12月21日 梅毒はアメリカで発生しコロンブス時代にヨーロッパに持ち込まれた(12月19日 Nature オンライン掲載論文)
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12月21日 梅毒はアメリカで発生しコロンブス時代にヨーロッパに持ち込まれた(12月19日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月21日
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様々な歴史的疑問を古代 DNA 解析を通して明らかにする研究について何度も紹介してきたが、今日紹介するこの分野をリードするドイツ・ライプチヒのマックスプランク進化人類学研究所からの論文は、梅毒に罹患していた古代人から原因菌であるトレポネーマの DNA を分離し、梅毒がコロンブス時代にアメリカからヨーロッパに持ち込まれたという通説が正しいことを明らかにした研究で、11月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ancient genomes reveal a deep history of treponemal disease in the Americas(古代ゲノムによってトレポネーマによる病気のアメリカ大陸での歴史が明らかにされた)」だ。

この論文を読むまで、梅毒はコロンブスのアメリカ発見以降、船乗りによってアジア・ヨーロッパに持ち込まれたと思っていた。しかしこの通説に関しては様々な異論があったようだ。一つは、熱帯型のトレモポネーマ感染症が何種類も知られており、赤道近くで世界的に分布が見られ、しかもサルにも感染が確認されていることから、必ずしもアメリカ起原でなくても現在の梅毒を説明できるとする議論があったようだ。もしアメリカ起原だとすると、これら熱帯型トレポネーマについてコロンブス以前にアメリカで進化していたことを示す必要がある。他にも、中世に存在したとされる性感染する癩病の記録や古代人の病理学が主張するコロンブス以前にヨーロッパ人で見られた梅毒の可能性なども主張されていた面白い領域だったようだ。

現在では抗生物質のおかげで進行した梅毒を見ることはほとんどなくなったが、それ以前は出産時に感染していた子供だけでなく大人にも骨膜炎が見られたようだが、 この研究ではまずアメリカ大陸から発掘された骨格の標本から梅毒に特徴的な病変を示す骨を探し、最終的にメキシコ、チリ、ペルー、アルゼンチンから5体の梅毒感染したコロンブス以前の骨格を見つけている。

期待通りこの骨から抽出したゲノムには本人のゲノムの他にトレポネーマのゲノムも発見され、これを分析して当時感染していたトレポネーマのゲノムを再構成している。再構成したゲノムがホストと同じような経年変化を受けていること、またホストの正確な年代測定などを検証した後、この5種類のトレポネーマゲノムを、これまで世界で分離されていたトレポネーマゲノムと比較し、トレポネーマの系統樹を作成している。

詳細を省いて結論だけを、コロンブス以前を含め多くのトレポネーマ(熱帯型も含む)の進化史をたどると、9000年ほど前にトレポネーマとしてアメリカ大陸で枝分かれし、人間の感染症として多様化し、その中で熱帯型も形成されている。おそらく熱帯型は起原が異なるのではなく、同じトレポネーマが熱帯地域で特別な表現系をとると考えられる。そして、現在存在する様々なトレポネーマの系統は全てコロンブス以前の南米に存在し、今回解析された5種類のとレポネーマの多様性の枠内に収まる。

以上の結果から、コロンブス以前に梅毒はヨーロッパに存在せず、アメリカ大陸のエンデミックがコロンブス以降ヨーロッパに持ち込まれたと考えられると結論している。

おそらくこの研究所では、世界中から様々な歴史問題が持ち込まれ、その解明に取り組んでいるように思う。

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12月20日 気になる臨床研究 2: 細胞治療と CRISPR/Cas9 治療(12月17日 Cell Reports Medicine 掲載論文他)

2024年12月20日
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細胞移植は脊髄損傷の期待の治療と考えられてきたが、実際に人間への応用についての論文はあまり多くない。Clinical Trial Gov. を見ても現在まで36治験が登録されているだけで、そのほとんどは骨髄細胞や間葉系の幹細胞移植で、後は神経幹細胞が数件ある程度だ。神経幹細胞移植について発表された論文でもはっきりとした有効性が認められたケースは少ない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、神経幹細胞株を製品化し1年以上経過した慢性脊髄損傷の患者さんを対象として治療を推進している Ciacci グループの研究で、12月17日 Cell Reports Medicine に掲載された。タイトルは「慢性胸椎脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の第一相試験の安全性と効果」だ。

対象者は外傷性の慢性脊髄損傷で ASIA尺度A 、すなわち完全麻痺の患者さんで、2018年に移植が安全であることを報告した神経幹細胞株 NSI-566 を移植後、半年から2年経過した4人の患者さんの長期経過を報告している。

