12月29日 失読症と相関する遺伝子変異を脳画像にマップする(12月18日 Science Advance 掲載論文)
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12月29日 失読症と相関する遺伝子変異を脳画像にマップする(12月18日 Science Advance 掲載論文)

2024年12月29日
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アルファベットを使う言語圏では失読症すなわち文字を読むことが難しい子供は、おそらく我が国の2倍に達するとされている。同じ子供でも習う文字の違いによりこれだけの差が出るということは、アルファベットを読めるようになることは脳に大きな変化を強いることを意味する。確かに毎日アルファベットで書かれた文献を読んでいると、日本語より高い注意力が必要だと感じる。単語をピックアップして読み飛ばすことが意外と難しい。実際失読症と注意力障害は一定程度オーバーラップすることも知られている。

今日紹介するオランダにあるマックスプランク心理言語学研究所からの論文は、UKバイオバンクのデータを使って失読症と相関する遺伝子を脳画像へのマッピングを試みた研究で、12月18日 Science Advances に掲載された。タイトルは「Distinct impact modes of polygenic disposition to dyslexia in the adult brain(失読症の成人脳に対する多遺伝子要因の異なるインパクト)」だ。

これまで失読症を脳画像から調べる研究は行われており、左脳の様々な領域の関与が示唆されていたが、決定的な結果はほとんど得られていなかったようだ。失読症には少なくとも35種類の遺伝子多型が関係するという研究もあり、様々な要因で起こってくることを考えると、失読症という診断名だけで脳の構造との相関を調べようとしても多様性が大きすぎて簡単でないと考えられる。

そこでこの研究ではUKバイオバンクに登録され、ゲノム検査とともに詳しい脳画像検査が行われている331695人の失読症と診断された成人と、正常35231人を対象に、まず失語症と相関するとされている遺伝子リスクを積算した多遺伝子リスクスコアを指標に脳画像との相関を調べている。こうすることで、より安定的な脳の状態を対象にすることが可能になる。

こうして見えてきた多遺伝子リスクスコア(PGS)と相関する脳の領域は驚くほど広範にわたっており、内壁から側頭及び前頭脳皮質に連続的につながり運動野でピークに達する領域の大きさの変化が見られるというのは、例えば注意障害などの広がりとは比べものにならない。すなわち、失読症は脳全体が関わる複雑な状態であることがわかる。

次にリスク算定の基礎になった個々の多型を脳画像にマッピングすると、PGSとは全くことなり、より局在したパターンが見えてくる。このパターンは10種類に分類でき、それぞれのパターンと相関する多型及びそれとリンクする遺伝子が特定できる。それぞれの意義については割愛するが、例えば BCL11L 遺伝子のように遺伝子変異が言語能力に影響することが知られている遺伝子やNEURODのように神経文化に直接関わることが知られている遺伝子も含まれる。

詳細は省くが、このバンクには脳の構造だけでなくテンソル法で調べた神経結合についても調べられており、失読症のPGSで低下する部位が特定されているが、同じ部位が注意障害のPGSと相関し、また新しい問題に対応する流動的知性にかかわる部位とのオーバーラップが特定され、失語症を形成する際の脳機能についても新しいヒントが得られている。

以上、失語症に関わる個々の遺伝子や機能を脳画像とマッピングすると、様々な領域が特異的に相関することが明らかにできることから、失読症を理解するには各領域の遺伝子の機能を理解した上でそれを統合する方法を発見することが重要であることがわかる。

人間の言語は音以外の物理性がないことが最大の特徴だが、それに物理性を与えて記録として使える様にしたのが文字だ。この新しい課題を今のような文字を習う方法で個人に解決を強いていいのかどうか、是非脳研究で明らかにしてほしい。

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12月28日 Mark Davis が考えるインフルエンザワクチン(12月20日号 Science 掲載論文)

2024年12月28日
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昨日は私が会った中でも強い印象を持った免疫学者の一人、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の Jason Cyster 研の研究を紹介した。リンパ球、特にBリンパ球のリンパ節へのホーミングを調節している中心分子が CCL21 だという常識を疑うところから始めたベテランの目を感じさせる論文だ。

今日は同じ西海岸の免疫学者の一人で、やはり強い印象を受けたスタンフォード大学の Mark Davis 研から発表された新しいインフルエンザワクチンについての研究を紹介する。タイトルは「Coupling antigens from multiple subtypes of influenza can broaden antibody and T cell responses(複数のインフルエンザサブタイプの抗原を合体させると抗体反応とT細胞反応を拡大できる)」だ。

