5月29日 抗原受容体遺伝子の再構成はまだまだ複雑だ(5月24日 Science Translational Medicine 掲載論文)
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5月29日 抗原受容体遺伝子の再構成はまだまだ複雑だ(5月24日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年5月29日
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研究を始めて10年ぐらいは、Bリンパ球の分化と、抗体遺伝子のレパートリー形成について研究していた関係で、利根川さんが抗体遺伝子の再構成の存在を明らかにしてから、抗体遺伝子やT細胞受容体遺伝子の再構成をリードする RAG1、RAG2 の発見、その後の再構成過程分子メカニズムの詳細まで、ほとんどの論文は目を通してきた。そして、かなり詳細に至るまでメカニズムが明らかになったと実感している。

ただ今日紹介するニューカッスル大学からの論文は、Omenn 症候群という私も聞いたことがなかった免疫不全患者さんの原因遺伝子を特定し、これまで全く知られていなかった RAG1、RAG2 の機能調節機構が存在することを明らかにした研究で、生命機能の細部の途方もない複雑性に改めて驚嘆させられた。タイトルは「NUDCD3 deficiency disrupts V(D)J recombination to cause SCID and Omenn syndrome(NUDCD3 の機能不全は VDJ 再構成を傷害して免疫不全と Omenn 症候群の原因になる)」で、5月24日 Science Translational Medicine に掲載された。

この研究ではリンパ球の分化異常による免疫不全とともに、全身の炎症が起こる Omenn 症候群の原因遺伝子特定から始まっている。近親婚により子供の半分が Omenn 症候群、あるいは免疫不全と診断された家族のエクソーム解析を行い、シャペロンの補助因子として知られていた NUDCD3 分子の52番目のグリシンがグルタミンに変化する変異 (G52D) が両方の染色体で揃うと(ホモ)になり病気が発症することを発見する。

NUDCD3 はほぼ全ての細胞に発現しており、完全欠損はおそらく致死的と考えられる。ところが G52D の変異をホモで持つときだけ、他の臓器に影響がなく、免疫不全のみが発生する。この不全を詳しく調べると、要するに VDJ 再構成の効率が0ではないが、強く抑制されていることに起因し、抗原に反応性のレパートリー形成不全と、リンパ球分化抑制が起こっていることがわかる。マウスに同じ変異を導入して調べてみると、この点がさらにはっきりする。

シャペロン機能に関わるということで、遺伝子再構成に関わる分子の安定性を調整する可能性を考え、G52D 変異を持つ細胞で RAG1、RAG2 の核内の挙動を調べると、驚くなかれ、通常 RAG2 が発現している細胞では核内に広く分布する RAG1 が、核小体にトラップされたままで、RAG2 との相互作用が阻害されていることがわかった。すなわち、両分子の協調が必要な遺伝子再構成が進まなくなる。

結果は以上で、Omenn 症候群で VDJ 再構成が量的に抑制されるメカニズムがうまく説明できている。いずれにせよ、この論文を読むまで、RAG1、RAG2 が核質と核小体に分かれて存在していることは全く知らなかった。このようなコンパートメント化の意義については将来の検討課題だろう。

また核小体は核内での RNA を含む様々な分子が相分離して形成されると考えられるので、NUDCD3 は相分離した分子集団から特定の分子を出し入れする機能を担っていることになる。VDJ 再構成研究はまだまだ終わっていない。

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5月28日 アルコールに酔わないで済む画期ナノテクノロジー(5月13日 Nature Nanotechnology オンライン掲載論文)

2024年5月28日
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シクロデキストリンなどの高分子をベースに触媒活性や酵素活性を生み出す人工酵素の作成は、ナノテクノロジーの重要分野として研究が進展している。特に最近では、分子の中に金属をトラップすることで予想外の酵素活性が得られることがわかり、開発が行われている。

今日紹介するチューリッヒ工科大学を中心とする研究グループからの論文は、鉄イオンを取り込んだ β ラクトグロブリンが、アルコールをアセトンへと分解する酵素活性を持っており、これにより急性アルコール中毒を防げるという、酒飲みにとっては画期的な研究で、5月13日 Nature Nanotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Single-site iron-anchored amyloid hydrogels as catalytic platforms for alcohol detoxification(一カ所に鉄がトラップされたアミロイドハイドロゲルはアルコール解毒のためのプラットフォームになる)」だ。

