2026年4月26日
今日の話は少し難しいが、個人的にいろいろ考えることがあったので紹介する。
タイトルにあるYAP/TEAD転写因子は、細胞の密度を感じるHipoシグナル経路の下流で働いており、細胞の密度が低いときにはHippoシグナルが働かないため、YAP/TAZが核内に移行、TEADと結合して、細胞増殖やアポトーシス阻害分子の転写を誘導することで増殖を維持している。ところが細胞の密度が高まると、マトリックスからのメカニカルシグナルなどによりHippoシグナルが活性化され、YAP/TAZをリン酸化して分解してしまうため、YAP/TAS/TEADのコンプレックスが形成されず、増殖に必要な分子が転写されなくなる。即ち、Hippoは発生や再生での細胞増殖抑制シグナルだが、ガン細胞でHippo経路は、ガン抑制遺伝子として働いていると言える。当然、この経路を変化させてガンを治療できるのではと、多くの研究が行われ、最終的にYAP/TEAD結合を阻害する薬剤の開発が進んでいる。中でもサンフランシスコのベンチャー Vivace Therapeutics が開発したVT3989は他に治療法のない中皮腫治療の第1/2相治験で86%に効果が見られることが報告された(Nature Medicine, 31, 4281, 2025)。
今日紹介する上海交通大学を中心にした中国研究グループの論文は、これまでとは全く異なるスクリーニング報でYAP/TEADの結合阻害剤を探索し、なんとカリフォルニアの創薬ベンチャーが開発したMEK阻害剤が、RAP/TEADの結合も阻害でき、MEKシグナル阻害剤耐性が出来たガンでも丸薬成功かが見られること、さらにもともとYAP/TEAD依存性の高い肝臓ガンの治療薬として期待できることを示した論文で、4月22日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Phase separation–based HTS identifies cobimetinib as a YAP-TEAD inhibitor that suppresses hyperactivated YAP-induced cancer progression(相分離阻害を指標にしたハイスループットスクリーニングによりcobimetinibが活性化されたYAPにより起こるガンの進展を阻害できるYAP/TEADの阻害剤として特定された)」だ。
この研究をいつから始めたのかはわからないが、世界中でYAP/TEAD阻害剤の開発が進む中で、新しい方法を用いれば、新しい化合物を開発できると考えて、熾烈な競争に飛び込むスタイルは、まさに中国の創薬研究の躍進を支えているのだろう。
YAPとTEADは単純に複合体を作ると言うだけでなく、核内で相分離することで転写ハブを形成することが知られている。この両者の相分離を蛍光で追跡できる試験管内実験系を構築し、これに6000種類あまりの化合物を添加、相分離を阻害する分子を探索している。最終的に最も活性が高いと特定されたのが、既にMEK阻害剤としてメラノーマなどに使用されている cobimetinib だった。
構造解析では、他の阻害剤と同じで cobimetinib もTEADのパルミトイル酸による分子安定化ポケットにはまり込むことでを、相分離に基づいて進むYAP/TEADの複合体形成を阻害し、細胞の増殖やアポトーシス抑制に必須の分子の転写が抑えられ、最終的に細胞死に陥ることを明らかにする。
薬剤開発についてはここまでで、後は cobimetinib の効果の追求になるが、新しいチャレンジの結果引き当てたのが他社により既に開発された化合物というのは残念だっただろう。しかし、ガン制御という点では極めて重要な発見と言える。即ち、YAP・TEAD経路が特にRAS/MEK阻害剤抵抗性を獲得したガン細胞で上昇しており、ドライバーの阻害時にガンが増殖を維持するための一種の駆け込み寺といえるメカニズムになっているからだ。この研究ではMEK阻害剤耐性ガンの増殖抑制効果で比べると、cobimetinib が、他のYAP/TEAD阻害剤より強いことを示して、YAP/TEAD阻害剤としての効果の高さを強調するだけで終わっているが、これだとcobimetinibのデュアルアクションの利点を直接示すものではない。と言うのも、最近はではドライバー阻害の後駆け込み寺に増殖機構が逃げたところでYAP/TEAD阻害を行うのではなく、最初からMEKシグナルの阻害剤とYAP/TEAD阻害剤を併用することで、駆け込み寺が出来ないようにする治療が重要ではないかと考えられるようになっている。とすると、それ自身でMEK阻害剤とYAP/TEAD阻害剤のデュアルアクションを持つ cobimetinib は一つで併用効果が見られる理想の薬剤になる。その意味で、既に存在するMEK阻害剤+YAP/TEAD阻害剤と、cobimetinib単独療法を比べ、どちらも同じ効果があるかを調べる実験を是非加えてほしいと思った。
この研究では代わりに、多くのケースでYAPの過剰発現が見られ、YAP/TEAD阻害剤の開発が期待されている肝臓ガンモデルを用いて、cobimetinibが増殖抑制効果があること、そして肝臓ガンに既に使用されている様々なチロシンキナーゼを抑制するsorafenib、あるいはlenvatinibをcobimetinibを併用することで、単独治療より高い移植肝臓ガンを抑制することが出来ることを示している。おもしろいと思うのは、sorafenib阻害ではYAP/TEAD活性化が起こるのに、lenvatinibでは活性化されないが、同じように併用効果がある点だ。この結果は、肝臓ガンの新しい理解につながるのかもしれない。
