2026年8月25日
頭蓋骨骨髄から脳へつながる血管についての論文が発表されたのが2018年(https://aasj.jp/news/watch/8894 ) だが、8年たった今年には頭蓋に直接ナノ粒子に詰めた薬剤を注射して脳に運ばせるという驚くべき研究まで進んでいる(https://aasj.jp/news/watch/28166 )。 即ち、頭蓋骨髄と脳との関係には我々のまだまだ知らない秘密があることを示唆している。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、頭蓋骨髄の中には脳由来抗原をサーベーランススルリンパ組織まで存在することを示した研究で、8月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Functional role of skull lymphoid structures in CNS immunosurveillance(頭蓋リンパ組織の脳の免疫監視機能)」だ。
何か特別な現象がきっかけになったというより、脳との直接血管ルートがあり、頭蓋骨髄で作られた血液細胞が直接脳に到達しているとしたら、頭蓋内に抗原反応を調節するリンパ組織が形成しているはずだという、まあ当然の成り行きとして研究が始まっている。最初から、リンパ組織に存在するようなリンパ球が頭蓋組織にないか単一細胞レベルの探索を行い、その結果 Tfh と呼ばれる、リンパ濾胞に存在するT細胞の存在を発見している。他の骨髄組織を調べると、Tfh の下図は半分以下で、組織学的にもクラスターを形成しており、リンパ組織が形成されているように見える。
一方、B細胞も、いくつかの活性化マーカーを発現した集団が頭蓋骨髄だけで見られ、IgG を分泌するプラズマブラスト細胞も存在している。さらに、Tfh や B細胞は同じクラスターに集まっており、T と B細胞が直接接して存在する像も、頭蓋骨髄のみで見られることから、他の骨髄とは異なり、頭蓋骨髄ではリンパ組織が形成されていると言って良い。
最後にこのリンパ組織が機能的かどうかを調べるため、卵白アルブミン (OVA) をモデル抗原として脳に発現させ、これに対する反応が頭蓋で起こっているかを調べ、抗原が頭蓋へ移行していること、OVA反応性細胞の T、B細胞が誘導されていることを明らかにしている。
今度は同じようにOVAを発現するグリオーマ細胞を脳に移植し、これに対する抗腫瘍免疫反応を調べている。まず、CD40抗体を頭蓋内に注射して、局所的に抗体反応を抑えると、ガンの増殖が促進する。即ち、グリオーマについてはガン特異的抗体反応も重要な働きをしており、これはもっぱら頭蓋で合成される。逆に、CD40を刺激する抗体とともに IL21とインターフェロンγを投与することで、グリオーマの増殖を一定程度抑えることができる。また、この処理でNK細胞が増え、D8やCD4T細胞も強くはないが上昇する。しかも、CD8細胞のキラー分子の発現は大きく増強される。このような抗ガン作用は、全身に同じ処理をしても得られない。ただ全身のリンパ組織がなくても、頭蓋だけで反応が維持できることも示しており、極めて局所の反応と言える。気になるのは、全身のリンパ組織のないマウスとして、lymphotoxinノックアウトマウスを使っており、これで頭蓋の反応が起こるのは、LTαとは全く異なるメカニズムでリンパ組織を頭蓋では形成できることになる。
以上が結果で、特に驚きはないが、脳と骨髄の関係の研究はますます拡大する気がする。
2026年8月24日
血管内皮でアルギニンから NO を合成して血管を拡張させる eNOS については一般の方にも広く知られているのではないだろうか。特に有名なのは、ペニスの血管での NO の働きを強め勃起を維持するバイアグラについては多くの紹介記事があふれている。また、NO の産生は私たちの身体だけでなく、細菌叢でも起こっており、以前運動後に起こる血管拡張が口内細菌叢をマウスを種で殺してしまうだけで打ち消されるという驚くべき論文を読んだことがある。即ち運動後の血流上昇に口内細菌が寄与しているという話だ。しかし、NO が本当に吸収されて全身の血管を広げているのかかなり疑問に感じていた。
今日紹介するスウェーデン・カロリンスカ研究所からの論文は、細菌叢からの NO 効果は、実際には NO ではなく、バクテリアにより NO から合成された dinitrosyl iron complex (DNICs) である事を示した、個人的には納得の研究で、8月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Gut microbiota generate dinitrosyl iron complexes with cardiometabolic benefits(腸内細菌叢は dinitrosyl iron complexes を合成して心臓や代謝に良い影響を与える)」だ。
