う。その中で代謝に関係するもとして、血糖の上昇、高脂血症、肥満、筋力現象などが知られている。メカニズムは異なるが、私たちがメタボとして問題にしている症状が全部出てしまう。

ところが今日紹介するシンシナティ大学医学部からの論文は、同じプレドニンでも1週間おきに投与すると、今度は逆に代謝改善を誘導して、肥満を防ぐという驚くべき話で、4月1日The Journal of Experimental Medicineに掲載された。タイトルは「Intermittent prednisone treatment in mice promotes exercise tolerance in obesity through adiponectin(マウスでの間欠的プレドニソロン治療はアディポネクチンを介して肥満での運動能力を高める)」だ。

このグループは筋ジストロフィーの患者さんに対して隔週でプレドニン(1-4mg/Kg)を投与することで、筋肉にエピジェネティックな変化を誘導させ、筋力低下を防ぐとともに、インシュリン分泌、血糖、血中脂肪などが抑えられることを2019年に発表していたようだ。

この研究では、特に代謝改善に着目して、正常マウスの食べ過ぎによる肥満を同じ方法で改善できないかを調べ、1mg/Kgのプレドニンを週1回投与することで、1)食べ過ぎによる肥満が防げ、2)肥満による筋力低下が防げ、3)組織学的に筋繊維上昇と脂肪細胞低下が観察できることを明らかにしている。すなわち、毎日プレドニンを投与するのとまるで逆のことが起こっており、マウスの話とは言え、高い効果が示されている。

代謝について調べると、これも連日投与の逆で、血糖の低下、グルコーストレランスなどが見られ、基本的に筋肉ミトコンドリアでのグリコリシスからTCAサイクルの活性が高まっている結果であることが示されている。まさに、現代社会の健康問題を解決する切り札とも言える効果だ。

さらにメカニズムを探ると、プレドニン隔週投与で脂肪組織から分泌されるアディポネクチンの量が、なんと50%以上増加する。そして、これが筋肉などの代謝の中心シグナルの一つAMPKを活性化させ、筋肉内での糖代謝、TCAサイクルの活性化を誘導していることを示している。

結果は以上で、まとめると、間欠的なプレドニンはグルココルチコイド受容体を介して、脂肪細胞転写のプログラムを変化させるとともに、アディポネクチンの分泌を促し、これが筋肉のAMPKを活性化し、エネルギー消費を高め、筋力をアップさせるという結果だ。

何故連日投与と間歇投与でこれだけの差があるのかについては、連日投与になるとNefat4cなどのアディポネクチン遺伝子のレプレッサーが連日投与で発現するからだと説明しているが、まだまだ解明が必要で、面白い話も出てくる可能性がある。

おそらく週一回の投与だと、プレドニンもほとんど問題はないと思うので、ひょっとしたら今後肥満対策に週一回のプレドニンという話が出てくるかもしれない。プレドニンというと患者さんの間では副作用の代名詞になっているが、印象が変わるかも。

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4月4日 哺乳動物の脳進化(4月1日号 Science 掲載論文)

2022年4月4日
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私たちは哺乳動物の仲間なのに、古生物学というとどうしても恐竜に人気が集まる。まあ化石も多いし、大きいので仕方ないかと思うが、胎盤を持つ哺乳動物は白亜紀に誕生しており、ティラノザウルスなど恐竜の王国で、細々と暮らしていたのだろう。この頃については全く勉強不足で、この厳しい環境を生き残るために、胎生というシステムと、脳を発達させたのではと思っていた。

しかし、今日紹介するエジンバラ大学からの論文は、新しく発見された化石も含めて、頭蓋骨の精密なCT解析を行うことで、中生代から新生代までの脳の発達を調べ、脳の発達が起こったのは哺乳動物が地球上で繁栄し始めた後である可能性を示した研究で、4月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「Brawn before brains in placental mammals after the end-Cretaceous extinction(白亜紀の種絶滅の後の哺乳動物進化は筋肉から始まって脳の進化は後に続いた)」だ。

