12月3日 気になった臨床研究論文4編(11月27日 JAMA オンライン掲載論文他)
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12月3日 気になった臨床研究論文4編(11月27日 JAMA オンライン掲載論文他)

2024年12月3日
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今日は最近気になった臨床研究をいくつか紹介する。

まずは、米国・サウスカロライナ大学から11月27日 JAMA に発表された論文で、25歳以下の女性の子宮頸がんの死亡率調べたものだ。米国では子宮頸がんワクチンが2006年に導入され、2022年以降12%づつ25歳以下の子宮頸がんの発生率が低下していることがすでに報告されている。この研究ではさらに死亡率について、ワクチンの効果が見られる以前からの推移を調べた研究になる。死亡率はワクチン接種が始まる前から、コンスタントに低下する傾向にあったが、2013年から急に大きな低下が見られ21年まで続いている。すなわちワクチン効果が10年以内に死亡率として明らかになっている。しかし米国でも Covid-19 パンデミックで接種率が2年間低下し、またその後も接種率の上昇が鈍いことから、この影響が2030年ぐらいから死亡率の上昇としてみられることが懸念される。

次の英国・University College Londonからの論文は、文献調査に基づいてアルツハイマー病 (AD) の Aβ に対する抗体治療を行った際の副作用として考えられる脳萎縮について議論した研究で The Lancet Neurology の10月号に発表された。結論的には、抗体治療で Aβ が除去率が高い薬剤ほど脳萎縮が認められるが、症状レベルでは臨床的に問題が起こっていないことを示している。特に効果が高い薬剤ほど全体が萎縮し、脳室が拡大することがわかる。従って、脳萎縮に関してはアミロイド除去による疑似萎縮と考え、副作用として捉える必要がないと結論している。メカニズムに関しては、蓄積された Aβ が除去される効果、アミロイドに対する炎症反応の低下、アミロイドによる脳の浮腫の軽減などが考えられるが、これについては病理解剖をベースにした詳しい研究が必要だと結論している。いずれにしても、長期にわたる追跡調査が必要だ。

3編目は、米国スタンフォード大学を中心とするグループが11月29日 Nature に発表した論文で、主に小児の脳幹部に起こるびまん性正中グリオーマお対する CAR-T 治療だ。この疾患は平均生存率が11ヶ月と極めて悪性の腫瘍で、ほとんど治療法がない。この中でヒストンH3 の変異が認められるグループは disialoganglioside (GD2) を強く発現しており、これを標的とした抗体を用いてキメラT細胞受容体を構築し、これを患者さんのT細胞に導入する CAR-T 治療を行っている。

リンパ球除去処理のあと、まず静脈注射を行い効果が見られるケースは、脳室内注射を繰り返す治療を行っている。基本的にはコントロールをとらない治験だが、2例は脳室内移植を受けずになくなっているが、残りの患者さんは1-3ヶ月ごとに注射を続けている。13人の患者さんのうち、4例では腫瘍の高度の縮小が見られ、20ヶ月以上の生存が可能になっている。そのうち一人は完全に腫瘍が消失し、あと3例でも縮小が見られている。症状レベルでは9例で改善が見られたことから成功と判断し、今後はリンパ球除去処理なしに最初から脳室内投与を行う新しい治験が進行しているようだ。副作用については、投与後全員に免疫反応による炎症が発生するが、これ自体は予測可能でコントロール可能であると結論している。しかし30ヶ月を超えて生存している2人以外は亡くなっており、この差の理由の検討も今後の課題だと思う。

最後は筋肉に浸潤した膀胱ガンに対する腫瘍溶解性ウイルスと免疫チェックポイント治療の組み合わせの第一相治験で、11月9日 Nature Medicine にオンライン掲載された。

これは Rb1 シグナルの機能異常が見られる腫瘍でのみ増殖できるアデノウイルスに、GM-CSF遺伝子を組み込んで、腫瘍を溶解しながら局所的にガンに対する免疫を高め、さらに抗PD-1抗体で免疫機能を高め、腫瘍溶解によるガン抗原を用いてガン特異的免疫を高める治療だ。これを手術前に行っており、手術後免疫機能を高めることができたか組織学的に調べることができる。

面白いのは治療法で、膀胱内にウイルスを詰めた溶液を注入し、1時間排尿を抑制して膀胱内でウイルスを感染させている。第一相試験なので副作用に重点が置かれているが、21人中17人がプレアジュバント治療を終えている。効果だが、治療を中断した3例に加えて、2例が途中で死亡、最終的に17例が手術まで進んでいる。

組織的には T細胞の浸潤が広く認められ、これが腫瘍縮小と強く相関している。さらに免疫効果の指標となる、ガン組織内に形成されるリンパ節用構造も得られることから、進行したシスプラチンに反応性がない膀胱ガンの治療として可能性が高い。

