3月19日 肝臓の星状細胞は肝臓を守ってくれる味方(3月12日 Nature オンライン掲載論文)
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3月19日 肝臓の星状細胞は肝臓を守ってくれる味方(3月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年3月19日
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肝臓には間葉系の星状細胞が散在しており、肝臓の繊維化の主役であるとされてきた、しかし、この細胞を除去する実験が可能になって、最近では肝臓細胞の増殖を助ける細胞であることが示され、その評価が大きく変化している。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、星状細胞が肝細胞を助けるメカニズムについて明らかにした研究で、3月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Hepatic stellate cells control liver zonation, size and functions via R-spondin 3(肝臓の星状細胞は R-spondin 3 を介して肝臓のゾーン化、大きさ、そして機能を調節している)」だ。

この研究では星状細胞特異的にジフテリアトキシンを発現させ、星状細胞を肝臓から除去する実験から始めている。まず除去するだけで肝臓は小さくなり、肝臓のサイズを決める重要な細胞であることがわかる。そして、肝臓の部分切除や障害により誘導される肝臓の再生実験では、再生力が強く抑制される。

肝臓は中心静脈から胆管の間に肝臓細胞が並んだ構造を持っており、胆管側から zone1、2、3と区別され、代謝機能が異なることがわかっている。このゾーン化には血管内皮が重要な役割を演じているとされていたが、星状細胞を除去するとゾーン化が傷害され、zone1 が肥大し、zone3 が減少することがわかる。すなわち、星状細胞が肝細胞のゾーン化にも関わることがわかる。

試験管内の実験から、肝臓細胞の増殖には星状細胞が分泌する何らかの分子が必須であることが示唆されるので、星状細胞を除去した肝臓を比較することで増殖因子を探索すると、Wnt受容体を補助するLgr4 に結合する R-spondin 3 が HSC 由来の分子であることが明らかになった。

そこで星状細胞特異的に R-spondin 3 が欠損したマウスを作成すると、星状細胞を除去したのとほぼ同じ状態が発生することがわかった。これは、肝臓のサイズが小さくなり、再生時の増殖が抑制され、さらに肝臓の代謝が変化してゾーン化が壊れることである。すなわち、これまで血管内皮が調節していると考えられてきた肝臓のゾーン化を星状細胞も調節していることがはっきりし、おそらく血管内皮由来の R-spondin 3 は zone1 細胞に影響し、ほかの zone は星状細胞が受け持っていることが示された。

さらに、障害による再生だけでなく、星状細胞から R-spondin 3 が分泌されないと、アルコール性肝炎や、高脂肪食による非アルコール性肝炎モデルで肝硬変がより促進されることから、星状細胞は繊維化も防ぐ重要な味方であることがわかった。

事実、星状細胞の R-spondin 3 分泌は TGFβ により調節されており、肝臓の繊維化が進む病気ではその発現が低下し、また R-spondin 3 が高い患者さんほど肝硬変の予後が良いことも確認している。

以上が結果で、最近の研究で少しづつ明らかにされてきた星状細胞の肝臓保護作用を総合的に明らかにした重要な研究だと思う。

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3月18日 アミノアシル tRNA 合成酵素の驚くべき変身(3月12日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年3月18日
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分野を問わず毎日論文を読んでいると、大概の論文はタイトルを見ておおよその筋を読むことができる。しかし生命科学は多様で、タイトルを見ても「ちんぷんかんぷん」、全く筋が見えない論文も多い。

今日紹介する米国サンディエゴの aTyr Pharma とスクリプス研究所からの論文は、タイトルを見て余計に謎が深まり、論文を読んでこんなことがあるのかと驚いた研究で、3月12日 Science Translational Medicine に掲載された。そのタイトルとは「A human histidyl-tRNA synthetase splice variant therapeutic targets NRP2 to resolve lung inflammation and fibrosis(ヒトのヒスチジンtRNA 合成酵素のスプライスバリアントは NRP2 と結合して肺の炎症と繊維化を改善する)」だ。

さてタイトルだが、生物学を全く知らないと不思議を感じないと思うが、教科書レベルの知識があると、ヒスチジンを tRNA に添加する酵素 (HARS) のスプライスバリアントがニューロピリン2と反応して肺の炎症を抑えるなどと書かれていると、混乱してしまう。 tRNA 合成酵素は、核酸のコードとアミノ酸を結びつける38億年の歴史を持つ生命の基本システムだ。それが、血管増殖因子や神経伸張因子と結合するニューロピリン2 (NRP2) と結合するなどと書かれていると何かの間違いかと思ってしまう。

