7月3日 ウイルスの驚くべき進化?:感染したホストの皮膚細菌叢を操って蚊にウイルスの存在を知らせる(6月30日 Cell オンライン掲載論文)
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7月3日 ウイルスの驚くべき進化?:感染したホストの皮膚細菌叢を操って蚊にウイルスの存在を知らせる(6月30日 Cell オンライン掲載論文)

2022年7月3日

寄生体に身体を操られるボディースナッチは、SFの世界だけではなく、動物界には結構見られる現象だ。しかし、今日紹介する中国・雲南獣医学研究所からの論文は、Flaviウイルス、蚊、皮膚細菌、そして人間を含む動物と、なんと4種類の生物が関わるという点では複雑の極みで、本当にこんな進化があり得るのかと思える研究だ。タイトルは「A volatile from the skin microbiota of flavivirus-infected hosts promotes mosquito attractiveness(Flaviウイルスに感染したホストの皮膚細菌叢からの揮発物が蚊を惹き付けやすくする)」で、6月30日Cellにオンライン掲載された。

デングウイルスやジカウイルスはネッタイシマカなどの蚊により媒介される。即ち、蚊に刺されたホストで増えたウイルスは、ホストがもう一度蚊に刺されることで初めて蚊に戻り、他のホストへと感染できる。このサイクルをウイルスの立場から考えると、感染ホストの中で、蚊を遠隔操作して、感染ホストへと誘導出来れば、増殖機会を増やすことが出来る。しかし、そんな都合のいい遠隔操作が可能なのか。

この研究では、まず感染マウスと、非感染マウスの臭いで満たされるようにしたチェンバーのどちらにネッタイシマカが移動するか調べる実験系を組み立て、なんと感染マウスの臭いは、ネッタイシマカを惹き付けることを明らかにしている。

これだけでも驚くが、感染マウスと非感染マウスから遊離される揮発物質を集め、この解析からアセトフェノンの量が最も多く変化することを突き止める。そして、アセトフェノンを塗布した非感染マウスや、人間の手にも蚊が引き寄せられることから、アセトフェノンこそがウイルスにより操作され、皮膚で作られる分子であることを明らかにする。

次に感染マウス皮膚でアセトフェノンが合成されるメカニズムを探り、皮膚細菌叢を除去するとアセトフェノンの合成が無くなることから、ホストの細胞ではなく、皮膚に常在する細菌叢がアセトフェノンを合成していることを突き止め、アセトフェノンを合成できる4種類の細菌を特定している。

ではなぜアセトフェノン合成細菌が感染ホストの皮膚で増殖するのか?感染ホストの皮膚を非感染ホストと比べることで、最終的にバクテリアに対する抗菌物質の一つRELMαの発現が低下すること、またアセトフェノン合成細菌4種類は、RELMαへの感受性が高く、結果感染によりRELMαが低下した皮膚では、通常より増殖が上昇することを示している。

さらに、この感染によるRELMα低下を補うためにビタミンAの摂取が有効であることも示している。

蚊の誘引物質の実験系、誘引物質の同定、誘引物質合成細菌の同定など、かなり高い実験能力が示された論文で、クエスチョンも面白いが、それをやり遂げる力量にも感心した。ただ、感染、自然免疫、RELMα低下のカスケードだと、別に蚊により媒介されるウイルス感染である必要はない。その点を明確にしてほしいと思う。

しかし、5月7日、ネッタイシマカの脳の活動を調べて蚊の誘引物質を探索する研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/19624)。この研究の場合、誘引物質のカクテルが人間へ蚊を引き寄せる役割を演じていることが示されていた。同じ系を用いて、アセトフェノンの効果を調べる重要性を感じる。これによって初めて、これだけ複雑なサイクルをコントロールするウイルス進化が可能になったのか、理解できるようになるだろう。

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7月2日 見ただけで食べた気になるメカニズム(7月5日号 Cell Metabolism 掲載論文)

2022年7月2日

食事を、見ながら嗅いで、ゆっくり味わいながら食べるほうが、ただ栄養として飲み込んで摂取するより身体にいいことがわかっている。これは、食べ物が視覚や嗅覚、そして味覚を通して脳を刺激し、これが消化吸収後にグルコース濃度が上がってインシュリン分泌が誘導されるより前に、迷走神経を介してインシュリンを分泌させ、代謝を前もって調節しているからと考えられている。この過程に、自然炎症の親玉、IL1β が関わることが最近示されている。

