2025年2月2日
様々な原因で起こる皮膚の炎症性疾患で最もやっかいな症状は痒みで、わかっていてもどうしても幹部に手を伸ばして掻いてしまう。その結果、皮膚に新たな刺激が加わって炎症が悪化したり感染が広がるとわかっていても、痒みに抵抗できない。我慢が難しい幼児ではなおさらだ。もちろん本能的に行動してしまうマウスではなおさらで、熊本時代の大学院生だった吉田君が理研時代に発見した皮膚バリア分子欠損マウスのビデオを見せてくれたことがあるが、止まることなく体中をかきむしっている哀れなマウスを見て、痒みのインパクトの大きさを思い知った。
今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、古典的実験モデルを用いて痒みにより掻いてしまうことが炎症を悪化させるメカニスムであることを調べ、しかしこの痒みに対する反応が皮膚のブドウ球菌の繁殖を抑えるポジティブな効果もあることを示した面白い研究で、1月31日号 Science に掲載された。タイトルは「Scratching promotes allergic inflammation and host defense via neurogenic mast cell activation(掻くことでアレルギー性炎症が増強するだけでなく神経によるマスト細胞活性化を通してホストの抵抗力を上げる)」だ。
この研究では免疫性炎症モデルとして化学化合物に対する接触性過敏症を用いている。これは化合物を皮膚に塗って感作し、耳にチャレンジすると耳が腫れる反応を用いて炎症を評価する系で、私が研究を始めた頃から存在する古典的な方法だ。
感作後数日でチャレンジしたとき、ネズミは痒がって引っ掻き、その結果強い炎症が起こるが、化合物の刺激による痒みを感じる感覚神経を光遺伝学的に抑制する(すなわち痒みを感じなくなる)と炎症は抑えられる。また、痒みを感じても引っ掻かないように皮膚を守ると、やはり炎症は起こらない。遅延型過敏症なのでT細胞の浸潤は存在するが、それ以上の炎症の広がり(=顆粒球の浸潤などの炎症像)、には痒みにより誘導される引っ掻くというプロセスが必要であることがわかる。
皮膚を引っ掻いたときに活性化される神経細胞を調べると、これは予想通り TRPV-1(すなわち唐辛子成分カプサイシン反応性)の痛みを感じる神経細胞が重要であることがわかる。これまでの研究で TRPV-1 は刺激を受けると Substance P を分泌し、マスト細胞の刺激が起こることが知られているが、TRVP-1 発現神経細胞を光遺伝学的に抑制すると、予想通り接触性過敏症による炎症進行が低下する。
さらに、痒みを感じる神経を抑制したマウスでも、TRBV-1 神経をカプサイシンで単独刺激すると摂食過敏症による炎症が進行する。すなわち、痒みを感じて皮膚を掻きむしることで TRPV-1 神経を刺激し、その結果 substance P が神経から分泌され、マスト細胞刺激し、ここから様々な因子が放出されることで、免疫反応以上に炎症反応が誘導されることがわかった。
最終段階ではマスト細胞が主役に躍り出るので、掻くという行為に注目したのはユニークだが、あとは神経刺激により分泌される substance P などのメディエータが炎症を誘導するという、これまでも指摘されていたメカニズムに落ち着いてしまっている。そこで著者らは、引っ掻く行動を誘導する痒み回路にはネガティブな役割だけでなく、ポジティブな役割があるはずだと考えた。
ここで着目したのが皮膚常在性の黄色ブドウ球菌増殖抑制の可能性だ。痒みを感じて掻きむしる行動を起こしているマウスと、この反応サイクルが遺伝子操作で停止したマウスについて細菌叢の比較を行い、掻くという行為が抑制される個体では、細菌叢の多様性が低下するとともに黄色ブドウ球菌も皮膚から存在が消失することを発見する。すなわち掻くという行為が TRPV-1 神経を介してマスト細胞を活性化することで、細菌叢を変化させ、黄色ブドウ球菌の増殖を抑制することが明らかになった。
この作用はもっぱらマスト細胞により担われているので、マスト細胞を IgE で刺激して活性化すことでも誘導できる。実際には、TRPV-1 神経刺激と、IgE による刺激が協調することでより強くマスト細胞刺激を活性化して黄色ブドウ球菌の増殖を止めているよ結論している。
以上、痒みを感じて引っ掻くことにも細菌増殖防御というポジティブな側面もあるという結論だが、マスト細胞活性化により細菌どころか、皮膚にうごめくダニを予防できることを示した阪大病理の北村先生の仕事を思い出した。すなわち、ダニに刺されて痒くなって掻いているうちに、ダニを退治することができるという話で、もし本当ならうまくできている。しかし実際そんなうまい話があるのだろうか。
2025年2月1日
アルツハイマー病のメカニズムの研究は様々な動物モデルが利用されることで急速に進んでいるように感じるが、それでもAβの蓄積によるアミロイドパチーと、異常 Tau分子によるタウノパチーの関係などは諸説存在し、我々人間ではどうなっているのか、まだまだわからないことが多い。
