2026年6月3日
(今日は私の78歳の誕生日ですが、これを機会に一つご報告があるので続く記事もお読みください)。
Covid感染後に続く様々な慢性症状を示す一群の疾患をLong Covid (LC) として研究が続いている。ウイルスの持続、自己免疫疾患誘導、微小血栓など様々な仮説が示されているが、どれも因果性を明確に示すまでには至っていない。そんなとき、4月にアムステルダム大学のグループから、LC患者さんの血清をマウスに移入すると、痛みの感受性が高まるLCと同じ症状を誘導出来ることを示す研究が Cell Reports Medicine に発表され、自己免疫説の可能性が示唆された(Cell Reports Medicine 7, 102693, April 21, 2026)。
今日紹介するイェール大学 岩崎さんの研究室からの論文は、同じ方向性の研究だが、より大規模に因果性を探索する方向で研究が行われている力作で、5月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A causal link between autoantibodies and neurological symptoms in long COVID(Long Covidの神経症状と自己抗体の因果的連鎖)」だ。
臨床研究は複雑に決まっているが、これを理解した上で複雑性をどう説きほどけばいいのか、岩崎さんの研究を見ると一つの手本が示されているといつも思う。この研究では、自己抗体が LC神経症状発症に関わるという仮説に絞って研究を行っている。そこで、LCと健常人だけを比べるのではなく、コロナ回復期の血清の3種類のグループの血清について、神経組織の染色を行い、LCの患者さんで様々な神経組織に対する自己抗体が上昇してること、中でもマウスの髄膜に対する抗体は他のグループとの差が大きいことを発見する。おもしろいのは、頭痛とマウス髄膜組織への反応性とが明確に相関することだ。
このように組織レベルで自己抗体がありそうだと確認した上で、自己免疫を調べるための抗原パネル、脳組織の免疫沈降、Gタンパク受容体を抗原としたELISAの3種類の方法を用いて、患者さんの抗体が反応する抗原についての膨大なデータを集め、3種類の方法でLC患者さんの自己抗体と反応する抗原として、グルタミン酸受容体や転写のメディエーター、そして内因性レトロウイルスなどの抗原を特定している。また、それぞれに対する自己抗体がLCと相関する確率を丹念に算出し、それに基づいて、LC診断用の抗原がリストされた新しいパネルを作成している。そして、新しい患者さんのコホートで、このパネルがLC診断に役立つことを示している。あの膨大なデータが科学的なだれもが使える検査に仕上がるのはさすがと言える。
以上の結果は、何か一つの抗原に対する反応がLCを誘導するのではなく、LCでは様々な抗原に対する抗体が集まって作用していることになる。そこで、抗原にこだわらず病気を誘導するメカニズムを調べている。まず注目したのがFcクラスで、抗体依存性の細胞傷害、さらにFc依存性の貪食反応に関わるIgクラスが、神経を傷害することが細胞レベルのメカニズムではないかと結論している。
これを確認する一つの実験として、痛みの過敏性を示すLCの血清でマウスを処理したとき、末梢の皮膚に投射する感覚神経ファイバーをモニターし、数の現象が起こるとともに、痛みへの感受性が上昇する事を明らかにしている。
また、マウスにLC患者さんの血清を注射したとき、痛みだけではなく、運動脳、認知、記憶など様々な神経機能の低下を誘導出来ることを確認した上で、各患者さんの抗体が染色する脳部位とLC患者さんの症状が相関することを示している。
大分はしょったが、LCのように複雑な要因がからむ人間の病気を、現象論から因果論まで、決して一つの小さな結論に逃げずにやり遂げたという素晴らしい論文だと思う。
2026年6月2日
大型哺乳類が常に絶滅の危機に瀕していることは疑う人はいない。ただ、一つの腫が絶滅することが、哺乳動物から昆虫、そして植物まで大きな影響がある。これを丹念に調べることは時間と人手と金がかかる大変な仕事だ。おそらく、トランプの科学研究費カットで最も大きな影響を受けているのではと推察する。
今日紹介するプリンストン大学からの論文は、主にケニアを中心に、特にゾウの減少が動物の糞に依存して棲息している甲虫を絶滅に追いやるかについて調べた研究で、5月28日号 Science に掲載された。タイトルは「Importance of elephants for dung beetle biodiversity and ecosystem functions(糞虫の生物多様性と環境での機能にゾウは重要な位置を占める)」だ。