Mark Davis は1980年代、T細胞抗原受容体のクローニング競争で勝利するのは利根川さんか本庶さんかという世間の下馬評を覆して、遺伝子サブトラクションを用いて遺伝子クローニングに成功した一人で、少なくともこの10年以上は人間の免疫反応を丹念かつ網羅的に調べる研究を行っており、このブログでもすでに4回紹介している。

この研究では我々のインフルエンザワクチンに対する反応の多様性について広く信じられている original antigenic sin と呼ばれる最初の感染ウイルスによる免疫系のバイアス説を疑い、まず多様性の原因を実際にワクチンを受けた人で HA1、HA3、 HAB それぞれの抗原に対する反応を調べ、反応がいずれかの HA 抗原にバイアスがかかっていること、また双生児を利用した研究で、反応のタイプの遺伝性が大きく、逆に過去のワクチンや感染の影響が大きくないことを確認し、最初の感染やワクチンがそれ以降の反応を決めるという考えは間違っていると結論する。

そして多様性の原因について、T細胞へ抗原を提示する MHC のゲノム型が大きな役割を占めていることを発見する。そして、結局反応にバイアスがかかるのは、一つのタイプの HA に高い親和性を持つB細胞が抗原を取り込んで、特定のペプチドをT細胞に提示する過程でバイアスが起こると着想する。すなわち、インフルエンザに対する抗体を発現するB細胞がT細胞を刺激するという閉じた回路が、一定のHAへのバイアスを促進すると考えた。

それなら、同じB細胞が親和性の高い HA だけでなく他のHAも取り込めるように3種類の HA を一つの分子にまとめてしまえば、同じB細胞は結合するHAのみならず他の HA もT細胞に提示することが可能になる。

このアイデアをマウスで確かめると、よく使われる3種類をただ混合したワクチンと異なり、全てのタイプの HA に対する強いT細胞反応とともに、抗体を誘導することができる。

最後に人間でも同じことが見られるか調べるため、切除した扁桃腺のオルガノイド培養に従来型の HA 混合あるいは一つの分子にまとめた新しい抗原で免役し、B細胞が全ての HA を同時に取り込める複数の HA が結合型したワクチンで強い反応が起こることを示している。さらに、これだけでなく、鳥インフルエンザ H5 に対処にも反応できることを示し、多くの CD4 T細胞を動員することがワクチンの効果を決めることを明らかにしている。

厳密な分析の後に、新しいワクチンまで提案できるベテランの目を感じる素晴らしい仕事だ。さらに、扁桃腺のオルガノイド培養もなかなか面白い。

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12月27日 炎症時のリンパ節へのリンパ球流入を調節する複雑なケモカインネットワーク(12月20日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月27日
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リンパ節は哺乳類になって初めて現れる器官で、局所の免疫状態を感知して、特異的免疫反応に必要なリンパ球の種類をリクルートして、迅速に外来抗原に対応する基地の役割がある。まさに、炎症を組織化するために進化した器官だ。

身体に存在するリンパ球は膨大な数で、それらが無秩序に動員されると混乱を来すだけだ。そこで、特定のリンパ球をリクルートする複雑なケモカインネットワークがリンパ球には存在し、必要なときに必要なリンパ球をより選択的に動員できるようにできている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校、ケモカイン研究の第一人者 Cyster 研からの論文は、平時と炎症時でケモカインネットワークが変化することで感染に対応していることを示した研究で、12月27日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Inflammation switches the chemoattractant requirements for naive lymphocyte entry into lymph nodes(炎症が化学誘起物質の依存性をスイッチしてリンパ球のリンパ節への流入を調節する)」だ。

論文を読んでいて、基礎知識がないとおそらくついて行けないなと感じるぐらい複雑な論文だ。ただ、研究はリンパ節へのリンパ球のホーミングは CCL21 とその受容体 CCR7 が調節しているという通説を疑うプロの視点から始まっている。すなわち、局所炎症が起こると肝心の CCL21 の発現がリンパ節で低下するという気づきから始まっている。

そこで炎症時という最もリンパ球ホーミングが必要な時期に働くケモカインや遊走誘導因子を探索するため、多くの実験を重ねたのがこの論文で示されている。ただ、複雑なので結論だけをいかにまとめておく。

