11月29日 体に良いとされている食物も悪いことがある:2)食物繊維はクローン病に関わる(11月14日 Cell Host & Microbiome オンライン掲載論文)
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11月29日 体に良いとされている食物も悪いことがある:2)食物繊維はクローン病に関わる(11月14日 Cell Host & Microbiome オンライン掲載論文)

2023年11月29日
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今日の話題は食物繊維で、論文ウォッチでも取り上げてきたが、ほぼ全て腸内細菌叢を整えて、体に良い働きをするという研究の紹介だったと思う。ところが、食物繊維が、病気、特にクローン病を悪化させることがわかっていたようで、今日紹介するミシガン大学からの論文は、なぜクローン病にとって食物繊維が悪いのかについてのメカニズムを調べた研究で、11月14日 Cell Host and Microbiome にオンライン掲載された。タイトルは「Fiber-deficient diet inhibits colitis through the regulation of the niche and metabolism of a gut pathobiont(食物繊維を含まない食事は腸の病原性細菌のニッチと代謝の調節を介して腸炎を阻害する)」だ。

ここで実験的クローン病マウスについて説明しておく。クローン病は TH1 型免疫反応による腸の強い炎症で、自然免疫に関わる NOD2 とマクロファージの NADオキシダーゼが欠損して自然免疫が弱まったマウスが Taconic.社由来マウスの細菌叢に触れると、細菌叢内の Mucispirillum菌が体内に侵入し、これに対する免疫反応が引き金になり炎症が発生する。この菌が存在しないJakson研究所由来のマウス細菌叢では病気は起こらない。

この実験系で、マウスに食物繊維が全くない食事を与えると炎症が起こらないことが知られていたが、メカニズムについてはわかっていなかった。この研究では、食物繊維を与えないマウスと、与えたマウスを比較する実験から、

  • 食物繊維を与えないと、粘液層が縮小する。
  • その結果、通常粘液層に存在して、クローン病を引き起こす原因になる Mucispirillum(Tacoma社のマウスには含まれ、Jakson社マウスには存在しない)が粘液外に追いやられ、体内への侵入が防がれクローン病が発症しない。
  • 遺伝的に粘液層が形成できないマスでも Mucispirillum 菌が増殖できず、クローン病は起こらない。

を明らかにする。すなわち、食物繊維依存的に形成された粘膜層があると、Mucispirillum がそこで増殖でき、結果体内へ侵入する一方、粘膜がないと上皮近くで増殖できないため、体内への侵入がなくなる。

もともと Mucispirillum は粘膜を分解し利用する能力は持っていないので、粘液層で増殖する理由がない。そこで、おそらく粘液を好む細菌が、通常は粘液内で増殖しない Mucispirillum を助けるのではないかと考え、食物繊維に依存性の高いバクテリアの中から、R. torques を、粘液層合成には関わらないが、粘膜層を分解して発生した代謝物を通して、粘膜内での Mucispirillum 菌の増殖を可能にしている菌であることを明らかにする。

あとは細菌の発現分子の解析および細菌培養実験を行い、R.torques が主に H2 を提供することでMucipirillum 菌の増殖を助けることを明らかにしている。

以上、少しややこしいのでまとめ直すと、食物繊維は粘液層の維持に必須で、この粘液層を好んで増殖する菌が存在する。その中に、R.torque が存在すると、Mucipirillum 菌が増殖することができる。もちろんこの菌が存在し、体内に入っても自然免疫系で対応するのだが、Nod2 など自然免疫系が欠損すると、そのまま Th1 型の炎症へと発展する。しかし、この場合も食物繊維を止めると、粘膜層が低下し、結果 R.torque が消滅し、ここから H2 供給がなくなるため、Mucipirillum 菌が粘液外へ追いやられ、炎症を抑えることができるという話だ。

食物繊維や粘液も時には問題になることがわかるとともに、細菌叢での複雑な相互作用の一端を垣間見ることができた。

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11月28日 悪いとされる食物も良いこともあるし、良いとされる食物も悪いことがある:1)トランス脂肪酸(11月22日 Nature オンライン掲載論文)

