7月6日 Pelizaeus-Merzbacher病の遺伝子治療の可能性(6月24日号 Nature 掲載論文)
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7月6日 Pelizaeus-Merzbacher病の遺伝子治療の可能性(6月24日号 Nature 掲載論文)

2020年7月6日

学生時代神経内科学は苦手としていたが、その最大の原因は人の名前が付いている病気が多いことだ。もちろん、この問題は特に自分に特有の問題ではないはずだが、もともと人の名前を覚えるのが苦手だった私には、余計に苦手に感じられたのだと思う。

最近になってこれらの病気の多くが特定の遺伝子の変異による疾患であることがわかり、理屈が分かってくるとだんだん苦手意識は消えてきて、今は知らない名前の病気が出てくると、逆に興味が惹かれる。

今日紹介するCase Western Reserve大学からの論文もそんな一つで、これまで聞いたこともなかったPelizaeus-Merzbacher病の遺伝子治療の開発についての研究だ。タイトルは「Suppression of proteolipid protein rescues Pelizaeus-Merzbacher disease (プロテオリピッドを抑えてPelizaeus-Merzbacher 病を正常化する)だ。

この病気はミエリン形成に関わるとされるProteolipid protein1(PLP1)の変異で起こるが、調べてみるとPLP1の機能は完全に理解できているわけではない。細胞膜上に発現し、ミエリンを形成するMBP1と結合し、ミエリン鞘の圧縮に関わっているとされ、実際この分子の突然変異ではミエリンが形成されないための神経症状で患者さんは亡くなる。しかし、病気が起こるのは遺伝子重複や、活性化変異が起こる場合で、不思議なことに遺伝子機能が完全に欠損した患者さんでは症状が軽い。

この研究は、この不思議な現象をそのまま遺伝子治療に使えないかと考えた。すなわち、アンチセンスRNAを用いて遺伝子の発現を逆に抑えることで治療しようと考えた。

まず活性が高まる変異を持つモデルマウスを作成し、この遺伝子を遺伝子操作したノックアウトマウスを発生させると、ミエリン鞘の圧縮の異常は残るものの、ミエリン形成が正常化し、その結果神経機能が回復することを確認している。重要なのは、脳幹のミエリン形成が正常化することで、震えがとまり、運動機能が回復し、呼吸機能が正常化して、ほぼ正常な活動性が戻ることで、マウスの場合、子供ができることも確認している。

この様に、発生初期からPLP1遺伝子機能をノックアウトすると、症状の多くを抑えることがわかったので、次に生後すぐに遺伝子治療を行った時、症状がどこまで回復するのか調べている。

遺伝子導入のための様々な基礎実験を行なった後、アンチセンスRNAを生後一回だけ脳室内に投与することで、機能をどこまで回復できるか調べている。結果は期待通りで、一回投与するだけで、何もしなければ3週間以内に全例死亡する突然変異マウスで、振戦の消失、運動機能の回復がみられ、少なくとも8ヶ月まで生存できることが明らかになった。また、組織学的にも、遺伝子ノックアウトと比べると回復は劣るものの、ミエリン形成が脳のほとんどの場所で回復していることを示している。

結果は以上で、比較的単純なアンチセンスをしかも一回注射するだけで、1年近く継続する効果が見られるというのがこの研究の最大のポイントだ。すなわち、神経発達期の初期さえうまく乗り越えれば、可塑的に脳発達が可能な例が存在し、治療できるということがわかった。とすると、遺伝子変異をいかに早く見つけて治療するかが重要になるが、そのためには、新生児期に遺伝子治療を可能にするための、遺伝子検査体制が必要になる。おそらく、我が国にとってはここがいちばんのボトルネックになる様に思う。

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7月5日 ヒストンの思いがけない機能(7月3日号 Science 掲載論文)

2020年7月5日

ヒストンはクロマチン構造制御の核になる分子で、真核生物特異的な分子だが、その先祖形は古細菌に見られ、同じ様に4量体を形成しているが、クロマチンの調節に関わる証拠はない。したがって、ヒストンは最初他の機能を持つタンパク質として進化したのが、クロマチン制御に関わるタンパク質へと転換されたと考えられる。

