6月7日 母系集団埋葬墓に親族を埋葬する中国大汶口文化の村(6月4日 Nature オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ

6月7日 母系集団埋葬墓に親族を埋葬する中国大汶口文化の村(6月4日 Nature オンライン掲載論文)

2025年6月7日
SNSシェア

日本の古代史の由来や文化を知るためには中国を中心とした東アジアの先史時代の理解が必須になる。事実、現在はポリネシアなどに強く残っているデニソーワ人も、元はチベット周辺に由来しているのではないかと考えられており、現在探索が続いている。また、中国史として記録に残る、紀元前1600年の殷、周より以前の新石器時代の集落の発掘も進んでおり、ゲノム考古学が進む条件が整っている。その結果、中国のゲノム考古学研究論文をトップジャーナルで目にする機会が増えてきた。

詳しくは紹介しないが、先週出版された Science にも現在のベトナム、カンボジア、タイ、インドなどに広がっている Austroasiatic language を使う民族のルーツを雲南省出土の7500年前の古代人たどる論文が発表されていた(Science 388, DOI: 10.1126/science.adq9792)。

このような民族のルーツを探すゲノム考古学に加えて、今最も面白いのはゲノムから当時の文化を解明する方向で、ヨーロッパについてはこれまでも何度も紹介してきた。今日紹介する北京大学考古学研究大学からの論文は、我が国の登呂遺跡のような考古学公園として公開されている山東省大汶口文化遺跡に属する Fujia 地区の2つの墓に埋葬されていた古代人ゲノムの解析で、6月4日 Nature にオンライン掲載されている。タイトルは「Ancient DNA reveals a two-clanned matrilineal community in Neolithic China(古代DNAによって中国新石器時代の2つの母系氏族社会が明らかになった)」だ。

これまでヨーロッパの新石器時代や青銅器時代の同様の研究を紹介してきたが、基本的には男系社会で、女性は外の村に嫁いでいたことが明らかになっている。この研究では2750年から250年、6世代以上が埋葬されているゲノムを解析し、この領域では新石器時代から徹底した母系社会が形成されていたことを明らかにした。

まず、埋葬されている骨の3割程度が二次葬で、他の場所からもう一度運ばれて埋葬されているため、一部の骨が欠損したりしている。

最も大きな驚きは、母方から受け継がれるミトコンドリアのハプロタイプが、墓1では100%、墓2では96.5%一致していることで、埋葬されている男性女性ほぼ全てが特定の母親を祖先として持っていることがわかった。2つの墓で祖先を示すミトコンドリアは異なるハプロタイプなので、それぞれは異なる氏族の墓であることがわかる。この二つが近接して存在することは、氏族形成過程では異なるハプロタイプを持つ二人の女性が同じ村で異なる氏族を形成したことになる

一方男性型を示すY染色体は極めて多様で7種類以上が確認されており、またそれぞれの氏族でもオーバーラップしていることから、少なくとも埋葬という行為では完全に女系ルールが守られていることがわかる。さらに驚くのは、特に夫婦兄弟であるからと言うような埋葬の仕方が行われているのではなく、同じ氏族が同じ場所に埋葬されていること、そして二次葬が存在するということは、他の場所で埋葬されていた骨も、同じ氏族であれば同じ墓に運んでこられたという点だ。

とはいえ、男性が村を去るというようなことはほとんど無かったようで、埋葬されたゲノムには近親相姦ではないが、4-6親等の近縁結婚が行われていた証拠が存在することから、小さな村で男性は他の母系氏族に加わり、死後はもう一度元の氏族の墓に埋葬し直されたと考えられる。

アイソトープから推察される食物についても、ほぼ全てが栽培されたアワと、それで飼育されたブタ、そして貝などの海産物という極めて限られた食材で生きていたことがわかり、人間の長い距離の移動はなかったと考えられる。

以上が結果で、新石器時代に明確な女系社会が存在していた重要な証拠が出たと思う。とはいえ、母系集団埋葬とも言える埋葬形式が徹底しているため、実際の家族社会がどうだったのかは今後の課題になるだろう。我が国で同じような研究がもっと進むことを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月6日 流れを改善する新しい方法2題(6月4日 Nature オンライン掲載論文2報)

2025年6月6日
SNSシェア

6月4日 Nature にオンライン掲載された論文の中に、機械的刺激による脳脊髄液流回復、および塞栓除去による血流再開というトランスレーショナル研究が掲載されていたのでまとめて紹介することにした

最初の論文は韓国生物科学研究所 (KAIST) からの論文で、独自に特定した脳脊髄液灌流システムを刺激して脳脊髄液のクリアランスを高める方法の開発研究だ。タイトルは「Increased CSF drainage by non-invasive manipulation of cervical lymphatics(頸部リンパ節を非観血的に操作することで脳脊髄液の灌流を高められる)」だ。