以上が結果で、人間のガンを使っていても全て動物実験なので、同じことが人間でも言えるのか治験が必要だ。幸い、coimetinib自体はMEK阻害剤としてFDAに認可されているので、治験へのハードルは低く、個人的には多くのRAS/MEK経路のドライバーを使うガンで治験が進むことを期待している。
2026年4月25日
心臓にガンが出来たという話はほとんど聞くことはない。事実極めて悪性のガンが心臓転移することは知られているが、他の臓器と比べ心臓での転移巣の増殖は著しく低いらしい。
今日紹介するイタリア・トリエステにある遺伝子操作と生物工学研究所からの論文は、この極めてナイーブな問題にチャレンジしたおもしろい研究で、4月23日 Scienceに掲載された。タイトルは「Mechanical load inhibits cancer growth in mouse and human hearts(マウスやヒトの心臓では機械的付加がガンの増殖を阻害する)」だ。
発想は単純で、要するに心臓は動き続けてメカニカルなストレスが内在するためガンが増殖できないと仮説を立てて実験を行っている。これが正しいとすると、心臓の動きに伴う負荷を除去すればガン細胞も増殖できることになる。これを確かめるため、筋肉腫を誘導するガン遺伝子セットを心筋で発現させ、その心臓を取り出して、一つは循環による負荷が維持できるよう手術的に頸動脈と頸静脈に吻合させた心臓と片方は左心室への循環が起こらない心臓を作成し、心筋細胞の増殖を調べると、負荷がなくなると心筋細胞の増殖をガン遺伝子で誘導出来ることを発見する。さすがにガン発生まで待つのは実験的に難しいと思うが、一歩前進だ。
そこで、同じ実験的に負荷を調整した心臓に、直接肺ガンを注射する実験を行っている。すると負荷が続いている心臓でのガンの増殖はほぼ半減する。このように、負荷がともかくガンの増殖を抑えることがわかったので、試験管内で心筋を培養し、同じような負荷をかける実験システムを開発し、そこにガン細胞を注入すると、体内での実験と同じように負荷が存在するとガンの増殖が抑えられる。
ガンや筋肉の増殖を抑える仕組みと調べるため、まずどのような力が増殖を抑えるのか、ガンの分布やシミュレーションを通じて検討し、心筋の収縮に伴う機械的負荷と圧迫が最も重要な要因であろうと結論している。そして、負荷の有無で発現が大きく変化する遺伝子を探索、ほとんどの変化が負荷により複数のヒストン脱メチル化酵素の発現が高まり、結果抑制性のクロマチンを形成するH3K9me3が低下し、その結果様々な遺伝子の異常発現が誘導されるためである事を示している。最終的にヒストン脱メチル化酵素の上昇だけで話を収めているのは少し乱暴かとも思うが、この酵素の活性が低下したガン細胞は、負荷のかかった心臓でも増殖が阻害されないことから、このメカニズム一本で良いと結論している。
最後に、ではメカニカルストレスや圧迫を感知するメカニズムだが、核膜をまたいで細胞内の骨格と核内構造を連結している架橋分子、NesprinとSun分子に着目し、Nesprin2のRNAを阻害する実験を行っている。予想通り、Nesprin2を抑えると、核へのストレスが伝わらず、心臓に負荷があってもガン細胞は負荷なしと同じように増殖できる。また、ヒストンの脱メチル化が低下することで、H3K9me3が上昇することも確認している。即ち、この核と細胞骨格を連結させている架橋複合体がメカニカルストレスや圧迫のセンサーとして働き、このストレスに反応してクロマチン構造を変化させるよう、ヒストン脱メチル化酵素の発現が上昇することが、動く心臓の中でガンが増殖しにくい原因だと結論している。
結論ありきで一直線に実験が進められている印象はあるが、何故心臓でガンが出来にくいか、おもしろい考えだと思う。
2026年4月24日
現役を退いてからは学会に行くことがほとんどなくなったが、たまに学会で話す機会を頂くことがある。今年は会長の椛島さんの計らいで炎症・再生医学会で話すことになっており、本当に久しぶりだと楽しみにしている。この学会が、日本炎症学会から日本炎症・再生医学会に名称を変えたのは、ちょうど再生医学のミレニアムプロジェクトが始まった2000年だった。おそらく炎症は組織障害を伴い再生と表裏一体と考えた統合だったと思うが、あれから4半世紀、この分野の中心学会として活動が続いているようだ。しかし考えてみると、炎症自体は今や生活習慣病から認知症、そして老化まであらゆる生物現象の核として働いていることがわかっており、ひょっとしたらさらに拡大して全ての病気を統合する学会へと発展するのかもしれない。
ただ今日紹介するコーネル大学からの論文は、炎症メカニズムがそのまま再生メカニズムとして利用されていることを示す、まさに炎症・再生医学会のアイデアを代表するとも言える研究で、4月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Caspase 5C amplifies Wnt via APC cleavage to promote intestinal homeostasis(Caspase 5C はAPCを切断してWntシグナルを増強して腸のホメオスターシスを促進する)」だ。
Caspaseは自然炎症調節に関わる重要なタンパク分解酵素だが、その一つ Caspase 11 はTLR非依存的にLPSを認識して活性化され、ピロトーシスを誘導して、炎症を拡大するのに重要な働きをしている。ヒトでは、Caspase 11 は遺伝子重複によりCaspase 4 とCaspase 5 に別れ、マウス Caspase 11 の役割はほぼ Caspase 4 により担われている。