今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、H3-H4ヒストンが、銅イオンの還元酵素として重要な働きを持っている一人二役の分子として働いていることを示した論文で、7月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「The histone H3-H4 tetramer is a copper reductase enzyme (H3-H4ヒストン4量体は銅イオン還元酵素だ)」だ。

もともとヒストンが銅と結合することは知られていた様だ。このグループは真核生物が地球上に酸素が蓄積し始めたのに平行して現れたことに着目し、真核生物の象徴であるヒストンが酸素毒性を低減させる還元反応に関わるというストーリーを頭に、まずカエルから調整したH3-H44量体が銅イオンと結合するかどうかの検討から始めている。

結果は期待通りで、H3のヒスチジン113とシステイン110の構成する領域に結合し、シスチンをアラニンに変化させると結合が消失する。そして、銅イオンを還元する活性があることを明らかにした。

次の問題は、ではこの銅イオン還元活性が今も重要な機能を果たしているかだが、酵母のヒストンH3の113番目のヒスチジンをアラニンに変化させると酵母の活動性が低下することから、何らかの機能が存在することが示唆された。

そこで、まず核内で銅イオンを要求する転写因子Mac1の活性をH3の突然変異体を用いて調べると、転写活性が抑えられることから、Mac1は1価の銅イオンにより活性化され、ヒストンの変異により一価銅イオンの合成が落ちることで転写活性が抑えられることを示している。

また、核内だけでなくミトコンドリアでの酸素消費がH3の変異体では低下していることを手掛かりに、ミトコンドリアの酸素消費や活性酸素ディスムターゼなどの活性を一価銅イオンの供給を介して調節していることを示している。

他にも、銅イオン還元作用が高まる変異を分離したりと多くの実験が行われているが、基本はヒストンが銅イオンの還元を通して、核内、核外で一価銅イオンの供給を調節しているという話だ。

古細菌でこの分子が欠損するとどうなるのかとか、クロマチン調節に関わる様になった分子基盤など、好奇心が掻き立てられる面白い研究だった。

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7月4日 ガンの早期発見のための検査プロトコル(7月3日号 Science 掲載論文)

2020年7月4日

毎年検診を受ける様にしているが、ガンに関する検査はそれなりに何回か要精密検査と診断され、そのたび精密検査を受けた。さらに、属していた先端医療財団でPET-CTの検診を始めた時、一度検査を受けたこともある。長年そのままにしている唾液腺の良性腫瘍2個が綺麗に検出され、さすがと感心したことがある。いずれにせよ、ガン検診自体はまだまだトライアンドエラーの段階にあると言っていいだろう。しかし、早期発見により治癒確率が上がるということは、医療費削減が見込めるということで、個人の満足だけでなく、ガン治療のコストが上昇し続けている昨今、検診によるガンの早期発見の重要性は増してきている。

特に期待されているのが血清中のDNAからガン特異的突然変異を拾い出す検査で(https://aasj.jp/news/watch/10135)、これまでのガンマーカーと合わせることでさらに精度を上げられることが示されている(https://aasj.jp/news/watch/7955)。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、この16種類のガンに見られる突然変異とガンマーカーを組み合わせる検査で陽性と判断された人をPET-CTなどを用いてさらに検証し、この方法が現実的かどうかを調べた研究で7月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「Feasibility of blood testing combined with PET-CT to screen for cancer and guide intervention (血液検査とPET-CTの組み合わせがガンのスクリーニングと治療方針設定に役立つか)」だ。

ガンの早期発見のためのスクリーニングが、社会的に意味があるのか今も議論が続いている。というのも、私の場合もそうだが、疑いと診断されると、その後様々な検査を受けることになり、最悪精密検査時の事故すら起こりうる。このコストを考えると、早期発見が可能でも、社会的には意味がないという議論だ。

この研究もこの点をかなり意識した計画になっている。最終的に9911人の65歳から75歳の医療保険システム・ガイジンガーの女性会員から採血し遺伝子検査とガンマーカーを調べ、490人(4.9%)が陽性と診断されている。ただ、この検査は血液細胞の変異を拾いやすいので、再検査を行うが、この時ゲノムを含む専門家が判断するので、かなり複雑な過程になる。この結果、最終的にガンの疑いとしてPET-CT検査に134人が回っている。

