1月23日:がん組織に浸潤するT細胞の分化(2月6日号Cell掲載予定論文)
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1月23日:がん組織に浸潤するT細胞の分化(2月6日号Cell掲載予定論文)

2019年1月23日
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このコラムで何度も紹介してきたが、組織に存在する細胞を取り出して、それぞれの細胞について遺伝子発現を網羅的に調べるsingle cell transcriptomeは、様々な領域でこれまで不明だった問題を快刀乱麻解決し続けている。ガン領域では、がんの多様性のみならず、癌組織に浸潤するリンパ球について、どの細胞が多いのか、ガン抗原特異性はあるのか、幾つのクローンからできているのか、などなど多くのことがこの解析から明らかになり、オプジーボも含めガンの免疫療法を解析する最も重要な手段になっている。ただ、急速に多くの論文が発表されていることから、やれることはほとんどやり尽くされているのではと思っていた。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、がんに浸潤するリンパ球のsingle cell transcriptomeと全く同じ研究を行なっても、ちょっと見方を変えればまだまだ新しい発見があることを教えてくれた研究で2月6日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Dysfunctional CD8 T Cells Form a Proliferative, Dynamically Regulated Compartment within Human Melanoma (機能不全のCD8T細胞が人間のメラノーマ組織で動的に調節を受けているし増殖性の集団を形作っている)」。

この研究も、single cell transcriptomeを用いた他の癌組織のリンパ球研究と同じことをしているだけで、メラノーマ患者さん25人の腫瘍組織からsingle cellを調整し、そのなかのT細胞に焦点を当てて解析している。結果はもちろんこれまでの研究と同じで、キラーT細胞から免疫チェックポイント分子を発現する機能不全におちいったCD8陽性細胞、未刺激細胞、メモリー細胞、そしてNK細胞までほぼ全てのサブセットが存在する。ただ、この研究はどのタイプの細胞が存在するかだけではなく、キラー細胞を含むCD8T細胞が極めて多様な集団からできている点を重視して研究している。

そこで、この多様性を特徴付ける遺伝子について調べ、CD8陽性細胞が、1)キラー細胞、2)PD-1やLAG3といったチェックポイント分子を全て発現している機能不全細胞、そして3)両者の中間細胞に分けられ、それぞれの集団は決して分離できるのではなく、連続的に分布していること、そして、このチェックポイント分子を発現した機能不全型CD8細胞の割合は、患者ごとに大きく異なることを明らかにしている。すなわち、免疫治療の標的であるチェックポイント分子を発現しているこの論文でいう機能不全型のCD8(CD4も同じ)細胞自体が、多様な集団であることを示せたのが、この研究の第一のハイライトになる。

これまで、PD1やLAG3のようなチェックポイント分子は、T細胞の免疫を落とす役割を持つことから、細胞の増殖を抑制すると考えられていたが、細胞周期分子や、T細胞受容体の発現からわかるクローン性を調べることで、ガン組織内では、この機能不全T細胞が最もクローン性の増殖を行なっている集団で、ガン抗原に対して反応していることを証明している。また、同じタイプの機能不全型CD8細胞は末梢血に見られないため、おそらくガン組織で分化し、一生を終える集団だと結論している。

そして第二のハイライトだが、T細胞受容体を指標にクローン性を調べると、驚くことに、中間段階と考えていたCD8細胞と機能不全細胞には同じクローンが多く存在し同じ細胞から分化してきた集団と考えられるが、明確なキラー活性を持っていると思われる集団は、これらとは全く無関係の存在で、同じT細胞受容体を全く共有していないことがわかった。すなわち、キラー活性を持つ細胞が誘導された後、PD1を発現して機能不全型へと分化するのではなく、両者は全く別々に未熟細胞から誘導されて来ることが示された。そして、腫瘍に対する反応性を見ると、これも驚くことに機能不全型の細胞のみがHLA+ガンペプチドに反応していることを示している。

話は以上だが、この論文を読むと、これまでのsingle cell profilingの研究とは全く違った景色が示され、これまでの研究はなんだったのかと思ってしまう。もしこの論文が正しいとすると、ガンに浸潤し組織で増殖する機能不全型CD8T細胞のコントロールが、ガンの免疫治療のポイントで、チェックポイント分子を抗体でブロックしつつ、増殖を維持させるようなテクノロジーの開発が必要になるという結論になる。もちろん、機能不全型T細胞はガン抗原刺激で炎症サイトカインを分泌するが、キラー活性があるのかどうかはわからないので、今後、この細胞がガンを殺せるか、あるいはどの細胞が顔を殺しているのか確かめることがまず必要だろう。もしガン免疫が組織で作られる機能不全型により担われていることが確認されれば、治療法は大きく変わる予感がする。

毎日毎日、新しい話が生まれる。これがガンの免疫療法分野の今だ。

カテゴリ:論文ウォッチ