今日紹介するミュンヘン大学からの論文は、アルツハイマー病 (AD) を、初期段階から長期に追跡するコホート研究に参加している患者さんの様々な脳画像から Aβ が神経興奮誘導を通して Tau分子の伝搬を示唆する研究で、仮説に基づいての研究とは言え発想が面白い研究だ。1月22日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Amyloid-associated hyperconnectivity drives tau spread across connected brain regions in Alzheimer’s disease(アミロイドによる神経の結合性亢進がアルツハイマー病で Tau が脳全体に伝搬させている)」だ。
これまでも紹介してきたように Aβ や Tau が脳内で蓄積している様態を PET を用いて検出することができる。この研究では、これに加えて安静時の機能的MRI (fMRI) を同時に調べ、神経の活動性を測定している。
これらの画像から AD のメカニズムに関して何がわかるのかと思ってしまうが、この研究は最初から明確な仮説をたて、その仮説と脳画像が一致するかを議論している。これは介入や遺伝子操作などが殆ど不可能な人間の脳研究では当然のことで、最終的なメカニズム解析は、培養かあるいは動物モデルを用いて行う必要がある。
では、この研究グループが証明したいと考えている仮説とは何か?これについてはタイトルで明示されており、Aβ が神経を興奮させることで細胞間の結合性を高め、これが Tauタンパク質の伝搬を促進し、タウノパチーが脳全体に広げるドライバーになっているという仮説だ。もちろんこれは新しい仮説ではなく、Aβ が神経興奮を誘導することや、Tau が下側頭葉から神経結合に従って伝搬することはすでに示されてきた。ただ、人間でこれらを示すことは簡単でない。
この研究では Aβ を検出する PET と fMRI の脳活動状態を比べ、Aβ が蓄積している場所が fMRI で神経活動が亢進している部位とオーバーラップすることを確認している。すなわち、Aβ の蓄積が神経の加興奮を誘導している可能性は人間の脳画像検査により強く示唆される。この研究ではさらにグルコースの取り込みを調べる FDG-PET でもこれを確認している。
次に検討したのは、Aβ により過興奮が誘導されると、神経シナプス結合性が高まり、これが Tau の伝搬を促進している可能性だ。このために、まず Tau-PET を用いて患者さんの経過を観察し、Tau の震源地がこれまで示されていたように下側頭葉に存在すること、そしてこの震源地から脳各領域に時間をかけて伝搬するのが PET の経過観察で追跡できるが、この伝搬時に伝搬先の Aβ の蓄積があるほど、伝搬しやすくなっていることを発見する。
重要な結果は以上で、現象論ではあるが初期 AD で Aβ が蓄積し始めると、これが神経興奮を誘導して、シナプス結合性が自然に高まる。この結合性の促進は、異常Tau がシナプスを超えて伝搬する過程を促進し、結果タウノパチーが脳全体に広がるという結論は、少なくとも AD の画像診断結果と一致する。しかも、この一致は1例、2例の話ではなく、このコホートに参加している多くの患者さんで認められるという結果だ。
脳画像からは矛盾がないと私も思うが、気になる点もある。もし Aβ の働きが神経興奮誘導だとすると、もっとAβに対する抗体が効いても良いのではと思うし、ApoE変異(Christchurchi型)で Aβ が存在するのに Tau が全く変化しないのは、この仮説では説明できていないと思う。
2025年1月31日
食物アレルギーは場合によっては命に関わるが、経口摂取した食物アレルゲンにより腸内で2型アレルギーが誘導される結果で、もちろん粘液分泌など腸上皮の関与もあるが、基本的には免疫システムで終始するのかと思っていた。ところが今日紹介するハーバード大学からの論文は、粘液を分泌するゴブレット細胞から2型免疫反応を増強する分子が分泌され、アレルギー反応成立に重要な役割を果たしていることを示した研究で、1月222日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「RELMβ sets the threshold for microbiome dependent oral tolerance(RELMβは細菌叢依存性に食物トレランスの閾値を決める)」だ。
この研究では2型免疫反応が遺伝的に高まっている IL-4受容体がリガンドなしに活性化されるマウスを用いている。このマウスに卵白アルブミンなど抗原を経口摂取させ、もう一度抗原でチャレンジすると、ゴブレット細胞からの RELMβ の分泌が高まることを発見している。さらに、食物アレルギーを発症している小児でも血中の RELMβ が上昇することを発見する。
