4月3日 Tauに対する抗体治療が可能な理由(3月31日号 Science 掲載論文)
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4月3日 Tauに対する抗体治療が可能な理由(3月31日号 Science 掲載論文)

2023年4月3日
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アルツハイマー病(AD)の最初の引き金になると考えられているアミロイドβに対する抗体レカネマブは、細胞外の沈殿型アミロイドβと結合してミクログリアで処理されることで除去を促進し、蓄積を抑えるのがメカニズムだと思う。ただ、ADの神経変性の直接の引き金になるTauの蓄積に対しても抗体治療が可能であることが動物実験で示されており、これはTauが細胞外に吐き出されたあと、他の神経へとプリオンの様に進展するのを防ぐからだとされてきた。この場合も、防御の主役はミクログリアになる。

ところが今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、抗体がFcレセプターを介してミクログリアの処理を高めるのではなく、抗体とともに細胞内に入ったTauを細胞質のTRIM21分子を介して分解することで病気を防ぐことを示した研究で、3月31日号の Science に掲載された。タイトルは「Cytosolic antibody receptor TRIM21 is required for effective tau immunotherapy in mouse models(細胞質に存在する抗体結合分子TRIM21がマウスモデルのTau免疫治療に必要)」だ。

TRIM21は細胞質に存在するユビキチンリガーゼで、抗体と結合している分子を認識してユビキチン化し、それをプロテアソームに分解させる機能を持っている。通常はウイルスに対する防御機構の一環と考えられる。このグループは、沈殿型Tauがプリオンの様に他の神経に感染するとき、抗体があるとウイルスと同じように分解処理する結果、ADの進展が防げることがTauに対する抗体治療のメカニズムではないかと考えた。

そこで、Tau/抗体複合体を培養神経細胞に加え細胞学的に調べると、細胞外で形成されたTau/抗体結合体が神経細胞にも取り込まれ、TRIM21と近接して存在すること、また抗体が存在することで、細胞質内での分解を促進し、Tauのプリオン様作用を抑え、細胞内でのTau沈殿を抑制することを明らかにしている。

これまでTauに対する抗体は、Fcレセプターを介すると考えられてきたので、抗体Fcに変異を導入、Fcレセプター結合性、あるいはTRIM2結合性を変化させる実験を行い、TRIM21との結合がTau伝搬阻止の主役であることを確認している。そして実験の締めくくりとして、マウスのTauによるADモデルにTRIM21ノックアウトを導入し、抗体治療にはTRIM21が必須であることを、短期・長期の抗体投与実験で明らかにしている。

最後にこれが人間でも可能であることを示すために、ヒトiPSから神経細胞を誘導し、TRIM21がヒト神経でも働いて、ウイルス/抗体コンプレックスの処理に関わることを明らかにし、おそらくTauの伝搬でも同じ効果を持つことを示唆している。

以上が結果で、これまで全てのTau処理をミクログリアの作用と考えてきた私にとっては、大変面白い論文だった。

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4月2日 免疫サーベーランスのメカニズム(3月29日 Nature オンライン掲載論文)

2023年4月2日
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これほど免疫システムによるガンの抑制が当たり前になっていても、免疫サーべーランスという言葉は耳慣れない人も多いのではないだろうか。しかし我々の世代にとっては、ガンと免疫というと免疫サーベーランスがまず結びついていた。免疫サーべーランスの概念は、おそらくオーストラリアのバーネットが最初に提唱したのではと思うが、我々の身体で日々発生している突然変異によるガン細胞を、免疫システムが見つけ出して殺すことでガンの発生を抑えているという考えだ。

確かに最近の疫学では、免疫不全症の人ではガン発生率が1.4倍になるという結果は、これを示唆しているが、思っているほど効果が高いわけではなく、また免疫システムが完全に欠損したマウスでも発ガン頻度が高くなかったことから、免疫サーべーランスの概念はあまり注目されなくなった。