しかし読み進むと、驚くべき話が広がっていた。すなわち、 HARS に限らず様々な tRNA 合成酵素は、進化の過程で、スプライシングにより他の機能タンパク質に生まれ変わる新しいドメインが獲得されているという話だ。この研究ではヒスチジンを添加する HARS に限っているが、実際には他の tRNA 合成酵素にも新しい機能が付与されているという。私も全く知らなかった世界で、特殊だが是非ジャーナルクラブで取り上げてみたいと思う。

この研究グループが HARS に注目したのは、HARS に対する自己抗体によって肺や筋肉の炎症がおこる anti-Jo-1 症候群の存在による。この症候群が認識している本来の遺伝子がスプライシングで短い部分だけになった HARS-WHEP が、炎症により肺の上皮細胞から分泌され、血中にも流れることを確認し、この分子の機能を調べるために、HARS-WHEP に免疫グロブリン Fc 部分を結合させて安定化した分子を開発している。

まず HARS-WHEP の結合する分子を探索して、NRP2 に特異的に結合することを明らかにしている。NPR2 は炎症が起こるとマクロファージで発現する。このとき HARS-WHEP-Fc で処理すると、マクロファージからの炎症性サイトカインやケモカインの発現が抑制される。

そしてマウスの様々な肺の炎症モデルに投与すると、例えばブレオマイシンによる肺線維症モデルでは、組織病理像を正常化させ、また炎症性サイトカインの分泌も強く抑える。一方、特殊な細菌を用いたサルコイドーシスモデルでは、病理組織は改善しないが、炎症性サイトカインの分泌を抑えることができる。

さらに人間の肺の炎症性症例のバイオプシーで、サルコイドーシスなどの炎症の進展とともに NRP2 発現マクロファージの数が上昇しており、HARS-WHEP-Fc を試験管内で加えることで、マクロファージの炎症性サイトカインの分泌を止められることを示している。

実際には2023年に HARS-WHEP-Fc をサルコイドーシスによる肺線維症の患者さんに投与する第1/2相の治験も行われて期待できる結果が得られているようで、新しい治療法としてもすでに走り出している。従って、この論文はこれまでの研究を基礎的にバックアップするための論文と言える。

以上が結果で、私にとっては臨床時代なじみのあるサルコイドーシスの治療と言うだけでなく、tRNA 合成酵素の変身に驚いた。少しマイナーな話題になると思うが、是非 tRNA の変身について調べてジャーナルクラブとしてまとめてみたい

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3月17日 ビフィズス菌の逆遺伝学(3月10日 Cell オンライン掲載論文)

2025年3月17日
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熊本大学に在職していた頃、免疫医学研究施設と遺伝医学研究施設を改組して遺伝発生医学研究施設設立に関わったことがある。当時は各大学の研究施設でこのような改組が文科省の指導で当たり前のように行われていた。当時のはやりは大阪大学にできた細胞工学センターのような新しい風の感じられる名前を考えることだった。しかし、熊本大学では敢えて遺伝発生医学という古い名前にこだわった。折衝の過程で、遺伝学も発生学も医学には必須なのに、系統的な教育や研究ができておらず、両方を強調した研究施設は新しいと説得したのを覚えている。

遺伝学は生物の違いを扱うが、逆に発生学は生物の形成で同じことが再現できることを対象としている。ただ、発生学は遺伝学と統合されることで大きく進歩した。これが、ショウジョウバエや線虫を中心にして進んできた形質の違いを誘導してその遺伝子を探る Forward Genetics で、責任遺伝子が特定できるようになったこと、そして遺伝子改変が可能になり、ともかく遺伝子を変異させて形質を調べる Reverse Genetics の構想が生まれたことだ。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、新生児期の健康に関わり、一般にもよく知られているビフィズス菌のリバースジェネティックス確率を目指した研究で、3月10日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Genome-scale resources in the infant gut symbiont Bifidobacterium breve reveal genetic determinants of colonization and host-microbe interactions(新生児の共生生物ビフィズス菌のゲノムスケールで変異を誘導したリソースは細菌の定着やホストや他の細菌との相互作用の遺伝的要因を明らかにする)」だ。

この研究のハイライトは、最も研究が進むビフィズス菌の一つ Bifidobacterium breve に遺伝的バーコードが着いたトランスポゾンを導入し、ほぼ8割近い領域、1500近い遺伝子の変異を誘導した変異ライブラリーを作成したことだ。それぞれの変異をもった菌株は変異ごとに単離されており、変異が起こった遺伝子の機能を調べることができる。さらに、バーコードがつけてあるので、全体を特定の条件で培養して適応に必要な遺伝子を特定することもできる。要するに、将来ビフィズス菌をより利用価値の高い菌に変化させるためのリソースを作ったという話だ。