ただ、この2回にわたるテストが半年以上かかることが問題で、その間他の検査で陽性としてガンの治療に回った人が3人存在する。さらに、最初のテストで陰性と診断された人の中から67例の人が何らかのガンを発症している。

一方、PET-CTに回された人の中では26例が実際のガンと診断された。とすると、血液検査陰性でガンになった人より数が少ない。ただ、このうち12例は発見が早く、手術による治療を受けている。

この研究の難しいところは、保健システムの会員として別にガン検診を受けていることで、結局普通のガン診断では見つからなかったが、血液検査で発見されたガン患者さんは15例になる。

一方、PET-CTのあと、バイオプシーなどでガンではないと診断された方も22例あり、特に検査による問題は起こらなかったが、血液検査をしても、このリスクはつきまとうことがわかった。

結果はこれだけで、著者らは一定の早期発見が可能なこと、発見の難しい卵巣ガンの発見率が高いことから、かなりポジティブに評価している。しかし、時間がかかることなどを考えると、個人的には我が国の総合的な方法も捨てたものではないと思う。また、DNA検査については、突然変異を探す方法は限界がある様に思った。今後はメチル化DNAを使う方法などに置き換わっていく様な気がする。

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7月3日 食後検査の重要性(Nature Medicine 6月号掲載論文)

2020年7月3日

我が国を含め現在の健康診断は、朝食事を摂らずに採血された空腹時の血液データをもとに判断されている。これは、空腹時のデータがもっとも生活による個人差が少ないと想定されているからだが、グルコーストレランステストなどからもわかる様に、食事に対する反応も私たちの健康状態を知るためには極めて重要だ。

今日紹介する英国キングスカレッジからの論文は食前食後の血液データを様々な条件で集め、動脈硬化や心血管疾患リスクを予測するための、個人に合わせた栄養指導の条件を調べた研究で6月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Human postprandial responses to food and potential for precision nutrition (食物に対する食後の反応とプレシジョン栄養治療の可能性)」だ。

この研究では食後の変化を加えることで、簡単な指標を組み合わせて疾患のリスクが予想できないか調べることを目的としている。従って、調べるのは糖代謝と脂肪代謝のみで、CGMと呼ばれる持続的血中グルコースモニター、および指先からの血液をろ紙に染み込ませて保存し、その中のtriglyceride(TG)とインシュリン分泌量の代わりとしてC-peptideを調べている。

重要なのはその規模で、なんと1000人のボランティアに、1日は病院内で同じ食事に対する反応を調べ、その後自宅では、研究のために設計した一定の構成を持った食事セットだけを摂ってもらう生活を続け、食前食後、起きている時間はCGMと血液ドライスポットにより継時的に3指標の変化を調べている。

これに加えて、一卵性双生児を用いた遺伝性の評価、遺伝子多型検査、さらには腸内細菌叢まで調べ、どの指標が最終的な心血管障害リスクと相関するのかを徹底的に調べている。

さて結果だがまず驚くのが、同じ食事を摂ってもらっても、食前検査値と比べて食後のそれぞれの検査値には大きな個人差がある。すなわち食後の検査値にこそ、個人的要素が集まっている。そこで、他の血液検査やゲノム検査を総動員して分析した各結果と、食後のTG,CGM,C-peptideの値との相関から、この3指標の値の意味すること、すなわちどの様な個人的要素が数値の背景にあるのかを明らかにしている。

体の基本状態に対応する空腹時の値と異なり、TGやC-peptideにはほとんど遺伝的要因の寄与はない。また、血糖値はその前に摂った食事の内容と強く相関するが、他の2指標では寄与は低い。不思議なことに、血糖値は遺伝性の寄与が高い、などなどだ。要するに、簡単な3指標でも食後のデータには個人個人のデータが詰まっている。

その上で、この意味づけの正当性を確かめるため、機械学習で個人的要素を学習させ、そこから食後の3指標の値を予測できるか調べて、C-peptideは難しいが、TGとCGMの値を予測できることを示し、各指標の意味づけが正しいことを示している。