2023年11月28日
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今日から2日間、食物について考えてみたい。取り上げるのはトランス脂肪酸と食物繊維で、それぞれ健康に悪い、健康に良いの代表として考えられている。ただ、これはあくまでも一般的な話で、逆のケースも数多く存在するが、科学的に突き詰めた研究は少ない。幸い、今週そんな論文に2報も出会ったので、順番に紹介する。

今日紹介するはシカゴ大学とSt.Jude小児病院からの論文で、身体に悪いとされている脂肪、トランス脂肪酸の一つが CD8T細胞のキラー活性を高めているという研究で、11月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Trans-vaccenic acid reprograms CD8 + T cells and anti-tumour immunity(Trans-vaccenic acid はCD8T細胞をリプログラムして抗ガン免疫を高める)」だ。

この研究では最初からトランス脂肪酸に着目していたわけではなく、T細胞免疫を高める血中の代謝物を探索していた時、調べた633種類の代謝物の中でT rans-vaccenic acid (TVA) がトップにリストされ、この作用の研究を始めている。

元々トランス脂肪酸というのは不飽和脂肪酸を溶けにくくする目的で人工的に水素化した脂肪酸で、多くの食品に使われている。必須脂肪酸の代謝を阻害し、ERストレスを高め、自然炎症を高めることで、動脈硬化を促進することから、多くの国で規制されている。ただ、自然の食品の中にもトランス脂肪酸は存在し、TVAはその一つで乳製品に多く含まれている。当然多くの人の血中に存在している。

腫瘍を移植したマウスに TVA を摂取させると、それだけで腫瘍の増殖が一定程度抑えられるが、シス型の Vaccenic acid (CVA) には全くこの効果はない。

TVA の細胞への効果は、細胞内に取り込まれた後代謝を変化させるか、細胞外の受容体を介して作用するかだが、ラベルした TVA を用いた実験から、細胞内で他の分子へと代謝されることがないので、細胞外の受容体を介して効果を発揮していることがわかる。

そこで、脂肪酸の受容体になりそうな G共役型受容体で CD8T細胞で発現している分子をノックダウンにより探索し、通常は短鎖脂肪酸と結合して CD8T細胞の増殖抑制に関わる GPR43 が TVA の作用に関わることがわかった。具体的には、TVA は低い濃度で GPR43 と結合することで、短鎖脂肪酸の刺激をブロックし、ネットの効果として細胞内の cAMP を高め、PKA-CREB というオーソドックスな回路を介して、T細胞の細胞増殖やエフェクター機能に関わる遺伝子の転写を誘導していることがわかった。

最後に臨床応用する可能性については、試験管内ではあるがヒトリンパ腫にヒトT細胞を加え、CD3 および CD19 を認識する2重特異性抗体を用いたキラー検出(一種の CAR-T )で、キラー活性を VTA が高めること、また CAR-T治療を受けた患者さんの血清VTA量を調べ、VTAが高いほど効果が高かったことを示し、なんらかの形で臨床応用が可能であることを示唆している。

以上が結果で、自然にできたトランス脂肪酸には我々の健康を助ける脂肪酸も存在することがわかった。

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11月27日 実験的基底細胞発ガンが耳介で起こりやすく、背中で起こりにくいことから発ガン過程へのマトリックスの作用がわかる。(11月15日 Nature オンライン掲載論文)

2023年11月27日
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皮膚では細胞の動態を外から観察できることを利用して、細胞学からゲノムまであらゆる方法を駆使して、幹細胞動態についての面白い研究が数多く行われている。

今日紹介するブリュッセル自由大学の Blanpain 研究室からの論文は、皮膚基底細胞ガンの発生について、Question から研究手法までこの分野のプロと思える面白い研究で、11月15日 Naturen にオンライン掲載された。タイトルは「The extracellular matrix dictates regional competence for tumour initiation(細胞外マトリックスが腫瘍発生過程の局所的決定要因になっている)」だ。

