11月2日 免疫の老いは中年から急に始まる(10月29日 Nature オンライン掲載論文)
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11月2日 免疫の老いは中年から急に始まる(10月29日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月2日
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人間では自由な操作実験が難しいため、代わりにモデル動物を用いて研究が行われている。とは言え、画像診断や一部の機能テスト、そして採血による血液検査、あるいは死後組織などを用いて人間を徹底的に調べ尽くす研究が各時代のレベルに合わせて進められてきた。

今日紹介するアレン免疫研究所からの論文は、青年期(25-35歳)と中年から初老(55-65歳)にかけて血液検査で調べられる最も詳しい検査を行い、高齢への入り口で起こる免疫系の変化を調べた研究で、10月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Multi-omic profiling reveals age-related immune dynamics in healthy adults(マルチオミックスにより健康人の免疫動態が明らかになる)」だ。

アレン研究所というとマイクロソフト創業者の一人 Paul Allen の寄付で始まった脳の研究所で、死後脳の組織コレクションや徹底的なオミックスを通して研究領域にリソースを提供するので有名だ。脳の遺伝子発現を詳細に調べた Allen Human Brain Atlas は中でも有名で、自閉症や精神疾患のゲノム研究には欠かせないデータになっている。

このように私の頭の中ではアレン研究所=脳研究所だったが、実際には細胞生物学や免疫学まで分野を拡大してきたようだ。ただ、アレン研究所の伝統を組んで、免疫研究所から発表されたこの論文も、人間に対象を絞り、青年と中年の血液のプロテオミックスとともに血液内の細胞成分の single cell RNA sequencing を徹底的(即ちお金をかけて多くの細胞を調べる)で行い、膨大なデータを提供した研究と言える。

ただそれだけでは論文にならないので、この時期に最も遺伝子発現の変化が見られる免疫系に焦点を絞って解析したのがこの研究になる。リンパ球を何十ものサブセットに分け、一つ一つのサブセットでの遺伝子変化を調べる大変な仕事だが、これによりまずはっきりしたのが年齢による変化が起こるのはT細胞が最も顕著で、特にCD4T細胞での遺伝子変化が中年への変化をガイドしていることになる。

これまで、高齢者についての免疫を徹底的に調べることは行われてきたが、この研究のように中年期に絞って多くのデータを集めた試みは少ない。ただこれまでの高齢者のデータと突き合わせると、中年期に起こった変化が老年期にも持ち越されるようで、老年期へのシフトを知る意味でこの研究の意味は大きい。

研究自体は膨大なデータの集まりで、研究者の目で一つ一つ見ることが重要になるが、論文紹介としては重要ないくつかの点を列挙するのに留めたいと思う。要するにこのような大規模データを生成し提供したことが最も重要な業績になる。

  • 特異的な免疫について、サイトメガロウイルス慢性感染、及びインフルエンザワクチンへの反応で調べている。サイトメガロウイルス慢性感染は人間の免疫機能に最も大きな影響を及ぼすとされてきたが、青年期と中年期でほとんど変化は見られない。一方、インフルエンザワクチンに対する反応では、抗体反応が全体に低下し、ノンレスポンダーの数が増える。また、IL-4依存的なIgG2へのクラススイッチが上昇している。
  • このような変化の一部はメモリーB細胞の年齢による変化を反映する可能性もあるが、ほとんどはT細胞サブセットや遺伝子発現の変化の結果と考えることができる。
  • ザクッと言ってしまうと、T細胞の中でもTh2と呼ばれるメモリーT細胞の方向にT細胞が引っ張られることで、この結果IL-4やインターフェロンγを多く分泌するT細胞が増えた結果、自己免疫反応やIgG2へバイアスのかかった抗体反応につながる。
  • 転写因子の発現から見て、Th2へのバイアスは抗原刺激によるシグナルが全体的に低下したことによる。

以上が詳細を省いた大きなまとめになるが、結局は脳と同じで抗原への反応性が落ちていくのが引き金で、それが中年期から始まるというのが面白い。ただ、これは末梢血だけで、今後解剖や手術サンプルを含めたリンパ組織などのデータが集まると、実験が難しい人間でも多くのことがわかると思う。

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11月1日 鯨の長生きの秘密(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月1日
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ずいぶん昔になるがこのブログでなぜゾウは身体が大きい(=増殖が必要)のに長生きでガンにならない理由について、LIF6と呼ばれるゾウ独特の分子によりDNA損傷でp53の発現が上昇するとともに死にかけの細胞の細胞死が促進され新陳代謝が上昇する結果だ、とするシカゴ大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8808)。