今日紹介するスローンケッタリング ガンセンターからの論文は、ガンの転移巣の活性化には免疫サーべーランスが関与する可能性を示唆する研究で、3月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「STING inhibits the reactivation of dormant metastasis in lung adenocarcinoma(STINGは休止期転移肺腺ガンの再活性化を抑制する)」だ。

このグループは、既に静脈注射して各組織に播種された後もほとんど増殖せず組織で静かにしている転移ガンモデルを完成させている。実際、例えば現在の乳ガン治療では、ステージ1でも、既に各組織に転移があると想定して治療を行うが、これは初期からガン細胞が転移しており、何らかのきっかけで再活性化が起こるのを何年も待っていることがあると考えられる様になったからだ。

このグループが完成させた休止期転移モデルでは、免疫系とNKが存在しないマウスでは休止期に維持できないことから、休止期を外れたガン細胞を殺して、休止期を維持しているのが免疫サーベーランスであると結論し、このモデルで免疫サーべーランスを逃れる要因を、転移巣から増殖した細胞と休止期細胞から外れたばかりのガン細胞の遺伝子発現を比べ、また発見された遺伝子を改めてCRISPR/Cas9でノックアウトする実験から、自然免疫に関わるDNA センサーであるSTING分子であることを突き止める。

そして、ガンが休止期から外れて増殖期に入るとSTINGが発現し、これがガン細胞中のDNA断片を認識して自然免疫のスウィッチを入れるとともに、NK細胞の標的分子や、クラス1MHCの発現を上昇させ、免疫系により除去されることを明らかにする。

このシナリオを確認するため、STINGをノックアウト、あるいは強発現させる実験を行い、STINGが発現しているガン細胞は、免疫サーべーランスに発見され除去されることを明らかにする。

一方、ガンの方はサーべーランスを逃れるため転移巣ではSTINGをエピジェネティックに抑制しているが、これにはTGFβも関与すること、また増殖が始まるとエピジェネティックな抑制が外れSTINGが発現すること、そして増殖が続くと今度はSTINGがDNAメチル化により抑制を受け、サーべーランスを受けなくなることを明らかにしている。

最後に、STING刺激を高める薬剤を投与することで、転移巣の再活性化をつよく抑えることも可能であることを示し、医療へのトランスレーションの可能性を示唆して論文を終えている。

さすがTGFβシグナルの大御所Masagueの研究室だけあり隙の無い研究だが、これが肺ガン特異的な現象なのか、あるいは乳ガンや前立腺ガンなどでも言えるのか、是非知りたいところだ。

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4月1日 老化皮膚細胞を除去するCD4T細胞(3月30日号 Cell 掲載論文)

2023年4月1日
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老化が進む一つの原因が、老化した細胞が組織に長期間残ってしまうことで、新陳代謝を妨げ、慢性炎症状態が維持されるからだとする考えは広く受け入れられている。これを防ぐには、老化細胞を速やかに除去するsenolysisと呼ばれる過程を高めることが重要で、様々な方法が開発されてきたが、senolysisが生理的に行われているのかはよくわかっていない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、senolysisが人間の皮膚で起こっており、キラー活性を持つCD4T細胞が老化細胞が発現するサイトメガロウイルス抗原を見つけて除去しているという研究で、3月30日号の Cell に掲載された。タイトルは「Cytotoxic CD4 + T cells eliminate senescent cells by targeting cytomegalovirus antigen(細胞障害性CD4T細胞がサイトメガロウイルス抗原を標的にして老化細胞を除去する)」だ。

おそらく化粧品会社の最も重要なターゲットの一つは、皮膚の老化を遅らせることだと思う。この研究では、皮膚の中でも真皮に存在する線維芽細胞に焦点を当て、様々な年齢の皮膚バイオプシー標本から老化細胞の数を算定している。

結果はちょっと複雑で、若者と比べると確かに年齢とともに老化細胞の数は上昇するが、50歳を超すとほとんど年齢と比例しなくなる。おそらく単純に時間とともに起こる変化とは別の変化が、老化細胞の数に関わると考え、真皮に存在する血液細胞と老化細胞の相関を調べると、細胞障害性の機能分子を発現するCD4T細胞が多いほど老化細胞が少ないことに気づいている。

