12月11日 真核生物への進化を包括的に考える(12月3日 Nature オンライン掲載論文)
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12月11日 真核生物への進化を包括的に考える(12月3日 Nature オンライン掲載論文)

2025年12月11日
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48億年前に原核生物が誕生した後、現在古細菌と呼ばれているアーキアといわゆるバクテリアに分かれるのが最初の生命の多様化と言っていいだろう。その後、それぞれは現在まで多様化を遂げるが、その過程でミトコンドリアを始め原核生物には全く存在しない様々な新機構を持った真核生物が誕生する。原核生物と真核生物を区別する最も有名な違いがミトコンドリアなので、真核生物=ミトコンドリアの発生と考えてしまうが、細胞骨格、小胞体、核など、我々が細胞学で学ぶ多くのシステムは真核生物独自と言っていい。

これまで、真核生物研究の中心は、ミトコンドリアに限らず真核生物の新しい機構を支える分子の進化を一つ一つ探るというスタイルだったが、今日紹介するブリストル大学からの論文は、真核生物を特徴付ける新しい機構全てを包括的に調べ直し、真核生物の形成過程を再構成しようとした研究で、12月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Dated gene duplications elucidate the evolutionary assembly of eukaryotes(日時を特定した遺伝子重複から真核生物の新機構が揃う進化がわかる)」だ。

この研究の重要性は、個々の特徴ではなく真核生物の新機構全てを包括的に扱っている点で、真核生物を扱っている研究者にとっての一種の辞典のような立て付けになっている点だ。そのため、論文をダウンロードして、真核生物とは何かを考えるとき、是非、自分で読んでほしい。

研究では60あまりの遺伝子をまとめて、最近開発が進む緩和時計法と呼ばれる系統樹の書き方を適用して調べ、例えばアーキアの方がバクテリアより早く遺伝子重複と多様化を始めたことを確認している。

これまでアーキアの進化形のアズガルドアーキアが、アルファプロテオバクテリアをミトコンドリアとして取り込んで、真核生物が誕生すると考えられているが、これまで存在しなかった機構が成立するためには、既存の遺伝子が重複を繰り返し、本来に機能に使われなくなった遺伝子が新しい機構に使われるようになると考えられる。そこで、研究では真核生物特異的機構に存在する遺伝子のバクテリアやアーキアでのルーツを探り、それぞれが重複が起こった時期を調べている。即ち、新しい機構の準備期間を特定することに注力している。この視点で見て、アルケアで重複が起こり真核生物の準備が起こリ始めるのは30億年から始まり、26億年をピークとする。一方バクテリアで準備に関わる重複が起こるのはかなり遅く24億年前からになる。

ミトコンドリア形成にはミトコンドリアへと移行するαプロテオバクテリアでの重複が必要だが、これは22億年前後からで、これらの時期からミトコンドリアが発生したのを22億年と推定している。

ただ、ミトコンドリアの取り込みだけが真核生物を形成するのではない。小胞体形成、細胞骨格などに関わる遺伝子の重複時期を探ると、ミトコンドリア形成よりかなり早い時期から重複が起こり、細胞骨格や小胞体の原型が形成されていることがわかる。また、細胞骨格のような仕組みで貪食作用が発生しないと、ミトコンドリアの取り込みも成立し得ない。これらの新機軸の中で、核形成に関わる分子は重複時期が遅い。例えば核膜孔形成分子などは、ミトコンドリアが誕生して数億年たってから完成している。

異常の結果から、細胞骨格、小胞体などに関わる遺伝子の重複進化はアーキア、バクテリアそれぞれで早い時期から始まり、これらが集まった大イベントとして22億年前にアズガルドアーキアがαプロテオバクテリアを取り込みミトコンドリアが誕生する。同じ細胞骨格や細胞内膜から核が形成され、クロマチンを持ち、その後減数分裂まで可能になる遺伝形式が誕生し、我々が真核生物として理解する生物ができあがる。

頭の中を整理するには最適の論文なので、自分で読まれることを勧める。

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12月10日 非アルコール性肝炎治療に適した Lipid nanoparticle の開発(12月3日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年12月10日
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タイトルに挙げた Lipid nanoparticle (LNP) は、mRNAを細胞に運ぶ目的で使われるキャリアで、Covid-19のmRNAワクチンに使われ、そのパワーが認識された。ただ、LNPの構成はコレステロールを中心とする様々な脂肪が安定なカプセルを形成されるように配合されているため、取り込まれる細胞の脂肪代謝を変化させる心配がある。

今日紹介する中国精華大学からの論文は、皮下注射でリンパ節を標的にするmRNAワクチンの場合この性質は問題にならないが、元々脂肪代謝が変化している非アルコール性肝炎の遺伝子治療に使おうとすると、逆に肝炎を悪化させることに気づき、LNPにビタミンEを加えることで肝臓の遺伝子治療に利用できるよう改変した研究で、1、2月3日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Metabolism-programming mRNA-lipid nanoparticles remodel the immune microenvironment to improve immunotherapy against MAFLD(mRNA -LNPを代謝的にプログラムすることで非アルコール性肺炎の免疫治療を可能にする環境を形成できる)」だ。