この研究は血管生物学のトップサイエンティストの一人 Koh さんの研究室からで、2019年 (Nature, Vol 572, 62) 、2024年(Nature, vol 625, 768)と Koh さんたちが独自に特定してきた脳脊髄液がリンパ管へと灌流する流路についての研究の続きになる。Glymphatics は最近の大きなトピックスだが、Koh さんたちの仕事は最終的にリンパ管へとドレーンされる経路を明らかにした点が高く評価されている。

この研究でも、脳室に蛍光デキストランを注入してそれが Prox1 でラベルされたリンパ管を通って流出する経路を追跡するオーソドックスな手法で、それぞれの流れを特に所属リンパ節との関係で明らかにしたあと、頸部リンパ節を通って半分以上の脳脊髄液が流れること、このときリンパ管の平滑筋による運動が便とともに重要な役割を演じることを確認している。

次に、高齢マウスではリンパ管でのNOSシグナルが低下することで、脳脊髄液の流量が30%低下することを発見する。そして、ここからが発想豊かなハイライトだが、ドレーンするリンパ管が存在する目の周り、鼻の側面、そして頸部を1秒間隔で刺激(ほとんど指圧といった感じ)する機械を開発し、これを30分続ける実験を行い、見事にリンパ流とともに脳脊髄液の流量を高められることを発見している。要するに指圧でリンパ流を戻すという伝統的発想に基づいており、さすが Koh さんならではのアイデアだと感心した。老化だけで無く、アルツハイマー病など様々な疾患で脳脊髄液のドレーンを高める必要が認識されているので、人間でも是非試してほしい。

次はスタンフォード大学からの論文で血管内に流れを発生させて血栓を小さくまとめてから除去する方法の開発だ。タイトルは「Milli-spinner thrombectomy(ミリスピナー血栓除去)」だ。

脳塞栓などは血栓を溶かすTPAのおかげで、発作5時間がたっていなければ治療が可能になってきたが、大きな血栓となると溶かすのは簡単でない。そこで、バイパスを設置したり、カテーテルを挿入して血栓を外科的に剥がしとる方法で治療される。カテーテルを用いる方法は、今でも様々な危険性を伴うので、熟練が必要になる。

この研究グループは、血管内で一種の渦を発生させて血栓をコンパクトにまめることができると、それを吸引除去できるのではと着想し、カテーテルの先にヒレのような突起と、その間には長方形の隙間を入れることで、血栓を外側から圧迫してカテーテルの方向へまとめる力が発生することを確認している。

あとは、この方法で対応できる血栓の種類や、除去までにかかる時間などをモデル実験系で確認したあと、除去が比較的難しい赤血球が30%ぐらい混じった固い血栓を、最初はモデル血管実験系、そして最後はブタの腎動脈、及び外頸動脈に血栓を発生させた動物モデルを用いて、この方法で2分ほどで血栓が除去できることを示している。これだとすぐに人間の治験が可能だとは思うが、先行技術がある以上、どの患者さんから始めるかの選択はかなり難しい気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日 アストロサイトとプロトカドヘリン(5月28日 Nature オンライン掲載論文)

2025年6月5日
SNSシェア

プロトカドヘリンについてはこれまで何回か紹介したと思うが、神経細胞に発現するカドヘリンファミリーの接着分子で同じ分子同士結合するのだが、クラシカルなカドヘリンと異なり、同じカドヘリンと結合すると、細胞膜上でクラスターを形成し、これがアクチンの再活性化を促して神経突起の repulsion を誘導する。このおかげで、同じ細胞に同じ神経突起が結合できないようになっている。このため、一個の神経細胞は一個のプロトカドヘリンだけを発現する必要があるが、最近の研究でこれに染色体3D構造調節が関わることも示されている。

今日紹介するUCLAからの論文は、プロトカドヘリンの一つ γC3 が神経細胞ではなくアストロサイトに強く発現している意味を極めてマニアックな実験で示した研究で、5月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Astrocyte morphogenesis requires self-recognition(アストロサイトの形態形成に自己認識が必要)」だ。

これまでプロトカドヘリンというと神経細胞を中心に研究されてきたが、実際にはアストロサイトやミクログリアにも発現が認められることが知られている。この研究では、アストロサイトが γC3 プロトカドヘリンだけを強く発現しているのに注目し、この発現がアストロサイトの機能に必須かどうかを調べるため、まず γC3 遺伝子をノックアウトして調べると、神経発生やアストロサイト同士の関係性にほとんど変化は認められないが、突起を広く伸ばしたアストロサイトの形態が大きく変化し、突起の広がりが減少し、突起間の感覚が減少し、縮こまった感じになることを発見する。

あとは、この変化が γC3 同士の結合、homophilic adhesion によるものかどうかを調べるため、γC3ノックアウトマウスにアストロサイト特異的に様々な構造をもつ γC3 の変異体を導入して、アストロサイトの形態を正常化できるかどうか調べている。

