9月12日 半自動気管挿管機器の開発(9月10日 Science Translational Medicine 掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ

9月12日 半自動気管挿管機器の開発(9月10日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年9月12日
SNSシェア

おそらく気管挿管を日常行っているのは麻酔科の医師だと思う。私の現役時代と異なり、機器が進歩して長期に人工呼吸器を使える様になった現在では、一般の医師にとっても重要な手技だと思う。しかし、気管挿管は言うほど簡単ではない。マッキントッシュ気管鏡で喉頭を目視し声紋を確認してそこにチューブを挿入するのだが、目視に戸惑って時間がかかる。熟練していないと病院内でもこの状況なので、訓練を受けた救急救命士でも救急現場での挿管は大変だろうと思う。実際統計によると、病院外で一回で挿管できるのは65%に過ぎず、病院内での85%よりかなり低い。この結果挿管に時間がかかり様々な問題が起こる。

これを防ぐため、より簡単に声紋の目視が可能な Airway Scope が開発されている(現状での普及状況については把握できていない)。また、失敗のほとんど無い声門上デバイスも開発されているが、機能的には通常の挿管に劣る。

今日紹介するカリフォルニア大学サンタバーバラ校からの論文は、喉頭鏡なしに挿入すると自分で気管へチューブがガイドされる機器の開発で、驚くのは Airway Scope のような画像装置は全く使っていない点だ。タイトルは「A soft robotic device for rapid and self-guided intubation(自分でガイドして迅速に挿管が可能な柔らかいロボットデバイス)」で、9月10日 Science Translational Medicine に掲載された。

論文が公開されていないが、この論文を理解するには画像を見る必要がある。幸い、医学ニュースサイトの一つが画像付きで解説しているので、その画像を参照してほしい(https://interhospi.com/new-soft-robotic-device-achieves-96-success-rate-in-emergency-intubation-with-minimal-training/)。

この画像にあるように、舌を押さえてこの機器を喉の奥まで挿入すると喉頭蓋まで到達するように形状が工夫されている。その後通常より柔らかいチューブを挿入するとその圧で喉頭蓋を持ち上げるバーが上がって、できた孔からまず柔らかいガイドチューブが飛びだしてくる。このチューブは上向きに進むようできており、目視なしで必ず気管の方へ進んで、チューブをガイドしてくれる仕組みになっている。こうして挿管できるとあとはカフを膨らませて空気を送って気管に挿入されていることを確認し、introducer と呼ぶ機械を引き抜けばよい。この方法ではチューブは柔らかいが、スタイラスは使わない点も特徴的だ。

この方法は、誰もが高い成功率で気管挿管ができるようにすることだが、それだけでなく気管を傷つけるリスクが低い。実際挿管による組織への圧力を計算すると、10分の1程度で、安全性が高い。

あとはマネキンや死体を用いた実証試験を行って、日本で言う資格を持った救急救命士による挿管の成功確率及び時間を計っている。その結果、一回でうまく挿管できる確率は87%に達し、何よりも必要時間が半減する。さらに、通常の挿管が難しい肥満などの死体で試すと、通常の挿管で一回目に成功する率が36%に対し93%と驚くべき数字をたたき出している。もちろん挿管までにかかる時間も半分以下になっている。

以上が結果で、死体でしかテストされていないという限界を考慮しても、かなり期待できる結果だと思う。現役時代、うまくいかない場合気管支鏡をチューブに入れて声帯を目視して入れればいいと常に考えていたが、目視が必要無いというのが最も大きな特徴だと言える。素晴らしいアイデアで、医者にとっても負担が軽くなる。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月11日 Long read DNA sequencerは細菌叢研究を変革する(9月9日Cellオンライン掲載論文)

2025年9月11日
SNSシェア

細菌叢研究は最初リボゾームRNAの配列をベースに細菌叢に存在する細菌種を推定する事から始まった。多くの研究はまだまだこのレベルにとどまっているが、細菌叢のホストへの効果が細菌のプロダクトによることを考えると、細菌叢とホストの形質の間の因果性を明らかにする目的にはここの方法の限界は明白だ。そこで、細菌叢から採取されるDNAの配列を全て読んで、それを現在わかっているゲノム配列を参照して各バクテリアのゲノムに再構築するメタゲノムが行われるようになり、重要な論文の多くはこの方法を用いて細菌叢とホストの関係の研究を行っている。

細菌叢の全ゲノムを解読する目的には当然long readと呼ばれる新しいシークエンサーのポテンシャルは大きい。即ちlong readだと繰り返し配列や重複、欠損が正確に解析できるだけでなく、アッセンブラーを用いた全ゲノム再構築も容易になる。そこで、細菌叢研究にLong readが大きな変革をもたらす可能性を、アフリカの最貧国の一つマラウィの2カ所の村の子供の細菌叢をほぼ1年にわたってサンプリングし、様々な機器やアプリを用いて全ゲノムを解析、それと子供の成長との相関から示そうとしたのが今日紹介するソーク研究所からのの論文で、9月9日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Culture-independent meta-pangenomics enabled by long-read metagenomics reveals associations with pediatric undernutrition(培養に基づかないlong readメタゲノムを用いたメタパンゲノミックスにより子供の栄養不良と細菌叢の関係が明らかになる)」だ。

