5月9日 意識の collective science(4月30日  Nature オンライン掲載論文)
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5月9日 意識の collective science(4月30日  Nature オンライン掲載論文)

2025年5月9日
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個人的には意識の問題は定義の仕方に帰するところが大きく、全てを説明するような大きな理論的枠組みで捉えられないのではと思っていた。例えば先日紹介したばかりの研究では、画像を何かと認識できたときの視床、前頭前皮質の活動の同調性を意識として定義していた(https://aasj.jp/news/watch/26507)。ただ、人工知能がこのように発展して来ると、どうしてもAIに意識はあるのかと言った問題が議論される。そのため、このような問題に科学はどうアプローチしているかを、科学界として発信していく必要がある。そのためには、脳科学者が集まって意識とは何かについて、ただ自説と実験を述べるだけでなく、実験から解釈まで共同で行う collective science を行い、意識も脳科学として実証可能な問題として世間に示していくことは、トランプ時代の反科学や独断的哲学に対抗する意味で極めて重要だと思う。

今日紹介するドイツ マックスプランク財団が支援した多くの脳科学研究者が集まって発表した論文は、意識に関する2つの異なる見解について、それぞれの見解を持つ研究者を含む多くの脳科学者を世界中から集めて、実験の計画から測定、そして解釈までを議論しながら行った collective science の結果を発表した研究で、4月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Adversarial testing of global neuronal workspace and integrated information theories of consciousness(敵対的テストによる意識のGlobal neural spece仮説とintegrated information仮説の検証)」だ。このようなサイエンスを組織できた脳科学領域と、このグローバルな取り組みを支援したマックスプランク財団には心から敬意を表したい。と述べた上で、このブログでは私の独断と偏見を交えた読み方を紹介するので、今日の話は著者の意図を正確に紹介しているかどうか保証できないことを断っておく。

まずそれぞれの仮説についての私の理解を述べておくと、Global neural space (GNS) 仮説は、無意識と意識の差を重視した説で、見るという感覚インプットが、主に前頭葉(他の場所でもいいとは思うが)からの意識指令に基づき脳全体に共有されることが意識で、この共有せよという指令がないと、意識されないとする考えだと理解している。

一方、integrated information theory (IIT) は、感覚インプットが自分の主観として共有されることが意識だと考えており、GNSのように意識の指令があるわけではない。すなわち、感覚インプットが脳全体で再帰的に統合される度合い自体が意識だと考えている。個人的には、IITの方がAIが意識を持てるという考えに近いように感じていた。

このように、意識を統合せよとする司令塔が前頭前皮質にあるという考えと、感覚インプットがそれを受けた脳のネットワークと統合される度合いで意識が決まるという説を今回は検証している。

この2説が対立しているかどうかはよくわからないが、意識の指令があるとすると前頭前皮質から感覚インプットを脳全体に共有させようというシグナルが、対象を意識したときには発生するはずだし、感覚の統合度合い自体が意識を決めるとすると、視覚の場合、意識したとき視覚野での結合性が高まり維持されることになる。

これを区別する最も簡単な課題としてcollectiveに合意された課題が、異なるカテゴリー(顔、道具、文字、意味のない形)などを短時間で提示したときに、先に覚えている形として認識できたかどうかをボタンを押して答えるという課題だ。これを読むと、意識の問題をあまり難しい話にしないよう専門家が工夫しているのがわかる。

この課題の間に、脳波計、脳磁図、そして機能的MRIを用いた測定を一定の基準で様々な施設で行うことで、測定の限界の問題を乗り越えようとしている。

それぞれの実験について、皆さんで結果を予測する議論を十分行って、実験結果と予測が合致しているかを調べるのだが、実際には異なる領域の活動が、意識が発生したという結果をどの程度各領域の活動から説明できるかをデコーダーで計算する方法を用いている。そのため、基本的に二つの説は、意識されたときに前頭前皮質からの指令シグナルが脳全体に広がるか、視覚を担う後頭でのネットワーク結合性が高まり維持されているかが主な指標になっている。

多くの課題で意識される時の前頭前皮質からの指令シグナルがあまり観察されず、結論から言うと、私が想像したよりずっとIITを支持する結果に思えた。ただ、IITでも意識の維持に必ずしも強いネットワークの持続的結合性が見られなかったことは、まだまだ脳や意識は複雑な問題であることを示している。

元々データとして完全に理解できているわけではないので、詳細な結果を紹介することはやめて、この程度の紹介で終わるが、「意識の座」からの指令シグナルが観察しにくいことはこの論文を読んでよくわかった。ただ、この研究の重要性は、どちらが正しいかを単純に決めるものではない。意識というAI時代に最も議論されるだろう問題について、脳科学者が集まって私のような素人にもわかりやすい形で実験し、議論した点で、哲学とは異なるガリレオ以来の科学の手法とは何かをはっきりと示せたことが重要だ。そのため、敢えてタイトルに、AIでシステム検証に用いられる Adersarial Testing という言葉を用いているように思う。今回使われた方法論に加えて、現在では脳内電極を用いたさらに精緻な脳測定法が存在することを考えると、これから第二弾、三弾とこのような研究が続くと期待できる。