そこで、RELMβ 自体の機能を調べるため遺伝子ノックアウトマウスを作成すると、食物によるチャレンジでアナフィラキシー反応が起こらないことがわかった。皮膚から免役して食物でチャレンジする実験から、RELMβ は感作過程ではなくアナフィラキシー反応に直接関わっていることがわかった。
次に RELMβ が食物アレルギーを増強するメカニズムを探ると、RELMβ が欠損すると抑制性T細胞 (Treg) の腸管での誘導が低下していることを発見する。また通常 RELMβ 欠損によって要請されるアレルギー反応も、Treg の機能を抑制したノックアウトマウスでは抑制が見られない。すなわち、RELMβ は何らかのメカニズムで Treg の誘導を抑えることで食物アレルゲンに対するトレランスを破壊していることがわかる。
ただ、これは RELMβ が直接 Treg に作用するためではない。RELMβ はレジスチンと呼ばれる分子の仲間で腸内細菌叢に働くことが知られている。また、腸内細菌叢は幼児期の食物アレルギー発生に関わることが知られている。従って、著者らは RELMβ は腸内細菌叢への変化を介して Treg 誘導に関わると考えた。
ただこの辺から話は急にややこしくなる。Treg 誘導にも関わるとされている乳酸菌を調べると、RELMβ は直接作用はないが、分泌が高まると乳酸菌が低下する。そしてこの作用は、RELMβ がゴブレット細胞の他の抗菌分子を誘導することを介して起こっていることを示している。
ここまで来るとこの研究は細菌叢研究になり、細菌叢由来で Treg への作用がある代謝物探しになる。結果、トリプトファン由来のインドール化合物が直接 Treg を誘導する作用を持っており、この作用がダイオキシン受容体として知られる AhR受容体を介した転写調節の結果であることを明らかにしている。
最初は RELMβ からはじまって、上皮由来分子が直接免疫系に作用するのかと読み始めたが、結局割と平凡なところに落ち着いた気がする。しかし、この論文の最後にマウスの実験とはいえ、幼児期、食物アレルゲンで感作する前に RELMβ に対するモノクローナル抗体で処理すると、アナフィラキシーの発生が抑えられることを示している。もちろん幼児に抗体注射という話は簡単ではないが、遺伝的にアレルギーリスクの高いことがわかっている場合は、一つのオプションになると思う。
例えばノーベル化学賞を受賞したDavid Bakerさんは、腸炎のサイトカインによる炎症を抑える、しかも経口投与可能なペプチドを開発している (https://aasj.jp/news/watch/24742 ) 。こんなペプチドができれば食物アレルギーを抑えられるかもしれない。
2025年1月30日
先日哺乳動物の海馬の構造を新しい AI 回路の設計につなげる研究について紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/26034 )、素人ながらこの方向性の研究が新しい AI 設計に欠かせないように思う。そう考えて、今日は1月23日 Cell に掲載された、人間の海馬の回路構造を機能的、組織学的に詳しく検討したオーストリア科学技術研究所からの論文を紹介する。タイトルは「Human hippocampal CA3 uses specific functional connectivity rules for efficient associative memory(人間の海馬 CA3 は効率の良い連合記憶を実現するため特別な機能回路を形成している)」だ。
海馬の CA3 領域は、錐体細胞が回帰的回路を形成することで、パターン記憶と記憶想起を可能にしていると考えられている。すなわち、先日も紹介した2024年ノーベル物理学賞のホップフィールド回路に似た構造を持っていることが知られている。実際、マウスから人間への進化の過程で、海馬神経の数は急速に増加し、記憶容量も上がっている。 まさに AI の巨大化競争と同じことが進化で起こったと言えるが、では回帰的回路を形成している神経間の回路はどうなっているのか?以前のマウスCA3の研究から皮質の錐体細胞と異なり、神経間のネットワークの密度が低いことが知られていた。ただ、人間での研究は少ない。
この研究ではてんかん病巣の切除手術で採取した CA3 領域からスライスを作成、複数のパッチクランプ電極を設置、刺激したときの錐体神経間の結合を生理学的に解析するとともに、同じ組織を高解像度顕微鏡により形態学的に調べ、人間の領域の CA3 回路特性を調べ、マウスの回路や、人間でも他の領域回路との比較を行っている。
結論は単純で、人間の CA3 の神経間結合の密度は極めて低いことが明らかになった。すなわち多くの電極を設置して刺激応答を調べても、殆どの神経では反応が見られない。人間の皮質では、刺激に対して10%近い細胞が反応するのに、CA3 では1%に満たない。さらに、動物の間で比べると、人間の CA3 と比べて、マウスでは4倍、ラットでは2倍の結合性が認められる。