非アルコール性肝炎ではSTAT1やSTAT3シグナルが上昇して肝臓の免疫環境を変化させ、炎症を進行させることが知られている。この研究ではSTATの上昇の一つの原因が、肝臓の代謝変化によるSTATを抑えるフォスファターゼTCPTPの減少によることを確認し、この分子を補充することで肝炎を抑えられることを確かめている。その上で、従来のLNPにTCPTPmRNAを封入し静脈注射で治療を試みると、LNPにより脂肪代謝異常を悪化させることに気づく、

そこでこれを防ぐLNPとして膜内での脂肪酸化を防ぎ、フェロトーシス阻害にも使われるビタミンEをLNPに組み込むことを着想し、最終的にビタミンEを結合させたフォスファチジルコリンが21%含むLNPを完成させる。この新しいVE-LNPはマウスだけでなくブタやサルに投与しても、肝臓の脂肪代謝をほとんど変化させず、しかも肝臓に選択的に取り込まれる。組織学的にも、通常のLNPのようにクーパー細胞や類洞細胞への取り込みは少なく、圧倒的に幹細胞に取り込まれる。すなわち、ビタミンEで脂質酸化を抑えることで、非アルコール性肝炎のような代謝異常を基盤とする肝臓へ遺伝子を届けるパワフルなプラットフォームを開発できた。

これを用いてTCPTPmRNAを非アルコール性肝炎モデルに投与すると、ほぼ完全に肝炎を抑えることに成功している。そして期待通り、肝臓でのSTAT活性を低下させ、炎症細胞の浸潤を抑えることが明らかになった。通常のLNPではSTAT活性を少し抑えることはできるが、炎症は抑えられない。

さらに驚くのは、非アルコール性肝炎モデルにガン遺伝子を導入して誘導する肝臓ガンの発生をVE-LNP-TCPTPが抑える点で、肝臓ガンが肝臓の炎症によって助けられ発生することを明確に示している。即ち、肝臓の免疫環境が正常化することで、肝臓ガンの発生を抑えることができる。

とすると、肝臓免疫環境を正常化することで、ガンの免疫治療そのものを助ける可能性も生まれる。これを確かめるため、VE-LNP-TCPTにガン抗原のmRNAを加えて肝炎を抑えると同時にワクチンとして用いることで、肝臓内に注射したガン細胞を抑えられるか検討し、肝臓内に転移したメラノーマを完全に除去できることを示している。

また非アルコール性肝炎から発生する肝臓ガンはPD-1抗体によるチェックポイント治療が効かないことが知られているが、VE-LNP-TCPTPを投与して肝炎を抑えることで、PD-1抗体が大きな効果を示すことも示している。

以上が結果で、LNPの構成脂質としてビタミンEを用いるという着想を完成させた力量は高い。創薬分野での中国の力を示す一つの例だと思う。

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12月9日 神経変性をフェロトーシスから考えてみる(12月4日 Cell オンライン掲載論文)

2025年12月9日
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フェロトーシスは、細胞膜内でアデニル酸やアラキドン酸などの多不飽和脂肪酸が酸化され、これが蓄積されることでおこる細胞死で、この不飽和脂肪酸の酸化を防ぐGPX4をノックアウトすると、発生初期に致死になることから、我々の細胞は常にフェロトーシスが誘導される危険性を孕んでおり、この抑制が生存に必須であることがわかる。ガンでは正常細胞よりフェロトーシスガ高まっているため、GPX4発現が高いことが知られており、GPX4阻害でガンを殺す可能性が試されたが、予想通りGPX4阻害は腎障害など多くの副作用を示し、成長後の細胞でもフェロトーシスの抑制が必須であることを示している。フェロトーシスが鉄依存的に起こる活性酸素の過剰生成により起こることを考えると、正常細胞での重要性も納得できる。

今日紹介するドイツミュンヘン、ヘルムホルツセンターからの論文は、GPX4の変異により起こる Sedaghatian-type s seal dysplasia (SSMD) と呼ばれる極めて希な遺伝疾患の変異分子の解析から、神経細胞変性もフェロトーシスの視点から見ることの重要性を示した研究で、12月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A fin-loop-like structure in GPX4 underlies neuroprotection from ferroptosis(GPX4のヒレ型ループ様構造が神経細胞をフェロトーシスから守る)」だ。

GPX4はノックアウトすると胎生致死で、しかも阻害剤により腎障害など強い副作用が起こることから、これに起因する遺伝疾患があるとは想像だにしなかった。ところが、152番目のアルギニンがヒスチジンに変化するR152H変異を持つ強い軟骨異形成症とともに進行する神経細胞死が見られる患者さんが存在することがわかった。この変異をマウスに導入すると、マウスはやはり胎生致死なので、R152Hでは比較的弱い機能障害のため、希に生まれてくることがあると考えられる。