今日紹介する米国ロチェスター大学からの論文は、鯨の長生きの秘密を、調査捕鯨から得られた鯨の皮膚線維芽細胞の培養を用いて探索し、CIRBPと呼ばれるDNA修復を助ける分子による修復の効率化がその原因であることを明らかにした論文で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Evidence for improved DNA repair in long-lived bowhead whale(ホッキョククジラではDNA修復の効率が改善されている)」だ。

アラスカでの沿岸調査捕鯨で得られたホッキョククジラが陸揚げされたとき皮膚を現場で処理し、そのまま培地に漬けてロチェスター大学に運び線維芽細胞株を樹立している。すなわち、この研究のほとんどは、樹立された線維芽細胞で老化やガン化に関わる性質、異常増殖、細胞死、DNA修復等を調べ、ホッキョククジラがガンにならずに200年以上も生きる秘密を探っている。

まず細胞の継代を繰り返し細胞老化が起こるか調べると、マウスやヒトの線維芽細胞と同じように老化する。また、ゾウで見られるような細胞死の促進、即ち senolysis も見られないし、ゾウのようにLIF6によりp53が上昇する事もない。

ではガン遺伝子による異常増殖が起こりにくいのか、いくつかのガン遺伝子や癌抑制遺伝子を導入して調べると、マウスやヒトの線維芽細胞と同じようにガン化する。とすると、基本的にはガン化のシグナルが発生しにくい、即ち遺伝子変異が起きにくいと考えられる。

ガン遺伝子でガン化させ増殖を続けた細胞のゲノム変位数を調べると、ヒトやマウスと比べると遺伝子変位の頻度が大きく低下していることが明らかになり、ホッキョククジラではおそらく遺伝子修復効率が高まっていると考えられた。

そこで、様々な修復アッセイを行い、最終的に二重鎖切断の際の修復効率がヒトやマウスと比べ数倍高まっていること、これはエンドジョイニングと呼ばれる修復も、相同組み換えによる修復も同様に高まっていることを明らかにした。しかも、エンドジョイニングによる修復の正確さは群を抜いており、特定の箇所に切断を入れるCRISPR-Casを用いて切断部位の修復精度を調べると、精度はヒトの2倍以上で、しかも挿入や欠失の頻度はさらに少ない。

なぜこのような精度の高い修復が可能なのかについて修復に関わる分子の発現量を比べると、ヒトやマウスで発現がほとんど見られない CIRBP がクジラだけで強く発現していることがわかった。この発現をノックダウンで抑えると、エンドジョイニングの頻度や精度が低下することから、クジラの正確なDNA修復の秘密はもっぱら CIRBP の発現が高いためであることがわかった。

さらに、放射線照射した後の染色体異常の阻止効率を調べると、ヒトの CIRBP でも一定の効果があるが、クジラの CIRBP の方が阻止効率が高く、分子機能自体としても進化していることがわかった。

ここまで来ると、是非トランスジェニックマウスの結果を知りたいところだが、発ガンを抑えることは報告されているが、長生きという報告はない。この研究では代わりにショウジョウバエに遺伝子導入し寿命を調べ、少しだが寿命が延びること、特に放射線照射後の生存期間が延びることを明らかにしている。

以上が結果で、CIRBP により修復に関わる分子が効率よく集められることで、修復活性が高まり、これが発ガンを抑え、寿命を延ばすという結論になる。ただ、あくまでも線維芽細胞での話で、トランスジェニックマウスで特に寿命が延びたという報告がないことや、ショウジョウバエでも寿命に対しては効果絶大というわけではないので、これが老化防止に使えるかは今後の課題だと思う。

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10月31日 LRG1阻害は糖尿病性網膜炎予防の切り札になるか?(10月22日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年10月31日
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糖尿病性網膜炎は失明に至る重要な病気で、毛細血管周囲に接して血管を保護するペリサイトが血管から離れ、バリア機能が傷害されることが重要な引き金になっている。これに続いて微小血管新生が起こることから、VEGFに対する抗体での治療が行われているが、初期病変を抑えることができないため、効果が限定されている。

今日紹介する University College London からの論文は、ひょっとしたら糖尿病性網膜症発症予防のブレークスルーになるかもしれない研究で、マウス糖尿病モデルでのペリサイト遊離を防ぐことに成功している。タイトルは「Leucine-rich α-2-glycoprotein 1 initiates the onset of diabetic retinopathy in mice(Leucine rich α-2-glycoprotein1はマウス糖尿病性網膜症の最初の引き金を引く)」で、10月22日号 Science Translational Medicine に掲載された。