この研究は、最終的に Smoothened (Smn) 分子が活性化されて起こる shhシグナルを遺伝的にオンにすることで誘導される皮膚基底細胞ガンが、耳介の皮膚では誘導できるのに、背中の皮膚では誘導できないという、まさにプロの疑問に答えるため、活性型 Smn (aSmn) を蛍光標識とともに発現させた細胞を耳介および背中で発現させ、単一細胞レベルで追跡している。

この結果、耳介では aSmn 発現により増殖が高まった細胞が2週間もすると皮膚上皮層から離れて縦に増殖を始めるのに対し、背中ではいつまでも上皮層内のみで増殖することがわかった。

面白いことに、耳介と背中で増殖中の細胞の遺伝子発現を調べると、耳介の細胞では胎児毛根型の遺伝子が発現してくるのに対し、背中では正常皮膚細胞とあまり違いのない遺伝子発現パターンになっている。すなわち、耳介の細胞では aSmnシグナルに加えて他のシグナルが合わさって悪性化への道を取るのに対して、背中側では増殖は高いが、新しいプログラムの発現がないため、ガンにまで発展しない。

この原因をマトリックスとの関係にあると睨んで、メカニカルな刺激で誘導される Yapシグナルを調べると、耳介の細胞だけで Yap の核内移行が見られ、これが新しいプログラムを発現させることがわかる。

この耳介と背中のマトリックスの違いをコラーゲンの量の違いと睨んで、次にコラーゲンの量を調べると、耳介と背中で最も大きな違いが見られたのがコラーゲン1であることがわかった。そこで、コラゲナーゼを皮下に注射して背中のコラーゲン1の量を減らすと、ついに背中でも耳介と同じように縦に細胞が増殖しはじめ、最終的に基底細胞ガンへと発展することがわかった。

結果は以上で、皮膚の上で単一細胞の運命を追跡することで、増殖が高まった上皮細胞から基底細胞ガンへのステップアップをコラーゲン1が抑制していることがわかった。とすると、我々のような高齢者では皮膚のマトリックスは年々薄くなってくるので、これがガンの発生を高めている可能性が示されたことになる。ガンに限らず、高齢者の皮下組織を守ることは重要で、皮膚アンチエージングでは最重要課題と言っていい。

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11月26日 脳内マスト細胞はアルコール摂取で増加し、アルコールを絶たれると周りの三叉神経を刺激し頭痛の原因になる(10月30日 Neuron オンライン掲載論文)

2023年11月26日
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昨日は黄色ブドウ球菌のプロテアーゼの一つが直接神経系のPAR1受容体を切断し、刺激を誘導することで痒みが誘導されることを示した論文を紹介した。今日紹介するテキサス大学からの論文は、マスト細胞がストレスによる副腎皮質刺激ホルモン放出因子の直接作用で脳内にメディエーターを湧出し、その結果、数日頭痛が続く過程を明らかにした研究で、10月30日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Mast-cell-specific receptor mediates alcohol-withdrawal-associated headache in male mice(マスト細胞特異的な受容体がオスマウスのアルコール離脱時の頭痛を誘導する)」だ。

以前から頭痛にマスト細胞が関与す可能性は示されていたようだ。しかし、このような話を聞くと、一体マスト細胞がどう刺激されるのか不思議に感じられる人もいるだろう。というのもアレルギーの研究者にとって、マスト細胞の刺激はもともと細胞表面上の IgE が抗原で架橋されることで起こると思っているからだ。ただ、最近になってマスト細胞特異的に発現している Gタンパク質協約型受容体 MrgprB2 もマスト細胞の活性化に関わること、さらにこの場合ヒスタミンやセロトニンの豊富な小胞ではなく、トリプターゼと呼ばれるプロテアーゼの豊富な小胞が刺激により放出されることがわかっている。

この研究では MrgprB2 が脳内でのマスト細胞の活性化に直接関わるのではと考え、研究するためのシステムを探し、最終的にアルコール依存性を誘導したマウスにアルコール断ちを強いた時に起こる頭痛などが MrgprB2 刺激によるのではと着想した。

マウスに頭痛があるか聞くわけにはいかないので、三叉神経の興奮や、眼球の周りの痛みへの感受性、さらには運動の低下などで調べている。また、アルコール依存症は水と10%エタノールを自由に選べるようにして、アルコール依存度を高めている。

