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8月3日:献血によるE型肝炎ウィルス感染リスク(The Lancetオンライン版論文)

2014年8月3日
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E型肝炎ビールスと言ってもおそらく一般の方には聞き慣れない名前だろう。単独でヒト肝炎の原因になるウィルスは、よく知られているA,B,Cに加えて、このE型が存在する。感染しても発病することは少なく、外国で感染するまれな病気としてあまり深刻に考えられて来なかった。しかし21世紀になり疫学調査が進むと想像以上にこのウィルスが拡がっていることが明らかになって来た。イギリスでは、食物が原因の肝炎の一番多いタイプになっているらしい。また、英国の調査で高齢者の2割以上が感染を経験していることもわかった。我が国でも先週7月30日に生の鹿肉を食べてE型肝炎を発症した大分県の患者の記事が読売新聞に出ていたが、同じ記事は2005年以降我が国で626人の届け出があったことを報じている。ウィルスの拡がりが確認されると次に最も懸念されるのが、輸血や血液製剤からE型に感染するリスクだ。今日紹介する英国NHS輸血・移植部門からの論文は、準備した成分輸血用の製品がどの程度E型に汚染されているのか、またこの様な製品を通して起こる感染はどのような頻度で起こり、深刻な問題になるのかについて調べた研究で、The Lancet誌オンライン版に掲載された。タイトルは「Hepatitis E virus in blood components: a prevalence and transmission study in southeast England (血液成分に混入するE型肝炎ウィルス:南西イングランドでの拡がりと感染率についての研究)」だ。研究では2012年秋から1年採取された約22万の献血サンプルについてウィルス感染をPCR検査で調べ、発見された場合その血液成分の投与を受けた患者さんを特定し、輸血後の経過を追跡している。結果をまとめると以下のようになる。1)225000回の献血サンプルのうち、79サンプルがウィルスで汚染されていた。計算上約2500回の献血のうち1回汚染リスクがある。2)ウィルスが検出された献血の7割は抗体陰性で、おそらく感染後時間がたっていないと考えられる。3)この79サンプルから、129の成分輸血製品が作られ、この製品の投与を受けた60人の患者さんのうち、その後の追跡調査ができた。4)このウィルスの感染性は高く、43人中18人の患者さんで感染の証拠が確認された。抗体陰性でウィルスの値が高い製品ほど感染力が高い。5)移植やガンなど免疫抑制両方を受けている患者さんに投与した場合、抗体反応が遅れるためウィルス血症が長引き、調査対象のうち3人のレシピエントで抗ウィルス薬投与が必要になった。6)10人で感染が慢性化したが、肝炎の発病は1例にとどまった。予想以上に感染の拡がりがあることはわかったが、では他の肝炎ウィルスのように、献血時スクリーニングの対象にするかどうかに関しては、発病が1例で、治療可能と言う結果を見ると必要ないと考えているようだ。おそらくNHS傘下の研究所であることを考えると、これが英国政府の方針になるだろう。私も決断する立場ならこの結論を支持するだろう。勿論E型でも劇症肝炎になるリスクはある。それを知った上で、リスク、コスト、ベネフィットのバランスの上に政策を決めなければならない。しかしもし疫学調査でこの程度のリスクが計算され公表された時、我が国のマスメディアはスクリーニング必要なしとする結論をどこまで支持できるのか疑問だ。おそらくこの状況に対して最も重要な政策は、生肉などの感染の危険がある食品を避けて、感染者自体の数を減らすことだろう。
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