いずれにせよ完全ノックアウトではない機能異常が発見できたので、この変異で本当にフェロトーシス阻害活性が低下しているのか、患者さんの線維芽細胞や iPS細胞由来の神経細胞を用いて調べ、明らかに神経細胞フェロトーシスガ促進されていることを確認している。

次にR152H変異の分子機能異常をNMRや構造解析で調べている。このシリーズの実験はこの研究のハイライトで、膜タンパク質研究のプロのアプローチがよくわかる。この結果、R152H変異は酵素活性としては全く正常と変わりないが、この変異によってGPX4に存在するfyn-loop構造が壊れてしまって、細胞膜への結合が弱まり、さらに膜状でも組織化されないことを明らかにする。この結果、膜上で不飽和脂肪酸の酸化を抑える効率が低下することで、フェロトーシスガ起こってしまうことが、様々な症状につながることを明らかにしている。

ここからは興奮神経細胞に焦点を当て、生後タモキシフェンを投与すると興奮神経細胞でGPX4がR152Hに変化する、あるいは完全ノックウトされるマウスを作成し、変異誘導後の変化を見ると、患者さんで見られるように、興奮神経細胞特異的に進行性の変性が起こる。

この時、神経細胞で起こるタンパク質レベルの変化を質量分析で解析し、R152H変異が誘導されるとアルツハイマー病と同じような発現タンパク質の変化が見られること、さらに完全にノックアウトされるとハンチントン病やパーキンソン病と同じようなタンパク質変化が起こることを発見する。

以上が結果で、R152H解析を通してGPX4が細胞膜にリクルートされる分子基盤が初めて明らかにできたことが最も重要な貢献だと思うが、様々な神経疾患をフェロトーシスの亢進により細胞が変性するという視点から見直すことで、新しい神経保護法が開発できる可能性を示している。大変勉強になった。

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12月8日 Baker 研からの新しいタンパクデザインAI: RFdiffusion 2(12月3日 Nature オンライン掲載論文)

2025年12月8日
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何度も紹介しているように、昨年のノーベル化学賞を受賞したワシントン大学の Baker さんは、タンパク質デザイン分野をリードしているが、これまでの研究を追跡すると、既存の方法では解決困難な課題を探し出して、それを解決するさらに新しい方法を開発しているのがよくわかる。最初デザインが比較的容易な短いペプチドを組み合わせて機能をデザインしていた Bakerさんたちは、生成AIをいち早く導入して、タンパク質構造予測の Rosettafold を開発するのと並行して、目的に合わせてタンパク質の構造をデザインする RFdiffusion、ペプチド構造からDNA配列を予測する ProteinMPNN を開発し、これの基づき全く新しい機能タンパク質を合成し報告してきており、このブログでも何回も紹介してきた。

このように Bakerさんはこの分野の巨人だが、タンパク質デザインでは様々な問題が存在し、巨人との競争に尻込みせず、これを解決するための様々な方法開発にチャレンジしている研究グループが増えてきた。この辺については YouTube で紹介しているので是非視聴してもらいたい(https://www.youtube.com/watch?v=hBFr9aVoXIQ)。 

もちろん Baker研でもこれまでのモデルの問題を解決するための開発が進められており、今日紹介する論文は、これまでの RFdiffusion を根本的に変革したタンパク質デザインモデル RFdiffusion2 の開発で、12月3日 Nature にオンライン掲載された。 タイトルは「Computational design of metallohydrolases(メタロハイドロラーゼのコンピュータデザイン)」だ。

これまでこのブログで紹介した Baker研からの論文は、タンパク質同士の相互作用についてのデザインがほとんどだと思う。これはDiffusionという画像生成法が、構造がはっきりしたタンパク質に適用しやすいからだ。ところが、今回対象にしているメタルハイドロラーゼ、即ち金属を補酵素として様々な分子を加水分解する酵素のように反応標的が小分子と金属の場合は、反応の場で多様な構造とるため、RFdiffusion ではこれまでの知識を元に、直接反応に関わる3つのヒスチジンの位置や、配向性を最初から条件として組み込んでスタートしないと設計が難しく、さらにこの条件設定をしても計算量は膨大になる結果、歩留まりが悪かった。

最近画像生成分野では Diffusion に変わる方法として Flow matching が登場しているが、Bakerさんたちは Diffusion を Flow matching に変えることでこの問題を解決できないかと着想した。全く数理苦手の素人なので、私が理解している範囲の解説だが、Diffusion は各ピクセルの数値が集まってできる一つの画像のベクトルを少しづつずらしてノイズを入れていく過程を学習させ、この学習を元に、今度は一定の条件を加えてノイズを除去する逆の過程として計算して画像を生成している。