この研究では進化の最も新しい Caspase 5 に絞ってその機能を極めてオーソドックスな方法で調べている。まず Caspase 5 はスプライシングの違いでA、B、Cの3タイプに分かれること、Caspase 5C はカスパーゼをインフラゾームなどの炎症複合体にリクルートするCARDドメインを欠損していることを発見する。
CARDドメインが欠損したCaspaseが何をしているのか、Caspase 5C をヒト細胞株に導入して遺伝子発現を調べると、なんとWntシグナルが亢進することを発見する。Wntは腸上皮細胞の発生や再生に必須のシグナルで、何故 Caspase 5C がWntシグナルを亢進させるのか、Wntからβカテニンと続くシグナル分子とCaspase 5Cとの関係をしらべて調べていくと、Caspase 5C はWntシグナルの下流で働くDishevelled/APC複合体に結合して、APCを切断することを発見する。APCはβカテニンのユビキチン化/分解に関わる複合体を Axin/GSK3β と共に形成している分子で、この機能が失われるとβカテニンが分解されず、結果Wntシグナルが促進することになる。
以上の結果は、通常炎症で活性化され働くCaspaseが、Wntシグナルのような発生・再生に必須のシグナルを増強する機能を獲得したことになる。まさに、炎症再生医学会を代表するような分子と言える。おもしろいのは、腸上皮のオルガノイドを用いた発現パターンの解析で、Caspase 5C 腸上皮幹細胞システムの中で最も増殖力の強い transit amplifying 細胞に発現している点で、Wntシグナルがこの増殖のドライバーである事を考えると、炎症分子を増殖のドライバーに返信している。通常Caspaseが細胞死を誘導するのに関わることを考えると、本当におもしろい使い回しと言える。
さらにおもしろいのは、同じ Caspase 5 遺伝子由来の Caspase 5A、Caspase 5B は成熟した腸上皮で発現しているが、増殖中の transit amplyfiying 細胞では全く発現がない点だ。これらスプライシングの異なるcDNAを遺伝子導入して調べると、dishevelled分子をCaspase 5C と競合することで、Caspase 5C によるβカテニンの保護機能を逆に阻害してWntシグナルを抑えている。即ち、スプライシングを変化させることで、おなじ Caspase 5 をWntシグナル増強から、Wntシグナル抑制へとスイッチする。
炎症は組織傷害につながることを考えると、腸上皮の再生は表裏一体である必要がある。その意味で、Caspase 5C の進化と機能は興味深い。
2026年4月23日
アルツハイマー病 (AD) でも、ガンと同じような遺伝子変異が見られることは何度か指摘されてきた。元々神経細胞の興奮はDNA損傷を伴うことも知られているので、変異は神経細胞で起こると思ってきた。しかし、今日紹介するハーバード大学とマウントサイナイ病院からの論文は、アルツハイマー病の脳で起こっている体細胞遺伝子変異の大半はミクログリアで起こっており、これが脳内の炎症を悪化させて病気を進行させているという研究で、4月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Somatic cancer variants enriched in Alzheimer’s disease microglia-like cells drive inflammatory and proliferative states(アルツハイマー病ミクログリア細胞で増加している体細胞ガン変異が炎症と増殖をドライブする)」だ。
ガンのように周りの組織から区別できる場合は変異の特定も簡単だが、普通の組織で体細胞変異を検出するのは簡単ではない。通常はシークエンスを繰り返すことで、変異を特定しているが、当然コストはかかる。この研究ではエクソームや全ゲノムシークエンスはやめて、これまでADでの変異が指摘されている149種類のガン体細胞変異に限定して、このパネルに対応するDNAを集めたあと、集めたDNAだけを1000回以上繰り返してシークエンスしている。この割り切りのおかげで高い精度で体細胞遺伝子変異を特定できるようになっている。
まず、変異はランダムに起こっているわけではなく、特定の変異が起こりやすい遺伝子が存在する。即ち、ADによる選択が起こっている。この起こりや錐体細胞変異をリストすると、ガン遺伝子の中でもガン抑制遺伝子に属する遺伝子が多く、これまで造血細胞のクローン性増殖を誘導する変異が多いことがわかる。
次にこれらの変異が見られる細胞を single cell RNA sequencing で調べると、驚くことに変異は全てミクログリアに集中しており、神経系ではほとんど見られない。もちろんこれは特定のガン変異に限って調べたからで、神経系で体細胞遺伝子変異が無いということではない。
脳内のミクログリアにも2種類存在し、一つは胎児期に卵黄嚢から脳に移行してそのまま一生そこで増殖するタイプと、造血システムからリクルートされるシステムに分かれるが、変異が認められるのは造血系からリクルートされるシステムということになる。
残念ながらAD患者さんの末梢血についての変異が示されていないので最終的にはわからないが、この結果はADで見られるガン体細胞変異は結局骨髄のクローン性増殖によって発生したクローンがAD脳内でミクログリアとしてさらに拡大して見えていることになる。
