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10月22日:白血病同士の殺し合いを誘導する治療法(米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年10月22日
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アイデア倒れになる心配はあっても、着想自体に感心するという研究がある。今日紹介する米国スクリップス研究所からの論文はその典型で、白血病に同士討ちさせガンを治療できるか模索した研究だ。この研究の責任著者Richard Lernerはスクリップス研究所の元所長で、抗体を酵素反応に利用する研究で有名だが、様々な分野に研究を広げる豊富なアイデアの持つ研究者の典型と言っていいだろう。論文のタイトルは「Agonist antibody that induces human malignant cells to kill one another (ヒトの悪性腫瘍細胞同士の殺し合いを誘導するアゴニスト抗体)」で、米国アカデミー紀要に掲載された。論文の内容から考えると、悪性腫瘍一般にも使えるよなタイトルをつけるのは言い過ぎではないかと思うが、Lernerなら許されるのだろう。この研究では、急性骨髄性白血病(AML)細胞を、互いに殺し合うナチュラルキラー (NK)細胞へと分化させ、白血病を治療できるのではというアイデアを調べている。「何をバカな?」と思われるかもしれないが、血液分化を研究してきた経験からいうと、血液幹細胞に近い白血病細胞をNK細胞へと誘導できる可能性は荒唐無稽ではない。ただ正常の幹細胞がすべてキラー細胞になってしまうと大変だ。本当にAML細胞だけを分化させるシグナルはあるのか?このグループはなんと、血小板を作るのに必須のトロンボポイエチン受容体(TPOR)に対する抗体の一部がなぜかAML細胞だけをNK細胞へと分化させる能力があることを発見する。NK細胞は、正常細胞は殺さないが、ガン化した細胞の多くを殺すことができるため、この抗体を使うと、彼らが「兄弟殺し」と呼ぶ状態を誘導して、ガンを撲滅できるというシナリオだ。この論文では、試験管内で患者さんの骨髄から採取してきたAMLをTPOR抗体で刺激すると、トロンボポイエチンで刺激した時と概ね同じシグナル経路が活性化され、キラー活性に必要な様々な分子の発現が誘導され、形態的にも機能的にもNK細胞へと分化すること。分化したAML由来NK細胞は期待通りAML細胞を殺すことが示されている。残念ながら、モデル実験系で本当に体の中で「兄弟殺し合い」が誘導できるのかは確認できていない。この実験なしに論文が掲載されるのは、Lernerがアカデミー会員だからだが、モデル治療実験ではいいデータが出ていないのではと勘ぐりたくなる。特に問題になるのは、同じ抗体が血小板増加を誘導することだ。トロンボポイエチンがその効果にもかかわらず臨床に使われていないのは、血小板増加を完全にコントロールできないからで、原理から考えてもこれが起こらない抗体を探すのは難しいだろう。結局アイデア倒れに終わる可能性が高いように思えるが、強い薬による治療が難しい高齢者の骨髄異形成症候群には期待できるかもしれない。いずれにせよ、抗体をもっと違った文脈で利用するというアイデアは他のガンにも使えるかもしれない。分化を誘導したり、静止幹細胞の増殖を誘導したり、いろんな可能性が考えられる。私より10歳は年上のはずだが、Lernerの頭はやわらかそうだ。
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