完全ノックアウトマウスのアストロサイトに正常の γC3 を戻すと完全に形態は正常化する。しかし、homophilic adhesion 機能を欠損した γC3 変異体では全く正常化しない。他にも、様々なプロトカドヘリンのドメインを交換して分子構造は異なるが homophilic adhesion は維持されている γC3 を導入する実験を組み合わせて、homophilic adhesion が形態形成に必須であることを示している。

実にプロトカドヘリンを知り抜いたマニアックなプロの実験だが、紹介はこの程度でいいだろう。要するに、アストロサイトは神経とは異なるプロトカドヘリンを強く発現することで、自分の形態を維持していることになる。

メカニズムや、アストロサイト形態異常が神経機能にどう影響するのかについてはほとんど調べられていないが、神経と同じで homophilic adhesion が突起同士の反発に関わるとすると、自分の突起が自分に結合するのを防ぐというプロトカドヘリンの性質をうまく使って、細胞突起を広く広げるのに使っていることになる。しかし、神経機能に及ぼす影響が気になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月4日 体内の血液幹細胞に遺伝子を直接導入する(5月28日 Natureオンライン掲載論文)

2025年6月4日
SNSシェア

イタリア・ミラノにあるサンラファエロ研究所は遺伝子治療のダイナミックな研究を発表し続けている研究所で、今振り返ってみるとなんと7回も論文を紹介している。論文を読むとき最初は著者は気にしないようにしているので、面白いと引きつける研究が多いのだと思う。

今日紹介する論文は2022年6月に紹介したCXCR4に対する抗体を使って血液幹細胞を末梢に追い出し遺伝子導入した骨髄細胞を定着させるという、患者さんに負担の少ない遺伝子治療開発を目指すプロジェクト(https://aasj.jp/news/watch/19804)の一つで、今度は直接遺伝子を静脈注射して遺伝子治療を行うための条件を調べた研究だ。5月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「In vivo haemopoietic stem cell gene therapy enabled by postnatal trafficking(生後の造血幹細胞の移動が生体内での遺伝子治療を可能にする)」だ。

難しいテクノロジーは全く使わない驚くほどシンプルな研究で、レンチウイルスに導入した蛍光マーカー遺伝子を直接マウスに注射して、造血幹細胞に導入する条件を探索しているだけだ。とはいえ、ベクターを直接注射してもまず遺伝子は導入できない。

この理由を考えると、最も未熟な幹細胞は骨髄では静止期にあることが多い。そのため、骨髄移植には徹底的な幹細胞アブレーションが必要になる。著者らは胎児造血から骨髄造血へと移行する時期は、一度末梢に造血幹細胞が流れたあと骨髄ニッチに定着して増殖を始めるので、この時期を狙えば直接遺伝子導入が可能ではないかと着想する。

そこで、末梢血に血液幹細胞が多く流れる時期を探すと、期待通り新生児期に幹細胞が骨髄へと移動するとき末梢血中の数が上昇することを確認する。この時期にレンチウイルスに組み込んだGFPを静脈注射すると、うまくいった場合20%近い幹細胞に遺伝子導入が可能で、導入した遺伝子の組み込みサイトから、かなりの数の遺伝子導入された幹細胞が長期間造血を続けることを発見する。

あとは、これまでの研究に基づきインターフェロンを阻害したとき、またCD47を強く発現してマクロファージの取り込みを防ぐことで、さらに遺伝子導入の効率を高められることを示している。

このように、新生児期という限られた時期を狙えば、ウイルスベクターを静脈注射するだけで幹細胞への遺伝子導入が可能であることを確認できたので、小児の遺伝性の免疫不全や遺伝子疾患モデルの治療を試みている。Adenosine-deaminase (ADA) 欠損症と、DNA修復異常の Fanconi 貧血をモデルとしているが、Fanconi の方だけ紹介する。

Fanconi 貧血の場合元々造血幹細胞の数は低いが、新生児期にベクターを注射すると、時間とともに白血球数やリンパ球数が正常化するのが見られる。さらに、マウスをマイトマイシンで処理すると、修復異常により貧血を悪化させることができるが、遺伝子導入後にこの処理を行うと、遺伝子導入された幹細胞のより選択的な増殖を観察することができ、貧血もほぼ完全に治療できる。

最後に、人間についても新生児期から18ヶ月まで末梢血の幹細胞数を調べ、マウスと同じように末梢血に幹細胞が流れて、骨髄への移動が見られることを示し、すぐに人間でも臨床治験を行える可能性を示唆している。

他にも、新生児期でなくても、生後の早い時期であればG-CSFを注射して幹細胞をもう一度末梢に動員することでも直接遺伝子導入が可能であることも検討したりしているが、とりあえずは遺伝子疾患を胎児期に特定して、生後すぐに遺伝子を注射という治験が行われると期待している。

単純だが臨床へのトランスレーション意図が明確な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月3日 腸内細菌の要Bacterioidesが炎症を抑えるメカニズム:現象論から因果性へ(5月30日Cell Host & Microbiome オンライン掲載論文)