次にAD脳からミクログリアを精製して、単一核で遺伝子変異とともにクロマチン構造から発現遺伝子を調べると、遺伝子変異が細胞の遺伝子発現全体に大きな栄養を及ぼしていること、特に自然炎症に関わる遺伝子発現が上昇していることを明らかにする。これをさらに確実にするため、iPS細胞のゲノムに同じ変異を導入し、これをミクログリアへと分化させて遺伝子発現を調べて、AXL1、DNMT3A、TET2、それぞれの遺伝子変異が自然炎症に関わる遺伝子の発現に直接関わっていることを明らかにしている。
結果は以上で、読んでみると血液のクローン性増殖の問題性の新しい指摘ということになる。同じスキームは、動脈硬化や心臓病で示唆されてきた。即ち、クローン性増殖の結果炎症誘導性のマクロファージの割合が増え、これが動脈硬化を悪化させるというシナリオだ。もちろんADの直接原因というより、リスクファクターと言えるが、しかし加齢がADの最も大きなリスクファクターである一因を担っているのだろう。
2026年4月22日
原核生物はDNAメチル化を自己DNAの保護のために使っていることが知られている。すなわち、外来DNAと自分のDNAを区別して外来DNAを分解する目的だ。このために、様々なメチル化DNA感受性の制限酵素が存在し、研究にも用いられている。当然と言えば当然だが、制限酵素だけでなくCRISPR/CasシステムのDNA切断酵素CASの中にもメチル化を区別出来るものが既に報告されている。
今日紹介するオランダ Wageningen 大学と米国 Van Andel 研究所からの論文は、メチル化DNAを区別する AceCas9 と ThermoCas9 のメチル化DNA認識機構を構造的に解析し、これを用いて細胞特異的に遺伝子編集が可能である事を示した研究で4月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Molecular basis for methylation-sensitive editing by Cas9( Cas9 のメチル化感受性遺伝子編集の分子基盤)」だ。
DNAがメチル化されていると切断できない2種類の Cas9 をこのグループは既に報告しており、この研究では、特に ThermoCas9 を中心に、メチル基による活性阻害のメカニズムを、酵素学的、構造学的に解析している。
様々な場所のシステイン (C) をメチル化した合成基質を用いた検討から、ガイドが標的にしていない方の、Cas9 の認識に関わるPAM 配列の最初のCがメチル化されると、切断が阻害されることを明らかにする。そして、クライオ電顕を用いて構造解析を行い、ThermoCas9 はPAMがメチル化されていると標的との結合自体が阻害される一方、AceCas9 では結合しても切断を誘導する構造変化が起こらないことを明らかにする。
安全性から考えても、結合自体が阻害される ThermoCas9 の方が使いやすいので、後はこの酵素を用いて、メチル化状態の異なる細胞での遺伝子編集が可能か調べている。データベースからメチル化状態が大きく異なる2種類の細胞を選び、その中で ThermoCas9 が認識するPAM配列のメチル化状態が異なる3種類の遺伝子を選び、試験管内で遺伝子編集効率を調べている。結果は期待通りで、PAM配列のCがメチル化されている場合、遺伝子編集は全く起こらないが、メチル化されていない細胞では編集が起こる。ただ、他の Cas9 と比べた時に遺伝子切断活性が低いことがわかり、ThermoCas9 に様々な遺伝子変異を導入して、メチル化特異性は変化せず切断活性だけが上昇した Cas9 を新たに設計している。そして、ガイドRNAの導入方法を、DNAではなくRNAを導入する方法に変える改良を加え、最終的に6−7割の編集効率を持つ、メチル化感受性Cas9システムを完成させている。
このシステムのパーフォーマンスを確かめるため、発ガンによりメチル化の大きな変化が起こることが知られている乳ガンを標的にして、乳ガンになると発現が上昇するエストロゲン受容体 (ESR) とGATA3転写因子、そして遺伝子内に結合する調節因子EGFLAM転写因子を選んで、ガン特異的に遺伝子編集可能か調べている。特にメチルあの影響を受けやすいプロモーターやエンハンサーを選ぶと、EGFLAMとGATA3で7割を超えるガン特異敵意電子編集が可能であることを示している。
結果は以上で、さらに改良が必要だが、メチル化で細胞を区別して編集するシステムは、ガンだけでなく、様々な用途に利用できるように思う。
2026年4月21日
昨日はDengさんのp53とiPS細胞の論文を紹介したので、ほぼ同じ時期に発表されていたスローン・ケッタリング記念病院から発表されたp53の初期膵臓ガンでの役割についての論文を紹介することにした。タイトルは「Oncogenic and tumor-suppressive forces converge on a progenitor niche at the benign-to-malignant transition(発ガンシグナルとガン抑制シグナルは、良性から悪性への転換時に現れる前駆細胞に収束している)」だ。
現在p53研究の第一人者を挙げるとすると、この論文の責任著者の一人 Scott W. Lowe は外せないだろう。この研究もさすがプロと思わせる様々な工夫に満ちている。モデルはRAS変異とp53変異が高い確率で見られる膵臓ガンだが、この研究ではRas変異が起こる前と後を同じ組織上で把握して解析することを目的にしている。そのため、p53遺伝子変異が起こる前と、起こった後で蛍光の色が変化するマウスを作成し、同じ組織でp53変異前と後を区別できるようにしている。まさにプロのアイデアで、是非iPS細胞でも使って欲しいと思う。