結果だが、一例が敗血症で亡くなっているが、移植との因果関係はなく、基本的には長期間安全性は保たれたという結論になる。

効果としての評価項目ごとに箇条書きにすると以下のようになる。

  1. アロディニアと呼ばれる痛み閾値の過敏症は2例で改善、2例は変化なし。
  2. MRI 検査でも異常増殖像、壊死像、炎症象は見られない。一方、テンソル法で調べた脊髄神経の走行は、安定はしているが移植の効果を示すようなリモデリングは起こっていない。
  3. 筋電図で筋収縮反応が2例で認められるようになっている。
  4. 自覚的、多角的な機能の回復が見られた。

で、少なくとも2例では明確な回復が見られている。この回復がどのような組織学的変化によるかは明確ではないが、症例数は少なくコントロールはないがこれまで見た中では幹細胞移植の効果を示す論文と言える。

次は遺伝性血管浮腫を CRISPR/Cas9 を使って治療する第2相の臨床治験で、アムステルダム大学のグループにより10月24日 The New England Journal of Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「CRISPRを用いる遺伝性血管浮腫の治療」だ。

CRISPR システムを用いる遺伝子治療は少しづつ進展しているが、これまでは変異遺伝子を対象にしていた。これに対し、この研究では遺伝性血管浮腫の原因遺伝子 SERPING1で はなく、この分子により活性化が抑制されているカリクレイン遺伝子をノックアウトする治療法だ。

SERPING1 に変異があると、プレカリクレインからカリクレインへの活性化を阻害できなくなり、活性化されたカリクレインが上昇、その結果ブラディキニンが活性化されてや凝固カスケードが活性化されることで、血管浮腫など様々な障害を起こる。従って、SERPING1 を対象にしなくても、カリクレイン遺伝子をノックアウトすると症状をとることができる。

この目的のため、カリクレイン遺伝子をノックアウトするガイド RNA とCas9mRNA をリピッドナノ粒子に詰めた NTLA-2002 が開発され、安全性を確かめる第1相治験は終了している。同じアイデアで RNAi 製剤なども開発されているが、遺伝子自体をノックアウトする CRISPR を用いることで治療を一度で済ますことができる。

完全な無作為化二重盲検治験で、コントロール6例、25mg10例、50mg11例、ナノ粒子を静脈投与して肝臓カリクレイン遺伝子をノックアウトしている。

治療は一回だけ行われ、症状と血中カリクレイン濃度で効果を確かめている。結果だが、2例で点滴中に気分が悪くなっているが、点滴を一時的に中断し、そのご終了後にしている。一例で GPT 上昇を見ているが、1ヶ月後に正常化している。

効果はてきめんで、自覚症状は全員で大きく改善している。また、血中カリクレイン濃度も、25mg投与で60%、50mg投与で85%低下し、このレベルが40週維持されている。 以上が結果で、CRISPRを用いた遺伝子治療が着々と進展していることが実感できる論文だ。

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12月19日 気になる臨床研究 1. 調査研究3題(The British Medical Journal クリスマス号他)

2024年12月19日
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今日から2日続けて、最近読んで気になった臨床研究論文を紹介する。今日は調査研究、明日は最新の治験研究を選んだ。

まず最も驚いた The British Medical Journal 最新号に掲載された、アルツハイマー病と職業との関係を調べたハーバード大学の論文から紹介する。

タイトルは「タクシーと救急車運転手のアルツハイマー病による死亡率;人口ベースの横断研究」で、タクシーと救急車運転手に注目してアルツハイマー病を原因とする死亡率を他の職業と比べている。

この研究の背景には、ロンドンのタクシー運転手はアルツハイマー病(AD)で傷害される海馬が発達するという研究がある。複雑な町の地図を記憶し頭の中でたどる行動を繰り返すこと、また場所細胞やグリッド細胞が海馬に存在して、地図を参照するときに常に活動するからと説明されている。面白いことに、同じロンドンでも決まったルートを走るバスの運転手では海馬は発達しない。

これにヒントを得て、毎日海馬を使っていいるタクシー運転手は AD になりにくいのではと着想した。そこで、米国死亡統計で記載されている443の職業ごとに AD 死亡率を調べたのがこの研究になる。

結果は見事に的中して、タクシー運転手の AD 死亡率を1とすると、これより低い職業は救急車の運転手で、バスの運転手は3倍、船長で2.8倍、パイロットに至っては4.5倍になる。示された職業では救急車の運転手が一番低い。

もちろん統計の罠にはまっていないか検討は必要だが、これが正しいとすると AD も脳の働かせ方で進行を遅らせることができるという結論になる。

次は11月29日 Science に掲載された南カリフォルニア大学からの論文で、胎児/幼児期の砂糖摂取量と糖尿病の発症率を調べた研究で、タイトルは「最初の1000日間砂糖配給時代に過ごした人は慢性病から守られる」だ。