もちろん1500近い遺伝子それぞれについて調べるのは時間がかかる。従って、この研究ではこのリソースが様々な目的に利用できることを示すための実験例を示している。面白いと思ったものをいくつか紹介しよう。

同じ機能を保つ酵素が2種類存在しているが、一つの酵素は他の細菌と共同して生存するときに使われ、もう一つの酵素は独立して生存するときに使われることがわかる。すなわち、機能が同じでも実際には環境適合性に大きな差があることがわかる。

ビフィズス菌は母乳に含まれるオリゴ糖を使って定着することが知られているが、大人で他の細菌と競合するとき、ビフィズス菌は一般的な炭水化物を利用できることができないため、ラフィノースなどが必要になる。この酵素学的背景が、このリソースから明らかになっている。

このようなリソースは試験管内での増殖でテストするのは容易で、この研究では150種類の条件で増殖に異常が起こる系統を分離できている。その過程で、ビフィズス菌の由来になった細菌が栄養条件で様々な形をとることの生化学的背景を明らかにしている。また、腸内に定着したとき、ビフィズス菌が名前のようなY型に変化する理由についても明らかにしている。

最後に、ビフィズス菌のもつ免疫機能を変化させる能力にはフェニル乳酸やインドール乳酸のような芳香族基が添加された乳酸が大きく関わることが示されているが、この生成経路の酵素を特定している。

以上が結果だが、要するにリソースができて研究はこれからだという話になる。これまでこのようなリバースジェネティックスが行われなかったのは、細菌の場合変異を丹念に分離した方が早いという考えがあった。そのため、○○菌といった名前をつけたたくさんの菌株を分離するのがメーカーの勝負になってきた。ただ、メカニズムについてはよくわかっていないことが多い。その意味でこのリソースは使い勝手があるのではないだろうか。おそらく大手のメーカーの投資が得られるのは間違いないと思う。

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3月16日 食物アレルギーは樹状細胞サブセットのバランスが決める(3月14日 Science 掲載論文)

2025年3月16日
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我々は様々なものを食べるが、動物性であれ植物性であれ、多くのタンパク質が含まれている。もちろん自己タンパク質ではないので免疫反応の対象になるが、消化管による分解を逃れた抗原も、制御T細胞を誘導することでアレルギー反応へ移行しないようにできている。この過程については、主に遺伝子改変動物を用いた多くの研究から樹状細胞サブセットが重要な働きをしていることがわかっている。

ただ遺伝子改変動物の結果を正常マウスと比較するためには、操作していない動物での樹状細胞 (DC) のサブセットを調べる必要がある。今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、細胞同士で相互作用が起こるとき、相互作用した細胞をビオチンでラベルできる LIPSTIC というしゃれた名前の方法を用いて DC と T細胞の相互作用を調べ、制御性T細胞の誘導に関わる DC を特定した研究で、3月14日 Science に掲載された。タイトルは「Identification of antigen-presenting cell–T cell interactions driving immune responses to food(食物に対する免疫反応に関わる抗原提示細胞とT細胞の相互作用を特定する)」だ。

LIPSTIC と呼ばれる方法は以前も紹介したが (https://aasj.jp/news/watch/25129) 、この研究では活性化された T細胞に発現してくる CD40L にビオチン添加酵素 (St) を、結合する CD40 に基質 (G5) を融合させ、CD40L と CD40 が結合したときに細胞がビオチン化されるシステムを組み上げている。

全ての CD40 が G5 を発現しているマウスに、CD40L-St を持つ卵白アルブミンに対する T細胞を移植して、卵白アルブミン (OVA) を食べさせると、卵白アルブミン由来ペプチドを提示している DC のうち OVA特異的T細胞と反応する細胞がラベルされることになる。これによって、消化管に繋がるリンパ節でクラス II MHC依存的に T細胞と相互作用している DC を特定することができ、2種類の DC、すなわち DC1、DC2 両方が OVA特異的T細胞とクラス II MHCを介して相互作用していることがわかる。

この方法の利点は、こうして特定した DC を取り出して、試験管内でその機能を調べることができる。すると、ビオチン化された DC1 だけが制御性T細胞の誘導に関わっていることが明らかになった。もちろん同じリンパ節内で DC2 はヘルパーT細胞を誘導している。従って、このバランスが食物アレルギーを抑える方向維持することでアレルギーが防がれている。

