2月 13日 アルツハイマー病を血液細胞で調べるのは的外れではないのか?(2月9日 Neuron オンライン掲載論文)
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2月 13日 アルツハイマー病を血液細胞で調べるのは的外れではないのか?(2月9日 Neuron オンライン掲載論文)

2024年2月13日
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現在ほとんどの病気で血液検査が行われる。脳血液関門で独立した脳の病気でも、何かの痕跡が血液に流れてくる可能性があり、同時に身体をモニターするという意味でも、精神疾患でも血液検査が行われる。しかしこれらは血液検査と言っても血清中の様々な分子の話で、脳神経疾患の変化が直接血液細胞にも反映しているとは思わない。

ところが今日紹介するシカゴの Northwestern 大学からの論文は、アルツハイマー病(AD)の血液細胞を徹底的に調べれば AD と相関する変化が見られるという研究で、2月9日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Epigenetic dysregulation in Alzheimer’s disease peripheral immunity(アルツハイマー病の末梢免疫で見られるエピジェネティック調節異常)」だ。

研究では健常人26人、AD29人を、さらに AD リスク遺伝子の筆頭 APOE のサブタイプに分け、それぞれの血液細胞のエピジェネティックスを徹底的に調べている。しかも、各細胞系譜に分けて調べるため、単一細胞レベルでクロマチン状態を ATACseq 、転写を RNAsequencing で調べている。膨大なデータなので、様々な情報処理法を駆使して、1)AD でエピジェネティックスが変化する血液細胞は存在するか、2)どの遺伝子が変化しやすいか、3)APOE タイプと相関するエピジェネティック変化はあるか、などを調べている。

一昔前、AD を血液細胞で調べるなどと言うと、的外れで「トンデモ論文」と思ったが、ここまで徹底的にやると形になってくる。

まず、AD で特異的にクロマチンが変化する領域は存在し、特に CD8T細胞で多くの変化が検出できるが、他の細胞でも再現性のある変化が検出できる。

まず単球についてクロマチン構造が変化し、それに応じて遺伝子発現も変わる遺伝子を調べていくと、NFκB2遺伝子のイントロン RELA 結合サイトに明確なクロマチン変化が見られ、その結果下流の炎症遺伝子の発現が高まっている。

次に CD8T細胞を調べると、様々な遺伝子のプロモーター領域でクロマチン変化が起きているが、特にケモカイン受容体 CXCR3 プロモーターの変化に着目している。というのも、CXCR3 遺伝子は AD リスク遺伝子として特定されているためで、組織学的に調べるとAD脳のミクログリアとと、脳軟硬膜のCD8T細胞で発現の上昇を確かめている。

次にこれまでの結果を APOE タイプと相関させると、AD で起こるクロマチン変化が、リスクの上昇とともに全ての細胞で変化が大きくなる。特に単球ではこれまで AD のミクログリアで見られるケモカインなど炎症に関わる遺伝子のクロマチン変化がはっきりと見られることから、単球とミクログリアが体内の局在を問わず AD と APOE の影響下でエピジェネティックな変化が誘導されるのがわかる。

CD8T細胞で APOE リスクを相関させると、今度はやはり AD リスク遺伝子として知られる BIN1 と呼ばれる遺伝子調節領域でクロマチン変化が起こり、発現が高まることがわかった。

最後に、これらのエピジェネティック変化が T細胞機能に影響するかどうかを調べるため、抗原受容体遺伝子の解析からクローン増殖を行った細胞を特定して解析すると、APOE リスクと相関する遺伝子変化により、T細胞の増殖が高まっていることを確認している。

結果は以上で、的外れに思える研究でも徹底的に調べると、AD を誘導する様々な要因との相関が見られるという結果だ。元々 AD のリスクファクターとして炎症は指摘されており、APOE も関わることから、その範囲で解釈できるが、ひょっとしたら最も面白いことが的外れな研究から生まれるかも知れない。

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2月12日 肺ガンの変わり身:組織転化のメカニズム(2月9日 Science 掲載論文)