頭蓋のCT画像と全体の骨格などから、脳の相対的大きさを示すencephalization quotient(EQ)とともに、嗅球、新皮質、及び三叉神経の出るあたりの後部脳を頭蓋から推定し、脳各部の進化を別々に調べている。

結論は、哺乳動物の脳は最初から増大する方向で進化したわけではなく、始新世になって初めて増大が始まった、となる。もう少し詳しく述べると以下のようになる。

1)中生代から暁新世にかけて、すなわち8−7千万前までは、ボディーサイズは増加するが、逆にEQは低下をしていく。すなわち、何らかのきっかけでニッチが成立したとき、まずボディーサイズの増大で対応する。

2)ところが、6600万年前、彗星衝突による地球上の種の絶滅が起こり、これを生き延びた哺乳類は、ボディーサイズも増大させるが、それを上回る速度で脳の大きさを増大させる。

3)脳の各部のサイズの変化を調べると、嗅球は絶滅前から低下傾向にある。一方、他の部分は絶滅以降急速に増大し始めている。

4)面白いのはPetrosal lobuleで、身体の大きさ増大し始めたとき、逆に急速に低下し、その後大絶滅を経て増加に転じている。 結果は以上だが、要するに身体の各部の進化は、独立に進んでいくという話になるが、今後各部位の変化と、環境側の変化を詳しく対応させていくことが重要になるだろう。いずれにせよ、大絶滅のあと、特に脳が発達したことは、決定的な環境変化を生き延びるのに脳システムは極めて有効に機能したことを示している。示された系統樹を見ると、哺乳動物のほぼ全ての生物種が大絶滅を経験し、その後急速な多様性を獲得したようなので、このあたりの哺乳動物進化を調べると、恐竜より面白いドラマが明らかになるような気がする

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4月3日 乳腺の常在型マクロファージの機能(3月31日 Cell オンライン掲載論文)

2022年4月3日
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様々な組織に常在型のマクロファージの存在が知られている。例えば肝臓ではクッパー細胞、脳ではミクログリア細胞、そして皮膚ではランゲルハンス細胞などがこれに当たる。これらは骨髄造血からの供給とはほぼ独立して存在しており、炎症やガンなどで、血液からリクルートされる単球と異なる機能を持つと考えられ、研究が進んでいる。最近になって、乳腺にもこのような常在型マクロファージが存在する可能性が示されている。個人的印象で何の根拠もないが、乳腺症やパジェット型乳ガンなど、炎症との関わりが強い印象があるので、この細胞に注目していた。

今日紹介するフランス キューリー研究所からの論文は乳腺の常在型マクロファージを特定する分子マーカーを開発し、これがガン免疫誘導に重要な働きを示したことを示す研究で、3月31日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Tissue-resident FOLR2 + macrophages associate with CD8 + T cell infiltration in human breast cancer(組織常在型FOLR2陽性マクロファージは人間の乳ガンでCD8T細胞の浸潤と関わる)」だ。

個人的には、常在型マクロファージはガンを助けるのではと考えていたが、この論文を見て予想は全く外れていることがわかった。この研究では、最初から乳ガン組織で常在型マクロファージ(TRM:tissue resident macrophage)を他の集団から分離できるマーカー探しを行っている。私たちの現役時代と異なり、この目的にはsingle cell RNAseq(scRNAseq)という強い味方が存在する。ヒト乳ガン腫瘍組織とリンパ節転移サンプルからマクロファージを取り出し、これをscRNAseqを用いてグループに分けていくと、最終的に葉酸受容体(FOLR2)が、常在型マクロファージの分子マーカーとして利用でき、FOLR2陽性マクロファージが、これまでマウスで示されてきたマンノース受容体陽性の乳腺常在型マクロファージと同じであることを明らかにしている。一方、骨髄造血から乳腺にリクルートされたマクロファージはCADM1やCCR2の発現によりTRMと分離できることも示している。