これまでの研究で特に新生児期に制御性T細胞の誘導に関わるDCがRORγ陽性のDC1であることが指摘されており、これについてビオチンラベルされたDC1で調べると、食事をとって早い時間に制御性T細胞と反応するのがRORγ陽性DCで、制御性T細胞誘導自体にはRORγDC1が必ずしも必須でないことを明らかにしている。

このDC1,DC2のバランスを調べるため、制御性T細胞の誘導がうまくいかず、食物アレルギーを誘発してしまう寄生虫感染でDC1,DC2がどう変化するかを調べている。

長い話を短くすると、寄生虫感染によってDC1プログラムや移動が変化するわけではなく、寄生虫感染後もDC1細胞はリンパ節内に存在している。しかし、寄生虫感染による自然炎症の結果、DC2の割合が上昇して食品抗原をDC2により奪われた結果、DC1の機能が相対的に低下し、トレランスが維持できないことを示している。

以上が結果だが、印象としては我々の免疫は危なっかしいバランスの上に乗っていることが実感される研究だ。今後もLIPSTICの活躍が期待される。

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3月15日 小児 Covid-19 関連多系統炎症性症候群の発症機序(3月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年3月15日
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Covid-19パンデミックが始まった当初、子供がかかっても軽症で終わるとされていたが、唯一例外として感染後1−2ヶ月後に極めて重症の全身の炎症が起こることが報告され、川崎病に似ているので注目を集めた。この原因を巡っては様々な研究が行われ、IL-1 などの炎症性サイトカインのストーム、特定のV遺伝子を持つ T細胞の増加、マクロファージの活性化など、様々な現象が報告されたが、一つのシナリオにはまとまっていない。

今日紹介するドイツ ベルリン シャリテ病院とドイツ リュウマチ研究所を中心とする国際チームからの論文は、小児 Covid-19 関連多系統炎症性症候群 (MIS-C) の患者さんから得られる様々なピースと試験管内実験を合わせて MIS-C の発症機序について説得力のある仮説を提案した研究で、3月12日 Nature にオンライン掲載されている。タイトルは「TGFβ links EBV to multisystem inflammatory syndrome in children(TGFβ が EBウイルスを小児の多系統炎症性症候群と結びつけた)」だ。

この研究では MIS-C の患者さんの血中サイトカインを、軽傷の Covid-19 患者さんと比較し、特に TGFβ の血中濃度が上昇していることを発見する。TGFβ は T細胞のキラー活性を低下させることが知られているので、これを MIS-C を攻める糸口として研究を進めている。

次に血液細胞の変化を見ると、ほとんどの細胞系列で TGFβ 刺激による遺伝子発現が誘導されているのがわかる。しかし、最も大きな影響が見られるのは T細胞で抗原刺激を受けたばかりの T細胞の増殖が誘導されている。しかし、試験管内での反応を調べると、T細胞のキラー活性は予想通り強く抑制されている。この変化は、TGFβ に対する抗体で元に戻る。以上から、Covid-19 感染が重症化する過程でまず TGFβ の分泌が上昇し、これが T細胞を中心に免疫系へ影響を及ぼし、特にウイルスを除去する T細胞反応が低下した状態が形成されることになる。

次はこの状態から全身の炎症が誘導されるメカニズムだが、著者らはこれまで知られている特定の V遺伝子を持った T細胞の増殖に鍵があるのではと考え、この V遺伝子により認識される抗原を探索している。もちろんただ闇雲に探索したのではなく、感染症が重症化するとき、身体の中に潜んでいたウイルスが再活性化され、これが全身性の炎症を誘導していると仮説を立て、EBウイルス、サイトメガロウイルス、はしかウイルス、アデノウイルスに対する V遺伝子を調べべ、最終的に EBウイルスに対する V遺伝子が MIS-C で上昇する V遺伝子と重なること突き止める。

とすると、感染後 TGFβ が上昇する過程で、内因性の EBウイルスが再活性化されると予想される。そこで、MIS-C の患者さんの血清、B細胞、あるいは血清などを詳しく調べ、MIS-C患者さんで、血清中抗EBウイルス抗体とともに、EBウイルスが上昇していること、また大人の重症化した Covid-19 でも同じように EBウイルスが血中に検出できることを明らかにしている。

結果は以上で、EBウイルスが活性化されることで全身の炎症が誘導されるまでの過程は、当然起こることとして処理されている。この点をそのまま認めるとすると、この研究により以下のシナリオが完成したことになる。