Leucine-rich α-2-glycoprotein1 (LRG1) は新しい炎症マーカーとして注目されているが、糖尿病でも上昇する事が知られていたようだ。この研究では最初から LRG1 の糖尿病性網膜症での役割に焦点を定めており、様々な糖尿病も出るマウスで高血糖が何ヶ月も続いた網膜で LRG1 の発現を調べ、糖尿病網膜症の明確な病理変化が出る前に血管内皮の LRG1 発現が上昇することを発見した。そして、この誘導が高血糖が続くことによる細胞の NFkB をメインのシグナルとする炎症性変化の結果である事を明らかにした。

つぎに LRG1 の機能を確かめるために、LRG1 ノックアウトマウスに糖尿病を誘導し、血管変化を調べると、正常マウスで起こる血管変化が全く起こらないことを発見する。病理学的には、ペリサイトの脱落がほぼ完全に防げていることを確認する。その結果、網膜神経も正常に働ける。

以上の結果は LRG1 がペリサイトに働き血管からの脱落を誘導することを示唆する。そこで培養したペリサイトに LRG1 を添加する実験を行い、LRG1 がペリサイトをより線維芽細胞に近い性質へとリプログラムし、またペリサイトの収縮を誘導することを突き止める。また、この背景にペリサイトで誘導される SNAIL 分子が関わり、またシグナルとしては TGFβ 刺激と同じシグナル経路を介していることを示している。

最後に、ノックアウトマウスではなく、LRG1 を阻害する抗体により糖尿病性網膜症の発症を抑制できるか、糖尿病を誘発したマウスの眼球に LRG1 抑制抗体を投与する実験を行い、局所的 LRG1 抑制で十分ペリサイト異常を防ぎ、糖尿病性網膜症の発症を防止できることを示している。

以上が結果で、網膜だけでなく腎臓など他の血管での機能を知りたいところだが、網膜症状だけでもスイッチが入るのを止めることができることを示せたのは、大きなブレークスルーになるのではと期待する。

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10月30日 Gタンパク質共役型受容体のGタンパク質選択を操作する(10月22日 Nature オンライン掲載論文)

2025年10月30日
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Gタンパク質共役型受容体 (GPCR) は人間では800種類以上あると言われており、タンパク質をコードしている遺伝子が20000だとすると、なんと4%にも達する。重要な生理機能を保つ分子が多く特定されており、これらの作用を調節するために開発された薬剤も数限りない。新しいところでは糖尿病や肥満の特効薬として注目を浴びているGLP-1アゴニストもその一つだ。

GPCRは細胞内に存在するGタンパク質と結合することでシグナルを発生し、これが最も重要なステップだが、この時どのGタンパク質と結合するかは細胞によって異なるというぐらいの知識しかなかった。実際、70%以上のGPCRが複数のGタンパク質と共役することが知られており、結局入り口ではシグナルの種類は選べず、GPCRから発生するシグナルは細胞の持っているGタンパクの種類に依存することになる。

今日紹介するミネソタ大学からの論文は、様々なGタンパク質と共役することが知られているニュロテンシン受容体NTSR1にGタンパク質特異性を付与できる薬剤の開発を目指した面白い研究で、10月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Designing allosteric modulators to change GPCR G protein subtype selectivity(GPCRと共役するGタンパク質のサブタイプ選択性を変化させるアロステリックモデュレーターをデザインする)」だ。

Gタンパク質はヘテロ三量体だが、GPCRのシグナルを直接感知するのはGαタンパク質で4ファミリー16種類存在している。NTSR1 はこのうちGsファミリーを除く残りのGタンパク質と結合できる。この研究では NTSR1 の細胞外、細胞内阻害剤について共役するGタンパク質の種類を調べ、細胞外の阻害剤は全てのGタンパク質の結合を抑制する一方、細胞内阻害剤 SBI-553 と NTSR1 が結合すると、共役するGタンパク質の選択性が発生することを発見する。

これまで SBI-553 の作用機序は NTSR1 にβアレスチンをリクルートして機能を抑えるとされてきたが、βアレスティンノックアウト細胞でも SBI-553 は一部のGタンパク質と NTSR1 の結合を直接阻害することがわかる。即ち、NTSR1 とGタンパク質の結合を直接アロステリック効果で抑制することがわかる。

この選択性の構造的基盤をクライオ電顕やコンピュータシミュレーションを用いて詳しく調べ、SBI-553 が結合することで浅い溝が形成されることで、一部のGタンパク質のC末端が選択的に結合したり、排除されたりすることを明らかにしている。