糞虫の中でも有名なのは、ファーブルによって記述されたフンコロガシ (tunneler) だろう。しかし、糞虫には糞の中に卵を産んで幼虫を育てる dweller や、糞をそのまま埋めて処理する roller 等様々な種類が存在する。この研究ではこれらの糞虫がどの動物の糞の中に存在するのかを、ケニアのフィールドで詳しく調査し、最も多くの糞虫がゾウの糞をベースに棲息していることがわかる。おもしろいのは、このフィールドで次に糞虫の多いのがシマウマだが、その次が人間で、どのように人間の糞がこのフィールドで生産され、糞虫を支えているのか興味がわく。
次に、ではゾウの糞に棲息する糞虫は他の糞では棲息できないのかを調べると、かなりの腫が他の糞でもなんとか間に合わせられる。とは言え、これらの腫は基本的にゾウの糞に惹かれる。これらの生態的結果を基に、理論的シミュレーションを行い、個々の哺乳動物腫の減少と、糞虫の減少を計算すると、糞虫の生息数に最も影響するのがゾウの減少である事が確認される。
このような生態観察に基づくシミュレーション研究は数多くあるが、この研究の特徴は、この領域にそれぞれ1万平方メートルの完全に哺乳動物を除外したフィールド、ゾウを除外したフィールド、全く動物を除外しないフィールドを作って、15年後の糞虫の生息数や種類を調べるという大変な実験を行っている。結果はシミュレーション通りで、ゾウが除外されると糞虫の生息数は大きく減少する。中でも、糞の中に卵を産み付ける Dweller の影響が大きい。また、完全に動物をブロックした場合とゾウだけブロックした場合も、そう違いがないので、ゾウの糞が如何に重要かがわかる。しかし、これを調べるため15年も待ち続けたのは頭が下がる。
しかしこのフィールドのおかげで、ゾウの糞の個々の種レベルの影響がわかる。ゾウがいる場所で当然ゾウに親和性の高い糞虫が増えているが、これがゾウの侵入を防ぐと急減する。そして、この影響をそれぞれの種でプロットできる。
最後に、これらの種が糞の処理というエコシステムにも重要な影響があることを、どの程度の糞が地上から処理されたかを実際に調べて検証している。結果は予想通りで、このような糞虫のおかげで処理が進んでいるのだが、ゾウを減らすと糞も減ると思いきや、逆にゾウを減らすと全体の糞の処理が大きく低下したことも示している。
以上が結果で、生態、シミュレーション、そして実際の大規模実験を組み合わせて大型哺乳動物と糞虫の関係、及び絶滅危機に関する重要なデータを生み出している。例えば、フンコロガシなどは糞を処理することで、Dweller の競争相手になるし、元々他の動物の糞でもなんとか間に合わせられる。なのに、このような結果が出たことは重要で、さらに生態を突き詰めたおもしろい研究が可能になるだろう。
2026年6月1日
脳内に発生した老廃物をドレーンする仕組みが存在することが示されたのはずいぶん前の話だ。その後、様々な実験を経て Glymphatics の名前で体系化されるようになった。そして、この経路を通してアミロイドなど神経変性に関わるタンパク質も除去されていると考えられている。そのため、この経路をより活性化することで、アミロイドなどの除去を促進し、認知症の進行を遅らせる様々な取り組みが始まっている。
この大きな流れに待ったをかけたのが今日紹介する米国グラッドストーン研究所からの論文で、脳細胞から発生する内因性のタンパク質は、脳室内に注射したトレーサーとは全く異なる経路を通って排出されることを示した重要な研究で、5月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Physiological brain clearance architecture revealed by neuronal protein tracing(脳の生理学的な排出構築が神経細胞由来タンパク質追跡により明らかになった)」だ。
これまでほとんどの脳内排出機構の研究はトレーサーを脳に注射して排出を追いかけるのが普通で、この場合このブログでも紹介したが、最終的に頸部リンパ管へとドレーンされることが示された。この研究では、では脳細胞が細胞外へ排出するタンパク質は同じルートで通るのかと問いかけた。
これを調べるため、脳細胞で安定な蛍光タンパク質 ZsGreen を発現させて、それが排出される過程を追いかけた。同時に脳内に注射した蛍光タンパク質も追跡し、両者が全く異なるルートをたどることを発見する。最も著明なのは、脳に注射したタンパク質はほとんどリンパ管からリンパ節へと流れていくが、内因性のタンパク質は頸部リンパ節でほとんど検出できない。