以上のように、腫瘍溶解だけで腫瘍を制御するのではなく、抗原を湧出させて免疫反応を誘導する方法は今後も期待できる。










































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最後は筋肉に浸潤した膀胱ガンに対する腫瘍溶解性ウイルスと免疫チェックポイント治療の組み合わせの第一相治験で、119Nature Medicineにオンライン掲載された。 これはRb1シグナルの機能異常が見られる腫瘍でのみ増殖できるアデノウイルスに、GM-CSF遺伝子を組み込んで、腫瘍を溶解しながら局所的にガンに対する免疫を高め、さらに抗PD-1抗体で免疫機能を高め、腫瘍溶解によるガン抗原を用いてガン特異的免疫を高める治療だ。これを手術前に行っており、手術後免疫機能を高めることができたか組織学的に調べることができる。 面白いのは治療法で、膀胱内にウイルスを詰めた溶液を注入し、1時間排尿を抑制して膀胱内でウイルスを感染させている。第一相試験なので副作用に重点が置かれているが、20人中17人がプレアジュバント治療を終えている。効果だが、治療を中断した3例に加えて、2例が途中で死亡、最終的に17例が手術まで進んでいる。 組織的にはT細胞の浸潤が広く認められ、これが腫瘍縮小と強く相関している。さらに免疫効果の指標となる、ガン組織内に形成されるリンパ節用構造も得られることから、進行したシスプラチンに反応性がない膀胱ガンの治療として可能性が高い。 以上のように、腫瘍溶解だけで腫瘍を制御するのではなく、抗原を湧出させて免疫反応を誘導する方法は今後も期待できる。

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12月2日 Proteolethargy : 細胞内でタンパク質の動きが鈍る(11月27日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月2日
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Richard Young はエピジェネティックス、すなわち遺伝子発現の調節研究領域の大御所で、このブログでもすでに8編の論文を紹介している。各論文にはいつも新しい視点や方法が示され、どうしても紹介したくなる。個人的には、2011年3月神戸のCDBシンポジウムを開催したとき、東日本大震災の3日後の開催で多くの講演者のキャンセルが出たにもかかわらず、参加してくれたのを感謝している。

今日紹介するのはこの Young 研究室からの新しい論文だが、なんと遺伝子発現とは全く関係のない分野で、しかも Proteolethargy (タンパク質沈滞)という言葉まで作って、細胞内のタンパク質の運動と慢性病との関係を考えた研究で、おそらく相分離や転写に必要なタンパク質の動態を研究する中で見つけた問題をまとめたのだと思うが、タイトルを見て一瞬 Young の大変身かと錯覚した論文だった。タイトルは「Proteolethargy is a pathogenic mechanism in chronic disease(タンパク質沈滞は慢性病の病因の一つ)」で、11月27日 Cell にオンライン掲載された。

研究では核内の様々な機能に関わる4種類のタンパク質と細胞膜タンパク質に蛍光タグをつけ、こうして発現した細胞内のタンパク質の一分子を高感度顕微鏡を用いて追いかけている。高感度顕微鏡で一分子をキャッチできるのはわかるが、多くの分子の存在する中で追跡する方法の詳細については完全に理解できたわけではない。この方法に蛍光をブリーチした細胞領域に蛍光が回復する時間も細胞内分子運動の指標として用いている。

結果だが、選んだ5種類のタンパク質の全てで、single molecule tracking (SMT) が可能で、この運動が高濃度のインシュリンに細胞が晒されることで20%程度低下することを示している。ここでは、高カロリー食でインシュリン抵抗性が発生した状態を想定し慢性病の一つとして考えているが、次は様々なストレスで起こる活性酸素発生が高まった状況を慢性病の細胞状態として調べ、選んだ全てのタンパク質の細胞内運動が低下していることを発見し、この状態を Proteolethargy と名付けている。

次に Proteolethargy の原因の探索に移っているが、活性酸素上昇で発生することをヒントに、おそらく分子表面に存在するシステインが S-S 結合することでタンパク質同士がつながってしまい、動きが低下するのではと仮説を立て、表面にシステインが存在しないタンパク質の動きを同じように追跡すると動きは低下しないことを発見する。

そこで、システインが5個つながったタンパク質の動きを検出するシステムを作成し、感度を高めた上で高グルコース、高脂肪、炎症、DNA損傷、そして自然免疫刺激など慢性病の一般的原因と考えられている刺激を加えてタンパク質の動きを調べると、全ての条件で Proteolethargy が発生していることを確認している。

これらの条件の多くで活性酸素が発生しており、さらに活性酸素を除去する処理を行うと Proteolethargy が改善するので、Proteolethargy は細胞内活性酸素上昇が主要因であると結論している。

以上が結果で、まとめると様々な慢性病では細胞内活性酸素が上昇し、これがシステインを分子表面に露出しているタンパク質同士の結合を促し、細胞内でのタンパク質の運動を低下させる。この結果、分子間相互作用の頻度が抑えられ、非特異的に細胞全体の様々な活性が低下し、病気になるというシナリオだ。

おそらく、核内での分子同士の集合解離を正確に調べているうちに発想した研究で、Young の大変身ではないだろうが、活性酸素上昇という周知の話に違う視点を与えたさすがのまとめ方と感心した。

余談になるが、イタリアの大作曲家ベルディは生涯悲劇を中心としたオペラを書き続けたあと、最後に喜劇「ファルスタッフ」を作曲するが、この論文を読んでファルスタッフを思い浮かべた。