こうしてアルコール依存度が高まったところで、アルコールボトルを取り除くと5日間ぐらい、痛みに感受性が高まり、自発行動が低下、また三叉神経の自然興奮が高まるのを検出できるが、MrgprB2欠損マウスでは、アルコール離脱症状が全く見られない。すなわち、アルコール離脱時の頭痛は MrgprB2 の刺激によると考えられ、あとは MrgprB2 刺激が起こるプロセスを解析し、アルコール離脱のストレスで誘導される副腎皮質ホルモン刺激因子が直接 MrgprB2 に作用することを示している。これまでの研究でも MrgprB2 を刺激する分子は様々な神経ペプチドであることがわかっており、アルコール刺激で脳内で増加したマスト細胞に副腎皮質刺激ホルモン遊室因子が作用したと考えられる。

このような刺激形式ではヒスタミンではなくトリプターゼが湧出されることがわかっているので、おそらく昨日紹介した論文と同じように PAR を介して刺激が起こっているのではと思うが、この点については全く検討されていない。

代わりに、この刺激により TNF-α が分泌され、この抗体が症状を和らげることを示している。以上が主な結論で、MrgprB2 がマスト細胞活性化に関わる現場を特定したのは大きい。また、TNF-α をはじめ様々な治療標的も示唆されており、トランスレーションも進む可能性がある。

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11月25日 常在黄色ブドウ球菌は直接神経に働いてかゆみを引き起こす(11月22日号 Cell 掲載論文)

2023年11月25日
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皮膚の上(すなわち体の外)に常在する黄色ブドウ球菌が、内部に侵入することなく我々の体の細胞と複雑な関係を持っていることはこのブログでも何度も取り上げてきた(例えば、今年2月の黄色ブドウ球菌による神経再生誘導など:https://aasj.jp/news/watch/21477)。ただほとんどは、元々細菌に反応する血液系細胞との相互作用を介して起こることが多い。

これに対して今日紹介するハーバード大学からの論文は、黄色ブドウ球菌の発現するプロテアーゼが直接神経に働きかけてかゆみの原因になっていることを示し、「エ!こんなことが本当にある?」と驚く、極めて特殊な細菌とホストの関係を明らかにした研究で、11月22日号の Cell に掲載された。タイトルは「S. aureus drives itch and scratch-induced skin damage through a V8 protease-PAR1 axis(黄色ブドウ球菌は V8プロテアーゼと PAR1 の直接作用を介してかゆみを誘導し、その結果引っ掻き傷による皮膚損傷を起こす)」だ。

黄色ブドウ球菌を皮膚の上に塗りつけると、マウスは痒くてその場所を引っ掻き皮膚に損傷が生ずる。一方、皮下に注射すると膿瘍を作り、痛みの原因になる。このかゆみを誘導するのは、これまでマスト細胞など血液系からヒスタミンやサイトカインが誘導され、これが神経を刺激すると考えてきた。

この研究ではマスト細胞や、現在アトピー治療の標的になっているサイトカインをノックアウトしたマウスを用いて、黄色ブドウ球菌に関しては血液系の関与は全くなく、細菌の直接作用であることを発見する。

次に、細菌側で神経刺激に関係しそうなトキシンやプロテアーゼをノックアウトした黄色ブドウ球菌を皮膚に植える実験を行い、最終的に10個あるうちの一つのプロテアーゼ V8 が直接神経に働くことを突き止める。

プロテアーゼにより直接神経興奮が起こるためには、切断されると受容体の一部がリガンドとして働く PAR 受容体が働いていると考えられるので、V8プロテアーゼがどの PAR受容体を切断するかを調べ、トロンビン受容体として知られる PAR1 に最も強く反応すること、さらに抹消感覚神経がかなりの割合で PAR1 を発現していることを発見する。そして、トロンビン受容体の刺激を抑制する Vorapaxar がブドウ球菌によるかゆみを抑え、引っ掻き傷による皮膚損傷が怒らなくなることを明らかにしている。