この背景にある組織学的違いを調べると、まず錐体細胞の大きさの多様性が大きい。これは細胞間のネットワークはまばらでも、個々の結合自体が強くなっていると考えられる。実際、シナプスを反映するスパインの数を調べると、スパインの密度はマウスと比べ半分に低下しているが、神経突起の長さが伸びているので、細胞が受け取っているスパイン数は同程度に保たれている。すなわち、ノイズの入りにくい構造ができている。
そこで結合している神経間でシグナルの伝達様態を調べると、マウスでは反応の正確性(すなわち立ち上がりや強さ)が低い(例えば3回の刺激に対して反応が抜け落ちる)が、人間ではほぼ完全に刺激に応答することがわかった。
すなわち、人間では錐体神経細胞の増加をそのままネットワークでつなぐのではなく、細胞間の結合性を減らすことで正確にシグナルが伝わるように進化していることがわかる。
そこで、この結合様式を反映するニューラルネットを PC 上で再現し、神経細胞数を高める一方、ネットワークの密度は下げ、結合自体の信頼性を高めることで、パターン記憶と想起の性能が格段に高まることを確認している。
以上が結果で、ニューラルネットワークも機能が違えば全く異なる特性の回路が形成されており、さらに進化の過程で特性を変化させていることがはっきりする。このように AI と比較しながら我々の脳やその進化を再検討することで、より効率の良い人工知能が可能になる。現在マスメディアでは、中国発の Deep Seek の話題で持ちきりだが、今や本当の課題は、これまでとは全くこ異なるニューラルネットを設計するための確信で、脳研究との共同は必須だ。
そう考えると、理研脳科学研究所が最初に設立されたとき、伊藤先生が我が国の人工知能の先駆甘利先生をメンバーに招かれたことは、当時の日本の脳研究の高い見識を示していると思う。
2025年1月29日
世界規模の細菌叢研究によって、細菌叢は地域性が極めて高く、同じ国でも田舎と都会では大きな変化が見られることが知られている。この地域多様性の大きな原因は、当然食事で、ファストフードなどの都会の食事スタイルが、細菌叢を通して生活習慣病に影響することも知られている。従って、細菌叢を健康型へ変化させる食=プレバイオと、細菌による細菌叢介入=プロバイオは、人間の健康にとって重要な課題といえる。
今日紹介するカナダ・アルバータ大学を中心とする研究グループからの論文は、カナダのエドモントン在住のボランティアにパプアニューギニアの食をヒントに作成したプレバイオを3週間食べてもらったときの細菌叢の変化を調べた研究で、1月23日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Cardiometabolic benefits of a non-industrializedtype diet are linked to gut microbiome modulation(非工業国型食事による心臓代謝への効果は細菌叢の変化とリンクしている)」だ。
よく Cell が採択したなと言うのが率直な感想で、これまで言われてきた点の繰り返しに過ぎない気がする。ただ、科学性を高めるための様々な工夫が見られるのと、徹底的な解析が行われているのは評価できる。
まず工夫の方から紹介する。プレバイオの治験論文は数多くあるが、この研究では脳や代謝に様々な効果を持つ乳酸菌ロイテリ菌を指標として用いている。ロイテリ菌は都会人では殆ど検出されない。一方、パプアニューギニア人にはほぼ全員に検出される。そこで、ロイテリ菌が都会人にも定着できるかどうかを一つの指標としている。さらにプレバイオの設計も、パプアニューギニアで食べられている食品でカナダで購買可能なアイテムを用い、カロリーは一定だが、繊維が多く脂質が少ない細菌叢回復食品(回復食)を作成し、これを介入食として用いている。
結果だが、ロイテリ菌を一回飲んでも、食事がそのままだと全く定着しない。しかし、回復食を食べているグループは、ロイテリ菌が定着する。面白いことに、ロイテリ菌でもパプアニューギニアから採取した系統は回復食で維持できるが、ドイツで分離されたロイテリ菌は回復食でも維持できない。この結果は、プレバイオとプロバイオを統合させることの重要性を強く示唆している。もちろん毎日ロイテリ菌を飲んだ場合どうなるかについては全くわからないので、プロバイオを否定するものではない。
もちろんロイテリ菌だけでなく、ホストの細菌叢にも回復食は大きな影響を持つ。驚くのは、空腹時血糖、コレステロール、LDL などいわゆるメタボの指標が軒並み改善するのを見ると、回復食の威力を知る。
これまで、田舎の人ほど細菌叢の多様性が高く、これが健康の元と考えられてきた。ところがこの研究で使われた回復食は、逆に細菌叢の多様性を低下させる。ちょっと意外だが、残った細菌については細菌同士の相互作用を高める効果が確認できる。その結果、健康にいいと考えられてきた細菌を増やし、健康に悪いとされてきた細菌叢を減らすことに成功している。