その上で、食後の10年後の動脈硬化性心疾患リスクを推定するためには、ベースラインになる空腹時の値と、個人差の反映された食後の値を合わせることでより的確な診断が可能であることを示している。

以上が結果で、一見当たり前の様に思うが、実験デザインを追いかけると、食事も含めた総合的な個人の健康を維持するためのプロトコルやアプリ、そして家庭でできる検査を開発していこうという意欲が見える。21世紀最大のテーマの一つで、全く新しい視点が必要だが、そんな萌芽を感じることができた。

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7月2日 カナリアの言葉(6月24日号 Nature 掲載論文)

2020年7月2日

私たちが運動神経を用いて何かしようとする時、必ず行動の大きなプロットを頭に描いておくことが必要になる。突発事態に対して咄嗟の行動を取れる人は、このプロットが作業記憶の様に頭に入っている。一方、このプロットが用意できていないと結局立ちすくんで終わる。

このプロットのなかで最も複雑なのが言語で、自分で話していてもよくプロットが崩壊せずに長く話せるなと驚いてしまう。これは話すという運動機能を調節する領域で様々な領域からの情報を統合できるからで、これらの領域の活動についての研究は今最も面白い分野と言えるだろう。

しかし、例えば人間でこの様なプロットがどう形成されるのかなどを研究するのは、簡単ではない。代わりに言語と同じ様に複雑なシラブルが組み合わさった鳥の鳴き声を対象として、言葉の構造がどう維持されるのかを理解しようとする研究が行われている。

今日紹介するボストン大学からの論文はカナリアの複雑な鳴き声を分析し、この構造を支える神経細胞を特定しようとした研究で6月24日号のNatureに掲載された。タイトルは「Hidden neural states underlie canary song syntax (隠れた神経状態がカナリアの歌の構造を決めている)」だ。

もう何十年もカナリアの鳴き声をゆっくり聞いたことがなかったので、Youtubeで(https://www.youtube.com/watch?v=JdCypdivLx8)聞いてみると、様々なシラブルが組み合わさった複雑な構造を持つのがわかった。ただ、私たちの言語と比べると一つのシラブルの長さが長い気がする。

この研究ではまさにこのシラブルを24−37種類のシラブルに分類し、一回の鳴き声では、平均38個のシラブルが合成されること、そしてこの時集められた異なるシラブル間の関係に厳然とした文法が存在することを明らかにしている。すなわちAというシラブルは必ずBというシラブルの後に来ることや、前に来る3フレーズが、そのあとのフレーズを決めていたりと言った法則を明らかにしている。

この構造解析の上に、鳥類の鳴き声をコントロールする中枢HVCの神経活動をカルシウムイメージング法を用いて記録、一個一個の神経細胞が、カナリアの歌のどの要素に関わっているのかを解析している。

もちろん、一つ一つのシラブルに対するニューロンの活動が記録できるが、HVCに投射する神経を拾い出して活動を見ると、シラブルが集まったフレーズに特異的な神経を特定できる。面白いことに、このフレーズ特異的神経の興奮は、声を発している時点だけでなく、一定期間前、あるいは後に特定のフレーズが来る場合に強い反応を示すことがわかった。さらに、投射神経活動は、フレーズの間ずっと活動するのではなく、フレーズの間の一定の時間活動し、いくつかの神経活動がフレーズ全体を支えることもわかる。

実験はこの様に、神経活動を、実際の歌のパターンと相関させる作業だけなので、歌の構造から要素を取り出せば、相関するかどうか様々な解析が可能で、最終的に、HCVに投射する神経は、フレーズを支えるため、過去やこれから出さなければならない未来のフレーズまで、様々なプランが集中しているという結論になる。

結局この研究はこれからの入り口に過ぎないと思う。実際には、光遺伝学を用いた神経興奮や、抑制を通した実験により、文法構造がどう変化するのか、あるいはこの構造を聞いている側の神経活動はどうなのかなど、さらに難しい解析が必要になるだろう。しかし、歌を構造化し、その構造を支えるネットワークの解析は、おそらく私たちの言語の理解にも大きく貢献すると思う。

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7月1日 アスリートの母を持つとメタボにならない理由:ひょっとしたら大発見?(6月29日号 Nature Metabolism オンライン掲載論文)

