以前、エストロジェン受容体陽性 (ER+) 乳ガン動物モデルで週2日の断食を組み合わせると大きな効果があることを示したミラノ大学からの論文を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/13544)。メカニズムに関しては、断食でインシュリン、IGF、レプチンの血中濃度が低下することではないかと結論していたが、今日紹介するオランダ ガン研究所からの論文は断食によるエピジェネティックな変化がガンのグルココルチコイド受容体上昇を招き、これが断食によるガン増殖抑制のメインのメカニズムであることを示した面白い研究で、12月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fasting boosts breast cancer therapy efficacy via glucocorticoid activation(断食はグルココルチコイドの活性化を通して乳ガン治療効果を高める)」だ。
研究ではER+乳ガン細胞株を移植したマウスを、ER阻害剤のタモキシフェン (TMX) のみ、あるいは48時間の断食と組み合わせ治療を行い、ガンの増殖を見ている。このガンの場合たTMXだけでは増殖を半分程度抑えるだけだが、断食を組み合わせるとほとんど増殖が見られなくなる。断食だけでもTMX程度の効果があるので、モデル実験とはいえ断食の効果の大きさに驚く
この原因をエピジェネティックの変化と決めて、エンハンサー活性を反映するH3K27acの結合サイトを比べると、TMX治療に断食を加えることで大きな結合部位の変化が見られる。この中で大きな変化を示すエンハンサー部位を個別に見ていくと、断食でエンハンサー活性が低下するのはAP1遺伝子で、この活性が低下する結果、乳ガンの増殖を増強する様々な遺伝子の発現が低下する。一方、エンハンサー活性が増強する遺伝子は、グルココルチコイド受容体 (GR) 、プロゲステロン受容体 (PR) 、そしてアンドロゲン受容体 (AR) である事がわかった。これらのホルモン受容体はER+乳ガンの増殖抑制因子として既に報告がある。
そこで、断食により発現が増加するGRとPRに焦点を当てて、マウスモデルだけでなく実際の患者さんでもこれらの効果を調べている。まず、受容体だけでなく、断食により血中の副腎皮質ホルモンやプロゲステロンが上昇する。従って、断食でこれらのシグナルがリガンド、受容体の両方で上昇していることがわかった。
プロゲステロンシグナルが乳ガンを抑制する可能性はこれまでも指摘されており、現在治験が行われている。しかしグルココルチコイドについてはほとんど検討されていない。そこで乳ガンを移植したマウスモデルで、グルココルチコイド投与を断食比べる実験を行い、デキサメサゾン投与が断食とほぼ同じ効果を示すことを明らかにしている。
以上の結果は、断食の効果はTMX治療と合わせたときに効果があり、単独では効果が限られる。これは、TMXにより抑制されるエストロジェン結合部位での転写を断食によるクロマチン変化が増強するからで、これによりAP1の機能が抑制され乳ガン増殖に関わる様々な分子の転写が直接変化するのに加え、断食で発現が上昇したGRやPRによりERの転写活性がさらに抑制されることがガン抑制のメカニズムであることを示している。
乳ガン患者さんのデータベースでも、同じような変化が認められるので、ヒトでも同じ乳ガン抑制効果が得られると考えていいが、副腎皮質ホルモン投与を乳ガンで行うかどうかは、多様な効果を考えるとすぐにというわけには行かない気がする。48時間断食は勇気がいるが、AP1にも効果があることを考えると、断食の方が正しい選択のように思う。