この研究の最も重要な貢献は、同じサンプルを様々なlong readの機械、及びゲノムアッセンブリーのためのアプリを使って徹底的に解析し、今後の研究のための最適なプラットフォームを提案するとともに、異なる方法の間の互換性についても考慮されていることで、今後Long readを用いた細菌叢研究を推進したいという目的がはっきりわかる。実際、Long read機器は最近急速に進展しており、最も新しい機械を用いた今回の結果はこれからの研究に大きく貢献すると思う。

各方法の比較で言うと、最も正確に多くのデータが得られるのがパックバイオの機器を用いた方法で、次がオックスフォードナノポアを用いた方法が続く。即ち一分子シークエンスの老舗が最も信頼が置けることになる。解析に必要な価格はパックバイオがかなり安いが、機械自体の価格はナノポアと比較にならないほど高いので、評価は難しい。いずれにせよ、どちらを選んでもデータの互換性が確保できるようさらにデータを重ねてほしい。

この研究ではshort readと比べてlong readが因果性解析に優れているかどうかについては直接のデータが無い。しかし、subspeciesレベルの細菌と子供成長や、母乳との関係についてはこれまで示されてきた以上の詳細な相関を示すことができている。

もちろん集団としての細菌叢を定義する点でも、成長が安定している子供で細菌叢が安定していること、逆に成長障害が認められる場合は細菌叢が安定しないことなどを高い感度で検出することができる。

そして何よりも、細菌がコードする様々な遺伝子と成長、母乳栄養などとの相関をかなりの精度で特定できる。驚くのは、このように相関が認められた様々な遺伝子のほとんどはアノテーションができない、ほとんど解析できていない遺伝子で、今後これらが明らかになることで、細菌叢の因果性の正確な判定が可能になる。

またlong readによりゲノム構造が明らかになることで、遺伝子間の水平伝達やファージ感染などを特定することができる。例えば遺伝子重複は主に細菌同士の融合をベースにすることなどが示唆されているが、これらのデータは今後細菌叢の遺伝子改変を考えるときに極めて重要になる。

以上、解析の意味についてはほとんどすっ飛ばしたが、long read時代が確実に来ていることがよくわかる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月10日 抗インテグリンを用いてガン組織のマトリックス形成を抑える(9月8日 Cell Reports Medicine オンライン掲載論文)

2025年9月10日
SNSシェア

いくつかのインテグリンに対する抗体はすでに臨床応用が進んでいる。α4β1 や α4β7 に対する抗体はリンパ球のホーミングをブロックして免疫抑制に使われているし、αIIbβ3は血小板凝集抑制に使われている。

今日紹介するトロント大学 Sunnybrook 研究所とジェネンテックからの論文は、場合によってはファイブロネクチン受容体 α5β1 に対する抗体もガンなどの治療に使えるかもしれないことを示した研究で、9月8日 Cell Reports Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Modulation of fibronectin extracellular matrix enhances anti-tumor efficacy of immune checkpoint blockade(ファイブロネクチンを核とする細胞外マトリックスを変化させると免疫チェックポイント治療の効果を高められる)」だ。

α5β1 はファイブロネクチンと結合して細胞膜と細胞外マトリックスをつないでいるが、この研究ではファイブロネクチンによりガイドされる細胞外マトリックスの形成自体に α5β1 が関わるのではないかと考え、血管内皮の試験管内マトリックス形成実験系を用いて調べている。効果に少し驚いたが、20時間程度抗体を加えるだけで構造化されたファイブロネクチンがほとんど無くなっている。その結果、血管内皮の透過性が高まり、さらにCD8キラーT細胞の接着が促進される。

マトリックスはファイブロネクチンだけで無く、コラーゲンも巻き込んでおり、血管周囲のマトリックス全体に及ぶ。試験管内とは言え、ファイブロネクチンを核とするマトリックスができると、血管内皮の機能が大きく変化することがわかる。

CD8キラーT細胞の血管への接着が高まるという結果から、ガンの免疫療法を高められるか調べている。乳ガンモデルを用いているが、免疫が成立している場合 α5β1 抗体だけでも一定の効果が見られるが、PD-L1チェックポイント抗体と組み合わせるとより高い効果が得られる。

この効果のメカニズムを探ると、マトリックス形成がなくなることで、なぜかガン組織のキラーT細胞の exhaustion と呼ばれる機能消失が抑えられる事で PD-L1 の効果を高めていることがわかる。メカニズムはここまでで、あとは様々な実験系で臨床応用可能性を調べている。