もう一つのハイライトは、この変化を捕まえるためXeniumと呼ばれる組織上のsingle cell遺伝子発現解析システムを用いて、良性から悪性への変化を空間的に追跡できるようにした点で、この二つのイノベーションのおかげで、単純にRas変異+p53変異=ガンと言った単純な話に収束することなく、ガンの初期状態の多様性を把握することに成功している。
膨大な実験で、さらに組織上での遺伝子発現とその解析が、これでもか、これでもか、と示される論文なので、ここではDeng論文を念頭に置きながら、かなり省略して紹介する。
p53変異前でRasが活性化した細胞を解析すると、いくつかの細胞集団に分けることが出来、遺伝子発現から分化した胃の上皮型 (GE) が徐々に分化したマーカーを失い、未熟消化管上皮型 (PE) へと変化するのを捉えることができる。いずれもp53変異前だが、おもしろいことにp53の標的遺伝子の発現はPEに集中していることがわかった。即ち、Ras変異があっても分化しているうちはp53の発現は低いことがわかる。このp53が未熟なPEに必要であるとする結果は、Deng論文から見てもおもしろい。
このPE状態は上皮自体のプログラムで誘導されるのではなく、周りの間質の影響が大きいことは、炎症シグナルを加えるとPE状態へとドライブがかかることからもわかる。ガン発生が進む組織をXenium解析で調べると、GEからPEへの連続的な変化が組織上で見られるのに対応して、上皮の周りに存在する間質や血液細胞の遺伝子発現も、連続的に変化する。しかも、上皮と間質の相互作用を支えるシグナル分子と受容体もセットで変化することがわかる。即ち、Rasが活性したあと、間質との相互作用がオンになってしまうと、おそらくp53を含む様々な遺伝子にスイッチが入り、間質との相互作用システムがオンになり、これにより間質を巻き込むことで、p53変異が起こる前から膵臓ガン特異的な悪性化への過程が進んでいる。全てのスイッチはRasの活性化である事は、この時点でRasを阻害する間質の変化も含めて消失する。従って、早期変化を捉えてRas阻害剤を使うことは今後重要な治療手段になる可能性がある。
このようにp53の作用により組織上での悪性化が進んで見えるという不思議な現象が示されたが、ではこの時点でp53変異が入るとどうなるのか。結果はDeng論文と同じで、上皮間質転移が起こり、悪性度を保ったままさらに可塑性の高いガンへと変化することを示している。
結果は以上で、p53が欠損するから悪性化が進むのではなく、Rasが活性化された細胞でp53の発現が上がることで、周りの間質を増殖に有利な様に組織化することが最初に起こり、その後p53が変異することで上皮性から解放されたより可塑性の高いガンへと変化する過程が、初期膵臓ガン発生過程で起こっているという結論だ。
昨日のDeng論文と比べると、p53変異で上皮間質転換が起こる点では全く同じだ。さらにp53が存在することで、可塑性が抑えられていることは、p53変異が山中因子による可塑性誘導を抑えるという点でも一致する。しかし化学リプログラミングで逆にp53が必要であるという事実は、リプログラムが単純な可塑性の上昇でないことを示している。おそらく同じ実験系を使ってリプログラム過程を調べると、おもしろい展開があるように感じる。
2026年4月20日
昨日紹介した韓国東国大学からの論文のメインは電磁波で自由に誘導が可能な遺伝子発現システムの確立だが、その効果を確かめるために行われた、山中3因子を電磁波で間欠的に誘導して老化を防ぐ実験には多くの読者が驚いたと思う。これを見て友人から、ガンで山中3因子を間欠的に誘導してみたらどうなるだろうかと聞かれた。やってみないとわからないが、元々核移植によるクローンES細胞はガン細胞では起こりにくいことが知られていた。この研究の流れは、東大医科研の山田さんにも受け継がれているが、当時iPS細胞樹立の障害になる様々なガン関連遺伝子が探索された。この中で、ガン抑制遺伝子の一つp53やp21はiPS細胞樹立を阻む一つの要因であることが示された。iPS細胞樹立に増殖が必要だとすると、当然の結果だと思うが、一方でiPS細胞樹立がp53変異を自然選択してガン化の危険を増す可能性も指摘された。
P53がiPS細胞樹立の障害であるという論文は山中研を含む多くの研究室から発表されたが、いち早く論文を発表したのが北京大学の Deng で、中国のiPS細胞研究を何年もにわたって先導してきた研究者で、このブログでも3回も紹介している。特に小分子化合物と無血清培地だけで大量のiPS細胞を樹立(CiPS:化学iPS)して、実際の1型糖尿病の患者さんに移植、ほぼ完全にインシュリンから離脱させた論文は、世界に彼の実力を証明した(https://aasj.jp/news/watch/25297)。
今日紹介するのは、その Deng の研究室から、なんと山中因子の遺伝子導入ではなく小分子化合物だけを用いてiPS細胞を樹立するときはp53が必須であるという驚くべき結果の論文で、4月27日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「p53 safeguards chemical reprogramming of human somatic cells toward pluripotency(人間の体細胞から多能性幹細胞への化学的リプログラミングではp53が安全を保証する)」だ。