さらにCD4T細胞を分離した同じ人から、線維芽細胞を調製し、分裂抑制により老化させ、CD4T細胞と共培養すると、CD4T細胞は老化細胞のみを殺す活性があることを見いだしている。

次に、このCD4T細胞が老化細胞のどの抗原を認識しているのか探索し、老化した線維芽細胞ではクラスII-MHCとともに、サイトメガロウイルスグリコプロテインの発現が高まっていることを発見する。そして、CD4T細胞がウイルス抗原を発現している線維芽細胞を傷害する活性を持ち、抗原受容体もウイルスペプチドとクラスII-MHC複合体と結合していることを確認している。

結果は以上で、では本当にサイトメガロウイルス特異的CD4T細胞が皮膚の老化を防いでいるかどうかは、人間についての状況証拠だけでは結論できないだろう。おそらくシステムをマウスに完全に移して、皮膚の老化が防げるか、さらに他の臓器でも同じことが言えるかが結論できるのだと思う。

これで証明されると、あなたのCD4T細胞を活性化しますと言ったサービスも可能になるかも知れない。

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3月31日 細菌が作る注射器を蛋白質デリバリーに使う(3月29日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月31日
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今回のコロナパンデミックで有名になったmRNAワクチンにも使われている脂肪膜は、核酸だけでなく細胞内への蛋白質デリバリーにも使えそうだが、実際には簡単ではなく、合成コストが低く細胞特異的デリバリーを可能にする方法はまだまだ開発途上と言える。

今日紹介するMITからの論文は、バクテリアが持つPVCと呼ばれる一種のファージの様な蛋白質を注射するシステムを改変して、細胞特異的な蛋白質デリバリーを可能にする技術の開発で3月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Programmable protein delivery with a bacterial contractile injection system(バクテリアの収縮による注射システムを利用したプログラム可能な蛋白質デリバリー)」だ。

全く知らなかったが、バクテリアは他の細胞をアタックするために、16種類の蛋白質と、中に詰め込むトキシン蛋白質が一つになった遺伝子セットを持っており、これが発現すると中に細胞を殺すトキシンが詰まったファージウイルスの様な注射システムが合成され、標的の細胞に結合すると、注射器の様に全体が収縮して内部のトキシンを細胞の中に注射、細胞を殺すことで、邪魔者を排除している。

この細菌由来注射器はそのままで昆虫細胞には取り付けるので、試験管内で昆虫培養細胞に加えると、極めて効率よく細胞を殺すことが出来る。また、中身遺伝子を蛍光蛋白質GFP遺伝子に代えると、GFPだけが注射器内に取り込まれ昆虫細胞に注入されるので、中身を自由に代えることが出来る。

従ってあとは、哺乳動物の細胞に対して反応し、また特定の細胞だけにとりつく様特異性を代えることが出来るか?が重要な開発ポイントになる。

細胞にとりつく部分はPVC13蛋白質が対応しているが、このままでは哺乳動物には取り付けない。そこでこれにリンカーを結合させ、アデノウイルスの一部、あるいはEGF受容体に対する模倣抗体(DARPin)を結合させ、試験管内で調べると、人間の細胞でも、表面に発現している標的分子の発現特異的に、蛋白質を導入できる。

同じようにして、特異性の異なる一本鎖抗体ナノボディー遺伝子をPvc13に結合させると、それぞれの抗体が認識する分子を発現する細胞にだけ、蛍光蛋白質をデリバーできる。すなわち、抗体さえあれば特定の細胞だけを標的にすることができる。

最後に、生体内でも蛋白質を導入できるか、脳内へPVCを注射して調べると、アデノウイルス分子を使った場合、神経細胞特異的に蛋白質を導入することが出来ること、また導入された蛋白質は2−3日で消失するため、極めて短期間だけ細胞を操作できることなどを示している。

以上が結果で、バクテリアでシステム全体を合成できること、細胞特異性を付与しやすいことなどを考えると、かなり有望な蛋白質デリバリーシステムになる気がする。しかし、地球上の生物を探せば、まだまだ面白いツールが掘り起こせることが間違いないことを教えてくれる論文だ。