この分野を紹介するのは初めてで、私もほとんど素人同然だが、現状は完全に人工酵素をデザインすると言うより、トライアンドエラーで開発が行われているようだ。ただ、最近紹介した新しい生体分子構造決定法が開発されたことで、最初から活性をデザインする方向の研究は間違いなく進むと思う。

この研究では、アミロイドフィブリルを形成する β ラクトグロブリンに3価鉄イオンを挿入したところ、同じヘムタンパク質である西洋わさびのペルオキシダーゼに似ていることを発見し、このアミロイド繊維のペルオキシダーゼ活性を調べると、期待通り低いながらも酵素活性を検出している。そして驚くなかれ、基質としてアルコールやアセトアルデヒドに働いて、過酸化水素存在下に水とアセトンに分解することを発見する。

都合のいいことに、β ラクトグロブリンからなるアミロイド繊維は水を多く吸収するとゲル状になることもわかっている。そこで、最初にこのアルコール分解人工酵素繊維をマウスに飲ませ、大量のアルコールを飲ます実験を行ったところ、血中アルコール濃度上昇を半分程度に抑えることに成功している。

さらにアルコールを2週間飲ませて組織障害を調べる実験でも、このアミロイド人工酵素を摂取した群では組織障害が全く起こらないことを示している。

以上が結果で、我々の体内の酵素ではアルコールが分解されると、有毒なアセトアルデヒドが発生するのに対して、この酵素では無害なアセトンに分解されることで、この大きな差が生まれているといえる。

酒をたしなむ人間としては素晴らしい技術だと関心しながら論文を読んできたが、読み終わって、先にこの人工酵素を摂取すると、間違いなくアルコールの効果が抑えられるということに気づいた。とすると、確かに大量のアルコール摂取時にはよいが、適量のアルコールをたしなむときには、せっかくの酒を全てノンアルコール飲料にしてしまう問題があるようだ。

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5月27日 続々生まれる病理診断トランスフォーマー(5月22日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月27日
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4月8日に病理組織像をインプットすると、病理の異常のレポートを書いてくれる、病理診断大規模言語モデル(LLM)―CONCHについて紹介したが覚えていただけているだろうか(https://aasj.jp/news/watch/24258)。実を言うと、トップジャーナルに毎日毎日 LLM の論文が発表されるため、私の頭の中でも混乱が始まり、何を紹介し何を紹介しなかったのか、わからなくなってきている。

レントゲンや内視鏡など、それまで教師付で形成されてきた AI モデルが、急速に LLM モデルに移ってきているので、当然病理組織診断でも同じ動きがあるのは当然だ。ただ、病理組織の場合、画像としては複雑で、正確な診断レポートが LLM モデルから得られるようになるにはまだまだ時間がかかることを、このとき紹介した。

今日紹介するマイクロソフトとワシントン大学からの論文は、基本的には4月に紹介した論文と目的は完全に同じだ。ただ、病理レポートを書かせるという点は後回しにして、画像を読み込んだ LLM のポテンシャルを、もう少し簡単なアウトプットを基礎に評価し、読み込んだ画像で何ができるのかを調べるのを優先した研究で、5月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A whole-slide foundation model for digital pathology from real-world data(実際のデータから形成した、スライドグラス全体を基盤にしたデジタル病理)」だ。

4月に紹介した論文と違いの主なものは、病理組織を 252X252 のコマに分けて、それぞれのタイルをエンベッディングした後、これを統合してスライド全体レベルのエンベッディングを組み合わせる点で、具体的な処理方法はわからないが、部分的な変化と全体の変化が同時に捉えられるようにしている。

全体を見ることで、組織の中に秘められたより複雑なコンテクストが読み取れるようで、最も驚くのはガンのゲノム変異を組織からある程度予測できるという結果だ。例えば、EGF 受容体変異については AUROC 値が75%、KRASで60%、p53 変異で75%と驚く。他にも PD―L1 発現も同じレベルで予測できる。当然ガン遺伝子の変異は細胞レベルの変化を誘導し、それが組織レベルの変化につながるはずで、かなりの確率でゲノム変異を予測できる可能性はある。実際、この研究では他のモデルと今回のモデルの比較を行って、このモデルが優れていることを示しているが、そのことはこれまでの病理診断 AI も同じようにガン遺伝子変異に起因する組織変化を一定程度拾うことに成功していることになる。