一番うまくいっている実験系は、最初から大きなガンを移植して、免疫系の増強だけでは対処しきれないガンを、抗ガン剤とPD-L1 及び α5β1 抗体を組み合わせることで、抗ガン剤のガン組織への浸透を助けるとともに免疫細胞の浸潤をさらに進める混合治療の可能性を示している。

とはいえ、ガンによっては全く効果がないものもあり、また実際のガンで治療前のバイオプシーによる α5β1 レベルとガンの予後についての相関も、ガンによってはまちまちで、このまま臨床へ進むという段階ではない。

また、ファイブロネクチンは血管内皮だけでなく、線維芽細胞によっても合成される。臨床応用にはこの時のマトリックス形成に対する効果も調べる必要があるだろう。しかし、ファイブロネクチンと細胞上の受容体との結合を抑えるだけで、ここまでマトリックス合成が変化するというのは驚きで、追求する価値はありそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月9日 気になる治験3題(9月2日 JAMA Internal Medicine オンライン掲載論文他)

2025年9月9日
SNSシェア

今日の臨床研究紹介は3報の治験研究を取り上げる。

一番驚いたのがザールラント大学からの論文で、抗ヒスタミン点鼻薬が Covid-19 の感染を防げるという治験で、9月2日 JAMA Internal Medicine にオンライン出版された。タイトルは「Azelastine Nasal Spray for Prevention of SARS-CoV-2 Infections A Phase 2 Randomized Clinical Trial(アゼラスチン点鼻薬はSARS-CoV-2感染を予防する:第二相無作為化治験)」だ。

すでに感染した Covid-19 患者さんに鼻アレルギーに使われるアゼラスチン点鼻薬を使うと回復が早くなると言う研究はあったようだ。この研究では2023年7月から1年間、450人をリクルートして、片方はアゼラスチンが入っていない点鼻薬、もう片方にはアゼラスチン入りの点鼻薬を一日5回スプレーし、1週間に2回鼻のスワブを用いて SARS-CoV-2 感染を調べて感染への効果を調べている。

驚くべき結果で、偽薬群では最終的に6.7%の人が感染したが、アゼラスチン群では2.2%に抑えられた。さらに、感染してもアゼラスチン群では症状が軽い事も示されている。服用時にアゼラスチン群では頭痛一人と橋本病発症が一人見られたが、直接の副作用かはわからない。

以上が結果で、ヒスタミンをブロックすることで炎症などが抑えられ、鼻粘膜での感染を抑えていることだと思うが、だからといってマスクのようにこの薬を毎日5回点鼻していいのかは疑問だ。今後、感染が増えた状況で、外出時に点鼻を行った方法で効果が認められれば広がる可能性はある。

次はドイツミュンスター大学からの論文でハンチントン病に対して Sigma-1 受容体のアゴニストが一定の効果があることを示した治験で、9月5日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Pridopidine in early-stage manifest Huntington’s disease: a phase 3 trial(ハンチントン病の初期症状に対するプリドピディン治療:第三相治験)」だ。

Sigma-1 受容体 (S1R) は小胞体ストレスを抑える一種の分子シャペロンで、これを活性化することで様々な神経変性性疾患の進行を遅らせられるのではと治験が進んでいる。この研究では症状が出始めたハンチントン病に処方して進行を遅らせられるか調べている。

ハンチントン病の患者さんは不随運動を抑えるため、ドーパミン神経を抑える治療が行われているが、この治験ではこの治療をやめてPridopidineの効果を調べている。

結果だが、Total functional capacity (TFC9) と nified Huntington’s Disease Rating Scale (UHDR) で評価しているが、TFCでは明確な効果を認めていない。しかし、UHDRではこれを評価する様々な項目で症状の悪化が抑えられ、認知機能や運動機能では78週までほとんど機能の低下が認められない。

副作用については92%の人が最後まで服用を続けており、重大なものはないと言えるので、この第三相治験の結果をベースに、おそらく認可されるのではないだろうか。

最後はオランダエラスムス大学からの論文で、再発乳ガンの治療選択に、これまでのようにエストロジェン受容体を標的にする治療を最初に持ってくるか、あるいは現在ではホルモン治療の次に使われる CDK4/6 阻害剤を最初に持ってくるかを調べた治験で、9月4日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Early versus deferred use of CDK4/6 inhibitors in advanced breast cancer: circulating tumor DNA analysis of a randomized phase 3 trial(進行した乳ガンにCDK4/6阻害剤を早期に使った方がいいか、遅らせた方がいいか:血中DNA検査も加えた無作為化三相治験)」だ。