Deng は山中因子導入ではp53が抑制的に働くことを示した張本人だが、その彼が様々な方法でp53を不活化したヒト体細胞から化学リプログラミングでCiPS細胞樹立を試みると、全くうまくいかないことに気づく。かれのCiPS細胞誘導は3段階で行われるが、特に最初の2段階でp53は必須の分子である事がわかった。
Single cell RNA sequencing を用いてリプログラムの過程を調べると、p53が欠損すると、Oct4やNanogを発現した多能性細胞へと移行せず、間質系細胞の誘導因子を強く発現した細胞で止まってしまうことを明らかにする。次に、CiPS細胞樹立に必要な小分子化合物とp53の関係を見ていくと、レチノイン酸受容体を刺激するTTNPBが必要なp53を誘導していることを明らかにする。そして、これにより上皮から間質細胞への分化を抑制するBTG2が発現することで、上皮性で多能性のiPS細胞への分化が間質細胞へ引っ張られることを抑えていることを示している。ただ、p53を過剰発現させると、CiPS細胞樹立効率は落ちるので、増殖のチェックポイントとして働かないレベルの絶妙のバランスでp53が発現することが必要というわけだ。
上の結果を、p53 (+) と p53 (-) 細胞を混合したポピュレーションで山中4因子、あるいは化学リプログラミングで初期化すると、山中4因子で誘導した場合ほとんどの細胞がp53陰性細胞由来になる一方、化学リプログラミングではほとんどの細胞がp53陽性細胞である事を確認している。
では何故このような全く反対の結果になるのか、完全にわかっているわけではないが化学リプログラミングは遺伝子導入方法と比べると、ほぼ1/3の短期間で誘導出来、トライアンドエラーが少ないことから、増殖時のチェックポイントを外す必要がなく、その結果p53欠損の悪い側面、即ち上皮間質転換誘導が化学リプログラミングでははっきりと見えてしまったと考えられる。
とすると、p53がバリアーになってしまう遺伝子導入法は、セーフガードとして使う化学リプログラミングと比べてチェックポイントを解除してしまうため、遺伝子変異が起こりやすいと考えられる。この研究ではヒトiPS細胞で両方を比べ、変異の数が30%程度低下することを示している。期待ほどの効果は無いということにはなるが、しかし安全性は高いと結論できる。
以上、iPS細胞樹立について精力的に研究を行っている研究者が減る中で、今や世界をリードしている Deng ならではおもしろい研究だと思う。やめる前の年、まだまだ若手だった彼の研究室を訪れた時の生き生きした顔が今も浮かんでくる。
2026年4月19日
渡り鳥が視覚だけでなく、分子内での電子移動を感知することで、地磁気を信号に変えることができる磁気コンパスを持っていることについてはこのブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/16040)。他にも、TRPV4チャンネルに鉄結合フェリチンを連結することで磁気をトルクに変え、磁気によりカルシウムチャンネルを活性化させ神経興奮を誘導する方法も紹介した(https://aasj.jp/news/watch/4961)。ただ、これらは極めて特殊なシステムで、生理学的に磁場を感じる、いわば第六感が存在するとは考えたことはなかった。
今日紹介する韓国・東国大学からの論文は、普通のマウスの遺伝子発現を周期的な磁場を照射することで誘導出来ること、そのメカニズム、そしてそれを用いて磁場照射で遺伝子発現を誘導出来ることを示した驚くべき研究で、4月14日 Cell にオンライン掲載された)。タイトルは「Electromagnetic field-inducible in vivo gene switch for remote spatiotemporal control of gene expression(場所と時間特異的に遺伝子発現を誘導出来る電磁場によって誘導可能な遺伝子スイッチ)」だ。
何故実験室のマウスに、周期的な電磁場を投射するだけで発現が誘導出来る遺伝子があると考えたのか、それについては何の説明もないが、こう考えて磁場で誘導出来る遺伝子を探索したことがこの研究のハイライトになる。
おそらく神経系でこのような遺伝子が見つかる確率が高いと考え、脳に様々な強度と周期の磁場を照射、発現してくる遺伝子を single cell RNA sequencing で探索している。組織レベルの探索では陽性細胞が少ないと発見できないので、single cell で見たところが重要だ。その結果、少しは発現が変化した遺伝子がなんと15種類も見つかったが、ほとんどは差が大きくないので、4倍近く発現が上昇したLgr4遺伝子に絞って、この遺伝子調節領域を調べている。最終的に上流450塩基がほとんどの細胞で磁場照射に反応することが明らかになった。また、照射は2mT/60Hzが最も強い遺伝子発現を誘導出来るので、以後はこの上流を用いている。
この上流に蛍光遺伝子GFPを結合させてマウスに導入すると、3日照射でほぼ全身の細胞で傾向が見られる。そして、大体1週間で発現は消失する。即ち、磁場自体はあらゆる細胞が感じることができ、Lgr4遺伝子の上流を活性化することが出来ることになる。