2024年2月12日
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肺ガンほど多様なガンはない。短い臨床医の経験でも、扁平上皮ガン、腺ガン、小細胞ガン、大細胞ガン全てを経験することが出来た。この多様性については、現在ガンが発生する細胞の違いを反映していると考えられているが、ガンのドライバー変異から見てもそれぞれ特徴がある。例えばEGFR変異は腺ガン、Myc 変異は小細胞性未分化ガン、FAM135B は大細胞ガン、扁平上皮ガンは PIK3CA などだ。これは元の細胞とドライバー変異の相性を反映しているが、なかなかそれ以上のことはわかっていない。

このガン遺伝子と細胞の相性を研究するのに最適のシステムがガンの組織転化と呼ばれる現象で、EGFR変異をドライバーにする腺ガンの標的治療抵抗性が発生する過程で、かなりのケースで小細胞肺ガンへと組織転化する現象だ。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、変異型EGFR と Myc の細胞特異的発現を操作できるようにして、腺ガンと小細胞ガンを誘導できるようにしたマウスを用い、変異EGFRを発現して腺ガンになった肺胞細胞(AT2)が、EGFRドライバーを失ったときに起る組織転化を調べている。

期待通り、このマウスでは何もしないと Myc の発現のために小細胞ガンが発生するが、変異型EGFR を発現させると悪性の腺ガンが発生する。そこで、腺ガン発生後のガン末期段階で変異型EGFR のスイッチを切る、あるいは標的薬を投与すると、一度ガンが縮小した後、小細胞ガンが発生することがわかった。しかも、ガンのドライバーが変異EGFR から Myc へと変化していた。すなわち、期待通り組織転化が起こった。

そこで組織転化過程を詳しく調べると、変異型EGFRの阻害により、増殖出来ない段階が続き、その間に Myc の発現の上昇が始まることがわかった。しかし、Myc が上昇してきてもすぐに増殖へのスイッチが起こらない。すなわち、Myc は元の肺胞細胞との相性が悪いため、組織転化へと進むためのボトルネック状態が生じる。実際、気管上皮に Myc を発現させるとすぐに小細胞ガンが発生するが、肺胞細胞に発現しても全くガンは出来ず、Myc が強く発現すると逆に増殖できないことがわかった。

すなわち組織転化では、まず肺胞細胞自体が持つ Myc発現との相性の悪さを解消する必要がある。そこで、いくつかの候補シグナルを検討した結果、PTENをノックアウトして PI3K経路を高めると、Myc への拒否反応が低下し、EGFR の代わりに Myc を使って増殖が始まることがわかった。さらに、この間にガン抑制遺伝子Rb1 の変異が重なることで、転化がさらに促進されることも明らかにしている。

以上が結果で、エピジェネティックランドスケープと呼ばれる分化の袋小路を越えることが簡単でないことを示している。しかし、この障害も結局ガンの方が新しい細胞へと変身して乗り越えるわけで、まさにやっかいな話だ。しかし、標的薬を組みあわせたり、転化までのボトルネックを標的にすることで、一網打尽にすることで、これまでの標的薬の問題を解決できることも期待できる。

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2月11日 記憶B細胞からIgE分泌細胞への分化経路の解明(2月7日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年2月11日
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石坂先生によって発見された IgE によるアレルギー反応は詳しい解析が積み重なっており、IgE を分泌するB細胞から見ると、抗原により誘導された記憶B細胞が IgE へのスイッチを促す IL-4 により強く引っ張られた結果だと考えられている。

今日紹介するカナダ・McMaster大学からの論文は、この IL-4 によって強く IgE 分泌へと引っ張られた細胞集団を、ヒトアレルギー患者さんで特定し、この誘導についてマウスモデルで解析した研究で、2月7日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Type 2–polarized memory B cells hold allergen-specific IgE memory(2型に分極した記憶B細胞がアレルゲン特異的IgE記憶を荷なってる)」だ。