2020年7月1日

妊娠中や授乳中の母親の健康状態が、様々なチャンネルを通じて子供の健康状態、時には成人した後での健康状態に影響を持つことが知られ、研究が進んでいる。特に最近になって、栄養だけでなく、母親がエクササイズを続けることの重要性を示唆する研究まで現れてきている。

今日紹介するオハイオ州立大学からの論文はマウスモデルでの話だが、人間にも通用するなら大発見と言えるかもしれない研究で、新しい雑誌、Nature Metabolismに6月29日オンライン出版された。タイトルは「Exercise-induced 3′-sialyllactose in breast milk is a critical mediator to improve metabolic health and cardiac function in mouse offspring (運動によって母乳中に分泌される3-sialyllactoseはマウスの子供の代謝や新機能の健康を改善する重要な作用を持っている)」だ。

この研究では高脂肪食を与えて育てたマウスを、運動する環境と、そうでない環境で飼育し、その間妊娠と授乳を経験させる。この時生まれた子供は、運動をしている母親と、しない母親から生まれた子供に分けられるが、それぞれをさらに、授乳期の母親が運動している場合と、運動しない場合の4群に分けて、成長後の健康状態を見ている。すなわち母親が妊娠期、授乳期それぞれ、1群)運動あり、運動あり、2群)運動あり、運動なし、3群)運動なし、運動あり、4群)運動なし、運動なし、で育った子供の52週齢で、体重、脂肪量、グルコーストレランステスト、空腹時インシュリン分泌量、耐糖能などを調べている。

詳細は省くが、オスの子供については、授乳期の母親が運動していた場合に最もメタボリックシンドロームになりにくいことを示している。実際のデータを見るとその差は驚くほど大きい。一方おもしろいことに、メスの子供では、脂肪量が4群で、インシュリン分泌が2群で低いものの、その他ははっきりしたさがない。

おそらく性依存性のエピジェネティックな変化が起こっていると考えられるが、この研究ではメカニズムの追求はここまでで、代わりに運動により母乳中に分泌が上昇する分子について、人とマウスの母乳に多く含まれるオリゴ糖に注目して探索を進め、ヒトで1日の歩数と3-sialylactose(3SL)分泌量が相関することを発見する。

と言っても、実際の差は大きくなく、本当にこの分子だと結論していいのかと心配ではあるが、あとはマウスの実験に移って、授乳期の運動の効果が3SLを合成できないノックアウトマウスでは消失することをベースに、3SLこそが少なくともオスマウスが将来メタボになるかどうかを決めると結論している。

最後に、この実験条件に、3SLをサプリとして子供に毎日投与する実験を行い、オスの子供に3SLを投与したあと、高脂肪食で飼育を続けると(普通の食事で育てても差が出ない)、体脂肪、グルコーストレランステスト、空腹時インシュリン分泌など、高脂肪食による代謝障害を改善させることができる。ただなぜか耐糖能は改善しない。また。サプリの場合メスの子供のインシュリン分泌には影響が見られる。

実際の実験は複雑すぎて単純化するのは危険と知りつつ、あえて単純化すると、運動により母乳の3SL濃度は上がり、また3SLが分泌されない母親に育てられても、3SLをサプリで飲ませれば、高脂肪食による代謝障害が防がれるという結果だ。もし3SLを授乳期に摂取して、将来高脂肪食で暮らしてもメタボにならないとすると大発見ということになる。

授乳期の運動はいいとしても、では子供時代に3SLを摂取させていいのかどうか、重要な課題が残ったと思う。もともとオリゴ糖はプレバイオの材料として広く使われているが、シアリルラクトースの使用はほとんどないと思う。今後の展開に注目したい。

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6月30日 脳内刺激で臭いを合成する(6月19日号 Science 掲載論文)

2020年6月30日

私たちの感覚は脳に集められて認識へと統合する。従って、この経路を完全に再現することができれば、実際の感覚なしに認識を再現できるはずだ。しかし、これは写真に撮ったコピーを複製するといった話ではない。視覚では視線を動かすことで像の認識が形成されることから、刺激の順番という時間要素も極めて重要だ。