今日紹介するバーゼル大学からの論文は、食べ物の脳への刺激が IL1β を介してインシュリン分泌を誘導するメカニズムを明らかにした研究で7月5日号 Cell Metabolism に掲載された。タイトルは「The cephalic phase of insulin release is modulated by IL-1b(脳を介するインシュリン刺激はIL1βにより調節される)」だ。

この研究では IL1β が脳で働いて、迷走神経を介してインシュリン分泌を刺激するという仮説に基づいて研究を行っている。そこで、まず IL1β を低い濃度で腹腔および脳に注射する実験を行い、腹腔注射では影響がない濃度でも、脳に IL1β を注射するとインシュリン分泌が誘導されることを明らかにする。

次に空腹にしたマウスに餌を与え、最初の一口でマウスを採血、インシュリンを測定すると、食事は全く入っていないのに、インシュリンが分泌される。このとき、IL1β シグナルを抑える薬剤を前もって投与すると、インシュリン分泌が抑えられる。即ち、食べ物の脳への刺激がインシュリン分泌を誘導するには、脳内で IL-1β が分泌されることが必須だ。

この発見がこの研究のハイライトで、あとは

  1. 白血球で IL1β をノックアウトしても、脳の刺激によるインシュリン分泌は影響ないこと、このマウスと比べると、脳のミクログリアで最も強く IL1β 分泌が傷害されるようにしたマウスでは、脳刺激によるインシュリン分泌が起こらない。すなわち、ミクログリアが脳内の IL1β の源である。
  2. おそらく視覚や嗅覚などの刺激によりすぐに IL1β がミクログリアから分泌されると、視床の傍脳室核を刺激し、この刺激が迷走神経を介して膵臓でインシュリン分泌を誘導する。
  3. 肥満になると、IL1β のレベルが元々高まってしまって、脳刺激による IL1β の効果が消失しており、この結果食事前のインシュリンによるコンディショニングが起こらず、肥満をさらに悪化させることになる。

以上が主な結果で、IL1β が迷走神経を刺激するメカニズム、食べ物の刺激でミクログリアの IL1β が分泌されるメカニズムなど、肝心なところがまだわからない。しかし、IL1β が脳と膵臓をつなぐという結果は重要だ。と言うのも、IL1β は自然免疫のエフェクターの親玉で、肥満、糖尿病、動脈硬化、そして老化などに関わることがわかっている。これが脳の食への感受性を鈍化させるとすると、最終的に肥満では楽しんで食べていないのではと思える。私のような食べることの好きな老人には今後も注目の領域だ。

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7月1日 毒を薬に:一酸化炭素をホイップクリームにして治療に使う(6月29日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年7月1日

ガス中毒といえば、まず頭に浮かぶ一酸化炭素が、なんと薬として使えると聞くとだれもが驚くはずだ。長年医学論文を読んできた私も全く初耳だった。当然今日紹介するハーバード大学からの論文のタイトル「Delivery of therapeutic carbon monoxide by gas-entrapping materials(治療用一酸化炭素をガスを閉じ込める材料を用いて患部に届ける)」を見ると、それだけで引きつけられる。

イントロ部分を読むと、一酸化炭素が何故薬になるのかまとめた総説が2010年、Nature Review Drug Discoveryに掲載されているので、ざっと目を通してみた。

勿論、ヘモグロビンに結合してしまうと酸素と拮抗して、呼吸が出来なくなる。しかし実際には私たちの体の中でも一酸化炭素が作られており、局所でヘムを持つ分子と相互作用を行い、様々な効果を発揮すること、特に血管リラックス効果のあるNO産生に重要な働きをしていることが述べられている。その結果、炎症や損傷治癒を促進する効果があり、外部からCOを投与しても、十分同じ効果を得ることが出来るようだ。

しかし、どうやって安全な量の一酸化炭素を患部に投与するのか?今日紹介する論文の目的は、大腸にCOを投与する方法の開発で、6月29日号Science Translational Medicineに掲載された。

極めて単純化して結果をまとめると、多糖類の一つキサンタンガム、メチルセルロース、そしてマルトデキストリンを基質にして、ホイップクリームを作り、そこに一酸化炭素を溶け込ませるという方法を用いると、経口的に胃を満たしたり、あるいは肛門から逆行的に直腸を満たして、局所でヘモグロビンと結合できることを示している。すなわち、COを比較的簡便に投与可能で、ヘモグロビンへの結合から見て、組織内で利用されていることを示している。