T細胞は周りの環境により Type1 及び Type2 細胞へと分化する(勿論他にも様々なタイプのT細胞が定義されている)が、B細胞の IgE 分泌を誘導する IL-4 は Type2 T細胞が分泌する。この研究では白樺シーズンに、白樺アレルギー患者さんの末梢血から記憶B細胞を分離、その中で Type2 細胞の作用を強く受け IgE 分泌へと分極化した細胞を探し、いくつかの表面マーカーで定義でき、IL-4 受容体を強く発現し、スウィッチ前の生殖細胞型 IgE 転写が検出できる細胞を特定している。

そして白樺アレルゲンに結合するB細胞を探すと、ほとんどがこのMBC2集団と一致することから、まさしくアレルギーシーズンに活発に活動してbIgEb分泌を行うのが、MBC2であると結論している

次にMBC2と呼ぶ IgE への分化バイアスがかかった細胞をマウスでも探索し、卵白アレルゲンを用いるアレルギーも出るで、Type2 反応が誘導できるアジュバントを用いたときだけ、ヒトMBC2と同様の細胞が出現することを特定する。

その上で、この細胞の誘導条件を調べ、完全に IL-4 依存的に誘導されること、しかし従来示唆されていた血中 IgE の存在は必要ないことを明らかにしている。さらに面白いのは、この過程に胚中心が関わっていないことで、抗原から記憶B細胞までの過程と、IgE へ誘導する過程は全く別であることが示された。

最後に、白樺アレルギーのアレルゲンを舌下で暴露するSLIT治療の患者さんを選び、アレルゲンにより IgG1 を表面に発現する記憶B細胞が IgE 分泌細胞へと分化することを示している。

結果は以上で、抗原で刺激され形成された一般的記憶B細胞が、Type2型T細胞とともに抗原でチャレンジされると、スイッチ前の IgE の転写が高まり、これが IgE へのスイッチを促すというシナリオで、IgE 型のアレルギーについて頭を整理することが出来た。

この論文に続いて、同じグループはピーナツアレルギーの子供を対象に、アレルゲン結合記憶B細胞を調べ、確認した論文を同じ Science Translational Medicine に掲載しているので、合わせて読んで欲しい。

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2月10日 Perturb-seq を冠状動脈疾患のリスク遺伝子評価に使う(2月7日 Nature オンライン掲載論文)

2024年2月10日
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単一細胞レベルの RNA sequencing と、CRISPR/Cas によるノックアウトを組みあわせて遺伝子の機能を予測する Perturb-seq については以前 HP で紹介(https://aasj.jp/news/watch/19994)、さらにその重要性から YouTube で解説も行った(https://www.youtube.com/watch?v=-Yddv5xuPC8)。 そして予想通り、昨年5月にはこの方法が血液臨床研究に用いられているのを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22036)。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、この技術を用いて冠状動脈疾患のゲノム解析データを細胞の機能へのマッピングを試みた重要な研究で、2月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Convergence of coronary artery disease genes onto endothelial cell programs(冠状動脈震撼遺伝子を内皮細胞プログラムに集約する)」だ。

Perturb-seq が最も力を発揮する領域への応用だ。これまで狭心症や心筋梗塞など、冠状動脈疾患と相関するリスクゲノム領域は300以上特定されている。その中の多くは、動脈硬化に関わる脂肪代謝遺伝子とオーバーラップすするが、それ以外の領域についてはほとんどわかっていない。

この研究では冠状動脈疾患の多くは血管内皮に問題があると考え、まずリスク領域とリンクした血管内皮特異的エンハンサーにより調節を受けている遺伝子を254種類リストしている。そして、血管内皮株でこれらの遺伝子を Perturb-seq によりノックアウトし、血管内皮特異的なプログラムに関わる遺伝子を最終的に41種類特定している。

これらの遺伝子は血管特異的なプログラムのうちの、血管新生、浸透圧、細胞接着、細胞遊走、血栓などに関わる5つのプログラムに集約しており、しかも多くはこれまで解析が進んでいない遺伝子で、新しい動脈硬化治療標的として研究がのぞまれる。

