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8月15日:エボラウィルスが恐ろしい理由(Cell Host Microbe誌8月号掲載論文)

2014年8月15日
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ヨーロッパにいる間CNNで見ていたニュースの中心は、ガザでの戦争、米軍によるイラク爆撃、そして西アフリカでのエボラ出血熱流行だった。医学に関わって来たと言っても、結局私がエボラ出血熱について知っているのは、死亡率が極めて高い恐ろしいビールス感染であること、ウィルスの電顕写真が変わった形をしている程度で、到底専門家のレベルとは言えない。そんなことを考えながら論文を見ていたらCell Host and Microbe誌になぜエボラビールスが厄介な病原体かを教えてくれる論文が掲載されていたのを見つけた。アメリカワシントン大学の研究で、タイトルは「Ebola virus VP24 targets a unique NLS binding site on karyopherin alpha5 to selectively compete with nuclear import of phosphorylated STAT1(エボラウィルスのVP24はKaryopherinα5の特異的部分に結合し、リン酸化STAT1の核内移行を競合する)」だ。いずれにせよ何も知らなかったことがよくわかった。研究者の人数は少ないかもしれないが、高いレベルの研究がこれまでも行われている。先ず驚くのは、エボラウィルスは感染した細胞の自然免疫を急速に低化させ、細胞内で自由に増殖する環境を作る能力を持つことだ。またこの結果、100を超すサイトカインが体中で分泌されるサイトカインストームと言う状態が引き起こされ、高熱を初め多様な症状を来すことだ。通常ウィルスが感染すると細胞はインターフェロンを出して、細胞内でウィルスの増殖を抑える。ただインターフェロンの抗ウィルス効果が発揮されるためには、STAT1と言う転写調節因子がリン酸化され、核内に移行する必要がある。この移行にはKaryopherinα5(KPNA5)と言う分子が必要だが、エボラウィルスのVP24分子はこの過程を抑制してリン酸化STAT1の核内への移行を抑制する結果、細胞の抗ウィルス作用が抑制されることがおおむねわかっていたようだ。今日紹介する論文はこのVP24がどのようにKPNA5と結合し、STAT1の核内移行を阻害するかを分子構造的に詳しく調べた研究だ。構造生物学の極めて専門的な論文なので結論だけを述べると、VP24は広い面でKPNA5のC端末に結合する。この結合部位はまさにリン酸化STAT1が結合する部位と重なっているため、結果STAT1はインターフェロンシグナルによりリン酸化されてもKPNA5と結合できず、核移行ができない。このため、ISREと呼ばれるウィルス増殖を抑制する分子が誘導されず、ウィルスは自由に増殖するというシナリオになる。素人ながらにVP24の戦略を見ていると、KPNA5の機能のほとんどは残したまま、リン酸化STAT1の機能を比較的特異的に押さえ、自分に都合のいい環境を作っている。もし他の蛋白の核内移行を止めてしまえば、自分の増殖する細胞が死んでしまうことを考えると、ウィルス進化の合目的性に驚嘆する。構造的にも、広い部分でKPNA5と結合しているため、薬剤開発は難しそうに思える。しかしここを突破すれば特効薬になる可能性はある。あきらめず、この構造解析を元にKPNA5とVP24の結合だけを阻害し、STAT1結合を阻害しない分子の開発が進められると期待する。エボラ流行の様な困難な課題にも、医学がなんとか対応できるようになりつつあることを実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ
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