実験では足蹠にウイルスを感染させ所属リンパ節の変化を見る実験系を使っている。

  1. 感染後24時間目で見ると、メカニズムははっきりしないが CCL21 の発現は強く抑えられる。そのため、通常のリンパ球のホーミングは阻害される。
  2. 代わりになる遊走分子を探索する過程で、血管内皮でコレステロールを 25-hydrocholesuterol に転換する酵素 Ch25 、そして樹状細胞で 25-hydrocholesterol を遊走活性のある 25-dihydroxycholesterol(25HC) に転換する酵素 Cyp7b1 が強く誘導されることを発見する。
  3. この結果、炎症により血管内皮で hydrooxycholesterol が合成分泌され、それを近くに存在する樹状細胞が取り込んで、25HC を分泌して、樹状細胞から血管内皮への 25HC 勾配が形成され、これにより 25HC の受容体 EBI2 を持つリンパ球が血管から遊走するようになる。すなわち、遊走因子のスイッチが起こる。
  4. EBI2 は記憶リンパ球で強く発現しているので、このスイッチにより記憶リンパ球をより優先的に動員することが可能になる。
  5. この血管内皮近くの遊走因子スイッチをさらに補助するために、リンパ節内に存在するランゲルハンス細胞と呼ばれる皮膚からリクルートされてきた細胞も 25HC 分泌に参加する。
  6. また、通常のリンパ球ホーミングにはそれほど寄与しない CCL19 も炎症時には働いて、平時のホーミングを炎症型に変化させるのに一役買っている。
  7. 同じことは腫瘍組織でも見られるので、腫瘍組織で遊走因子のスイッチを起こすことで、抗ガン免疫を高める可能性がある。

以上が結果で、長年この分野を牽引しているプロの実験について解説できないのは残念だが、免疫反応調節の複雑性がよく理解できる論文なので、是非読んでみてほしい。こうして得られた知識が、新しいワクチンやアジュバントに生かせることも申し添えておく。

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12月26日 体内で特定のタンパク質濃度を持続的に測る(12月6日号 Science 掲載論文)

2024年12月26日
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小さな分子を体内に設置したセンサーで持続的に測ることは可能になっている。最も普及しているのはブドウ糖を図るセンサーで、2万円以下で市販されている。測定にはグルコースオキシゲナーゼ酵素がセンサーとして使われ、発生する過酸化水素が電極で酸化されるときの電流を測定している。このとき、ブドウ糖はグルコン酸と過酸化水素に変化し、センサーから離れるので、何度もセンサーとして使える。

では同じ原理をタンパク質に適用して、体内の特定のタンパク質濃度が測れるか研究が続いているが簡単ではない。というのもタンパク質に結合できるセンサーを設計しても、タンパク質が結合すると簡単には離れないため、センサーが使えなくなってしまう。ブドウ糖のように都合良く反応すると他の分子に変化させることが難しい。

今日紹介するイリノイ州 North Western 大学からの論文は、微小電気刺激でセンサーを動かすことで結合するタンパク質の解離を促進するという難しい問題を解決した研究で、12月9日号 Science に掲載された。タイトルは「Active-reset protein sensors enable continuous in vivo monitoring of inflammation(能動的にリセットするタンパクセンサーは体内で持続的に炎症のモニターを可能にする)」だ。

センサーのアイデアだが、電極から DNA ストランドを伸ばし、もう片方に特異的にタンパク質に結合するセンサー(ここでは RNA で形成させたアプタマーと呼ばれる分子を使っているが抗体でも良いらしい)と電極と反応するフェロセンを結合させ、500mV の電流で DNA を電極に近づけて電極でフェロセンの電子を感知させるとき、センサーにタンパク質が結合すると、この反応が遅れることを利用して、タンパク質の結合を検出している。

ただ、この方法ではいったん結合したタンパク質が離れないのでセンサーが使えなくなってしまう。そこで、電場をかけてセンサーを振動させることでメカニカルにタンパク質を解離させることを着想し、95Hz の電場で完全にふるい落とせることを発見する。

これを元に、センサーを開発し、最終的に IL-6 と TNFα の自然炎症で分泌されるサイトカインを皮膚に差し込んだ針型のセンサーで検出できるか試みている。詳細は省くが、糖尿病ラットの皮膚に設置して2つのサイトカインをモニターすると、ファスティングを続けると両者とも皮膚で濃度が低下すること、そこにインシュリンを加えると一時的に上昇した後低下を続けること、そして LPS 刺激で炎症を誘導すると上昇に転じることなどを示している。

そして、この傾向が ELISA 法で計った血中サイトカインとほぼ一致していることを確認して、このセンサーを今後様々なタンパク質モニタリングに利用できることを明らかにしている。

