GLP-1 受容体アゴニスト (GLP-1RA) やGLP-1/GIP dual agonist (GLP/GIPDA) は糖尿病から始まって、今や様々な疾患に対象が拡大しつつある。しかし、最も期待されているのが肥満治療で、今や効果を心配するより、それにより膨らむ医療費を心配するところまで来ていることは、トランプがまずイーライリリーとノボノルディスクに薬価引き下げを要求したことからもわかる。
この分野の最近の動向は神経変性疾患を含む様々な病気への適用拡大だが、これと平行して経口GLP-1RAの開発でも激しい競争が続いている。この分野で後れをとったファイザーが最近経口薬も含めてGLP-1RAの開発を進めるMetsera買収競争で100億ドルを提示してノボノルディスクに競り勝ったというニュースはこの分野での競争の激しさを如実に物語っていると言える(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-11-08/T5DTGLKK3NY800)。
今日まず紹介したいのは、中外製薬が開発しイーライリリーに導出したオルフォルグリプロンが第三相治験で有効と判定されたことを報告する論文で、11月6日号の The New England Journal of Medicine に掲載された。タイトルは「Orforglipron, an Oral Small-Molecule GLP-1 Receptor Agonist for Obesity Treatment(経口可能な低分子化合物GLP-1受容体作動薬オルフォルグリプロンによる肥満治療)」だ。
これまで経口GLP-1RAとしてリベルサスが使われていたが、これは修飾したGLP-1なので、本来ペプチドが吸収されにくい消化管からの吸収を促すため様々な条件がついていた。これに対しオルフォルグリプロンは受容体に作用する低分子化合物で、飲み方が簡単であるという点で大きな競争力になっている。
この論文では2023年から2025年にかけて3127人の肥満の人を無作為化し偽薬と比較した第三相試験で、結果をまとめると、毎日服用72週目で容量に応じて体重減少が見られ、36mgと最も多く服用したグループでは11%の減少が見られている。ただ、治験中に25%の人が服用をやめており、予想通り吐き気や嘔吐などの消化器症状が副作用として現れる。また脂肪だけでなく、筋肉減少も見られる。
結果をまとめると、これまでの薬剤と比べたとき、10%減少という効果は低い。一方、副作用などはほぼ同じように出るので、経口投与が簡単と言うだけでどのぐらいブレークするのか難しい気がする。来年にはFDAへの申請が行われるという話だが、価格も含めて注目だ。
このようにGLP-1RAはインシュリン分泌誘導だけでなく、脳に働いて食欲を調節することが代謝改善作用の大きな部分であることを示す研究が進んでおり、このブログでも紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/24811)。この作用を利用して、代謝とは無関係のアルコール中毒や、摂食異常を治療する試みも進んでいる。
アルコールを含む様々な中毒にGLP-1RAを利用する研究についての総説が Journal of the Endocrine Scociety に10月9日オンライン掲載されている。タイトルは「GLP-1 Therapeutics and Their Emerging Role in Alcohol and Substance Use Disorders: An Endocrinology Primer(GLP-1治療とそのアルコールや物質使用障害への適用:内分泌学の手引き)」だ。
総説なので詳しくは紹介しないが、結論としてはアルコールやコカインなどの中毒に効いたという論文はかなり発表されているようだが、さらに長期にわたる科学的な治験が必要だとしている。いずれにせよ、この総説からGLP-1RAの中枢神経作用を利用した適用拡大が試みられているのがわかる。
そして今日最も紹介したいのがペンシルバニア大学からの論文で、食べるのをやめられない摂食障害に対するGLP-1RAの効果を調べた研究で11月17日Nature Medicineに掲載された。タイトルは「Brain activity associated with breakthrough food preoccupation in an individual on tirzepatide(Tirzepatide服用中の摂食渇望の再発と脳活動)」だ。
摂食障害、特に多食を抑えるためにGLP-1RAを利用しようとする治験は報告されているようだ。食に対する中枢に働く重要な回路なので当然と言えば当然だが、この研究ではこの効果を脳内に設置した電極で調べたというちょっと驚く話だ。
この研究では摂食渇望の人を局所電気刺激で治療するため、即座核に電極を挿入し、特に食べ物への渇望が強くなったときにおこる電気活動を調べていた。この結果、7.5Hzという低い波長で渇望時に電位が上昇する事、そして電気刺激でそれを抑えて渇望も抑えられることを2例の患者さんで観察していた。
そして、たまたまGLP-1RAの服用を始めた3番目の患者さんについて、同じように電極を挿入して経過を観察している。期待通り、GLP-1RA服用を始めてから2−4ヶ月は摂食願望は低下し、即座核の活動も低下していることが観察できた。すなわち、GLP-1RAが即座核の神経活動を抑えることがわかる。しかし、5ヶ月を過ぎてGLP-1RAの量を増やした頃から急に摂食渇望が再発し、そのときは通常では見られないほどの興奮が即座核で見られたという結果になっている。
このことは、摂食渇望と即座核のδ波とが相関すること、GLP-1RAがそれを抑える作用を持つことを示すとともに、長期使用により全く反対の作用が発生することを示し、GLP-1RAの長期使用に注意が必要であることを示したと思う。