2025年6月3日
SNSシェア

腸内細菌叢が介入可能な「もう一人の私」として重要なことは明らかだが、次世代シークエンサーの普及でこの分野が進展し始めた頃は、もっぱら、どのタイプの菌が増えたとか多様性が減じたとかと言った現象論にとどまっていて、そこから生まれる介入方法は結局細菌叢の移植を超えることはなかった。しかし、全ゲノム研究が進み、それぞれのバクテリアの機能面が明らかになってくると、ホストとの関係をより因果的に研究できるようになった。

この流れの先頭を切っているのがこのブログでも何回も紹介した MITのRamnik J Xavier さんで、読んで面白い論文を発表し続けている研究者の一人だ。今日紹介する論文はこの Xavier 研からの論文で、Bacterioides が合成するスフィンゴリピッド (SpL) がコレステロール合成系を介して IL-10 分泌を誘導して腸内の炎症を低下させることを示した面白い研究で、5月30日Cell Host & Microbeに掲載された。タイトルは「Bacteroides sphingolipids promote anti-inflammatory responses through the mevalonate pathway(Bacterioides 由来のスフィンゴリピッドはメバロン酸経路を介して抗炎症反応を促進する)」だ。

昨日に続いて今日も SpL の話になるが、今日は腸内細菌叢の主要構成要素の Bacterioides が合成するSpL の話だ。これまでの解析から腸内細菌叢のなかで SpL を合成する能力があるのは Bacterioides 属だけであることがわかっており、Xavier らはこの合成の酵素spt をノックアウトした Bacterioides は腸内炎症を抑制する能力が低下し、逆に炎症を亢進させることを2019年に明らかにした(Cell Host & Microbe 25, 668–680, May 8, 2019)。

それからほぼ6年、炎症を抑える脂質成分を追求した結果がこの論文になる。炎症を収める野生型のBacteriodes (BTW) と spt 酵素がノックアウトされた結果炎症を促進する Bacterioides (BTspt) の脂質成分を比較するとともに、BTWの脂質がホストに働くとき重要と考えられている細胞膜由来粒子 (OMV) の脂質成分を比較して、BTWでだけ合成され、しかもOMVで濃縮している脂質として哺乳動物には存在せず、主に昆虫に存在している SpL、dihydroceramide phosphoethanolamine (CerPE) であることを突き止める。

そして、1)BTW由来 CerPE が OMV に運ばれ、腸管上皮や血液系の細胞に取り込まれたあと、24時間以上細胞内にとどまれること、2)この結果 OMV は腸内の炎症を抑えることができること、3)炎症抑制は IL-10 分泌と IL-1β 分泌抑制が関わること、4)このうち IL-10 合成はコレステロール合成経路のメバロン酸合成過程を CerPE が促進することにより、抗コレステロール薬スタチンでこの効果をブロックできること、を明らかにしている。

CerEP がメバロン酸合成経路を高めるメカニズムは明確ではないが、この結果は様々な意味で重要だ。

まず、これまで OMV はバクテリアから遺伝子やタンパク質の運び屋としてホストに作用していると考えられてきたが、中身がなくてもそれが合成される脂質自体でホストの反応を誘導できることは、OMV を考える点で大きな転換点となるだろう。

さらに、異質な脂質がホストに抗炎症メディエータとして働くことで、哺乳動物の発生以来続く Bacterioides の共生関係を築いてきたことも面白い。もちろん、腸内炎症を抑える新しい方法の開発や、私も服用しているスタチンの作用を理解する意味でも重要な論文だと思う。本当にプロの研究だと感心する。

さて、話は変わりますが、私は今日で77歳喜寿を迎えました。うれしいことに、先週、プログラムディレクターを務めたさきがけプロジェクトの同窓生が研究報告会を開催してくれ、彼らの活躍ぶりにふれることができました。そのとき喜寿のお祝いとしてTシャツをプレゼントしてくれたので、これを着て自身の近影を皆様に紹介することにしました。

  バックに使ったのは、東京藝大大学院を卒業したばかりの小坂初穗さん(https://www.suteki-art.com/artists/%E5%B0%8F%E5%9D%82-%E5%88%9D%E7%A9%82/)の作品です。ここまで生きてこられたのは本当にありがたいことですが、歳を重ねるということは様々な苦しみが積み重ることでもあります。多くの友人を失う悲しみが日常になります。また昨日までできたことができなくなります。それでも残った能力でできることに精一杯チャレンジして、黙々と生きていこうという決意が喜寿を迎えるということだと思っています。小坂さんの象の絵は私の家にある唯一の具象画ですが、この老人の気持ちを本当にうまく表現しているように感じており、デスクの横に飾って毎日見ています。是非皆様もご鑑賞ください。