最後に、センサーを設置したことにより体内の異常が誘導されないかも調べており、半日ぐらいであればセンサーを設置したまま生活しても問題ないことを示している。 以上が結果で、素人にもわかりやすいアイデアで感心する。もちろん実際のセンサーに仕上げる工学は私の想像を遙かに超える素晴らしい技術で、工学と医学の融合を絵に描いた論文だと思う

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12月25日 腸への原虫感染が肺の好酸球症を誘導する(12月19日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月25日
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喘息の発症に腸内細菌叢が重要な役割を演じていることは広く認められており、北欧では帝王切開で生まれた子供の細菌叢を回復させるための便移植が進められている。メカニズムについてはまだまだはっきりしないが、細菌叢によって刺激を受けたタフト細胞が、喘息を悪化させる抗酸菌症を誘導する自然免疫リンパ球 ILC2 を誘導するからと考えられている。

今日紹介するカナダトロント大学からの論文は、ILC2 の活性化と肺への移動に細菌叢だけでなく、トリコモナス類の原虫が関わっていることを示した研究で、12月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A gut commensal protozoan determines respiratory disease outcomes by shaping pulmonary immunity(腸の常在原虫が肺での免疫を変化させて呼吸器疾患のアウトカムを決定する)」だ。

この研究は、マウスの常在性原虫 Tritichomonas muris (Tm) を摂取させると、全身性の好酸球症が誘導され、肺にも好酸球の強い浸潤が見られるという発見から始まっている。肺の好酸球浸潤は喘息を悪化させる要因なので、Tm のような常在原虫が喘息の悪化原因になる可能性は高い。

この好酸球症の原因を探ると、Tm が腸内に住み着くと、IL-5 や IL-13 を分泌して好酸球症を誘導する自然免疫リンパ球 ILC2 が活性化され、腸内から肺へ移動することで、肺の好酸球の浸潤を誘導していることを発見する。この発見が研究のハイライトで、当然人間で起これば喘息を悪化させる要因になる。ILC2 の活性化から肺での好酸球浸潤まで、詳細にメカニズムが検討されているが、極めて複雑なので、実験の詳細は割愛して、実際に何が起こっているかの結論だけ紹介する。

  1. 寄生虫でも好酸球症が起こることが知られているが、Tm は直接 ILC2 に働くのではなく、まず細菌叢を刺激して、コハク酸の分泌を誘導、これがタフト細胞を刺激して IL-25 分泌を促進し、ILC2 の活性化を誘導する。このとき分泌される IL-5 は全身の好酸球増加を誘導する。
  2. こうして腸管で活性化された ILC2 は、通常肺に存在する ILC2 とは異なっており、肺へと移行すると、そこで T細胞や B細胞と抗原非依存性の相互作用を起こし、刺激し合う。このとき、特に CD4T細胞は IL-2 を分泌して ILC2 の増殖を助ける。また ICOS リガンドを介した B細胞との相互作用により、肺での IL-5 分泌が起こる。
  3. こうして活性化された好酸球浸潤が起こると、ハウスダストに含まれているダニによる喘息の重症度が高まる。すなわち、アレルギー反応自体は抗原依存性だが、好酸球浸潤により喘息が悪化する。
  4. しかしながら、原虫が常在し、肺での好酸球浸潤が起こることは悪いことばかりではない。結核菌を吸入させたとき、肺上皮を超えて全身に広がろうとするが、これを好酸球がシールドを作って防いでくれることを実験的に明らかにしている。
  5. では、人間ではどうなのか? Tm に似た原虫が人間でも常在することが知られている。また、腸内での寄生虫は全身のアレルギーに直接関わることも知られている。しかしながら常在原虫とアレルギーの関係を実験的に確かめるのは難しい。そこで、重症の喘息と、気管支拡張症の患者さんの痰を調べると、重症喘息者だけで原虫DNAが検出できる。ただ、マウスの場合 ILC2 の誘導は全て腸内で行われ、肺では原虫の寄与はないことから、この結果を原虫とアレルギーの因果性と結論するわけにはいかない。

以上、腸内で細菌叢との相互作用や、人間の常在原虫の寄与などまだまだ解明が必要だが、寄生虫だけでなく、原虫までも ILC2 好酸球を通してアレルギーに関わるという発見は面白い。

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12月24日 精神疾患とウェアラブルデバイス記録はどこまで相関しているか(12月19日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月24日
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ウェアラブルデバイスで集める健康情報は、これまでの検査と比べ特異性では全く劣っているが、持続的に何ヶ月もデータをとることで、通常の診察室では決して気づけない変化を捉えることができるため、これまで知り得なかった身体の状態変化を教えてくれるのではと期待されている。例えば以前、Covid-19 の感染を、医療機関に行く前にウェアラブルデバイスで診断できる可能性について紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18428)。私は毎朝6kmぐらいを早足で散歩してからこの原稿を書くのを日課にしているが、自覚しなくても小さな変化がタイムの変化として現れるのを感じている。