とすると、SBI-553 をベースに様々な化合物を設計することで、NTSR1 のGタンパク質選択性を変化させる可能性が出てくる。そこで、29種類の様々な修飾を加えた化合物を作成し、作用を調べると、SBI-553 と比べて SBI-342 がアレスチンとG12以外のGタンパク質との結合が低下すること、また SBI-593 では新しくGqとの結合性が発生すること、そしてその構造的基盤を明らかにしている。

最後に、この差を体内機能の差として比べられるかを調べるため、即座核の NTSR1 を刺激したときに起こる体温低下に対する SBI-553 と SBI-559 の作用として調べている。結果だが、期待通り SBI-553 ではGqを中心に抑えられる事から体温低下をある程度防げる。しかし SBI-559 ではGqの結合が抑えられないので体温は下がったままであることがわかる。

以上が結果で、デザインと言うにはまだまだだが、GPCRのGタンパク質選択性を調節するリガンドが設計可能であることを示せたことは重要だ。またGタンパク質以外のタンパク質とも共役するGPCRも存在することから、細胞内のシグナルをスイッチさせることで、新しい創薬が可能になると期待する。

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10月29日 コホート研究データを学習した生成AIモデル(10月27日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年10月29日
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毎日論文を読んでいるだけで、中国の医学研究の急速な進展を実感する。特に最近10年の躍進は著しい。おそらくAI領域ではもっと突出しているのではないだろうか。Nature Machine Intelligence の半数近くの論文は中国からで、確かに transformer のような基本モデルを開発するという点では google等に遅れているとは言え、多くのアイデアが試されているエネルギーを感じる。

今日紹介する中国温州大学からの論文は大規模コホート研究データを学習させ、生物学的老化や年齢に伴う疾患リスクを個人のデータから予測できるモデルを構築した研究で、様々な点で中国医学の躍進が感じられる論文だった。タイトルは「A full life cycle biological clock based on routine clinical data and its impact in health and diseases(通常の臨床指標に基づく全生涯をカバーする生物時計は健康や病気の指標になる)」だ。

私が現役の頃、中国での基本医療保険は整備できていないといわれていた。実際、2000年初頭では保険カバー率が10%台だったようだが、現在では95%が何らかの保険でカバーされている (WHO報告書)。これを見ても中国医学の躍進がよくわかるが、今日の論文では様々な年齢層を対象としたコホート研究が走っており、この研究では4つのコホートを集めてなんと1千万人近くについて、180種類の血液検査を中心としたデータを経時的に集めている。データ総数は2500万近くに及び、それが全て電子レコード化された形で研究者に利用できることが素晴らしい。我が国の実情は知らないが、資格のある研究者が利用できる個人健康電子レコードはどの程度整備できているのか気になる。

データ量が多いのでどのぐらい大変かはほとんど評価できないが、この研究では各個人が検査に訪れた Visit ごとに、それぞれの検査の値と種類を一回の visit 毎に埋め込みとしてまとめ、これを transformer に学習させている。もちろん欠けている検査やコホートごとの検査値の平準化などの問題は、いわゆるマスク学習などを用いて自然に欠損値を予想して処理するようにしている。ただ、一回の visit でのサマリーを算出して埋め込むなど多くの工夫が行われており、これを1千万近くの個人のデータで行って学習させること自体大変な作業だと思う。

このような各個人の時系列トークンが分布した潜在空間には、各人の実年齢とともに異なる健康状態が表象されていることになり、これを統合した生物学的年齢を算出することができる。

こうして算出した生物学的年齢を実年齢ごとにプロットすると2つのことがわかる。20歳までと20歳以降で実年齢と生物年齢の比率が全く異なる点で、それぞれ別にプロットする必要がある。別々にプロットすると、基本的には実年齢と生物学的年齢はほぼ正比例しているが、それぞれの実年齢の中で生物年齢のばらつきは大きく、これを老化度として示すことができる。全く異なる病院や機関でのコホートでも同じモデルで処理できることは重要だ。

ただ、こうして算定される生物年齢が意味を持つかどうかはわからない。そこで、生物年齢が実年齢をオーバーした集団と実年齢より若い集団で、心血管障害や低血糖症などは生物年齢が高いほどリスクが高いことがわかる。

さらに各検査項目の指標をベースに参加者を64種類のポピュレーションに分けると、様々な疾患と各クラスターとの相関が見えてくる。これは20歳以下と、20歳以上で分けて調べる必要があるが、子供に関して言うと、ヘルニアや髄膜炎、更には早発思春期などのリスクと相関する。一方20歳以上の参加者では、クラスター20に属する人の心血管生涯リスクは30倍にも上ることがわかる。Transformer なので、これまでの時系列を入れると、将来の疾患リスクを計算することもでき、様々な疾患について40歳から70歳までに発症する率を計算している。