何故このような第六感とも言えるセンサーを体中の細胞が有しているのか、線維芽細胞とCREISPRを用いて発現に必要な遺伝子を探索すると、チトクロームb5b (Cyb5b) が特定された。ここまで来ると納得できる。と言うのも、Cyb5bは膜結合型ヘムタンパクで、Cyb5b還元酵素から電子を受け取り他の分子に渡す働きがある。即ち、鉄を介して磁場と相互作用し、電子を受け渡すことでカルシウムチャンネルを活性化できる。この研究ではCacna1fカルシウムチャンネルに電子を渡すことでカルシウム流入を誘導し、Sp7転写因子を活性化して、Lgr4上流遺伝子を活性化することを示している。Cacna1fは網膜双極細胞での発現が高いことが知られているが、他の細胞でも発現しているか、あるいは同じようなカルシウムチャンネルを用いているのかもしれない。結果、2mT/60Hzを3日間照射すると3−4日間強い遺伝子発現を誘導出来る。
そこでこの系を利用して、なんと山中4因子のうちの Oct4、Sox2、Klf4 を全身で発現させ、電磁波照射を続けると、マウスは1週間で死んでしまう。組織学的に調べているわけではないが、細胞のエピジェネティックな恒常性が壊れれば死ぬのは当たり前だ。
ただ話はこれで終わらず、おそらく山中さんも予想できない方向まで進む。3日照射で3−4日の発現が誘導されるので、1週間に3日だけ照射を続けると、今度は身体に異常は見られない。特にこの条件ではNanogの発現がないので、染色体が揺らいだといった感じになる。そして、遺伝的早老マウスに電磁波照射で間欠的に山中3因子を発現させると、驚くことに寿命が延び、組織的な老化症状を抑えることができる。更には、皮膚損傷でも間欠的刺激により修復を早めることができる。
後は、脳でAβやセロトニン合成経路を場所特異的に誘導する実験を行っており、遺伝子発現システムとしての能力の高さを強調しているが割愛する。
ともかく、チトクロームb が存在すればほとんどの細胞が磁場を感知できること、それをシグナルに変えて遺伝子発現を誘導出来ることが素晴らしい。これだけでなく、iPS20周年にふさわしく、山中3因子の全く予想外の機能も明らかにした。おそらく3因子全てが必要とは思わないが、是非調べてほしいし、例えばパイオニア因子のKLF4だけでも同じようなことが起こったりすると、新しい老化のエピジェネティックス研究が進む気がする。大変おもしろい論文だと思う。
2026年4月18日
CKD (Chronic kidney disease) という用語で多様な腎疾患をまとめて考えることが2000年の初頭に提唱され、今や世界標準になっている。確かに腎機能を基本にして全身の影響を考えるには重要な概念だと思うが、組織自体が複雑で、病気の起こり方も極めて多様な腎臓病を全てCKDとしてしまうのには違和感があった。
ところが今日紹介するパリ・シテ大学からの論文を読んで、腎臓の病態を統一的に理解することの重要性がわかった気がした。タイトルは「HNF1B integrates signals in a feed-forward loop driving kidney disease progression(HNF1Bは腎臓病の進行を進めるフィードフォワード回路のシグナルを統合している)」で、4月16日 Science に掲載された。
CKDを統一的に考えるためには、原因のはっきりした遺伝性のCKDの発症メカニズムから調べるのが早道だと考え、片方の遺伝子が欠損していることでCKDのリスクが高まるHNF1Bに注目した。この遺伝子のヘテロ欠損では、他の要因と重なると様々なタイプの腎疾患が起こることが知られており、多様な腎疾患で統一的に働いている分子と考えられる。
マウス尿細管でこの遺伝子を任意の時期にノックアウト出来るマウスで生後7日目あるいは30日目でこの遺伝子をノックアウトして経過を観察すると、髄質の線維化と皮質の縮小を中心とする陣病変が誘導される。即ち、この遺伝子だけでCKDを誘導出来る。
一方、他の腎疾患モデルでHNF1Bのレベルを調べると、人間の糖尿病性腎症をはじめとする様々なモデルで一様にHNF1Bのレベルが低下していること、そして尿細管細胞株への添加実験をおこない、CKDの症状の中心であるアルブミンあるいは炎症で誘導されるインターフェロンがHNF1Bを強く抑えることを明らかにした。
以上の結果は、HNF1Bが低下すると尿細管が傷害されCKDが発症すると同時に、炎症など多様な原因で腎臓の異常が起こると、これ自体がHNF1Bの低下を誘導する、まさに悪循環をがこの分子により駆動されていることがわかる。
次にHNF1B低下により起こる尿細管の変化を、遺伝子発現や single cell RNA sequencing 等様々な方法で徹底的に調べ、最も重要なターゲットが細胞周期に関わる遺伝子である事を発見する。即ち、HNF1Bは尿細管細胞が増殖サイクルに移行するのを止める働きがあり、これが低下すると細胞周期に関わるサイクリンD1等の転写が急増し、事実細胞が分裂を始めることを確認している。
増殖を誘導するなら再生が高まって好都合だと考えてもいいのだが、実際にはHNF1Bレベルの低下で急に静止期から外れてしまうと、増殖に伴う様々なストレスが誘導される。例えばDNA損傷を示すγH2AXの発現が高まり、DNA損傷に応答するATR遺伝子の発現が誘導される。
以上の結果は、尿細管細胞の静止期を維持するHNF1Bが欠損することで、尿細管が増殖期へと誘導されることが尿細管の細胞死を早め、髄質の線維化を誘導するが、一旦HNF1Bの低下が始まると、それ自体でさらにHNF1Bを低下させる悪循環が始まるというシナリオを示している。
最後にCKDと診断された患者さんの遺伝子発現データベースを比べ、確かにHNF1Bの標的遺伝子の発現が強く抑制されていること、またHNF1B標的遺伝子の発現と腎機能の指標eGFRは比例していること(発現が低ければeGFRも低い)を示している。