エストロゲン受容体陽性乳ガンはほとんどアロマターゼ阻害剤でエストロジェンを断つ治療が行われるが、これがうまくいかない場合エストロジェン受容体を分解するフルベストランで、ホルモンを標的にする治療かCDK4/6阻害剤で細胞周期を抑える治療が行われる。

この研究では無作為化してまずフルベストラン、あるいはCDK4/6阻害剤で始める方法で経過を見ている。何も層別化しない場合、統計的有意差は見られないが、患者さんの末梢血のDNAから染色体異常が検出されるグループを抜き出して比べると、明らかに最初にCDK4/6阻害剤を使った方が効果が高い。

以上の結果から、進行性乳ガンの場合血中のガンDNA検査を行って治療薬を選ぶことが今後の重要なプロトコルにすべきであることを示している。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月8日 ストレス太りのメカニズム(9月3日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月8日
SNSシェア

ストレス太りについては一般にもよく知られている。単純なメカニズムではないと思うが、一般的にはストレスホルモンを産生する副腎皮質系がストレスサーキットで刺激され、血糖を上昇させると考えられている。

ところが、今日紹介するMount Science医学校からの論文は、ストレス太りに関わる新しいメカニズムを明らかにした研究で、9月3日 Nature にオンラインに掲載された。タイトルは「Amygdala–liver signalling orchestrates glycaemic responses to stress(扁桃体から肝臓へのシグナルがストレスに対するグリセミック反応を調節する)」だ。

この研究ではまずストレスがかかると30分もすれば血糖が上昇すること、そしてこの反応に応じて、ストレスにより影響されるとされている扁桃体の前部を中心に神経活動が上昇する事を確認する。

次いで扁桃体の神経興奮が血糖上昇の原因であるかを調べるため、これらの細胞を遺伝学的に改変したマウスを用いて刺激すると、期待通り30分で血糖が上昇する。ただ、副腎皮質ホルモンやインシュリンはほとんど上昇せず、扁桃体の刺激はこれまで考えられていたのとは異なり、副腎皮質経路を介さないことが明らかになった。

次にこの反応に関わる扁桃体からの神経投射を調べると、主に投射する線条体と視床下部のうち、視床下部へ投射している経路がストレスにより活性化されることが明らかになった。視床下部に投射する扁桃体神経を蛍光ラベルして単一細胞レベルの転写を調べると、グルタミン酸作動性とGABA作動性の両方の神経の投射が見られ、どちらの細胞も扁桃体刺激後のグルコース上昇に関わっている。面白いのは、扁桃体神経細胞の発現遺伝子の中にはグルコース代謝と相関が知られている遺伝子多型が見つかっている遺伝子が多い。

副腎皮質非依存性の回路として考えられるのは、視床下部から組織に投射してグルコース新生に関わる神経経路で、ここでは肝臓に投射する交感神経経路に絞って調べ、扁桃体刺激により肝臓でのグリコーゲンからグルコースを作る代謝経路に関わる遺伝子発現が軒並み上昇すること、またこれがFOXO1 転写因子の下流で上昇していることを確認している。交感神経からの刺激については特に検討されていないが、おそらくノルアドレナリンによる作用が、肝臓細胞の代謝システムをリプログラムさせると考えられる。

ただ、これらの反応は急性の反応で、これだけではストレス太りは説明できない。この研究では、ストレスが続くと、扁桃体神経の興奮閾値が高まって、ストレスに反応できなくなることに注目している。そこでストレスに反応する細胞を特異的にジフテリアトキシンで殺したマウスを作成すると、ストレスにはほとんど反応しなくなるのだが、高脂肪食だけでなく正常食でも太りやすく、グルコース耐性が低下してしまうことを発見する。この原因を探ると、肝臓で α2Aアドレナリン受容体が低下し、一方β2アドレナリン受容体が上昇し、これが肝臓からのグルコースのアウトプットを上昇させる結果であると結論している。即ち、ストレスによりストレスセンサーが鈍化することが、代謝の変化に対応できない状態を作り、肥満や2型糖尿病のリスクを上げると結論している。

以上、これまでとは全く違うストレス太りのメカニズムを明らかにした面白い論文だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月7日 海馬の神経回路を再構築する(9月4日 Science 掲載論文)

2025年9月7日
SNSシェア

コンピューター上で実現しているニューラルネットの威力については、昨年のノーベル賞を挙げるまでもなく、我々は日々実感しているが、エネルギー消費や可塑性などまだまだ問題はある。逆に言うとさらに進化する可能性がある。素人目に見たとき、AI のニューラルネットは刺激に応じて調節可能な興奮性ニューロンのみで形成されている様に思える。それでも十分な数のニューロンと多層性があれば驚くべき力を発揮するのだが、この調節可能性を実際の脳で行われている様々な介在ニューロンが関わる複雑な回路に近づけることはおそらくこの分野の重要な課題になっていると思う。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は AI を意識した研究ではないが、場所記憶の成立過程で海馬に存在するほぼ全ての介在ニューロンの活動を調べ、その機能を今度はAIを用いて解析した研究で、9月4日 Science に掲載された。タイトルは「Cooperative actions of interneuron families support the hippocampal spatial code(様々なタイプの介在ニューロンの協調作用が海馬の空間コードを支えている)」だ。