結果の概要は以上で、人間でも同じことが言えるのかについては判断が難しいが、黄色ブドウ球菌が人間のアトピーの原因になっていることもあるので、可能性は高い。とすると、ステロイド軟膏や抗ヒスタミン剤以外にも、痒みを抑える可能性は出てくる。

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11月24日 自己免疫性のエナメル質形成障害(11月22日 Nature オンライン掲載論文)

2023年11月24日
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永久歯のエナメル質は我々の持つ最も硬い組織で、歯が残る限りいつまでも機能してくれる。エナメル質はアメロブラストと呼ばれる特殊な細胞により形成され、この細胞が分泌する様々なマトリックスタンパク質にカルシウムとリン酸を取り込み、ハイドロオキシアパタイトを形成することで完成する。この様に数多くの分子や過程が関わるため、それぞれの分子に応じて多くの遺伝的エナメル質形成異常が存在する。

ただ、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、アメロブラストに発現が見られない遺伝子変異に起因するエナメル質形成異常に注目し、アメロブラストが発現する分子に対する自己抗体が形成されることでもエナメル質形成異常が発生することを明らかにした研究で、11月22日 Nature にオンライン掲載された。

このグループが注目した遺伝子異常は、胸腺上皮で自己分子を発現させ、免疫トレランスを誘導する胸腺動物園に関わる分子AIRE遺伝子で、この分子の機能不全は自己免疫が多発する多臓器自己免疫症(autoimmune polyglandular syndrome:APS)を引き起こす。AIRE の詳しい機能については昨年のブログ(https://aasj.jp/news/watch/19920)を参照してほしい。

APSの患者さんの半分ほどがエナメル質形成不全を合併するので、エナメル質形成異常も他の自己免疫症状と同じ様に胸腺での免疫トレランス成立不全に起因するのではと着想し、マウス胸腺上皮の遺伝子発現を調べると、期待通りアメロブラストが分泌する様々なタンパク質が胸腺上皮で発現し、AIRE がノックアウトされるとこの発現が消失することを明らかにする。すなわち、AIRE遺伝子異常により胸腺動物園でのアメロブラスト分子へのトレランスが成立せず、この結果自己免疫反応がアメロブラスト分子に対しておこることがわかった。

次にマウスモデルで関与する免疫反応の型をしらべると、T細胞免疫型より、アメロブラストが発現する分子に対する自己抗体による自己免疫病であることがわかる。また IgA 型の自己抗体が存在することを突き止める。また、エナメル質形成異常を発生したマウスの血清を注射することで、正常マウスにも一定程度のエナメル質形成異常を誘導できることを明らかにしている。

以上のことから、エナメル質形成異常がアメロブラストの分泌するマトリックス分子に対する自己抗体で起こりうることが明らかになった。

とすると、APS 以外にも自己免疫性のエナメル質形成不全が存在する可能性があり、その例として取り上げたのが腸に対する自己免疫反応を基盤とするセリアック病で、これまでほぼ半数に一定程度のエナメル質形成異常が起こることが知られている。

そこで、セリアック病の患者血清を調べると、数種類のマトリックス分子に対する自己抗体を患者さんで検出できる。また、セリアック病の自己抗原として知られているトランスグルタミナーゼ2がアメロブラストでも発生初期に発現しており、セリアック病で発生した自己抗体が腸上皮だけでなく、アメロブラストとも反応してエナメル質形成異常につながる可能性を示唆している。

最後に、やはりセリアック病の抗原として有名は牛乳のカゼインに対する抗体も、エナメル質を形成する分子と交差反応を示し、エナメル質形成不全の原因になることを明らかにしている。

以上、自己抗体も遺伝的発生異常と同じ作用を示す場合があることが示された。

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11月23日 「病は気から」がガンの治療成績として見える治験(11月13日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年11月23日
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ストレスを与えると免疫が低下して、例えばガンの治りが悪いということはさまざまな動物実験で示されている。この原因として最も研究されているのが、さまざまなストレスホルモンで、人間でも肺ガンのチェックポイント治療に βアドレナリン阻害剤を組み合わせると、ガンの進展を抑えることができることも示されている。