今日紹介するイエール大学からの論文は、客観的な検査が難しい精神疾患の診断にウェアラブルデバイスが役に立つかを、診断名とともに遺伝子多型検査も加えてウェアラブルデバイスデータとの相関を調べて研究で、12月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Digital phenotyping from wearables using AI characterizes psychiatric disorders and identifies genetic associations( AI を用いたウェアラブルデータによるデジタル形質は精神異常を特徴付け、さらに遺伝的相関も特定する)」だ。

この研究では、米国で行われている学童を含む若年層のコホート研究を利用して、Fitbit として市販されているスマートウォッチを用いて心拍数、カロリー消費、アクティビティー、歩数、睡眠など7項目を連続的に記録し、これらのデータを罹患数の比較的多い不安症と、注意障害と相関させられるか調べている。

データは従来型の AI で大規模言語モデルは使っていないが、ウェアラブルからの連続データを、平均値や多様性など49種類の指標に分解したあと XGBoost と呼ばれる機械学習を用いたモデルと、連続データを軽量化してデコードする Xception と呼ばれるモデルを用いて、不安神経症と ADHD の診断に使える可能性を調べている。結果は満足できるもので、詳細は省くが ADHD の場合 AUROC と呼ばれる指標でそれぞれ 0.83、0.89 と診断の助けにかなり使えることが明らかになった。一方不安神経症の場合、それぞれ 0.69 と 0.71 で、診断能力は落ちるが役には立ちそうだ。また、どちらの場合も Xception モデルを用いる方が診断能力は高い。

通常 AI は診断までのプロセスがわかりにくいので、ここではどの指標が重要なのかを調べるため、それぞれの指標を除去してもう一度計算し直す作業を行い、診断に寄与する指標を探っている。結果、ADHD の場合、昼食後の心拍数が、また不安神経症では睡眠の長さや深さが最も大きく寄与することを示している。

ここまでなら多くの論文がすでに存在するが、この研究ではさらにそれぞれの指標と ADHD との相関が指摘されていた遺伝子多型との相関を調べ、SNP-rs186003 が起立時の時間と相関することを特定している。またそれぞれのモデルで得られるスコアが ADHD と相関するとして知られていたいくつかの遺伝子多型と相関することも示している。

最後に ADHD に限らず、遺伝子多型との相関を調べ、rs365990 、ミオシン重鎖のコーディング領域の多型が心拍数上昇に関わることを発見し、ウェアラブルのパワーを示している。そして同じ多型が双極性障害の多型とオーバーラップしているという面白い事実を特定している。

他にも眠りがちで活動性が低いことと相関する多型が、ADHD と関わることも発見している。

結果は以上で、他にも様々な多型がリストされているが割愛する。ウェアラブルデータは特異性が低いが、遺伝子多型と相関させることでメカニズムはわからないが精神状態を決めている身体的要因と相関していることを示し、医学のツールとして役立つと結論している。

特に傑出しているという印象はないが、Cell もこのような論文を掲載するのかと驚いた。

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12月23日 染色体外 DNA を誘導するだけで発ガンのスイッチが入る(12月18日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月23日
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今年の11月、染色体外に飛びだして環状 DNA として存在するようになったガン遺伝子が多くのガンで認められ、増殖を促進するだけでなくガン免疫の成立を抑制するなど様々な機能を発揮して、ガンの治療を難しくしていることを紹介した。(https://aasj.jp/news/watch/25571)。ただ、これまでの染色体外 DNA の研究は、すでにガンになった細胞について研究されてきたため、染色体外 DNA の形成自体が、発ガンを促進しているという明確な証拠はなかった。

今日紹介するスローンケッタリングガン研究所からの論文は、正常細胞に人為的にガン遺伝子を含む大きな染色体外 DNA 形成を誘導し、これが実際に発ガンに関わることを証明した研究で、12月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Engineered extrachromosomal oncogene amplifications promote tumorigenesis(遺伝子操作で染色体外発ガン遺伝子を増幅させると腫瘍形成が促進される)」だ。

この研究のハイライトは、皆が当たり前と思っていた発ガンと染色体外 DNA の関係を、ガン遺伝子を含む大きなゲノム領域を遺伝子操作でゲノム外に切り出して環状化することで、検討し直したことにつきる。論文を読むと、これまでどうしてこのような研究が行われなかったのか不思議な気がするぐらいだ。