この結果に基づき、TRMはガンの味方か敵かを調べている。結論は「TRMはガンの敵で、ガンに対する免疫を高めてくれる」と言うことだが、それを示すため、以下の結果が示されている。

  1. まず、FOLR陽性TRMは、正常組織に血管に接着して存在し、ガンが出来るとガンから少し離れたストローマに存在するが、相対的に数が減少する。
  2. 切除後の病理検査で、FOLR陽性TRMの密度が高い患者さんでは予後がよい。
  3. 組織中でTRMは常にCD8陽性キラーT細胞と同じ場所に存在し、組織内でキラー細胞と相互作用しているのが観察できる。
  4. TRMは卵白アルブミンペプチドを抗原とした試験管内検査で、CADM1陽性マクロファージと比べ、強いT細胞刺激効果を示す。
  5. TRMは免疫抑制機能は低い。

結果は以上で、少しゴチャゴチャした実験が多い研究で、もう少しストレートに出来ないかとは思うが、本当ならいくつか重要なポイントが示されたと思う。

まず、乳ガンで腫瘍組織のキラー細胞を増幅するときは、マクロファージはFOLR陽性細胞以外を除去して増幅した方がいいと思われる。さらに、腫瘍自体は血中からCADM1陽性マクロファージをリクルートしてTRMを外へ追い出している可能性があり、このリクルートを止めることも治療可能性になる。このように地道な研究が進むと、免疫治療が難しいとされる乳ガンもその対象に必ずなると期待している。

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4月2日 自宅で可能な遺伝子治療:遺伝性水疱症の治療(3月28日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年4月2日
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長い研究の歴史を経て、遺伝子治療は現在急速に拡大しており、治療として認可された製品も続々登場している。今回のアデノウイルスワクチンも、あるいはmRNAワクチンだって遺伝子治療と言っていいだろう。すなわち、遺伝子を細胞内に導入して必要な分子を合成させるだけなら、看護師さんに注射してもらうだけでいいぐらい簡単にできるようになっている。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、コラーゲンVIIの欠損により起こるDystrophic epidermolysis bullosaとして知られる、水疱症を、なんと自宅で治療できる様にしようとする研究で、皮膚領域とは言え遺伝子治療がさらに一般治療に近づいていることを感じさせる。タイトルは「In vivo topical gene therapy for recessive dystrophic epidermolysis bullosa: a phase 1 and 2 trial(劣性dystrophic epidermolysis bullosaに対する塗布による遺伝子治療:phase 1及びphase 2 治験)」で、3月28日Nature Medicineにオンライン掲載された。

遺伝性の水疱症は上皮を維持するためのマトリックスの遺伝子欠損により起因し、遺伝子治療や移植治療が試みられてきた。ラミニン遺伝子欠損の患者さんを、遺伝子導入した皮膚移植で治療した研究については2017年に紹介した(https://aasj.jp/news/watch/7648)。

今日紹介する研究の対象疾患は、コラーゲンVII欠損により起こる劣性dystrophic epidermolysis bullosa(RDEB)で、少しの刺激で皮膚に水疱が生じびらんができる。治療により傷は修復できるが、これが繰り返されるため、痛みと皮膚のびらんが続く。さらに、炎症を繰り返すことで悪性の扁平上皮ガンの発生が高率に起こる。

この治療には遺伝子治療か細胞治療しかない。最初、他人から骨髄移植を受けて線維芽細胞を置き換える試みが行われ、一定の効果が見られているが、元々負荷の高い骨髄移植治療を皮膚に水疱やびらんが有る患者さんに行うメリットがあるかは評価が定まっていない。また、ラミニン遺伝子欠損と同じように、遺伝子導入した皮膚細胞移植も試みられている。

これに対し、このグループは最初からびらんしている皮膚に自宅で遺伝子治療用ベクターを塗布出来る治療を目指している。

このために選んだベクターが、単純ヘルペスウイルス(HSV)ベクターで、感染力が強いだけでなく、大きな遺伝子を導入できること、そして自然免疫を刺激しないという重要な特徴を持っている。