さらに、ZsGreen は排出過程でグリアやマクロファージにとどまらず、硬膜や頭蓋の様々な細胞に取り込まれることで、取り込んだ細胞を取り込んでいない細胞と比べると、例えばB細胞では ZsGreen を取り込んだ細胞は抗原プロセッシングに関わるMHCを含む様々な遺伝子発現が高まり、加えてPD-L1のように免疫を抑える分子を発現していることから、脳から流れてくるタンパク質を常にサーベイして、免疫反応が起こらないように調節している可能性を示している。
さらに、脳のそれぞれの領域は別々のコンパートメントに分かれて、内因性タンパク質放出の最も近いルートが形成されていることも、異なる領域で ZsGreen を発現させて明らかにしている。即ち、内因性タンパク質は、近くの脳を囲む硬膜から頭蓋へと運ばれ、最終的に鼻に放出される。この間に多くの細胞に取り込まれ、B細胞を中心に脳内の免疫調節機構に関わることも明らかになった。
最後に、炎症やアミロイドβの蓄積によってこのルートがどう変化するかも調べている。炎症が発生すると、ZsGreen は脳血液関門を通って血液まで運ばれることが明らかになった。一方、アミロイドβが蓄積するマウスを調べると、内因性タンパク質の輸送が極端に低下して脳内に蓄積することが明らかになった。アミロイドβも内因性のタンパク質なので、これが輸送ルートを占拠して他のタンパク質の輸送を阻害していることになる。
結果は以上で、Glymphatics が盛り上がってきたときに、このような根本的再検討が行われ、全く異なる領域を示した素晴らしい研究だと思う。
2026年5月31日
今日は臨床応用直前まで来ている新しい検査法についての論文を2報紹介する。いずれも Science Translational Medicine に掲載されており、translational research についてはレベルの高い研究がこの雑誌を選んでいるのがわかる。
最初のドイツ チュービンゲン大学からの論文は、5月27日に掲載されたシヌクレインを検出できる新しいPETプローブで、タイトルは「The PET tracer [11 C]MODAG-005 targets alpha-synuclein aggregates in the brain(11C MODAF-0005 PETトレーサーは脳のαシヌクレイン凝集を検出する)」だ。
アルツハイマー病の Aβ-PET や Tau-PET が治療法の開発を促進しているように、パーキンソン病、レビー小体脳症、多系統萎縮のようなαシヌクレインの凝集による病気の臨床も、シヌクレインの凝集を追跡できるPETが開発されれば大きく進展すると予想される。
この研究グループはこれまでシヌクレインに結合する化合物を開発し、最終的に凝集αシヌクレインに結合活性が強い MODAG-005 を開発している。アイソトープラベルしたこのプローブ(005Pとする)が試験管内でヒトの病気から集めた異常シヌクレインに結合することを確かめた後、今度はPET用にC11アイソトープでラベルし、凝集シヌクレインを線条体に注射したラット、マウスのパーキンソン病モデルで特異的なPET検出が可能か確認している。そしてサルを用いて 005P が体内から速やかに排出されることを確認した後、患者さんを用いた検査を行っている。
多系統萎縮、パーキンソン病、多系統萎縮とパーキンソン病の合併した患者さんに C11-005P を注射して脳を調べている。正常人でも脳幹に集積が見られるが、それぞれの病気でははるかに強い集積が、期待される場所に見られることから、シヌクレイン症の経過を調べるトレーサーとして役立つと結論している。
次は中国広州中山大学からの論文は5月20日に掲載された、腎臓の線維化をモニターする検査方法の開発で、タイトルは「Urinary fluorogenic reporters for noninvasive detection and staging of kidney fibrosis(尿中に排出される蛍光レポーターを用いた腎臓線維化の検出とステージングだ)」。
極めておもしろい発想の検査法で、線維化が始まるとマトリックスをクロスリンクする lysyl oxidase (LOX) と transglutaminase2 (TG2) が上昇する。これまでも尿中の TG2 を指標に移植腎の線維化が調べられたりしているが、定着していない。
この研究では Lox と TG2 が同時に発現している腎臓線維化を、しかも尿で調べることを目指し、最終的に Lox でコラーゲンのリジンに結合し、TG2 の作用で切断されるとそれまで蛍光が抑制されていたプローブの蛍光がオンになり、そのまま尿に排出されるという検査システムを開発した。