この研究では、41種類の遺伝子の中で、5つのプログラムのほとんど全てに関わっていた2種類の遺伝子に注目して、さらに研究を進めている。

一つは CCM2遺伝子で、元々脳海綿上奇形の責任遺伝子と知られている。もう一つはこれまでアクチン結合分子以外の機能がよくわかっていない TLNRD1 で、いずれもノックアウトすると、冠状動脈疾患のリスクを高める遺伝子発現を抑え、逆に血管を守る遺伝子を発現させることがわかった。

さらに調べると、両分子は相互に結合して機能し、あと2種類の分子と CCM複合体を形成して、MAPKシグナルを抑制する機能を持つことがわかった。さらに、これらの遺伝子に関わるリスク領域は、全てこれらの遺伝子の発現の調節領域で、疾患発生を抑えることが知られる多型は、TLNRD1 の発現抑制に関わることも突き止めている。

詳細は割愛して紹介したが、これまで疾患リスクとしてリストされていたゲノム多型を、見事に血管内皮を起点とする冠動脈疾患メカニズムへと昇華させており、Perturb-seq が最も有効に使われた素晴らしい研究だと思った。この中から、新しい冠状動脈疾患予防薬が開発されることを期待している。

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2月9日 2報目 ガンの遺伝子変異からCAR-T増強法を学ぶ(2月7日 Nature オンライン掲載論文)

2024年2月9日
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現在白血病の治療として CAR-T は定着しており、しかもベンチャーというより大手の製薬会社により提供されている。おそらく、ガン免疫治療として、最初から最後までコントロールできる可能性が、この期待の大きな理由だろう。従って、現行の治療法を改良するため、様々な方法が開発され、おそらく次から次へと治験へ進んでいると思う。

そんな中で今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、CAR-T の改良という点では同じだが、改良法をT細胞白血病の変異から学ぼうとする点でユニークだ。タイトルは「Naturally occurring T cell mutations enhance engineered T cell therapies(自然発生したT細胞変異により遺伝子操作によるT細胞治療効果を高める)」で、2月7日 Nature にオンライン掲載された。

ともかく発想が面白い。T細胞白血病は変異を繰り返しながらホスト環境にフィットする。一方、正常T細胞は増殖分化の各段階それぞれで条件が変化することから、正常細胞にガン抗原に対するキメラ受容体を導入しても、フィットした細胞だけを用いることはできない。そこで、フィットしたガン細胞の遺伝子変異の中から CAR-T の能力を高める変異を探し出そうと発想している。

T細胞系白血病から集めた遺伝子変異71個の中から、最終的にT細胞の3種類のシグナル( NFkB、AP-1、MALT1 )を変化させる CARD11-PIK3R3 変異を特定し、試験管内、およびガンを移植したマウスへの細胞移入実験でその効果を確かめている。

詳細を全て省いて結果だけをまとめると、3つのシグナルを変化させることで、IL−2 や IL-5 などのサイトカインを発現する能力とともに、抗原刺激時により高い増殖能を示すようになる。

そして、担ガンマウスに CAED11-PIK3R3 を導入した CAR-T を移入すると、通常の CAR-T と比べ、ほとんど再発がない強い抑制効果を示す。

また、CAR-T に限らず、レトロウイルスで CAED11-PIK3R3 を正常CD8T細胞に導入すると、生体内で他の細胞より多く増殖し、さらに発ガンを抑える免疫機構が発達することを示している。

これほど効果があっても、CAR-T がこの遺伝子で腫瘍化してしまったのでは本末転倒になる。この危険性さまざまな方法で調べ、抗原刺激や IL-2 刺激がないと増殖は止まること、さらに移植後長期間フォローしても問題は起こらないことを示し、ガン化のリスクは高くないと結論している。

発想はユニークなので、これほどの効果があると、たとえば必要な時にこの遺伝子が発現できないようにして使ってみたくなるのはうなづけるが、臨床応用は慎重にならざるを得ないと思う。