このように、クヨクヨすると病気が治りにくいと言われても特に驚くわけではないが、しかし今日紹介するオランダ ガン研究所からの論文の様に、チェックポイント治療の治験期間に、数回、精神的なストレスを客観的に測定し、病気の経過を調るよく計画された治験で、「クヨクヨ」しないほうが病気の治りが良いことを示した研究は初めて見た。タイトルは「Association between pretreatment emotional distress and neoadjuvant immune checkpoint blockade response in melanoma(治療前の精神的ストレスとチェックポイント阻害のネオアジュバント治療に対する反応)」で、11月13日 Nature Medicineにオンライン掲載された。

この研究の目的は、メラノーマの手術前に PD-1 および CTLA4 抗体を組み合わせたチェックポイント治療を行うネオアジュバント治療効果を調べることだが、2回の抗体投与を受けた患者さんについては EORTC QLQ-C30 と呼ばれる質問形式の調査を行い、精神的ストレス度を測定し、ストレスのある群とない群に分けている。ガンになれば誰でもクヨクヨすると思うが、それでもクヨクヨしない患者さんが28人おり、このグループと精神的ストレスを感じた60人を比較している。

基本的には、クヨクヨする人とそうでない人で、ガンのタイプや年齢にはあまり違いはなく、精神的苦痛の強さの影響を見ることができていると判断できる。

結果は驚くもので、まずネオアジュバント治療後切除したガンの病理組織を見ると、腫瘍の大きさが10%以下になった割合は、ストレス群の46%に対し、ストレスのない群ではなんと65%に達している。

そして再発なしに2年目を迎えた割合は、ストレス群の74%に比して、ストレスのない群では91%と、母数が少ないと言え、優位の差が認められている。また、転移なしで経過する確率も、ストレス群で78%に対し、ストレスのない群では95%になっている。

この原因を探るべくさまざまな相関を調べているが、一つ明確なのはストレス群ではさまざまな免疫細胞の数が低下しており、クヨクヨすると免疫が落ちることが原因と思われる。しかし、これまで言われていた様なストレスホルモンの分泌に関しては差が認められていない。

結果は以上でメカニズムははっきりしないが、治験のプロトコルを工夫することで、「病は気から」が確かにガンの免疫治療の結果に影響することがわかった。

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11月22日 パーキンソン病の脊髄刺激による運動障害治療(11月6日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年11月22日
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パーキンソン病の細胞生化学的原因については詳しく解析が行われており、これに基づく新しい治療法の開発が行われている。しかし、黒質のドーパミン神経が失われることで発生する運動障害は個人差も大きく、まだまだ解析の余地は大きい。

現在生理学的に運動に関わる神経回路を正常化するのに視床の深部刺激が行われているが、歩行自体は脊髄後根から入ってきた脳からの運動神経が、前角で筋肉を動かす運動ニューロンを刺激して起こるので、脳をスキップして、末梢の回路を刺激することで、運動を正常化させる可能性がある。

今日紹介するローザンヌ工科大学からの論文は、脊髄背側を走る脳からの神経が脊髄内に侵入する後根侵入部を刺激してパーキンソン病の運動障害を治療する可能性を示した研究で、11月6日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「A spinal cord neuroprosthesis for locomotor deficits due to Parkinson’s disease(脊髄の神経刺激によるパーキンソン病の運動障害治療)」だ。

この研究はこれまで何度も紹介し、今年9月にも発展状況を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22954)脊髄硬膜外から神経刺激することで脊髄損傷の患者さんを再び歩けるようにする、neuroprosthesis(神経的義肢)を開発してきたローザンヌ工科大学によって行われている。脊髄損傷については、脳から切り離された神経的義肢の段階から、脳のコントロールを取り戻す方法へと着実に進化しており、最近では我が国のメディアでも広く取り上げられるようになっている。

パーキンソン病(PD)の運動障害も、当然培ってきた技術の対象となるが、運動ニューロンの障害ではなく、中枢での調整の問題なので、中枢からの神経の混乱を出来るだけ鎮めて、運動ニューロンに伝えるという戦略が用いられる。