幼児期に砂糖摂取を抑えることの重要性はわかっているが、対象が妊婦さんや子供となると調べるのが難しい。この問題を、英国で戦後1953年3月まで続いた砂糖の配給時代と、それ以降で分けることで解決している。もちろん平均値で配給時に甘いお菓子を食べていた人も多くいると思うが、国民全体の砂糖摂取量は配給が終わると40%跳ね上がり、すぐに60%増加レベルで維持されている。

そこで、妊娠中のみ配給時代、妊娠から1000日まで配給、そしてそれ以降に分けて2型糖尿病と高血圧の発生率を調べると、配給を経験したポピュレーションが2型糖尿病になるリスクは半分以下になる。また、妊娠期だけでなく、幼児期にも配給で砂糖摂取が制限された方が発生リスクは低くなる。

高血圧や肥満でも同じ傾向が見られることから、胎児期から幼児期で、膵臓のインシュリン分泌システムが成熟するまでに過剰な砂糖を摂取することの問題を見事に指摘している。まさに、公衆衛生の問題として真剣に取り組み必要がある。

最後は米国がん協会からThe Lancet Oncology に発表された論文で、WHO統計から世界各国で若年者の大腸直腸ガンが増加していることを示した研究で、タイトルは「若年と高齢者の大腸直腸ガンの頻度の傾向:人口ベースのガン登録データ」」だ。

1975年から2015年まで、49歳以下、50歳以上で線を引いて、大腸直腸ガンの頻度を調べると、オーストラリア、西ヨーロッパ、そしてアメリカでは50歳以上の患者さんは低下傾向にあるが、若年者は上昇傾向が見られる。

一方アジアの国では、全国統計が進んでいる韓国では、両方のグループで上昇した後、ともに低下に転じており、同じような傾向がフィリピンでも見られる。

一方、日本は先進国と同じで若年層で増加が著しいが、高齢層でもまだ増加傾向は続いている。タイやトルコもよく似た傾向を示す。一方東ヨーロッパではまだ若年層の強い増加は見られていない。

などなどで、勝手に解釈すると、肉の消費が高い先進国では、50歳以上の大腸直腸ガンの増加はおさえられてきたかわリに、頻度は高くないが49歳以前の頻度が増加してきたので要注意という結論で、他の国はまちまちという結果で、何か結論するのは簡単でなさそうだ。

しかし、我が国は両方増加が見られるのは気になる。

明日は、細胞治療とクリスパー治療の治験を紹介する。

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12月18日 ヒト海馬特異的神経回路構成(12月11日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月18日
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今年のノーベル物理学賞はニューラルネットワークを使った AI を実現したホップフィールドとヒントンに授与された。ニューラルネットと名付けられているように脳の神経回路にヒントを得た業績だが、AI 、特に大規模言語モデル(LLM)の成功は、もう一度我々自身の神経回路を AI と比較する研究分野へと発展している。

今日紹介するオーストリア科学技術研究所からの論文はこの典型で、我々のニューラルネットが拡大するとき戦略の一端を示してくれる面白い研究で、12月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Human hippocampal CA3 uses specific functional connectivity rules for efficient associative memory(ヒト海馬 CA3 領域は特異的な結合法則を使うことで連合記憶の効率を高めている)」だ。

てんかんが発生する場所を特定するための皮質電極を用いた研究により我々の脳の情報処理の現象論的特徴については理解が進み、脳の活動を大まかに解読することが可能になってきている。例えば、以前紹介した言語処理を脳と LLM で比べた論文などはその典型だ(https://aasj.jp/news/watch/19237)。

今日紹介する論文は、情報処理のアルゴリズムではなく、ニューラルネットワークの構造と機能を回路レベルで比較しようとした研究になる。研究では、てんかんの発生場所を特定して切除された海馬 CA3 部位を細胞が生きているうちに脳のスライス培養に移し、そこに存在する興奮神経に電極を設置して、神経結合性の生理学的実験を行うとともに組織学的解析を組み合わせ、神経回路の特性を定量的に調べている。

てんかん病巣と行っても、組織学的異常はなくてんかんが生理学的病態であることを示唆しているが、それを確認した上で数個の錐体神経に電極を設置し、それぞれの連結を調べている。驚くことに、皮質と比べると CA3 内での神経間結合は極めて少なく、また CA3 に限ってみたとき、マウスでの結合性と比べると 1/3 以下に低下している。

では、人間の CA3 細胞内の結合は単純なのかというと、決してそうではない。神経細胞数でみると、マウスは10万程度の錐体神経が CA3 に存在するが、人間ではなんと170万個と10倍以上に増えている。一個一個の細胞でのシナプス結合が少なくとも、ニューラルネットとしてはマウス異常の結合性を持っている。さらに、細胞同士のシナプスが減ることで、正確で迅速な神経同士の結合が可能になっていることを、生理学的に確認できる。