研究は最初から、消化管で NO はバクテリアにより DMIC へと変換され、これがNOの受容体システム」 sGC-cGMP を活性化させると仮説を立て、この可能性を検証している。まず、普通に飼育されたマウスと、無菌マウスの血液を分析すると、DNIC が細菌叢があるときだけ検出される。また、マウスに硝酸塩と鉄を摂取させると、DNIC が上昇するが、細菌叢がないと全く変化がないことから、組織で作られた NO や食物由来の硝酸塩はバクテリアの硝酸還元酵素を持ったバクテリアによって NDIC に変換され、これが血中に移行する事がわかった。
重要なのは、NOS 機能を阻害してホストの NO 産生を止めると、DNIC の量が大きく減ることから、バクテリアが合成する DNIC のほとんどはホストの NO 由来という点だ。最初述べたマウスウォッシュの話に戻ると、結局口内細菌は運動で合成が上がった NO を DNIC に変えていたのかもしれない。
次は、DNIC が NO と同じ sGC-cGMP 経路を介して作用することを確認した後、NO と比べて血中で安定で、NO の代わりに安定的に全身に回って血管拡張などの効果を発揮する、重要な分子であることを示している。
その上で、高脂肪食を摂取させたマウスに、硝酸化合物と鉄を同時に摂取させると、血圧の上昇が抑えられ、心臓の機能を正常化できることを示している。もちろん DNIC 事態を投与しても同じ効果がある。また、DNIC は代謝にも効果があり、高脂肪食による脂肪蓄積を抑え、空腹時血糖の上昇を抑える。その結果、脂肪肝の発生を抑える。
脂肪肝の発生を抑えることは単純に血管への効果だけでなく、DNIC は同じ sGC-cGMP 経路を介してロイシンの細胞内取りこみ抑えることで、mTOR のリン酸化を抑制することで、脂肪肝の発生を抑えていることを示している。
結果は以上で、バクテリアが不安定な NO を安定な DNIC に変えて循環や代謝を正常に保っているという話で、個人的にはマウスウォッシュ論文で感じていた疑問が解けたおもしろい研究だった。
2026年8月23日
非侵襲的に脳活動を調べる方法の一つに機能的MRI (fMRI) があるが、これは我が国の小川誠二先生が米国ベル研究所で開発された方法で、酸素結合によるヘモグロビンの磁気特性の変化を用いて脳の局所血流の変化を捉えることができる。何よりもこの血流変化が脳の活動状態と一致していることが示され、脳の活動を血流変化として捉えるBOLD法が定着した。即ち、我々の脳は必要な場所にエネルギーを向けるシステムを持っており、これが脳の圧倒的省エネシステムの基盤になっている。
今日紹介するカナダ・モントリオール大学からの論文は、このBOLD法がどこまで神経活動と連結しているのかを、生きたマウスで神経細胞に血液を供給する血管のサイズ変化を調べるイメージングと脳活動イメージングを同時に行うことで再検討した研究で、8月20日号の Science に掲載された。タイトルは「Modality-specific neurovascular coupling via layer-segregated arteriole networks(神経の役割に特異的な神経血管連結は各層に分離した小動脈ネットワークを通して行われる)」だ。
この研究では足の痛み感覚とタッチされる触覚で興奮する感覚野を、神経のカルシウムイメージングとfMRIとおなじヘモグロビンの変化を同時に測定し、酸化ヘモグロビンと神経活動領域がほぼ一致することから、これまでのfMRIが間違いでなかったことを確認している。しかし、酸素が受け渡された後のヘモグロビンを調べると、触覚領域のほうが脱酸素したヘモグロビンが圧倒的に多い。即ち、触覚神経でよく酸素が消費されている。
この差は全て神経への血流を調節する血管の変化を反映しているので、単一細胞の神経とそれを支える血管の流れを調べると、痛み神経と触覚神経の血管を流れる赤血球の動態に大きな変化があることがわかった。即ち、痛み感覚神経ではほとんど血流の変化が見られない。これは大変だと、他の神経層も含めて横断的に調べると、他の層、特に4-6層では比較的血流は一致しているが、2/3 層で大きな変化があることがわかった。そしてこの差が、神経興奮に合わせた小動脈の拡張度の差と、拡張後の再収縮の差によることを明らかにしている。
以上の結果は、神経の役割ごとに異なるタイプの血管ネットワークが形成されており、しかも脳の各層ごとに血管網の反応性が異なることを示している。運動神経や、自発的な神経興奮についても調べており、自発興奮の場合、痛み神経と同じように浅い層での血流が低下する傾向を示したが、運動神経では浅い層も深い層も血管の変化はほぼ同じであった。