海馬の場所細胞は興奮ニューロンを記録から定義されるが、これを維持するためには当然介在ニューロンを介する調節機構が働いて、特定の興奮ニューロンが特定の場所で興奮するように調節されている。これに関わる介在ニューロンの機能については盛んに研究されてきたが、この研究では海馬に存在する5種類の介在ニューロンの活動と興奮ニューロンの活動を、一匹のマウスで記録し刺激できるようにして、行動中、あるいは刺激後の神経興奮の特性を徹底的に調べ、介在ニューロン同士のネットワークを解析するとともに、場所細胞成立への関与について研究している。

面白いのは、ここまでデータを蓄積すると、大量のデータを学習してそのコンテクストを見つけてくれる AI に頼ることになる。まずわかるのは、異なるタイプの介在ニューロンは、生理学的にも全くことなる性質を持っていることだ。

海馬の脳波活動は波長の異なる様々な成分に分けることができ、さらにリップルと呼ばれるスパイク状の興奮が重なるが、それぞれの介在ニューロンのこれらの成分に対しての寄与度は違っている。最も目立つリップルへの関与を調べるとほとんどの介在ニューロンは同時に興奮するが、Id2、CaMK2 介在ニューロンの活動は抑制されているといった具合だ(ただその意味は示されてはいない)。

さらにそれぞれの介在ニューロンを刺激して、介在ニューロン間のネットワークを調べることができる。これも意味はわからないが、各介在ニューロンは相互に繋がっているが、シナプスの反応性は異なっている。

これらの解析の上で、場所細胞を特定する迷路実験を行い、そのときの各介在ニューロンの活動を重ね合わせると、それぞれは場所に応じて興奮することがわかる。ただそれぞれの反応のコンテクストを把握するために、AI ニューラルネットを用いて各反応シークエンスを多次元空間にエンベッディングして解析している。すると、Pvalb介在ニューロンは場所細胞の安定性と強く相関することなど、それぞれの介在ニューロンの機能を場所細胞成立過程と相関させることができる。さらに、この機能的解析は、興奮ニューロンや介在ニューロンネットワーク同士の解剖学的結合性とも一致する。

最後に、それぞれの介在ニューロンを行動中に刺激する実験もできる。少し驚いたが、各介在ニューロンを刺激しても行動にはあまり変化が見られない。しかし、例えば Vip介在ニューロンの刺激は場所細胞の興奮を抑えるし、Sst介在ニューロンの刺激は興奮頻度を抑える。 以上あまりに専門的なのでかなりすっ飛ばして紹介したが、複雑な回路の特性について調べようとすると今や AI が必須である事実で、ここから得られる結果が AI の新しい回路設計に進むとすると、脳、AI、脳の理解、新しいAI設計と進んでいくような気がする。面白い

カテゴリ:論文ウォッチ

9月6日 一匹のメスアリから、種が異なるオスアリが生まれる(9月3日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月6日
SNSシェア

JT生命誌研究館の顧問をしていた頃、アリの研究一筋の有本さんと出会って、いろいろアリの種類や生態の奥深さを教えてもらったことがあるが、その知識を超える意外なアリの生態についての論文がフランス モンペリエ大学から9月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「One mother for two species via obligate cross-species cloning in ants(種を超えたクローン化を通して行われる一種類の雌アリから2つの種が生成される)」だ。

アリはメスアリと働きアリは diploid (2n) で、オスアリはhaploid (1n) で、遺伝的には違いが無いが、多くの場合メスと働きアリは食べ物などの差によるエピジェネティック過程で機能の違いが形成される。この研究ではヨーロッパ中に生息する Messor ibericus の働きアリが例外なく M. structor 由来のゲノムを有しているという発見からスタートしている。

M.Ibericus と M. structor はともにヨーロッパに生息しているアリだが、遺伝的には500万年前に分岐しており、また生息域が重なるのは南フランスからスイスにかけての一部であるにもかかわらず、M.Ibericus の働きアリはスペインから南イタリアまで全て両方の種のゲノムを持つハイブリッドであることがわかった。もちろん他の種と交雑する例はあるが、M.Ibericus の場合生息域が重なるから M.structor 交雑するのではなく、何らかの方法で M.structor のオスを種内で生成する仕組みがあることになる。