  論文ウォッチもなんと4500回を超えました。次は5000回を目指し、途切れることく喜寿を超えて生きている老人の毎日の興奮を伝えていきたいと思っています。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月2日 NK細胞と脂質:複雑な脂質機能の一端を覗える論文(6月26日号 Cell 掲載論文)

2025年6月2日
SNSシェア

一般の人が脂質と聞くと、飽和/不飽和脂肪酸、トライグリセライド、コレステロールを思い浮かべると思うが、実際には細胞膜形成に必要な構造脂質、エネルギー代謝に関わる脂質、プロスタグランディンなどのシグナル伝達脂質、ビタミンなどのコファクター脂質など様々な機能を担う脂質が存在し、全体像が語れるのはかなりのプロだけで、現役時代は医科研の竹縄さんのような本当のプロに教えてもらうしかなかった。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、脂質機能の複雑さがよくわかる論文で、6月26日号の Cell に掲載予定の研究だ。タイトルは「Selective requirement of glycosphingolipid synthesis for natural killer and cytotoxic T cells(グリコスフィンゴリピッド合成はNK細胞と細胞障害性T細胞に選択的に必要とされる)」だ。

タイトルにあるグリコスフィンゴリピッド (GSL) はセラミドと糖質が結合した脂質で、細胞膜に存在して細胞間相互作用に関わることが知られている。私の現役時代から、GSLの一つのアシアロGM1がNK細胞を特異的に除去する分子マーカーになることが知られ、利用されていた。

ただ、今日紹介する論文は脂質代謝のプロからの研究ではなく、免疫とサイトカインの研究では大御所の一人と言えるJohn J. O’Shea研究室からの論文で、NK細胞で働いているスーパーエンハンサー (SE) の探索から始まっている。

これまで何度も紹介したようにSEは一つの遺伝子の発現を高めるために多くのエンハンサーが動員される仕組みで、細胞特異的に特定の遺伝子発現を高めるとき形成される。この研究ではNK細胞に重要な分子を知るという目的でエンハンサーコンプレックスに存在する p300 が濃縮されている領域を探索し、これまでNK機能に重要とされてきた遺伝子に伍して、セラミドに糖鎖を添加する酵素 UGCG がリストのトップに来ることを発見する。

当然NKマーカーasialoGM1のことを思い浮かべたと思うが、この酵素は様々な糖脂質合成の根幹にあるので、ノックアウトでその機能を調べている。まず、NK細胞特異的に UGCG をノックアウトすると、NK細胞がほぼ消失する。さらに血液系全体で UGCG をノックアウトすると、他の細胞には大きな影響がなく、NK細胞が特異的に減少することがわかった。

幸いこの酵素に対する特異的阻害剤 Ibiglustat (IGS) が存在するので、IGS投与実験を行いNK細胞への影響を調べると、細胞障害性の分子が詰まった顆粒の数が低下し、また標的と相互作用したときに起こる脱顆粒が低下、その後NK細胞が死ぬことを発見する。そしてこの経路で合成される LacCer を細胞外からNK細胞に添加すると、IGSによるNK細胞死が防げることを発見する。

以上の結果から、UCGC はグリコスフィンゴリピッドを供給することで、アシアロGM1などを介する標的とNK細胞の相互作用に関わるとともに、細胞障害性顆粒の維持と、脱顆粒プロセスに必須で、これが欠損するとNKの細胞障害性機能は完全に失われる。さらに LacCer 合成を通してNK細胞自身が細胞障害性分子の作用で死ぬのを防御していることが明らかになった。

即ち、細胞障害性を獲得するための必要条件を実現する仕組みとして UCGC による糖脂質合成が存在することがわかるが、だとすると血液全体で UCGC をノックアウトしてもキラー細胞が減少しないことは不思議になる。そして、キラー細胞は抗原で刺激されたときには UCGC を強く発現し、ガンやウイルス感染時にキラー機能を維持するための糖脂質を供給するとともに、記憶キラー細胞を形成できるよう細胞死が起こらないよう守っていることが明らかになった。

以上のように、脂質の機能は本当に複雑だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月1日 再生時の手のプログラムの記憶:妥協のない研究(5月21日 Nature オンライン掲載論文)

2025年6月1日
SNSシェア

四肢の再生の研究は古くからイモリやアホロートルなど両生類で行われ、発生学の一大分野として多くの研究者を擁してきた。例えば我が国では京大や基礎生物学研究所を経て熊本大学学長をされた江口先生がパイオニアだった。この研究の面白さは、四肢を切断して再生を誘導するだけでなく、組織を移植して新しい手を形成させたり、移植の代わりに分泌因子を局所的に発現させて手を形成させたり、あるいは指の数を変化させたり、様々な操作が可能な点にあった。ただ論文を読んでいると、おそらく研究者の数が減ってきているように思う。その最大の理由は、クリスパーが開発されたあとも遺伝子操作が簡単でないことだと思う。

