9月14日 ゲノムが描く民族形成過程(9月6日号 Science 掲載論文)
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9月14日 ゲノムが描く民族形成過程(9月6日号 Science 掲載論文)

2019年9月14日
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ホモ・サピエンスは、ほぼ10万年かけて先住民のネアンデルタール人やデニソーワ人と交雑を繰り返しながら、地球全体に広がり、各地で独自の民族を形成した。各地に分かれていたとしても、他の類人猿と同じで、その土地にあった狩猟採取民として独立して生活していた。各民族間での交流・交雑があったことはゲノム的にも、考古学的にも明らかになっているが、大きな民族構成の変化はなかったと言っていい。

しかし、その後農業の発生に端を発する文明の変化によって、文明の再構成が起こったことがわかっている。わかりやすく言えば、植民地化されたアフリカやアメリカが文化的(例えば言語や宗教)に統合された状況を考えればいい。この文化的統合の際、中南米では交雑が進み、白人のゲノムの流入が強く見られたが、アフリカではそれほどでもないように思える(これは検証なしの私の印象)。このように、文明の拡大には民族のゲノムの置き換えを伴う場合と、置き換えがほとんどない場合の2種類あり、この理由がわかれば歴史的に面白い。

今日紹介するゲノム解析による先史時代の解析の大御所、ハーバード大学Reich研究室からの論文は、中央アジアからインドにかけて、文明が勃興した時代を、中央ヨーロッパ、イランからインダスにまたがる遺跡から回収した500人を超すDNAについて全ゲノムを解析した膨大な研究で、9月6日号のScienceに掲載された。タイトルは「The formation of human populations in South and Central Asia (南および中央アジアの民族形成)」だ。

人ゲノム解析の成功が公表された2004年にはまだ、こんな日が来るとは想像だにできなかったが、この研究ではなんと約1万年前から紀元前1000年まで中央アジアからインドを中心にユーラシア全体にわたる遺跡から出土した骨のDNAを解析して、すべての全ゲノム解析と、アイソトープによる年代測定を行なって、それぞれの場所に形成された民族の交流を明らかにしようとしている。

基本的には、ゲノムデータを用いて民族間の系統性および交雑を調べ、それと出土した年代を組み合わせて、文明の伝搬を明らかにしようとしている。524人の全ゲノム解析というだけあって、データは膨大で、実際にはこの論文だけで簡単に終わらせられるはずもなく、一種の中間報告と考えたほうがいいように思えた。今後他の地域の古代ゲノムの解析が進むと、さらに大きな歴史が描かれるような予感がする仕事だ。

全部を紹介できるとは到底思はないので、個人的に興味を持った点だけを箇条書きにしてまとめた。

  • インドヨーロッパ語と言われるように、カスピ海と黒海に挟まれた領域に発生したYamnaya民族の言語を共通に有している民族がヨーロッパからインドまで広い範囲に広がっている。これまでの研究では、西ヨーロッパへの伝搬は、Yamnaya民族のゲノムが先住民のゲノムを置き換える形で進み、ヨーロッパ民族のYamnaya民族ゲノムの割合は50%近くに登る。この研究では、同じYamnaya由来言語を話すインドについても詳しい解析が行われ、確かにYamnayaゲノムは流入しているが、極めて少なく、西ヨーロッパのようにYamnaya人のゲノムでゲノムが置き換わるということはなかった。
  • 中央アジアの民族は2000年BCEまではイランから移ってきた農耕民が中心だったが、2000年BCE以降Yamnaya民族のゲノムに急速に置き換わってきてカザフスタンを中心とするトゥーラン民族を形成する。
  • このYamnayaゲノムを多く受け継いだ中央アジアの民族が南インド民族と交流して、2000-1000BCEにインダス民族を形成する。すなわち、現在のインド民族は、イランからの農民、Yamnaya、そして南インドの先住民のゲノムを中心に構成されていることになる。
  • 最後に最も興奮したのは、現在のインドのカーストが、Yamnayaゲノムの割合と強く相関しているという発見で、カーストのトップを占める言語を管理する役目を担ってきた僧侶階級にYamnayaゲノムの割合が高いことは、言語を通した古代の支配関係が、そのまま民族内のカーストとして維持されている現実を見ることができ、民族の形成とは、階級の形成でもあることがよくわかった。

他にも多くの発見が述べられている論文だが、私の好みの結果だけを紹介した。いずれにせよ、新しい歴史学の時代が来たことを実感される力作だ。

カテゴリ:論文ウォッチ