以上の結果は、神経血管の連結現象は、神経が活動すれば血流が向くという単純な話ではなく、神経の役割や、脳の各層で、対応する血管網が異なる反応をしていることを示している。もちろんこれまでのfMRI研究の結果を否定するものではないが、より正確な神経活動のモニターにはBOLDではなく、Cerebral Blood Volumeを測定する方法が適していると結論している。いずれにせよ、神経活動から発生するどのようなシグナルが今回示された血管の変化を誘導するのかが明らかになることで、より神経活動の測定も正確になると思われるが、AIの人たちも注目するむちゃくちゃおもしろい分野に発展する可能性がある。
以下のWordPressからわかるように、この記事はHPにアップロードした5000回目の記事になる。
論文ウォッチについては、下図にあるようにあと281の記事をアップロードする必要があり、おそらく来年の5月ぐらいになると思う。なんとか健康で、論文ウォッチ5000回を迎えたいと思っているが、ともかく全記事が5000回になったことは本当にうれしい。
2026年8月22日
細胞死の中でも好中球で起こる Neutrophil Extracellular Trap (NET) はユニークなので、このブログでも何度も紹介してきた。具体的には、細胞死が誘導された白血球が脱凝縮したDNAをほとんど分解することなく細胞外に吐き出す現象を指す。この結果、吐き出されたクロマチンにより炎症が局所化して長く続くことになる。誘導過程についてはよく研究されており、NETが誘導される前にヒストンのシトルリン化を誘導してクロマチンをほどけやすくする酵素やクロマチンの分解を促進する Neutorophil Elastase などが核内に移行する厳密にプログラムされた現象であることがわかっている。
今日紹介する英国のクリック研究所からの論文はこのプログラムになんとDNA組み換えに関わるRAD51も関与することを明らかにした研究で、8月20日号の Science に掲載された。タイトルは「RAD51 stabilizes neutrophil extracellular traps to compartmentalize inflammation(RAD51はneutrophil extracellular trapを安定化させ炎症を限局化する)」だ。
おそらく白血球が吐き出したNETを眺めていて、活性化酸素で切断されたクロマチンが枝状にまとめられているのを見て、RAD51による一種の組み替えが起こっているのではと想像を巡らせたのだと思う。そこで白血球のNETを誘導すると、RADは neutrophil elastase と同じように細胞質から核内に移り、その後DNAとともに組織へと吐き出されることがわかった。さらに、RAD51の阻害剤を加えると、NETの枝状の塊が緩くなり、DNA分解酵素の作用をうけやすくなる。即ち、NETが組織内で持続するために必須の分子であることを発見した。
NETは様々な刺激で起こるが、おもしろいのは刺激に応じてRAD51の誘導が変化することで、カンジダのフィラメントは誘導能力が高い。これにより、炎症の限局化程度が変化することが予想される。そこで、しっかりと限局するNETと緩いNETでの炎症状態を比べるため、RAD51を阻害して緩いNETを作って、様々な炎症性サイトカインを比較している。その結果、完全なNETの場合誘導されるIL-1βの発現が、RAD51阻害により緩んだNETでは大きく低下することがわかった。これは NETが炎症を増強していることを示すが、話はそう単純ではなく、通常なら IL-1βと同じように振る舞う IL-6 は、RAD51阻害で逆に上昇する事がわかった。他のサイトカインを調べると、NETが緩むことで2型の炎症へとスイッチすることが明らかになった。
この原因を探ると、NETが緩みDNA分解酵素の作用を受けやすくなると、切断されたDNAが血中に入り、これが単球のTLR4を介して IL-6等の炎症物質を誘導していることがわかった。実際、RAD51を阻害すると、血中のDNA量が上昇するし、また血中に単球が移行出来ないようにすると、IL-6は誘導されない。
以上の結果は、RAD51がNETの構造の安定度を調節する重要な因子で、この作用のチューニングにより炎症の様態が全く変化することを示している。最後にヒトのアスペルギールス感染症をこの視点から再検討しており、一般的にはある程度緩いNETが形成されている病気であることが示されている。最後に、この緩いNETにより活性化された IL-6やエオタキシンを中心とする炎症が、重症の喘息の原因になっている可能性を示唆しRAD51も治療の対象になる可能性を示している。