集団レベルで見ると、大きな変化が見えないように見えるが、個人ごとで調べると回復食により2-3割の細菌叢が変化していることがわかる。これは短鎖脂肪酸などの代謝物が高まることから来ている。また、炭水化物を分解する能力の高い細菌が回復食で高まる。
詳細はすっ飛ばしたが、以上がこの研究の概要で、要するに繊維の多い植物性の食品が健康の秘訣であるという当たり前の結論になる。創薬研究と異なり、食の研究は結果が出てくるのに時間がかかる。特に、死亡率や心臓疾患と言った長期追跡が必要な指標を調べたいと思うと、殆ど介入研究は難しい。しかし、薬には頼らない健康法を科学的に証明するとすると、このような研究を地道に繰り返す以外に方法はない。
2025年1月28日
非侵襲的に細胞の局在や活動を調べる方法がPETで、これに用いる半減期の短い様々なアイソトープが開発されてきた。現在主に使われているのはフッ素18 をラベルに用いた deoxyglucose の取り込みで、これにより細胞の代謝活性がわかるため、活性の高いガンや炎症部位を特定するのに使われている。ただ、身体の中には何百種類もの細胞が存在するため、これらの状態を調べるためには、それぞれの細胞が発現する細胞表面マーカーに対する抗体を利用できると、PET の利用範囲は大きく広がる。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、血液細胞が発現しているCD45に対する抗体を用いて全身の血液分布を調べると局所炎症の発生と経過を正確に捉えることができることを示した研究で、1月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「CD45-PET is a robust, non-invasive tool for imaging inflammation(CD45-PET は炎症のイメージングを可能にする安定性が高い、非侵襲的ツールになる)」だ。
これまでも抗体をアイソトープに結合させたプローブは開発されていると思うが、この研究ではまずマウスCD45 を認識する H鎖抗体・ナノボディーにキレーターを結合させ、これにジリコニウム89 を結合させている。そして、この構造にポリエチレングリコールを加えることで、腎臓での吸収を抑えるという工夫をしている。
このプローブを注射して得られる画像は、予想以上にリンパ球特異的と言える。最初、体中に血液が分布しているので全身が染まるのではと思ったが、イメージングされてきたのは見事に、脾臓、リンパ節、そして骨髄で、肝臓などは予想以上に低い。すなわちまとまって CD45細胞が存在する場所が選択的に染まる。その意味で、リンパ節は強く染まる。しかし、腸管のパイエル板などは殆ど染まってこない。これはおそらく大きさの問題だろう。
次に肺や腸管で炎症を誘導してイメージングを行うと、肺への血液細胞の集合を見事にに捉えることに成功している。同じことは FDG を用いた代謝PET でもできるのだが、肺の場合 LPS の量を変化させて肺の病変の強さを変化させたとき、CD45PET ではこの炎症の程度の差を捉えることができるのに、FDGではできない。
同じように消化管に炎症を起こすデキストランスルフェーとを摂取させる系でも、炎症の強さをCD45-PET は捉えるのに成功している。さらに重要なことは、肺でも大腸でも炎症が強くなると体重が低下するが、CD45-PETから計算される重症度は見事に体重の低下と比例している。
最後に、ヒトCD45 に対する H鎖と C鎖の一部を持つ CD45抗体を用いて同じようにラベルしている。この抗体は体内での半減期が短いことから、同じ抗体でも PET には使いやすい。これを用いて、ヒト造血系を移植したヒト化マウスのイメージングを行うと、リンパ節などの染まる程度は低いが、ヒト細胞が移動し居着く脾臓を特異的染められることを示している。
もちろん、炎症で血管透過性が上がっただけでプローブが検出されると言った心配はないこと、さらに常に FDG と比較して、CD45-PET の方が感度や特異性が高いことも示している。
結果は以上で、後は遙かに大きなヒトを用いた治験を進める必要がある。例えば関節リューマチや、臓器説く的自己免疫疾患などは重要な標的になる。さらには 1型糖尿病で β細胞をアタックするリンパ球の浸潤などが捉えられたら、臨床的価値は計り知れない。期待したい。
2025年1月27日
女性は X染色体を2本持っているが、個々の細胞レベルでは片方だけを使って、もう片方は完全に不活化している(この詳しいメカニズムについては先日紹介したばかりだ:https://aasj.jp/news/watch/26014)。これはオスでは一本しかない X染色体からの遺伝子発現量をそろえるためで、このおかげで X染色体上の多くの遺伝子の発現量がオスメスで同じようになるように維持されている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、ゲノムレベルでは完全に同じでも、母親由来の X染色体と、父親由来の X染色体で機能に差がある可能性を追求した面白い研究で、1月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The maternal X chromosome affects cognition and brain ageing in female mice(母親由来X染色体は雌マウスの認知及び脳の老化に影響する)」だ。