そして、安全な量を直腸に投与することで、

  1. アセトアミノフェンによる肝臓の急性中毒を軽減できる。
  2. デキストランスルフェーとによる慢性腸炎をほぼ完全に抑えることが出来る。
  3. 放射線による大腸上皮の障害を抑えることが出来る。

を実験的に示し、様々な病気の基礎治療として用いることが出来ることを示している。

大変勉強になったが、今後ホイップクリームの作り方などを工夫して、様々な治療に役立てられる可能性を感じた。

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6月30日 毛根再生の意外なパートナー(6月23日 Nature Immunology オンライン掲載論文)

2022年6月30日

全く免疫系が欠損したマウスでも、毛は生えてくることから、毛根サイクルが免疫システムと独立していることは明らかだが、免疫細胞が毛根再生に影響を及ぼしうることは、円形脱毛症が一種の免疫病で、さらにJAK阻害剤で治療可能であることから明らかだ。しかし、これらは病理的な状態の話で、生理的な毛根サイクルにリンパ球が関わることは予想だにしなかった。

今日紹介する米国ソーク研究所からの論文は、驚くなかれ、制御性T細胞(Treg)が、少なくとも人工的に抜いた毛根の再生のスイッチとして重要な働きをしていることを示した面白い論文で、6月23日号の Nature Immunology に掲載された。タイトルは「Glucocorticoid signaling and regulatory T cells cooperate to maintain the hair-follicle stem-cell niche(グルココルチコイド・シグナルと制御性T細胞は協調して毛根幹細胞ニッチの維持に関わる)」だ。

実際には私がフォローできていなかっただけだが、Treg細胞が幹細胞の維持に関わることは、様々な組織で示されているようだ。このグループは、毛を引き抜いた際に起こる毛根再生では、局所にグルココルチコイドが分泌され、それに刺激されたTreg細胞が、毛根幹細胞に働いて再生のスイッチを入れるという作業仮説をたて、これに従って実験を進めている。

まず、背中一面の毛を抜いたとき、48時間をピークに、局所でのグルココルチコイド分泌が起こることを確認する。血中グルココルチコイドには変化がなく、副腎からの全身への分泌ではなく、皮膚に存在する何らかの細胞から、ストレスにより分泌されていることがわかる。同時に、皮膚に存在するTregのグルココルチコイド受容体 (GR) の発現も上昇する。

そこで、TregだけでGRが欠損するマウスを作成し、背中一面の毛を抜く処理をすると、正常では15日目でほぼ再生が完了するのに、GRノックアウトマウスでは全く再生しない。ただ、人工的な毛根除去だけでなく、自然の休止期から活動期への移行も遅れることも示している。この発見が研究のハイライトで、毛根サイクルにTregは必要ないが、Treg活性化がないと休止期が延びてサイクルが長くなることがわかり、Tregが生理学的状況でしっかり働いていることが明らかになった。

後はTregが幹細胞の活性化を助けるメカニズム、そしてそのメカニズムがGRによって誘導されるメカニスムについて実験を進め、

  • Tregが分泌するTGFβ3が、毛根の再生を抑えるBMPシグナルに拮抗することで、毛根幹細胞の増殖を誘導する。
  • TGFβ3をTregからノックアウトすると、毛根再生を助ける機能が完全ではないが、一定程度失われる。
  • GRはFoxP3と協調してTGFβ3遺伝子の発現を誘導する。

などを明らかにしている。

以上が主な結果で、なんと言ってもTregが、Treg本来の機能ではなく毛根幹細胞の再生がスムースに行くよう見守っているというストーリーで、面白い。考えてみると、リンパ球が進化するのは有顎類からだが、毛根の発生は哺乳動物からだ。従って、後から進化した毛根が、前から存在するTregを自分のシステムに組み込んでも何の不思議はない。様々なサイクルの毛を持つ人間の皮膚での役割も知りたいところだ。

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6月29日 てんかん発作と免疫性炎症(6月22日Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年6月29日

てんかん発作の多くは、部分発作と呼ばれるタイプで、局所の神経に過剰な神経興奮が誘導され、それが脳全体に伝搬する。多くの場合、抗けいれん剤で発作を抑えることが出来るが、この治療に抵抗性のケースを薬剤抵抗性てんかん(drug refractory epilepsy:DRE)と分類される。そして発作が繰り返し、日常生活に著しい障害が生じる場合、皮質に電極を設置し、てんかん発作の始まる場所を特定し、そこを切除して発作を抑える治療が行われる。このHPで何度も紹介してきた、広い範囲を多くの電極でカバーする皮質電極を用いて脳の活動を正確に記録し、脳機能を調べる研究のほとんどは、てんかん巣切除のために皮質電極を設置した患者さんにお願いして行われた研究だ。