これに対し Flow matching は条件のない乱雑な点群から画像に対応する点群へ変化するときの流れを学習させるモデルで、より自由度が高く、最初に理論的基質、金属、そして活性部位のヒ3つのスチジン配向( Theozyme と名付けている)を指定すると、自由に3つのヒスチジンを持つハイドラーゼを設計することができる。

その結果、ヒスチジンを117番目、129番目、そして133番目に持つZETA-1設計に成功している。実際には生成された96種類のタンパク質を実際に合成して酵素活性を調べており、ZETA-1には及ばないが酵素活性が存在するタンパク質を数種類生成でき、歩留まりも良い。

大事なのはこれでとどまらずに、新しく生成した酵素と基質との関係を、酵素の活性部位の量子化学的理論値評価を PLACER と呼ばれるモデルで行い、さらには金属を含む小分子の相互作用を予測できる、Alfafold3 の後継構造予測モデルを Chai-1 を用いることで、酵素側で重要な3つのヒスチジンと亜鉛とのより理想的な関係を特定している。これに基づいて Theozyme を設計し、それを元に新たに RFdiffusion2 でタンパク質を生成させると、ZETA-1より高い酵素活性を示す酵素を3種類も生成することに成功し、しかも ZETA-2はZETA-1 の Kcat/Km値で3倍酵素回転率が高い。

以上が結果で、新しい Flow matching の可能性にいち早く気づき、その性能を最も試すことができるハイドラーゼという格好の課題を見つけ、高い酵素活性を持つタンパク質を設計するとともに、RFdiffusion2 を用いて実際のタンパク質を生成、さらに新しい構造予測モデル Chai-1 を組み合わせることで、コンピュータ上でだけで歩留まりの高いタンパク質デザインが可能なことを示している。タンパク質構造に関するあらゆる進歩が感じられるさすが Bakerさんと思える論文だった。ついでに言うと、ハイドラーゼを設計することで、産業廃棄物の分解にも役立てるのは、役立つ研究を目指す Bakerさんの全てが現れた研究だと思う。

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12月7日 膜性腎症では自己抗原と抗体により足細胞の小胞形成が誘導される(12月4日 Cell オンライン掲載論文)

2025年12月7日
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様々な慢性腎臓病 (CDK) の中で、膜性腎症 (Membranous nephropathy: MN) は病態が特殊だ。足細胞(ポドサイト)と呼ばれる糸球体の血管を取り巻くように存在する特殊な中胚葉系の細胞の膜上に発現する抗原に対する自己抗体が病気の原因だが、炎症像はほとんど見られず、基本的には血液を濾過するフィルターを調整する足細胞のネットワークの機能的障害が起こる結果、ネフローゼと呼ばれる大量のタンパク尿を中心とする症状が形成される。この時に標的になる足細胞膜分子はほぼ特定されており、しかも病気を起こすのはIgG4であることがわかっている。

今日紹介するドイツハンブルグ・エッペンドルフ大学からの論文は、足細胞表面上で抗原と自己抗体が結合すると、それが抗原と抗体を含む小胞を外側に吐き出し、尿中に検出できることを示した研究で、12月4日 Cell に掲載された。タイトルは「Autoantibody-triggered podocyte membrane budding drives autoimmune kidney disease(自己抗体は足細胞膜状での出芽を誘導し自己免疫性腎臓病を誘導する)」だ。

尿中には細胞から吐き出された小胞が混ざっていることは知られていたが、この研究ではMNの場合、足細胞上の抗原と自己抗体の複合体を含む細胞症法形成に必要な様々な分子が含まれている小胞である事を、バイオプシー標本や腎臓から得られた小胞を使って明らかにしている。実際、患者さんから採取した小胞に含まれるタンパク質解析を行うと、14−3−3分子のような様々なシグナル分子、接着分子などが含まれており、これまでMNの自己抗原として知られるほとんどの分子を特定することができる。

次にヒト足細胞培養に自己抗体を加えた実験で細胞が突起を伸ばしてそこから小胞が発生することを確認し、また患者さんから得られた小胞内に抗原・抗体とともにアクチン重合シグナルに関わる14−3−3分子が含まれていることを示すことで、小胞形成過程がシグナル依存的アクティブな過程であること、そして14−3−3分子は抗原抗体結合物が膜状で集合することに関わることを明らかにしている。

小胞形成過程をさらに詳しく調べるため、マウスモデルを用いて自己抗体投与後の糸球体を経時的に調べると、まず血管から侵出してきた抗体が、血管と接する側で自己抗原と結合、これが14−3−3分子をリクルートすることで、足細胞の反対側の膜まで移動する。その後この集合体を中心に細胞突起が伸びて、これが細胞から切断することで尿とともに小胞が形成されることを示している。