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3月30日 バクテリア生体内時計の進化(3月22日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月30日
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昼夜のサイクルに会わせた概日周期を刻む体内時計のメカニズムはバクテリアにも存在する。これは、生物が地球のリズムに合わせるための必須のメカニズムで、その分子基盤もよくわかっており、真核生物の複雑な分子相互作用と比べると、極めて単純だ。

今日紹介する米国のBrandeis大学からの論文は、バクテリアの概日周期を刻む時計メカニズムの代表と言えるKaiABCシステムと呼ばれる3つの蛋白質からなる時計システムの進化を、系統構造学を駆使して探った研究で、3月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「From primordial clocks to circadian oscillators(原始型時計から概日周期への進化)」だ。

まずKaiABCシステムがどのように概日周期を刻むのかを見ておこう。基本的にはKaiC分子のリン酸化と脱リン酸化のサイクルを昼夜の周期に会わせたシステムを作ることで時計が形成される。まず、KaiCとKaiAが結合すると、KaiCの構造が変化し、KaiCの自己リン酸化が進んでいく。これが飽和するのが12時間だが、この時、KaiBがKaiCのリン酸化の程度に応じてKaiAの結合を阻害する方向に働き、今度は脱リン酸化を助ける。KaiCは12個の分子が集まっているため(12時間に合わせたわけではないと思うが)、この過程が時間をかけて進むため、3種類の分子だけで地球の自転に会わせたサイクルが完成している。

このように単純な分子から形成されているとは言え、3種類の蛋白質が最初から同時に存在するはずはない。そこで、この進化を探るため、個の分子の進化を探ってみると、まずKaiCとKaiBが30億年前に発生した後、現在のKaiAが参加するシステムが形成されるのは約10億年前までかかっている。すなわち、BC2種類の分子相互作用システムが、最終的にABC3分子システムに進化している。

そこで、まずBC2分子システムで時計機能を再構成できるのか調べる中で、20億年前に進化したKaiCrsシステムに着目した。このKaiCはABCシステムのKaiCと異なりAループと呼ばれる部位が飛び出している。またKaiCは自己リン酸可能を持つので、このRS型ループがKaiC同士を密接に結合させ、他の分子の助けなしにリン酸化を進めるのではと着想し、実験的に確かめている。すると、まさにこのRS型Aループ構造があるだけで、KaiA依存的なKaiCよりスピードの速いリン酸化が起こる。

KaiA依存システムではKaiCリン酸化が飽和するのに大体12時間ぐらいかかるのに対し、KaiCrs自身は1時間でリン酸化が飽和する。

次にリン酸化分子が時計システムを作るためには脱リン酸化が必要だが、これ自体もKaiC分子の酵素活性により起こるが、この過程はまずKaiBがKaiCに直接結合することでKaiCのATP分解活性が高まること、さらにKaiBの結合はKaiCがADPと結合しているときのみに起こることを明らかにしている。すなわち、KaiAの代わりに、細胞内のATPとADP濃度の変化により、リン酸化されたKaiCとKaiBとの結合が調節され、脱リン酸化が進むことが示されている。

少しわかりにくくなったが、要するに自己リン酸化、脱リン酸化反応をおこすKaiC単独の複合体が、概日の細胞の活動によって変化するATPとADP濃度の変化を取り込むため、KaiBを巻き込んで、単純な時計システムを完成させる。ただ、ATP/ADP濃度は温度などにも強く影響されるので、より安定な時計システムを完成させるため、リン酸化と脱リン酸化をKaiAとKaiBの競合に夜システムに変えることで、安定な概日周期が完成したというストーリーになる。

分子構造の解析が中心の論文なのにそこをすっ飛ばして紹介したが、クライオ電顕の威力が進化研究に発揮された面白い研究だった。

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3月29日 ナノポアセンサー利用の拡大(3月20日 Nature Communications オンライン掲載論文)