今日紹介するシンガポール国立大学からの論文は、検査確定後切除されたてんかんの発生源組織をsingle cell RNAsequencingで調べ、てんかんの発症と炎症の関わりについて検討した研究で、6月22日Nature Neuroscienceにオンライン掲載された。タイトルは「Single-cell transcriptomics and surface epitope detection in human brain epileptic lesions identifies pro-inflammatory signaling(Single cellトランスクリプトームと表面分子検出によりてんかん発生源に炎症性シグナルの存在が特定される)」だ。

この研究では、最初から、てんかん発生源に炎症細胞の浸潤があるはずだという仮説に基づいて、研究が行われている。この治療の目的が組織切除なので、患者さんの負担もなく、十分な質の高い細胞が得られると想像できる。その意味で、発作が起こっていない時の神経細胞側の変化についても、詳しく検討して欲しいと思うが、全く調べていないのが残念だ。

従来から治療抵抗性のてんかんの背景には炎症があることが指摘されてきたが、この研究では、まず正常と比べたとき、てんかん発生起源に存在するミクログリア細胞が、予想通り炎症性サイトカインを分泌する活性型に変化していることを確認している。

次に、リンパ球などの浸潤細胞側の解析を行い、マクロファージからリンパ球、NK細胞までほとんどの細胞が浸潤しており、特にT細胞ではグランザイムBの発現を含む炎症性変化が認められることを示している。すなわち、浸潤リンパ球主体の炎症が起こっている。

後は、浸潤細胞間の相互作用を特定するデータ処理法、さらには接合している細胞を純化して遺伝子発現を調べる方法などを組みあわせ、炎症現場で起こっている相互作用を調べ、

  • インテグリンを介する血管外への遊走が浸潤に重要な働きをしており、てんかん発生源にはこの過程を誘導する条件が存在する。
  • ミクログリアが直接CD4及びCD8T細胞と結合して相互作用を行っている。
  • この相互作用には、ミクログリア側のCCL4とIL1β、T細胞側のインターフェロンγ、グランザイムB、XCL1ケモカインがかかわる。

などを明らかにしている。ただ、反応しているT細胞のクローン増殖などについては検討できていないのも残念だ。

最初興味を持って読んだが、予想の範囲の結果で、炎症だとしても、結果なのか原因なのか、何故発生源で炎症が起こるのかなど、重要な問題はそのまま残っている。出来れば、神経側の解析をもっと深めて欲しかったという印象だ。いずれにせよ、薬剤抵抗性の患者さんに炎症、特にT細胞による免疫性炎症を抑える薬剤の効果を調べる研究方向は、今後重要だと感じた。

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6月28日 運動後に食欲が抑えられるメカニズム(6月15日 Nature オンライン掲載論文) 

2022年6月28日

運動後のビール一杯は、このために運動するのではと思えるほどたまらない。とは言え、人によると思うが、強い運動後はどうしても食欲が抑制され、暴飲暴食が防がれているのも事実だ。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、エクササイズにより上皮や血液細胞で合成される乳酸とフェニルアラニンが結合した Lac-Phe が、運動後に食欲を抑制し、健康維持に働いていることを示した研究で、6月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「An exercise-inducible metabolite that suppresses feeding and obesity(エクササイズにより誘導され食物摂取と肥満を防ぐ代謝物)」だ。

この研究は運動後に上昇する代謝物を探索し、最も高い上昇率を示す分子として Lac-Phe を特定する。運動により乳酸が上昇するが、Lac-Phe は濃縮された乳酸とフェニルアラニンが結合してできる代謝物だ。これまでの研究に、CNDP2が合成に必要であることがわかっている。ある意味で、不思議な発見だ。CNDP2は名の通りディペプチナーゼなので、ディペプチドに働いて分解する酵素だ。ここでは示されていないが、フェニルアラニンなどを濃縮するプロセスに関わるのかもしれない。さらにCNDP2は、筋肉ではなく増殖する上皮や血液での発現が強い。従って、運動の影響は筋肉にとどまらないこともわかる。いずれにせよ、CNDP2をノックアウトしたマクロファージでは Lac-Phe は合成されない。さらに、2型糖尿病のリスク遺伝子として既にリストされている。