これに加えて、細胞自体はマウスよりはるかに多く、しかも長い樹状突起を出すことでシナプスに相当するスパインの密度を減らしながらも細胞間の結合性は維持できるように進化することで、正確な情報伝達が起こるようにできている。

また、この樹状突起の構造により脳の様々な部位からの情報を統合しやすい構造ができている。

このようなマウスと人間との構造の違いを、ホップフィールドさんが考案したホップフィールド回路でパラメーターを変化させることで確かめる実験を行い、シナプスの数を減らすかわりに神経細胞数を増やす場合と神経細胞数をそのままにシナプス数を増やす場合で記憶性能を比べると、結合性を落としてニューロン数を増やした方が信頼性の高い記憶が可能になることを示し、進化の方向性が理にかなったものであると結論している。

結果は以上で、このように実際の回路の詳細をさらに詰めることで、AI ニューラルネットで調整できるパラメーターについてのさらなる可能性が生まれることで、脳研究も AI 研究もともに進化する素晴らしい時代が始まっている気がする。

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12月17日 16時間以上の断食を繰り返すと発毛が抑制される(12月13日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月17日
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ダイエットの代わりに食べない時間を増やす間欠断食は身体全体の代謝改善に役立つことは間違いないが、個々の細胞レベルで見たとき想定外のことが起こるリスクが指摘されている。例えば今年8月、24時間断食では代謝の変化に伴い、ポリアミン合成が高まり腸管幹細胞の活性を高めることが示された(https://aasj.jp/news/watch/25079)。これ自身は素晴らしいことだが、同時に遺伝的に多くのポリープが形成されるマウスで調べると、ポリープの数が高まること、すなわち発ガンリスクが高まることが示されている。

今日紹介する中国浙江大学からの論文は、16時間以上食べない間欠断食が毛根幹細胞の細胞死を誘導し、発毛を抑制することを示した驚くべき論文で、12月13日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Intermittent fasting triggers interorgan communication to suppress hair follicle regeneration(間欠断食は臓器同士のコミュニケーションを通して毛包の再生を抑制する)」だ。

この実験ではマウスの背面の毛を剃った後、16時間あるいは24時間の間欠断食を繰り返し、毛が元に戻る時間を調べている。通常のマウスでは20日目ぐらいから毛が生え始め60日を過ぎるとほぼ完全に元に戻るが、16時間と24時間断食ともに130日までほとんど毛の再生が抑えられ、160日目でも完全に戻らない。写真を見ると驚く差で、この発見がこの研究の全てだ。

あとはメカニズムの追求に進んでいる。まず、毛根幹細胞の活性化の問題かあるいは増殖幹細胞の細胞死の問題かを検討して、活性化は正常に起こるが増殖期の細胞が細胞死に陥るため毛根の再生が抑えられる。最終的にはなんとか細胞数が増えてきて毛は精製できるのだが、間欠断食を続けると完全に毛根が脱落した皮膚も現れ、間欠断食が毛の再生には危険であることが明らかになった。どのぐらいの断食が問題かを調べると、12時間では全く問題ない。

次に幹細胞の細胞死が誘導されるメカニズムを様々な角度から探っているが、毛根でのグルコースやエネルギー代謝の直接変化による問題ではなく、最終的に毛根幹細胞の周りにある脂肪細胞が断食16時間目に急速に縮小、すなわち脂肪を分解し、このときに放出される遊離脂肪酸が幹細胞に作用して細胞死を誘導することを示している。実際、幹細胞が直接遊離脂肪酸に晒されると、脂肪酸の酸化が高まり細胞死が誘導される。また、脂肪細胞の脂肪分解酵素をノックアウトしたマウスでは、断食による毛根再生抑制は起こらない。

次に、毛根幹細胞の近くで見られる急速な脂肪分解の原因になりそうな様々な要因を調べ、例えば迷走神経など神経系の影響やインシュリン低下による脂肪分解ではなく、レプチン系を介したエピネフリンやコルチコステロンの分泌が高まった結果であることがわかる。例えば、副腎を切除すると毛根近くの脂肪細胞の縮小は見られず、毛の発生も抑制されない。

遊離脂肪酸はエネルギー源として働きうるが、細胞死を誘導することが知られている。従って、局所で高濃度の遊離脂肪酸に晒されると、幹細胞が細胞死に陥ることは想定できるが、この原因をさらに探って、遊離脂肪酸取り込みの結果起こる活性酸素上昇、そして細胞炎症が細胞死を誘導していることを示している。

最後に人間でも同じような効果が得られるか培養幹細胞で調べ、遊離脂肪酸により活性酸素が上昇、細胞死が誘導できることを示している。さらに、ボランティアに16時間断食を行ってもらい、毛の再生も調べ、マウスと同じで再生が遅れることを示している。