RAD51は免疫グロブリン遺伝子の再構成に必須で、免疫学者には馴染みの分子だが、これが炎症の調節に関わるとは、以外性のあるおもしろい論文だった。
2026年8月21日
今日はガンキラー細胞に関わるが、決して直球というわけではなく、変化球を投げられたような研究を2編紹介する。
まず最初は我が国の大阪大学、慶応大学、そして理研からの論文で、110歳を超える方の T細胞 から明らかになる、ユニークな CD4Tキラー細胞 についての研究で、8月19日 Cell Reports に掲載された。タイトルは「CD4 CTLs in supercentenarians: Signs of adaptive expansion in healthy aging(超百寿者に見られる CD4CTLs : 健康的老化に伴い上昇する証拠?)」だ。
この研究では70-100歳までのAグループ、100歳代のBグループ、そして110歳を超えるCグループに分け、末梢血の免疫細胞を調べる中で、通常見られることが少ない CD4陽性 の キラー細胞CD4CTL が100歳を超えると増加し、Cグループではなんと末梢血T細胞の20%に達することを発見する。
この CD4CTL の分化経路を確認した後、T細胞受容体 (TcR) を調べると、通常は起こらないはずの2種類の TcRβ や TcRα を発現した T細胞 の数が増加しており、また個人ごとに特定の TcRレパートリー が増加していることを発見する。また、TcRγを発現した CD4細胞 すら見つかる。血液で言うと一種のクローン増殖が起こったように見える。即ち特定の TcRクローン、それも通常は希なユニークなクローンが増加している。そこで、超百寿の人たちで見られた TcRレパートリー と同じ V遺伝子 の発現をデータベースで探すと、なんとガン患者さんについてのデータベースに記録されているレパートリーと一致した。すなわち、超百寿者ではガンの環境で刺激されたレパートリーが選択的にクローン増殖していることを示唆している。
超百寿者の血液を使った研究はここまでで、あとは CD4CTL が何かについて詳しく調べており、ガン組織でさまざまなサイトカインを発現し、炎症を通して、あるいは直接ガンやウイルス細胞、さらには老化細胞のサーベーランスに関わる可能性を示唆している。マスメディアにも多く紹介されており、「がんに対するキラー細胞が多いと長寿につながる」といった感じで紹介されているが、本当にクローン増殖を誘導した抗原が何かについては今後の研究が必要だ。しかし超高齢者から学ぶことは多い。
次はワシントン大学からの論文で、Il2β受容体特異的に操作した IL-2 をそのまま患者さんに投与するより、ビフィズス菌に発現させて静脈注射することで、ガン組織でキラー細胞を増殖させることができることを示した研究で、7月23日の Science Advances に掲載された。タイトルは「Engineered probiotic Bifidobacterium for tumor-targeted pancreatic cancer therapy(ビフィズス菌を膵臓がん治療用に操作する)」だ。
IL2Rβ に特異的に結合することで、エフェクターを増やし、Treg を減らすことができる スーパーIL-2 や IL-15 については何度も紹介してきたが、これまでの治験では毒性も残ったりで期待ほどの効果は上げていないらしい。そこで、ビフィズス菌にこの スーパーIL-2遺伝子 を入れてガン特異的に発現させるというアイデアが生まれた。
ビフィズス菌を腸に移植するというのはわかるが、静脈に注射してガン組織に選択的に移行するというのは想像していなかった。ただ、ビフィズス菌は嫌気性菌なので、ガン組織のような嫌気環境に選択的に移行する事が知られていたようだ。この研究でも、注射後様々な臓器を調べ、ガン組織にだけ選択的に残っていることを確認している。また、腫瘍組織でビフィズス菌は STING分子 を介して自然炎症を活性化し、分泌する スーパーIL-2 が CD8T細胞 の増殖を選択的に誘導することを示している。
ここで使われた膵臓ガンモデルは、ガン細胞を直接膵臓に注射するモデルで、出来れば自然発生型のモデルを使ってほしいと思ったが、このモデルに スーパーIL-2 を分泌するビフィズス菌を静脈注射すると、腫瘍の増殖を抑えることができ、ガン組織のエフェクター細胞の数が増える。ただそれほど高い効果というわけではないので最後にゲムシタビンとの併用、あるいは放射線との併用治療実験を行い、ビフィズス菌が治療効果を高めることを示している。
結果は以上で、ビフィズス菌を静脈注射しても大丈夫で、しかも嫌気的環境が形成されておれば腫瘍に蓄積することが出来ること自体がおもしろい。ただ示された IL-2 の効果はそれほど高くないので、他の遺伝子のキャリアーとして使った方が良さそうだ。