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2月9日 1報目 催眠のかかりやすさをTMSで高める(Nature Mental Health 1月号掲載論文)

2024年2月9日
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今日はこの紹介の後に、もう一編論文を紹介する。というのも、これから紹介する催眠のかかりやすさに関する論文があまりに短いので、紹介した気にならないからで、貧乏性と言えばそれまでだ。

とはいえ、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、短くても面白く、今も催眠の医療応用の可能性が続けられていることがよくわかった。タイトルは「Stanford Hypnosis Integrated with Functional Connectivity-targeted Transcranial Stimulation (SHIFT): a preregistered randomized controlled trial(スタンフォード催眠術と機能的脳結合を標的にした経頭蓋脳刺激(SHIFT): 前もって登録した無作為対照試験)」だ。

つい先日、いつも世話になっている整体師さんに施術を行ってもらっているとき、整体師さんが「最近は催眠術の話をほとんど聞かないが、催眠術は利用されているのですか?」と聞かれ、答えに困った。何十年も前、テレビでも盛んに催眠術が紹介されていたように思うが、確かに最近はあまり耳にしないし、私が在籍した医学部で催眠術を利用しているのを見たこともなかった。

しかし調べてみると、最近では脳イメージや、脳操作を加えた研究が進んでおり、痛みの軽減や、リラクゼーションとして利用が模索されているようだ。

そんなときこの論文に出会った。この論文はスタンフォード大学で催眠を研究しているグループからの研究で、特に催眠のかかりやすさをスコア化し、催眠のかかりやすさが前帯状皮質と結合が強い左背外側前頭前野の活動と相関することを明らかにしていた。

そこで、前帯状皮質と結合の強い左背外側前頭前野をMRIで選んで、この領域にゆっくりしたθ波長で磁場による刺激を行い、この領域の活動を抑えることが催眠のかかりやすさに影響するかどうかを調べている。

結果だが、個人のバラつきは大きいものの、TMS処理後すぐに催眠のかかりやすさを調べると、多くの人でかかりやすさが上昇している。また、その効果は1時間で減少していくが、それでも傾向は残っていることがわかった。

結果はこれだけで、催眠を使うための努力が続けられていること、また脳イメージングを用いてこの研究が行われていること、そして催眠のかかりやすさの回路が明らかになったことなど、催眠研究の現状がよくわかった。次回の整体では是非この話をしたいと思っている。

(もう一編の論文も予定しています。)

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2月8日 女性に全身性自己免疫病が多い原因についてのユニークなアイデア(2月1日号 Cell 掲載論文)

2024年2月8日
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SLE などの全身性自己免疫病は明らかに女性の方が多い。この原因について、これまで性ホルモンの関与や、X染色体不活化の不全などが指摘されているが、この結果として男女間の免疫反応調節が異なる結果だと考えられている。

これに対して今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、自己抗原の量と質の差がこの男女差の原因ではないかと着想し追求した研究で、2月1日号 Cell に掲載された。タイトルは「Xist ribonucleoproteins promote female sex-biased autoimmunity(Xistリボ核酸/蛋白質複合体は女性バイアスが高い自己免疫を高める)」だ。

女性では2本あるX染色体の片方を不活化するため Xist と呼ばれる long noncoding RNA を発現している。Xist はX染色体全体をエピジェネティックに変化させるため、様々な蛋白質と結合し、閉じたクロマチン構造を維持している。当然この Xist / 核蛋白質は女性特異的で、これが抗原として働くのではと着想した。

事実 SLE で検出される自己抗体にには RNA結合タンパク質に反応する抗体が多く、また XXY型男性では、ホルモン環境は男性であるにもかかわらず自己免疫発症頻度が高いことから、この着想は納得できる。

そこで、オスマウスに Xist を発現させて自己免疫発症がメスレベルになるか調べる実験を行っている。ただ、Xist をオスで発現させると、細胞には致死的になる。そこで、Xist のサイレンシングドメインと呼ばれる部位を欠損させた Xist を発現させ、様々な RNA結合タンパク質をくわえ込んだ Xist が自己抗体を誘導し、自己免疫病発症につながるかを調べている。