もちろん全ての抗原抗体複合体がこのように尿に排出されるわけではなく、従来考えられていたように、タンパク分解酵素で膜から切断された後、血管基底膜と足細胞の間に蓄積される複合体も存在する。これまで知られていたように、この集合がC5b活性化による足細胞の障害の原因になっていると考えられるので、小胞体形成は障害性の抗原抗体複合物を除去する役割があると考えることができる。ただ、小胞形成が足細胞機能を保護するだけではないこともわかる。例えばタンパク分解酵素をノックアウトしたマウスではこのような基底膜下のデポジットは減る一方、MNの症状は悪くなる。このことは、小胞が細胞から切り離される過程で足細胞の重要な機能を担う細胞スリットなどが傷害され、濾過調節機能が損なわれることもあることを示している。

最後に、血中自己抗体と病態とが比例しない患者さんでも、尿中の自己抗原抗体複合体を持つ小胞の出現を調べることで、病気の経過を正確に把握できることも示している。

以上が結果で、再生力が内にもかかわらず過酷な状況で腎臓の濾過を調節している足細胞に備わった特殊な機能が、抗原抗体複合体除去を「身を切りつつ」行っていることがわかる研究だと思う。ただ、これの臨床的意義についてはまだまだ研究が必要だと思う。

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12月6日 染色体をまるごと扱う染色体工学(12月4日 Science 掲載論文)

2025年12月6日
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細胞が分裂するとき染色体の分配は多くの分子が一定のタイムスケジュールで働く極めて複雑な過程で、エラーも起きやすい。おもに生殖細胞が形成される時の減数分裂時に起こると考えられているが、一つの染色体が割れずに片方に引っ張られてしまうと、同じ染色体を2本持った生殖細胞ができ、これが配偶子と接合すると、染色体の数が3本になる。これがトリソミーで、21番目の染色体で起こるとダウン症が発生する。

この染色体の数の異常について研究するためには染色体をまるごと細胞に加えたり、あるいは除去したりする技術が必要で、特定のベクターに組み込んだ遺伝子を導入するのとは全く異なる技術が必要になる。今日紹介するケンブリッジ大学と英国医学研究評議会研究所からの論文は、人間の染色体を操作する染色体工学の可能性を示した研究で、12月4日 Science に掲載された。タイトルは「High-fidelity human chromosome transfer and elimination(ヒトの染色体を移植したり除去したりする信頼性の高い方法)」だ。

基本的には方法の論文なので、方法を解説する。この研究では特定の染色体(例えば21番染色体)を一本だけ取りだして、一部の遺伝子を操作した後、正常細胞に戻してトリソミー細胞を作り、そのあと正常の染色体を一本だけ抜く過程をどう実現するかが示されている。ここでは21番染色体操作として説明するが、論文では全ての染色体について可能性を追求している。

  1. まず21番染色体の一本だけを他の染色体から切り離して操作するプラットフォームが必要になる。このためにテロメラーゼを導入して安定化したヒト細胞を分裂期で停止させる。そしてアクチン重合を阻害すると細胞から染色体が吐き出され、染色体だけを集めることができる。ただ、このままでは操作ができないので、次にこの染色体をマウスES細胞に導入し、あらかじめ特定の染色体に挿入した標識を用いて、ヒト21番染色体だけを持つマウスES細胞を作る。
  2. こうしてマウスES細胞に導入したヒト21番染色体が完全で欠損や挿入が起こっておらず、ES細胞の分裂が進んでも維持されるかどうか、ゲノム解析や組織学的解析で確かめている。面白いのはES細胞に導入することでテロメアが長くなっている。
  3. 次にマウスマウスES細胞内で21番染色体の一部を操作できるかどうかだが、これはCRISPR-Cas9を使うことで比較的容易に行える。
  4. 難関はマウスES細胞からヒト21番染色体を正常ヒト細胞へ戻す過程だ。これには分裂期停止9時間目にアクチン重合を阻害したときに発生する染色体を含むマイクロセルを分離、それをセンダイウイルスを用いる膜融合で導入している。この時もあらかじめ21番染色体に導入した薬剤耐性遺伝子による選択培養は必要になる。こうしてできたトリソミー細胞が完全な染色体を3本有していることもゲノム解析を中心に確認している。実験では、大きな4番染色体も同じようにトリソミーを作成できることも示している。
  5. 最後はトリソミーにした細胞が元々持っていた21番染色体の一本をすっかり抜き取って、導入した染色体とホストの染色体の2本を持つ細胞へ転換できるか調べている。このためには、中心体の近くで元の染色体の片方を切断し、マーカーを用いて染色体の消失した細胞を選び、DNA配列を確認し、他の染色体に傷を付けずに21番染色体を除去できることを示している。

以上が結果で、方法については既にわかっていたと思うが、まさに実験を繰り返しProof of conceptを完遂した。実際には大変な実験だと思うが、染色体の数の異常は多く存在することから、重要な方法になると思う。

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12月5日 発ガン過程に必要な遺伝子変異の順序(12月3日 Nature オンライン掲載論文)

2025年12月5日
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3日前、遺伝性大腸ポリープ症で発生した一個一個のポリープは決してクローンではないという論文を紹介したところだが(https://aasj.jp/news/watch/27906)、この問題をより実験的に扱った面白い論文がケンブリッジ大学から12月3日 Nature に発表されていたので紹介する。タイトルは「Decay of driver mutations shapes the landscape of intestinal transformation(ドライバー変異の減少が腸の形質転換を決めている)」だ。