研究では、p53 機能を抑制することが知られている MDM2 遺伝子領域を遺伝子操作して、Cre 組み替え酵素が働くと、MDM2 を含む 1Mb の大きな染色体外 DNA が形成され、さらにこの操作でできた染色体外 DNA を蛍光マーカーで追跡できるようにする方法を確立している。

この遺伝子操作法の有効性と、その結果生まれた染色体外 DNA が勝手に増幅する傾向にあることを、まずガン細胞株で確かめた後、MDM2 や Myc など、これまで染色体外 DNA として遺伝子増幅が起こっていることがよく知られた遺伝子が、正常細胞で染色体外 DNA として切り出されたらどうなるかを調べている。

まず、Cre 組み替え酵素を導入することで、Myc を含む 1.7Mb の染色体外DNAを誘導できるマウスを作成し、正常神経幹細胞を誘導する過程で染色体外 DNA を誘導し経過を追跡すると、時間経過とともに染色体外 DNA が増幅を繰り返すこと、しかも遺伝子増幅だけでなく複数の染色体外 Myc-DNA が染色体外でエンハンサー複合体を形成し、転写が高まることを示している。おそらく、正常細胞で染色体外DNA を誘導し、これにより遺伝子増幅が起こることを示した最初の例と言える。

次に、染色体外 MDM2−DNA を誘導できるマウスから線維芽細胞を培養し、Cre 組み替え酵素で染色体外 DNA を誘導すると、やはり MDM2 の遺伝子増幅が起こり、その結果線維芽細胞が不死化すること、さらに変異 HRAS 遺伝子と組み合わせると脂肪肉腫が形成されることを示し、正常細胞で MDM2 が染色体外 DNA として切り出されるだけで、増幅が始まり、細胞の増殖を促進し、最後にガン化を促すことを明らかにしている。

最後に、Myc 遺伝子を強発現したトランスジェニックマウスで MDM2 を染色体外 DNA に切り出すことで、Myc 強発現だけでは発生しなかった肝臓ガンが多発することを確かめている。

以上、誰もが想像していたことだが、染色体外で自発的に複製できる、ガン遺伝子をコードした染色体外環状DNAができるだけで正常細胞でも遺伝子増幅が始まり、他のガン遺伝子が加わると発ガンを促進することが初めて証明された。

幸い、染色体外で勝手に増え始めた環状 DNA は、細胞自体のストレスにもなるので、今後この系を利用して、染色体外ガン遺伝子を持つガンの新しい治療法を探索できるのではと期待する。

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12月22日 タンパク質でナノケージをデザインする(12月18日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月22日
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ノーベル賞を受賞したあと研究が加速する研究者を何人か思い浮かべることができるが、大事なことはバリバリの現役時代に受賞することと、十分な研究の蓄積が揃っていることだと思う。受賞後さらに生産性が上がって現在も論文が出続けているというと、2014年にグリッド細胞の発見で受賞したMozer 夫妻、2020年 CRISPR で受賞した Doudna さんがまず思い浮かぶ。ともかく論文を目にする機会が今も多い。

おそらく今年ノーベル化学賞を受賞した David Baker さんも、ノーベル賞で研究が加速したと言われる一人になると思う。今日紹介する Bakerさんの研究室からの論文は、10年以上にわたる蓄積の上に自然にはないタンパク質を設計し、それを組み合わせて5角形の面の周りに6角形の面が集まって形成された多面体がデザインでき、それをウイルスのように細胞内へ届けることができることを示した研究で、12月18日 Nature オンラインに掲載された。タイトルは「Four-component protein nanocages designed by programmed symmetry breaking(4コンポーネントからなるタンパク質ナノケージは対称性の破壊をプログラムすることでデザインできる)」だ。

Baker さんの論文は、それ以前の論文が頭に入っていないとわかりにくい。逆に言うと、それだけ多くの蓄積の上に新しい研究が可能になっている。この研究も10年以上にわたってウイルス粒子のようなタンパク質でできたケージを設計する研究に基づいている。このような高次構造形成できるタンパク質に学びながら、それに最適なタンパク質を設計する必要がある。先行する論文から、3本の手が出ている構造のタンパク質を単位としてできる5角形の面が集まった多面体構造に、少し構造が異なるがおなじように3本の手が出ている彼らが疑似対称性と呼ぶタンパク質を組み合わせると、5角形面の周りに6角形面が集まる形の多面体が形成されることを発見している。3本の手が出たブロックを使うことと、疑似対称ブロックを組み合わせる点がこれまでの Baker さんの研究から大きく進展した点だ。