以上が結果で、同じような時系列健康データのAI化の試みは既に行われているが、Transformer/attentionを用いたのはこれが初めてのようで、実際これだけのデータを学習させること自体が大変な作業だと思う。

11月5日、第三回のAIx生物勉強会を予定しており、今回はGoogleのこれまでの戦略を医学生物学領域で振り返ることを主題にしている。調べていると、Googleのパワーに圧倒され、攻め手など見つからないように思うが、これまでのGoogleモデルは実際の患者さんのデータが取り込まれているわけではない。その意味で、この温州大学からの論文は参考にできる点が多い。

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10月28日 プライムエディターの変わり種、リトロン(10月23日 Nature Biotechnology オンライン掲載論文)

2025年10月28日
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変異配列を正常配列へと変えるための遺伝子編集の切り札として登場したのがハーバード大学の Lu により開発されたプライムエディターで、遺伝子をカットする Cas9 に逆転写酵素を結合させ、置き換えたい配列を局所で合成させて相同組み換えのテンプレートにする方法だ。ただDNAミスマッチ修復メカニズムが働いて効率を低下させるなどの問題があり、現在はこれらの問題を解決し、コンパクトな遺伝子編集システムを完成させる研究が続いている。

今日紹介するテキサス大学オースティン校からの論文は、元々細菌がファージの増殖を止めるために開発してきたレトロンと呼ばれる逆転写酵素と long-noncoding RNA を CRISPR と組み合わせて、効率の高いプライムエディター開発研究で、10月23日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Discovery and engineering of retrons for precise genome editing(正確なゲノム編集のためのレトロンの発見と操作)」だ。

レトロンとは、標的RNAの特異性を持つ逆転写酵素とそれに認識されプライマーなしに一本鎖DNA (ssDNA) へと転写される non-coding RNA の組み合わせからできている。このRNAは認識されるための特殊な構造を持っているが、一部は自由に変更できる。これを利用すると、目的の配列を持った一本鎖DNAを合成させることができる。

この逆転写酵素と Cas9 結合させると、Cas9 が切断した領域に合成された ssDNA が濃縮されるため、相同組み換え機構が働くとテンプレートの配列に変異配列を置き換えることができる。ただ、元々細菌の抗ファージシステムとして進化してきたので、哺乳動物で働く効率が低いなど様々な問題があった。

この研究では考えられる問題を一つ一つ解決して、実際に胚操作に使えるまでのリトロンシステムを組み上げるための詳細な条件検討が行われている。まず、哺乳動物でも働くリトロンシステムを探し出すため、データベースから500種類のレトロンを選び、そのうち98種類について実際に正確な編集効率を指標にして、最適なレトロン逆転写酵素探索、最終的に Escherichia fergusonii (Efe1) 由来のレトロン逆転写酵素を選び出している。これを使うと編集効率は20−30%という効率になる。

次にこのレトロン逆転写酵素の認識効率のいい non-coding RNA の条件を絞り込んでいる。この方法でいくつかのゲノム領域の編集を行い、99%以上が目的の配列に置き換えられることを示している。

このシステムは Cas9 と組み合わせるので、Cas9 のガイドとリトロン non-doding RNA の転写条件、あるいは Cas9 とレトロン逆転写酵素をつなぐリンカーの条件など詳細に検討して最適の組み合わせを選んでいる。また、核内移行シグナルについても様々なシグナルの中からトライアンドエラーで選んで、効率を高めている。こうして選んだリンカーなどを使うと、Cas9 だけでなく、Cas12 とも組み合わせられ、Cas9 より高い効率での編集が可能になることも示している。

プライムエディターの最大の敵は、NMHJ による遺伝子修復で、これを防ぐ様々な方法も提案している。最もストレートなのは修復酵素を阻害することで、DNA-PKcs を阻害するだけで効率を何倍も伸ばすことができる。更には細胞周期をS期以降の広範に止めることで、相同組み換えが上昇する事も示している。

以上は培養細胞を標的にした遺伝子編集だが、ゼブラフィッシュの卵にmRNAの形で必要なコンポーネントを注入することで、平均で3%、場合によっては10%近い遺伝子編集効率が得られることを示している。

最近遺伝子編集は臨床応用段階と決め込んで新しい方法をしっかりフォローしていなかったが、開発のエネルギーは落ちていない。100%を目指す遺伝子編集もいつかは可能かもしれない。