まず、自己免疫病の起こりにくいB6マウスでは Xist を発現させても自己免疫病は起こらない。一方、自己免疫が起こりやすい SJLマウスを用いると、病気発症や自己抗体レベルが、Xist を発現させたオスで、メスレベルに達する。従って、自己免疫が発症しやすい遺伝的バックグラウンドであれば、Xist の発現がオスとメスの違いを決めていることがわかる。

ただ、Atak-seq を用いたクロマチンテストで、記憶CD4T細胞が増えるので、免疫細胞自体のエピジェネティック変化を誘導する可能性がある。そこで Atak-seq や single cell RNA sequencing を用いて反応側の細胞レベルのエピジェネティックな変化を追求し、異常なB細胞の出現などを特定しているが、これが自己免疫反応の原因なのか、あるいは自己免疫反応の結果なのかははっきりさせていない。

しかし、人間の SLE の患者さん、SJLメス、及び Xist を発現させた SJLオス、それぞれで、共通の79種類のRNA結合タンパク質に反応する自己抗体が検出され、そのうちのなんと53種類が Xist 結合タンパク質であることを示して、Xist が自己抗原の供給源になっていると結論している。

自己に存在する蛋白質でも強いアジュバント効果を持つ RNA とともに提供されると、免疫反応を誘導する可能性は十分ある。従って、何らかの遺伝的バックグラウンドにより、細胞死が起こりやすくなると、当然強い抗原性をもつ自己抗原が排出され、自己抗体誘導が起こるというシナリオは、十分納得できる。

ただ、今回は説明できても、治療法が浮かんでくるわけではないのが残念だ。

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2月7日 ケトン食と菜食のインパクト(1月30日 Nature Medicine オンライン掲載論文

2024年2月7日
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食事が健康に重要なことは誰も異論がない。ただ、その効果は習慣として根付いた長い「養生」の結果だとされてきた。ところが、今日紹介する米国衛生研究所からの論文は、2週間だけケトン食、あるいは菜食を続けたときのインパクトを調べた珍しい研究で、短い期間でもケトン食や菜食が我々の身体に一定の効果を及ぼすことを示した論文。1月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Differential peripheral immune signatures elicited by vegan versus ketogenic diets in humans(菜食とケトン食によって末梢血の免疫指標が変化する)」だ。

研究は20人を NIH に1ヶ月間缶詰にした上で、無作為に2グループに分け、一つのグループにはまず菜食を2週間、その後ケトン食を2週間摂取してもらう。もう一つのグループはその逆でケトン食から始めている。そして、実験前、2週間目、4週間目に血液、便、尿を採取、 フローサイトメーター、RNAseq、プロテオーム、メタボローム、細菌叢など、考えられる検査を徹底的に行い、それぞれの食による身体の変化を調べている。一つ問題があるとすると、菜食からケトン食、ケトン食から菜食への移行が急に行われ、ウォッシュアウト期間がないことだが、これは仕方ないだろう。

勿論参加者個人個人の多様性は大きく、全体を平均したときのトレンドが示されていると考えて欲しい。

まず驚くのが、どちらの食事も免疫系の細胞の変化を誘導できる点で、CD4、CD8エフェクター細胞が有意に上昇する。あまり議論していないが、ケトン食と菜食を比べると、Treg がケトン食で高まり、NK が菜食で高まることだ。

末梢血の RNAseq 解析ではもっとはっきりした傾向があり、例えばインターフェロンや自然免疫に関係する RNA は菜食で高い。逆に獲得免疫に関わる RNA はケトン食で高いと言った具合だ。

一方で、血清中蛋白質を網羅的に調べるプロテオーム解析では、それぞれに特徴的な差があるにはあるが、変化は大きくない。強いて言えばケトン食では肝臓だけでなく、様々な臓器由来蛋白質の変化が見られる。