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5月8日 ミクログリアを入れ替える治療法の開発(4月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年5月8日
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アルツハイマー病で蓄積したアミロイドプラークを最終的に除去するのはミクログリアだし、また他の神経変性疾患でも炎症の誘導や死細胞の除去など様々なレベルでミクログリアが関わっている。加えて、遺伝的変異によりミクログリア自体の機能異常により神経変性が起こる例も知られている。このような場合、新しいミクログリアを移植して病気を抑制する治療は重要になる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CSF-1受容体の阻害サイクルと胎児由来ミクログリアの脳移植により、この目的が可能であり、いくつかの病気モデルで有効性を示せることを明らかにした研究で、4月30日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Brain-wide microglia replacement using a nonconditioning strategy ameliorates pathology in mouse models of neurological disorders(脳全体でミクログリアを入れ替えられる条件付けの必要のない方法がマウス疾患モデルの病理を改善できる)」だ。

ミクログリアを入れ替える方法の開発はこれまでも進められてきたが、臨床応用にまでは進んでいない。というのも、ミクログリアは胎児発生で卵黄嚢の細胞から直接形成され、それを一生使い続ける組織マクロファージの一種で、骨髄由来のマクロファージでは完全に代換えすることができない。ところが最近になってCSF-1受容体の変異を持つ成人発症白質脳症のモデルマウスに、iPS由来ミクログリアを脳内投与するとミクログリアが置き換わって、病気が治るという発表が行われた。

このグループは、この報告を基盤に、臨床応用可能なミクログリア移植方法を開発するすることに成功しており、それをミクログリア機能異常モデルマウスに使ったのがこの研究になる。個々でその方法を簡単にまとめると、現在白血病の治療などに用いられるCSF-1受容体阻害剤を1週間投与し一週間休むサイクルを3回繰り返し、そのあと胎児卵黄嚢から培養してきたミクログリアを脳内投与するプロトコルだ。

この研究では、この方法により脳に障害を誘導することなくミクログリアのニッチをオープンにし、8割近いミクログリアをドナーに換えることが可能であること、さらに培養したミクログリアは、移植後脳内で成長し、形態学的、機能的、また遺伝子発現でも正常のミクログリアとほとんど変わらないことを示している。

その上で、強い神経変性症状を誘導するHexb遺伝子欠損リソゾーム病がマウスにミクログリアを移植する治療実験が行われている。すると、正常化とまでは行かないが、運動障害を大きく改善し、神経細胞数を回復させられることを明らかにしている。

最後に、TREM2遺伝子の機能異常によりアルツハイマー病のリスクが高まるモデルマウスにアミロイド蓄積マウスを組み合わせ、正常ミクログリアの移植によりアミロイドプラークの数や形態を正常化し、脳内での炎症を抑えることに成功している。

結果は以上で、人間のような大きな脳に移植するときの方法開発など、まだまだ研究が必要だとは思うが、ミクログリア移植が現実的になってきた気がする。特にMHCを適合させた他家iPS由来ミクログリアをこの方法と合体させると、利用がさらに進む気がする。

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5月7日 耳鳴りの存在を客観的に検出できるか?(4月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年5月7日
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私も40代ぐらいから耳鳴りを感じるようになった。考えてみると、耳鳴りとは一種の幻覚で、存在しない音を脳内で感じていることになる。ただ、幻視が起こるこれは深刻な病気になるが、耳鳴りはあまり問題にされない。実際15%の人が耳鳴りを経験しているようだ。

感覚器を通さず音を感じるメカニズムは面白いが、幻覚は主観的な現象なので研究は簡単ではない。これまで耳鳴りが起こる過程についてはいくつか説が出されているが、excess central gain theory は最も有力な説になっている。この説では、何らかのきっかけで聴力が低下する(すなわち感覚インプットが低下する)と、聴覚野でゲインを代償的に上昇させる。その結果、脳内で生じるノイズが増幅され音として認識されるという考えだ。このゲインを上げる過程に扁桃体などを辺縁系の関与も示されている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、この excess central gain 説に基づいて、耳鳴りの存在を客観的に検出する方法の開発に取り組んだ面白い研究で、4月30日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Objective autonomic signatures of tinnitus and sound sensitivity disorders(耳鳴りと音過敏症を示す客観的自立神経反応)」だ。

自覚的に耳鳴りを持つ人たちを集めて、質問形式の耳鳴りの程度を測定したあと、まず40Hzの音を徐々に音圧を上げて聞かせたとき、脳波の反応を記録して、音に対する反応を調べている。今回選ばれた被検者は正常の聴力を持つ人に限定されている。結果は期待通りで、耳鳴りを感じている人は正常人と比べると音に対する反応が強く、反応ゲインが上昇していることがわかる。ただ、この差は小さく、この反応の違いで耳鳴りがあるかどうかを予測することは難しい。