おそらく優れた病理診断医の中には、組織を見るだけでガンのドライバーを予測できる人もいるはずだと思うが、感じても言うことは難しかったと思う。その意味で LLM が病理診断の可能性を広げていることになる。

後は、ガンのサブタイプで、例えば肺ガンでも非小細胞性肺ガンであるとか、浸潤性乳がんと行った診断もかなりの確率で可能になることを示している。

そして最後に、contrastive learning を用いて病理組織についての診断記述が書けるようにしているが、これまでの部分に注目する方法と異なり、こスライド全体を見渡すアテンションと、ChatGPT によるテキスト処理を合体させているのが特徴のようだ。これにより他のモデルと比べ大分パフォーマンスは上がったと結論しているが、病理医の診断レベルにはまだ行っていないと思う。

以上が結果で、AI の進歩を感じるとともに、病理診断の難しさも感じることが出来る。実際の診断現場では倍率を頻回に変えるが、このように必要に応じて部分の部分を見ると言った調べ方が自然に AI に身につくか面白い領域だと思う。

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5月26日 副作用のない骨髄移植は可能か(5月22日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月26日
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白血病の治療を始め様々な目的で骨髄移植が行われる。まだ不足しているとはいえ、骨髄バンクの整備と様々な臨床的努力の結果、今では100日生存率で見た非血縁者間の骨髄移植治療の成功率は90%を超えていると思う。とはいえ、骨髄移植のためにガン細胞は言うに及ばず、正常の造血幹細胞を除去して、移植幹細胞が増殖できる場所を空ける必要がある。このため、徹底的な化学療法や放射線照射が行われるため、その副作用は全ての幹細胞システムに及び、これが成功率を妨げる。

今日紹介するバーゼル大学からの論文は、骨髄移植をより安全に行うため、抗体に薬剤を結合させた細胞障害薬(ADC)を用いた方法の開発で、5月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Selective haematological cancer eradication with preserved haematopoiesis(造血を維持してガンだけを選択的に除去する)」だ。

この研究では、骨髄移植で骨髄性白血病を治療するシチュエーションを想定して、白血病細胞だけを除去する方法の開発を目指している。例えばこれまでの抗ガン剤療法だと、ガンも血液幹細胞も傷害される。そこで、骨髄幹細胞を治療後に移入して造血だけ復活させるのが骨髄移植治療だ。この研究では、この過程をまず血液系特異的な障害に限定し、他の臓器への影響がほぼ出ない方法として、ガンも含めて全ての血液細胞が発現している CD45 分子に対する抗体に DNA をクロスリンクして強力な細胞障害性化合物 Pyrrolobenzodiazepine(PBD) を結合させた ADC を開発している。

これにより、血液幹細胞からガン細胞まで、全ての血液系細胞は体内から除去されるが、他の細胞にはまず影響が及ばないため、より副作用のない骨髄移植に近づく。しかし、このままだと抗体の半減期から考えても、新しい骨髄を移植しても ADC の影響を受け、ガンは殺せても造血が戻らない。

この問題の解決として着想したのが、正常血液幹細胞の CD45 遺伝子を抗体が認識できないように遺伝子編集で変異させ、ADC の影響を受けない血液幹細胞として ADC 投与と同時に移植する方法だ。まさに Good Idea だが、これを実現するためには多くの実験の積み重ねが必要だった。

まず、CD45 機能を維持したまま、抗体が認識できないアミノ酸残基を決定する必要がある。構造解析をベースに、これを満たすアミノ酸残基の変異を複数決定することに成功している。次の課題は、このような変異を CRISPR 系を用いて正確に導入するための開発で、一塩基変異を誘導できる、デアミナーゼを CAS の代わりに用いる方法を選び、様々な実験を繰り返して、最終的に正常血液幹細胞の30−50%を ADC の影響を受けない幹細胞へと変異誘導する系を確立している。

簡単に紹介したが、このシステムの開発がこの研究の全てで、後は造血系を ADC の影響を受けない幹細胞でヒト化したマウスにヒト白血病細胞を注射し、このマウスを ADC 処理する実験で、造血系はそのままで、ほとんどの白血病株を完全除去できることを示している。