以上、変化球型キラー細胞研究2編でした。
2026年8月20日
培養を長期に維持する培養条件はどんどん開発されているが、実際に長期培養をやるとなると、培養を担当するスタッフには大変なストレスになる。様々な細菌やウイルス感染が持ち込まれると、その時点でそれまでの苦労は水の泡になる。このようなコンタミネーションがないとしても、例えば培養中に急に細胞の状態が悪くなってしまうと、それが正常の老化なのか、あるいは何らかのミスなのかが判断がつかないまま、それまでの努力が失われる。
それでも、苦労をいとわず長期培養にチャレンジする研究者は必ずおり、今日紹介するハーバード大学からの論文はヒトiPS細胞から脳オルガノイドを形成させ、それをなんと5年以上培養し続けて起こる変化を調べた研究で、8月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Human brain organoids record the passage of time over multiple years(ヒトの脳オルガノイドは複数年にわたる時間経過をレコードしている)」だ。
論文を魅力的に見せるテクノロジーに長けたグループのようで、5年培養したら神経再生過程が変化していた等と書く代わりに、脳のオルガノイドが時間を記録しているというタイトルを付けている。しかし結局は培養でも5年もすればエピジェネティックな変化が起こってくることを示した研究と言える。
このグループはできるだけ正常の脳に近いオルガノイドができる培養条件を長年研究してきており、その成果として5年という長期のオルガノイドの培養に成功している。異なる培養時間のオルガノイドの遺伝子発現を比べると、見事に発現遺伝子が徐々にシフトしていることがわかる。そしてこの変化は、DNAのCpGアイランドのメチル化と対応し、メチル化状態は実際の時間と正比例する。
一方で含まれている細胞の変化を見ると、最初増加してきた分化した神経細胞、特に介在神経は時間とともに減少するが、グリア細胞の数は上昇する。即ち、オルガノイドと言っても全く異なる細胞集団になっていることがわかる。この変化は実際の脳とは大分異なるので、長期培養だからと行って手放しで喜べない。
ただ、オルガノイドを自然の神経興奮が誘導出来る培地に移して培養すると、少なくとも1.5年までは機能的神経が維持され、しかも若いオルガノイドよりシナプス形成は強くなっていることがわかる。細胞レベルで調べると、神経興奮が起こることで興奮神経の数が大きく上昇していることがわかる。一方、介在神経は大きく抑制される。おそらく、同じ実験は5年以上経過したオルガノイドでは、興奮神経数が少なすぎて難しいのだろう。一方、オルガノイドを神経興奮が起こる培地に移して培養すると、2年間は興奮神経のネットワークを維持することができる。以上の結果は、脳ネットワークの維持に持続的な刺激が必要で、この条件でさらに長期に培養することが重要なことがわかる。
いずれにしても、5年培養した細胞の解析はこれ以上行われず、この後oldと表現されるのは1年程度経過したオルガノイドで、まだ興奮神経や介在神経が残っているこの時期のオルガノイドを用いて神経細胞の増殖力を調べている。一度オルガノイドを崩して細胞浮遊液にしたあともう一度オルガノイドを形成させると、oldオルガノイド細胞も再度オルガノイドを形成し、そこには崩す前のオルガノイドと同じ細胞が再生している。ただ、オルガノイドの大きさは小さく、増殖力は低い。ところが、若い細胞とミックスししてオルガノイドを形成させると、興奮神経が半分以上含まれるオルガノイドが形成される。さらに、未熟な神経前駆細胞も出現することから、oldオルガノイドの神経細胞にも、若い細胞のシグナルに反応して未分化神経細胞を再生する能力がある。ただ、oldオルガノイドの場合、興奮神経は2週間という短期間で数多く発生してくることから、すぐ成熟する前駆細胞が多く存在すると考えられる。
結果は以上で、これをoldオルガノイドの神経細胞が時間を記録していて、すぐに成熟細胞へと分化する記憶があると表現している。しかし個人的には、エピジェネティックに分化が方向付けられ、すぐに増殖力がある前駆細胞がoldオルガノイドには存在していると行った方が自然な気がする。皆さんはどう思われるだろうか?とはいえ、この研究のハイライトは5年間脳オルガノイドを維持したという一点にある。
2026年8月19日