発ガンが多段階的に蓄積する様々な変異によることは間違いない。ただ、それぞれの遺伝子変異を考える時、ドライバー変異、がん抑制遺伝子の欠損等々と、イエス or ノーと言った単純な図式で考えてしまう。しかし、それぞれの分子は様々な領域で他の分子と相互作用し、多様な機能を持つ。例えばAPCは上皮細胞の増殖の必須因子Wntの下流のβカテニンと相互作用し分解を誘導して増殖を抑えているが、他にもβカテニンは細胞接着にも関わることから、当然APCも細胞接着に関わる。

今日紹介する論文の最大の売りは、この腸上皮の形質転換からガン化までの複雑性を浮き上がらせられるよう上手く計画された実験のアイデアだ。具体的には、腸上皮に発ガン遺伝子やガン抑制遺伝子欠損を誘導することはこれまでと同じだが、これまで知られているガンの遺伝子変異の一つだけを遺伝的に誘導して、その後発ガン剤を用いてランダムに遺伝子変異を誘導し、できてきた腫瘍の遺伝変異を詳しく調べ、最初に導入した変異とカップルしやすい変異をリストしている。そして、発ガンまでに最も選択される変異が上皮の増殖に関わるWnt下流のβカテニンとAPCの変異であることを確認している。

ここまでは単純な発想で納得するが、次にβカテニンのどのような変異が最初に導入した変異とカップルするかを調べると、例えばKRAS変異やP53変異はβカテニンのS37F変異、Fbxw7変異はD32G変異とカップルする頻度が圧倒的に高いことがわかり、どちらの変異も基本的にはカテニンの分解抑制だが、他の遺伝子変異と共同するときは相互作用する場所が異なることがわかる。

特に面白いのはAPCの変異で、最初に導入した遺伝子変異とカップルしやすい変異の場所を8種類に分けることができること、そして、多くの遺伝子変異とカップルする場所はアルマジロ領域と呼ばれるβカテニン結合部位の変異であること、一方Ptenの変異はAA繰り返し部位と強くカップルして、細胞接着の変化を通してガン化に関わることを示している。

この研究で最も面白いデータは、遺伝子を導入したあと発ガン剤という順序を逆にした実験を行って後から導入した変異により選択される変異を調べている点だ。即ち、まず変異剤をマウスに投与、その後10日目、あるいは30日目で出てくる腫瘍を取り出し、遺伝子変異を調べている。

この結果わかったのは、例えば先にKRAS変異を導入したとき協調するAPCやβカテニン変異は、順序を逆にすると頻度が低下する。即ち、先に発ガン剤処理で誘導した変異でもAPCやβカテニン変異はKRAS変異で選択されないことを示している。さらに後から誘導するガン遺伝子によっては、極めて限られたAPCの領域の変異だけが選択されることがわかる。APCの変異やβカテニンの変異は上皮の増殖を促進させる方向で起こっていることを考えると、そこに例えばKRASが加わる自体が細胞にとって抑制的に働くことを示している。私見だがこれは addiction と呼ばれる現象に関わる気がする。

詳しくは述べないが、この変異を見てみると、上皮の増殖に関わるWntシグナルや細胞接着で知られた分子間相互作用を反映していることもわかる。

以上が主な結果だが、ガンの多段解説は決して単純明快な図式で考えてはならないこと、そして遺伝的バイアスがあったとしても、ランダムな変異と選択という過程は決して単純明快な図式に収まらないことを示す面白い研究だと思う。

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12月4日 ヒトの脳神経でのシナプス小胞再利用を見る(11月24日 Neuron オンライン掲載論文)

2025年12月4日
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我々の神経間の伝達のほとんどはシナプスを介して行われ、神経刺激によるカルシウムイオン流入によりシナプス小胞がシナプス前膜と融合して伝達物質を吐き出し、これがシナプス間隙を拡散して相手のシナプスに存在する受容体と結合してシグナルが伝わる。ただこれで終わりではなく、シナプス小胞や遊離された伝達物質の処理が速やかに行われることで、短い間隔で刺激が来てもシナプスを機能させるようにできている。伝達物質は酵素で分解するか、再吸収により処理されるが、シナプス小胞自体も細胞内に取り込まれて再利用される。このシナプス小胞再利用がシナプスのアクティブゾーンで行われるとする Kiss-and-Run 説と、アクティブゾーンから少し離れたところでおこるエンドサイトーシスにより再利用されるとする説が存在し、今年10月には Kiss-and-Run 説を支持する中国科学技術大学からの論文を紹介した( https://aasj.jp/news/watch/27651 )。