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10月27日 腸内細菌によるセロトニン合成(10月20日 Cell Reportsオンライン掲載論文)

2025年10月27日
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セロトニンと聞くと、うつ病の治療にセロトニン再吸収阻害剤が使われていることから、脳でのシナプス伝達因子として感情や社会行動などに関わるというイメージが強いと思うが、セロトニンのほとんどは腸内のクロム親和性細胞から作られている。これだけ大量のセロトニンが腸で作られても脳血管関門を超えないので、作用は腸内でとどまり、蠕動などの調節に関わると考えられている。

これほど腸の細胞がセロトニンを合成しているのに、細菌叢研究ではかなり前から細菌叢がセロトニンを作って我々の腸の機能に影響があるのではという可能性が指摘され、論文も発表されてきた。ただ、ヒト細菌叢の中のセロトニン合成細菌を特定するまでには至っていない。

今日紹介するスウェーデンヨテボリ大学からの論文は、ヒト細菌叢からセロトニン合成細菌を特定し、マウスモデルで細菌が合成したセロトニンも腸内神経叢の機能に作用できることを示した研究で、10月20日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Identification of human gut bacteria that produce bioactive serotonin and promote colonic innervation(セロトニンを合成し腸の神経投射を促進するヒト腸内細菌)」だ。

この研究ではこれまで議論されてきた腸内細菌叢がセロトニンを合成しているかという問題を、腸でのセロトニン合成に関わる酵素をノックアウトしたマウスを用いてセロトニンが細菌叢以外から合成できない系で調べている。その結果、血清中のセロトニンは細菌叢の有り無しで全く変化ないが、便中のセロトニンは細菌叢由来部分が全体の半分ぐらいを占めていることを確認する。

次に、ヒト腸内細菌叢を様々な条件で培養し、セロトニン合成細菌の特定を試みている。詳しく書かれていないが、この部分が最も難しかったと思う。最終的にバクテリアの組み合わせの中から、2種類の乳酸菌が共存する場合にセロトニンが試験管内で合成されることを突き止める。それぞれ片方のバクテリアだけでは全く合成されないことから、よく見つかったと感心する。

セロトニン合成代謝物について調べて、これらの細菌は 5-HTP を脱カルボキシレーションすることでセロトニンを合成することを確認している。ただ、これも両方のバクテリアが存在する必要があり、より詳しい解析が必要に感じる。

次に、この2種類のバクテリアを Tph 欠損マウス腸内に移植すると、血清中のセロトニンには変化ないが便中のセロトニンや、腸組織内でのセロトニンが上昇する事を確認し、試験管内だけでなく、腸内でもセロトニン合成が起こることを示している。こうしてセロトニンを腸内で合成できるようになった Tph 欠損マウスの腸組織を調べると、腸内神経叢の発達が促進されていることを発見している。即ち、バクテリアから出会っても腸内でセロトニンが存在することが、腸内神経叢の発達を促し、結果として便通促進に役立つことを明らかにしている。

最後に人間の炎症性腸疾患でこれらの細菌叢に変化があるかどうかを調べている。便中のセロトニンレベルは患者さんと正常人で差がないものの、2種類のうちの細菌の一つ L.mucosae が少し低下していることを確認している。ただ、このデータからバクテリア由来のセロトニンが我々人間でも機能維持に重要かどうか結論することはできない。

以上が結果で、ともかく細菌叢からセロトニンが分泌されることはわかった。ただ、正常のマウスやヒトで、この2種類の細菌により合成されるセロトニンが、腸で合成されているセロトニンに加えて重要かどうかはわからずじまいで終わったと思う。

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10月26日 進行した加齢黄斑変性症の視力を助ける電子網膜(10月20日 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2025年10月26日
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加齢黄斑変性症でも geographical atrophy と呼ばれる進行型になり中心窩が傷害されると視力が急速に低下する。この段階になると新生血管を抑制する治療の効果はなく、再生医療などが残された方法として考えられるが、もう一つの方向は電子センサーにより光を電気パルスに変換して網膜の残った細胞に画像を伝える方法だ。ただ解像度や大きさの問題などから決め手になる方法にはなっていない。

これに対しスタンフォード大学のグループは、光を電気パルスに変えるダイオード ( eye chip) を網膜に埋め込み、これにビデオカメラを通して得られた像を直接投射し、ここで生まれる電気パルスを残っている細胞(主に双極細胞を考えている。)に処理させて画像認識を再構築する方法を考案し、2012年 Nature Photonics に発表していた(Nature Photonics Vol 6, 391, 2012)。