そこで野生の M.Ibericus のコロニーに存在するオスを調べると、形態的に異なる2種類のオスが存在することがわかった。それぞれのミトコンドリアゲノムを調べると、全て M.Ibericus のミトコンドリアを有していることから、種の異なるオスが一匹のメスから生まれていることがわかる。さらに、実験室に持ち帰って卵を産ませると、11%が M.structor のゲノムを持っている卵であり、実際に卵から異なるオスが発生することが確認された。

以上のことから、M.Ibericus のコロニーでは、働きアリは M.Ibercus ゲノムだけでは発生できないため、M.structor のオスをコロニー内で維持する必要がある。そのため、メスはゲノムが存在しない卵と、ゲノムが存在する卵を産卵し、オスの精子で受精すると、M.Ibericus 同士のゲノムが合わさるとメスアリ、M.Ibericus と M.structor とが合わさると働きアリ、そしてメスのゲノムが存在しない場合は、精子に対応すす雄アリが発生することになる。

このような仕組みが発生した経緯を考えると、最初生息域がオーバーラップする領域で偶然に異なる種の交雑が起こり、そこから発生する働きアリの効率が良いことから、M.Ibericus ゲノムだけを持つ働きアリより両方のゲノムを持つ働きアリを生成するため、ゲノムの存在しない卵に受精させることで、一旦手に入れた M.structor の精子から雄アリをクローン化して生成する方法を発達させたことになる。

実際、生息域がオーバーラップする領域では、コロニー内だけでなく M.structor との交雑が確認されることから、このシナリオは十分可能性があると結論している。また、コロニー内で維持される M.structor ゲノムは組み替えが無いため、相同性が高いことも、M.structor のオスゲノムがクローンとして維持され、働きアリ生成に使われていることがわかる。

卵への核移植がクローン動物作成の最初だったが、まさに同じ事が自然に行われ、組織化されているというアリの多様性に驚くほかはない。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月5日 交叉抗体によるデングウイルス感染増強の疫学(9月3日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年9月5日
SNSシェア

コロナパンデミックの頃、抗体がウイルス感染を増強する Antibody dependent enhancement (ADE) が問題になったことがある。ADEはウイルスと抗体が結合してマクロファージやリンパ球などの Fc受容体を持つ細胞に取り込まれやすくなることで感染が増強する現象で、コロナウイルスの場合まずACE2陽性細胞に感染するので本来問題にならないのだが、当時は一つの可能性として議論された。しかしその後の疫学的検討から、Covid-19の場合ADEはほとんど認められないことが示されている。

これに対し、蚊が媒介し、最初にマクロファージや樹状細胞に感染するフラビウイルスは明確にADEの関与が知られている。例えばデングウイルスは、前に違ったタイプのウイルスに感染していた場合、その後の感染で重症化しやすいことがわかっている。これはウイルスが皮膚に入ったとき抗体がマクロファージへの取り込みを助けるからと考えられている。

今日紹介するシンガポール国立大学からの論文は、ネパールのデングウイルス感染者ほぼ500例を詳しく精査し、ADE、特に同じフラビウイルスの日本脳炎ウイルスのワクチン接種で抗体が中程度に低下してきた患者さんでは、おそらくADEの結果重症化しやすいことを示した面白い疫学研究で、9月3日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Dengue disease severity in humans is augmented by waning Japanese encephalitis virus immunity(ヒトでのデングウイルス症状は日本脳炎ウイルスへの免疫が低下していると重症化する)」だ。

ネパールのデングウイルス感染、2004年に初めて報告され、その後インドへの旅行者に散発的に見られていたが、明確なパンデミックが認められたのは2019年からで(17000)、その後2022年には57000人の感染が認められている。感染が拡大したのは、温暖化によるモンスーン季節の長期化と、急速に進む都市化の結果だとしている。

この研究では2019年から2023年にわたってウイルス感染が確認された患者さん約500名について、以前のデング感染とともに、ネパールで行われている日本脳炎ワクチン接種とウイルスに対する抗体価などを測定し、ADEの関与を疫学的に探索している。元々デングウイルス感染が拡大している国では、以前の感染歴が複雑になるのでこのような研究は難しいが、2019年から多くの感染が始まったネパールでは患者さんの感染歴が明確なので研究に最適な対象になっている。

2019年から2023年までのウイルスタイプを見ると、時間とともに変化しており、2019年のウイルス型は2023年には完全に消失し、新しい2種類の形に置き換わっている。即ちウイルスは新しい変異株に変化している。2回目の感染者を調べると、2023年では10%に達しており、ウイルス型の変化により、繰り返す感染があり得ることがわかる。そして期待通り、デング感染の症状と比例するキマーゼの濃度を比較すると、2回目の感染者の方が高く、異なるウイルス型に対する感染が次の感染での症状を重くしていることがわかる。

そこで、ほとんどが初感染である事実を利用して、同じフラビウイルスの日本脳炎ウイルスに対する免疫が、同じようにデングウイルス感染を悪化させるか調べている。結果だが、日本脳炎ウイルスワクチンを受けている場合、デングウイルスを発症すると明らかに血中のキマーゼ濃度が高いことから、重症化しやすい事がわかる。