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12月1日 13線地リスが冬眠中に渇きを感じない理由(11月29日 Science 掲載論文)

2024年12月1日
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冬眠中は体温が0度に近づく Thirteen-line ground squirrels (13線地リス:GS)の冬眠についてはかなり研究されているようで、2018年には iPS細胞を作成して、細胞レベルで低温でも細胞内の微小管が崩壊しない理由について調べた素晴らしい研究をこのブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8240)。これに限らず、何ヶ月もの長い冬を、飲まず食わずで、しかも運動なしに過ごすためには様々なメカニズムを進化させることが必要になる。

今日紹介するイェール大学からの論文は、冬眠中に一時覚醒するGSが、覚醒中の欲望、特に渇きにより水を飲む本能的行動をどう抑制しているのか調べた研究で、11月29日 Science に掲載された。タイトルは「Suppression of neurons in circumventricular organs enables months-long survival without water in thirteen-lined ground squirrels(脳室周囲の神経を抑制することで13線地リスは水なしで何ヶ月も生きることができる)」だ。

クマの冬眠は浅い眠りと言われているが、起きることはなく、ずっと飲まず食わずで寝ている。しかしGSは深い眠りだが、たまに覚醒するらしい。以前紹介したように、体温が極端に低下しているのに覚醒できるのかも気になるが、覚醒時欲望が生じると水バランスなどは危険域に達してしまう可能性があり、渇きを抑えて摂水行動を抑えることが重要になる。

この研究グループは、GSの冬眠中の摂水行動に焦点を絞って研究を続けているようで、GSが長い冬眠中にもほとんど血液の浸透圧は変化せず、低浸透圧による渇き刺激は起こらないことを示している。しかし、体温が低くても生きていれば代謝は起こるので、供給がないと体液量が減るはずで、体液料低下を感知するアンジオテンシンとアルドステロンが2倍になっている。にもかかわらず、一時的覚醒時通常なら摂取しない濃い食塩をなめるのに、水を摂取する行動は全く起こらない。不思議なのは NaCl には反応するのに KCl には反応しない点で、よくできていると思うが、このメカニズムも是非知りたいところで、冬眠にはまだまだ面白い課題があることを示している。

とすると、摂水中枢でのアンジオテンシンに対する反応性が低下していると考えられるので、脳室周囲にある摂水中枢のアンジオテンシンに対する反応を調べ、

  1. 一時覚醒時にはアンジオテンシンやアルドステロンは中枢の反応性細胞まで届いている。
  2. カルシウムイメージングで調べるアンジオテンシンに対する反応は、正常でも一時覚醒時でも変わりはない。
  3. ただ、カリウムに対する反応は低下している。

以上、一時覚醒中はアンジオテンシンに対する神経反応は起こるが、神経自体は何らかの抑制を受けている。

そこで、アンジオテンシンで刺激したときの神経の反応を Fos の発現で調べると、3Mの食塩を注射して渇きに反応する神経の興奮を調べると、強く抑制を受けていることがわかる。このため、渇きが抑制され、摂水が起こらないことになる。

最後に、神経細胞レベルでこのメカニズムを探ると、神経細胞レベルで興奮は強く抑制され、強く分極しているため、刺激に対する反応が抑えられていることがわかった。抑制神経の刺激を受けるGABA受容体の数も上昇しており、抑制神経がこの原因であることはわかる。

以上が結果で、なぜ抑制神経に対する感受性が上昇するのかのメカニズムについては明らかでないが、冬眠中のリスは一時覚醒しても水を欲しないのは、摂水中枢が働かないよう抑制されているからだというのが結論になる。結局単純な話になってしまっており、本当のメカニズムの解明はまだまだだ。

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11月30日 乳ガンの CDK4/6 阻害剤治療の再検討(11月27日 Nature オンライン掲載論文)

2024年11月30日
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最近 Nature がカバーする領域が大きく広がっていると思う。AI 論文の増加は納得で、いち早く時代を先取りしていると思うが、人間についての様々な研究分野も広く取り上げられるようになっている。

しかし今日紹介するオランダ癌研究所からの論文が Nature に掲載されたのを見て正直驚いた。論文はすでに乳ガンで広く使われるようになった CDK4/6 阻害剤の使用法を見直す医師主導の臨床試験だ。もちろんこれまでも Nature は多くの臨床治験論文を掲載しているが、この研究のように progression free survival だけで、メカニズムなどに全く触れていない論文は珍しいのではないかと選んだ。タイトルは「Early versus deferred use of CDK4/6 inhibitors in advanced breast cancer(進行乳ガンに対するCDK4/6 阻害剤は最初から使う方がいいのか、遅らせるのがいいのか)」で、11月27日オンライン掲載された。

HER2 陰性、ホルモン受容体陽性乳ガンの再発進行例に CDK4/6 が延命効果を持つことが示されたのは2020年で、その何種類もの薬剤が上市され、我が国でも広く臨床に使われるようになっている。このタイプの乳ガンの再発は、通常のエストロジェン拮抗阻害剤の効果がなくなったことを示しており、CDK4/6 阻害剤前には、エストロジェン合成を完全に阻害するアロマターゼ阻害剤と、エストロジェン受容体を分解するフルベストランが使われていた。2020年の治験では CDK4/6 阻害剤とフルベストランとの併用で効果が示されている。