Covid-19 が持続すると、TGFFβ が上昇し、特に T細胞のキラー活性が抑えられる。これは Covid-19 をさらに重症化させるとともに、それまで抑えられていた内因性EBウイルスの再活性化を促し、この結果全身性の炎症へと発展し、MIS-C が発症するというシナリオだ。

実際には世界中のコホート研究をまとめて研究が行われており、元は東ベルリンにあったシャリテ病院の研究力が高まっていることを実感する。2000年を迎えようとする時期に、私もフンボルト財団の支援でドイツ リュウマチ研究所に3ヶ月逗留したことがある。実際には新しい建物の開所式をまたいで滞在したので、ちょうど関わっていた神戸理研開設に役立つ体験だった。このときの所長Andreas Radbruchも論文に名を連ねており、世界の研究所を束ねる研究を組織するところまで来たかと感慨深く読んだ。

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3月14日 膵臓ガンとMyc増幅 (3月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年3月14日
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ガンの多様化に様々なガン遺伝子の増幅、特に染色体外に飛びだして複製可能なユニットを形成する環状DNAがガンの多様化と悪性化を後押しして、ガンの治療を困難にしていることは何度も紹介してきた。

今日紹介するイタリアベローナ大学と英国グラスゴー大学からの論文は Myc遺伝子の増幅に焦点を当て、オルガノイドと実際の組織を比べながら、Myc増幅、特に環状DNA型の増幅の意義とダイナミックスを調べた研究で3月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「MYC ecDNA promotes intratumour heterogeneity and plasticity in PDAC(染色体外Mycは膵臓ガンの腫瘍内多様性と可塑性を促進する)」だ。

この研究は特に新しいというわけではないが、膵臓ガンの患者さんからガンをオルガノイド培養し、試験管内での機能実験を、保存してある実際の組織と照らし合わせる丹念な実験が行われている。

まず39例の膵臓ガン患者さんから41種類のオルガノイド培養 (POD) を樹立し、全ゲノム解析を行って、遺伝子変異を詳しく解析している。予想通り、ほぼ全ての POD で KRAS遺伝子変異が認められ、また p53変異も7割を超す。ただ、この研究では変異ではなく、遺伝子増幅に着目し、Myc、 CDK6、CCND3は全て遺伝子増幅が主要な変化であることを示している。

Myc増幅のうち染色体外DNA増幅が見られるのが4例で見つかり、この中の増幅程度の異なる2種類を選び出し、POD を詳しく検討している。染色体外DNA は増幅という点から見るとガンの悪性化を後押ししているように見えるが、実際には複製が染色体と一体化していないため、ガン細胞にとっては重荷になる。従ってガンがこのバランスをどうとっているのかが見所になる。

まず染色体外Myc増幅が見られる POD では、Myc遺伝子の数に大きなバリエーションがあることがわかる。すなわち、一方的に数が増えるというものではなく、腫瘍細胞の状況に応じて増幅程度が異なっているのがわかる。

Myc はガン増殖に必須の Wntシグナル下流にあることが知られているので、Wntシグナルの程度と増幅が関係しているのではと考え、Wntシグナルを遮断する実験を行っている。ガンの POD といえども Wintシグナルを遮断すると増殖が止まる。しかし、Wnt が遮断された条件で増殖を再開する細胞を見ると、Myc増幅が大幅に増加していることがわかる。すなわち、Wntシグナルが弱い場所では Myc を増幅させて増殖を維持している。もちろん増幅自体が問題ではなく、Myc が転写され翻訳されることが重要で、Myc をウイルスで導入して過剰発現させると、Wnt を遮断しても増幅は起こらない。

それどころか、環状Myc が減少してしまうことから、環状DNA はガンにとっては重荷であることがわかる。すなわち、Myc の発現と増幅によるコストをうまくバランスをとっていることがわかる。

この研究の面白いのは、POD での発見を組織で再確認している点で、組織上での Wntシグナルと Myc増幅を調べると、実際の組織上でも Wntシグナルが低いガンの中心部で Myc増幅が起こっていることが示されている。

以上が主な結果で、Myc 自体は Wntシグナルの補完をしていると考えていいが、環状DNA により Myc増幅が起こり始めると、増幅程度を上げたり下げたりしやすく、それ自体でガンに対するネガティブな影響はあるが、複雑なガン組織や転移の際の可塑性を高める重要な要因になっていると結論している。

いずれにせよ、Mycは標的として使えるので、ガンのアキレス腱を狙える可能性は高い。

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3月13日 最も古い骨器製造工房の発見(3月5日 Nature オンライン掲載論文)