最後に、日本脳炎ウイルスに対する抗体価と血中キマーゼの値を比較すると、抗体価1/160で重症化率が3倍に跳ね上がるが、それ以上かそれ以下だと、ワクチン被接種者と変わらないことが明らかになった。

結果は以上で、中和抗体とは異なる抗体が存在するとフラビウイルスではADEが起こる可能性が高く、特にアジアの場合、日本脳炎に対するワクチンで誘導される抗体の関与は無視できないという結論になる。アジア諸国で日本脳炎ウイルスが広くブタで維持されていることを考えると、ワクチンをやめることで致死率が40%にも達する日本脳炎ワクチンをこれを理由に中止するわけにはいかない。そこで、常に日本脳炎ウイルスの抗体価を高く維持するようワクチン接種を定期的に行うよう勧めているが、ADEの性質上そう簡単に結論していいのかはわからない。同じフラビウイルスにジカウイルスも存在しており、これらにどう対応するかは少し真剣に検討する必要があると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月4日気になる臨床研究(9月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2025年9月4日
SNSシェア

今回の気になる臨床研究は3編紹介する。

最初のペンシルバニア大学からの論文は、乳ガンで見られる転移後休眠期に入って様々な治療に抵抗する休眠ガン細胞を標的にした治療開発研究で、9月2日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting dormant tumor cells to prevent recurrent breast cancer: a randomized phase 2 trial(休眠期の腫瘍細胞を標的にした治療で乳ガンの再発を抑える:無作為化第二相治験)」だ。

早期乳ガンいって手術治療だけで対応すると、20−30%が再発することが知られている。このため現在では手術前から手術後まで、化学療法や放射線療法を続けて、再発の元を絶つ治療が行われ、成果を上げている。ただ、患者さんへの負担は大きい。このグループは休眠期の細胞を減らせる治療法の開発を進めており、オートファジー阻害や、mTOR阻害によって休眠期の乳ガンをたたけることを明らかにしてきた。この研究では、動物を用いた前臨床研究を最初に紹介したあと、オートファジー抑制剤 hydroxychloroquine (HCQ) 、mTOR阻害剤 everolimus (EVE) 、あるいは療法併用の3グループに分けた治験を行っている。

といっても乳ガンは長丁場だし、これまで効果が確認されているネオアジュバントやアジュバント治療を押しのけて治験を行うことは難しい。そこで、通常の乳ガン治療観察中に骨髄穿刺を行い、休眠乳ガンが検出された患者さんについて再発リスクを説明し、これらの治療に振り変える治験を行っている。

結果だが53症例のうち再発したのは一例だけで、現在も経過観察中なので生存や再発を指標とした結果は出せていない。ただ、骨髄穿刺によって残存休眠ガン細胞を調べると、これらのHCQやEVを投与されないグループと比べ、強く抑えられていることがわかった。以上が結果で、骨髄穿刺による早期の休眠細胞の検出と、これを標的にした治療をベースにもう少し大規模治験が行われるだろう。ただ、アジュバント治療を新しい治療に変えられるかの結論には長い時間がかかると思う。それまでは患者さんに対するネオアジュバント、アジュバント治療の負担は続けるしかないと思う。

次のマドリッド心血管研究所からの論文は、心筋梗塞を発症後左室拍出量が40%以上維持されている患者さん8438例について、梗塞後に維持治療に βブロッカーの効果が本当にあるのか比べたコホート研究で、8月30日 European Heart Journal にオンライン掲載された。タイトルは「Beta-blockers after myocardial infarction: effects according to sex in the REBOOT trial (心筋梗塞後のβブロッカー:REBOOT治験からわかる性別による違い)」だ。

教科書的には心筋梗塞後の治療は、血栓防止、動脈硬化防止、血圧治療、そして心臓の過労働を防ぐ βブロッカーの組み合わせになる。最近ではSGLT2阻害剤なども加えられる事がある。ただ、βブロッカーが本当に必要かはこれまでも議論があった。

この研究では男性6811人、女性1627人の結果から、男性では βブロッカー有り無しで全く差が無いこと。しかし、女性になると βブロッカーを投与した場合死亡率や、再入院確率がオッズ比で5割ほど上昇するという驚くべき結果が示された。

当然逆のデータもこれまでに発表されており、この研究だけで危険と結論するのは早いと思う。ただ、6000人を超す男性の結果で差が無いことを考えると、このデータを見てしまうと女性には使わないという選択を行う意思も増えるのではないだろうか。