マウスを用いて、コラーゲンの産生上昇を伴う線維化が起こったときだけ、このプローブを注射すると、尿に2時間以上蛍光プローブが排出され続けること、また TG2 が発現しないと蛍光プローブは尿中に出ないことなどを確認した後、実際の検査に進んでいる。
腎臓バイオプシーで線維化を組織学的に調べた患者さんに、005P を投与、その後尿中の蛍光プローブの量を量ると、組織学的線維化程度に比例して、蛍光プローブの排出が上昇する。一方、これまでのクレアチニン、尿素窒素、eGFR等は線維化の程度を量的には反映していないことから、新しい方法は CKD の線維化を選択的に調べられる検査になると結論している。
両方とも期待できる。
2026年5月30日
これまで様々な動物が地磁気を感知して長い旅をするメカニズムについての研究は何度か紹介してきた。中でも主流になっている考え方は光を感じるタンパク質クリプトクロームが地磁気の影響を受けることで、磁気を目で感じているという考え方だが(https://aasj.jp/news/watch/16040)、ではクリプトクロームが働かない夜はどうかなど、全てが明らかになったとは言えない。
今日紹介するドイツ・ボン大学からの論文は、驚くことに壊された赤血球から多くの鉄をため込んだマクロファージが、自律神経に地磁気シグナルを伝えることで、鳩は夜でも目的地へのフライトが可能であることを示した研究で、5月28日号の Science に掲載された。タイトルは「Homing pigeon navigation relies on superparamagnetic macrophages under overcast conditions(鳩の帰巣ナビゲーションは曇り空ででも働くマクロファージの超常磁性に依存している)」だ。
この研究では強い磁場をかけたとき、どの身体の部分が超常磁性を示すかを調べ、肝臓が強く反応することを発見する。超常磁性には当然鉄が必要で、次にどの細胞が鉄を含有するかセルソーティングで調べた結果、クラスII MHCを発現するマクロファージで古い赤血球を肝臓で壊し、そこから多くの鉄を取り込んでいることを確認している。
マクロファージが超常磁性を持つとして、ではどのように脳へシグナルを送るのかを考えるため、肝臓のマクロファージと神経細胞の関係を調べると、肝臓の門脈と中心静脈をつなぐ血管に沿って走る神経と接して存在することを突き止めた。
本当なら、脳にシグナルが伝わっているのか Fos の反応などを用いて調べるところだが、この研究では脳の反応は棚上げにして、すぐ行動実験へと移っている。マクロファージに脂肪粒子を取り込ませることで、赤血球取り込みを抑え鉄の蓄積を低下させることが出来るので、このような処理を施した鳩を作成、これを太陽の光を利用できない曇り空で帰巣させる実験を行うと、コントロールは一直線で帰巣するのに、肝臓のマクロファージがブロックされた鳩は、スタートラインをうろうろして元に戻ることが出来ない。一方、同じ処理をしても太陽の光があるときには、肝臓のセンサーがなくても一直線で元に戻る。
以上が結果で、肝臓のクーパー細胞と呼ばれるマクロファージが鳥の地磁気センサーの役割を演じるとは、全く予想外の話で驚く。
2026年5月29日
我々の海馬に存在する場所記憶システムは、entorhinal cortex に存在して、絶対的空間情報を保持するGrid細胞と、海馬のCA1とCA3に存在する現実の場所の場所を記憶しコードする場所細胞に分かれている。生後すぐには場所細胞が発達するが、その後Grid細胞がCA1、CA3へと投射することで、空間の座標を指示すると考えられている。
今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は、コウモリが長い距離を飛翔するとき、CA1とCA3場所細胞は全く異なる挙動を示し、この結果長い距離での場所記憶を、迅速かつ正確の行える2段階システムが存在することを示したおもしろい研究で、5月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Sparse-to-dense coding transformation between hippocampal areas CA3 and CA1(海馬のCA3とCA1では、雑なコーディングから精密なコーディングへの変換が行われている)」だ。