CDK4/6 の効果について同様に認めているこの論文をなぜ Nature が今頃掲載したのか。おそらく、私たち医師の心理の盲点を突く重要な研究だと判断したからだろう。我々医師はいい薬はできるだけ早く使いたいと思う。ただ、乳ガンのように CDK4/6 阻害剤に加えて、アロマターゼ阻害剤 (AI) 、フルベストラン、さらに最近では PI3K 阻害剤や、PPARγ 阻害剤まで組み合わせる薬剤が多い場合、その選択は難しい。

この研究では、それまで行われてきた標準の乳ガン治療の有効性が消失したケースで、CDK4/6 の使用が推奨される場合、まずアロマターゼ阻害剤とCDK4/6阻害剤を組み合わせて治療を始め、これが効かなくなったあと、フルベストランにスイッチするのか、あるいはまず AI でスタートして、ガンの進行を止められない場合、フルベストランに CDK4/6 阻害剤を組み合わせるのかの2種類のプロトコルを比べている。

病気の進行によって組み合わせをスイッチするというフレキシブルな治験で、現在のレギュレーションでは実行しにくい治験プロトコルを選んでいることがまず評価されている。そして何よりも、CDK4/6 阻害剤というメカニズムの違う薬剤は早く使いたいという医師の先入観が正しいかどうか調べた点が最も重要だろう。

結果は、最初から AI+CDK4/6 阻害剤で初め、効かなくなったらフルベストランに代えるプロトコルも、まず AI だけで様子を見て、効かなくなったら CDK4/6 にフルベストランを組み合わせるプロトコルでも、progression free survival にほとんど変化がない。また統計的に、あとから CDK4/6 阻害剤を加えるプロトコルが劣っているという証拠も得られないことがわかった。

また、聞き取り調査による生活の質の違いもなく、さらに副作用でも差はない。そして一番大きな差はコストで、最終アウトカムを調べた時点まで、治療コストは最初から使った場合の47000ユーロに対し、あとから加える場合20881ユーロでとどまり、2倍以上の差になっている。

結果は以上で、医学の研究としては Nature が掲載したのに違和感を感じる。他にも比べるべきプロトコルはなかったのか、さらには新しい薬剤が次々と開発されている乳ガン領域で、薬剤使用は様子を見ながらという結論は、混乱を招くのではないかと思う。しかし、医師や研究者の心理の盲点を突くという点と、社会的コストもいれた持続可能な医療などの観点からは、Nature が取り組んでいる新しい分野と直結しており、掲載されたのも納得できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月29日 恐竜の進化を糞石から探る(11月27日 Nature オンライン掲載論文)

2024年11月29日
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どの国の自然博物館に行っても恐竜は子供たちに大人気だが、自分の学生時代を振り返ると、恐竜にはまっていた友人というのはいなかったしそれほど話題にもならなかった。要するに、恐竜について様々な場所で学べるようになったということだが、恐竜についての知識の完全欠落を今日論文を読んでいて思い知らされた。

今日紹介するスウェーデン・ウプサラ大学からの論文は、Polish Basin と呼ばれるヨーロッパ地核帯の東端から出土する三畳紀からジュラ紀にかけての古生物及びその糞の化石から当時の食物連鎖を調べ、私でも知っている T-rex などの大型獣脚類の進化のあとをたどろうとした研究で11月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Digestive contents and food webs record the advent of dinosaur supremacy(消化内容物と食連鎖の記録から恐竜の繁栄の始まりがわかる)」だ。

この論文に出てくる古生物の名前についてほとんど知らないので読むのが大変な論文だ。まず登場した主な生物をリストすると、saurischian (竜盤類) 、ornithischian (鳥盤類) 、temnospondyli (分椎目) 、therapsids (獣弓類) 、archosauromorphs (主竜形類) 、dinosauriform (恐竜形類)、silesaurids(シレサウルス)、sauropodomorphs (竜脚形亜目) 、sarcopterygians (肉鰭類) 、phytosaurs (植竜類)、dicynodonts (ディキノドン)、aetosaur (鷲竜類) 、rauisuchian (ラウイスクス類) 、lisowcia (リソウィキア) 、eucynodont (ユーキノドン) 、pseudosuchian (偽鰐類) 、polonosuchus (ポロノスクス) 、stagonolepis(スタゴノレピス)、そしてbatrachopus (バトラコプス) だ。

今の恐竜少年なら全て知っているのかもしれないが、ともかく文字として現れるとちんぷんかんぷんで大変だ。そして、これらがポーランドで全て出土し、三畳紀からジュラ紀にかけて主が変化する。この大きな変化は、大陸プレートの移動に従い最初極めて乾燥していた三畳紀が中期を超すと徐々に湿度の高い亜熱帯型気候へと変化すること、そして Central Atlantic Magmatic Province と呼ばれるヨーロッパ大火山運動による溶岩でこの地域が埋め尽くされ、生物が絶滅するという歴史を経ていることで、恐竜が生まれてくる進化のダイナミズムが秘められている点だ。