2025年3月13日
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若い読者の皆さんは見ていない人も多いと思うが、我々世代が最も鮮烈な印象を受けた映画がスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」だった。リヒャルトストラウスの交響詩「ツァラトストラはかく語り」に乗って夜が明けた太古の地球、様々な動物たちが起き出した世界で、サルから道具を使う人類が生まれる歴史が描かれる。そして人類誕生の象徴として描かれるのが、得体の知れない人工物に興奮したサルのなかの一匹が、動物の骨格から大腿骨をつかみ出し、道具として使いはじめ、この骨器を用いて争いに勝利したあと骨を空に投げると、その骨が急に同じ形をした宇宙船に変わり、音楽もヨハンシュトラウスの「美しき青きドナウ」へとスイッチする。

この長いオープニングで、道具の使用が宇宙船まで連続した人類だけの歴史であることが描かれるが、キューブリックが石器ではなく骨器を最初の道具として描いたことは興味深い。というのも、石器は400万年まえのアウストラピテクスから発見されており、またチンパンジーなども簡単な石器を作ることが知られているが、間違いなく道具として使われたことが確認できる骨器は50万年前のエレクトスの遺跡からしかこれまで見つかっていなかった。

今日紹介するスペイン国立歴史学研究所と米国インディアナ大学からの論文は、人類進化研究の重要な地域として注目されているタンザニア オルドバイ峡谷で発見された150万年前の骨器を作っていたと考えられる工房についての研究で、3月5日 Nature にオンライン掲載された)」。

タイトルは「Systematic bone tool production at 1.5 million years ago(150万年前の組織的骨器生産)」だ。

この研究はタンザニア オルドバイ峡谷で発見された150万年前のエレクトスの遺跡から、1万に上るアシューリアン型石器とともにそれに匹敵する骨器と思われる骨の断片を発見したことが全てで、あとはこの骨器が道具として製作されたものであることを証明するための記述に終始している。ただ、これを骨器というのか食べ跡というのかは専門家の議論に任せて、著者の側に立って骨器として紹介を進める。

まず殆どの骨器は2tを超える大型動物の骨を用いており、象やカバ、そしてバッファローの占める割合が多い。そして、多くはフレッシュな骨を割って骨髄を取り出したあと、道具へと加工されたことがわかる。一部は死後時間がたってから道具に使ったと考えられ、映画に出てくるような骨格になった骨を使った可能性は低い。

アシューリアン石器はそれ以前の石器と異なり、何度も叩くことでエッジを歯のように細工していることが特徴で、人間が目的を表象し、それに会わせたプランを作ることができるようになった証拠と考えられているが、骨器も同じような細工が行われて、斧や包丁のような形態が作られていることが写真で示されている。

重要なのは、石器と異なり長くて大きな道具が骨から作られていることで、重い石器の間を埋めていることがわかる。

要するに、今回発見された骨は、まさしく道具で、決して食べるときに割ったり砕いたりしたものではないことを様々な方法で確認し、150万年前に骨器が道具として使われたと結論している。

これが最も古い骨器になるが、もしそれ以前にないとすると、エレクトス誕生によってより人間らしい知能を備えて石器を急速に進歩させたのに重なって骨器ができたと考えられる。しかし、なぜこの時点から50万年前まで、様々な場所でエレクトス遺跡があるのに、骨器が発見されないのかという謎が残る。今後の発掘にかかってい入るが、大型の骨器も、最終的に石器に取って代われ、使われなくなったが、その後矢尻などよりファインな胴部の誕生に会わせて復活したと考えるのがいいのかもしれない。しかしアフリカのエレクトス進化から目が離せない。

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3月12日 肥満に至る脳の問題を探る(3月4日号 Cell Metabolism 掲載論文)

2025年3月12日
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ついついお菓子に手が出るのは食べた後の快楽回路が存在するからで、この脳回路が我々を肥満に導いていることはあまり疑う人はいない。実際、動物に甘くて脂肪の多いおいしい食べ物を与えると、ドーパミンが分泌され、快楽回路が活性化される。また、人間でも同じような実験が行われて、この考えを支持してきた。

しかし、今日紹介する米国衛生研究所からの論文は、脂肪分が多く甘い食品に対する人間の反応は決して単純なものでないことを示した研究で、3月4日 Cell Metabolism に掲載された。タイトルは「Brain dopamine responses to ultra-processed milkshakes are highly variable and not significantly related to adiposity in humans(高度に加工したミルクシェークに対する人間のドーパミン反応は極めて多様で肥満との関係は見られない)」だ。