この目的のために、まず動物のパーキンソン病モデルを用いて脊髄後根侵入部の興奮や、筋肉収縮など様々な測定を行い、正常とPDの差異を徹底的に解析して、運動野の反応を正しい歩行へとつなげるための、抗渾身入部の刺激方法を開発している。また、PDの治療に用いられている深部脳刺激との相互作用も動物で確認している。

詳細は省くが、このような動物モデルでの解析の上に、一人のPD患者さんについて、筋肉運動と後根侵入部の活動のモデルを形成し、このモデルに基づき脊髄損傷で用いる硬膜外電極を設置し、運動時のバランス、立ちすくみを完全に防止することが可能であることを示している。さらに、深部刺激と連動させ、リハビリを行うことでほとんど正常人と同じ歩行能力が回復できることを示している。

最初の被験者になった患者さんは30歳から30年以上 PD として過ごしてこられた方で、運動障害が強い患者さんも普通に歩けるようになることは間違いない。

ただ、この治療では、電極の位置決めや、刺激のためのデータ解析など、一人一人の患者さんに時間をかけて対応する必要があり、この部分がより簡便化できないと、PD の一般的な治療としては物理的に難しいと思う。

それでも、歩けるようになることは間違いなく、必要なPD患者さんに治療を届ける方法をさらに突き詰めて欲しい。

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11月21日 気になる疫学調査3報(11月1日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2023年11月21日
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疫学調査について紹介することは多くないので、今日は個人的に気になった疫学調査論文を3報まとめて紹介することにした.

最初は香港大学からの論文で、妊娠中に Covid-19 に感染した時、ウイルスに比較的特異的と考えられる3Cプロテアーゼ阻害剤を服用した妊婦さんと胎児の経過についての調査で11月1日 Nature Medicineにオンライン掲載されている。タイトルは「Nirmatrelvir/ritonavir use in pregnant women with SARS-CoV-2 Omicron infection: a target trial emulation(新型コロナ感染妊婦の Nirmatrelvir/ritonavir 使用:標的試験模倣観察研究)」

Nirmatrelvir/ritonavir 合剤はファイザーからパキロビッドとして発売され、ウイルス増殖に大きな効果があることから我が国でも広く使われており、他の薬剤と比べて妊婦や胎児への影響が少ないと考えられてきた。この研究では2022年3月から2023年2月までの1年間に Covid-19 に感染し、パキロビッド服用した妊婦と、抗ウイルス薬非投与妊婦さんのその後の経過を調べて、妊婦へのパキロビッドの安全性を調べた研究だ。

結果はこれまで指摘されてきた様に、パキロビッド服用による死産や新生児死亡は認められない。それどころか帝王切開や早産の確率は明らかに低下する。これは必要な治療をためらうと、重症化の危険があることを示す結果で、比較的重症化率の少ないオミクロンでも必要と判断すれば、抗ウイルス薬の服用は躊躇すべきでなく、その場合パキロビットは安全な薬剤として使えることが明らかになった。

2番目は若年者CTのリスクを調べる大規模コンソーシアムからの論文で、22歳以前に受けたCT量と、それ以降の血液型腫瘍の罹患率を調べた調査で、11月9日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Risk of hematological malignancies from CT radiation exposure in children, adolescents an d young adults(小児期、思春期、そして青年期のCT放射線暴露による血液系腫瘍のリスク)」。

単純なX線撮影と比べて、CT撮影の実効線量は高く、1回あたり 15mSV 程度になるので、世界中で追跡調査が行われている。ほとんどの調査で白血病などのリスクを高めることは確認されているが、この100万人規模の多国間協力研究でも、同じ結果で 100mSV あたり全血液系腫瘍発生の相対的リスクが1.9倍近くになる。また、これまであまり指摘がなかったホジキンリンパ腫などでもリスクが高まることが示されており、小児のCT検査はリスクベネフィットをよく考えて思考すべきという結論になる。

最後はスウェーデンカロリンスカ研究所からの論文で、マンモグラフィーで一度陽性と診断され、その後の検査で乳ガンでないとわかった人たちは、その後乳ガンになる確率が高いことを示す研究で、11月2日 JAMA Oncology にオンライン掲載された。タイトルは「Breast Cancer Incidence After a False-Positive Mammography Result(マンモグラフィーで偽陽性と診断されたグループの乳ガン発症率)」だ。