この研究の特徴は、このダイナミズムを糞が化石化した糞石をシンクロトロンなど最新の機器を用いて分析し、そこに見られる恐竜の食生活を再構成することで大型恐竜への進化過程を調べている点で、恐竜の骨格だけを追跡する研究とはひと味違った面白さがある。

まず糞石をここまで精密に調べることができることに驚く。オープンアクセスなので是非論文を見てほしいが便の中に存在する植物、動物や魚の骨、昆虫など驚くほど生々しく見ることができる(https://www.nature.com/articles/s41586-024-08265-4/figures/2)。また、糞石の形やサイズからそれを排出した恐竜まで推定できる。実に小さな糞から大きな糞、さらには長い糞からとぐろを巻いている糞まで存在し、本当に面白そうな分野だ。

こうして食べていたものを調べることで、最初植物を食べていた恐竜を除くとほとんどは昆虫と魚を中心に食べているが、それぞれの時代食連鎖の頂点に立っていた恐竜を特定できる。三畳紀初期ではラウイスクス類、そして中期では恐竜形類と呼ばれるジュラ紀の竜脚類にもっとも近縁な恐竜、そしてジュラ紀は T-rex などの大型の竜脚類になる。

そして、この大型化の最も大きな原因になったのが亜熱帯気候への変化と、その間一度多くの動植物が絶滅した火山運動で、新たな植物が大繁殖し、それにより菜食の恐竜の多様化と大型化が進んだと結論している。

以上読むのに苦労したが、糞石研究の重要性を初めて認識できた面白い研究だ。最後に食物連鎖と進化の過程が図で提示されているのでそれを引用しておくので、是非眺めてほしい。(https://www.nature.com/articles/s41586-024-08265-4/figures/3

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11月28日 ガン細胞の薬剤耐性の複雑な仕組み(11月20日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年11月28日
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進行した胃ガンの標準化学療法でいくつかの薬剤が組み合わされるが、必ず DNA 合成や RNA 合成阻害活性がある 5FU が含まれている。今日紹介する中国広州にある中山大学からの論文は、5FU 耐性メカニズムを追求する中で、相分離からオートファジーまで動員してガンが 5FU 抵抗性を獲得している複雑なメカニズムを明らかにした研究で、11月20日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「NIT2 dampens BRD1 phase separation and restrains oxidative phosphorylation to enhance chemosensitivity in gastric cancer(NIT2 は BRD1 相分離を低下させ酸化的リン酸化を抑制し胃ガンの化学療法感受性を高める)」だ。

この研究では 5FU 処理に抵抗性が発生する遺伝子を CRISPR スクリーニングで調べ、NIT2 と呼ばれるグルタミンが αケト酸と結合した αケトグルタメートをアンモニアとケトグルタレートに分解するアミダーゼの一つが欠損すると 5FU 抵抗性が高まることを発見する。また、NIT2 の発現を挙げてやると最終的にミトコンドリアの酸化的リン酸化が抑制され5FU感受性になることから、当然代謝の問題化と研究が始まっている。実際、NIT2 が欠損する最終的な効果はミトコンドリアの酸化的リン酸化の上昇なので、メトフォルミンを投与すれば 5FU 耐性を抑えることができる。また、メトフォルミンと 5FU の併用はすでにガンで使われているので、臨床的に見るとこの研究はこれ以上のメッセージはない。

しかし、なぜ NIT2 により酸化的リン酸化が抑えられるのかについての追求は、極めて複雑だが面白い。

まず、NIT2 の 5FU 感受性上昇メカニズムに、NIT2 のアミダーゼ活性は必要ないことを、活性部位を変異させた実験で明らかにする。そして、NIT2 の作用はヒストン修飾複合体に関わる重要分子 BRD1 と結合して本来 BRD1 と他の分子により転写部位に形成される HBO1 複合体との相分離を妨げ、アセチル H3 ヒストンが低下することがわかった。少しわかりにくいと思うが、H3K14ac が酸化的リン酸化酵素の発現を維持しており、これを維持する HBO1 複合体は BRD1 と一緒に相分離を起こして機能しているが、NIT2 が結合するとこの相分離が壊れ、HBO1 の機能が低下する。

このスキームでは、NIT2 の量が少ないと、BRD1/HBO1 の相分離は維持され、代謝が活性化することで5FU の効果が低下することになるが、実際のガンで調べると NIT2 の発現の低いガンは 5FU 治療に抵抗して予後が悪い。面白いのは、NIT2 の発現だけでなく、5FU 処理でガンにストレスがかかると、src 分子が活性化して NIT2 をリン酸化し、これによって BRD1 との結合が抑制されることも示されている。すなわち、ストレスを感知した src が NIT2 リン酸化して BRD1 との結合を止めることで、酸化的リン酸化を高めて抗ガン剤から逃れるメカニズムがある。

さらに複雑なことに、NIT2がHBO1に結合することで、そのコンポーネントであるユビキチン化酵素ING4が抑制されると、ついでにNFκBコンポーネントのRELAの分解が低下し、NFκB 転写活性が高まる。すなわち、5FU により起こるリン酸化で NIT2 が HBO1 から離れることで、RELA の分解が早まり NFκB 活性が上がることもガンを助けているようだ。