乳ガンの治療薬の選択肢は広がっており、特にエストロジェン受容体 (ER) 陽性の患者さんでは、ER阻害ともに、CDK4/6 阻害剤が使用されている。CDK4/6 は一般的な細胞周期阻害剤なので、もっと他のガンにも効いて良さそうなのに、圧倒的に乳ガンで成功しているのをちょっと不思議に感じていたが、今日紹介するオーストラリア・Peter MacCallum ガンセンターからの論文を読んで、この謎を解くことが出来た。論文は8月12日 Nature にオンライン掲載され、タイトルは「Rb-driven transcription limits its tumour suppressive effects in breast cancer(Rbにより誘導される転写が乳ガンに対する抑制効果を台無しにする)」だ。
CDK4/6はRb1 のリン酸化を促進することで Rb1 を E2F から遊離させ、これにより細胞周期に必要な様々な分子の転写が E2F により誘導され、細胞周期が促進される。従って、CDK4/6 阻害は E2F の抑制を維持することで細胞周期を止める。これは生物学で習うスタンダードだが、Rb1 の働きを E2F 阻害という狭いサーキットの中でだけで見てしまっている。ただ、ずいぶん昔に紹介したように、Rb1 にも他の転写に関わる機能があることは指摘されていた(https://aasj.jp/news/watch/6219 )。
この研究も、乳ガンで CDK4/6 阻害したとき、リン酸化されなかった RB1 が他の転写機能をもっているのではと考えたところから研究が始まっている。実際には、乳ガン細胞に CDK4/6 阻害剤を加えたとき、E2F から離れた Rb1 がゲノムのどこに結合するかを調べている。そして、Rb1は CDK4/6 阻害により、それまで結合していなかったプロモーターやエンハンサー領域に結合することを確認している。
最も驚くのは、Rb1 が結合しているエンハンサー部分の多くがエストロジェンにより調節される遺伝子のエンハンサー部分で、実際に転写されてくる mRNA を調べると、転写が促進される。即ち、CDK4/6 阻害剤は細胞周期を止めると同時に、エストロジェンの転写を促進することがわかった。これは試験管内のことだけでなく、CDK4/6 阻害剤を投与された患者さんから得られるバイオプシー標本でも、確認される。
例えばエストロジェンはサイクリンD1の転写を調節しているが、CDK4/6 阻害剤を加えるとサイクリンD1の転写が促進される。結果、せっかくCDK4/6 阻害剤で E2F 活性を抑えても今度はサイクリンD1が E2F を活性化して細胞周期を回してしまう。この時、同時にERを阻害すると、サイクリンD1や他の ER 依存性の遺伝子の転写は抑えられ、CDK4/6 阻害剤の効果を維持することができる。
Rb1 が効果を示すメカニズムについても調べており、ER と結合してエンハンサー上に存在する脱メチル化酵素 KDM5A に CDK4/6 阻害剤により解放された Rb1 が結合し、KDM5A の機能を抑えることで、H3K4me 型ヒストンを維持して転写が促進されることを示している。
以上のことから、CDK4/6 阻害剤は ER 阻害とともに使用して初めて高い効果が得られることがわかる。例えば ER の変異により常に活性化型の ER が出来ている場合は、ER を分解するタイプの薬剤と併用すると、大きな効果が得られる。
乳ガンの多くの患者さんの経験を通して、今回示唆されたような至適な治療方法は経験的に認識され、実用化されているが、Rb1 と ER の強い関係を知って、CDK4/6 阻害剤+フルベストランと言う処方の意義をはっきり認識できた。
2026年8月18日
科学技術の大躍進以前に中国医学で最も印象に残る研究が、上海医科大学によって発表された、急性前骨髄性白血病を All-trans Retinoic acid によって分化させて完全寛解可能であるという発見で、現在も治療の第一選択として使われる輝かしい業績だ。
今日紹介する上海交通医科大学からの論文は、中国伝統の医薬 亜ヒ酸 (ATO) を用いて p53 の特定の変異を持つ急性骨髄性白血病患者さんを治療できることを示した研究で、8月12日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Mutant p53 reactivation and DNA demethylation in the treatment of AML/MDS(変異 p53 を再活性化させ DNA脱メチル化 治療と併用することで AML/MDS を治療できる)」だ。
変異 p53 の機能を回復させる化合物の開発が行われていることについてはずいぶん前に紹介したことがあるが(https://aasj.jp/news/watch/7549)、 中国伝統の亜ヒ酸も一部の変異 p53 の DNA結合能 を回復させられることが明らかになっていたようだ。この研究の目的は ATO をもちいて p53変異 がある悪性度の高い急性骨髄性白血病 (AML) を治療することだが、これまでの研究経緯や AML について知らないと戸惑う構成になっている、即ち最初から ATO を AML の治療に用いられる脱DNA脱メチル化作用を持つデシタビンと組み合わせて効果を調べており、しかも、AML治療としても注目されているインターフェロンの誘導活性から研究が始まっている。