結果は以上で、毛がなくても全身代謝が改善できれば良いと思えれば問題ないが、断食プロトコルリスクを考えることの重要性を示す論文だ。幸い活性酸素が主原因になっているようなので、ビタミンE など抗酸化剤を局所で使う可能性はあるが、少なくとも高齢者は避けた方が良さそうだ。

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12月16日 感情による遺伝子誘導に関わるノンコーディング RNA (12月13日 Science 掲載論文)

2024年12月16日
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神経刺激ではただ興奮のリレーが起こるだけでなく、興奮した細胞側にも新しい転写プログラムが誘導され、神経回路を質的長期的に変化させる用意が行われる。このとき最初に誘導される遺伝子を immediate early gene( EG:最初期遺伝子 )と呼んでいる。Fos、Egr、 Arc などがよく研究されているが、他にも多くの EG が知られている。

今日紹介するサウスカロライナ大学 Makoto Taniguchi さんの研究室からの論文は、Npas4 と呼ばれるストレスによって即座核などに誘導されることが知られている遺伝子発現が、Npas4 遺伝子のエンハンサー部位から転写された non-coding RNA(ncRNA)により調節され、これが感情経験の記憶に必須であることを示した研究で、12月13日 Science に掲載された。タイトルは「A long noncoding eRNA forms R-loops to shape emotional experience–induced behavioral adaptation(長い noncoding エンハンサー部位の RNA は R-ループを形成し、感情経験により誘導される行動変化をコントロールする)」だ。

おそらくこのグループは noncoding RNA と転写の研究のスペシャリストで、この研究では、コカインによる条件づけ、あるいは逆に強力な相手にであったときのストレスで誘導される Npas4 遺伝子発現に焦点を当て、このとき 3Kb 上流に存在するエンハンサーとプロモーターが近づく際、エンハンサー部位の転写が少しではあるが上昇していることに気づいている。コーディング領域と比べると小さな変化だが、必ず意味があるという確信から機能的実験に進んでいる。

結果は期待通りで、RNA を分解する shRNA あるいは、CRISPR を用いて ncRNA を誘導する方法を用いる実験で、ncRNA が間違いなく Npas4 の転写を誘導していることを確認している。この発見が研究のハイライトで、後は様々な方法を駆使して、ncRNA が転写を促進するメカニズムを明らかにしている。

そしてメカニズムの基本として、転写された ncRNA がエンハンサー部位の DNA と結合することで R-ループを形成し、これによってエンハンサー複合体とプロモーターの会合が促進し、この結果強い Npas4 遺伝子の転写が誘導されることを示している。

R ループは様々な機能があり、場合によっては転写を抑制する場合もある。従って、この R ループが実際に転写を上昇させていることを示すため、Cas システムでエンハンサー部位に RNA 分解酵素をリクルートし、R ループを形成している RNA を分解する実験系を構築し、R ループを形成する ncRNA が除去されると、社会ストレスやコカインにより誘導される Npas4 エンハンサーとプロモーターの結合が抑えられ、pas4 の転写が抑制されることを示している。

最後に、Rループを除去するシステムを利用して、社会ストレスやコカイン条件付けの成立に Npas4 エンハンサーの誘導と R ループ形成が必要であることを示している。

結果は以上で、ncRNA によるエンハンサーの活性調節が神経興奮時の EG の転写の鍵になっていることを示した優れた研究だと思う。さらに、Npas4 だけでなく、Fos でも同じような ncRNA や R ループ形成が起こっている可能性も示しており、今後神経の EG 誘導共通のメカニズムとしてクローズアップされる可能性はある。神経細胞の EG 反応は当たり前として捉えてしまっているが、背景のメカニズムが明らかにより、新たな方向の究への道が開いた気がする。

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12月15日 我々現生人類に流入したネアンデルタールゲノムの歴史(12月13日号 Science 掲載論文)

2024年12月15日
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太古の昔、ネアンデルタール人と我々現生人類が同じ場所に生きていた時代、交雑が行われ、そのとき流入したネアンデルタールゲノムは我々のゲノム中に維持されていることは、21世紀ゲノム研究から生まれた大発見の一つだ。ただ、交雑は限られた場所と時代に1-2波で起こったと考えられているが、ほとんどは現代人のゲノムとネアンデルタール人ゲノムを比較する研究により決められている。しかし、流入したネアンデルタールゲノムの運命を知るためには、交雑時期から現代までの古代人ゲノム内のネアンデルタールゲノムを調べる必要がある。