最後に、NIT2 がオートファジー経路を使って分解されることまで示しているが、詳細は割愛する。

以上、NIT2 による 5FU 感受性の上昇は極めて複雑な機構で、ヒストンのアセチル化制御と NFκB 制御に関わり、NIT2 が核内での HBO1 複合体の相分離を RBD1 と結合することで調節するという本当にややこしい機構だ。

この最終結果が酸化的リン酸化なら現在進んでいるメトフォルミン治験で十分だが、もう一つ RBD を介する相分離調節は重要なターゲットになる可能性がある。

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11月27日 アミラーゼ遺伝子の正確な構造解析に基づく進化過程解読(11月22日 Science 掲載論文)

2024年11月27日
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アミラーゼはデンプンを分解する酵素で、膵臓や唾液腺から分泌される。AMY2A、AMY3Bha は膵臓で主に発現し、AMY1 は唾液腺で発現するが、全て 100Kb から 400kb とサイズが人によって異なる AMY 領域に存在している。このサイズの違いからわかるように、それぞれの遺伝子は歴史的に重複を繰り返した結果、最も複雑な構造が形成された。このため、通常のゲノム解析では人間の多様性を完全に把握することが難しい。

今年の9月、この問題を Long read のシークエンサーを使って調べ、アミラーゼ遺伝子コピー数は農耕によりデンプン消費が上昇するとともに増えることを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/25169)。

今日紹介するジャクソン研究所からの論文は、実際に AMY 遺伝子領域はさらに複雑で、重複はここの遺伝子レベルで起こるのではなく、特定の領域の組み替えで重複、欠失が起こること、そしてサルから現存の人間までの進化を明らかにした研究で、11月22日 Science に掲載された。タイトルは「Reconstruction of the human amylase locus reveals ancient duplications seeding modern-day variation(ヒトアミラーゼ遺伝子領域を再構成することで古代に起こった重複が現在の人間に広がった歴史がわかる)」だ。

9月にカリフォルニア大学バークレイ校から発表された論文と比べながら今回の論文を見てみると、30近いハプロタイプの特定についてはほぼ一致している。ただ、重複があると各遺伝子の突然変異の解析が難しくなるという問題を解決して、3種類の AMY 遺伝子がどう分かれてさらに重複してきたかについて詳しく解析できている点で、この研究は深さがある。

この解析の上にそれぞれのハプロタイプの分布として遺伝子進化を見せている点も重複遺伝子数だけで示した以前の論文よりわかりやすい。

そして何よりも、重複のメカニズムとして個別の遺伝子が重複するのではなく、領域間での組み替えにより片方の染色体は欠失もう片方は重複するという変異タイプと小さな相同部位をベースにした相同組み換えの2種類が組み合わさって、現在の多様性が形成されることを見事に示している。

これらの解析をベースに、最後に人間進化とアミラーゼ遺伝子を重ねて見えてきたシナリオは、やはり前の論文とは異なっている。まず農耕以前、ネアンデルタール人とホモサピエンスが別れる前にアミラーゼ遺伝子の重複は起こっている。おそらく、火を使う調理や甘い植物を食べる習慣が生まれたことによると考えられる。

その後ホモサピエンスで現在の AMY 領域の構造が完成すると、農耕の始まりとともに遺伝子重複が進む。すなわち、現在のトルコで始まったアナトリア人で最も多くのコピー数が見られ、これがヨーロッパに談判していくことでヨーロッパでのコピー数や多様性が増加する。面白いのは、狩猟採取民と分類される古代人でも重複数などの多様性が大きいことで、すでにデンプン消費の影響がはっきり見られる。

以上が結果で、今回の論文はカリフォルニア大学の論文とはかなり異なるシナリオを示しており、この領域の解析の難しさを物語っている。いずれにせよ、世界中でこれだけ多様性があるとすると、それぞれの文化とアミラーゼ遺伝子を重ね合わせることの重要性がよくわかる論文だ。

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11月26日 腸を知らずに腸内細菌叢がわかるわけがない(11月20日 Nature オンライン掲載論文)

2024年11月26日
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腸内細菌叢の研究というと便の細菌叢の現象学に限られていることが多いが、例えば草食動物と肉食動物では腸の長さや構造が違っており、これが細菌叢との相互作用に重要であることを考えると、腸を知らずして細菌叢について議論などできるはずがない。しかし、このようにホストと細菌叢を総合的にアプローチする研究グループはそう多くない。

今日紹介するBroad InstituteのXavier研究室からの論文は、まず腸の構成をしっかり見直した上で細菌叢の影響がどのようにホストに及ぶのかを調べるためのプラットフォームを構築した素晴らしい研究で、11月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Spatially restricted immune and microbiotadriven adaptation of the gut(局所的に制限された免疫システムと細菌叢により誘導される腸の適応)」だ。

このグループの研究は何度も紹介してきたが、常にホストと細菌叢を統合的に考えるという点ではダントツのグループだと評価している。ただ、これまではホストと言いつつ一部の細胞にとどまっていた。この研究では、まず十二指腸から直腸まで、マウスの腸組織を高解像度で網羅的遺伝子発現解析を行い、腸の各領域を特徴付ける遺伝子を特定し、様々な外的要因による腸自体の変化を調べる基盤を作っている。