先行研究では自然のタンパク質ベースにブロックを作っていたが、この研究では目的とする構造を実現できるタンパク質を設計している。このために、2年前に Science に Baker さんたちが報告したProteinMPNN と名付けられたタンパク質の構造要件を入れると、それを可能にするアミノ酸配列が出てくる AI モデルを使っている。言ってみればアルファフォールドの逆を可能にするモデルで、人工アミノ酸設計には必須のツールになる。

このように、この研究を可能にした蓄積の上に、数個の3本の手を持つタンパク質ブロックを設計し、大腸菌で発現させたタンパク質を混ぜ合わせたとき、期待通りの反応が進むかをクライオ電顕で確かめ、最終的に目的の20面体が形成できることを確認している。

最後にこうしてできた20面体が熱や pH の変化に抵抗性であることを確認した上で、細胞内に取り込まれるための分子を加えた構造を設計すると、ウイルスのようにほとんどのナノ粒子が細胞内に取り込まれていることを示している。

以上が結果で、ほしい構造からアミノ酸配列を設計し、またタンパク質ブロックが集まったときの構造を設計する新しいモデルを完成させ、ほぼウイルスと言っていいぐらいのナノケージを作るところまで可能になってしまった。生体投与は免疫の問題があると思うが、試験管内であればこれまでとは異なる分子導入ツールとして使えると思う。しかし、そんな応用より、新しいタンパク質を設計できることが感動的で、次はどんなタンパク質が生まれるのか待ち遠しい。

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12月21日 梅毒はアメリカで発生しコロンブス時代にヨーロッパに持ち込まれた(12月19日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月21日
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様々な歴史的疑問を古代 DNA 解析を通して明らかにする研究について何度も紹介してきたが、今日紹介するこの分野をリードするドイツ・ライプチヒのマックスプランク進化人類学研究所からの論文は、梅毒に罹患していた古代人から原因菌であるトレポネーマの DNA を分離し、梅毒がコロンブス時代にアメリカからヨーロッパに持ち込まれたという通説が正しいことを明らかにした研究で、11月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ancient genomes reveal a deep history of treponemal disease in the Americas(古代ゲノムによってトレポネーマによる病気のアメリカ大陸での歴史が明らかにされた)」だ。

この論文を読むまで、梅毒はコロンブスのアメリカ発見以降、船乗りによってアジア・ヨーロッパに持ち込まれたと思っていた。しかしこの通説に関しては様々な異論があったようだ。一つは、熱帯型のトレモポネーマ感染症が何種類も知られており、赤道近くで世界的に分布が見られ、しかもサルにも感染が確認されていることから、必ずしもアメリカ起原でなくても現在の梅毒を説明できるとする議論があったようだ。もしアメリカ起原だとすると、これら熱帯型トレポネーマについてコロンブス以前にアメリカで進化していたことを示す必要がある。他にも、中世に存在したとされる性感染する癩病の記録や古代人の病理学が主張するコロンブス以前にヨーロッパ人で見られた梅毒の可能性なども主張されていた面白い領域だったようだ。

現在では抗生物質のおかげで進行した梅毒を見ることはほとんどなくなったが、それ以前は出産時に感染していた子供だけでなく大人にも骨膜炎が見られたようだが、 この研究ではまずアメリカ大陸から発掘された骨格の標本から梅毒に特徴的な病変を示す骨を探し、最終的にメキシコ、チリ、ペルー、アルゼンチンから5体の梅毒感染したコロンブス以前の骨格を見つけている。

期待通りこの骨から抽出したゲノムには本人のゲノムの他にトレポネーマのゲノムも発見され、これを分析して当時感染していたトレポネーマのゲノムを再構成している。再構成したゲノムがホストと同じような経年変化を受けていること、またホストの正確な年代測定などを検証した後、この5種類のトレポネーマゲノムを、これまで世界で分離されていたトレポネーマゲノムと比較し、トレポネーマの系統樹を作成している。

詳細を省いて結論だけを、コロンブス以前を含め多くのトレポネーマ(熱帯型も含む)の進化史をたどると、9000年ほど前にトレポネーマとしてアメリカ大陸で枝分かれし、人間の感染症として多様化し、その中で熱帯型も形成されている。おそらく熱帯型は起原が異なるのではなく、同じトレポネーマが熱帯地域で特別な表現系をとると考えられる。そして、現在存在する様々なトレポネーマの系統は全てコロンブス以前の南米に存在し、今回解析された5種類のとレポネーマの多様性の枠内に収まる。