この研究では Xist を片方の染色体でノックアウトできるマウスを作成し、全ての細胞が母親由来の X染色体だけを使っているマウスを作成し、母親、父親それぞれ由来の X染色体をランダムに利用している正常マウスと比較している。殆どの臓器では両者で差がなかったが、海馬機能を反映する空間記憶では、若いときから母親由来の X染色体だけを使っているマウス(Xmマウス)では異常が認められた。さらに記憶力の低下は、年齢とともに低下した。
ゲノムレベルではどちらの X染色体も違いはないので、エピジェネティックな違いであると想定してまずメチル化を調べると、血液では全く違いは見られないが、海馬で老化とともに Xmマウスのメチル化速度が高まっていることがわかり、生物学的老化が進んでいることがわかった。
ここまでなら「まあそんなこともあるか」で終わるのだが、このグループはさらに踏み込んで、Xm が発現すると蛍光が発するようにして、正常の XXマウスの細胞を母方の X(Xm) を発現している細胞と、父方の X(Xp) を発現している細胞に分けてメチル化を調べると、母方の X のみメチル化速度が高まっていることを発見する。
そこで、Xm と Xp でメチル化されている遺伝子を調べるとシナプス形成に関わる遺伝子及び免疫機能に関わる遺伝子などが Xm のみで強くメチル化を受けることを発見している。またこれら遺伝子の発現で比べると、Xm からは殆ど発現がない。
すなわち、なぜか Xm ではメチル加速度が高まって、いくつかの遺伝子の発現が抑制されることが、Xm だけになったマウスで老化による認知症の進行が高まる原因と考えられる。そこで CRISPR を用いてプロモーターからの転写を高める方法をこれら遺伝子に用いて認知機能を調べると、これらの遺伝子の発現を正常の老化マウスの Xm でもう一度オンにするだけで、認知症の進行を抑えられることを示している。
結果は以上で、面白いがちょっと不完全な気がする。
実際には CRISPR オンの実験を、Xm だけからなるマウスでも見てほしかった。そして何よりも、オスの場合全ての X は母からなので、同じようにメチル化されているのかなども知りたいところだ。また、Xmだけでメチル化が早まるというそもそもの原因も知りたい。このように、答えより疑問が多く残る研究だが、現象は面白い。また、正常女性の認知症を抑える新しい方法が生まれるかもしれない。
2025年1月26日
Cationic peptide (陽イオン性ペプチド)は、正電荷を持つアミノ酸を多く含むペプチドで、抗菌ペプチドディフェンシンは有名だが、様々な機能を持つことが知られている。
今日紹介するカリフォルニア大学アーバイン校からの論文は、陽イオン性ペプチド全般にシナプスでの受容体クラスター形成を抑制して記憶を消す効果を持つことを示し、そのメカニズムや臨床的意義について議論した研究で、1月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cationic peptides cause memory loss through endophilin-mediated endocytosis(陽イオン性ペプチドはエンドフィリンによるエンドサイトーシスを介して記憶消失の原因になる)」だ。
現在のようにペプチド創薬に大きな期待が集まっているとき、陽イオン性ペプチドにより記憶が失われるというタイトルを読むと「エ!」と驚いてしまうが、この研究はもともと2006年に発表された記憶を消すペプチド ZIP の作用を調べることに始まっている。
発見以降 ZIP は細胞シグナルへの特異的作用として研究されてきたが、このグループは ZIP が正電荷を持つアミノ酸が46%も含まれていることに気づき、ペプチド自体の特異的作用ではなく、陽イオン性ペプチドが一般的に持っている作用ではないかと着想し、ZIP とともに、細胞内にペプチドが取り込まれる陽イオン性ペプチドTAT を用いて記憶消去効果を調べると、TAT も同じように記憶消失を誘導できることを発見する(実際にはこの実験は論文の後の方で示されている)。
そしてこのメカニズムとして、陽イオン性ペプチドが神経シナプスで神経刺激により誘導されるグルタミン酸受容体やGABA受容体の数の上昇及び、それに伴うクラスター形成素阻害することを発見する。そして、この阻害が神経刺激によってシナプス膜に新たに集められてきた受容体を、エンドサイトーシスの一つ Macropinocytosis を介して細胞内に取り込んでしまう作用であることを突き止める。
