現役時代は受容体型チロシンキナーゼ (RTK) を発生過程を調べるツールとして使っていたので、他のシグナル系より馴染みが深い。しかし、今の今までRTKが細胞膜上でリガンド刺激を受けた後は、ほとんどの場合中間のシグナル伝達因子のリン酸化を通して核へとシグナルを伝えると考えてきたし、実際このラインに沿った多くの実験に基づいてガンの治療薬が開発されてきた。
確かに多くのRTKが刺激後ペプチダーゼの作用を受けて核内に移動するという報告は読んでいたし、このブログでもインシュリン受容体が核内でRNAポリメラーゼII(PolII) と結合して転写に直接関わる可能性を示したハーバード大学からの研究を紹介もしている(https://aasj.jp/news/watch/10061)。それでも、極めて特殊な現象と理解してきた。
今日紹介する米国 St Jude 小児病院からの論文は、RTKが核内でPolIIをリン酸化することがRTKの機能として一般化できる可能性を示した研究で、11月5日Scienceに掲載された。タイトルは「Direct targeting and regulation of RNA polymerase II by cell signaling kinases(キナーゼシグナルは直接RNA ポリメラーゼIIに働き機能を調節する)」だ。
以前紹介した論文ではインシュリン受容体は特定の転写因子を媒介にPolIIと結合し、クロマチンを変化させて転写を調節するというシナリオが提案されていた。これに対し、この研究はまずPolIIの転写機能開始シグナルの研究から始まっている。
PolIIのC末端にはリン酸化を受けるチロシン、スレオニン、セリンが並んだドメインが存在し、このリン酸化で転写の進行を調節することが知られている。最も有名なのは2番目のセリンと、5番目のセリンで、リン酸化を受けて初めてPolIIがDNA上を走る。この調節については多くの研究があり、CDK7等の作用が知られている。しかし、C末端には1番目のチロシン、4番目のスレオニン、5番目のセリンなど、他にもキナーゼの標的があり、このグループではこれらをリン酸化するキナーゼを探索していたようだ。
何百ものキナーゼをC末に作用させリン酸化を調べると、多くのキナーゼがそれぞれの部位のリン酸化を行えることを発見する。この意味についてはまだまだ研究が必要だが、この研究では1番目のチロシンをリン酸化するキナーゼの多くがRTK型であることを発見し、PolIIの1番目のチロシンのリン酸化がRTKが核内に移行してPolIIと結合する過程をEGFRとインシュリン受容体 (ISR) について詳しく調べている。
詳細を省いて結果を述べると、EGFRは刺激を受けてリン酸化されると核内に移行してPolIIと結合する。ただ、CDK7等と異なり、全てのPolIIと結合するのではなく、EGFRの場合EGR1やFos等early geneプロモーター上のPolIIと結合している。さらに解析すると、まずEGFR刺激によるシグナルカスケードで誘導されるPbx1などの転写因子がEGFRを特定のプロモーター上のPolIIにリクルートしていることがわかる。
インシュリン受容体やCSF-1受容体についても調べると、今度はEGFRとは異なるそれぞれ特異的な転写因子により特定のプロモーターに結合し、PolIIをリン酸化していることを明らかにしている。
EGFRシグナルをブロックする薬剤を刺激後期に加える実験から一番目のチロシンリン酸化がPolIIの転写に必要であることも示しており、RTKとPolIIとの相互作用が、本来のシグナルカスケードにより準備された転写機構を促進していることが明らかになった。これまで多くのRTKが核内に見つかっているので、この結果はかなり一般的な可能性が出てきた。特にガン増殖での機能について知りたい。