スウェーデンでは国民番号に健康データがリンクされており、1991年から2017年までにマンモグラフィーで偽陽性(陽性診断を受けたあとその後治療まで進んでいないケース)となった45000人を抽出することができる。このグループのその後の乳ガン発症率を、陰性診断を受けた45万人と比べると、特に乳ガンが疑われた側の乳房でそガンが見つかる率がオッズ比でほぼ2倍高いという結果だ。

マンモグラフィーの診断が乳房の密度に左右されることを考えると、そのまま我が国に当てはまるかわからないが、この結果の説明として、小さな腫瘍の場合、マンモグラフィーだけでは確定診断ならないか、あるいは乳房の密度などで元々乳ガンになりやすい体質がいる可能性があるが、偽陽性診断された方でガンの発生が高いことは、前者の可能性が高く、マンモグラフィーで陽性になった場合、より注意深い検査が必要になる可能性を示している。

この様に医学では毎日さまざまな調査が報告され,医療の質向上に努めている。

 

 

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11月20日 脳外傷による脳浮腫のメカニズムと治療(11月15日 Nature オンライン掲載論文)

2023年11月20日
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脳内にリンパ管様の老廃物のドレーンシステムが存在し、睡眠はこの流れを促進する役割があるが、これについては2013年発見以来何度も HP で紹介してきた。

今日紹介する米国ロチェスター大学からの論文は、Glymphatics と名付けられた脳ドレーンシステムの異常が外傷後の脳浮腫の原因であることを示した研究で、まだマウスの話だが、将来人間の治療にも使われる可能性がある。タイトルは「 Potentiating glymphatic drainage minimizes post-traumatic cerebral oedema( Glymphatic ドレーンを高めることで外傷後脳浮腫を抑えることができる)」で、11月15日 Nature にオンライン掲載された。

この研究では麻酔下で頭蓋の外から強い力を与えた時に起こる脳外傷後の浮腫を軽減する方法を検討し、以前 Glymphatic のドレーン機能を高めることが示された3種類あるアドレナリン受容体の全てを阻害する方法(以後 PPA 投与)が、浮腫の発生と持続を強く抑制することを発見する。また、この治療により、浮腫にともなうさまざまな認知機能低下を抑制することもできる。

そこで、脳内にリンパ流をモニターする分子を注入して動きを見ると、外傷で流れが強く抑制されるが、PPA 投与で流れが回復することを確認する。この結果、通常脳浮腫に伴い起こる炎症が抑えられ、さらにアルツハイマー病の進行に関わる Tau 分子のリン酸化も抑制できることも明らかにしている。

これまで脳浮腫は血管からの体液の滲出が主原因と考えられ、例えばマニトールの様な血中の浸透圧を上げる方法が治療として用いられてきたが、この研究ではアイソトープラベルしたナトリウムを髄質あるいは静脈に投与し、髄液と体液のアイソトープ量を比較する実験で、血管外への滲出はほとんど脳浮腫に寄与していないこと、また脳脊髄液の過剰合成もないことを示し、脳浮腫がもっぱら Glymphatic のドレーン機能の障害によると結論している。

あとは脳 Glymphatic および最終的に静脈へと結合する頚部リンパ系の動きを観察し、脳内の Glymphatic の流れだけでなく、静脈へと結合しているリンパ管の動きが外傷で抑制され、PPA 投与で改善することを確認する。

そして、外傷後のノルアドレナリンの濃度を調べることで、外傷により脳内のノルアドレナリン過剰産生が誘導され、これが Glymphatic および頚部リンパ管の機能を抑制することで浮腫が起こること、したがって治療にはこの流れを回復することが重要で、これには PPA 投与が最も適した治療になることを示している。

これをそのまま人間の治療に移すのは簡単でないだろう。しかし β1 アドレナリン受容体阻害剤プロプラノロールが脳浮腫を改善させるという報告があることから、意外と早い段階で標準治療になるのではと感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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