認識の対象となる脳内の感覚表象を実験することは極めて難しいと思っていたら、ニューヨーク大学のグループが、実際の臭い物質刺激を一切用いないで臭いの表象を研究できることを示した論文を6月19日号のScienceに掲載した。タイトルは「Manipulating synthetic optogenetic odors reveals the coding logic of olfactory perception(光遺伝学により合成した臭いによって嗅覚認識の論理が明らかになる)」だ。

この研究ではニオイ物質は全く使わず、嗅覚神経が投射する領域を光遺伝学で刺激することで臭いを嗅いでいる錯覚を形成している。この時、一個の神経を刺激して学習させるのではなく、いくつかの神経を順番に刺激し、一つのパターンを認識記憶させるという実験を行なっている。光遺伝学的に臭い感覚を合成する時も、マウスは鼻をクンクンさせて空気を吸い込む動作をするが、このタイミングも記録している。また、同じ匂いと認識した時、どちらかのノズルを舐めて、水を飲む様訓練し、臭いを認識したか判断している。

実際の臭い実験では、臭い物質を変化させ、認識できるか判断するが、この実験では刺激するスポットを変化させたり、刺激の順番を変えたり、あるいは時間感覚を変えることで、同じと認識される臭いパターンが脳内に合成できているか調べている。

その結果、臭いの表象が興奮する神経細胞の脳内パターンと、興奮するタイミングとして形成されていることが明らかになった。

実際には、興奮する神経のパターンと興奮の順番を記憶させたあと、嗅球内で興奮させる細胞を少しずらせたり、順番を変えたりして、同じ匂いとして認識できているかどうかを、ノズルを舐める行動結果をもとに判断している。例えば、全く違う神経細胞を刺激しても同じ匂いとは認識されない。しかし、一部の刺激細胞をずらせても同じと認識される。このように、刺激する細胞と刺激のタイミングをずらせる実験を繰り返して、嗅い感覚の表象形成ルールを探っている。

結果だが、

  • 臭いの表象は興奮細胞のパターンと、興奮の順番として認識される。
  • 興奮する細胞が元の細胞からずれるほど、認識されなくなるが、最初に興奮させる細胞をずらせたときに、影響が最も大きい。一方、後になるほど刺激細胞をずらせても認識への影響は少なくなる。
  • どの順番で興奮が起こるかが認識には重要だが、このタイミングは決してクンクン嗅ぐ動作と連動するのではなく、純粋にそれぞれの細胞の興奮の絶対的時間間隔により決められている。

以上の結果から、臭いの感覚は、興奮神経のパターンと興奮のタイミングを鋳型として認識され、この鋳型と実際の刺激を継時的に比べていくことで同じ匂いかどうか判断しているというモデルを提案している。

臭いという感覚の特徴を生かして、感覚により脳内に形成される表象に迫った、素人でも楽しめる研究だと思う。

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6月29日 メチル化DNAは癌のスクリーニングの切り札になるか?(6月22日 Nature Medicine オンライン版掲載論文)

2020年6月29日

ガン細胞から末梢血中に流れ出すDNAに存在する突然変異を解析し、ガンの大きさやステージを診断するリキッドバイオプシーと呼ばれる方法は、転移ガンのモニタリングには定着し始めている(我が国で検査として認められているかは把握していない。ただ、この方法を推進しているグループが期待してきた様に、初期ガンのスクリーニングに用いるまではいっていない。

代わりに注目されているのがガン特異的にメチル化されるDNA配列を直接読んで、このパターンからガンを早い時期から診断する方法の開発が進められており、このHPでも2014年に大便中に存在するメチル化された3遺伝子断片を用いることで、直腸鏡検査と比べた時、92.3%の診断率で大腸ガンの診断が可能であることを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/1302)。しかし、現在に至るまで実用化には至っていないのも現実だ。

今日紹介するハーバード大学からの論文はもともとリキッドバイオプシーが難しい腎臓ガンを診断するためのメチル化DNA解析法の開発で、コストはともかく実用可能なところまで来たことを報告している。タイトルは「Detection of renal cell carcinoma using plasma and urine cell-free DNA methylomes (血清中および尿中のメチル化DNA解析を用いて腎臓ガンを検出する)」で、Nature Medicineのオンライン版に6月22日掲載された。