ただこの問題は妥協せずにやる気になれば解決できることを、今日紹介するウィーンにあるバイオセンターの Elly Tanaka さんの研究室からの論文が見事に示してくれた。タイトルは「Molecular basis of positional memory in limb regeneration(四肢再生時の位置情報の記憶の分子基盤)」で、5月21日 Nature にオンライン掲載された。

Tanaka さんは四肢再生で形成される再生芽が分化細胞のリプログラムにより起こることをアホロートルを用いて見事に証明した研究者で、ドレスデンから今はオーストリアに移って研究を続けているようだ。この論文の question は手を切断した場所に形成される再生芽に、腕のプログラムに従った前と後ろの記憶をどう伝えるかだ。

これまでも様々な操作実験を通して、FGF、shh という分化因子がこれに関わることはわかっていたが、これを実現する細胞動態についてはほとんどわかっていなかった。この問題を解くため、Tanakaさんは遺伝子ノックアウトは言うに及ばす、遺伝的な分子マーカー発現による細胞の追跡、標識による細胞ソーティングなど、遺伝的な仕掛けを駆使して妥協のない実験を行っている。書くのは簡単だが、人口の少ない非モデル動物でこれらの遺伝操作を利用できようにするのは大変な努力が必要だと思う。

さて答えだが、shh を発生時に発現した細胞を遺伝的に標識すると、この細胞が腕から手にかけて後ろ側に分布していること、成熟後は shh の発現はほとんど無くなるが、切断されると、発生時に shh を発現していた細胞だけが shh を強く発現するようになることを示している。すなわち、発生時の shh陽性細胞が腕と手の後ろ側に分布して、この細胞だけが再生誘導時に shh を発現することが、再生時の位置情報になっていることを示している。このように、遺伝的細胞追跡を可能にしたことがこの発見に繋がった。

次に、発生時や再生時に shh を誘導する分子を探索し、shh の発現が Hand2転写因子により量的に調節されていることを発見している。Hand2 は腕や手の後ろ側でだけ発現し、成熟後も低いレベルで発現が維持される。この低いレベルの Hand2 発現が、腕や手の前後を決めている。そして、手が切断されると、局所的に Hand2 の発現が上昇し、その結果それまで抑えられていた shh が発現することで、新たに形成された再生芽に後ろ側がどちらかという情報を提供している。

四肢再生の面白さの象徴と言える実験に、正常の腕に後ろ側の組織を移植すると、手が新たに形成されるが、前側の組織を後ろに移植しても何も起こらないという現象がある。Tanaka さんは、腕の前側と後ろ側の細胞を遺伝的に標識し、それをソーティング後移植する実験を行い、前側に後ろ側の細胞を移植したときだけ新しい手が形成されることを示したあと、移植した細胞が新たに shh を発現できることがこの現象の鍵になっていることを示している。即ち、発生時 shh を発現し、その結果 Hand2 を低いレベルで発現した細胞だけが新しく shh を分泌できる記憶を持っており、これが再生時に前と後ろの区別が正確に伝えられる理由であることを示している。

さらに、前と後ろを分子マーカーで標識したあと、前と後ろに移植する実験を行い、前側の細胞はプログラムを後ろ側にスイッチできるが、後ろ側は前側に移植しても記憶が維持されることを示している。

他にも重要な実験が示されているが、割愛してもいいだろう。職人技に支えられた再生研究はこれまでどこかでモデル動物とは違うことを理由に妥協が行われていた。これにたいし Tanaka さんはモデル動物と同じレベルの遺伝子操作法を導入し、妥協しない研究とは何かを見事に示したと思う。是非若い研究者には読んでほしい論文だ。彼女に最後に会ったのは、彼女がドレスデン大学にいるときに研究室のリトリートに参加したときだ。そのあと10年以上かけてこれだけの系を完成させたことに深い感銘を受けた。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月31日 迷走神経刺激による脊髄損傷のリハビリ治療効果促進(5月21日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月31日
SNSシェア

しゃっくりの時に舌を引き出して治すのは迷走神経末梢枝を刺激して、横隔膜の感覚・中枢・運動神経回路を刺激し、しゃっくり反射回路を止めるのが目的だが、迷走神経が脳と身体をつなぐ神経回路の要であることを利用して、頸部の迷走神経主幹部の刺激を様々な病気の治療に使う試みが続けられてきた。その結果、難治性てんかんやうつ病にまで効果が見られるという臨床研究が発表されている。

この方法が病気の治療だけでなく、脳卒中のあとのリハビリテーションを促進することを完全にコントロールした国際治験が2021年4月の The Lancet に発表されたが(日経メディカル紹介記事:https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/hotnews/lancet/202105/570285.html)、その効果は極めて高く驚いた。我が国では臨床で利用されていない可能性が高いと思うが、期待している。

