細胞が分裂するとき染色体の分配は多くの分子が一定のタイムスケジュールで働く極めて複雑な過程で、エラーも起きやすい。おもに生殖細胞が形成される時の減数分裂時に起こると考えられているが、一つの染色体が割れずに片方に引っ張られてしまうと、同じ染色体を2本持った生殖細胞ができ、これが配偶子と接合すると、染色体の数が3本になる。これがトリソミーで、21番目の染色体で起こるとダウン症が発生する。
この染色体の数の異常について研究するためには染色体をまるごと細胞に加えたり、あるいは除去したりする技術が必要で、特定のベクターに組み込んだ遺伝子を導入するのとは全く異なる技術が必要になる。今日紹介するケンブリッジ大学と英国医学研究評議会研究所からの論文は、人間の染色体を操作する染色体工学の可能性を示した研究で12月4日Scienceに掲載された。タイトルは「High-fidelity human chromosome transfer and elimination(ヒトの染色体を移植したり除去したりする信頼性の高い方法)」だ。
基本的には方法の論文なので、方法を解説する。この研究では特定の染色体(例えば21番染色体)を一本だけ取りだして、一部の遺伝子を操作した後、正常細胞に戻してトリソミー細胞を作り、そのあと正常の染色体を一本だけ抜く過程をどう実現するかが示されている。ここでは21番染色体操作として説明するが、論文では全ての染色体について可能性を追求している。
- まず21番染色体の一本だけを他の染色体から切り離して操作するプラットフォームが必要になる。このためにテロメラーゼを導入して安定化したヒト細胞を分裂期で停止させる。そしてアクチン重合を阻害すると細胞から染色体が吐き出され、染色体だけを集めることができる。ただ、このままでは操作ができないので、次にこの染色体をマウスES細胞に導入し、あらかじめ特定の染色体に挿入した標識を用いて、ヒト21バン染色体だけを持つマウスES細胞を作る。
- こうしてマウスES細胞に導入したヒト21番染色体が完全で欠損や挿入が起こっておらず、ES細胞の分裂が進んでも維持されるかどうか、ゲノム解析や組織学的解析で確かめている。面白いのはES細胞に導入することでテロメアが長くなっている。
- 次にマウスマウスES細胞内で21番染色体の一部を操作できるかどうかだが、これはCRISPR-Cas9を使うことで比較的容易に行える。
- 難関はマウスES細胞からヒト21番染色体を正常ヒト細胞へ戻す過程だ。これには分裂期停止9時間目にアクチン重合を阻害したときに発生する染色体を含むマイクロセルを分離、それをセンダイウイルスを用いる膜融合で導入している。この時もあらかじめ21番染色体に導入した薬剤耐性遺伝子による選択培養は必要になる。こうしてできたトリソミー細胞が完全な染色体を3本有していることもゲノム解析を中心に確認している。実験では、大きな4番染色体も同じようにトリソミーを作成できることも示している。
- 最後はトリソミーにした細胞が元々持っていた21番染色体の一本をすっかり抜き取って、導入した染色体とホストの染色体の2本を持つ細胞へ転換できるか調べている。このためには、中心体の近くで元の染色体の片方を切断し、マーカーを用いて染色体の消失した細胞を選び、DNA配列を確認し、他の染色体に傷を付けずに21番染色体を除去できることを示している。
以上が結果で、方法については既にわかっていたと思うが、まさに実験を繰り返しProof of conceptを完遂した。実際には大変な実験だと思うが、染色体の数の異常は多く存在することから、重要な方法になると思う。
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