デシタビンは DNA脱メチル化 を通して DNA損傷や内在ウイルスを活性化させてインターフェロンを誘導することが知られているが、R282W変異p53 が存在する AML にデシタビンとともに ATO を加えると、インターフェロン反応性遺伝子のうち IRF7 が強く活性化され、白血病細胞の増殖も抑えられることを示している。これも最初から IRF7 に誘導されてしまう感じだが、いずれにせよ、IRF7 の転写に絞ってデシタビンと ATO の効果のメカニズムを調べている。
結果は、ATO で機能回復した p53 は直接 IRF7 の調節領域に結合して転写を高める。次に、ATO により活性化された p53 がデシタビン処理によりリン酸化を受けることを発見する。もちろんデシタビンの直接作用ではないが、他の DNA 損傷を誘導する薬剤でも同じリン酸化が見られるので、修復に関わるメカニズムによりリン酸化が起こる。この結果、p53 とそれを抑制する MDM2 分子との結合が阻害され、機能を回復した p53 による IRF7 の転写活性が増強され、AML の増殖が抑制されることになる。
メカニズムについてはここまでで、後はマウスに変異 p53 を持つ AML を移植する系でデシタビンと ATO の併用が高い治療効果を示すことを示している。そして、この論文のハイライトになる、実際の AML 患者さんの治療に進んでいる。ATO が効果を示すとわかっている5種類の p53 変異を持つ患者さんに週5日、一ヶ月デシタビン+ATO治療を行っている。結果はめざましいもので、1例は最初増殖が抑えられたが3週後からコントロールできなくなっているが、4例でほぼ完全寛解が得られている。重要なのは、正常の血液細胞の増殖が治療中から再開することで、骨髄を完全に抑制する抗ガン剤治療とは全く異なることがわかる。高齢者の AML には大きな朗報になる。さらに、他の治療と比べると副作用が大幅に低下しており、これも素晴らしい。最後に、ATO の効果が得られる p53変異 について、しらみつぶしに調べており、程度の差こそあれ多くの変異で ATO の効果が見られる可能性を示している。
以上の結果、p53変異 を持つ AML は、まず p53 変異を配列レベルで調べ、ATO が効きそうなケースではデシタビンとの併用治療を強く勧めている。今後各国で検証が進むと思うが、中国の伝統医学を起点とした重要な治療になる気がする。この研究を発表した上海交通大学は、論文を読んでいると結構伝統医学を重視した研究が多いような気がする。
2026年8月17日
ポリアミンは複数のアミノ基が炭化水素により結合した化合物の総称で、我々の身体にはアミノ基の数により、プロテシン、スペルミジン、スペルミンが存在する。代謝システムもよく解析されており、様々な腫瘍の増殖抑制を目的としたポリアミン代謝阻害剤の治験が進んでいる。一方で、老化とともにポリアミンの合成が低下することが知られており、老化炎症を抑える目的でサプリまで売られている。しかしポリアミンの生化学的な機能については、マイナスチャージ分子に結合する以上にはっきりしたことがわかっていない。
今日紹介する米国MITからの論文は、ポリアミンの細胞機能について徹底的解析を行い、ポリアミンが酸化還元活性鉄をキレートして、フェロトーシスが起こるのを阻害していることを示した研究で、8月14日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Polyamines buffer labile iron to suppress ferroptosis(ポリアミンは不安定な鉄を干渉してフェロトーシスを阻害する)だ。
フェロトーシスは細胞死の一つで、酸化還元活性鉄依存的に膜脂質が酸化され、細胞膜が破れて起こる過程で、これを標的にした臨床応用研究が加速しており、論文もよく目にする。この研究ではポリアミン合成を阻害したとき細胞を守る分子をスクリーニングし、フェロトーシスに関わる脂質を守る遺伝子 GPX4 がポリアミン合成阻害による細胞傷害を抑えることを明らかにする。
これをきっかけに、ポリアミンがフェロトーシスを介して細胞に必要であることを確認した後、そのメカニズムについて、これまでフェロトーシス調節に関わるとして知られている経路を一つ一つ当たり、最終的に酸化還元活性鉄の量がポリアミンにより著しく上昇し、この結果脂質の酸化が進み、フェロトーシスが起こることを発見する。