これまでCA1とCA3の場所細胞は、存在する領域は異なるがほとんど同じようなマップが作られると考えられてきた。しかし、長い距離を移動するマウスを用いた実験から、CA1では場所細胞が多く動員されて別々の場所領域をコードするのに、CA3は長い距離でも短い距離でも固定した一つの場所細胞セットで場所をコードしていることがわかった。すなわちCA1とCA3の場所細胞の機能は同じではなく、CA3は領域の大きさにかかわらず記憶する空間全体を、CA1は空間記憶の精度を上げるために、大きな空間を分割する小さな空間に分けてコードしているという可能性が示唆されていた。
この研究では100mを超える空間での移動実験が可能なコウモリを用いて、CA1、CA3両方の場所細胞を同時記録し、上の仮説が正しいかどうかについて実験している。コウモリのCA1、CA3領域にクラスター電極を設置し、まず130m、180m、200mと異なる距離を飛行させたときの、それぞれの領域の錐体神経を数百個づつ記録している。
結果は予想通りで、CA3の場所細胞は距離にかかわらず一つのセットが全体の空間に対応する。即ち、一つの場所細胞は全体の工程の一定の部位のみで反応する。ところがCA1は同じ細胞が全体の行程の中の異なる区画で何度も反応する。また、距離にかかわらずCA3は一つの場所細胞セットで対応する一方、CA1は距離が長くなると多くの場所細胞セットが動員され、200mの距離では5−10個の脳内フィールドが対応する。
以上の結果とCA3はCA1へ投射して反応を調節していると言う事実から、CA3は距離にかかわらず移動空間全体を一つの神経セットでカバーし、距離や方向の変化にいち早く対応するとともに、CA3の指示に従って、CA1ではより小さな区画をカバーする神経セットを距離に応じて増やしていき、より小さな領域の変化を正確に記録していると考えられる。このことを、神経ネットワークシミュレーションで確認した後、これを実験的に確かめるため、180mの工程の中においた標識を7.5mずらす実験を行って、それぞれの反応を見ている。期待通り、小さなずれにはCA3は全く反応しないが、CA1神経は反応する細胞がずれにより再構成される。
さらに、途中で90度ターンが必要な行程で、行きと帰りでのCA3、CA1の反応を調べると、CA3はほとんど変化がない一方、帰りになると行きに反応した細胞の中の一部が強い反応を示すことを観察している。この行きと帰りの差は、おそらく帰りのルートを予想する過程で、正確な場所をコードするCA1が選択的に興奮して場所を指示していると考えられる。
結果は以上で、行動する空間全体をカバーするCA3と、その指示によりより詳細な部分的場所記憶に関わるCA1という2段階システムが明確にされた。おそらく自動運転のAIも同じような構築になっているのではないだろうか。
2026年5月28日
GPT、Gemini、Claudeなど、大規模言語モデルの進展はめざましい。既に2年以上GPTは有料で使っているが、ますます使いやすくなっている。何を隠そう、今年からNPOの活動報告書は全てGPTに任せている。当然医学分野でも汎用の言語モデルのパワーは目を見張る。医学知識のある場合、聞き方もポイントがわかるので、ほとんどの場合用が足りている。
例えば4月30日号の Science に「Performance of a large language model on the reasoning tasks of a physician(大規模言語モデルの医者が行う診断理由課題に関するパーフォーマンス)」と題する論文が発表された。正直この論文を Science の論文として認めていいのかという気もしたが、医療の基礎とも言える、提示される患者さんの問題から診断や判断の理由付けを行う過程を、医者と最新の Open o1、GPT4 の判断を専門家に評価させ、一般医師の判断と比べた研究だ。
医学雑誌や病院のケースレポートなどをベースに作成したプロンプトを使っており、実際の患者さんに対しているわけではないが、例えばNEJMが提供する医師教育問題で、診断の妥当性、正しい鑑別が出来たか、その理由を提示できたかなど多くの項目を評価し、特別に医療に特化した学習をさせなくても、使い方によって汎用言語モデルは一般的な医師を凌駕することを示している。
このように汎用大規模言語モデルを使う方法もあるが、現在Googleが進めているのは、医療に特化したモデルを医師向け及び患者向けに整備していく方向だ。そのほとんどについてはこのブログで紹介してきたが、Gemini をベースにした2種類のモデル、MedGemma は医師向けの、そしてAMIEは患者さんとの対話目的で開発されている。