食で直接影響を受ける細菌叢もそれぞれ独自の変化を示す。多様性などに変化はないが、細菌種に変化が見られる。この研究で用いられたケトン食は、低炭水化物、高脂肪、高蛋白質になっており、便中の代謝物を調べると、高タンパク食であるにもかかわらず、ケトン食では様々なアミノ酸が低下している。一般的にケトン食では細菌の代謝が低下しているように見られるが、これは菜食が多くの植物繊維を含むからかも知れない。

これとは逆に、メタボローム解析から、ケトン食では血清のアミノ酸の量が上昇するのがわかる。さらに、脂肪酸を調べると、当然のことながら不飽和脂肪酸が菜食で多く、ケトン食では飽和脂肪酸が高まっている。この結果はケトン食の設計をするとき、高脂肪を植物由来の脂肪を増やすと良いことを示唆するように思う。

結果は以上で、ではなぜこのような変化が起こるのかについては追及されておらず、また被験者数も少ないので、一般化できるかどうかはわからない。元々ケトン体には様々な急性効果があることが知られているので、納得できるのだが、これほど急性の効果が、特に菜食にあるのには驚いた。食に関してはほとんど個人の思いつきで議論されることが多いので、このような地道な研究の積み重ねの重要性は高い。

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2月6日 CRISPR-Cas III から始まる細胞死(2月2日 Science 掲載論文)

2024年2月6日
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CRISPR/Cas システムは一般的に遺伝子編集機構と考えられているが、基本は外来遺伝子をクリスパーアレーに記憶して、同じ遺伝子が感染したときにキャッチして除去するシステムと考えればいい。従って、外来遺伝子を除去するためのエフェクターであるCasシステムは現在もなお多様化している。

このなかの Type III と分類されるシステムは、非特異的に RNA など一本鎖核酸をズタズタにする Cas7 や Cas10 分解酵素を持っている。すなわち、外来遺伝子に限らず核酸を分解するため、核酸を分解すること以外の目的が存在すると考えられてきた。特に、Cas10のPalmドメインには環状核酸を合成する活性があることから、これをシグナル分子として使っている可能性が追求され、いくつかの面白い経路が特定されている。

今日紹介するオランダ、ワゲニンゲン大学からの論文は、Haliangium ochraceum 粘液細菌類の CRISPR/Cas10 に続いてコードされている SAVED-CHAT遺伝子以下、5種類の遺伝子の機能を調べ、この系が、我々の細胞が Caspase3 によりアポトーシスを誘導するのと同じような、細菌のアポトーシス誘導システムであることを明らかにした研究で、2月2日号 Science に掲載された。タイトルは「Type III-B CRISPR-Cas cascade of proteolytic cleavages(IIIB型クリスパー/Casは蛋白分解カスケードのスイッチを入れる)」だ。

この研究では Haliangium ochraceum の type III B クリスパーシステムが SAVED-CHAT や PC-σ、そして細胞死誘導に関わると思われるPCカスパーゼを含んでいることに注目し、これら遺伝子の機能を詳しく調べている。この領域にはもう一つキナーゼ活性を持つと考えられる PCk も存在するが、これについてはほとんどタッチしていない。

まず、SAVED-CHAT が Cas10 により合成された環状ATP(cA) をシグナルとして、蛋白分解連鎖の始まりとなることを調べている。すると期待通り、cAで活性化された SAVED-CHAT は、同じオペロン内の PCaspase を見事に切断する。

さらに、SAVED―CHAT により切断され活性化された PCaspase は、同じオペロン内の PC-σ と PCi を分解することもわかったが、これは特異的な反応ではなく、PCaspase が非特異的に様々な蛋白質のアルギニン部分を切断することがわかった。すなわち、SAVE-CHAT/PCaspase システムは Cas10 が合成する cA で活性化されると、細胞内の様々な蛋白質を分解することがわかった。とすると、最も考えられるのは、外来遺伝子の伝搬を防ぐため、細胞死が誘導されることだ。

