12月29日 NAD減少を抑えるだけでアルツハイマー病を抑制できる(12月22日 Cell Reports Medicine オンライン掲載論文)
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12月29日 NAD減少を抑えるだけでアルツハイマー病を抑制できる(12月22日 Cell Reports Medicine オンライン掲載論文)

2025年12月29日
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Nicotinamide adenine dinucleotide (NAD) は、さまざまな酵素過程で電子の運び役として働く補酵素だが、老化とともに低下することから、NMNなどの前駆体を摂取して、ミトコンドリア機能やサーチュインによる遺伝子発現機能を活性化して老化を防ぐ可能性が注目されている。

今日紹介する Case Western Reserve 大学からの論文は、アルツハイマー病 (AD) では老化以上にNAD低下が著しいが、NADのサルベージ経路の酵素NAMPTの活性を促進する化合物P7C3-A20を投与することでNADレベルを正常化し、ADによる神経死を防ぎ、認知機能を保全できるという驚くべき研究で、12月22日 Cell Reports Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Pharmacologic reversal of advanced Alzheimer’s disease in mice and identification of potential therapeutic nodes in human brain(マウスの進行したアルツハイマー病の薬剤による正常化と治療標的の特定)」だ。

この研究で使われたP7C3化合物は2010年神経細胞の生存を促進する新しい化合物として報告され、その後NADのサルベージ経路の酵素NAMPTの活性を促進する作用があることが報告されるとともに、薬剤としての効果を高めたP7C3-A20が開発された(Cell 158, 1324–1334,2014)。現在まで網膜変性、パーキンソン病、ALSへの効果が示されており、ADについての研究も発表されてきた。ただ代謝の核とも言えるNADなので、ガンを活性化させるなどの問題や、動物実験での効果から臨床治験までは進んでいない。

それをもう一度復活させようとしたのがこの研究で、まずサルベージ経路活性の場合、原料となるニコチンアミドの量が律速するので、NMNを摂取する場合と比べて安全であることを強調している。また、実験では半年にわたる投与実験も行い、問題がないことを示している。

まず使ったのは5xFAD と呼ばれるアミロイドが強烈に蓄積する系で、12ヶ月例ではNAD/NADH比が半減するが、P7C3-A20 (以後A20) によりバランスが正常化する。これと並行して、さまざまな認知機能を調べる行動実験の全てで著しい改善が見られる。さらに、神経学的にも海馬シナプスの長期増強が起こる。

驚くのは、機能だけでなく病理にも変化が見られる。しかもアミロイドプラーク数ではほとんど正常化しないにも関わらず、Tauタンパク質のリン酸化を低下させ、早期診断に使われる217pTauの血中濃度も低下させる。すなわち、アミロイドの沈着はあってもTau病変の進行を抑えることになる。そのうえ、ADでおこる脳血管関門の破綻も正常化する。この結果、脳内での神経炎症が抑えられ、最後の指標として神経細胞死も強く抑えることができる。

効果を示すのはアミロイド沈着によるADだけでなく、PS19と呼ばれるヒトTauの変異体を組み込んだADマウスモデルでも、病気の最終段階でも効果があることを示している。

メカニズムとしては、ADによる酸化ストレスを正常化することで、Tau病変の進行を止めると考えられるが、これだけでは説明できないだろう。そのため、ADにより変化するタンパク質のうち、どのタンパク質がA20で正常化するかを調べ、40種類のタンパク質をリストしている。この中にはアポトーシス阻害、ミトコンドリア活性化など、なるほどと思える分子が多いことから、今後AD治療の標的にならないか検討していく必要がある。

人間でも、死後脳を調べると、NAD/NADHバランスとADのさまざまな分子マーカーが相関することから、A20を治療薬として再考する価値はあると結論している。ただ、この薬剤が臨床に使えないとしても、一度スイッチが入ったADでも、細胞の状態を変化させることで、Tau病変を元に戻せることが明らかになったことは大きい。

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