そこで、このゲインを上昇させていると考えられる自律神経システムをモニターすることで自覚的耳鳴りのスコアを反映する指標が見つかるのではと着想し、快適に感じる音から不快な音まで7種類の音を聞かせ、音の評価をさせるとともに、そのときの瞳孔の大きさを測定している。またもう一つの指標として、汗による皮膚の伝導度も測定している。

不快から快適まで、正常人も耳鳴りのある人も、音に対する評価は両者で変わりはない。しかし、瞳孔の大きさを調べると、どの音に対しても耳鳴りを持つ人は正常人より瞳孔が大きく開いていることがわかった。これと平行して、皮膚の伝導度も正常よりは低い傾向が見られ、自律神経の反応が広く変化していることを示唆するが、伝導度での両者の差は大きくない。

次に、この瞳孔の拡大率と耳鳴りの主観的評価指標が定量的関係を持つか調べているが、見事に定量的に相関していることがわかった。

これと平行して、顔の変化をビデオで撮影して音に対する反応を調べると、こちらも耳鳴りの自覚的程度と表情変化は相関し、耳鳴りのあるヒトは表情筋が強く抑制されていることを示している。

結果は以上で、耳鳴りを感じている人は音に対するゲインが上昇しているが、これを調節している自律神経系の反応をモニターすることで、自覚症状と高い相関を示す客観的指標が得られたという結果だ。一応この結果を excess central gain 説を指示する結果としているが、まだまだ現象論的すぎてメカニズムとは言いがたい。今後これを手がかりに神経回路を特定していく研究が必要だ。いずれにせよ、耳鳴りにも物理的原因があることを知って安心する。

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5月6日 免疫トレーニングにはヒストンの乳酸化が関わっている(5月2日 Cell オンライン掲載論文)

2025年5月6日
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BCG接種により様々な感染に対する抵抗力が上がる免疫トレーニングについては、この現象を有名にしたCovid-19や感染症だけでなく、様々な免疫システムで起こっていることをこのブログで紹介してきた。基本的には、自然免疫に関わる細胞がBCG接種によりエピジェネティックな変化を起こして、これにより様々なサイトカインが誘導されやすくなり、これが免疫反応の誘導に関わると考えられる。ただ、どのエピジェネティックな変化が重要なのかについてはほとんど明確になっていない。

今日紹介するオランダ・ナイメーヘンにあるRadboud大学からの論文は、なんとヒストンに乳酸が結合することが免疫トレーニングを担う重要なエピジェネティック変化であることを示した研究で、5月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Long-term histone lactylation connects metabolic and epigenetic rewiring in innate immune memory(長期のヒストン乳酸化は免疫記憶で代謝とエピジェネティックなプログラム書き換えをつなぐ)」だ。

ヒストンアセチル化やメチル化など、一般的なエピジェネティックな変化が起こる場合は、メチル基やアセチル基を調達する必要があり、主にTCAサイクルから調達される。グリオブラストーマでで見られるIDH変異によるエピジェネティック変化はその典型的な例だ。

おそらくこのグループもBCG接種によりTCAサイクルを経由するエピジェネティックの変化が起こらないのか調べたのだと思う。ところがBCG接種により免疫トレーニングが誘導されると、マクロファージの代謝をGlycolysisの方に引っ張り、その結果、乳酸が多く合成されることを発見する。これはLPS刺激では観察できない。

Glycolysisではメチル化やアセチル化の原料を調達することはできないので、この場合のエピジェネティックの変化はヒストンを乳酸化することで起こっているのではないかと着想している。私はこの論文を読むまで、ヒストンに乳酸が結合してエピジェネティックな調節を起こすなど考えたこともなかったが、これまでいくつかの報告があったようだ。

そこで試験管内でBCGにより免疫トレーニングを誘導したときにヒストンの乳酸化が起こるか調べると、BCG刺激後多くのクロマチンでヒストンの乳酸化が起こっていること、そしてこの乳酸化はglycolysisによる乳酸合成を止めるLDH阻害剤、及び本来はヒストンのアセチル化に関わるp300の阻害剤で阻害されることから、glycolysis で合成された乳酸を使ってp300がヒストンを乳酸化することで起こるエピジェネティック変化であることを突き止める。 

以上の結果から、BCGによる免疫トレーニングでは、glycolysisを中心とするエネルギーの利用の変化が起こり、ここから生まれる乳酸をエピジェネティック変化に使っていることが明らかになった。

あとはこうして生まれたヒストンの乳酸化が免疫トレーニングに関わる遺伝子発現調節に関わっていることを、乳酸化ヒストンの免疫沈降などで徹底的に調べているが詳細は割愛する。BCG刺激による免疫トレーニングでは、自然免疫の中核IL-1βが特に強く誘導されることも確認される。この誘導がヒストン乳酸化が関与していることは、LDH阻害剤やp300阻害剤で抑制されることから確認できる。