合成経路は完全にわかったわけではないが、Lac-Phe の効果はめざましい。運動後の血中レベル相当のLac-Pheを腹腔注射すると、食事摂取量が50%低下する。そして、効果の様子を調べると、決して嘔吐や悪心が誘導されて食欲が抑制されているのでないこが確認される。また、これまで食欲制御ペプチドとして知られるレプチンやグレリンの分泌にも全く影響はないことから、Lac-Phe 自体が食欲抑制効果を持つことが明らかになった。さらに、持続的に投与すると体重増加を抑制し、インシュリン感受性も挙げることが出来る。

そこでCNDP2ノックアウトマウスを作成し、高脂肪食を投与して体重変化を観察すると、Lac-Phe は低下しているが、残念ながら体重については正常マウスとほとんど変化はない。しかし、同じ実験に適度な運動を加えてやると、ノックアウトマウスでは体重の増加が著しいことがわかる。すなわち、Lac-Phe は運動後特異的に食欲を抑制するメカニズだと結論できる。

最後に、人間でも運動後に Lac-Phe の上昇があるのか調べている。期待通り、ランニング後では乳酸に少し遅れて上昇してくる。また、様々な運動で上昇するが、スプリントで最も高い上昇が見られることも分かった。

結果は以上で、生理学的には運動後すぐに食べることは自然でないことを教えてくれる、なかなか面白い分子だ。構造も簡単で合成も容易なので、おそらくサプリとして現れるような気がする。

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6月27日 CRISPR+single cell RNAsequencing = Perturb-seq:生命活動を遺伝子発現ネットワークとして捉え直す(7月7日号 Cell 掲載論文)

2022年6月27日

今回はテクノロジーの話なので、一般向きではないと思う。

さて、これまでCRISPRを用いて遺伝子を網羅的にノックアウトして、例えばコロナ感染に対する抵抗性に関わる遺伝子をリストするという方法について何度も紹介してきた。また、細胞ごとの遺伝子発現を調べ、細胞内の遺伝子ネットワークも調べ、細胞の様々な特徴とゲノムを相関させるsingle cell RNA sequencing(scRNAseq)については、もはや使っていない論文がないと言えるほど普及している。当然の成り行きとして、この両者を組みあわせ、特定の細胞の中で働いている遺伝子ネットワークをさらに機能的に調べようと考える人が出てきて当然だ。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はまさにこの課題にチャレンジして、この技術の大きな将来性を指し示した研究で7月7日号Cellに掲載された。タイトルは「Mapping information-rich genotype-phenotype landscapes with genome-scale Perturb-seq(ゲノムスケールのPerturb-seqを用いて情報満載のgenotype-phenotypeの様相をマッピングする)」だ。

この研究では、特定の細胞で働いている遺伝子を、 CRISPR-ガイドRNAを導入して網羅的にノックアウトする。例えば、5000種類の遺伝子をノックアウトしたいと思う場合、大体一個の細胞に一種類の遺伝子ノックアウトのガイドRNAが入るようにしてノックアウトすると、当然細胞に様々な変化が生じる。

多くの場合、この変化を、例えば細胞の増殖、特定の分子の発現など、いくつかのバイオマーカーを指標を元に検出し、特定の細胞機能に関わる遺伝子ネットワークを特定してきた。ただ、この研究では特定のバイオマーカーを使うことはやめて、遺伝子ノックアウトした細胞集団をscRNAseqで調べ、トータルの遺伝子発現に及ぼす特定の分子ノックアウトの影響を調べるというものだ。すなわち、細胞の形質自体を、遺伝子発現パターンに帰してしまうことで、先入観なしに小さな変化も見落とさない、細胞レベルのgenotype-phenotype様相を明らかにする技術を目指している。

おそらく同じような開発は他でも行われていたと思う。ただ、scRNAseqでそれぞれの細胞に割り振るバーコードと、ガイドRNAを同時解析して、ノックアウト遺伝子を特定し、それと遺伝子発現を相関させるという膨大な情報処理技術を実用化するまでに時間がかかったのだと思う。この研究は、この難しい技術を完成させたことにつきる。

そして、示されたデーターからその可能性の大きさを実感できる。まずほとんどの細胞機能の変化を、遺伝子発現のパターンの変化として、2次元に展開できる。そして、それぞれのクラスターとノックアウトした遺伝子を重ね合わせた図を見ると、途方もない量の機能情報が得られることが実感できる。