脳のスライス培養を行い、刺激によりシナプスの活性が高まる長期効果を指標に調べると、ZIP も TAT も同じように長期効果誘導を抑える。さらに、正電荷のアミノ酸の割合を変えて実験を行うと、アミノ酸配列ではなく、正電荷アミノ酸の割合に応じて、シナプスの長期増強を抑える作用が高まることも確認している。
最初に述べてしまったが、マウスの脳にペプチドを注射する実験から、ZIP だけでなく TAT も恐怖体験時に音を聞かせる実験で調べる記憶の成立を抑えることを明らかにしている。ただ、これだけでなく、TAT のように細胞内にペプチドをデリバーする目的で用いられるペプチドは、全身投与でも記憶の成立を抑えてしまうことを明らかにしている。
現在、TAT がペプチドデリバリーの方法として使われることを考えると、大量に投与された場合、記憶消失という問題が起こる可能性がある。また、様々なペプチド薬開発についても、この点は考慮する必要があるだろう。
ただ、この研究は陽イオン性ペプチドの問題を指摘しただけではない。脳損傷による記憶の喪失が、単純に回路が壊れるだけではなく損傷部に分泌される陽イオン性ペプチドの作用もあるのではと考え、陽イオン性ペプチドにより誘導されるグルタミン酸受容体の Macropinocytosis を抑える薬剤を脳損傷マウスに投与する実験を行っている。その結果、カリウム保持性の利尿薬として用いられるアミロライドを脳損傷前にマウスに投与しておくと、記憶の喪失を防げることを示している。
実際の臨床でどのように使えるのか、まだまだ検討が必要だが、ZIP の研究から、記憶維持に関わる介入可能なメカニズムを示した面白い研究だと思う。
2025年1月25日
昨年のノーベル物理学賞を受賞した Hopfield さんは、エピソード記憶を可能にするニューラルネットワークを開発したが、Hopfieldネットワークの記憶できるパターン数はネットワークを形成するニューロンの数で決められ、これを超えるパターンを入力すると、記憶全体が崩壊することが知られていた。この限界を超えるために様々なモデルが提案されているが、ICメモリーと違って、ニューラルネットでエピソード記憶を実現するのは今でも簡単でない。
今日紹介する MIT からの論文は、我々の脳で空間やエピソード記憶に関わる嗅内野、海馬、感覚野の構造を参考にしたネットワークを構築することで、Hopfieldネットワークが抱える N-Clif と呼ばれている限界を超えて記憶が可能であることを示した研究で、1月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Episodic and associative memory from spatial scaffolds in the hippocampus(海馬の特別な空きゃフォールドから生まれるエピソード記憶及び連合記憶)」だ。
エピソード記憶とは経験したイベントを時間や空間に即して記憶し、呼び出せることで、連合記憶とは異なるイベントを関連させて記憶することを意味する。我々の脳ではこれらのタスクは海馬で行われていることはよく知られているが、2014年にノーベル症を受賞した場所細胞とグリッド細胞の発見以来、空間だけでなく、エピソード記憶も同じ海馬の構築を用いて行われることがわかってきた。
Moser さんたちのグリッド細胞の発見の意義は、私たちの脳の中に、基本的には変化しない物理空間の表象が形成されていることを示したことだ。すなわち、カントが構想した経験の認識に必要な先験的な枠組みが実際に脳に形成されていることが示された(実際ノーベル賞の受賞理由にカントとMoserさんたちの発見の関係が書かれている)。
ネットワーク的にさらに説明すると、グリッド細胞は経験とは関係なく、しかし互いに刺激し合う結果、嗅内野上の厳密な座標に沿って発生初期に形成される。そして、感覚野から来る刺激に合わせて形成される場所細胞は、グリッド細胞が形成している不変の座標を参照して決められる。
研究では、インプットにより変化する感覚野と海馬のネットワークに、嗅内野の不変のグリッド細胞ネットワークを統合させた新しい Vector-HaSH と呼ぶモデルを作成し、空間記憶、エピソード記憶、連合記憶に関するパーフォーマンスを、Hopfieldネットワークと比べている。
ただ具体的実験の詳細については全く門外漢で、殆ど理解できていない。しかし、脳のグリッド細胞と同じ機能を導入することで、Hopfiekdネットワークでは崩壊していたニューロン数以上のパターンの記憶が成立できることを示していることはよくわかった。
そして、このメカニズムについての解析から、空間認識で海馬の場所細胞がグリッド細胞と連合することで、場所細胞の複雑性が、グリッド細胞が形成される2次元空間に展開し直され単純化されると同じように、複雑なエピソードがグリッド細胞ネットワークに2次元展開して単純化されることで、ニューロン数を超えるエピソードが記憶できるようになることを示している。すなわち、連合記憶に必要な参照相手をグリッド細胞ネットワークが提供している(全く個人的解釈で、間違っておればごめんなさい)。
