カテゴリ:論文ウォッチ
8月7日:再生臓器の移植(7月26日号 Lancet掲載論文)
2014年8月7日
試験管内で構造を持った臓器を再生することは簡単ではない。亡くなった笹井さんは神経系でこの難題に取り組み、構造を持つ網膜や小さな脳組織を形成させるのに成功していた。この場合の構造構築は自己組織化と言われ、細胞が持つ内在的な力で自然に構築が形成される。ただ、こうして出来る立体構築は、作る側の都合でデザインできない、大きな構造が出来ないと言う問題がある。このため、デザインされた足場を先ず人工的に作って、そこに細胞を撒いて臓器を作る様々な方法の開発が進んでいる。方法の一つが、取り出した臓器から細胞だけを取り除いて構造の足場だけを作り、そこに細胞を撒く方法だ。それぞれの細胞は特定の足場を好むため、複数の細胞の種類が正しい場所に自然に分かれて増殖させることが出来る。この方法の有効性は、既に上皮と筋層からなる膀胱や尿管で証明され2006年、2011年にLancetに掲載されている。今日紹介する論文は女性の膣形成不全の治療に、試験管内で再構築した膣の移植を試みたアメリカウェークフォレスト大学とメキシコHIMFG大学との共同研究で、7月26日のLancetに掲載された。タイトルは、「Tissue-engineered autologous vaginal organs in patients: a pilot cohort study (組織工学的に自己の細胞から形成した膣を用いた移植治療:試験的コホート研究)」だ。膀胱や、尿道で既に成功例があるのにこの論文が気になったのは、ずばり「膣」が肉体的にも精神的にも女性の性にとって大きな役割をもつ臓器だからだ。研究では、13歳から18歳までの膣形成不全の4例の患者さんで、2人は膣から卵管に至る複雑な形成異常を併発しているが、残りの2例は膣だけに異常が限局されている。患者さんに残っている膣組織をバイオプシーし、そこから筋肉と上皮を別々に培養して十分な数になるのを待つ。大体、3−5週培養すると十分な細胞数が得られる。それを既に購入することの出来る腸管の細胞を除去した足場(Surgisisと言う製品)に移して更に培養を続け、組織構築が正常の膣に極めて近いことを確認してから移植している。組織を採取してから5−6週で移植可能になっており、驚きのスピードと言える。これを患者さんに移植する時、子宮との連絡が再建できるよう吻合を行っている。また、自然に腔が閉じないよう、最初ステントを入れて形を整えるなど、きめの細かい手術を行っている。結果膣以外の異常のない2例では生理が回復している。生理を見ることはないと言われて来た患者さんにとっては無上の喜びだったはずだ。そして、私が最も気になった点、即ち性的な活動性だ。手術を受けた全員が、性的にも正常の人と変わらない生活を送っており、性欲も活発なようだ。移植後血管だけでなく、自律神経などの再構築がしっかり進んだことを示している。論文を読むと、1990年研究を初め、動物実験をへて今回の治験にたどり着き、しかも患者さんの経過を8年も丹念に追跡している。この方法以外ではかなわなかった結果を示しており、再生医学の臨床研究の手本と言える。今我が国で進んでいるiPS を用いた臨床研究の最前線にある、網膜色素上皮移植と、ドーパミンニューロンを用いる2つの再生医療は、高橋政代さんと、高橋淳さんの二人の力でなんとか実現出来る所までこぎ着けたが、どちらも笹井さんが開発した技術から始まっていることを是非皆さんに伝えたい。