この研究では、まず99人の腎臓ガン患者さんの血清中に存在するDNAからメチル化DNAを精製し、得られたメチル化されたDNA領域の配列を、ガン患者さんと正常とで比べ、ガン患者さん特異的に強くメチル化されるDNA領域300箇所を選び出し、このメチル化領域の頻度から、ガンの存在を予測する検査法を開発している。

結果はステージ1も含め、ガン患者さんをほぼ正確に推定することができる様になり、正常とガンでは99%、ガンと尿管ガンでは98%の診断率で診断可能なこと、さらには尿を材料として使っても86%の診断率で、ステージにかかわらずガンの存在を推定できることを明らかにしている。

以上の結果は、少なくとも腎臓ガンについてはこの方法は実用段階に来たと言えるが、課題はどのぐらいの数が検査可能か、そしてコストだろう。

同じ号のNature Medicineに同じ様な方法でメチル化DNA を解析することでグリオブラストーマの検出が可能であることが報告されていた。この場合もガン特異的メチル化領域300種類を用いており、おそらく腎臓ガンとかぶる領域もあるかもしれない。とすると、今後多くのガンでメチル化データを集め、一回の検査でガンの存在とその種類を診断できるところまで持っていくのは可能性が高い。AIなども組み合わせられると思う。血管誘導性の高いガンにはなると思うが、そこまで進めばスクリーニングとしての現実性を帯びてくると思う。

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6月28日 PD-1チェックポイント治療の効果を高める治療法の開発(6月24日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年6月28日

チェックポイント治療は、免疫システムがガンを除去させる切り札になることを示してくれたが、ガン抗原特異的免疫反応が誘導できたあとのプロセスを対象にしているため、効果が見られないケースも多く存在している。このため、チェックポイント治療の拡大のためには、ガンに対する免疫刺激をより強く誘導することがカギになる。

ガンに限らずT細胞免疫は、抗原ペプチドと MHCにより刺激される抗原受容体+CD3複合体の刺激と、CD80などの共刺激分子の刺激に対するCD28受容体の刺激により誘導され、PD-1やCTLA4のチェックポイント機能は、この最初の反応が始まってから起こる。従って、ガン抗原による刺激あるいは共刺激を高めれば、理論的にはPD-1チェックポイント治療を高めることができるはずだ。

今日紹介するリジェネロン社からの論文はガン特異的抗体と、CD28刺激抗体をキメラにして、ガン細胞特異的反応が起こるときに免疫反応を高めることで、PD-1チェックポイント治療の効率を上げる可能性について検討した研究で6月24日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Tumor-targeted CD28 bispecific antibodies enhance the antitumor efficacy of PD-1 immunotherapy (ガン特異的にCD28を刺激するキメラ抗体は、抗PD-1免疫治療の効果を高める)」だ。

リジェネロン社はヒト抗体を作るマウスの作成など、抗体についてのノウハウを最も蓄積している会社と言えるが、ガン特異的にT細胞を刺激する方法について長年研究を重ねている。最初はCD3およびCD28に対する刺激抗体を、ガン抗原を標的にガン細胞上に集め、T細胞を刺激する方法の開発を目指したようだが、現在のところ完全にガン特異的と言える抗原が存在しないため、うまく行っていない。

この研究では、ガン特異的反応についてはガン自体の抗原に任せ、CD28共刺激分子に対する抗体をガン特異的抗原でガン局所に集める方法をPD-1抗体と組み合わせる方法の開発に絞って行なっている。結論から述べると、かなり有望だ。

まず、CD28刺激とPD-1抗体の相互作用について細胞学的検討を行い、PD-1抗体が、ガン抗原でT細胞が刺激されるとき、CD3とシグナル複合体を形成するCD28を、この複合体から追い出す働きがあることを美しい実験で示している。すなわち、PD-1抗体により最初からガン抗原に対するシグナルを高めることができる。