ただ、ヒストンのメチル化やアセチル化と違って、乳酸化によるクロマチン調節と遺伝子発現メカニズムについては完全に解明されているわけではないが、Atac-seqで調べたオープンクロマチンのなかに乳酸化ヒストンが多く含まれているので、遺伝子発現にとってポジティブに影響していると考えられる。面白いのは、染色体の3次元構造形成に関わるCTCF結合部位にも乳酸化が認められている点で、遺伝子発現調節には様々なメカニズムが使われていると考えられる。

最後に人間でBCG接種後、人間の単球のゲノム上で乳酸化が広く誘導され、この修飾が長期間続いて免疫トレーニング状態が維持されることを示している。

結果は以上で、遺伝子特異的に乳酸化が起こるメカニズムなどまだまだ解明すべき点は多いが、ヒストン乳酸化という思いもかけない仕組みが免疫トレーニングに関わっているを知り、免疫システムの深さを実感した。

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5月5日 真菌のなかには非アルコール性脂肪性肝疾患から守ってくれる種類が存在する(5月1日号 Science 掲載論文)

2025年5月5日
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腸内には細菌だけでなく様々な真菌も存在していることがメタアナリシスからわかっている。ただ、それぞれの真菌が腸に存在することの意味はそれほど明らかではない。ただ、最近の紅麹騒ぎからもわかるように、カビのなかには様々な毒性因子を分泌するものがあり、カビの生えた食べ物をむやみに食べることが危険であるとされている根拠になっている。

今日紹介する北京大学からの論文は、人間の大便のなかに含まれている真菌類の腸内への定着について詳しく調べ、その中から非アルコール性肝炎の発症予防能力のあるFysarium foetensを分離することに成功した研究で、5月1日 Science に掲載された。タイトルは「A symbiotic filamentous gut fungus ameliorates MASH via a secondary metaboliteCerS6–ceramide axis(共存関係にある糸状真菌は二次代謝物-CerS6-セラミド経路を介して非アルコール性肝炎を軽減する)」だ。

この研究の前半は、大便中に存在する真菌類を特異的にキャプチャーする方法を開発し、大便中から55種類の真菌を特定している。ただ、多くの真菌は空気中から大便サンプルに混じることが多く、腸内に定着しているかを決めるのは難しいことが多い。ただ、体内温度と同じ条件で増殖できるか、あるいは嫌気性条件で増殖できるか、そしてマウス腸内への移植実験から実際に腸内へ定着できるかなどから腸内真菌として考えて良い真菌リストを作成している。

ただ、この研究のハイライトは、嫌気性の大腸に間違いなく定住しており、それを裏付けるようにマウスに口腔から摂取させると腸内に確かに定着できるFusarium foetensに焦点を当てて研究を進めている。おそらく最初からこの種に絞っていた感がある。なぜ非アルコール性肝炎 (MASH) との関連を調べることになったのか理由ははっきり示されないが、MASHモデルでこの真菌を腸内に移植すると、脂肪肝を強く抑えることを発見する。すなわち、真菌の一つFusarium Foetensを食べさせることで、高脂肪食によるMASHの発生を抑えることができる。

この抑制メカニズムをさらに探索した結果、この真菌が存在すると腸内や血中のセラミド濃度が低下することをあきらかにしている。メカニズムだが、この真菌が存在すると腸内や血中のセラミド濃度が低下する。

これまでの研究でセラミドはMASH成立に大きな役割を演じていることがわかっており、今回の結果はこの真菌により腸の細胞によるセラミド合成が抑制された結果であることがわかった。そして、この背景にある分子メカニズムとして、この真菌によって分泌される分子がCer6と結合し、セラミド合成を阻害していることが明らかになった。

そして有機化学的方法を駆使して、この真菌により合成されCer6を阻害する代謝中間物を特定している。そして、この真菌でなくてもFF-C1と呼ばれる化合物を投与することで、腸内でのセラミド合成を阻害し、MASHが発生するのを阻害できることを示している。

以上が結果で、これまで明確な治療方法がなかったMASHを、この真菌を定着させたり、あるいはFF-C1代謝物を投与して抑える可能性が生まれたことは重要だ。例えば真菌入りヨーグルトでメタボによる肝炎発症を抑えるというような使い方もあるかもしれない。

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5月4日 同じ遺伝子変異が起こってもガンへと進む細胞と進まない細胞の差が生まれるメカニズム(4月30日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月4日
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ガン遺伝子やガン抑制遺伝子の概念が確立してからは、ガンが発生するためには様々な遺伝子変異が重なることが必要であるという多段階説が広く受け入れられている。その結果、例えば正常の細胞がガンと同じセットのガン遺伝子変異を持っていても、まだハードルが越えられていないだけだと、不思議に思わなくなっていた。

今日紹介するカナダトロントにあるMount Sinai病院からの論文は、発ガン遺伝子セットが揃ってもガンにならない細胞がもつ共通メカニズムをしつこく調べ、ちょっと意外な結論に到達した研究で、4月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cell cycle duration determines oncogenic transformation capacity(細胞周期の長さがガンへの転換を決める)」だ。