この時、刺激後ピストンで組織を液体窒素にms単位の時間間隔で漬ける方法を用いた研究で、すごい技術があると紹介したが、今日紹介するジョンズホプキンス大学の渡辺茂樹さんのグループからの論文は、人間の皮質神経では刺激依存性のエンドサイトーシスによりシナプス小胞が再利用されていることを示す研究で、11月24日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Ultrastructural membrane dynamics of mouse and human cortical synapses(マウスとヒトの皮質神経の超微細構造のダイナミックス)」だ。

先日の中国の研究で技術の進歩に驚いたのだが、今日の論文を読んで調べてみると、神経刺激後液体窒素で急速凍結する方法は、この論文の渡辺さんたちが開発した2013年に Nature に発表した Zap-and-Freeze 法が起原である事がわかった。その意味でこの論文はまさに本家本元の論文と言える。

元々渡辺さんたちはアクティブゾーンから少し離れた場所でエンドサイトーシスによりシナプス小胞が再構成されることを示しており、この研究でもヒトの脳神経でも同じことが起こることを証明するのが目的になる。神経刺激後短い時間で起こるこのような過程は、渡辺さんたちが開発した zap-and-freez 法が必要になるのだが、刺激以降の時間経過をミリセコンドで追うため、例えば光に反応するチャンネルを導入した培養細胞といったモデル系を利用する必要があった。しかし、ヒトのサンプルを使う場合、遺伝子導入する暇はないし、また細胞培養を行うと重要な情報が失われる。そのため、最も生体に近いスライス培養を刺激して、これを急速凍結する方法が必要になる。

この論文のほとんどは、マウスの脳スライス培養に zap-and-freeze 法を使うための条件設定を詳細に行い、マウス皮質のスライス培養全体を電気的に刺激し、その後100msから1sまでの間隔で凍結し、電子顕微鏡で観察する方法を確立している。その結果、渡辺さんたちが示してきた刺激依存性のエンドサイトーシスがアクティブゾーンから少し離れたところで起こっていることを証明する。

そしてこの条件で、てんかんの発生巣を除去する手術で得られた皮質のスライスを解析し、刺激後100msという速いスピードでエンドサイトーシスによりシナプス小胞が再構成されていることを証明する。エンドサイトーシスの大きさや、起こる場所からこれが kiss-and-run による再利用ではないこと、また刺激非依存的に起こっているエンドサイトーシスではないことを明らかにしている。

結果は以上で、ヒトでも神経刺激依存性に急速なエンドサイトーシスが起こりシナプス小胞が再構成されるという結論になるが、これ以上にヒト脳サンプルでこれが可能になったことが重要だと思う。シナプス小胞の再構成だけでなく、短い時間間隔で起こるシナプス伝達過程の解析は、様々な神経疾患を理解する上で極めて重要だ。特に遺伝的な神経疾患のシナプス機能を文字どおり可視化されることの意義は大きい。

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12月3日 長期記憶の single cell mRNA 解析(11月26日 Nature オンライン掲載論文)

2025年12月3日
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この歳になると記憶力が低下していることをつくづく思い知らされるが、それでもずいぶん昔の記憶を鮮明に思い出すことができる。最近はパソコンのスリープ画面にこれまで撮影した様々な写真を写して楽しんでいるが、このおかげで旅行先の記憶やコンサートの記憶は比較的思い出しやすくなった。これは、学習を繰り返すことで記憶を安定化している結果だと思う。このような長期記憶は、細胞の分化と同じでエピジェネティックメカニズムによる遺伝子変化とその結果としてのシナプスの細胞学的変化の結果である事がわかっている。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、学習回数が多いほど記憶が安定化される際に重要な働きをしている転写メカニズムを明らかにした研究で、11月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Thalamocortical transcriptional gates coordinate memory stabilization(視床-皮質回路での転写ゲートが記憶の安定化を調節する)」だ。

この研究ではマウスが移動する時に、視覚、聴覚、嗅覚全てが変化する仮想経験を行わせ、それを1ヶ月の間記憶できるかという課題を設計している。記憶自体を空間的移動にリンクさせることで、海馬の場所細胞の記憶につなげるよう工夫している。同じマウスに2種類の学習を行わせ、一つは学習回数が多いが、もう一方は学習回数が少なくすることで、1ヶ月後の記憶に差が生まれるようにしている。即ち学習回数が多いと、1ヶ月後でも記憶がよみがえる。

通常長期記憶の研究は海馬で調べられることが多いが、この研究ではこの海馬での記憶を調節する視床―皮質回路に着目し、様々な経路を阻害したとき長期記憶が傷害される回路として視床前核と前帯状回の回路を特定している。

その上で、これらの領域に存在する神経細胞の single cell RNA sequencing を行い、学習回数の違いを反映する遺伝子発現の違いを特定しようとしている。記憶と言っても一部の脳細胞が動くだけだと思うので、こんな実験は不可能ではないかと思ってしまうが、解析できた細胞を転写パターンから選択していくことで、視床前核と前帯状回の細胞で見られる転写変化を、学習中、学習後、学習後2週間、さらに学習後4週間それぞれの期間で特定することに成功している。基本的には長期記憶での差を見ているのだが、転写レベルでは早い時期から学習頻度の差ができているのがわかる。