発生学、組織学で当然このような研究が進んでいてもいいはずだが、これほど包括的な解析はほとんど行われていなかったようで、実際示された遺伝子発現、また各領域の特異性だけでなく領域を超えて発現が見られる遺伝子などを詳しく調べることで、腸についての理解がまだまだ進展するような予感がする。

研究では、この領域を特徴付ける遺伝子発現が、概日周期や細菌叢によりどこまで変化するのか調べている。まず、我々の腸は概日周期に強く影響されるものの、ここで示された遺伝子発現パターンはほとんど影響を受けない。すなわち、腸各領域のアイデンティティーにつながる。

次に無菌マウスと SPF での遺伝子発現パターンを比べることで、細菌叢のホストの影響を調べている。驚くことに、ほとんどのアイデンティティー遺伝子発現は細菌叢が加わっても安定性を示している。これは当然で、だからこそあれほど多くの細菌をお腹の中に抱えても問題が起こらない。

それでもよく調べると細菌叢によって変化する遺伝子発現は確かにある。そして変化が見られるのはほぼ中腸部位に限られている。しかも変化する遺伝子は一部の転写因子の発現の変化によりコントロールされている。そして、腸の上皮細胞、線維芽細胞、ゴブレット細胞などを巻き込んだ変化が中腸部で起こっている。

このとき、ホストの細胞と細菌叢を媒介する細胞を免疫系の中に探すと、自然免疫リンパ球 ILC2 が、数は変化しないまま細菌叢により遺伝子発現が変化して IL-25 や IL-33 などを介してゴブレット細胞を中心に腸の細胞を細菌叢に適応させていることが明らかになった。

他にも炎症に対する抵抗性も含め極めて詳細な検討が行われているが、全て詳細は割愛した。要するに、腸の各部のアイデンティティーは安定に守られているが、中腸部では細菌叢に直接反応して適応する細胞のネットワークが存在することがわかる。まとめてしまうと結果は簡単に見えるが、これからまだまだ話が続く予感がする優れた研究だ。まず中腸部の発達期の変化は面白そうだし、迷走神経の関与も知りたい。いずれにせよ、土台ができるということが研究の進展にいかに大事かがよくわかる研究で、勉強した気分になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月25日 健康女性の乳腺上皮細胞に見られるAneuploid (染色体の数の変化)(11月20日 Nature オンライン掲載論文)

2024年11月25日
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女性の乳腺は周期的に女性ホルモンで刺激を受け続ける。思春期から乳腺が増大すると、ヒトによっては Kg レベルに達する乳房が形成され、さらに出産を経験するとミルクを作るため大量の転写が起こることを考えると腫瘍に匹敵する増殖力を発揮していることになる。

その結果、正常の乳腺細胞でも様々な遺伝子変異が起こっていることは、京大の小川誠司さんのグループにより昨年8月 Nature に報告されており(https://www.nature.com/articles/s41586-023-06333-9)、また乳ガンの遺伝子増幅のスイッチが正常乳腺の段階から入ることを示したハーバード大学の研究をこのブログでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22131)。

今日紹介するテキサス MD アンダーソン ガン研究所からの論文は、発達しすぎた乳房を小さくする手術で得られた正常乳腺細胞に絞って単一細胞レベルで aneuploid と呼ばれる染色体の数の変化(増えたり減ったりすること)を調べ、正常細胞のかなりの割合で Aneuploid 細胞が観察されることを調べた研究で、11月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Normal breast tissues harbour rare populations of aneuploid epithelial cells(正常の乳房組織には低い頻度だが aneuploid 上皮細胞が存在している)」だ。

乳房縮小手術を希望されたということで、発達のいい女性に限られる話の可能性もあるが、小川さんの正常乳腺の仕事から考えても、一般化できる話だと考えている。研究では乳腺上皮を精製したあと、single cell レベルでゲノム解析を行い、染色体の大きな領域の欠失や重複が発生していないかを調べている。また平行して、染色体の構造を調べる Atac-seq 解析も行い、3種類存在するどの上皮細胞で変異が見られるのか、さらには組織上でどこにその変異が存在するのかを調べる in situ hybridizatio も組み合わせて調べている。

まず49人から採取した83260個の上皮細胞のゲノムを調べ、なんと平均3.19%の細胞が何らかの aneuploidy を示すことを確認している。ただ詳しく見ていくと、chr1q 重複、chrS欠損、chr16欠損、chr22欠損、chr3欠損、chr6q重複、chr16q欠失が順番に多い異常で、決してランダムに起こっているわけではない。

そしてこれら異常の結果が細胞の増殖に影響があるかを平ベルト、chr1 重複、chr10q、chr16、chr22欠損は細胞増殖力が城主しているが、他の aneuploidy はほとんど増殖に影響がないことがわかる。すなわち、増殖力が高まった aneuploid cell が選択され、割合が増加することがわかる。一方、X染色体欠損は2番目に多い aneuploidy だが、ほとんど増殖性に変化が認められない。従って、変異の頻度は最も高いといえる。これは当然のことで、元々X染色体は片方が不活性化されているため欠失しやすい。また、検出される aneuploidyは10q というように染色体の一部の aneuploidy でXだけ全体の aneuploidy が見られる。