今日紹介するテキサス大学ダラス校からの論文は、頸部迷走神経主幹部への刺激装置を小型化して、これを脊髄損傷による上肢のリハビリテーションの促進に使えないか調べた研究で、迷走神経刺激がますます拡大していることを認識できる研究だ。驚くことに、このような臨床研究を Nature が採択し、5月21日オンライン掲載されている。タイトルは「Closed-loop vagus nerve stimulation aids recovery from spinal cord injury(Closed loop迷走神経刺激は脊髄損傷からの回復を支援する)」だ。

オープンアクセスなので、実際の論文の図のURLを示しながら解説するが、対象は脊髄神経の一部が残っている不完全脊損の患者さんで、損傷後5年以内の19例について、同じ方法のリハビリテーションを行いながら、片方では迷走神経刺激を運動の状態に合わせて制御するclosed loop回路で刺激している(https://www.nature.com/articles/s41586-025-09028-5/figures/1)。

刺激は完全にそれぞれの個人に合わせて、しかもリハビリテーション時の運動能力に合わせた刺激が提供される。ただ、刺激されているのは迷走神経なので、刺激に応じてアセチルコリン、ノルアドレナリン、セロトニンなどが脳内で放出されて、神経回路の可塑性が高まることを狙っている。

リハビリテーションも工夫されており、つまんだり、回したり、スティックを動かしたり、図で示した様々な運動を組み合わせるとともに、能力に合わせたテレビゲームを行って、回復を試すことができるようになっている(https://www.nature.com/articles/s41586-025-09028-5/figures/3)。

この研究では18リハビリセッション、36日目に効果が調べられているが、専門家が評価してリハビリテーションの効果を様々な運動で確かめることができている。

最初の治験ではリハビリを行うときに、作業療法に関わる人がスイッチを押す方法で刺激が行われていたが、運動に応じて完全に自動化する機械もテストしている。その結果、コントロールと比べはっきりと腕と手の運動能力が高まっている。

一方で迷走神経を刺激することで心配される心拍数低下などの副作用が見られる心配はあるが、おそらく副交感神経興奮などで代償されるのか、それほど大きな問題にはなっていないようだ。

リハビリテーションに対するモティベーションを維持するのが回復への鍵になるが、人での問題、また患者さんの気力の問題などで、時間がたつとともにモティベーションは下がってしまう。しかし、自動化されたシステムで、しかもクローズループ回路を利用して個人に合わせた迷走神経刺激で回復が実感できれば、臨床的には大きな進歩になると思う。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月30日 PPARα活性化剤の作用機序(5月28日Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年5月30日
SNSシェア

動脈硬化による心血管障害のリスクを下げる目的でフィブラート系薬剤が使われており、この薬剤が高脂血症を抑え、心臓死を抑える効果があることがいくつかのコホート研究で示されている。ただ、PPARαは遺伝子制御因子として本来の遺伝子結合部位に結合して下流の遺伝子発現を調節するだけでなく、transrepressive 作用と呼ばれる、他の転写因子の作用を抑える作用も持っているので、薬剤が効果を示すメカニズムをさらに明らかにする必要があった。

今日紹介するフランスリールにあるパストゥール研究所からの論文は、高脂血症により強い動脈硬化が生じるマウスで、PPARαの発現場所、そして作用モードを変化させられるようにして、PPARα活性化剤フィブラートの作用を調べた研究で、5月28日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Anti-inflammatory, but not lipid-lowering, activity of hepatocyte PPARα improves atherosclerosis in Ldlr-deficient mice(LDL受容体欠損マウスの動脈硬化は、PPARαの脂肪抑制効果ではなく、抗炎症作用を介して改善している)」だ。

この研究では、LDL受容体ノックアウトマウスに高脂肪食を与えて高脂血症を誘導している。このマウスにフィブラートを経口摂取させると、高脂血症が抑えられ、動脈硬化を抑えられる。

ただ、PPARα は様々な組織に発現しているので、フィブラートの効果が肝臓の PPARαを介して作用しているかを調べるため、アデノ随伴ウイルスに PPARα遺伝子を組み込んで、LDL受容体欠損と PPARα欠損を組み合わせたマウスに静脈注射することで、肝臓だけに PPARα が復元したマウスを作成し、これにフィブラートを投与している。

期待通りフィブラートは高脂肪血症を抑え、動脈硬化の発生をおさえることから、フィブラートの効果は基本的に肝臓の PPARα 活性化を介していることが明らかになった。 

この研究のハイライトは、今度はこの系に脂肪合成に関わる転写因子としての PPARα 活性が欠損しているが炎症性サイトカインの分泌に関わる transrepressive 作用が残っている変異PPARα を、アデノ随伴ウイルスに組み込んで、肝臓に導入し、このマウスにフィブラートを接種させていることである。接種後、期待通りにIL-1βをはじめとする様々な炎症性サイトカインの発現が強く抑制されるが、それとともに一定程度高脂血症も抑えられ、しかも完全に動脈硬化のリスクを抑えることができた。

