ガンのゲノム解析から発ガン遺伝子を割り出し、それを標的にした治療が始まった頃、その効果に多くのガン研究者は驚いた。全身に広がっていたガンが、瞬く間に消えてしまうという例が続出したからだ。しかし、時間が経ってみると、ほとんどの分子標的薬治療は効果が一時的で、まずほとんどが再発してくることが明らかになってきた。もちろん延命効果は明確なので、進行ガンでは重要な治療法であることは間違いがないが、高価な分子標的薬をむやみに使わないよう、治療を根治可能性のある治療と、延命に限られる治療に分類して保険適用の仕方を変えようとする動きが欧州で始まっている。一方、がん研究でも、これまでのように治療標的を洗い出して薬剤を開発するという単純な方向性から、がんの根治可能性という観点から薬剤開発を進めることが始まっている。現在この方向の研究開発では、これまでのように単剤で効くというより、薬剤を組み合わせた時に根治が可能な薬剤の探索が一つの主流になっている。今日紹介するイタリア・トリノ医大からの論文はこの方向を目指した研究の代表例でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「The genomic landscape of response to EGFR blockade in colorectal cancer(大腸・結腸癌の抗EGFR抗体治療抵抗性のゲノムレベルの解析)」だ。この研究自体には新しいアイデアや発見があるわけではない。ただ、進行性大腸・結腸癌の症例を集め、治療前後、あるいは腫瘍の動物への移植実験を愚直に繰り返し、進行ガンで現在使われているEGFR抗体による治療に耐性を示すガンに共通の遺伝的原因を探索している。この研究では、このガンで多く見つかるras遺伝子変異を持つ例をすべて除外しているのは、現在のところ変異rasに対する有効な薬剤が存在しないからだ。詳細は割愛するが、様々な遺伝子変異が抗EGFR抗体治療抵抗性の背景としてリストされている。重要なのは、同じ変異を動物にガンを移植するモデルでも確認できることだ。さらに、こうして見つかった変異遺伝子が抵抗性獲得に一枚噛んでいるかどうか調べるため、抗EGFR抗体治療に反応性する細胞株に候補遺伝子を導入する実験も行っている。これらの多くの結果から、臨床にとって重要な幾つかの結論に到達している。
1) 受容体型チロシンキナーゼの下流でシグナル伝達に関わるIRS2の増幅があるガンでは、治療に対する反応性が高い。したがって、IRS2が発現しているかどうか、この薬剤の効果を予測するマーカーとして利用できる。
2) 細胞株に薬剤抵抗性の候補遺伝子を導入する実験系は、治療薬選択のための実験系になりうる。
3) 抵抗性の原因になった分子に対する標的薬と抗EGFRとの併用療法は高い効果を示すことが多い。
だ。
読んでみて、この結果が根治治療法につながるかと問われれば、まだまだと答えざるをえないが、愚直に症例と動物への移植実験を積み重ねる研究スタイルには好感が持てる。我が国のがん治療研究もがんの根治に焦点を絞って研究を進めるときがきたように思う。