また、ガンの中には CD45 発現を低下させて ADC の影響を逃れるものも出てくるが、ADC を2回投与することで耐性の問題はかなり解決できることを示している。

結果は以上で、必要な前臨床実験は尽くせていると思えるので、あとは臨床試験に移っていいのではと思える。今後予想される臨床試験では ADC と同時に遺伝子編集後の血液幹細胞を移植することになると思うので、この方法で、どこまで造血系を回復させられるか調べる必要があるが、ガンの治療に限らず骨髄移植の方法としてはかなり有望ではないかと思っている。

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5月25日 カラスが数を数えるときの頭の中 (5月24日号 Science 掲載論文)

2024年5月25日
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動物が数を数えることができることは様々な実験から確認されており、人為的にトレーニングした犬だけでなく、自然に数を学習する動物も知られている。例えば鳥の中には天敵の大きさを音を何回出すかで表現して周りに知らせる種も存在する。従って、賢いカラスが我々の数字を見たり聞いたりして、鳴き声の数で表現すること自体は特に驚くことではない。

今日紹介するドイツチュービンゲン大学からの論文は、カラスが示された数を理解し、それを鳴き声で表現するとき、実際には頭の中で何が起こっているのか、脳の活動を全く調べることなく、明らかにした研究で、5月24日 Science に掲載された。タイトルは「Crows “count” the number of self-generated vocalizations(カラスは自分が出す声の数を数えている)」だ。

人間の子供でも、最初は数を一つ二つと順番に数えるが、徐々に抽象的な数字が理解できるようになって、イチ、二と数えなくとも数字の意味がわかるようになる。この幼児の数の数え方はは、カラスにも教えることができ、この研究ではアラビア文字の1、2、3とともに、異なる音を聞かせ、それぞれの数を見たとき、カーという声の数で見た数を表現させることができる。すなわち、2という文字、あるいは2に対応する音を聞いたとき、「カー、カー」と2回答えるように訓練できる。

普通ならカラスは賢いとおしまいにしてしまうのだが、このグループは、訓練しても一定の頻度で間違うことに興味を持った。間違いのほとんどは、「見た or 聞いた」数より少なく、あるいは多く発生してしまうためだ。また、表現する数が多いほど、間違いが多い。これは、この数え方の特徴で、3を数のシンボルとして理解するのではなく、イチ、二、サンと頭の中でカウントする刺激として理解しているからだ。

とすると、大きい数を見たときほど、頭の中でカウントするので、発声までに時間がかかると予想できるが、その通りで、発声前に数を頭の中でカウントしているのがわかる。

この研究のハイライトは、このカウントした結果を発声につなげるときに、「カー」という音自体と発声までの時間が、数字の大きさに対応するのではないかと着想し、数を「見た or 聞いた」ときの発声を記録し、最初の音のトーンでカラスが理解した数を予測できるか調べ、第一声までの時間とトーンで鳴き声の数を予測できることを見事に示している。

もし最初に頭の中でカウントして数を理解しておれば、なぜ間違うのか。これを解くため、間違った時の、第一声までの時間とトーンを調べると、頭の中では理解できていることが明らかになった。とすると、最初は3回鳴こうと決めたのに、途中で4回になってしまうことになる。このときの、身体の動き、声のトーン、数など様々なパラメータを記録して、答えを発声しているときの反応を3次元空間に投射すると、間違う場合、例えば2回目の鳴き声と3回目の鳴き声がこの空間上で極めて近接してしまい、通常の3回目と認識できないため、3回発声しても2回と勘違いして答えていることがわかる。この間違いの原因には、例えば首が動くなど他の要因が発声に影響したと考えられる。

以上が結果で、極めて単純だがカラスの反応を、人工知能にインプットすることで、カラスの頭の中で起こっていることを解析するという、まさに AI 時代の脳研究を代表する研究のように思う。以前、言語の発声を子供の経験をニューラルネットにインプットすることで調べる画期的研究を紹介したが、おそらく数の認識、空間の認識、そして時間の認識なども、脳と AI を一対一で対応させることで、明らかにされる時代が来たように思える。