まず、遺伝子発現の変化から推定できる様々な細胞機能に関わることが新たに明らかになる遺伝子が数多く見つかっている。細胞株での話とは言え、バイアスなしにここまでわかると今後の細胞研究は加速する。

また、これまでほとんど同じ機能を持つと考えられていたファミリー分子(ここではIntegrator分子を例に示している)が、なんと予想外の多くの細胞機能の変化を誘導することがわかった。それと同時に、integrator とともに働いている様々な分子も特定できる。その結果、C7orf26がintegrator 10、13、14と一緒に集まって機能していることが明らかになった。

この研究では血液前駆細胞株K562が用いられており、当然赤血球や白血球への文化に必要な遺伝子ネットワークも明らかに出来る。他にも様々な可能性が示されているのだが、最も面白いのは次の二つだろう。

一つは、クロモゾーム不安定性に関わる遺伝子ネットワークを明らかに出来る点だ。すなわち、どの遺伝子が発現するかだけでなく、どの遺伝子がどの程度発現するかを検出できるので、染色体不安定性のような大きな変化も遺伝子発現パターンとして捉えることが出来る。その結果、TTK分子欠損のようなほとんどの細胞の染色体不安定性を誘導する変化と、不安定性に対するp53の役割など、ガンを理解するときに必須の分子ネットワークが明らかになる。

もう一つ面白いと思えるのは、ミトコンドリアにコードされている遺伝子の発現を調節している遺伝子ネットワークの特定が可能になる点だ。その結果、エネルギー代謝、ミトコンドリア内翻訳、蛋白質ストレス、異なる原因によるミトコンドリア遺伝子発現変化を特定できている。今、あらゆる分野でミトコンドリア研究の重要性が示されていることを考えると、この結果はすごい。

おそらく可能性は無限に思える。今後、正常細胞やiPS由来細胞などを用いた実験が行われ、細胞ごとのアトラスが完成すると、ひょっとしたら実験などほとんどしなくて、いろんなことがわかる時代が来るかもしれない。この技術についても改めてジャーナルクラブで紹介したい。

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6月26日 ALSの中には自己抗原に対するキラーT細胞が発症に関わるケースがある(6月22日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月26日

多くの変性性神経疾患で、ミクログリアや炎症の役割が指摘されている。これはALSでも同じで、特に遺伝性で若年発症のALSの場合(例えばC90RF72)、ノックアウトすると自己免疫病が発症することが知られており、自己免疫になりやすい基盤の上に、炎症が起っているのではと考える人たちも多い。

今日紹介するマウントサイナイ・アイカーン医科大学からの論文は、さらに進んで突然変異により発生したネオ抗原が引き金となって、ALSが発症する可能性をマウスで確認した後、実際の患者さんでも可能性を確かめた研究で、6月22日号Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Clonally expanded CD8 T cells characterize amyotrophic lateral sclerosis-4(ALS4はCD8T細胞のクローン増殖により特徴づけられる)」だ。

この研究では遺伝性ALSのうちALS4と呼ばれるSetx遺伝子の突然変異により発症する疾患に焦点をあて、ヒトと同じ変異を持つマウスを作成している。このモデルでは8ヶ月目から運動障害が発症するが、期待に反して正常マウスと比べると、炎症性サイトカインの上昇などは全く示さない。

そこで、自己免疫に関わるリンパ球側の変化を調べると、ほとんど違いがないなかで、抗原刺激によって誘導されるPD-1を発現するCD8T細胞が増加していることを発見する。しかも、病気の起こっている場所、すなわち脊髄でこの細胞が全体の36%にもなることを発見する。

このPD-1陽性CD8T細胞をさらに詳しく調べると、T細胞が慢性的に抗原で刺激されたときに発現が高まるTox分子を強く発現した集団が増えていること、そしてT細胞受容体を調べると、一匹のマウスでは60%が一つのクローン由来で、残りのマウスも、それぞれ30%、20%とクローナル増殖が起こっていることを明らかにしている。すなわち、予想通り自己抗原に対して反応して増殖しているクローンが、病気に関わっていることが示唆された。ただ、こうして誘導されたT細胞の一部は、突然変異を持たないグリオーマ細胞も殺すことから、全てが変異を含むペプチドに対するものではなく、おそらくスプライス異常も含めたネオ抗原を認識している。