この研究の設定が面白い。網膜芽腫の発生頻度からRb1遺伝子がガン抑制遺伝子として働いていることを分子生物学がまだ進んでいなかった時代に突き止めて、ガン抑制遺伝子研究のきっかけを作ったのは京都賞を受賞したKnudsonさんだが、このグループもマウスでRb-1遺伝子を欠損させたときに網膜細胞で起るガンの発生をモデルにしている。ただ、人と違ってマウスの場合、Rb-1だけを欠損させてもp107と呼ばれる分子が発現して穴を埋めるので、実験では両方を完全欠損したマウスを使っている。このマウスでは100日後にほとんどのマウスではっきりとしたガンが網膜に発生する。

しかし生まれてから経時的に網膜を調べると、異常増殖はすでに生後8日目から始まっている。しかも、網膜を形成するほとんどの神経細胞で同じように異常増殖が起こる。ところが、ガンへと伸展するのはアマクリン細胞だけで、他の神経細胞はこのセットが揃っていてもガンにならない。

これまでこの違いは、例えば細胞死の起こりやすさ、免疫感受性、など様々な説明がされており、私自身も納得していた。

この研究は異なる細胞をそのまま比べるのではなく、アマクリン細胞のガン化を抑制する遺伝子操作を行い、この操作で変化する過程を調べている。Rb-1/p107 両方が欠損したマウスに、細胞周期調節に関わるp27-CDK経路を調節しているskp2ユビキチンリガーゼを欠損させるとガンが起こらないことが知られている。さらに、skp2の発現量が半分に低下させたマウスでも発生率が低下する。Skp2はp27を分解するので、この結果はRb-1欠損による発ガンにp27が必須であることを示している。

そこで、p27経路が欠損してガン発生が防止されるとき、細胞のどの過程が変化しているのか詳しく検討している。例えば、ガン遺伝子セットが発現しても細胞が死んでしまってガンにならない可能性を生後すぐの網膜で調べると、他の細胞と同等にアマクリン細胞もアポトーシスを起こしているし、skp2が欠損したマウスでもこの状態は変わらない。同じように、細胞老化も、免疫サーべーランスも、あるいはDNA損傷などこれまでガン化を阻止している要因として知られている様々な過程も、調べる限り決定的な要因ではないことを確認している。

その上で、skp2ノックアウト網膜アマクリン細胞で起こっている変化を調べると、細胞周期に関わる遺伝子の発現が目立って変化していることがわかった。そこでDNA合成の速度を調べる目的でEdUを30分間取り込ませたあと、2.5時間後に今度はBrdUを取り込ませ、両方がラベルされる頻度から細胞周期全体の長さとS期の長さを調べる凝った方法を用いて、ガン化が防がれている細胞ではS期ではなく細胞周期全体が延長していることを明らかにしている。即ち、細胞周期の短い細胞で発ガン変異セットが起こったときだけガン化することを明らかにしている。実際、Rb-1/p107欠損マウスで網膜の様々な細胞の細胞周期を調べると、ガン化するアマクリン細胞が他の細胞に比べて大きく細胞周期の時間が短い。

S期の長さは変わらず、しかもp27/CDK2の活性が落ちると細胞周期全体が延長することから、おそらくG1/S期が延長していると考えられるので、ガンの変異セットがCDK2活性が高くG1/Sへの移行が早い細胞で発生すると、ガン化すると考えられる。

残念ながらこれ以上のメカニズムは調べられていないが、代わりに他のガン化変異セットでも同じことが言えることを、脳下垂体、肺ガンなどで明らかにしている。結果は以上で、これまで考えもしなかった要因がガン化を決めるというので驚いた。もし本当だとすると、遺伝的にガンのリスクの高い人は、間欠的に細胞周期を延長する薬剤を摂取することでリスクを下げる可能性もある。

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5月3日 Tauの神経生理学的解析(4月28日Cell オンライン掲載論文)

2025年5月3日
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アルツハイマー病 (AD) の腫瘍病理は異常Tauによるシナプス喪失、そして神経変性により形成されるとされているが、病理学的変化が起こるまでにシナプス伝達の低下や細胞内カルシウム制御異常が起こることも報告されている。

今日紹介する University College of London からの論文は、この問題に神経生理学的手法を用いてチャレンジした研究で、4月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Alzheimer’s disease patient-derived high-molecular-weight tau impairs bursting in hippocampal neurons(アルツハイマー病患者さん由来の高分子量Tauは海馬神経細胞のバースト発火を低下させる)」だ。

読んでみるとこれまでこのような研究が行われなかったのかと思うくらい、シンプルな問題設定を行い、実験を行っている。即ち、ADの海馬神経の生理学的変化をクラスター電極で検出することから始めている。人間でもマウスでも海馬の神経細胞の活動を記録すると、一本のスパイクとして検出される興奮とともに、興奮がクラスターしてみられるバースト発火が見られる。

これをアミロイドβとTauの両方の異常が起こるマウスの脳で記録すると、特にバースト発火が低下していることがわかった。ここまで読んで、こんな実験が今まで行われていなかったのかと驚くが、気にしないで進むことにする。

