アルツハイマー病 (AD) を特徴付ける主な病理は、アミロイドβからなるアミロイドプラーク形成と神経細胞内でリン酸化されたTauが凝集して起こる神経細胞死だが、これを診断するためには脳脊髄液の検査やPET検査など一般検査としてのハードルが高いため、なかなか早期診断は難しかった。そんな中で、リン酸化Tau (pTau) の凝集が始まるより何年も早く、可溶性で血中に出てくる pTau217(Tauの217番目のアミノ酸がリン酸化されている)が、神経病理を反映する検査として使われ始めている。さらにpTau217はTau病理だけでなく、アミロイドβ病理と早期から相関しており、最近では抗体薬を使うための補助診断としても期待されている。
今日紹介するノルウェーの Stavanger 大学からの論文は、58歳から90歳までの11486人の痴呆の発生を調べるコホート研究で、血中の pTau217 を調べ、痴呆症状との相関を調べた研究では、pTau217 についての最も大規模な研究だ。空恐ろしいタイトル「Prevalence of Alzheimer’s disease pathology in the community(病理学的アルツハイマー病はコミュニティーに蔓延している)」で、12月17日 Nature にオンライン掲載された。
異常値を0.63pg/mlとしているが、異常値を示す割合は60歳代では7%程度だったのが、70歳代を超すと急に20%以上に跳ね上がり、80-85歳で44.1%、85-89歳で57.9%、90歳代を超すと65%になり、pTau217 が病理的なADを反映するとすると、80歳を超すと半数以上にADの原因になる病理的変化が存在していることになる。さらに、痴呆、軽度認知障害 (MCI) 、正常認知機能に分けて調べると、どの年齢でも痴呆と診断された人で pTau217 は最も高く、次いでMCIになるが、認知正常でも、90歳代では62%、85歳−89歳では45%で pTau217 が異常値を示しており、個人差はあってもTau病理はほとんどの人で進んでいくと覚悟する必要があることを示している。
もちろん pTau217 が低いに越したことはなく、これを上昇させない様々な方法が今後検討されると思うが、異常値を示しても認知機能正常の人が一定の割合で存在することは重要で、これまで強調されてきたようにADの発症を様々な方法で抑える可能性が存在することを意味している。
この研究では、高等教育を受けたグループでは pTau217 が正常値の確率が高いことも示しており、ただ認知機能が保持されるだけではなく、高等教育を受けることにより pTau217 に反映される病理過程を遅らせられることを示している。
以上、今後病理的変化があっても認知機能を保存する方法と、pTau217 で見られる病理変化を遅らせる方法が研究されていくと期待したい。論文自体は、ADに至る病理変化は想像以上に頻度が高い、生理的老化過程の一つだという恐ろしい結果だが、指標が明確になることで、多くの予防研究が進むように思う。
以上のように、ADを防ぐ生活習慣は重点項目として研究する必要があるが、そんな例として、なんと高脂肪乳製品が痴呆のリスクを下げるというスウェーデン ルンド大学からの論文を短く紹介して終わる。タイトルはずばり「High- and Low-Fat Dairy Consumption and Long-Term Risk of Dementia(高脂肪の乳製品は長期的痴呆のリスクを下げる)」だ。
この研究は1991-1996年に始まった食生活と健康に関するコホート研究で、参加時に一週間にわたっての食事のデータを詳しくとっている。その後25年経った後にADと血管性の痴呆の発症率を調べ、リスクと関連する食物を調べているが、この研究ではもっぱら乳製品について相関を調べている。
結果は、脂肪分が高いチーズやクリームを食べるほど痴呆のリスクが減るという結果で、チーズ好きにはうれしい結果だ。個人的に驚いたのは、ADリスクの高い APOE4 を持つ人で高脂肪チーズのリスク軽減効果が高いことで、この話がある程度信頼できることを示している。
要するに、身体に悪いと考えられる高脂肪乳製品が痴呆についてはリスクを下げるという話で、タバコがADリスクを下げるという研究と同じカテゴリーに入るような気がするが、このような直感に反する結果も pTau217 等を指標として検討し直すと面白いことがわかる気がする。