MedGemma は医師が患者さんの画像や検査データとともに診断や方針を決める助けになる、オープンソースモデルで、医学部や病院で診断補助だけでなく、教育にも使えると思う。
今日紹介するロンドンにある Google Deep Mind からの論文は患者さんとの対話向けモデルAMIEのマルチモーダルな進化版の評価を行った研究で、5月14日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Advancing conversational diagnostic AI with multimodal reasoning(マルチモーダルな理由を提示できる対話型診断AIの進展)」だ。
様々な臨床でのQ&Aを学習した患者さんとの対話から鑑別診断が出来るモデルAMIEについては、昨年4月に紹介した(https://aasj.jp/news/watch/26528)。 AMIEはテクストによる対話に特化して鑑別診断をするモデルだが、新しいモデルでは MedGemma のように、画像やデータを読み込んで、一緒に判断するマルチモーダルな能力を付与している。もちろんこの画像やデータ解析能力は、レントゲンなど医療情報にも適応すると思うが、この論文では、リモートで初診の患者さんの訴えを聞いて、可能な病気を理由付けとともにリストし、次の検査や処置を指示できるか、以前の研究と同じで、患者に扮した俳優にプロンプトを覚えさせ、AMIEと一般医とを比較している。
実際のプロセスでは、まず患者さんから症状や病歴、他にも家族歴など必要な聞き取りを行い、そこから鑑別する病名を理由とともにリストし、患者さんからのインプットに応じてそれをアップデートすることが出来るようにしている。
まずこのレベルで医師と比べると、AMIEの論文と同じで、ほとんどの項目で一般医を凌駕する。また、患者に寄り添ってくれているかについての評価もAMIEに軍配が上がる。その上で、この研究では、テキストに答えて患者さんでも採取できるデータを使えるかについてテストしている。
一つはスマフォで撮影した皮膚の画像と、スマートウォッチで採取できる心電図情報になる。即ち、鑑別診断として皮膚画像や心電図が必要になったとき、対話している患者さんからのデータを適切に利用して診断に利用できるか調べている。テキストだけでは、AMIEと一般医との差はそれほど大きくないが、皮膚の画像を鑑別診断が指示したときのパーフォーマンスは、圧倒的にAMIEが高い。これと比べると心電図はAMIEが優れていても差は大きくない。
以上が結果で、今後医師へのアクセスが限られているリアルワールドでパーフォーマンスをテストすることが最も重要だと思う。もちろん日本のように検診データが揃っているところでは、それを読み込むことでより高い診断のための対話が可能になる。Googleの戦略の強みは、医師向けと患者向けを並行してい開発している点で、リアルワールドでのパーフォーマンスを注視していきたい。
2026年5月27日
AIの進展もあって、強化学習のメカニズムについての研究の注目度は一段と高くなっている。私自身専門ではないが、強化学習の研究を読むことは多い。強化学習実験のキーは、学習に際して褒美を与えることで、学習効率、学習意欲、そして記憶の固定が促進されるが、辺縁系を中心にこの促進効果に関わる回路を特定する研究に発展している。しかしこの論文を読むまで、褒美の量と与え方の違いの重要性に思い至ることはなかった。
今日紹介するハワードヒューズ医学研究所の Janelia Research Campus からの論文は、学習は少量の褒美を与えて試行を繰り返させることで強化されるとする先入観を、褒美の量や与え方を変化させる強化学習実験を行って再検討した研究で、5月21日 Science に掲載された。タイトルは「Reward magnitude determines reinforcement learning efficiency(褒美の大きさが強化学習の効率を高める)」だ。
この研究ではまず隠れた標的を見つけると褒美が与えられる強化学習システムを用いて、通常褒美として使われている喉の渇いたマウスに対する5μlの水の代わりに20倍の100μlを与えたときに学習効率は変化するか、を調べている。考えてみると、褒美の大きい方が頑張るのが普通だと思うが、これまでの実験がそれを無視して行われていたのはおもしろい。
結果は予想通りで、学習過程を学習率、学習結果の記憶固定、そしてやる気の維持に分けて調べると、最初に多くの褒美を上げた方が全てで促進が見られる。これは、障害を避けてレバーを動かすテストや、国際的に意志決定を学ぶ実験で標準になっているテストでも、全て同じように効率を高めることができる。おもしろいのは、褒美の総量が問題ではなく、少ない回数でも一度に大きな褒美が得られることが重要になる。