2023年3月29日
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ナノポアというと単一DNAの配列決定に利用されるモダリティーと思うほどゲノム研究で普及しているが、原理を考えてみると、穴=ナノポアが塞がれた時の電気信号の差を記録していくという意味では、様々な用途に利用できる。実際、アミノ酸配列を読もうとする研究も進んでいることを以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18292)。いずれの場合も、ナノポアをペプチドやDNAが順番に通っていくドライバーを利用する系だが、穴を塞ぐという点だけに注目すれば用途は広がる。

今日紹介するニューヨークのシラキューズ大学からの論文は、ナノポアを特定のタンパク質のセンサーとして使うための条件を調べた研究で、3月20日 Nature Communications にオンライン掲載された。タイトルは「A generalizable nanopore sensor for highly specific protein detection at single-molecule precision(単一分子レベルで特定のタンパク質を検出する汎用可能なナノポアセンサー)」だ。

このグループは大腸菌の ferric hydroxamate uptake component A(FhuA) と呼ばれる分子をナノポアとしてタンパク質との相互作用を調べ、これをナノポアとしてタンパク質全体をキャプチャーするセンサーとして使えるのではと考えた。ナノポアは脂質膜の中に埋め込み、脂質絶縁体の中での伝導性を持つ穴を形成させ、穴が塞がれたときに起こる伝導性の変化を調べるのだが、ナノポア自体は FhuAも溶液の中から特定のタンパク質に結合する能力はない。したがって、FhuAにタンパク質と特異的に結合して補足し、ナノポアと反応させるための分子を融合させる必要がある。

この研究ではSUMO、 WDR5、そしてEGFRの3種類のタンパク質を同じナノポアで検出しているが、それぞれのタンパク質を細くするため、一本鎖抗体(ナノボディー)や、たんぱく質と結合する分子を補足のために FhuAと結合させ使っている。

この条件でナノポアにたんぱく質溶液を加えると、溶液中のタンパク質がナノポアとついたり離れたりし、結合したとき穴が塞がれ電流が定常の40pAから、塞がれ方に応じて0pAまで低下することがわかる。また、このように設計したセンサーは、溶液中のタンパク質と結合解離を繰り返すので、濃度に応じてナノポアを防ぐ頻度、時間が変化する。実際のデータを見るのが最もわかりやすいが、ナノポアセンサーだけで目的のタンパク質を感度よく検出できる。

3種類のタンパク質を例に具体的実験結果を述べると、SUMO分子やEGFR分子では穴が完全に塞がれ、電流は完全に遮断されるが、WDR5では完全に塞がれないため、40pAが30pAに低下する。

一方、遮断される時間はSUMOやWDR5では一定で、同じように分子がナノポアと反応しているのがわかるが、EGFRでは、時間の長い反応と、短い反応に分かれ、構造的に2種類の反応様式をとることがわかる。

最後に、他のタンパク質として牛血清アルブミン溶液に、SUMO分子を加えたときにも検出可能かどうかを調べ、ノイズは増えるが、ナノポアの伝導性の変化は十分検出可能であることを示している。

以上が結果で、抗体を用いて化学的に検出するELISAや、物理的変化を利用してタンパク質の結合を検出する plasmon resonance法やisothermal calorimetry に代わるかどうか予測するほど知識はないが、DNA配列決定現場でのナノポアの活躍を見ると、将来性はあるように感じる。なんといっても、一分子レベルで、パラレルに検出が可能だし、将来はウイルス全体といったさらに大きな分子複合体の検出も可能になるかもしれないと期待している。

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3月28日   幻 覚剤の作用から人間の脳の構築を探る (米国アカデミー紀要3月号 掲載論文)

2023年3月28日
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人間の脳を膨大なミクロレベルの神経結合ネットワークとして見てしまうと、複雑という以外にまとめようがなくなる。しかし、もう少しマクロのレベルで脳を整理することが出来る。例えば、脳皮質の結合を考える時、直接感覚野運動に関わる領域に加えて、我々は前頭葉を中心の様々な情報を統合するtoransmodal領域と総称される脳領域を持っており、この領域の発達こそ人間性を理解するための最も重要な領域になる。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、セロトニン受容体に働くことがわかっている幻覚剤DMTによる脳の変化を機能的MRIと脳波計を用いて調べることで、このtransmodal領域の構築を調べようとした研究で、3月20日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Human brain effects of DMT assessed via EEG-fMRI(DMTの人間の脳に対する効果を脳波計と機能的MRIで調べる)」だ。