この時から10年、今日紹介するボン大学を中心とする国際治験グループからの論文は、38人の患者さんへ eye chip の移植手術を行い、大きな視力回復が得られたことを報告する研究で、10月20日 The New England Journal of Medicine に掲載された。タイトルは「Subretinal Photovoltaic Implant to Restore Vision in Geographic Atrophy Due to AMD(網膜下の光電インプラントは加齢黄斑変性症の geographic atrophy 患者さんの視力を回復できる)」だ。

この方法は自然光の代わりに光電ダイオードに感知しやすい赤外線に変えてダイオードに投射し、これを画像として感知して貰うようできている。従って、熱が発生しない領域を用いて画像を投射している。

画像はまずめがねに装着したカメラで取り込み、それを赤外線に変換するが、患者さん自身でズームをかけたりピントを合わせられるようになっており、基本的には文字を読むためのめがねといった感じで使われる。人工網膜は 2mm 四方で 30μM の大きさしかないが378画素が搭載されており、文字を読んだりするには十分だ。

評価については、1年後十分残りの神経細胞が eye chip からのシグナルを処理できるようになってから行っており、おそらく予想を超える結果になったのだと思う。まず、カメラ付きめがねをかけない自然視力は全く元のままだが、これは当然のことだ。

しかし、特に文字を読むときには、大きな改善が見られることを示しており、実際 0.1mm の小さなさも検出できている。専門的な logMAR という指標で0.5の改善ということは、ほとんど日常の読み書きには不自由しないというレベルの改善といえる。また、患者さんは1年たつと機械になれ、用途に合わせてzoomしたり、ピントを合わせたりして使いこなすようになる。

もちろん手術なので、様々な副作用もある。一番多いのは眼圧の上昇で、次に網膜の断裂等などが続く。しかし95%は2ヶ月以内に症状は消え、最終的に38人中32人が1年目の検査まで到達している。

以上が結果で、最終的には3年までフォローが行われるのでその結果がまた報告されるだろう。今後再生医療との厳密な比較が行われていくと思うが、おそらくコストで言うと今のところは eychip に軍配が上がるのではないだろうか。

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10月25日 概日リズムの季節調整と食(10月23日 Science 掲載論文)

2025年10月25日
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朝のウォーキングが唯一の運動だが、10月も終わりに近づくと歩き出しはすっかり暗くなった。とは言え、自分自身の概日周期は時計の時間に支配されており、あまり季節に合わせて変化したようには思えない。しかし、途中で見聞きする鳥の活動は間違いなく季節調整が行われていることがわかる。このような季節によって変化する概日周期にアジャストするメカニズムはまだわかっていないことが多い。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、冬時間、夏時間にアジャストするとき、食事中の不飽和脂肪酸が重要な働きを演じていることを示した面白い研究で、10月23日号の Science に掲載された。タイトルは「Unsaturated fat alters clock phosphorylation to align rhythms to the season in mice(不飽和脂肪酸はマウスの時計分子のリン酸化を変化させて概日周期を季節にアジャストする)」だ。

この研究では昼12/夜12時間の季節から、昼4/夜20時間の冬、あるいは昼20/夜4時間の夏に実験室の光環境を変えたときに、マウスの行動がどう変化するかを調べ、身体の周期の適応を調べている。冬時間にアジャストするのに大体1日0.2時間程度のスピードで40日ぐらいかかって冬時間に適応するが、この時高脂肪食を自由に食べさせるとこの適応が大きく遅れることを発見する。逆にカロリー制限すると、適応のスピードが上がり20日もすると適応がほぼ完成する。一方、昼20/夜4の夏時間への適応を調べると、今度は高脂肪食の方が早く適応し、カロリー制限では適応が遅い。

この適応に時計遺伝子PER2の量とリン酸化が関わることがわかっているので、遺伝的に常にPER2がリン酸化されている変異、あるいはリン酸化されない変異を持つマウスを調べると、活性化型変異では夏時間への適応、不活性型変異では冬時間への適応していることがわかる。そして、高脂肪食では活性化型が上昇しており、これが冬時間への適応を抑制し、夏時間への適応を促進していることがわかる。逆にカロリー制限を行うと活性化型PER2が低下する。即ち、脂肪の摂取が季節への適応を変化させることがわかる。

高脂肪食の内容を精査し、実際に影響するのが不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の量比であることを突き止め、最終的に不飽和脂肪酸が2つの経路を通して季節時間への身体の周期調節に関わることを明らかにしている。