以上が結果で、繰り返すが特にニューラルネットでの処理については理解できていないことを断っておく。ただ、我々の脳の構築、特にネットワーク活動を反映してシナプスが変化する海馬/感覚ネットワークと、経験に殆ど影響されないグリッド細胞ネットワークが統合されている機能的意味がニューラルネットにより示されたのは感慨深い。
現在カントのアプリオリを現代の脳科学と対比させるために論文を読んでいるが、中でもグリッド細胞の機能に興味が引かれていた。そんな中で今日紹介した研究はグリッド細胞の機能を全く異なる視点から教えてくれ、人間の脳とAIを比較する新しい研究領域の重要性を再認識した。
2025年1月24日
研究者にとって独立した自分の研究室を持つことが最も重要なゴールだ。現在では大学も若手に独立ポジションを提供する様々な仕組みを備えてきたが、私たちの時代は教室の教授の理解を得て独立で研究することはあったが、基本は教授=独立だった。また、様々な独立ポジションが設定されたとしても、各大学で最も大事なのは教授選考であることに変わりはない。
今日紹介するアイルランドコーク大学を中心とする国際コンソーシアムからの論文は、教授選考に限ってどのような指針で行われているかを、世界中の大学に在籍するコンソーシアムのメンバーから集め、比較を行った研究で、1月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Regional and institutional trends in assessment for academic promotion(アカデミックプロモーションのための評価に関する地域的、機関間のトレンド)」だ。
メンバーに呼びかけて、公式な選考指針だけでなく、各選考時の非公式な指針も集めて、教授選考に何が重視されるかを調べている。ただ、公式であれ、非公式であれ、書かれた指針がどれほど重視されているのかと考えると、この研究のデータ集めの手法自体に問題があるように感じた。というのも、熊本大学、京都大学、理化学研究所と3機関で何回も教授選考に関わったが、書かれた指針を熟読して人事に当たったという記憶は全くない。コンプライアンスに欠けると言われるかもしれないが、特に選考委員会のメンバーとして選ばれた場合は、大学のレベルを少しでも上げたいという強い意志の元、公募だけにとらわれず、いい人に来てもらうためのあらゆる努力をした。それを考えると、書かれた指針を集めても本当の実態は見えてこないように思う。できれば、実際の選考過程をヒアリングなどを通して調べないと選考の基準は見えてこない。
結局この研究での結論は、教授選考の指針としては、論文などの業績、社会での認知度、キャリア、影響力などが重要な要素だが、
- 論文などの業績はグローバルノース各国と比べると、グローバルサウスの方で重視される傾向がある。すなわち、研究でリードしている国ほど業績だけで決めない。
- それぞれの地域でも、指針は極めて多様。
- 専門領域間で、選考基準の違いはあまり大きくない。
など当たり前の結果で終わっている。その意味で、Nature に採択されているからと、この論文を基盤に世界のトレンドを図るのは問題があると思う。
そこで、今日は論文紹介はこれぐらいにして、教授選考に関する個人的経験を述べて終わる。
現在どうなっているかわからないが、京大医学部教授会の人事では、選考委員会で最終結論を出さずに、2-3人の候補者に絞り、後は徹底的に議論するという方法だった。従って、専門外の教授でも勇気をふるって説明がよくわからないと表明して、選考を差し戻すことができた。もちろんこのような例は殆どなかったが、それでも専門外をとことん理解するため、議論は深夜に及ぶのが普通で、人事のある日はサンドイッチが出た。どの学部でも様々な専門が存在するが、他の領域を理解して教授会の一体感を維持するためのいい方法だと思う。一方、熊本大学では説明を聞いて少しの質問の後投票を行った。
より目的のはっきりした小さい組織の中核人事を行うときは、時間がかけられないが目的がはっきりしているので、人事はさらに重要になる。私自身は、熊本大学では遺伝発生医学研究所、京都大学では再生医学研究所、健康科学科、そして理研・発生再生研の立ち上げに関わった。このような場合、当時は候補者の名前付きで文科省に申請するので、方向性を明確にして、一番ビジブルな人を選ぶ必要がある。また、最初の人事で組織の方向性を世間に示す必要がある。これによって、その後の組織の成功が決まる。
いずれにせよ、教授選考の殆どは選考委員会の目利きとしての努力にかかっていると思う。選考委員会のメンバーのレベルが低いと、レベルの低い人事しかできない。そのためにも、教授には専門業績だけでなく、深い知識と人を見る目が要求されると思う。
今日本の研究力低下が問題にされている。ただ、論文を読んでいると、我が国からも素晴らしい論文を書く若手が出始めている。このような若手を一人でも多くサポートするのが大学や研究所、そして人事を担う選考委員会の役割だと思う。