面白いのは、突然変異マウス骨髄を移植する実験で、突然変異によるリンパ球側の条件を調べると、突然変異マウスでネオ抗原が発現するだけでなく、突然変異によりリンパ球の反応性が変化することも重要な要因であることも確認している。

そして最後に、実際の ALS4患者さん末梢血リンパ球をCyTOFで調べると、マウスとは発現分子は少し異なるが、抗原により活性化されたときに発現が上がるCD45RA陽性エフェクター記憶細胞が増加しており、特定のT細胞受容体βを発現するT細胞が70%近くを占める、クローン増殖が見られることを確認している。

結果は以上で、残念ながら免疫治療でこの患者さんの症状を抑制できるかについては全く検討されていない。しかし、もしこれがALS4の疾患メカニズムなら、必ず対処方法は存在するので、研究を進化させて欲しいと思う。さらに、他の突然変異によるALSについても、同じような可能性が当てはまるのかも是非調べて欲しい。

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6月25日 結核にメトフォルミン:結核病理メカニズム研究がとんでもなく変化していた(6月24日 Science 掲載論文)

2022年6月25日

10年近く論文ウォッチを続けているが、結核の生物学についての論文は紹介したことがなかった。確かに、BCGがらみの自然免疫や、社会的問題としての結核については何度か紹介しているが、生物学は全くゼロだ。

私が医者になったとき、治療可能でほとんど入院は必要ない病気だったが、外来では結核の患者さんはよく見た。外来で、結核性胸水を抜いたことすら有る。その後、患者さんの数が減っていることを実感するより先に、基礎研究へ移ったが、病理や免疫から考えると、結核は特有の面白さがある様に感じてきた。

まず結核菌がマクロファージに取り込まれると、肉芽腫が形成される。すなわち、一般の炎症とは異なる特殊な細胞が集まる特性を持っている。そして、慢性の炎症が経過すると、肉芽の中心が壊死に陥り、その結果喀血したり、結核菌の排出が起こる。すなわち、自然免疫も、免疫も、他の感染とはかなり違う。

今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、この結核菌をくわえ込んだマクロファージが壊死に陥る過程の分子過程についての研究で、6月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Tumor necrosis factor induces pathogenic mitochondrial ROS in tuberculosis through reverse electron transport(腫瘍壊死因子はミトコンドリアのROSを逆電子流を介して生成し、結核の細胞壊死を誘導する)」だ。

しかし、この論文は結核研究に馴染みがあると思っていた私にとって、衝撃の論文だった。まず何よりも、ゼブラフィッシュを使って感染実験を行っている。勿論人間の結核菌ではないが、Mycobacterium marinum(Mn)と呼ばれる水生動物の病気を誘導する菌種を用いている。調べてみると、人間にも感染するようで、魚の飼育に携わる人たちの皮膚に感染するようだ。

これまでの研究で、人間のマクロファージでも、またMnを感染させたゼブラフィッシュでも、細胞の壊死が起こるためには、感染により誘導されるleukotorienを介してTNFが上昇し、これにより誘導される活性酸素ROSの誘導が加わると、細胞壊死が起こることが知られており、またこの過程をゼブラフィッシュの中での肉芽病巣としてフォローできる。ゼブラフィッシュでは、様々な遺伝的方法が利用できるのと、様々な阻害剤を使った実験も培養細胞同様に容易なので、メカニズム研究にうってつけというわけだ。

この研究では、TNFによりROSが生成する経路を徹底的に調べているのだが、実際にTNF添加後30分の間で起こっている現象なので、TNFにより炎症が誘導される私たちが馴染みの過程とは全く異なる過程を研究しているのにも戸惑った。

ROSはミトコンドリアの電子伝達系から発生するので、菌に感染した細胞やゼブラフィッシュにTNFが加わったとき、ミトコンドリアROS合成経路のどこが亢進しているかについて、阻害剤を用いて詳しく検討している。詳細を省いて結論をまとめると、TNFによりグルタミン酸の取り込みが上昇し、これがTCAサイクルに流入することで、TCAサイクルでのコハク酸合成が上がる。これにより、電子伝達系コンプレックスIIが還元型コエンザイムQの合成を高め、これが電子伝達系Iでの水素イオンの逆流を促す結果ROSが産生することを示している。

この研究では、何故TNFでグルタミン酸の取り込みが上がるかといったメカニズムは全く探索されていない。もっぱらミトコンドリアのTCAサイクル、電子伝達系での反応だけを追いかけており、私にとっては異分野という印象が強い。

