3月10日 新しい心臓治療開発論文(3月5日 Science 掲載論文他)
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3月10日 新しい心臓治療開発論文(3月5日 Science 掲載論文他)

2026年3月10日
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ちょっと気になる心臓治療の論文が先週2編発表されていたので、紹介することにした。

最初は、深圳先端技術研究所からの論文で、血栓の発生源になる左心耳を閉鎖する方法の開発で、3月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Long-term thrombus-free left atrial appendage occlusion via magnetofluids(磁気を持つ液体を用いて長期間血栓なしに左心耳を閉鎖する方法)」だ。

左心耳は心房細動の患者さんで血栓が形成される場所として知られており、脳血栓のリスクが高い。そこで左心耳を閉鎖する様々な方法が開発されている。中でもボストンサイエンティフィック社から発売されている Watchman FLX はカテーテルで左心耳に設置することが出来、現在多くの患者さんに使われている。ただ、左心耳のサイズは様々なため、完全にフィットせずに血液が漏れる問題が残っている。

この研究では、心耳に水に触れると固まるゲルで塞ぐ可能性を追求している。ただ、心耳にぴったりフィットするゲルを設計できても、早い血流が流れているところでゲルを注入しようとすると、ゲル化する前に流れてしまう。この問題を解決するため、ビニルアルコールに、ネオジウム・鉄・ホウ素という今話題のレアアース磁石の粉と、腐食性が全くないレアアースのタンタルを混ぜて磁場に反応する様にし、カテーテルから心耳に液体を注入するとき、心耳全体に磁場で引っ張られて広がるように設計している。後は水と反応してゲル化し、さらに心耳の高分子と水素結合を介して固定されることになる。

ラットを使って、正確に左心耳にゲルを挿入できること、それが長期に維持できることを確かめた上で、人間に近いブタを用いて左心耳閉鎖を行い、10ヶ月組織学的にも完全に細胞とフィットして維持できることを示している。

磁場を使って薬剤の場所をコントロールすることはこれまでも広く試みられているが、左心耳閉鎖という最適の標的を見つけたことがこの研究の売りだと思う。ただ、ボストンサイエンティフィックを脅かすところまでには時間はかかりそうだ。

今日19時から「中国創薬研究の躍進」と題して、特徴があって大変面白いと感じた中国アカデミアからの研究論文を紹介する予定だが、今日紹介するユニークな研究の裾野に課題を見つけて、現在可能なテクノロジーを集め治療法を開発する多くのトランスレーション研究があり、この論文はその典型だと思う。

次は米国コロンビア大学からの論文で、松尾、寒川によって発見され、現在急性心筋梗塞治療に使われているナトリウム利尿ペプチドANPを遺伝子治療に変える可能性を示した研究で、3月5日号 Science に掲載された。タイトルは「Single intramuscular injection of self-amplifying RNA of Nppa to treat myocardial infarction(自己増殖型RNAを含む脂質ナノ粒子の一回投与で心筋梗塞を治療する)」だ。

ANPは心房から分泌され、心臓保護効果があることがわかっており、リコンビナントペプチドの点滴が急性期の心筋梗塞治療として行われている。ただ、血中ですぐに分解されることから、使用が急性期に限られていた。

この問題を解決すべく、現在一回の投与で効果が長く続くANP遺伝子治療開発が進んでおり、アデノ随伴ウイルスを用いて肝臓からANPを供給する治験が進んでいる。

この研究では、コロナワクチンと同じ脂質ナノ粒子を用いてANP遺伝子を造らせる方法の開発を進めているが、治療に必要な量の遺伝子をそのまま注射すると自然炎症を含む副反応が強いので、コロナワクチンでも試みられた自己増殖させるαウイルスのRNA合成システムを用いて、RNAを少量注射しても持続的にANPを分泌させられる方法を開発している。

筋肉注射後リンパ節に移るナノ粒子と異なり、今回使われたナノ粒子ではほとんどの遺伝子が筋肉に導入され、注射した領域の筋細胞だけでANPが合成される。さらに、ANPの代わりに心臓の分解酵素の作用で初めて活性が発生する pro-ANP を用いることで、心臓特異的にANPが作用するよう工夫している。結果は通常のANP遺伝子一回投与やコントロールと比べ、心筋梗塞後の回復が高まり、組織学的にも心筋再生が進んでいるのを確認できる。

この論文は投与群と非投与群の心臓細胞を single cell RNA sequencing で解析し、何故このような効果が生まれるのかもしっかり調べている。結論的には、血管内皮に作用し、様々な再生に関わる分子を誘導するとともに、炎症反応を抑えることを示している。その結果、筋肉再生は上昇する一方、ファイブロブラストによる瘢痕形成を抑えることで、心筋梗塞の回復を高める。

最後に、ブタを用いて心筋梗塞を誘導し、同じ治療により心機能が改善し、病理学的にも心筋回復が促進することを示している。

以上が結果で、先行しているアデノ随伴ウイルスを凌駕するかどうかは今後の研究にかかっているが、ANP自体の効果はわかっているので、1ヶ月以上効果が続き、慢性期もカバーできる方法として開発が進むと予想する。

カテゴリ:論文ウォッチ
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