幻覚剤と言うからには、感覚インプットと関係なく、感覚が得られるはずで、実際このtransmodal 領域内の活動が、直接感覚野運動に関わる領域から切り離されて高まることがこれまでの脳イメージング研究でも示されてきた。

この研究は脳波とfMRIを同時に調べている点や、脳イメージング中に幻覚の強さをリアルタイムで述べてもらうといった工夫をしている以外は、これまでの研究と変わるところはない。

実際DMTを投与すると、前頭葉のtransmodal領域の結合性が高まりるとともに、以前紹介した、完全に頭を休めているときに活動するネットワーク、default mode network(DMN)も高まる。すなわち、直接感覚から切り離されて、より高度(といっていいのかどうかは難しいが)、抽象的な自己に関わる領域の活動が高まる。そしてこの活動が高いほど、自覚的幻覚の強さも高まる。

面白いことに、通常はtransmodal領域と、直接感覚運動野の間に存在する活動の階層的勾配が、幻覚剤で圧縮される、すなわちそれぞれの領域の区別が消失する方向に動き、高次と低次の区別がない一体化した状態が作られる。

脳波で見ると、ゆったりとしたアルファ波が低下し、β波、γ波が特にtransmodal領域で上昇していおり、またtransmodal領域からより低次な領域への脳波の伝搬が高まっていることがわかった。

実際には、脳波やfMRIのパターンは解釈が難しく、結局好き勝手にならざるを得ないが、これらの結果は幻覚剤がまずtransmodal 領域内での活動を高めることで、運動感覚野から切り離された状態が作り出され、それが脳内の自発活動を高め、それが幻覚として現れることを示している。

結果は以上で、特に目新しいわけではないのだが、自己を理解するという観点ではこのような研究はいつも面白い。Transmodalネットワークは、哺乳動物の進化で発達してきた、いわゆる前頭葉で、しかもセロトニン受容体の発現が高く、さらに神経伝達を支えるミエリンの密度も高い。極論すれば、セロトニンに反応するtrannsumodalシステムが人間脳の進化とも言える。この研究が示す様に、幻覚剤によりこの領域を感覚運動野から切り離して活動させると言うことは、まさに個人個人特有の自己が幻覚を通して理解される可能性を示している。特にDMTは意識は保ったまま幻覚を得ることが可能なので、デカルト的意味での自己、脳内のホムンクルスを理解するための面白いツールになる可能性はある。老い先短いので、試してみたい気もするが、おそらく許されないだろう。

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3月27日 RhoJ分子は抗ガン剤抵抗性を付与する(3月22日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月27日
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ガンが抗ガン剤に抵抗性を獲得する経路は様々だが、悪性化の一つの代名詞がEMT=上皮間葉転換、すなわちガンの上皮としての接着機構などが失われ、間質細胞の様な形態になることが挙げられている。このEMT自体は、TGFβの刺激などでTwistと呼ばれる間葉系細胞への転換全体をコオーディネートする転写因子で調節されているのだが、EMTが同時に抗ガン剤耐性を誘導するのかはよくわからない。

今日紹介するブリュッセル自由大学からの論文は、EMTにより発現が高まるRhoJが、ガン細胞の複製時のDNAストレスを回避して分裂を続けさせる効果があるため、様々な抗ガン剤に対する耐性が発生することを示した研究で、3月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「RHOJ controls EMT-associated resistance to chemotherapy(RHOJはEMTに伴う抗ガン剤に対する抵抗性を調節する)」だ。

RhoJについては、京大時代から教室の血管研究を推し進めてくれた植村さんが、独立してから血管新生でのRhoJの関わりを研究していたので、ある程度馴染みがあったので、タイトルを見て、同じ分子が抗ガン剤耐性にどう関わるのか興味を持った。