今日紹介する Paevo さんにより設立されたこの分野を担うドイツ・ライプツィヒマックスプランク研究所と米国のロチェスター大学、カリフォルニア大学バークレー校から共同で発表された論文は、45000年から2200年までネアンデルタールゲノム流入後の現生人類のDNAに残るネアンデルタールゲノムを調べ、流入後のネアンデルタールゲノムの運命を詳しく調べた研究で、12月13日 Science に掲載された。タイトルは「Neanderthal ancestry through time: Insights from genomes of ancient and present-day humans(ネアンデルタール人祖先を現代と古代の原生人類ゲノムから探す)」だ。

基本的にはインフォーマティックスの研究といえ、世界全土から現生人類ゲノムを集め、その中のネアンデルタールゲノムを特定して、いつゲノム流入が起こったのか、また流入したゲノムが我々の中で維持された進化的理由を探っている。

これまでネアンデルタール人と現生人類の交流は2波に渡って起こったとされていた。しかし、ヨーロッパからアジアに至るまでの古代現生人類ゲノム解析から、おそらく交雑は5万年から6千年ぐらいの間に起こり、このあと現生人類は多様化しながら世界各地に分布したことがわかる。

面白いのは、現代人で見るとアジア人はヨーロッパ人よりネアンデルタールゲノムの比率が高い。一方、古代原生人ではこの差が見られないことから、おそらくアジアでは別の交雑機会があった可能性がある。さらにアジアの古代ゲノムを解析する必要がある。

さらに面白いのは、今回解析した中で最も古い45000年前の現生人類のネアンデルタールゲノムは、その後の現生人類にのこるネアンデルタールゲノムとははっきり異なっており、6000年という長い期間に起こった交雑の中の一部のネアンデルタールゲノムだけが生き残っていると言える。

こうして導入されたゲノムは、流入が止まると自然に薄まっていく。しかし、現代の人間に残っているのは全ネアンデルタールゲノムの6割程度で、これが薄まって人類に散らばって存在している。これは散らばっている遺伝子を集めたときの数字で、一人一人の個人に残るネアンデルタールゲノムはたかだか2%程度だ。もちろん時代を遡るとこの割合は増加するが、交雑後100世代で急速に各個人のネアンデルタールゲノム比率は低下しており、3万年前にはすでに3−6%になっている。

それぞれの遺伝子に着目して進化的に選択され残りやすい遺伝子を調べると、これまで報告されていたような選択的に残りやすい遺伝子リストが形成できる。一方で、4割以上のネアンデルタールゲノムは現生人類では消失しており、自然選択されたことがわかる。

残った遺伝子の例として特に6割以上の現代人に残る遺伝子として神経シグナルや発達に関わる TANC1、 BAZ2B、そしてこの論文では皮膚の色素形成に関わるとしてBNC2遺伝子があげられ、これらがネアンデルタールから受け継いだ重要な遺産として我々が使っていることを示している。

この最後のデータを見て驚いたのは、彼らが皮膚の色素に関わるとして上げている BNC2 は、まさに11月6日紹介した Friedman の論文で、新しく摂食反射をコントロールすることが指摘された分子だ。従って、BNC2 によって危ないものを食べないという神経回路のおかげで我々が生き延びたとする方が、皮膚の色より面白そうだ。今後の研究に期待したい。

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12月14日 不完全脊髄損傷の回復を助ける視床下部深部刺激(12月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年12月14日
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2018年11月に慢性脊髄損傷の患者さんを歩けるようにする硬膜外刺激システムを紹介してから(https://aasj.jp/news/watch/9166)今日まで、このブログで紹介した論文は全てローザンヌ工科大学とそこから派生した企業からの論文を紹介している。脊髄損傷と行っても損傷場所から手損傷の程度まで多様だが、それぞれの状態に合わせた動物モデルの生理学に基づいて研究を進める点が特徴的で、昨年の9月に述べたようにこの研究施設は世界の脊髄損傷治療の一大センターになっているように思う(https://aasj.jp/news/watch/22954)。

今日紹介するローザンヌ工科大学からの論文は、リハビリテーションで回復が可能な不完全脊損患者さんの回復を、視床下部への電気刺激が促進できることを示した研究で、12月2日 Nature Medcine にオンライン掲載された。タイトルは「Hypothalamic deep brain stimulation augments walking after spinal cord injury(脊髄損傷の後の歩行を視床下部の深部刺激が増強する)」だ。

所属を見ると、ローザンヌ工科大学には脊髄損傷を研究して歩けるようにするための様々な研究グループができているようで、成果に合わせて規模も発展していることがわかる。そして様々な研究が行われているようで、今日紹介するのは、リハビリテーションで回復する可能性がある不完全脊損の研究だ。

自然に回復が見られる胸椎下部脊髄の片側に損傷を受けたマウスが回復する際の脳全体の活動を調べ、脊髄損傷で活性が低下し、歩行が回復するときに活性が高まり、腰椎への投射が損傷で低下し、回復とともに上昇する神経領域を Fos などの神経活性化転写因子を指標に探索し、視床下部害側部だけがこの条件を満たすことを突き止める。