詳細は省くが、細胞内での増殖能を欠損させたHSVベクターに、9kbのコラーゲンVII全長遺伝子を組み込み、このウイルスとMETHOCELと呼ばれるゲルと混ぜた塗布可能な遺伝子治療剤B-VECを開発している。

まず、培養細胞、そして免疫不全マウスに移植した患者さんの皮膚への感染実験で効果を確かめた後、1相、2相の治験を行っている。

重要なのは治療方法で、水疱が出来びらんした局所だけを狙った治療を行っている。ウイルスが入ったゲルを患部にまんべんなく、目薬をさすように一滴一滴垂らした後、一般に使われている非接着性の絆創膏(Tegaderm)をかぶせるだけだ。これを1日おきぐらいに繰り返して安全性や結果を見ている。

この治療により、8割の患者さんでびらんは閉じ、100日以上維持できたが、偽薬投与群ではびらんが完全に閉じることはなかった。また、皮膚バイオプシーで、全層にわたって上皮と真皮の間にコラーゲンVIIの分泌を確認している。

以上が結果だが、値段はともかくとして、自宅でできる遺伝子治療の可能性を期待させる結果だ。同じ病気では角膜損傷も起こることから、今後は目薬なども考えられるだろう。いずれにせよ、値段が一番気になる。

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4月1日 肥満がアレルギー症状を悪化させるメカニズム(3月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月1日
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Covid-19重症化のリスクファクターとして肥満がリストされ、この指針に従って治療選択も行われているが、そのメカニズムについては明らかになっているわけではない。一般的に、多くの炎症反応が肥満によって悪化することは広く知られているため、Covid-19のケースもその一つかなと納得してしまっている。

今日紹介するソーク研究所とカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、接触性皮膚炎をモデルとして、アレルギー性炎症が肥満で悪化するメカニズムを解明した臨床応用も期待できる研究で、3月30日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Obesity alters pathology and treatment response in inflammatory disease(肥満は炎症性疾患の病理と治療反応性を変化させる)」だ。

研究ではまず、高脂肪食を70日与えて肥満にしたマウスに、化学化合物(MC903)を塗布してアレルギー性皮膚炎を誘導し、正常マウスと比べている。結果は期待通りで、肥満マウスでは炎症の程度が数倍高い。

この炎症はT細胞の抗原反応により誘導されることがわかっているので、次に炎症部位のT細胞をsingle cell RNAseq(scRNAseq)で調べると、同じ炎症と言っても参加するT細胞が質的に異なっていること、すなわち通常のTh2型T細胞が主体の反応から、Th17主体の反応へ変化している。

これを裏付けるように、Th2型反応に対して効果が高いIL4/IL13に対する抗体治療を行うと、正常マウスでは炎症が軽快するのに、肥満マウスの炎症は逆に悪化する(これは現在抗体治療を行っている皮膚科にとっては重要な所見だと思う)。

T細胞の分化にRORγなど核内受容体が関わっていることが知られているので、肥満によるT細胞の質的変化の原因が核内受容体の変化に起因すると仮説を立て、肥満と正常マウスのTh2型細胞を比較した結果、肥満マウスでPPARγの発現が低下していることを発見する。すなわち、Th2型の反応が維持されるためにはPPARγが必要で、これが低下することでTh17型へとシフトする可能性が示された。

この可能性を確かめるため、T細胞でPPARγ遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、接触性皮膚炎を誘導すると、肥満マウスと同じようにTh2型反応がTh17型にシフトし、またIL4/IL13に対する抗体治療により、より炎症が悪化する。すなわち肥満による反応の質的変化を完全に再現できる。

以上の結果から、肥満マウスでもPPARγを活性化させることで、Th2型の炎症に戻セル可能性が示唆される。そこで、糖尿病のインシュリン抵抗性を治療するために用いらているチアゾリジン系のPPARγ活性化剤を投与して、肥満マウス接触性皮膚炎を誘導すると、期待通りTh2型の反応に戻り、炎症の程度は低下、またIL4/13による治療が可能になる。