この研究では、皮膚ガンをPECAMの発現でPECAM陰性EMT型と陽性の上皮型に分け、EMT型のみ様々な抗ガン剤耐性を持っていることを確認した上で、この差を決める分子をRNA発現、蛋白質の発現の違いを指標に探索、これまでの研究でメラノーマの抗ガン剤耐性に関わることが知られていたRhoJの発現がEMT型のみで発現していることを発見する。

次にRhoJが抗ガン剤耐性を付与するかどうかを調べる目的で、上皮型ガンにRhoJを導入すると、EMTは起こらないが、抗ガン剤耐性が誘導できること、またEMT型ガンからRhoJをノックアウトすると、抗ガン剤耐性が失われることを発見した。

植村さんをはじめとする研究でRhoJは機能的血管新生に必須であることがわかっているので、この論文の結果から、さらにRhoJ阻害によりガンの薬剤抵抗性を抑えることになると、ガン治療の標的としての重要性が高まった様に思う。

この研究では最後にRhoJが抗ガン剤耐性を誘導するメカニズムについても検討し、長い話をまとめると以下の様になる。

RhoJは核のアクチン調節に関わる分子と結合し、アクチンの伸長を助け、この結果メカニズムはわかっていないが、抗ガン剤によって誘導されるDNA複製の中断などで生じる複製時のDNAストレスを和らげるとともに、使われていない複製開始点を活性化することで、DNA複製を止めずに進める作用を有している。これと平行して、DNA修復機構を高めることで、ガンの増殖の維持が可能になる。

おそらく他のガンのEMTが誘導されたときも同じメカニズムが働いているのかを調べることが最も重要だと思うが、ガンでRhoJの発現を調べることの重要性とともに、これを標的にして血管とガンに同時に働く治療薬が開発できることを期待したい。

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3月26日 美味しいスナックの危険性(3月22日 Cell Metabolism オンライン掲載論文)

2023年3月26日
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砂糖や動物性脂肪が体に悪いことはわかっていても、脂肪分が高く甘い食べ物へ嗜好を抑えることは簡単ではない。少しでも美味しい食品は減らして、健康な食生活をと思って様々な取り組みが行われる。しかし、今日紹介するケルンにあるマックスプランク代謝研究所からの論文は、1日1回ぐらいはいいだろうと思う高脂肪で甘いスナックも、健康な食生活を維持するためには危険であることを示す研究で、3月22日 Cell Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Habitual daily intake of a sweet and fatty snack modulates reward processing in humans(甘くて脂肪分の高いスナックを毎日食べる習慣は人間のご褒美回路を変化させる)」だ。

研究では、高脂肪で甘いスナックを摂取する群と、カロリーは同じだが、脂肪分が少なく甘味も少ないスナックを摂取する群に分けて、甘みや脂肪に対する嗜好性の変化を調べ、またその背景にある脳反応を機能的MRIで調べた研究で、研究自体としては新味も少ないし、結果も驚くものではない。ただ、一般にこのような研究は食全体をコントロールして行われることが多いのだが、この研究では食事はそのままにして、毎日一回のスナック間食だけを変えて、8週間すごさせている点がユニークで、1日1回ぐらいならちょっと甘いケーキもいいだろうという気分をよく拾い上げた研究だ。

スナックのカロリーは同じにしているので、8週間続けた後の体重や代謝機能は全く変化がない。しかし、脂肪分や糖分を変化させたスナックを評価させると、高脂肪で甘いスナックを摂り続けた人の低脂肪や糖分の低い食べ物に対する評価は低くなる。

この評価の脳基盤を探るため、美味しいスナックを食べた少し後に、味のないスナックを提供された時の失望感をfMRIで調べると、前頭前野から線条体までのいわゆるご褒美回路の反応が、高脂肪で甘いスナックを食べた群では高いことがわかる。

以上の結果は、1日1回のご褒美と高脂肪で甘い間食をとることで、体重などへの変化がなくても、高脂肪で甘いものを求める脳の変化が起こってしまい、肥満や代謝異常へとつながる基盤を作ってしまう可能性を示している。