バースト発火の低下がアミロイドβの異常か、Tauの異常か、を調べるため、それぞれ単独の異常が起こるマウスで調べると、Tauの異常が起こるマウスのみでバースト発火の低下が観察される。従って、Tauが神経内でバーストを抑える働きをしていると想像される。

そしてこの論文のハイライトになると思うが、このバースト発火の低下は、Tauの凝集が始まるよりずっと前に検出される点で、おそらくTauのリン酸化が始まる時期にすでに生理的変化として現れ、その後凝集によるシナプス喪失や神経変性に繋がっていくと考えられる。そして、この生理学的変化はCAV2.3カルシウムチャンネルの発現がTauにより低下させられる結果であることを明らかにしている。

そして、Tauが神経細胞のバースト発火を抑えることを直接示すため、神経生理学の極致と言える実験を行っている。即ち、マイクロピペットで様々な形のTauを細胞内に導入し、その神経のバースト発火を検出している。この結果、リン酸化を受けて多量体を形成し始めているが、まだ繊維状の凝集には至っていない可溶性の高分子Tauを細胞内に導入したときに、CAV2.3タンパク質の発現低下とそれに伴うバースト発火の低下が起こることを突き止めている。

結果は以上で、おそらくTauを細胞内に直接注射したあと、長時間神経活動を連続記録した研究は初めてではないだろうか。最近紹介したようにリン酸化Tauは早期からAD患者さんの血清に見られる。このように早くからリン酸化Tau、そしてその結果としての高分子Tauによるバースト発火の抑制が見られるとすると、ADでの認知障害は少なくとも生理的変化の段階と病理的変化の段階の2段階に分けて考える必要があるだろう。今後生理学的変化がADの症状や進行にどの程度関わるかなど、生理学的異常の意義を詳しく知る必要がある。特にCAV2.3の役割とADの関わりを解析することは重要だ。もし、この段階が明らかにシナプス喪失や神経変性と直接繋がっているなら、この時期を標的にすることでADの予防が可能になるかもしれない。

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5月2日 「2度目のワクチンは初回と同じ側の腕に打つべし」の根拠(4月24日 Cell オンライン掲載論文)

2025年5月2日
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オーストラリアは伝統的に免疫学に強みを持っており、学生時代からM.Burnetやその弟子のNossal 、また胸腺の役割を解明したJacque Millerが活躍していた。個人的印象と断っておくが、ユニークな方法論を駆使して仮説を証明する研究が多い様な気がする。例えば、リンパ節の輸出リンパ管から流れてくるリンパ球を集めてリンパ球が再循環していることを示した研究などはその典型だろう。

今日紹介するオーストラリア シドニーにあるGarvan医学研究所からの論文は、リンパ節内でのメモリーB細胞の動きをモニターする独自の技術を用いて、抗原を注射した側のリンパ節でのメモリーB細胞の動きが抗原を経験しないリンパ節とは全くことなることを示し、ワクチン接種で2度目のブーストは同じ側の腕に行うことが重要であることを示した研究で、4月24日 Cell にオンラインに掲載された。タイトルは「Macrophages direct location-dependent recall of B cell memory to vaccination(ワクチンに対する局所依存的B細胞メモリー反応はマクロファージにより指示される)」だ。

コロナワクチンは最初は2回に分けて接種され、まずプライミングで記憶を誘導したあと、もう一度ブーストでB細胞メモリーの強い反応を誘導するプロトコルがとられた。Gowansたちが発見したように、メモリーB細胞は再循環するので、2回目のブーストは同じ腕に接種する必要がないように思われるが、実際には局所に免疫メモリーがより多く残存している可能性を考え、同じ腕にブーストすることが勧められていたと思う。私も聞かれたとき、同じ腕の方がいいと思うと答えていた。

この研究はこの問題を動物と人間を用いてメカニズムレベルで解明しようとしている。使われたのはこのグループが独自に開発した、リゾチーム抗原に対するメモリーB細胞をリンパ節内でライブイメージングする技術で、ホストと区別できるB細胞を注射したマウスの片方の脇腹に抗原を注射、支配リンパ節でのメモリーB細胞の行動を追跡している。

生きたマウスのリンパ節で、ここまで美しいイメージングが可能なのかと驚くが、抗原を注射した側のリンパ節 (dLN) での動きは反対側のリンパ節 (ndLN) と全くことなっていることが明らかになった。即ちdLNではメモリーB細胞はマクロファージが並ぶリンパ節被膜近くを移動し、あまり胚中心には移動しない。一方ndLNでは通常の再循環型のメモリーB細胞の示す行動、即ち皮膜から胚中心までまんべんなく移動している。この移動は被膜下のマクロファージ層により調節されており、CSF-1受容体をブロックしてマクロファージ層の形成を妨げると、メモリーB細胞の動きは止まってしまう。

