肝臓の美しい組織学的構造を試験管内で再現する研究が加速している。私たちも経験があるが、培養方法の開発は地道なトライアンドエラーなので、研究者からは毛嫌いされるのではと思うが、粘りの必要な研究を進める人たちがいることは心強い。これまで、ヒトiPS細胞から肝臓を再現する研究では我が国の武部さんたちの研究が進んでいるが(例:Nature:https://doi.org/10.1038/s41586-025-08850-1)、今日紹介するドイツド レスデンのマックスプランク分子細胞学研究所からの論文は、ヒト成人の摘出肝臓組織から得られる細胞を用いて、長続きするヒト肝臓の再現を試みた研究で、12月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Human assembloids recapitulate periportal liver tissue in vitro(ヒトのアッセンブロイドは門脈周囲の肝臓組織を再現する)」だ。
このグループは、今年5月、マウスを用いて肝臓組織の再現を試みた論文を Nature に報告している(Nature: https://doi.org/10.1038/s41586-025-09183-9)が、そこで培った様々な技術をヒトに移したのがこの研究だ。
基本的には、門脈周囲の構造を、胆管細胞、肝細胞、そして肝臓間質細胞を合わせて作成することがゴールになっているが、それぞれの細胞を長期に維持する培養法の確率から始める必要がある。これまでiPS細胞や胎児肝での培養法は報告されているが、成人の肝臓はハードルが高い。
まずEPICAM陰性の肝細胞を精製してこれをマトリゲルの中で培養する条件を検討し、一般的に肝臓培養に使われる様々な増殖因子カクテルに加えて、Wntと同じ働きのある人工タンパク質Wntサロゲート及びYAPを活性化させるための薬剤TRULIを加えることで、長期にわたる肝臓のオルガノイド培養が可能であることを示している・・・等と気楽に書いてしまったが、この過程が最難関で、様々なトライアンドエラーが重ねられている。WntサロゲートやTRULI添加は誰もが考えると思うが、ビタミンの一つニコチンアミドを培地から除去することが増殖を促進するという結果は、大変な努力が行われたことを物語る。
ただ、こうして完成したオルガノイド増殖培養では加えた増殖因子などの効果で、分化が進まないことが、遺伝子発現などから明らかになった。そこで、TRULIとFGFを除いた培養を行うことで、細胞を分化させると、極性を持った肝細胞からできる胆汁小管をもった構造が出来、遺伝子発現でもほぼ正常肝臓と同じになる。実際、様々な解毒機能をもち、遺伝的肝不全のマウスの肝臓に移植すると肝臓機能を復活させることも確認した正真正銘の肝臓細胞が出来た。
このようにヒト肝臓細胞から肝臓細胞を増殖させることが可能になったことは極めて大きなブレークスルーだと思う。おそらくバイオプシー程度の肝臓細胞からも培養が可能になると思うので、肝疾患の研究が進むだろう。この研究でも、肝臓培養を行った患者さんの肝臓オルガノイドの遺伝子発現を個別に調べ、それぞれのオルガノイドが患者さんの個性を発揮していることも示しており、期待を持たせる。
ただ、研究はこれで終わっていない。次は機能的胆管も含めた肝臓組織の再現にチャレンジしている。この目的で、胆管細胞のオルガノイド、そして肝臓間質細胞の培養にチャレンジしている。特に後者は間質細胞の表面抗原の定義から始めて、純粋な肝臓特異的間質細胞培養に成功している。これも大変な努力だと思う。
こうして出来た3種類の細胞を細胞の凝集を促進する培養プレートに共培養することで、アッセンブロイドとよぶ胆管と肝臓細胞が混じったオルガノイドが形成され、形態や遺伝子発現から実際の肝臓に極めて近いことを示している。その上で、間質細胞の量を増やすことで、原発性胆汁性胆管炎と同じ病態を誘導できるところまで示している。
結果は以上で、目的に応じた様々な肝臓組織を試験管内で再現し、さらに病気のモデルを試験管内で誘導できたことは素晴らしい成果で、昔培養を行っていた身としては、頭が下がる。
