何万年も前のDNAを回収して遺伝子配列を解読するのが普通に行われるようになったことでも、我々のような門外漢には驚くことだが、古代RNAとなるとほとんど不可能だと思っていた。というのも、通常でもDNAと比べてRNAは壊れやすく、さらにある程度組織が残っている必要がある。ただ科学の世界では不可能に挑戦することもまた常識で、2017年ぐらいからデンマークやスウェーデンの様な寒い国から古代RNAを回収し解読したという論文が発表され始めている。さらにこの技術は凍結動物だけでなく、博物館に残されていたタスマニアタイガーの剥製からもRNAを回収して解読できることが示されている。
凍土から発掘された1万5千年前のイヌ科の動物や、タスマニアタイガーRNAを分離したストックフォルム大学のグループが今度はほぼ4万年前の凍結されていたマンモスの筋肉から、タンパク質をコードしていたRNAを含む様々なRNAを分離解読したのが今日紹介するCellの論文で、11月14日オンライン掲載されている。タイトルは「Ancient RNA expression profiles from the extinct woolly mammoth(絶滅したマンモスの古代RNA発現プロファイル)」だ。
様々なサンプルで順番に腕を磨いて、解析対象をついに5万年前まで拡張したことになる。シベリアの永久凍土は6万年ぐらい前から形成が始まったとされており、これにトラップされた動植物はそのまま凍結して保存されていると考えられる。この研究では39000年から55000年前に永久凍土に閉じ込められた10頭のマンモスから皮下の筋肉を採取し、ここからRNAを分離し、配列解読を行っている。ただ、DNAも含めて十分な核酸の回収ができたのが3頭で、中でもYukaとなづけた39000年以上前の個体から配列解析可能なRNAを得ることができている。従って、データのほとんどはYuka由来のRNAを使っている。
この個体は近大の入谷さんたちが核(のようなもの)を抽出してマウス卵に移植し、紡錘糸の形成が起こったことを報告した個体で、さらに昨年このブログで皮膚の核のクロマチン構造を解析するのにも使われている(https://aasj.jp/news/watch/24826)。即ち、様々な条件が重なって圧倒的な保存状態が実現されたと考えられる。
論文のほとんどは、得られたRNAの質及びDNAの混じり込みの問題についての実験になっている。特に得られた配列データの情報処理方法が重要で、様々な処理方法を比べ、将来の標準を形成していこうとする努力が示されている。いずれにせよ、得られた最も長い配列が97bという状態で、23bより大きい断片を選んで解析している。
方法論を飛ばして、RNAの解析による新しい発見についてまとめておく。
- YukaはDNAではオスと判定されるが、発見された時の外見からメスとされていた。遺伝的な性不一致が考えられるが、筋肉でオスを決めるSRY遺伝子の発現が認められており、遺伝子型と同じオスである事をサポートしている。
- 核酸はデアミネーション等の経年変化を示すが、RNAの場合一本鎖DNAと同じレベルの変化が起こることがわかる。即ち2本鎖と比べると経年変化が早い。このことから、mRNAより、複雑な構造をとるノンコーディングのRNAのほうが経年変化は遅くなると期待できる。
- YukaのDNA配列と比べた結果、RNAも同じマンモス型多型を有していることが確認された。
- 昨年のノーベル賞の対象になったマイクロRNAだが、現在のアジア象には存在せずマンモスにだけ存在している新しいマイクロRNAが発見されている。もちろんこれがマイクロRNAとして機能していることは確認する必要があるが、ヘアピン構造をとるマイクロRNAはより保存が良いと考えられ、古代RNAの機能を調べる鍵になり得る。
- 経年変化が早いとは言え、YukaからのRNAのなかには342種類のタンパク質をコードする遺伝子が含まれている(ノンコーディングRNAは902種類)。これらのRNAの発現量を調べるのは難しいが、発現パターンから筋肉由来のRNAを代表していることがわかる。
- 筋肉組織として発現マイクロRNAを調べると、ほとんどの動物で筋肉特異的機能を示すマイクロRNAも存在するが、人間では脳で見つかるマイクロRNAが筋肉で見つかっており、今後古代マイクロRNAの機能検索は面白い分野になる可能性がある。
以上が結果で、まだまだ入り口で将来の発展性は闇の中という段階だが、ともかく4-5万年前のRNA を解析できたという世界記録を評価しよう。