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5月24日 合成麻薬フェンタニル中毒の脳回路(5月22日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月24日
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米国の医療用合成麻薬中毒に関する深刻な問題については Beth Macy さんの Dope Sick という本に詳しく書かれており、Video News を主催している神保哲生さんによって邦訳もされているので是非読んでほしいが、米国が合成麻薬中毒にむしばまれている姿が本当によくわかる。

とはいえ、鎮痛剤としての麻薬は他の薬剤に代えがたい効果がある。問題は、痛みがなくなってからの離脱症状が複雑で、離脱をスムースに促進できる医療手段が限られている。今日紹介するジュネーブ大学からの論文は、強力な合成麻薬フェンタニルの離脱症状に関わる脳回路を明らかにした研究で、5月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Distinct µ-opioid ensembles trigger positive and negative fentanyl reinforcement(異なる μ オピオイド反応神経群がフェンタニルに対する正と負の効果を誘導する)」だ。

オピオイドというとモルヒネを思い浮かべると思うが、最近ではフェンタニルやオキシコドンなどの合成麻薬も医療で使えるようになっている。合成麻薬は即効性で、モルヒネの何十倍も効果が高いので医療には最適の鎮痛剤だが、痛みの原因が消失しても、離脱できずに過剰摂取に陥り、多くの死亡事故の原因になっている。

離脱時の症状には2種類あり、一つは正の強化と呼ばれる、フェンタニルによる快感が忘れられないために使用を続ける症状と、負の強化と呼ばれる離脱によって起こる強い不快感や震えなどで、この症状を恐れてフェンタニルを続けることになる。

研究では、正の強化と、負の強化に対応する行動を特定した上で、離脱時にこれらの反応が起こる脳回路を調べている。実際には μ オピオイド受容体に反応する神経細胞は様々で回路は極めて複雑なので、様々な可能性を除外する実験が行われているが、そこはすっ飛ばして最終的に著者らが重要な回路として提示した結果を照会する。

まず正の回路だが、要するに快感を求めて離脱できないということは、当然ドーパミンによる報酬回路との関係になる。この研究では、腹側被蓋野の GABA 作動性抑制神経の一部が μ オピオイド受容体を発現しており、刺激によりドーパミン神経の抑制が外れることで、快感が増す回路が成立していることを、光遺伝学も含めて示している。すなわち、この回路が離脱により働かなくなると、当然、快感が減じるため、快感を求めてフェンタニルから離脱できない。すなわちその場その場の快感を求める禁断症状といえる。

一方負の強化はもう少し複雑だ。これまでの研究で、長期間の使用により神経自体の刺激性の変化が生じそれが負の強化の原因と考えられてきた。この研究では、離脱時に最も反応性が高まる μ オピオイド受容体を発現している神経が扁桃体中心部に存在することを発見する。そしてこの細胞の投射や機能を光遺伝学的に調べ、この神経細胞が興奮すると不快感と運動異常が起こることを発見する。すなわち、扁桃体 μ オピオイド受容体陽性細胞は、離脱時に興奮が高まり、これが不快感や運動を誘導することが示された。

残念ながら、負の強化で μ オピオイド阻害で神経が興奮するメカニズムや、症状につながる回路については不明だが、オピオイドの効果の複雑性が今や米国最大の問題、合成麻薬蔓延を生んでいることはよくわかる。いずれにせよ、この両方の禁断症状に対応する方法の開発が望まれる。

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5月23日 ガンのゲノム不安定性が免疫反応を誘導する意外なメカニズム(5月15日 Cell 掲載論文)

2024年5月23日
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SWI/SNF は ATPase を中心に多くの分子が集まった複合体で、ヒストンと DNA が形成するヌクレオソーム構造を ATP 依存的に調節している。ガンゲノム研究が進んだことで、SWI/SNF 複合体を形成する遺伝子変異が20−25%のガンに見つかり、転写と複製のミスマッチの解消、DNA 修復促進機能などが傷害されることで、発ガンが促進されることが明らかになってきた。ただ面白いことに、SWI/SNF 変異が発ガンを促進効果を持つ一方、最近ガン免疫を高めることがわかってきて、ガン治療の標的として注目を集めている。

今日紹介するソーク研究所からの論文は、SWI/SNF の機能ユニットの一つ ARID1a の変異がガン免疫を誘導するメカニズムについての研究で、5月15日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「ARID1A suppresses R-loop-mediated STING-type I interferon pathway activation of anti-tumor immunity(ARID1A は R-loop による STING-1 型インターフェロン経路活性化によるガン免疫を抑える)」だ。