脳内のドーパミン分泌を測るために様々な方法が開発されているが、刺激に応じての反応する時間過程を調べたい場合は PET を用いる。この目的に開発されたのが、炭素11でラベルされた raclopride を用いる PET で、受容体に結合した raclopride はドーパミンが分泌されると受容体から解離するので、アイソトープシグナル減少として測定できる。

研究は単純で、一晩の絶食のあと PET検査を行い、絶食後の PET検査、そしてミルクシェーク摂取後30分の PET検査で、受容体に結合した raclopride の量を測定している。おそらく最初は全員で結合raclopride の減少(=ドーパミン分泌)が見られると予測したと思うが、期待に反し、線条体のドーパミン量の測定値は空腹時とミルクシェーク接種後で殆ど変化を認めていない。

しかも、一人一人受容体に結合した raclopride の変化を調べると、ミルクシェークで解離するケースがある一方、逆に結合が上昇するケースも数多き存在し、実際に食したミルクシェークへの反応は人それぞれということがわかる。

事実それぞれの被検者にミルクシェークを評価させると、ドーパミンが分泌されたレスポンダーは、おいしい、もっとほしいと感じるとともに、絶食後の空腹感が高いことがわかる。かといって、この反応と肥満度や血糖などの身体的指標と比べると、殆ど相関はない。従って、最初ミルクシェークを食べたときの反応だけで将来の肥満度などを予測することはできない。

ただ絶食後の空腹感の強さは強くドーパミン分泌と相関が高いので、この空腹感の多様性の原因を探ることが重要になる。そして、ミルクシェークによく反応した人は、ビュッフェ形式の食事で自由に選んで食べられる状況で、甘くて脂肪の多いクッキーを選ぶ傾向が見られた。

以上が結果で、単純にドーパミン分泌が快楽回路だとするのは人間では当てはまらないが、特に空腹感の強さと相関する脳回路の形成は肥満への危険シグナルになることを示している。

米国では肥満に至る行動を変化させるための研究に大きな助成金が出ているが、動物実験ではなく、人間で調べることの重要性がよくわかる結果だと思う。今後人間の欲に関して単純化して話をするのはやめておこう。

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3月11日 ガン組織で増殖できる細菌による抗ガン免疫誘導メカニズム(3月3日 Cell オンライン掲載論文)

2025年3月11日
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ヘリコバクターを始め様々な細菌がガンの増殖を誘導することが知られている一方、ガン組織の細菌叢を調べる研究が行われた結果、膵臓ガンをはじめとするいくつかのガンで、特に嫌気性菌叢が成立するとガンに対する免疫が誘導されやすく、ガンの予後が改善していることが示され、このブログでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/10700)。「ならば」と、嫌気性腫瘍環境でのみ増殖できる細菌を作成してガン免疫を誘導する研究が行われている。うまくいけば安上がりのガン治療になると期待できる。

今日紹介する深圳先端技術研究所を中心とする中国研究グループからの論文は、腫瘍の嫌気条件だけで増殖できるよう遺伝子改変したサルモネラ菌がガンの増殖を抑えるメカニズムを明らかにした研究で、3月3日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Bacterial immunotherapy leveraging IL-10R hysteresis for both phagocytosis evasion and tumor immunity revitalization(バクテリア免疫療法は、 IL-10受容体のヒステリシスを高め、貪食能と腫瘍免疫の再活性化を誘導する)」だ。

このバクテリアは好気条件では増殖が抑えられる回路を導入されている。驚くのは、静脈注射するだけでガンを移植した嫌気条件に潜り込んでそこで増殖することで、1千万個注射するだけで移植したガンの増殖を強く抑制できる。また、大腸ガン自然発生モデルでもガンの発生を予防できる。この効果がガンに対する免疫誘導であることは、同じガンを他の場所に移植するとすぐに拒絶されるが、他のガンは全く拒絶できない。

期待通り腫瘍組織内のCD8キラー細胞が増加するが、外部からガン組織へのリンパ球流入をブロックしても影響がないので、局所のキラー細胞だけを増殖させている。そして最も驚くのは、この機能が IL-10を抑制することで消失する点だ。IL-10 は抗炎症性のサイトカインで、ガン抑制の逆の作用があると考えられていた。しかし最近になって、キラー細胞の再活性化を強く誘導することが知られるようになり、治験も行われ始めている。その意味で、バクテリア免疫療法が IL-10を介しているという発見は重要だ。