以上の結果は、フィブラートは、これまで疑うこともなく当然とされていた脂肪やコレステロール合成を直接抑える転写因子の作用を介するのではなく、他の転写因子の活性を変化させるtransrepressive作用により自然炎症を抑えることが主要因であることを示している。

これを確かめるために、肝臓の single cell mRNA analysis を行い、肝臓での炎症促進分子の発現が抑えられ、この結果、肝臓への白血球の浸潤と炎症誘導、血中 IL-1βの上昇が抑えられていることを確認している。

以上が結果で、PPARαが本来の脂質代謝調節とは独立して、Transrepressive作用を介して炎症性サイトカインの転写抑制に関わることがわかっていても、脂質代謝を標的としていると決め込んで臨床で使ってきたという、私たちの先入観に鋭く切り込んだ面白い研究だと思う。フィブラートの有用性については、何ら変わるところはないと思うが、炎症を中心に患者さんの経過を見ていくことが重要になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月29日 スピロヘータ科ボレリア属の人間への適応:ダニからシラミへ(5月22日号 Science 掲載論文)

2025年5月29日
SNSシェア

スピロヘータ科のボレリア属はライム病や回帰熱の原因菌で、マダニにより媒介されるライム病は現在もなお感染が見られる。多くは、他の動物により維持されていることが多く、ハイキングでマダニに噛まれて感染する。このように、ボレリアの多くはダニによる感染で、動物がダニとボレリアを維持するこが多いが、ダニからシラミに宿主を換えた回帰熱の原因になるボレリアは、人間特異的な病原菌へと変化した。

今日紹介する University College London からの論文は、ボレリアがダニからシラミにベクターを乗り換えて人間特有の回帰熱の病原菌へと変化した歴史を古代ゲノムから明らかにしようとした面白い研究で、5月22日号 Science に掲載された。タイトルは「ボレリア菌の古代ゲノムはシラミにより媒介される回帰熱の進化の歴史を明らかにする」だ。

埋葬されていた人間の骨髄からは人間以外の様々なDNAが検出されるが、その個体が生きていた時期に存在していることが確認できると、当時の様々な細菌のゲノムを調べる材料になる。例えば現在の歯周病に関わる菌のいくつかはネアンデルタール人の歯石から検出できる。

この研究ではその中からボレリアでシラミへとベクターを乗り換えた B.recurrentis のゲノムを探索し、鉄器時代から中世までのボレリアゲノムを再構成することに成功している。

現存のボレリアゲノム研究から、シラミに乗り換えた B.recurrentis ではゲノムのサイズが減少し、病原性が高まることが示され、大きなゲノム変化が起こっており、ダニからシラミへの転換を追跡するのは簡単ではなかった。この研究で、2200年前の英国鉄器時代のボレリアが再構成されることで、かなり正確な系統樹を書くことに成功し、最も近いダニ媒介の回帰熱菌 B.Duttoni と約5.6千年前に分離したことがわかった。

重要なことは鉄器時代のボレリアと、中世のボレリア、そして現代のボレリアはそれほど大きな変化が見られないことで、種が分岐してから大きな変化がないとすると、おそらく5−6000年前にシラミへの乗り換えが起こったと想像できる。面白いのは、この時期に人間は定住が進みヒツジなどの家畜の飼育が進み、毛皮などを用いた衣服を着用するようになったらしい。即ち、ケジラミからコロモシラミへの転換とともに、ボレリアが人から人へと感染する病原菌になった可能性が示唆される。ただ、この乗り換えを後押しする決定的な遺伝要因を特定するには至っていない。

一旦 B.reccurentis が分岐してからの変化は大きくないとはいえ、しかし B.duttoni からゲノムに組み込まれたプラスミドを中心に2割ゲノムサイズが低下している。ほとんどは不活化されているプラスミドなのでシラミへの乗り換えでゲノムサイズを落とす適応が起こったと考えられる。

ただ、必ずしも遺伝子の数が減る方向だけではなく、実際 B.recurrentis になって165個の新しい遺伝子が獲得されているので、極めてフレキシブルな進化が、主にプラスミドを媒介として起こっていることがわかる。おそらくこの中にシラミへの乗り換えに関わる遺伝子も存在するのではないだろうか。

次に、2200年前と中世・現在のボレリアの違いを調べると、例えばプラスミドの分離に関わるボレリアに広く分布する遺伝子が中世型への変化で失われ、新しい遠縁の分子で担われるようになっていたり、組み換えに用いられる RecA が欠損したりと、なかなか面白そうな変化が見られる。これが、人間の回帰熱の歴史とどう関わるのか興味を引くが、今後の課題になる。

他にも点突然変異を調べていくと、ホストの免疫から逃れる仕組みを中心に変化が見られるのも面白い。

以上、まだ病気の歴史とボレリアの歴史を対応するところまではできていないが、古代ゲノムの研究から分岐してきた古代病原菌の研究は人間の進化過程の解明に欠かせない。

カテゴリ:論文ウォッチ
2025年7月
« 6月  
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031