以上の結果から、コロンブス以前に梅毒はヨーロッパに存在せず、アメリカ大陸のエンデミックがコロンブス以降ヨーロッパに持ち込まれたと考えられると結論している。

おそらくこの研究所では、世界中から様々な歴史問題が持ち込まれ、その解明に取り組んでいるように思う。

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12月20日 気になる臨床研究 2: 細胞治療と CRISPR/Cas9 治療(12月17日 Cell Reports Medicine 掲載論文他)

2024年12月20日
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細胞移植は脊髄損傷の期待の治療と考えられてきたが、実際に人間への応用についての論文はあまり多くない。Clinical Trial Gov. を見ても現在まで36治験が登録されているだけで、そのほとんどは骨髄細胞や間葉系の幹細胞移植で、後は神経幹細胞が数件ある程度だ。神経幹細胞移植について発表された論文でもはっきりとした有効性が認められたケースは少ない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、神経幹細胞株を製品化し1年以上経過した慢性脊髄損傷の患者さんを対象として治療を推進している Ciacci グループの研究で、12月17日 Cell Reports Medicine に掲載された。タイトルは「慢性胸椎脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の第一相試験の安全性と効果」だ。

対象者は外傷性の慢性脊髄損傷で ASIA尺度A 、すなわち完全麻痺の患者さんで、2018年に移植が安全であることを報告した神経幹細胞株 NSI-566 を移植後、半年から2年経過した4人の患者さんの長期経過を報告している。

結果だが、一例が敗血症で亡くなっているが、移植との因果関係はなく、基本的には長期間安全性は保たれたという結論になる。

効果としての評価項目ごとに箇条書きにすると以下のようになる。

  1. アロディニアと呼ばれる痛み閾値の過敏症は2例で改善、2例は変化なし。
  2. MRI 検査でも異常増殖像、壊死像、炎症象は見られない。一方、テンソル法で調べた脊髄神経の走行は、安定はしているが移植の効果を示すようなリモデリングは起こっていない。
  3. 筋電図で筋収縮反応が2例で認められるようになっている。
  4. 自覚的、多角的な機能の回復が見られた。

で、少なくとも2例では明確な回復が見られている。この回復がどのような組織学的変化によるかは明確ではないが、症例数は少なくコントロールはないがこれまで見た中では幹細胞移植の効果を示す論文と言える。

次は遺伝性血管浮腫を CRISPR/Cas9 を使って治療する第2相の臨床治験で、アムステルダム大学のグループにより10月24日 The New England Journal of Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「CRISPRを用いる遺伝性血管浮腫の治療」だ。

CRISPR システムを用いる遺伝子治療は少しづつ進展しているが、これまでは変異遺伝子を対象にしていた。これに対し、この研究では遺伝性血管浮腫の原因遺伝子 SERPING1で はなく、この分子により活性化が抑制されているカリクレイン遺伝子をノックアウトする治療法だ。

SERPING1 に変異があると、プレカリクレインからカリクレインへの活性化を阻害できなくなり、活性化されたカリクレインが上昇、その結果ブラディキニンが活性化されてや凝固カスケードが活性化されることで、血管浮腫など様々な障害を起こる。従って、SERPING1 を対象にしなくても、カリクレイン遺伝子をノックアウトすると症状をとることができる。

この目的のため、カリクレイン遺伝子をノックアウトするガイド RNA とCas9mRNA をリピッドナノ粒子に詰めた NTLA-2002 が開発され、安全性を確かめる第1相治験は終了している。同じアイデアで RNAi 製剤なども開発されているが、遺伝子自体をノックアウトする CRISPR を用いることで治療を一度で済ますことができる。

完全な無作為化二重盲検治験で、コントロール6例、25mg10例、50mg11例、ナノ粒子を静脈投与して肝臓カリクレイン遺伝子をノックアウトしている。

治療は一回だけ行われ、症状と血中カリクレイン濃度で効果を確かめている。結果だが、2例で点滴中に気分が悪くなっているが、点滴を一時的に中断し、そのご終了後にしている。一例で GPT 上昇を見ているが、1ヶ月後に正常化している。

効果はてきめんで、自覚症状は全員で大きく改善している。また、血中カリクレイン濃度も、25mg投与で60%、50mg投与で85%低下し、このレベルが40週維持されている。 以上が結果で、CRISPRを用いた遺伝子治療が着々と進展していることが実感できる論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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