なぜ回復時に外側視床下部 (LH) が関わるのか完全なメカニズムの研究はこれからだと思うが、視床下部は何度も紹介しているように摂食の調節や報償など様々な機能に関わるので、今後の研究が楽しみだ。

この研究ではストレートに、この領域を光遺伝学的に刺激したとき歩行機能にどう影響するか調べ、期待通り歩行筋肉を増強し歩行回復を助けることを確認している。その上で、外側視床下部は直接脊髄神経へ投射するのではなく、線条体の前巨細胞性網様核を介したシグナルで歩行を高める。逆に LH の活動を止めると、歩行回復は遅れる。

実際には詳細な生理学的解析が行われており、これに基づいて機能回復のための方法を模索している。そして次の段階としてより臨床に近い深部刺激で同じ回復が見られるか、人間の腰椎下部脊損に模したモデルで傷害したラットを用いて確かめている。

以上の前臨床実験を元に、リハビリテーションが遅れ、腰椎下部脊損により歩行障害のある2人の患者さんをリクルートし、深部刺激がリハビリテーションを助けるかを検討している。もちろん人間への適用のためには、まず LH の歩行での役割、MRI を用いた投射の詳しい解析などから、動物と同じ機能を持つことを確認して電極を挿入している。電極挿入時も、意識を保ったまま様々な生理的試験を繰り返しながら至適挿入部位を決めている。患者さんの一人は、手術中に刺激を受けて足が動かされると思わず叫んで、LH 刺激が期待通りの効果があることを示している。

あとは患者さんのリハビリテーションを深部刺激が助けるか長期の経過観察を行い、効果がすぐ現れること、確実にリハビリテーションを助け、歩行器なしの歩行を可能にし、最終的には深部刺激なしに、手すりを持って階段を上ることができるところまで回復できることを示している。

以上が結果で、LH と歩行の関係の発見は、脊髄損傷理解に生理学がいかに大事かを教えてくれる。

1月には、伏見さんたちと脊髄損傷の YouTube 配信を考えており、ローザンヌグループのこれまでの軌跡を振り返ってみようと思っている。

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12月13日 ほぼ全ての膵臓細胞に分化できる幹細胞の培養(12月2日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月13日
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多能性幹細胞からインシュリン分泌するβ細胞を誘導して1型糖尿病を治療することは、ヒトES細胞が樹立されて以来の大きな目標で、このブログでも紹介したように実現しつつある(https://aasj.jp/news/watch/25297)。慶応の佐藤さんたちが開発した腸管オルガノイド培養からもわかるように、もう一つの重要な可能性は組織幹細胞から膵臓のオルガノイド培養を行う方法の開発で、オランダの Cleavers 研究室では胎児膵臓細胞を用いた地道な研究が行われていた。

今日紹介するオランダ Hubrecht 研究所の Cleavers 研究室からの論文は、ヒト胎児膵臓組織からほぼ全ての膵臓細胞へ分化できるオルガノイド培養システムの開発と、その培養から膵臓オルガノイド形成可能な幹細胞の分離についての報告で、12月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「 Long-term in vitro expansion of a human fetal pancreas stem cell that generates all three pancreatic cell lineages(3種類全ての膵臓細胞ヘ分化可能なヒト胎児膵臓幹細胞の長期試験管内増幅)」だ。

おそらくこの論文の前に多くの実験が繰り返されたと思うが、様々な時期のヒト胎児膵臓組織を基底膜抽出マトリックスに埋め込んで長期にオルガノイド培養が維持できる条件を調べ、最終的に一つの培養条件を決定している。そしてこの条件で長期に培養を維持できるのが妊娠中期14-16週の組織で、それ以前でもそれ以後でも長期培養は難しいことを明らかにしている。そして、試験管内で増幅し凍結融解可能なオルガノイド培養株を21種類樹立している。

このオルガノイドでは培養を続けると管腔細胞だけでなく腺房細胞と呼ばれる構造が飛びだしてきて、マーカー解析から管腔上皮、外分泌、内分泌各組織への分化能が維持されていることが明らかになった。増殖因子を除去した分化培養を行うと、消化酵素を分泌する外分泌細胞が現れる。

次はインシュリンやグルカゴンを分泌する膵島細胞分化だが、これにはES細胞分化で開発されてきた培養を用いている。この培養にオルガノイドを移すと、期待通り内分泌細胞が形成され、樹立した胎児膵臓オルガノイドが全ての膵臓構成要素へと分化できることを確認している。