これを確認した後、前立腺ガンで高くなるPSA に対する抗体とCD28に対するキメラ抗体を作成して、PD-1抗体と組み合わせると、それまでPD-1治療に適していなかった前立腺ガンをほぼ完全に絶滅できる。すなわち、前立腺ガンでもガン抗原が存在して、CD3シグナルを誘導しており、共刺激を強めることで十分なガン免疫が誘導できる。

もちろんガン抗原が全くない場合は、この方法はうまくいかないが、逆にガンに抗体を集めるために用いるPSAなどが、正常細胞にもある程度存在しても、反応をガン特異的に制限することが可能になっている。

これを確かめるために、今度はより広い正常細胞が発現していると考えられるEGFをガン局所に共刺激を誘導するために用いる実験を行い、PD-1抗体の効果を高めて、これまで治療できなかったガンも治療できることを示している。

実際には、ヒト化マウスなどを用いて、実際の臨床応用を前提とした前臨床実験を徹底的に行なっている。また、共刺激によるサイトカインストームの副作用についても、サルを用いて検討しており、ほぼ臨床研究へ踏み出すところまで来たことを報告している。

褒め過ぎかもしれないが、さすがリジェネロンと思える研究で、かなり有望な方法になるように思う。ただ、PD1抗体でもいい値段がしているのに、キメラ抗体となるといくらになるのか心配だ。

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6月27日 ソリ犬の進化(6月26日号 Science 掲載論文)

2020年6月27日

南極に残された樺太犬タローとジローの話は、今も私たち世代の心に残る話だが、ソリ犬は何千年もにわたって極地に生きる人類を支えてきた。おそらくスノーモービルなどの普及で、犬ぞりの使用は減ったと思うが、イヌイットなどの生活には今も欠かせないのではないだろうか。このようにソリ犬ゲノムは極地でのソリの牽引に向く様人間により選択されてきた結果を反映している。

今日紹介するデンマーク・コペンハーゲン大学からの論文は、シベリアのZhokhov島から出土した9500年前の遺跡に残るソリ犬と、シベリアから出土した3万年前のオオカミのDNAを解読して、ソリ犬が家畜化された過程を調べた研究で6月27日のScienceに掲載された。タイトルは「Arctic-adapted dogs emerged at the Pleistocene–Holocene transition (極地に適応した犬は更新世から完新世に移る時期に出現した)」だ。

この研究ではまず、9500年前には家畜化されていたと考えられるシベリアのおそらくソリ犬と3万年前のオオカミのゲノムをグリーンランドに現存する10匹の現代ソリ犬のゲノムと比較して、それぞれの関係を比べている。

結果だが、9500年前のソリ犬ゲノムは、現代のソリ犬ゲノムに極めて近く、ソリ犬は9500年より前に、Zhokohov島のソリ犬の先祖を共通の祖先とする一群の系統であることがわかった。また、ゲノムの共通箇所から、更新世ではソリ犬の先祖と狼との交雑が起こっていることも明らかになった。しかし、現代のオオカミとのゲノムの共通性はほとんどなく、家畜化されてから完全にオオカミとは分離して系統維持されてきたことがわかる。また、系統が分岐してからソリ犬と他の犬との交雑はあまり行われていないこともわかった。

最後に他の犬と比べた時に選択された遺伝子をゲノムの中から拾い上げると、他の犬の系統と比べ、デンプンを分解する遺伝子が狼に近い。一方、脂肪代謝にかかわる遺伝子群は極地型を示しており、脂肪成分の高い、デンプンの少ない食事で進化してきたことがわかる。

他にも、血管の緊張性に関わる遺伝子、痛み受容体などの温度感受性に関わる遺伝子、さらには筋肉収縮に関わるカルシウムチャンネルなど、極地のソリ犬特有のゲノムについても明らかにしている。

以上が結果で、動物のゲノム研究としては驚くほどの話ではないが、更新世から完新世の境目で人間が極地でどの様に暮らしてきたのかを考える上では貴重な資料になっている。例えば、極地では狩猟のために長距離の移動が行われたと推定される証拠が多くあるが、これらは犬ゾリという優れた輸送手段に支えられたと思う。実際、高速で回る車輪を開発するより、ソリの開発はずっと容易だっただろう。この様に、人間の歴史を家畜ゲノムから読み解くのも面白い領域だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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