以上が結果で、CKDの進行を考える点でかなり重要な研究だと思う。実験ではCDK4阻害剤を用いてCKDの進行を抑えられることをマウスモデルで示しているが、一般的な治療になるにはハードルが高い。しかし、現在CKDの特効薬と言われるSGLT2阻害剤の効果をHNF1Bから身直すのはおもしろいように思う。
2026年4月17日
コロナパンデミックでmRNAワクチンは一躍脚光を浴びるようになったが、ウイルスゲノムが発表されて、1週間もせずにワクチンが作られ、1ヶ月で動物実験を終え、なんと半年で第三相の治験まで終えるというスピードに驚いた。当時論文を紹介する中で見えてきていた免疫ルートは、筋肉注射によって一部はすぐに所属リンパ節に移行し、そこで抗体反応を誘導するというものだった。実際、1回目と2回目を同じ腕に注射した方がいいとするオーストラリアからの研究は(https://aasj.jp/news/watch/26685)、このスキームを強く示唆していた。
しかし当時行われた研究のほとんどは感染を抑止する抗体誘導を指標に行われていた。一方、ウイルス感染に対する免疫としてはCD8T細胞も重要な役割を担っている。今日紹介するワシントン大学からの論文は、コロナワクチンと同じ方法で投与されたmRNAワクチンのCD8Tキラー細胞誘導過程について調べ、抗体誘導とは全く異なるメカニズムが働いていることを明らかにした研究で、4月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「mRNA vaccines engage unconventional pathways in CD8 + T cell priming(mRNAワクチンはCD8T細胞誘導に通常とは異なる経路を使う)」だ。
この論文は、抗原を卵白アルブミン (OVA) に固定することで、反応側のCD8T細胞をOVA由来ペプチドに固定して研究できるモデル実験系を用い、筋肉に注射したときのマウスのCD8T細胞反応を全身で調べている。
全身がOVA反応性のT細胞で占められているという特殊な条件ではあるが、ワクチンを注射したときに増殖反応するCD8T細胞を調べると、注射局所や所属リンパ節に反応が限られることは全くなく、早い段階から体中のリンパ組織で増殖反応が認められる。即ち、抗体反応に関わるB細胞やCD4T細胞とは違う局所に限定されない反応が体中で起こっていることになる。
抗原の産生は局所から所属リンパ節に限局されているはずなので、この結果は局所で抗原を受けた樹状細胞やマクロファージが体中に移動して免疫を誘導していることになる。そこで、注射部位あるいは反対側のリンパ節から2種類の樹状細胞、cDC1、cDC2、そしてB細胞を取り出してCD8T細胞を試験管内で刺激すると、注射部位ではcDC1とcDC2のみ、反対側ではcDC2のみが反応を誘導している。これは驚きで、元々CD8T細胞はcDC1が誘導すると考えられているが、cDC2も関与が認められ、しかも注射部位以外ではかなり重要な免疫誘導細胞になっている。
そこで、cDC1、cDC2 がそれぞれ欠損したマウスを用いて、様々なモダリティーの免疫を行うと、タンパク抗原やcDNAを導入した免疫ではcDC1のみが反応する。しかし、mRNAワクチンの場合、もちろんcDC1依存的な反応も誘導されるが、cDC1が欠損したマウスでも免疫を誘導することが可能である事が示された。CD8細胞から反応を見てみると、mRNAワクチンは他のワクチンとは全く異なる免疫誘導経路を使っていることになる。以上の結果から、mRNAワクチンの場合は、抗原が合成される部位で抗原を取り込んだ樹状細胞が、注射した所属リンパ節だけでなく身体全体に移動して免疫を誘導するという驚くべき結論になる。
次に問題になるのは、局所で抗原を取り込んでも、抗体反応に必要な Class II MHC には抗原ペプチドを載せて提示できるが、CD8T細胞誘導に必要なClass I 抗原の場合、細胞内で分子が合成されるか、あるいは外界から取り込んだ抗原を細胞質へ移動させる仕組みが必要で、これを Cross-presentation と呼んでいる。
そこで、Cross-presentation に必要な分子を樹状細胞で欠損させて調べると、CD8T細胞誘導に影響がない。従って、全く異なるメカニズムで樹状細胞は抗原と ClassI MHC を細胞表面に提示していることになる。これを可能にするメカニズムとして、Cross-dressing と呼ばれる、抗原を合成している細胞(この場合筋肉細胞など)の細胞膜とMHC/ペプチドをそのまドレスを着るように膜に取り込む方法が存在する。そこお出、Cross-dressing が起こっているかどうかを、MHCの異なる動物とのキメラを用いて、異なるMHCごと抗原ペプチドが樹状細胞へ移行しているかを調べ、特にcDC2細胞で Cross-dressing が起こっていること、またこれが起こるためには注射部位で誘導された自然免疫、特にインターフェロンが重要な働きをしていることを示している。
他にも様々な実験を行っているが割愛して結論を急ぐと、
- タンパク質抗原とmRNAワクチンのCD8T誘導メカニズムは大きく異なっている。
- mRNAワクチンは、局所で作られた抗原を取り込んだ樹状細胞が体中に移動して免疫を誘導する。
- そのときの抗原の取り込みは、Cross-dressing と呼ばれる、膜ごとMHC/ペプチドを取り込む方法が使われている。
本当に人間で、抗体反応も同時に起こる中で、同じことが言えるかどうか今後検討が必要だろう。しかし、ウイルスにかかってからのワクチン、あるいはガンワクチンを考えると、今回の研究は極めて重要で Cross-dressing を効率化した免疫方法や樹状細胞治療が新しい視野に入ると思う。