腫瘍組織を調べると、キラーT細胞とマクロファージが IL-10受容体を発現している。さらに、IL-10自体はマクロファージや発見球が発現している。試験管内刺激による研究から、低濃度のIL-10でも、IL-10によって IL-10受容体の発現がさらに誘導されるというサイクルが始まって、キラー細胞やマクロファージが活性化されることがわかった。

そして、腫瘍組織内のマクロファージがバクテリアを貪食した結果 IL-10が誘導され、これがタイトルにあるヒステリシスを誘導し、マクロファージもキラー細胞も活性化サイクルに入ると考えられる。一方で、IL-10 は好中球の腫瘍組織内の活性化を抑え、バクテリアの増殖を維持できるようにしている。

以上が結果で、メカニズムも納得できるので、あとは人間で同じようにガンの抑制が可能か調べるだけになった。人間の場合、原理的には局所注射で十分だと思うが、実現すると安上がりのガンの免疫療法が実現するのではないだろうか。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月10日 新生児期に膵臓β細胞の増殖を誘導できる真菌(3月7日 Science 掲載論文)

2025年3月10日
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乳児期の細菌叢の形成が、ホストの免疫や代謝に大きな影響を及ぼすことは何度も紹介してきた。このとき、細菌叢からの代謝物によりホスト側の細胞がエピジェネティックに変化して、持続的に反応性を変化させることが示されており、持続的な健康を保障するための細菌叢操作をどうすれば良いのか様々な研究が進んでいる。

今日紹介するユタ大学からの論文は、離乳後固形物を食べるようになるまでの時期に真菌の一種の Candida dubliniensis が腸内に発生すると、膵臓のβ細胞の増殖が高まり、将来の糖尿病発生を防ぐという驚くべき研究で、3月7日 Science に掲載された。タイトルは「Neonatal fungi promote lifelong metabolic health through macrophage-dependent b cell development(新生児期の真菌は一生涯続く代謝的健康をマクロファージ依存的β細胞発生を通して保障する)」だ。

この研究のハイライトは、無菌マウスと通常の実験室マウス(SPFマウス)の膵臓のβ細胞量を、大人になってから比べたという一点にある。今まで行われなかったのが不思議だが、無菌マウスではβ細胞量が半分程度に減っている。

細菌叢の効果がいつ発揮されるのかを調べる目的で、殆どの細菌を殺せる抗生物質を様々な時期に投与してβ細胞量を比べると、マウスで10日から21日まで投与した群でだけβ細胞量が低下した。

この時期は離乳期から固形食に変化する時期で、細菌叢も大きな変化が起こる。ただ、この研究ではこの変化とともに真菌に着目し、この時期にマウスでは C.dublinensis が増加し、その後消失する一過性のウェーブが見られることを示している。実際、この真菌を無菌マウスに移植するとβ細胞量が増加する。

このメカニズムを探るため C.dublinensi を投与したマウスの膵臓を調べると、C.dublinensi を投与した群でだけマクロファージの数が上昇していることがわかる。ただ、特に活性化されているわけではなく、C.dublinensi により何らかのメカニズムで膵臓へのリクルートメントが高まると考えられる。

膵臓のマクロファージを一時的に除去する実験を通して、C.dublinensi が効果を発揮するためにはこのマクロファージの上昇が必須で、これにより長く持続するβ細胞の増加が見られることがわかる。そして、その結果投与を受け膵臓内のマクロファージが上昇したマウスは血中インシュリンの濃度が高い。

あとは、マクロファージを誘導する C.dublinensi 側の条件を探り、完全に分子を特定したわけではないが、細胞壁抗生物質の変化が重要で、例えばマンナンの量が低下すると、誘導能力が高まること、あるいは菌糸の形態なども誘導能に関わることを示している。とすると、将来細胞壁成分のみで膵臓の増殖を高める可能性がある。

最後に、こうしてβ細胞の増殖を誘導すると糖尿病の発生を遅らせることができるか、1型糖尿病マウスを用いて調べ、最初の時期にβ細胞を増やしておくと、確かに病気の発症が遅れることを示している。さらに驚くのは、薬剤投与でβ細胞を障害して C.dublinensi を投与すると、回復が早まることも示している。

結果は以上で、離乳後固形食に移る食の変化に応じて起こる細菌相変化とともに、特殊な真菌が増えてマクロファージの膵臓へのリクルートを増やし、β細胞を増やしてくれるという面白い話だ。これが人間にも当てはまるなら、1型、2型を問わず将来の糖尿病発症を抑える方法の開発に繋がる重要な発見だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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