最後はローマにある Bamino Gesu小児病院からの論文で、神経芽腫の再発例に対するdisialoganglioside (GD2) 抗原に対するCAR-T治療の第一相/第二相治験で、8月21日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「GD2-targeting CAR T cells in high-risk neuroblastoma: a phase 1/2 trial(ハイリスク経芽種患者さんへのGD2を標的とするCAR-T:第一相/第二相治験)」。

すでに初期の結果については報告しているようだが、さらに長期の結果が紹介されている。治療直後に脳神経炎や腎障害など急性副作用が発生しているが、それをIL-6抗体などで乗り越えると、その後は新しい副作用は出てこない。

半年で見たときに完全寛解率は40%で、治療への反応率は66%とかなり期待できる。この研究で重要なのは、64%の人で投与したCARTが長期間維持されていることで、しかもCD8T細胞中心に維持されている。面白いのは投与後急速にCARTが増加するのを認めるが、この程度と治療効果が一致しないことも面白い。

最後に、神経芽腫の発生場所と治療効果が相関する点で、骨髄の場合は83%が治療に反応するが、軟部組織に局在しているときでは65%に低下、リンパ節にある場合は47%に反応率が落ちる。

他にも様々な検討が行われているが、結論的にはかなり期待が持てる。反応率で見ると、3種類以上の治療プロトコルを経験した患者さんは良くないので、一つのプロトコルが難しいとわかったら早めにCARTに切り替えるのがいいのではと結論している。ぼちぼち固形ガンにも効くCARTが報告され始めている。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月3日 ALSアンチセンスオリゴヌクレチド治験:失敗から深く学ぶ(8月26日 Cell オンライン掲載論文)

2025年9月3日
SNSシェア

今日紹介するエモリー大学から8月26日 Cell にオンライン掲載された論文は、前臨床試験でALSに期待できる効果が見られたアンチセンスオリゴ (ASO) を8人の患者さんに投与した臨床治験で、残念ながら臨床的には期待される効果が見られなかったという結果の報告だ。しかし、将来の脳神経系へのASOや遺伝子治療に向けた多くのデータが示される重要な論文だと言える。タイトルは「Molecular impact of antisense oligonucleotide therapy in C9orf72-associated ALS(C9orf72関連のALSのアンチセンスオリゴヌクレオチド治療の分子生物学的影響)」だ。

ALSの一部で C9orf72遺伝子のイントロンのGGGGCC繰り返し配列が異常に伸張することが原因と考えられる症例があり、動物実験モデルも作成されALSを誘導することがわかっている。この繰り返し配列を分解するASOが開発され動物実験では期待できる結果が得られていた。

この研究では8人の患者さんに様々なドーズのASOを脊髄腔内に投与し、経過を観察するとともに、生存中は脳脊髄液を用いてASOの維持と効果を確かめ、死亡例については脳内の広がりや効果を病理的に調べている。無作為化コントロールがないので効果について明確には結論できないが、臨床的にはほとんど効果が無かったと結論している。それが Cell に掲載されるのは、おそらく今後の中枢神経内へのASO治療にとって重要な情報が示されているからだと思う。

まず、投与されたASOは脳脊髄液内で一定期間検出でき、分解されるずに維持されていることが確認できる。また死亡例の脳を調べると、運動神経野も含めて脳全体に広がっており、脳内に取り込まれていることが確認される。もちろん個体差は大きい。

さらにASOの効果は、グリシンプロリンが繰り返すペプチドの産生を分子マーカーとして調べられるが、脳脊髄液の連続経過が観察できた6例中5例でこのマーカーが低下しており、繰り返しペプチドを抑えることができている。さらに、一部の症例では C9orf72遺伝子の転写も一定程度抑えられていることも確認された。

さらにこのASOに関してはRNaseに抵抗するよう化学的に修飾しているが、これも期待通りでリソゾームに取り込まれても分解しないで働いていることがわかる。ただこの結果、おそらく自然免疫系を刺激しており、投与により炎症性のサイトカインやケモカインが誘導されていることがわかる。この影響については臨床的に評価できていないが、今後の課題になるだろう。

このように理論通りの効果が見られるにもかかわらず、臨床的にはめぼしい改善が認められない。さらに、ALSにより変化するタンパク質の発現異常を(ERストレスなど)は死亡例の脳組織で全く変化が見られなかった。

以上が結果で、残念ながら臨床効果が得られていない事から治験は中断すると思う。しかし、脊髄腔内に注入したASOが脳全体に広がり、RNAを分解するという意味では一定の効果があり、しかも化学修飾により分解を間違いなく抑えられるという結果は、今後のこの分野にとって重要な情報となること間違いない。ただ、この結果として脳内に炎症性サイトカインを誘導することもはっきりした。実際示されているデータは人間での基礎的なデータが多い。従って、臨床系の雑誌ではなく一般紙に回ってきたのだと思うが、この論文の掲載を決定した Cell の編集部の見識に脱帽。

カテゴリ:論文ウォッチ
2025年10月
« 9月  
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031