この一種の条件付けとも言える結果のメカニズムを探るため、一般的な連合学習テストを調べる実験を最後に行なっている。驚くことに、高脂肪で甘いスナックを8週間続けたグループは、食とは全く関係のない連合学習機能テストで、対照群と比べ高い学習能を示している。著者らは、褒美を常に予測する回路が訓練されることで、同じ回路を利用する連合学習全体が訓練されたと単純に解釈している。

以上が結果で、食については条件付けなくとも、自然に美味しいものに向くよう私たちの頭が変化することを示し、節制することの難しさを示している。私もドイツに住んでいたことがあるが、カフェでケーキにクリームをつけて食べるという習慣を戒めるものだと思う。しかし、最後の連合学習の結果が本当だとすると、例えば受験生のように記憶を高めたいと思うときには、1日1回美味しい間食を取る方が良いという結論になると思う。

結局私としては、人間を使った食べ物に対する嗜好の研究は簡単ではないというのが感想だ。

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3月25日 膵臓ガンの転移性を抑える分子の発見(3月22日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月25日
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膵臓ガンの治療が難しい一つの理由は、発見された時にはすでに転移が進んでいることが多いためだ。一方、膵臓ガン発症に関わるガンのドライバーやガン抑制遺伝子は共通性が高いので、この転移性は発ガン後に起こった遺伝子の変化の結果と考えられる。

今日紹介するイスラエル・ヘブライ大学からの論文は、RNAスプライシングの違いが膵臓ガンの転移性を決めているのではと仮説を立て、転移ガンでは発現が低下するRBFOX2を特定し、RBFOX2発現低下が転移性の上昇につながるメカニズムを明らかにした論文で、3月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「RBFOX2 modulates a metastatic signature of alternative splicing in pancreatic cancer(膵臓ガンではRBFOX2がオルタナティブスプライシングを変化させ転移性を調節する)」だ。

この研究では発表されている膵臓ガンのRNA発現データベースを、スプライシングの違いという観点から整理し直し、オルタナティブスプライシングの差が転移性の差に繋がっていることを発見する。このスプライシングが変化した遺伝子の特徴を調べると、RBFOX2が認識する配列を持っていること、そして、転移性の高いガンではRBFOX2の発現が低下していることを発見する。

次に、転移性の高い膵臓ガン株にRBFOX2を導入する、あるいは転移性の低いガン株のRBFOX2をノックアウトする実験を行い、RBFOX2がガンの転移性を抑制するスプライシング因子であることを突き止める。また、RBFOX2発現が低下することで、細胞骨格調節機構が変化し、最終的に転移性が高まることを発見する。このRBFOX2のみのオンオフで転移性が変化するという点がこの研究のハイライトで、あとはどの遺伝子のスプライシングの変化が転移性の変化を生んでいるかを調べている。

RBFOX2の有無による発現遺伝子の比較と、転移性を調べる機能実験を繰り返し、

  • RBFOX2の標的で最も重要なのは、転移に必要な細胞骨格変化に必須遺伝子であるRhoAと結合することが知られているMPRIPで、この遺伝子の23番目のエクソンはRBFOX2が存在しないとスキップされる。
  • エクソン23が欠損したMPRIP分子は、それだけで膵臓ガン株の転移性を高める。また、遺伝子操作でエクソン23がスキップできないようにすると、転移性が低下する。
  • エクソン23欠損MPRIPは、RhoAと同時にMAPキナーゼカスケード分子と強く結合して、Rhoシグナルを変化させ転移性を上昇させる。
  • MPRIP以外にも、細胞骨格変化に関わるミオシン軽鎖や小胞体輸送に関わるCalsynteninのスプライシングも変化しており、それぞれのスプライシングを抑える操作を行うことで、転移性が低下することを示している。

以上、一つのスプライシング因子が低下するだけで、ガンの転移性を上昇させる様々な変化が同時に起こっているという重要な発見で、膵臓ガン治療標的になるかどうかはわからないが、膵臓ガンを見るための新しい視点を示したことは間違いがない。

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