以上をまとめると、正常乳腺細胞ではかなりの割合で aneuploidy が起こっており、その中の一部では増殖優位性獲得が起こった結果、細胞が増殖し、anueploidy の比率を上げていることになる。とすると、この aneuploidy とガンとの関わりが考えられるが、実際 chr1 重複では MCL1 や MDM4 などの発ガンに関わる遺伝子が増加し、また chr16、chr22欠損ではカドヘリンや NF2 などの重要遺伝子が欠損し、実際エストロジェン反応性の乳ガンでも広く認められる。また、複数の変異が合わさって最終的にガンが発生しているケースも認められる。

面白いのはそれぞれの aneuploidy が起こっている乳腺上皮の種類が異なることで、Atac-seq と組み合わせて変異と細胞の種類を対応させると、chr1q 重複は3種類の上皮で起こっているのが観察できるが、例えば chr10q 欠損は PTEN 遺伝子欠損につながり、管腔型の上皮だけに見られる。一方、chr3p は基底細胞型の上皮に見られる。この違いはガンへと発展しても共通で、このことから基底細胞型と管腔型の乳ガンは別の細胞から発生する確率が高いと言える。また、上皮型細胞での aneuploidy は、エストロジェン受容体陰性の乳ガンで頻度が上がっていることから、正常細胞での aneuploidy がガンのタイプに強い影響を持つ可能性を示唆している。

以上が結果で、ガンが発生するずっと前から、女性がその性ともいえるリスクを背負っているのを知ると、乳ガンを早期発見し、一人でも死亡者を減らすことが社会全体の課題であることがよくわかる。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日 チンパンジーにも見られる文化の継承と展開(11月22日 Science 掲載論文)

2024年11月24日
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多くの動物で道具の使用が確認されており、例えばカラスのように枝を用いて穴の中の虫を引き出す行動のようにグループの中で世代を超えて共有されているように見える場合も存在するが、学習した文化をさらに新しく発展させるのは人間だけだとされてきた。

今日紹介するスイス・チューリッヒ大学と英国 St.Andrews 大学からの論文は、アフリカ西部から中部、別々のグループを形成して生息しているチンパンジーが発達させた様々な道具使用の伝承と発展をゲノムから推察されるグループ間の系統関係とを対比させ、チンパンジーの歴史の中で文化が継承され発展することがあることを明らかにした研究で、11月22日 Science に掲載された。タイトルは「Population connectivity shapes the distribution and complexity of chimpanzee cumulative culture(集団同士の関係性がチンパンジーの文化の分布と複雑性を決めている)」だ。

この研究では個体から抜け落ちた毛を用いて828個体のゲノムを解読し、集団が分離してからの血縁関係(先祖共有の程度)を調べることで、通常は調べることが難しいチンパンジーの歴史を文化の継承に重ねることができる点だ。

まずそれぞれの集団に見られる採取行動を、道具不使用、簡単な道具仕使用(枝で土を掘る)、複雑な道具使用(クルミを割ったり、枝を使って蜂蜜を取り出す)などに分類し、特定の行動が集団間で共有されているとき、その集団間のゲノム関係を調べ、特定の行動を始めた先祖の共有性を調べている。

結果は驚くべきもので、道具を使わない行動や、簡単な道具を使う行動を共有する集団では、先祖の共有性、すなわち血縁をほとんど認めることができない。ところが複雑な道具使用を共有している集団間には明確に血縁関係が認められる。個々で血縁関係というのは我々が想像する近い関係ではなく、15000年という単位で道具使用が始まってから集団に分かれて現在までその文化を維持しているというスケールの話だ。

さらに面白いのは、最初地下から蜂蜜を取り出すための道具使用がそれを継承した他の集団でシロアリを引っ張り出す道具へと発展した歴史を、5000年の間に起こった集団の分離と移動の歴史として再構成できることだ。

以上が結果で、単純な道具使用はそれぞれの集団で何度も新たに発生することから、その維持に血縁を通した継承は必要ないが、複雑な道具使用は極めてまれにしか起こらず、それを何千年もに渡って近縁間での学習を通して継承されていることがわかる。

そして、また一部の集団では、一つの道具使用から他の使用法が新たに発展することがあり、それも同じように継承されるという歴史をゲノムから描くことができる。すなわち、たまたま発見した技術を継承し発展させる能力がチンパンジーにも存在することが明らかになった。

これまで道具使用だけを見てチンパンジーの能力を研究されてきたが、これにゲノムから算定される歴史を重ねると、その進展が想像以上にゆっくりしているのに驚く。人間の狩猟採取民間の交流と比べると、チンパンジーの集団間の交流がほとんどないことも重要な要因と考えられるが、まだまだ研究が必要だろう。いずれにせよ、チンパンジーが新しい道具の使用法を発見し継承する間に、人間はチンパンジーの5000年の歴史をゲノムから再構成することができるようになっている。

カテゴリ:論文ウォッチ
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