この研究のハイライトの一つは、細胞レベルで酸化還元活性鉄が変化することを示すために、RNA の持つ鉄センサー IRE を利用したレポーター系を構築し、ポリアミン合成が抑えられると、酸化還元活性鉄が上昇する事を見事に示したことだろう。そして、最終的にポリアミンが金属イオンと結合するキレート剤として細胞内で働くことが、ポリアミンの最も重要な作用であると結論している。
これらのメカニズムを考えると、元々鉄代謝の活性が高いガン細胞をポリアミン阻害剤で叩くという発想は納得でき、現在治験中の腫瘍のみならず、さらに多くのガンに対する治療薬として拡大する可能性はあると思う。
現在どのぐらい利用されているのかは全く知らないが、我々の世代はポリアミンの代表スペルミンを、DNA や RNA の構造を維持する目的で、反応系に加えることがしばしばだった。そのため、ポリアミンの必要性は核酸保護と勝手に考えてきたが、この論文はこの思い込みを正してくれた。勉強になった。
2026年8月16日
このブログでマラリア研究論文を紹介することは多くないが、それでも13年で20回ぐらい論文紹介に登場している。それほどマラリア原虫に対する研究の歴史は長く、それが薬剤やワクチンの開発に直結してきた。マラリア原虫は蚊の唾液腺内での有性生殖・接合により形成されたスポロゾイトが血液に入った後、肝臓細胞内に侵入、そこで増殖したあと細胞の膜に囲まれたメロゾイトと呼ばれる集合体を作り、これが肺に移行して赤血球に感染する。病気は赤血球に感染したあと原虫が無性生殖で増殖、赤血球破壊を繰り返すことで起こる。現在スポロゾイトに対するワクチンは広く利用されているが、完璧ではない。
今日紹介するオーストラリア・ウォルターエリザホール研究所からの論文は、肝臓で増殖後のメロゾイトを抗原として使うワクチンで、8月13日 Science に掲載された。タイトルは「Chemovaccination with a late-liver-stage antimalarial induces durable immunity against malaria(肝臓ステージ後期を用いる化学ワクチンはマラリアに対する持続的免疫を誘導出来る)」だ。
実はタイトルの Chemovaccination を見て、何をするのかと興味を持って読んだ。そして、スポロゾイトを感染させた後、クロロキンなどの抗マラリア剤で肝臓ステージから赤血球への感染を防いで、この時に肝臓で合成されるメロゾイトを自然の抗原として利用して免疫する、まさに肉を切らせて骨を断つ免疫法になる。これまでもクロロキンを用いてパイロット治験も行われており、良い成績を収めていた。ただ、スポロゾイトを感染させると言うハードルは高そうで認可されていないらしい。
この研究では、クロロキンよりさらに特異的な肝臓ステージを狙った薬剤WM382(2つのaspartyl protease plasmepsin阻害剤)が開発されたので、これを用いて Chemovaccination が可能かどうかを検討している。
40000個のスポロゾイト(ルシフェラーゼ遺伝子を発現する)をマウス血中に注射、36、48時間後にWM382を経口摂取させると、血中には全くマラリア原虫は出現しない。その後95-167日後に再感染させても、chemovaccination では完全に感染が防げる。この時期には薬剤は完全に消失しているので免疫が成立していると考えられる。
実際抗体を調べると、chemovaccination でスポロゾイトのCSPタンパク質に対する抗体が、581日目まで高い抗体価が維持されている。即ち、肝臓ステージのメロゾイトを抗原として使っていても、しっかりスポロゾイトの感染を抑えられる。同じ実験をクロロキンで行うと抗体価が少し低いので、WM382を使うことが推奨される。
このワクチンは抗体で感染初期を抑えているだけではない。CD8に対する抗体を投与して免役したマウスのCD8細胞を除くと、肝臓での原虫の増殖が起こることから、抗体に加えてCD8T細胞が誘導され、これがおそらく感染細胞を傷害して感染を食い止める。
以上は全てマウスでの実験なので、免疫不全マウスにヒトの肝臓細胞、ヒトの免疫細胞及び赤血球を再構成したヒト化マウスを用いて同じ実験を行い、肝臓ステージの増殖を完全に抑えることができること、そしてその結果赤血球への感染を防げることを示している。
以上が結果で、chemovaccination というユニークな、肉を切らせて骨を断つワクチンのアイデアを学ぶことが出来た。ただ、肉を切らせる部分をどこまで認可されるかが問題だろう。いくら薬剤で抑えられると言っても、ホストの免疫状態など人間の多様性は大きい。ただ、病原菌の生活サイクルを熟知することが新しいワクチン開発に重要であることはよくわかる論文だった。