以上が結果で、モデルマウスに実験は終始しているが、臨床的なヒントが示された面白い研究だと思う。

この研究をトランスレートするとすると、皮膚炎や喘息が通常の治療法では改善しない肥満患者さんには、出来ればTh17型へのシフトが起こっているか調べた上で、チアゾリジン系の薬剤を併用してみるという話になるのだろう。また、Covid-19の炎症についても、PPARγについて調べ直してみることは重要だと思う。

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3月31日 意外にもB細胞がアセチルコリンを分泌して造血を調節している(3月28日 Nature Immunology オンライン掲載論文)

2022年3月31日
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エーザイの抗アルツハイマー病薬、アリセプトは、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤で、アセチルコリン(Ach)の分解を抑えることで、Achの量を相対的に上昇させる薬剤だ。

今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文はマウスにアリセプトを投与したとき、白血球減少が見られるという観察から始め、これがB細胞によるアセチルコリン分泌を介している可能性を示した研究で、3月28日Nature Immunologyにオンライン掲載された。意外性で惹きつけるタイトルは「B lymphocyte-derived acetylcholine limits steady-state and emergency hematopoiesis(B細胞由来のアセチルコリンが定常状態及び緊急事態の造血を制限する)」だ。

タイトルで驚いたが、著者欄を見るとDavid ScaddenやPeter Libbyといった大御所が加わっておりさらに驚く。しかし研究自体はアリセプトの効果の原因を探るといった感じで、オーソドックスな研究で、内容からScaddenやLibbyが加わるのもよくわかる。

アセチルコリンの骨髄への影響を知るため、まずアセチルコリンを合成する酵素を持つ骨髄細胞を探すと、ほぼ全てがB細胞集団であることがわかった。

次は、本当にB細胞のアセチルコリンが造血に関わるのか調べるため、B細胞特異的に合成酵素をノックアウトすると、期待通りノックアウトマウスではB細胞のアセチルコリン分泌量が低下するとともに、骨髄造血、特に白血球造血が上昇している。

次にAch受容体を発現する細胞を探ると、ストローマ細胞集団で発現が見られ、またAch受容体がノックアウトされると、Ach合成酵素ノックアウトと同じ効果がある。すなわち、B細胞のAchがストローマ細胞に作用して増血を調節していることになるが、このメカニズムは完全に明らかにできていない。

例えばAchのB細胞でノックアウトしたマウスでは、骨髄造血に必要なCxcl12が低下していることを示しているが、Cxcl12は未熟幹細胞の維持に必須であると考えると、Achで低下しているとすると、もっと未熟幹細胞が低下してもいいように思うが、そうではない。ただ、この結果か、少し分化した顆粒球系の幹細胞が増加している。とすると、AchはCxcl12発現を上昇させて、未熟幹細胞を維持する役割があるのかもしれない。その場合、老化に伴う造血系の変化をアリセプトが改善する可能性すらある。

そこで、メカニズムを追求するのはやめて、Achにより白血球のリクルートが調整されるという結果を受けて、動脈硬化での炎症がB細胞のAchで影響されるか、ノックアウトマウスを用いて調べている。Libbyたちがこれまで示しているように、Achが抑えられ、白血球が増加していると動脈硬化巣へのマクロファージや顆粒球の浸潤が高まることが確認されている。また、心筋梗塞巣への血球の浸潤を見ても同じで、白血球浸潤が高まる結果マウスの死亡率が高まる。

最後に、これが人間にも当てはまるか、心筋梗塞を起こした時にアリセプトを服用していた患者さん(Achが高い)を集め、服用していなかった群と比較して、血中の白血球数の上昇が少ないことを示し、Achが血中の白血球上昇を抑えるのは人間でも当てはまると結論している。

少し尻切れトンボの感が強い論文だったが、しかしB細胞がアセチルコリンの供給源とはともかく驚く。

カテゴリ:論文ウォッチ
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