これを確かめるため、CRISPR/Cas10 とともに、SAVED-CHAT/PCaspase を別々に大腸菌に導入し、外来遺伝子を感染させスィッチを入れると、外来遺伝子が感染した細胞だけが細胞死に陥ることを確認し、このシステムが細胞自体を守るのではなく、逆に細胞死を誘導して集団を守る働きがあることを示している。

他にも、構造学的に SAVED-CHAT が cA で活性化するメカニズムや、同じく PCrisper で分解された Ciがこの反応を抑制することなどを明らかにしているが、割愛する。要するに、クリスパーシステムは外来遺伝子の分解に加えて、細胞死を誘導するシグナルを入れることで、感染の伝搬を防いでいる系を作り上げおり、我々の自然免疫と細胞死の一体化されたメカニズムのルーツがここにあることがわかる。

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2月5日 ガンにより誘発される認知症のメカニズム(1月31日 Cell オンライン掲載論文)

2024年2月5日
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私たちの身体で働く分子の中には、ウイルスがコードする分子を拝借したケースがあることが知られている。神経細胞でシナプス形成に関わるArc分子はその典型で、Ty3レトロトランスポゾンの Gag蛋白質と相同性があり、実際神経細胞内に存在するRNAを取り込んだウイルス様粒子を形成し、他の細胞へ伝搬させることが知られている。

今日紹介するユタ大学からの論文は、同じTy3由来と考えられる神経細胞分子PNMA が、Arc と同じようにウイルス様粒子を形成して細胞外に分泌され。これが一種の自己抗体を誘発して認知症を誘導するというシナリオを示した、ちょっと恐ろしい研究で1月31日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「PNMA2 forms immunogenic non-enveloped virus-like capsids associated with paraneoplastic neurological syndrome(PNMA2は免疫原性の強い非エンベロップ型ウイルス様粒子を形成し、ガンに随伴する神経症状を誘発する)」だ。

PNMA2 は、Paraneoplastic Ma antigen の略で、文字通りガンに随伴しておこる神経症状の患者さんの抗体が認識する抗原(Ma)のことで、神経細胞で発現しているのはわかっているが、一種の自己抗体を誘発する以外の機能はわかっていない。

この研究では PNMA2 がなぜ Ma抗原に対する抗体を誘導するのか、またそれが神経症状を発生するまでのメカニズムを探っている。

まず、PNMA2 は哺乳動物の進化過程で Gag抗原の一部が DPYSL2遺伝子近くに挿入され、この遺伝子のプロモータを発現に使うようになったこと、その結果海馬で強い発現が見られることを明らかにしている。

次に大腸菌で合成させた PNMA2 を電子顕微鏡で解析、ヒトPNMA2、マウスPNMA2ともにHIVに似たウイルス粒子を形成すること、また皮質神経の培養上清を精製すると、同じような粒子が特定されること、そしてこの粒子はエンベロップでくるまれずに細胞外へ排出されることを確認している。

次に粒子形成が出来ない変異を導入したPNMA2分子を設計し、細胞外への PNMA2分泌には粒子形成が必要であることも明らかにしている。

この粒子5マイクログラムをマウスに注射すると、アジュバントなしに強い抗体産生を誘導し、特に粒子表面でスパイクのように突き出た5‘末端部に対する抗体が誘導される。この強い免疫原性のメカニズムを探ると、PNMA2粒子が樹状細胞に取り込まれると、成熟を誘導し、T細胞刺激に必要な共受容体分子とともに、炎症性サイトカイン分泌を誘導する結果であることを示している。

最後に、PNMA2粒子に対する抗体をマウスに注射すると、認知機能の低下が見られること、しかし神経実質に対する免疫細胞の浸潤は見られないことを示し、例えばシナプス機能を直接阻害するような抗体が誘導される結果であることを示している。

最後の症状につながるメカニズムは明らかになってはいないが、1億年前にウイルス分子を自己として取り込んだ結果の、自己と他かの区別がつかないような免疫病が存在することがわかった。

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