遺伝的共通部分が半分あるとは言え、胎児は母親にとって異物と言える。その異物を妊娠中に拒絶なく維持するために、何重もの安全システムが出来ており、胎盤という免疫バリアに加えて、免疫反応や炎症を抑える仕組みが存在する。
今日紹介するコーネル大学からの論文は、胎児への免疫反応抑制に母親の腸内細菌叢が深く関わることをモデルマウスで示した研究で、12月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Gut microbiota promotes immune tolerance at the maternal-fetal interface(腸内細菌叢は母親と胎児のインターフェースで免疫トレランスを促進する)」だ。
この研究は無菌マウスで胎児発生異常が起こりやすく、胎生16.5日目では多くの胎児が流産し吸収されることに気づいたことに始まる。すなわち、免疫反応抑制が不十分である可能性が高く、調べてみると母親の胎児に対する抗体が上昇し、さらに胎盤や子宮内のインターフェロン分泌性のCD4細胞やCD8T細胞の数が上昇している。
母親の細菌叢が胎児へのトレランスを作っていることは、母親の腸内細菌、特にグラム陽性細菌を除去する抗生物質を飲ませると、流産が増加し、胎盤や子宮での胎児への反応が高まることからわかる。
このトレランスの破綻の細胞学的原因を探すと、腸内で炎症を抑えることで知られる顆粒球系の細胞が無菌マウスでは大きく低下していることがわかる。様々な操作実験を行い、この細胞が腸内の細菌叢をTLR等の自然免疫系で感知し、それが胎盤へと移行する事で炎症や免疫反応を抑えていることがわかった。実際、この細胞を取り出して妊娠無菌マウスに移植すると、流産を抑えることができる。
これに加えて、従来から胎児へのトレランス維持に関わるとされている、今や一般の人にも多く知れ渡った制御性T細胞Tregも細菌叢により胎盤や子宮で増加していることがわかった。特に腸内で免疫反応のバランスをとっているRORγ分子を発現したTregが選択的に増加しており、これが免疫を抑制していると考えられる。またこのRORγ陽性Tregを、同じくRORγ陽性樹状細胞が刺激し、免疫抑制を維持していることも示している。腸内での細胞をラベルする実験から、RORγ陽性Tregは腸管内で細菌叢の刺激を受けた後胎盤へと移行してトレランスを維持することもわかった。
Tregの刺激サーキットは直接細菌叢に反応することはないことから、細菌叢から出る代謝物を調べて、トリプトファン代謝物のインドールなどがAhRと呼ばれる受容体を介して働いて、RORγ陽性Treg刺激システムを活性化していることを発見する。これを証明するために、インドールを無菌マウスに経口投与すると、流産を防げる。さらに、このトリプトファン代謝物を合成する細菌を探索し、L.murinusと呼ばれる乳酸菌がインドールを分泌して胎児への免疫トレランスを維持していることを示している。
最後に人間でも同じことが言えるか調べる目的で、習慣流産の母親が流産したときの脱落膜の single cell RNA sequencing や代謝物のデータベース(こんなデータがパブリックに存在することに本当に驚くが)を探索し、確かに炎症を抑える顆粒球、RORγ陽性Tregが低下しており、インドールなどのトリプトファン代謝物量も低いことを示している。
Tregや炎症を抑える単球が働いていることを知っていたが、ここまで細菌叢が重要な働きをしているとは想像しなかった。面白い研究だと思う。