ARID1A と結合した SWI/SNF 複合体は、ゲノム安定性を維持し、DNA修復を促進するガン抑制効果を持つことがわかっている。従って ARID1A の変異はゲノム不安定性を誘導して発ガン過程を促進するが、逆にガンのネオ抗原を増やしてガン免疫を誘導する。これが、ARID1A の変異がチェックポイント治療に反応する理由だと考えてきた。この研究の結論の全ては、タイトルに込められており、このタイトルを見るだけで ARID1A 変異=ネオ抗原増加という考えが砕かれ、全く異なるメカニズムの存在に気づかされて驚くことになる。

まず、ARID1A の機能が失われたガンでは、これまで示されてきたように強い免疫反応が誘導され、CD8キラー細胞がガン局所に多く浸潤していることを確認している。そして、この原因を追及するため、single cell RNA sequencing でガン細胞及び反応するT細胞側の ARID1A による変化を調べ、ガン側ではインターフェロン(IFN)反応に関わる遺伝子の上昇、T細胞側では IFN により誘導される遺伝子の発現が高まり、この結果ガン抗原特異的T細胞が増殖していることを突き止める。すなわち、ARID1A 変異によるガン免疫増強の背景にはまずガンの IFN 分泌と反応性の亢進があることを明らかにする。

次に、ARID1A 変異が IFN 反応をガン局所で誘導するメカニズムを解析し、転写 DNA 複製が衝突する際に発生する DNAのR-loop をうまく解消できないため、一本鎖の DNA が切り出されてしまい、これがウイルス DNA を検知する STING 経路を刺激し IFNβ を誘導されること、そして IFNβ は腫瘍自体に働いてケモカイン分泌やガン抗原提示を促すとともに、T細胞にも働いてガン局所での増殖、キラー活性を促進することを明らかにしている。

結果は以上で、ひょっとしたら他のミスマッチ修復異常でのガン免疫促進にも同じようなメカニズムが存在するかもしれない。実際のガンの症例でも、ARID1A 変異があって IFN 反応遺伝子が上昇している場合は予後がよいことがわかっているので、ARID1A 変異はチェックポイント治療の最優先対象になると思う。

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5月22日 遺伝子改変ブタ心臓移植成功に向けた驚くべき研究が行われていた(5月17日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年5月22日
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2022年1月に行われた10種類の遺伝子を操作したブタから摘出された心臓を人間に移植する臨床研究は、日本のメディアでも大きく取り上げられた。残念ながら移植後60日で患者さんはなくなったが、原因が特定できない心臓の毛細血管網の破壊が拒絶の原因になったことがわかり、この論文については HP でも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22458)。

この論文を読むまで全く気づかなかったが、実際の臨床試験と並行して、なんと心疾患で脳死と判定された患者さんにブタの腎臓を移植して、移植に対する急性反応を調べる人体実験というのか死体実験というのか、我が国ではまず考えられない研究が、2022年の夏に2例行われ、まずその経過について2023年7月 Nature Medicine に報告されていた。結論的には、移植する心臓の大きさを正確に選ぶことが極めて重要で、小さい場合急速に機能低下を来す可能性が示された。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文はその続報で、この60時間の間に、血液や移植心臓の徹底的なオミックス解析を行い、その解析結果の報告で、5月17日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Integrative multi-omics profiling in human decedents receiving pig heart xenografts(ブタ心臓移植を受けた患者さんの統合的オミックスプロファイル)」だ。

繰り返すが、このような臨床実験が構想され、行われたことが驚きだ。移植を受けた患者さんはともに心臓病の患者さんで、基本的には移植の術式を確実にするための研究にもなっている。もちろん長期間の経過は見ることができず、66時間で心臓を取り出している。すなわち、急性の効果を調べる実験になっている。

最初の論文で、患者1、患者2で大きな違いが見られており、これが移植心臓の大きさのミスマッチであることが示されていた。この論文では、60時間採血とバイオプシーにより、移植臓器に対する反応を single cell RNA sequeicing やオミックスを用いて調べているのがポイントになる。