強化学習なので、行動の背景にあると考えられるドーパミン神経興奮を調べると、大きい褒美ほど興奮の強さが強く、しかも興奮が長続きする。その結果得られる強いドーパミン分泌が、学習の様々なプロセスを強化すると考えられる。
これを確かめるため、通常の少ない褒美トライアルで、腹側被蓋野を刺激してドーパミン分泌の量を調節すると、強い持続的な刺激を加えたときに大きな褒美を与えたときの起こる強化学習効率の促進が可能であることを示している。
学習に必要な過程への影響で見ると、学習を繰り返すうちに起こってくるやる気の喪失 (disengagementのこと)が、大きな褒美を与えるといつまでも真剣にトライアルを続け、やる気が維持されるのがおもしろい(というか身につまされる)。また、セッションを超えて学習記憶を固定化する過程への作用が弱いのは、辺縁系と海馬とのつながりを弱さの反映かもしれない。もちろんいいことばかりではない。条件付けと刺激が間隔を置いて与えられるパブロフ型連合学習実験の場合、次のトライアルの褒美に対する神経反応が鈍化してしまう。
以上が結果で、一般的には褒美は一度にたくさん与えるのがいいという、極めて納得のいく結果になっている。論文を読んでみると、神経回路や神経細胞の詳細はあまり気にせず、神経科学は最小限に抑えている。おそらく元は心理学畑の研究者ではないだろうか。しかし、だからこそより行動に近いところで素朴な疑問を発することができる。おそらくこのようなデータこそAIへの利用もしやすいのではと推察する。
2026年5月26日
妊娠、出産、哺育を経験することで脳に大きな変化が起こることは間違いがない。なんと言っても長期にわたるホルモン環境の変化は、脳の様々な遺伝子発現に急性だけでなく、エピジェネティックコードの書き換えを介した変化を誘導する。これが母の経験として、その後の子育ての成功率を高める。
今日紹介するマウントサイナイ医科大学からの論文は、母親としての経験にホルモンだけでなく、ドーパミン・エピジェネティックコードの書き換えが貢献していることを示した研究で、5月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Dopamine drives persistent remodelling of the maternal brain(ドーパミンは母親の脳の持続的リモデリングを促進する)」だ。
このグループの研究は以前にも紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/12774)、研究の対象はヒストンのドーパミン修飾による遺伝子発現の変化で、以前紹介した論文ではコカイン中毒により腹側被蓋で発現するヒストンのドーパミン化の低下が中毒からの離脱を妨げるという研究だった。従って、この研究では妊娠、出産、哺育経験の脳変化が対象になっているが、最初からヒストンのドーパミン化に落とせる過程を探索する過程で、妊娠を対象にすることになったと言える。いずれにせよ、長期にわたる変化は確かにコカイン中毒に匹敵するかもしれない。
妊娠、妊娠+哺育、など様々な母親としての経験を再現したマウスを作成し、哺育までの全ての経験を経たマウス(REマウス)の脳での遺伝子発現の違いを丁寧に調べている。そして、最も大きな変化が記憶に関わる海馬で見られること、変化する遺伝子の多くはエストロゲン受容体をはじめとする転写因子の下流に存在することを確認した上で、ドーパミンに関わる遺伝子発現も大きく変化することを突き止める。
おそらくドーパミンの影響が最もはっきりする、REマウスでの変化を調べ、REマウスの一連の経験の中で、哺育過程で子供から一定期間隔離するストレスがREマウスの経験を帳消しにし、この時ドーパミンにより誘導される変化が強く影響されることを明らかにしている。即ち、哺育過程のストレスによるドーパミン刺激が、REマウスの母親としての経験を帳消しにし、そのとき海馬での遺伝子変化が持続的に変化することを確かめる。
まさにこのグループの土俵に対象を引っ張ってきた感じがする。そして、持続的に発現が変化する遺伝子のヒストンを調べて、REの経験によりドーパミン化したヒストンのレベルが低下するが、ストレスはこのレベルを上昇させることを明らかにする。また、人間の脳でも、出産経験によりドーパミン化ヒストンのレベルが低下することも確認している。