一つは、不飽和脂肪酸が直接PER2に作用してリン酸化を高め、夏時間への適応を促進する。同時に、不飽和脂肪酸の代謝酵素が概日周期により調整され、活性化型PER2によりオピオイドの一つオキシリピンへと転換され、体温や行動を変化させる一因として働く。

以上が結果で、食によってリン酸化PER2の量を調節することで、夏時間と冬時間の適応が可能になっているという面白い結果だ。昼4/夜20時間というと日本よりより緯度の高い地域だが、季節の変化が激しいことは、食物も大きく変化することを意味している。それぞれの季節で野生の動物が摂取する不飽和脂肪酸がどう変化するのかは把握していないが、おそらく季節によりリン酸化を高めたり抑えたりする鍵になることは十分納得できる。

翻って我々人間を考えてみると、季節とはお構いなしに人工光の中で、勝手に食べたいものを選んでいる。まだ、自然への適応力が残っており、不飽和脂肪酸とPER2がこれを調節するのか是非知りたいところだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月24日 出産授乳のサイクルは免疫を介して乳ガンの発生を抑える(10月22日 Nature オンライン掲載論文)

2025年10月24日
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出産と授乳を繰り返した人は乳ガンの発生率が低いことはよく知られている。一方で乳ガンのゲノム研究は、乳腺が生理サイクルや出産授乳というホルモン環境の大きな変化を経過する度に、特にホルモン反応性の遺伝子に変異を蓄積することを示してきた。

今日紹介するメルボルン大学からの論文は、乳腺組織の出産と授乳による変化が長期にわたって乳腺に常在し、乳ガンを抑える組織常在型のキラーT細胞を誘導することを示し、乳腺にまつわる謎を一つ解決した研究で、10月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Parity and lactation induce T cell mediated breast cancer protection(出産と授乳はT細胞による乳ガン予防を誘導する)」だ。

ホルモン環境の変化による乳腺の大きなリモデリングが、新しい抗原の誘導やホルモンを介して局所T細胞を刺激する可能性は十分考えられる。著者らはこの可能性を、実際の乳腺組織に存在するリンパ球を調べることでまず確かめようとしている。そこで目を付けたのが、BRACA変異などの乳ガンリスクを持つ人が予防的に受ける乳腺切除で、この組織に存在する免疫細胞を、出産経験のある人とない人で比べている。すると、組織常在型のCD8キラー細胞の数が2倍以上に上昇していることがわかった。しかも、この状態が出産経験後何年も維持されていることも明らかにしている。

即ち、出産と授乳という大きなリモデリングにより、キラーT細胞が局所で誘導され、またそのときのホルモン環境がT細胞にも働いて、組織常在型のT細胞へと変化するという話だ。ただ、これが一般化できるかどうかわからないのは、乳ガンの遺伝リスクがはっきりとした女性の組織を調べている点で、DNA修復異常の結果、新しい抗原が発生する確率が高い状態に限定した結果だということは留意する必要があるだろう。

そこで動物実験に移り、一回目の出産に限り授乳を終えて乳腺が縮小まで進んだ個体、出産はしたが授乳を途中で中断した個体、そして出産を経験しない個体で乳腺組織の免疫細胞を調べると、授乳を終えて乳腺が元に戻る過程を経験した個体だけ組織中の常在型CD8T細胞数が上昇していることが確認された。さらに、免疫刺激に関わる樹状細胞も上昇が見られている。

この状態で乳ガンを移植する実験を行うと、出産授乳を終えた個体では腫瘍の増殖が明確に抑えられる。また、ガンが発現している抗原に対するT細胞の誘導が認められる。免疫不全マウスや移植実験から、ガンに対する免疫はもっぱらCD8T細胞を介しており、常在型T細胞だけでなく、ガン組織への新しいT細胞の供給を必要とする免疫反応であることがわかる。

最後に乳ガンのコホート研究から得られる組織を調べて、出産授乳を経験している乳ガン患者さんで、組織に浸潤しているT細胞が明確に増えていること、さらにホルモンの影響を受けない乳ガンでは出産授乳を経験した女性の方が予後良いことも明らかにしている。

以上、基本的にはホルモンの影響を受けないトリプルネガティブ乳ガンについての話になるが、乳ガン抑制での免疫反応の役割は大きく、マウスでも人間でもこの免疫反応は、生理サイクルではなく、出産と授乳という長期に続くホルモン環境の変化によっておこる乳腺細胞の変化により誘導されるという結論だ。

このように、生理、出産、授乳により何度もリプログラミングを繰り返す乳腺は常に発ガンへのドライブがかかっているが、これを早く察知して異常細胞を抑制するいわゆる免疫サーべーランスが存在することの証明だと思う。

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