膨大なデータなので詳細は省くが、2人の患者さんで反応が大きく違っていることに驚く。すなわち患者1では、60時間という急性期間にT細胞の増加が見られている。おそらく急性の抗体が媒介する反応と考えられるが、T細胞も細胞障害反応に関わる可能性が示された。実際これに呼応して、患者1では、炎症性サイトカインも上昇している。

この差の一つとして、T細胞の反応が抑えられた患者さんでは移植前に通常の免疫抑制に加えてT細胞を抑制する thymoglobulin 投与が行われており、この有効性が示されている。

移植した心臓側で見ると、サイズミスマッチがあると心臓が虚血になって様々な変化が起こっていることがわかる。従って、移植する時のドナー選びの重要性がわかる。

最後に、移植心臓でサイズミスマッチの変化を除くと、両方の患者さんで血管内皮と線維芽細胞に遺伝子発現の変化が強く見られ、短い間にリモデリングをうながすシグナルが発生していることがわかる。実際の移植例でも、内皮の変化が最終的な拒絶の問題になっていたことを考えると、異種移植の今後の焦点は血管内皮の変化を起こさない方法の開発になる。

いずれにせよ、患者さんが脳死になってからの移植実験にともかく驚いた。

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5月21日 なじみの顔を見分けるメカニズム(5月15日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月21日
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年齢とともに記憶力は衰えるが、それを感じるのは人の名前を思い出そうとするときだ。この現象は一般的なので、若い人が我々年寄りと話しているとき、いつも相手は名前を思い出せていないのではと疑ってかかった方がいい。「申し訳ない、名前が思い出せない」と率直に言うのは失礼に当たると思って、話を合わすことがしばしばある。とはいえ、名前は出てこなくとも、見覚えのある顔かどうかについては比較的記憶は保たれている。そのため、出会ったときに知人であることははっきりわかるのに、名前が出てこないで焦ることになる。

このなじみの顔を覚えているメカニズムは重要な脳研究分野になっており、素人でも比較的わかりやすい分野だったが、多くの電極からのデータを処理して神経回路上の反応をベクトル空間上の表象として調べるのが普通になってからは、理解が難しくなった。特に論文を直感に基づいて説明するのが難しくなった。しかし、最も興味ある分野なので、表面的な理解でもなんとかアップデートしようと、論文に目を通している。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、顔認識を3次元空間の平面として表象したとき、なじみの顔となじみのない顔の表象(これを Axis code とこのグループは定義している)の違いを調べた研究で、5月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Temporal multiplexing of perception and memory codes in IT cortex (一時的な感覚と記憶の複合が下部側頭皮質をコードする)」だ。

この論文のやっかいなのは、このグループ特有の情報処理方法を使っており、読者には優しくない。しかも、顔認識の脳表象が、ベクトル空間上の平面として現れており直感的にわかりにくい。しかし課題は面白く、人間の写真をサルに見せたとき下部側頭皮質の神経活動を記録することで、極めて多様な顔を、200の神経の反応パターンで区別できること、またそのときのパターンを、3次元ベクトル空間内のフラットな平面として表現できることを、2017年 Cell に発表している。といっても何のことかわかりにくいと思うが、要するに顔を見たときの脳反応を表現する方法を開発し、結果200神経だけでも無限の顔を区別できることが示された。

このときは顔の認識だが、今回の研究はそれに記憶を複合させて、なじみのある顔と、なじみのない顔で、顔認識表象平面がどのように変化するのかを調べている。

他のグループの研究で、なじみの顔となじみのない顔の違いは、対応する神経興奮の強さだとされてきたが、提示するなじみの顔写真と、なじみのない顔写真の数の比を変える実験で、興奮の強さの違いのように見えたのは、単純に実験に使ったなじみの顔となじみのない顔の比率によるアーチファクトであることを示し、この違いは顔が表象された表象表面の違いにあると考え実験を行っている。

実験自体は、下部側頭皮質の3領域にクラスター電極を設置し、顔写真を見たときの各神経興奮を経時的に記録し、そこから顔の表象に対応する表象平面を割り出し、その傾きを Axis code として数値化している。

この表象平面をなじみのある顔となじみのない顔で比較すると、記憶の影響を受けるなじみの顔の表象表面は、それが形成されると側座に記憶からのシグナルがインプットされ、反応後期に最終的に形成される表象平面の傾きが変化させられることを示している。