この抗原でプライムされた側のdLNのメモリーB細胞とマクロファージ層との相互作用は、次のブーストの結果に大きな影響を持つ。抗体反応ではなく、リンパ節内でのB細胞の反応を調べるとdLNでは抗原特異的メモリーB細胞の増殖は10倍以上になり、これはブーストを受けたdLNでメモリーB細胞が速やかに胚中心に移行してT細胞などと相互作用する結果であることがわかる。このことから、ブーストに対するメモリーB細胞の反応は抗原でプライムされた側で圧倒的に高く、これに抗原に暴露されたマクロファージが関わることが示された。しかも、ブーストにより胚中心へと速やかに移行するため、抗体の親和性をブーストに合わせて調節することも可能になる。即ちバリアントの抗原にも対応できるようになる。このとき、抗原でプライムされたT細胞は当然重要な働きを演じているが、胚中心へをメモリーB細胞をリクルートするのはあくまでも被膜下のマクロファージだ。

この行動の差を誘導する分子メカニズムを探索しているが、おそらく様々な相補的分子がマクロファージとメモリーB細胞で働いて、B細胞の移動を決めていると考えられる。実際、接着因子やケモカインなど様々な分子の発現がdLN側で上昇している。

そして最後に以上のマウスの結果を人間のCovid-19ワクチンで試している。即ち、一回目の摂取の後、2回目を同じ腕と、反対側の腕に接種するグループに分け、ブースとした後抗体価をを調べると同時に、リンパ節のニードルバイオプシーを行い、細胞の反応を調べている。

結果は予想通りで、抗体価で見ると同じ腕にブーストした方が早く強い反応が得られる。また、他のコロナウイルスバリアントに対する反応も同じ腕にブーストした方が誘導できる。そして、この反応の違いが胚中心のメモリーB細胞の増殖がdLN側で強く起こっている結果であることを示している。

以上が結果で、ワクチンは同じ腕に接種する方が良いことをメカニズムレベルで示した面白い研究で、オーストラリア免疫学の伝統の感じられる研究だと思う。

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5月1日 言語、文化、宗教の共有で人々がまとまったフェニキアという進歩した国家形態(4月23日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月1日
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4月23日 Nature にオンライン紹介されたフェニキア人ゲノムに関する論文は、すでに多くのメディアや研究者により紹介されており、わざわざ私が紹介するまでもないとスキップする気でいたが、読んで興奮したのとフェニキアに対して私なりに調べたことがあったので、独断と偏見をいとわず自分流に紹介することにした。

まずこの論文はハーバード大学のゲノム歴史学の世界の中心と言っていいDavid Reich研究室から発表された論文だ。Reich研究室からの論文はこのホームページでも何度も紹介したが、古代ゲノム科学としてだけでなく、歴史書を読むような興奮を経験できる論文が多く、ゲノム時代のシュリーマンと密かに名付けていた。事実、Reichグループからの論文は、伝聞などの歴史的記録が存在して考古学的議論が行われている歴史的事象を選んで、伝聞についての議論をゲノムから確かめ直す研究が多い。

今日紹介する論文はフェニキアを研究対象としており、フェニキアという都市国家がどう成立していたのかについて100体に上るゲノムを詳細に解析して調べている。タイトルは「Punic people were genetically diverse with almost no Levantine ancestors(ポエニの人たち(フェニキア人)は遺伝的に多様でレバントの先祖とはほとんどつながりがない。)」だ。

論文の紹介の前に、私がフェニキア人に興味を持っていた理由についても述べておく。理研CDBを退職したあと5年ほどJT生命誌研究館の顧問を務めていたが、その時、頭の整理をかねて、ゲノム科学、生命誕生、ゲノム進化、脳進化、言語誕生、そして文字誕生に至るまで、当時の論文を読みあさって自分なりの考え方をまとめた。このときの蓄積が分野を超えて論文を理解するのに本当に役立っているが、生命誌研究館最後の1年前は文字の誕生に集中して調べた(JT生命誌研究館のHPからも見られるが、このHPでも再掲しているので読んでいただきたい*https://aasj.jp/news/lifescience-current/11129)。この時、母音のないフェニキア文字を自分の言語に適応させる過程で最初の表音文字ギリシャ文字が発明される経過に一章を割いてまとめているが、地中海に散らばった2つの都市国家の文字を中心とする文化力に驚いていた。

当時からフェニキア人は、言語、文字、文化、そして宗教まで共有する集団だが、民族的には単一でないと考えられていたが、そのルーツは現在のイスラエル、レバノンに相当するレバント人を地中海へ分散する過程で地元民を巻き込んで形成された都市国家ではないかと考えられてきた。

この研究では、紀元前5−8世紀にかけて地中海に散らばったフェニキア人都市に埋葬されている骨からDNAを分離し、最低2万以上のSNPが解読できた157人のゲノムを解析している。もちろんゲノムだけでなく、炭素同位元素による正確な年代測定を行うとともに、同じ場所から出土したゲノムについては詳しい家族関係まで調べている。