以上の結果は、妊娠・出産・哺育経験の時期には海馬へのドーパミン分泌が抑えられ、持続的エピソード記憶増強の環境が形成されることになる。これを確かめるため、妊娠経験のないマウスでの海馬のドーパミン分泌を光遺伝学的に抑える実験を行い、妊娠経験と同じレベルのエピソード記憶能力を持続させられることを示している。
最後にこの効果が海馬神経でのヒストンドーパミン化の結果である事を示す目的で、ドーパミン化されるグルタミンをアラニンに変えてドーパミン化を阻害するヒストンを海馬神経で発現させる実験を行い、この操作によりRE経験がストレスで打ち消されるのを防げることを明らかにしている。
以上が結果で、ドーパミンを受ける神経でもヒストンのドーパミン化が進むというのはわかりにくいと思うが、このグループはドーパミンの取り込みによりこのような現象が起こるとしている。そのうえで、ドーパミン刺激とヒストンのドーパミン化を調べるための実験系として、妊娠・出産・哺育経験を突き止めたのがこの研究のハイライトで、あとは最もクリアな系でこれを証明している。
Geminiで調べると確かにパーキンソン病患者さんの黒質でヒストンのドーパミン化が低下している論文もあるようなので、今後も注視していきたい分野だ。
2026年5月25日
パーキンソン病 (PD) の治療はドーパミン神経の回復だが、特徴的な運動障害を改善するために、深部刺激や磁場による刺激などが利用されてきた。
今日紹介するトロント大学からの論文は、なんと超音波刺激でもPDの運動症状を改善できる可能性を示した研究で、5月20日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Transcranial ultrasound stimulation of motor networks in Parkinson’s disease informed by local field potential dynamics(パーキンソン病の運動回路の経頭蓋超音波刺激の影響を局所電場電位活動を指標に調べる)」だ。
PDの運動回路の特徴的変化は波長が14−30Hzという覚醒時に起こる脳波が高まることで、これをリラックスさせることが重要だと考えられている。このため、深部刺激でもβ波の上昇を感知して刺激により抑制することが行われる。
この研究では2カ所の音源から超音波を特定の領域に集中させる方法により同じ効果が得られないかを、視床下核に設置した局所電場電位を記録できる深部刺激用の電極で記録して調べている。超音波はガンにも利用されるほど細胞障害性を持っており、まず安全性の徹底的解析から行っている。最終的に、自覚的にも、MRI 等を用いた検査でも、温度上昇は安全範囲にとどまり、組織障害は見られず、自覚的にも問題がないことを確認している。
その上で、運動回路として淡蒼球内接、M1運動野、そして後部皮質を標的に、超音波照射を行い、深部電極で記録される視床下核の電場電位を記録している。結果は明確で、後部皮質、あるいは淡蒼球内接への照射は、逆にβ波を高めることがあっても抑えることはない。一方、M1運動野の照射は、視床下核のβ波を抑えることができている。この効果は指を動かす運動中では低下する。即ち、運動にはβ波の抑制が必要で、これによって照射の効果が打ち消されていると考えられる。
最後にPDの症状が照射により軽減されるかどうかについて、ビデオを見せて専門家に判断させる方法で調べている。結果はβ波の抑制効果と同じで、M1運動野を照射したときのみ、症状改善効果が得られている。
結果は以上で、実際には詳しい脳波成分を解析したりしているが、ほとんど割愛してエッセンスだけを紹介した。超音波はメカノセンサーを介して神経刺激をすると考えられているが、深部刺激のように急性効果というより、全体の回路の特性を変化させて効果が得られている可能性が高い。と言うのも、照射後50分効果が持続している。その意味で、急性の深部刺激を保管する目的にはおもしろい治療になる可能性がある。何よりも磁場を用いる方法と比べると、簡便で導入しやすい。しかし危険性も伴うので、今後超音波の脳への照射の安全性をさらに高める必要があると思う。その上で、β波上昇が見られるアルツハイマー病など他の病気の治療にも使えるかもしれない。
この論文を読んでいて気になったのが、M1領域のみ効果がある点だ。実際には3.5cmの深さに刺激標的が設定されている。最近紹介した北京大学からの論文でも、脳皮質の運動野の間にある皮質皮質下回路の脳幹との過剰結合を磁場照射で抑えると症状抑制が得られることを示していた(https://aasj.jp/news/watch/28297)。とすると、この超音波の標的になったのは皮質皮質下回路である可能性もある。この可能性も視野に研究を進めてほしい。