次に、オルガノイドの長期維持を可能にしている多能性幹細胞を特定するため、オルガノイド培養と胎児膵臓細胞、成人膵臓細胞を single cell RNA sequencing を用いて詳しく解析し、各細胞の分布チャートから推察される分化経路の解析から幹細胞特異的マーカーを探索している。この実験で、通常使われる 10xgenomicsのCAP-sequencing ではなく、polyA―RNA をわざわざ使っていることを見ても、方法について厳しい検討が行われているのがわかる。

その結果、多くの幹細胞のマーカーになる Lgr5とTyro が幹細胞マーカーとして利用できることを明らかにした上で、今度は Lgr5 細胞を精製し、一個の Lgr5 幹細胞から、胎児膵臓組織を使ったときと同じオルガノイド培養が形成できることを明らかにしている。

結果は以上で、多くの人が求めていた膵臓の幹細胞を単離し、維持し、分化させることに成功している。この胎児の短い時期だけに現れる細胞の性質が今後さらに明らかになると思うが、膵臓の幹細胞治療にとっては大きな進歩だと思う。

1型糖尿病については、病気発症を防ぐ方法の開発は着々進んでおり、個人的には時間の問題だと思う。しかし、すでに発症した人には細胞移植が重要で、この論文に限らず多くの進展が見られることは、完治も可能な病気になってきたという実感がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月12日 ヒトの一生でおこる造血幹細胞の変化(12月5日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年12月12日
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遺伝子の網羅的解析が可能になって、まず調べてみようという研究も評価されることが多くなった。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校とハーバード大学からの論文もそんな一つで、胎児期から77歳の高齢者まで22種類のタイムポイントでCD34陽性細胞を分離し、これを single cell RNA sequencing で解析した研究で、12月5日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「The dynamics of hematopoiesis over the human lifespan(人の一生で見られる造血の動態)」だ。

CD34陽性細胞には、多能性の幹細胞から各系列に分化した幹細胞まで様々な造血細胞が含まれる。この研究では、それぞれのコンパートメントが一生でどう変化するか、そしてそれぞれのコンパートメントでの遺伝子発現の変化を比較して推察される分化能を調べることが研究の目的になる。

胎児肝臓造血、臍帯血、そして骨髄と場所を変えて調べているが、基本的に検出できるコンパートメントは一緒で、造血のプログラムは一生涯安定に維持されていることを示している。

考えてみると、これほどまとめて一生涯の造血幹細胞パターンを見たことはなかった。最近の mRNA からクロマチンまで調べるオミックス研究と比べると単純だが、それでも見ているだけで面白い。

まず胎児肝臓では当然のことながら多能性の幹細胞が多い。しかし生まれたあとの骨髄造血では、リンパ系へのコミットメントが急速に高まり2割ぐらいからなんと7割ぐらいへと上昇する。その後、徐々に赤血球、顆粒球造血へのコミットメントが上昇し、中年期まで安定に維持される。ただ、最も驚いたのは、老化に伴いコミットした細胞が増えるのではなく、逆にコミットしていない幹細胞が増えている。老化に伴い起こってくるクローン性増殖もこの変化を反映しているのかもしれない。残念ながら遺伝子発現だけではメカニズム解明には限界があるので、今後エピジェネティックスに焦点を当てた研究も必要だろう。

それぞれのコンパートメントの遺伝子発現のパターンを定量化する非負値行列因子分解(NMF)を用いてそれぞれの分化プログラムを調べると、一生涯を通して多能性の幹細胞は同じようなプログラムが維持されるが、少し分化した前駆細胞レベルでは分化能が制限された幹細胞が維持されている。各時期によってどのタイプのコミット幹細胞が維持されるかは違うのだが、成人期では主に顆粒球系、リンパ球/巨核球系、そして赤血球/巨核球/好塩基球系の3種類が中心になる。ただ驚くことに、老化とともにこのようなコミット前駆細胞は減って、多能性だが前駆細胞の性質を持つ特に小児期に見られる前駆細胞が増えてくる。これは意外で、詳しいメカニズムの解析が必要になるだろう。

最後に、同じ解析を造血幹細胞のガンといえる急性骨髄性白血病で調べている。すると、正常造血幹細胞と同じように、老化でみられるのと同じような、多能性からコミットまでの変化を認めることができる。ただ、どのタイプになるかは罹患年齢とは関係ない。しかし、老化幹細胞型の白血病ほど予後が悪い。

結果は以上で、全て現象論だが、特に老化に伴う変化に関しては新しい問題が多く提示されたと思う。

昨日、被団協に対してノーベル賞が授与されたが、高齢の被爆者には骨髄異形成症候群や骨髄性白血病の頻度が高まっていることが知られている。すなわち、被爆と老化、ガンの関係をもう一度調べ直す必要がある。おそらくサンプルは残っていると思うので、今後被爆者の方々の造血を、この研究と同じように調べることは、我が国の重要な課題だと思う。

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