さらに記憶に応じて変化する細胞を分化の流れを調べる Pseudotime 法で特定し、分化を誘導する重要な因子としていくつかの転写因子をリストし、それらのエピジェネティックな状態を Atac-seq を用いて確認し、最後にリストされたそれぞれの転写因子を領域特異的にCRISPRを用いてノックアウトすることで、最終的に3種類の転写に関わる遺伝子が長期記憶の鍵を握っていることを明らかにしている。この過程の実験が圧巻でこのチャレンジを自分で読んでほしいと思うが、ここでは割愛する。

その結果得られたシナリオは説得力がある。これまで知られているように海馬での記憶にはシナプスの可塑性を調節するCreb1が重要だが、視床前核ではカルシウム応答性のCAMTA1がTcf4転写因子の活性化を通して、接着やシナプス構造変化を誘導することで短期から長期の記憶を支え、これを前帯状回のAsh1がヒストンのメチル化を介して神経細胞の分化を固定化することで、何週間、何ヶ月も続く記憶を維持しているというシナリオだ。

記憶を神経細胞の分化として捉える重要性はノーベル賞を受賞したエリック・カンデルにより始めて指摘され、記憶研究の新しい領域が始まった。とは言え、膨大な経験の数が脳で支えられていることを考えると、個別の記憶の安定化の研究はほとんど不可能ではと考えていたが、この論文を読んで本当に驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月2日 ポリープはクローン増殖ではない(11月25日 Nature オンライン掲載論文)

2025年12月2日
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多段階発ガン説は広く受け入れられているが、最初に発生した増殖に関わる変異によって起こるクローン性の増殖が背景にあると考えられている。直腸ガンの場合、APCと呼ばれる遺伝子欠損を伴うが、遺伝的にAPCが片方の遺伝子で欠損した人は、APCの名前の由来である adenomatous polyposis 、即ち多発性の大腸ポリープを発症する。さらに、そのまま放置するとほとんどの人が大腸ガンを発症することから、ガンの多段階説を裏付ける重要な遺伝疾患になっている。即ち、遺伝的にAPCが欠損した腸上皮でもう片方のAPCに変異が入ることで起こるクローン性増殖がガンの始まりと考えられていた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、遺伝性大腸ポリープ患者さんから採取した様々なタイプのポリープのゲノムを解析し、悪性化前のポリープは決してクローン性増殖で発生したわけではないことを示した研究で、11月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Polyclonal origins of human premalignant colorectal lesions(大腸結腸の前ガン部位は多くのクローンからなる)」だ。

研究では6人の患者さんから複数のポリープを採取して病理組織学的にポリープの正常上皮から異形成までのステージングを行った後、それぞれのポリープの全ゲノム解析を行っている。面白いことに、この中にはポリープが全て正常型でAPCの変異が認められない人も存在する。遺伝的大腸ポリープとして診断を受けているにもかかわらずこのような結果になる理由は、発生の早い段階で遺伝子変異が起こり、変異細胞がモザイクで存在するからと考えられる。

さらに、ガン増殖のドライバーとしてはKRAS変異やBRAF変異を見つけることができるが、頻度はそれぞれ25%程度で、特定の経路でポリープ化するというより様々なドライバーを用いてポリープができてきている。また同じポリープで複数のドライバーが存在する場合もあり、単純なガンの多段階説で説明しにくい結果になっている。即ち、ポリープが単純なクローン性増殖と考えるのは間違っている可能性がある。

そこで、他の変異を比べることでポリープのクローン性を調べてみると、病理的に悪性の顔をしているほどクローン性に分布している変異の数は増えるが、ほとんど正常上皮の顔をしているポリープでは共有されている変異は見つからなくなり、基本的に多クローンからなっていることがわかる。

さらに、一個のポリープに存在する複数のクリプトから細胞を採取し、それぞれ独立にゲノム解析を行うと、一つのポリープ内のクリプトは一部だけ相互にクローン関係を持っていても、ほとんどが独立したクローンであるポリープを特定することができる。一方でガン化に至った腫瘤からクリプトを調整すると、一つのクローンから分岐を繰り返して多様化している。以上のことから、良性のポリープではまだ決定的な増殖優位性が発生しておらず、様々なクローンが、おそらく同じ増殖要因で増殖することで発生したと考えられる。

結果は以上で、ゲノム上でのクローン性増殖がないとしたら、ポリープ発生自体はAPC変異があるとしても、特定のドライバー遺伝子変異で起こるというより、共通のエピジェネティック変化、、あるいは周りの環境からの増殖因子の変化などで起こる可能性が高いことになる。

だからといってガンの多段階説が否定されたわけではないが、いわゆる前ガン状態をそのままゲノムから見たガンの歴史の中に押し込むのは難しいことがわかった。

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