結果は明確で、フェニキア人と確認できるこれらの人たちのゲノムは多様で、フェニキア人としてのゲノム統一性はほとんど存在しないことがわかった。そして、フェニキア人の由来とされるレバントのゲノムは、レバント近辺で都市国家を形成したフェニキア人には受け継がれているが、他のフェニキア都市にはほとんど見つからない。

逆に、フェニキア都市が形成される前の先住民のゲノムと比べると、それぞれの都市のフェニキア人には先住民のゲノムが受け継がれていることがわかった。即ち、フェニキア人がレバントから移動して地中海に植民都市を形成したのではなく、様々な形でフェニキア文化が伝えられ、各地で文化を共有した人たちによってフェニキア都市が誕生していることがわかる。

もちろん文化は人によってもたらされることから、極めて少ないが(今回の研究では3人)、レバントのゲノムを持つゲノムが、他の地域から発見されている。このようにフェニキア文化はおそら宗教のように伝えられていったのではないだろうか(と私には見える)。また、フェニキア都市間では主に男性の移動があった証拠もさまざま見つかっており、例えば、Y染色体の多様性が大きいことは、航海を通して少ないが男性の交流が存在したことを示している。さらに、7親等以内の親戚関係にある個体がシチリアと北アフリカのフェニキア都市に海をまたいで見つかっており、都市間で男性の移動はあったと考えられる。

他にも近親相姦の頻度なども調べているが、今回は割愛する。以上紹介した結果だけで本当に興奮する。即ち文化が異なる民族にそっくり伝わって、フェニキア人の統一性が成立している点だ。即ち、優れた文化や経済は人間をまとめる力があり、生殖とは無関係に、脳のレベルでフェニキア人が拡大したことになる。これに宗教がどのような役割を演じたのかも興味を引く。

カルタゴとギリシャの戦争の例からわかるように、もちろん文化の共有だけで国家を維持していくのは簡単でない。ただ、数百年にわたってこのような都市国家が維持されたことも確かで、それを可能にした要因について、今度は考古学から新しい視点が生まれることを期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月30日 サイトメガロウイルス感染はガン免疫を高める(4月23日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年4月30日
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Covidパンデミックの頃BCG摂取による免疫トレーニングにより、特異性の異なるコロナウイルスに対する反応が高まる可能性が盛んに議論された。同じようなトレーニングがガン免疫にも存在することは十分考えらるが、ヒトのガン免疫に関する報告はあまり見かけない。

ずいぶん前、2015年に双生児の免疫状態を200項目もしらみつぶしに調べて、免疫状態はトレーニングにより作られることを示したM.Davis の研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/2743)が、このとき免疫状態に最も影響力が強いのがサイトメガロウイルス (CMV) の感染であることが示されていた。

今日紹介する英国オックスフォード大学を中心とするグループからの論文は、このCMV感染によりガン免疫が高まることを示した研究で、4月23日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「CMV serostatus is associated with improved survival and delayed toxicity onset following anti-PD-1 checkpoint blockade(CMVに対する抗体の有無はチェックポイント阻害治療の効果を高めるとともに、副作用の発生を遅らせる)」だ。

この研究では転移性のメラノーマでチェックポイント治療を受けた患者さん341人のコホート研究で、この中にはPD-1抗体単独治療と、PD-1+CTLA-2抗体併用両方を含んでいる。この患者さんをCMV抗体を持つ感染者と非感染者に送別して調べると、CMV感染者は末梢のリンパ球の数が多く、またガンの予後に関わる白血球・リンパ球の比率が低く、その結果としてCD8キラーメモリー細胞も高まっている。

この免疫状態に呼応して、PD-1単独治療の場合、CMV感染者の方が圧倒的に治療効果が高い。この原因を遺伝子発現を手がかりに探索すると、CMV感染者ではインターフェロン産生型のT細胞へと誘導するTBX21の発現が高まっている。また、CMV感染の有無を問わず、T細胞のTBX21発現の高い患者さんでは生存期間が延びている。これらの結果から、CMV感染により免疫システムがトレーニングを受ける過程でTBX21を発現するようになり、この結果キラー活性の強い、またインターフェロン分泌も行うT細胞が誘導され、ガンの増殖を抑制すると考えられる。

面白いのはPD-1+CTLA-4抗体を併用している患者さんでは、CMV感染にかかわらずTBX21を発現しており、感染の効果は見られない。

このように非特異的に免疫反応性が高まっているとすると当然副作用が問題になると思うが、不思議なことにグレード3の高い副作用の頻度が低下しており、副作用を抑えるためのステロイド投与の必要性も減じている。中でも、腸炎や肺炎の頻度は大きく低下する。ただ難しいのは、皮膚の副作用は上昇しており、今後のメカニズムの解明が必要だと思う。

最後に、CMV感染者のメラノーマの発生率を調べると、BRAF変異を持つメラノーマの発生率がCMV感染で低下していることが明らかになった。

以上、CMVは我々の身体に住み込んで免疫が低下すると重症の感染を引き起こすが、我々の免疫をトレーニングすることでガンから守っていることがわかった。2015年のMark Davisの論文を思い出しながら面白く読んだ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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