ほとんど関係がありそうにない単語が、あたかも関係しているかのように掲げられていると、ついついその理由を知りたくなる。論文のタイトルとしては、人の目を惹く意味で使いたくなる戦略だが、読んで種明かしがわかると、そんなことかと、内容はそれほどでもないことが多い。
今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、タイトルに睡眠、造血、動脈硬化と、一見関係なさそうな単語が並んでおり、かって造血を研究していた私にとっては、この例の典型論文だと思った。タイトルは「Sleep modulates haematopoiesis and protects against atherosclerosis(睡眠が造血を変化させ動脈硬化を予防する)」だ。
この研究の発端は、動脈硬化になりやすいApoeノックアウトマウスの眠りを妨げて、眠りが途切れ途切れになるようにしたマウスでは動脈硬化巣が大きくなり、そこに単球やマクロファージが異常に集まっているという発見だ。そして、骨髄でKit陽性Sca1陽性の未熟血液細胞の増殖が亢進していることを発見する。すなわち、睡眠が断片化されると、造血が上昇することになる。もちろん造血が上昇して、単球やマクロファージの合成が増えると、動脈硬化も悪化することも理解できる。睡眠、造血、動脈硬化の3題話が出来上がった。
ただこれだけでは論文としては弱い。そこでこの変化をきたす分子メカニズムを求め、著者らがHypocretinと呼ぶ視床から分泌される分子の発現が低下することを明らかにしている。hypocretinという分子は私には馴染みが無いが、幸い括弧付きでorexinのことだとわかる。Orexinは筑波大学の柳沢さんが最初摂食行動を調節する脳内ホルモンとして発見した分子だ。その後、ナルコレプシーとの関係で、現在では睡眠を調節するホルモンとしての方が注目されている。こんなこともあって、私の紹介文では自分に馴染みのあるオレキシンという名前を使う。
さて、オレキシンの視床での発現は睡眠が断片化されると低下する。このことから、著者らは造血がオレキシンの低下により起こるのではと考え、オレキシンノックアウトマウスを調べると、末梢血、脾臓、骨髄での単球や好中球の増殖が亢進し、未熟幹細胞の数も増加している。このことから、眠りが妨げられておこる白血球増植の亢進はオレキシンの分泌が低下するからだと結論している。そして、この結果動脈硬化巣に白血球が集まり、硬化層が大きくなる。ただ、問題もある。すなわち一般的なコロニー法で単球の増殖を調べる時に、オレキシンを加えても何の変化もない。オレキシンが造血細胞に直接働いているわけではなさそうだ。
そこでオレキシン受容体の発現をとっかかりに分子メカニズムを探索し、最終的に少し複雑な以下のような結論にたどり着いている。すなわち、好中球の前駆細胞だけがオレキシン受容体を発現しており、この細胞のマクロファージ増殖因子の合成がオレキシンにより抑えられている。このため、睡眠が妨げられ、オレキシンが低下すると、好中球前駆細胞のマクロファージ増殖因子の分泌が高まり、その結果周りの未熟幹細胞からマクロファージまでの細胞が増殖するというシナリオだ。このために、マクロファージ増殖因子ノックアウトマウスの骨髄細胞をオレキシン受容体ノックアウトマウスに移植する実験を行なっている。実験としては論理的だし、データも悪くないのだが、話が複雑でなぜかしっくりこない。一つは、本当に生理的意味のある話か、本当に睡眠と動脈硬化を結びつける話なのかが腑に落ちない。
おそらくノックアウトマウスを集めて、あまりにも特殊な実験になっているからだろう。オレキシンが作られなかったり、あるいは抗体で機能が抑制されておこるナルコレプシーの患者さんを見つけることがそれほど難しいことではないので、オレキシン低下がヒトでも好中球増多症につながるのか、まずこの点から調べて、ヒトでも同じシナリオが当てはまることを示してもらわないと、このモヤモヤ感は消えない。