そして、TNFによりROSが誘導されれば、細胞の壊死が誘導されるので、TNFの役割はこれだけという結論になる。ただ、残念ながら結核感染の最も大きな問題が残ったままで終わっている。すなわち、TNFもROSも、細胞の壊死が誘導されるためには、結核菌に感染している必要があり、正常のマクロファージにいくらTNFを加えてもROSも壊死も起こらないし、またROSを生成させても、結核菌に感染していないと壊死は起こらない。

これについては他の研究が進んでいるのだろうと思うが、頭が完全にクリアになったというわけにはいかなかった。しかし、ゼブラフィッシュを用いていること、代謝、しかも電子伝達系とTCAサイクルがここまで特異的に関わるとは驚いた。そしてその結果、ROSを合成する呼吸コンプレックスIの阻害活性が知られているメトフォルミンを加えると、ROS合成が抑えられることを示している。メトフォルミンなら明日からでも利用可能なので、この結果はすぐにトランスレーションされるだろう。

久しぶりの結核病理メカニズム論文だが、頭の中の代謝経路を整理する意味では最適の論文だった。

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6月24日 ガンの転移を防ぐためには「Nessun Dorma:誰も寝てはならない」(6月22日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月24日

まず今日紹介するチューリッヒ工科大学からの論文のタイトル「The metastatic spread of breast cancer accelerates during sleep(乳ガンの転移性進展は睡眠中に促進される)」を見て欲しい。

要するに乳ガンの転移は寝ているときに促進されるという恐ろしい報告で、タイトルを見ただけで引きつけられる。ちょっと知識があると、そもそも転移というプロセスが、一日より短い単位で変動するなどあり得ないと思うので、また羊頭狗肉かなどと思いながら、どんな実験を行っているのか興味津々で読み進めることになる。結論的に言うと、羊頭狗肉ではないし、実験の着想は面白いが、最終結果は至極まっとうで「幽霊の正体見たり枯れ尾花」といった感じだ。

要するにガンの転移が概日リズムに従っているという話だが、一番重要なのは転移の量を時間単位でどう測定するのかだ。この研究では、このHPでもずいぶん前から紹介している Circulationg Tumor Cell(CTC:https://aasj.jp/news/watch/1821)を転移の指標としている。

ここまで読むとなるほどと、着想に感心するが、実際 CTC が多く遊離される乳ガン患者さんの血液を調べると、夜の方がなんと10倍以上高いことがわかった。おそらく予想を超える違いで、この発見が研究の全てと言っていい。

同じ現象を今度は乳ガンを誘導したマウスで調べると、マウスの場合昼に寝るので、寝ている昼をピークとして CTC 数が変動する。より詳細な実験が可能なマウスを使って、

  1. 腫瘍に直結する静脈を調べ、腫瘍からの遊離自体が概日リズムに支配される。
  2. 睡眠中に遊離された CTC は、活動中の CTC と比べて、静脈注射したときより多くの転移巣を形成する。
  3. 遺伝子発現を見ると、睡眠中の CTC は増殖に関わる遺伝子の発現が上昇している。
  4. 全ては概日リズムに従っており、メラトニン投与で睡眠を誘導すると、CTC の数が増える。

など様々な現象を明らかにしている。まさに、トーランドットの名アリア、Nessun Dorma・誰も寝てはならない、がガンと闘う鍵となる。

そして最後に、概日リズムでガンの活性を変化させる要因を探索し、インシュリン受容体、様々なホルモン受容体などの発現との相関を発見する。その上で、デキサメサゾンやテストステロン投与や、インシュリン投与実験を行い、これにより CTC の数を強く抑制できることを示している。すなわち、活動期に様々なホルモンが上昇し、これがガンの増殖や転移を抑えるという結果になる。もし最初にこの現象捉えて、ガンの活動をデキサメサゾンが抑えると結論してしまえば、Nature にはまず通らない。まさに、幽霊、幽霊とまず騒いでみることも論文を面白くするコツであることがわかる。

とはいえ、ガンの治療を考える時、夜にガンだけが活動を始めるのだとすると、治療をそれに合わせる意味は十分にあるだろう。例えば乳ガンでCDK4/6阻害剤が用いられるが、通常食後に投与しているのを寝る前に飲んだ方が、効果の点ではいいはずだ。いろいろ述べたが、面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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