すなわち、顔に反応する一個一個の神経の反応が記憶で再現されるのではなく、顔を見たとき形成される表象表面の傾きが一次元的に変化させられるだけで、なじみのある顔だと判断されることがわかる。

といっても、本当にわかった実感がないのが情報処理に依存する研究だ。しかし考えてみると、なじみの顔と、誰の顔であるとアイデンティティーを認識することは全く違った過程だ。個人的感想だが、アイデンティティーは全くことなるメカニズムで行われる可能性すらある。次は是非顔の個性の特定メカニズムを明らかにしてほしい。

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5月20日 DNA障害によるガン治療の成否を左右する因子SLFN11(5月17日 Science 掲載論文)

2024年5月20日
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分子標的薬の開発が進む現在でも、ガンの化学療法の主流は放射線や薬剤により DNA 障害を誘導する治療だ。これは我々の細胞が DNA 障害をうまく修復できないと細胞死に陥るようにできているからで、例えば修復酵素が欠損しているガンでは DNA ダメージを与える治療がよく効く。ただ、ガンもそのままやられっぱなしではなく、DNA ダメージでも生存し分裂を続けるための仕組みを開発する。その一つが有名な p53 で、これが欠損するとダメージに対する反応がなくなるとされてきたが、p53 欠損ガン細胞でも治療に反応するガンが多く存在することが知られている。

今日紹介するオランダガンセンターからの論文は、p53 が欠損していても DNA ダメージにより細胞死が誘導されるメカニズムを追求し、ダメージにより活性化される SLFN11 がリボゾームでの翻訳を止めることで、ストレス依存性の細胞死を誘導する鍵になる分子であることを明らかにした研究で、5月17日号の Science に掲載された。タイトルは「DNA damage induces p53-independent apoptosis through ribosome stalling(DNAダメージは p53 非依存性の細胞死をリボゾームの翻訳を止めることで誘導する)」だ。

この研究ではエポトサイドなどの DNA ダメージ誘導因子でガンを処理したとき、リボゾーム上で起こる翻訳全体が停止する細胞が現れ、カスパーゼ3活性化による細胞死が翻訳が停止した細胞だけで起こることを発見する。また、この反応が p53 欠損した細胞でも起こることを確認し、p53 非依存性の DNA ダメージによる細胞死はリボゾーム上での翻訳停止によることを明らかにする。

次にDNAダメージにより誘導されるいくつかの遺伝子のうち、翻訳に関わる可能性がある SLFN11 と GCN に注目し、研究を進めている。まず、ノックアウト実験から、SLFN11 も GCN もリボゾーム上の翻訳停止に関与しているが、DNA ダメージによる細胞死に関与するのは SLFN11 だけであることを明らかにする。

SLFN11 は UUA-tRNA を中心にいくつかの tRNA を切断して翻訳を止めることで、感染したウイルスの翻訳を止める働きを持っている。すなわち、DNA ダメージによる反応もこの分子を使い回していることがわかる。

一方、翻訳が停止している分子を調べると、特定の tRNA 切断による翻訳だけでなく、翻訳全体の抑制が認められ、これは GCN が存在しないと起こらないことから、SLFN11 が DNA ダメージを検知すると、GCN を活性化して翻訳因子をリン酸化して翻訳を停止させるとともに、特定の tRNA を切断することで、MAPキナーゼから JNK 転写を介するミトコンドリア依存性細胞死を誘導していることを明らかにしている。

この細胞死経路について、実際の直腸ガンオルガノイドを用いて再検討し、DNA ダメージにより UAAtRNA が切断され、リボゾーム上で UAA を持つ RNA が止まってしまい、その結果細胞死が誘導されること、さらに同じ経路がT細胞でも発生することを明らかにしている。

以上が結果で、この経路が働いているかどうかが DNA ダメージを誘導する抗がん剤の効果を占う一つのバイオマーカーになること、そしてガン免疫系もこの治療により強く抑制される可能性が示された。これを実際の治療にどう生かすか、重要な課題になるが、少なくとも SFLN11 が欠損したガン患者さんで、一般的抗ガン剤や放射線療法を行っても、副作用だけ高まることになるので、現ゲノムを調べるときには注目すべき分子だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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