フェロトーシスはストレスにより細胞が死ぬメカニズムの一つで、細胞膜の脂肪(フォスフォリピッド)の中に存在する多価不飽和脂肪酸が過酸化(即ち脂質から電子が奪われる)され、細胞膜が破綻することで起こる。高いストレスの中で増殖するガンは特にフェロトーシスを予防する機構が働いており、これをブロックしてガン増殖を抑える薬剤の開発が続けられている。このブログでもいくつか論文を紹介したが、過酸化された多価不飽和脂肪酸を還元する酵素 GPX4 を標的にしていた。しかし、GPX4 はノックアウトするとマウスは生まれてこず、また T細胞の活性はこの分子で守られており、ガン免疫も低下する。実際、GPX4 阻害剤は造血を抑制し毒性が強いため、抗ガン剤として使える可能性は低い。
GPX4 の他にももう一つフェロトーシスを抑える仕組みが存在する。FSP1 と呼ばれるコエンザイムQ (CoQ) を還元化して脂肪ラディカルをトラップする一種の抗酸化システムだ。今日紹介するニューヨーク大からの論文は、ガンでは GPX4 が存在していても FSP1 の発現が高まるほどフェロトーシスの危険性が高まっており、これを阻害することで比較的ガン細胞特異的なフェロトーシスを誘導できることを示した研究で、11月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting FSP1 triggers ferroptosis in lung cancer(FSP1 を標的にすることで肺ガンのフェロトーシスを誘導できる)」だ。
この研究では肺の腺ガン細胞がフェロトーシス防御機構を必要としていることを、ガン細胞の GPX4遺伝子をノックアウトする実験で示した後、FSP1 も腺ガン細胞のフェロトーシス防御に GPX4 に匹敵する重要な働きをしていることを、やはりノックアウト実験で示している。即ち腺ガンに関しては、GPX4ノックアウトも、FSP1ノックアウトも同じぐらいガンのフェロトーシスを誘導することを示している。また、実際の腺ガンの患者さんで FSP1 が高いほど予後が悪いことも示している。
次に FSP1 の依存性についてガン遺伝子が異なるガンや、あるいは発生場所の異なるガンで調べ、発ガンとともに FSP1 は上昇しフェロトーシスを抑制しており、この機能を外すと細胞の増殖を抑えることができることになる。
次にガンを移植したマウスで、例えばビタミンE や LIP1 のようなフェロトーシスを抑える処理がガンの増殖を抑えることを確認した後、現在手に入る FSP1 阻害剤をマウスに投与する実験を行い、ガン特異的に増殖を一定程度抑えることを明らかにしている。
結果は以上で、発ガンにとってフェロトーシスの抑制は必須の条件で、GPX4 の発現があったとしても、ガンの FSP1 阻害や、多価不飽和脂肪酸の過酸化を防ぐ処理により、完全ではないにせよガンの増殖を止められることから、他の抗ガン剤と併用する薬剤になるのではと期待する。
FSP1 のガンでの機能を調べたハーバード大学からの研究が同じ号の Nature に掲載されているのでこちらも簡単に紹介する。タイトルは「Lymph node environment drives FSP1 targetability in metastasizing melanoma(リンパ節の微小環境は転移メラノーマの FSP1 を治療標的にする)」だ。
この研究ではメラノーマがリンパ節に転移したとき GPX4 の依存性が低下することに着目して研究を始めている。結果をまとめると、リンパ節内ではオレイン酸のような多価不飽和脂肪酸が高まっている一方、フェロトーシスニ関わる鉄の濃度は低く、低酸素状態といえる環境が作られている。特に低酸素は GPX4 のユビキチン化を高め、GPX4 の量が低下することから、リンパ節内でガンはよりフェロトーシスの危険性にさらされることになる。これを防ぐ為、FSP1 の発現が高めることでガンはフェロトーシスから逃れている。
このシナリオを確かめるため、マウスの皮下とリンパ節にガンを移植してFSP-1 阻害剤を投与すると、リンパ節でのガン増殖だけが選択的に低下することを示している。
両方の論文を眺めてみると、FSP-1 阻害剤の臨床応用にはガンや条件を選ぶ必要があるとは思うが、GPX4 阻害剤よりは一歩フェロトーシス誘導治療に進んだ感じがする。
