8月31日 同性とのセックス行動の遺伝背景(8月30日号 Science 掲載論文)
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8月31日 同性とのセックス行動の遺伝背景(8月30日号 Science 掲載論文)

2019年8月31日
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同性と気軽にセックスすると聞くと、コミュニケーションの手段として性行動が使われているボノボを思い出す。相手を殺すこともあるチンパンジーと比べるとこの行動がボノボの平和的倫理性に基礎となっているように思うが、では人間ではどうなのだろう。

自らもホモセクシュアルであることを公言する脳科学者サイモン・リーバイのQueer Scienceを読むと、ホモセクシュアルの権利を求める運動は、この性質が生まれや教育の問題だとする世間に向かって、この性向が生まれついてのものであることを認めさせるところから始まる。

今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学を中心とする国際チームの論文は、まさに同性とのセックス行動の遺伝的背景を扱った研究で8月30日号のScienceに掲載された。タイトルは「Large-scale GWAS reveals insights into the genetic architecture of same-sex sexual behavior (大規模ゲノム検査から同性に対する性行動の遺伝的背景を考える)」だ。

しかし、UKバイオバンクや、民間のゲノムサービスによりゲノム検査を受けた人の数が増えると、これまで考えられなかったような弱い遺伝的傾向についても調査が可能になる。この研究では50万人近いデータが集まっているUKバイオバンクと、23&meなどの民間ゲノムサービスを受けた人の、性的な好みを調査し、遺伝的な背景を特定しようとしている、いわゆるGWAS(全ゲノムレベルでの相関検査)だ。

ただ、ホモセクシュアルだけを対象とするのではなく、同性とのセックス経験のあるすべての人をリストしており、ボノボ的気楽な関係も含んでいる。UKバイオバンクの構成は圧倒的に白人中心だが、驚くのは男性で4.1%、女性で2.8%が同性とのセックス経験があると答えている点だ。さらに、この比率は若い世代ほど高まっており、例えば1940年生まれの男性なら2%なのに、1970年生まれの男性は6%を超えている。白人が中心だとしても、私にとっては驚きの結果だ。

このように、ホモセクシュアル以外の同性セックス経験者を全部含めて調べたのがこの研究の特徴で結果をまとめると、次のようになる。

  • GWASによりはっきりと相関性のある遺伝子多型として5種類が同定され、臭いの感受性、性発達に関わる遺伝子の多型が含まれていることから、遺伝的な背景は存在する。
  • 遺伝性がみられるとしても、はっきりと有意差が見られたこれらの多型で説明できる部分は1%程度で、実際には多くの遺伝子が絡み合う複雑な背景を持っている。
  • 同性とのセックスと相関する遺伝子群が関わる、他の性質を調べると、性格や病気など様々な性質がリストされるが、中でも双極性障害、マリファナの利用、セックス相手の数などが強く相関している。
  • 同性セックスといっても、完全にホモセクシュアルから興味本位の経験まで、大きく行動は変化するが、完全なホモセクシュアルに近いほど遺伝的相関は高い。

他にも様々な解析が行われているが、この4つが重要な結果だと思う。要するに、何か特定の遺伝子で決まるほど単純ではないが、私たちの性格が遺伝子の影響を受ける程度に、同性セックスも影響を受けているという結論になると思う。

今後はサイモン・リーバイが示したような、より明確な脳の解剖学的変化とGWASを組み合わせることが重要になると思うが、MRI検査が進むUKバイオバンクならこれも可能だろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月30日 ケトン体は幹細胞維持に働く( 8月22日号 Cell 掲載論文 )

2019年8月30日
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炭水化物をグッと抑えた食事からカロリー摂取するケトンダイエットは、サッカーの長友選手による宣伝効果もあって、普及が進んでいる。それだけでなく、これまで紹介してきたように、難治性のてんかんや発達障害にも効果があることが示されているが、要するに糖質なしで脂肪を燃やして持続できる身体へと、からだをプログラムし直してくれる。だとすると、単純なカロリー代謝の問題ではなく、本当は複雑な分子カスケードが誘導されている気がする。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はケトン体が幹細胞のエピジェネティックスを変化させて未分化性の維持に働く仕組みを示した研究で、今後のケトン食の利用を考える上でも大きな示唆になる研究だと思う。タイトルは、「Ketone Body Signaling Mediates Intestinal Stem Cell Homeostasis and Adaptation to Diet (ケトン体のシグナルは腸管幹細胞のホメオスターシスと食事に対する適応を媒介する)」で、8月22日号のCellに掲載された。

この研究はマウスの腸管細胞の遺伝子発現を調べていた時、ミトコンドリアでケトン体合成の最初の過程に関わるHMGCS2が幹細胞特異的に強く発現しているという発見に始まっている。

そこで、ケトン合成が幹細胞でどのような働きがあるのか調べる目的で、まずこの酵素を腸管や腸管幹細胞でノックアウトしたマウスを作成すると、腸管の幹細胞システム全体が崩壊し、また試験管内でのオルガノイド形成が強く抑制されることを発見する。すなわち、幹細胞の自己再生が抑えられ、分化が早く誘導され、その結果幹細胞システムの維持や再生がうまく動かなくなる。

次はこの現象のメカニズムを探る必要があるが、著者らはHMGCS2ノックアウトによりパネット細胞が6倍近く増加することに着目する。というのも、Notchを抑制すると同じことが起こることがこれまで広く知られていた。そこで、Notchの下流遺伝子の発現をHMGCS2ノックアウトマウスと比べると、Notch阻害と同じ遺伝子が動いていることを確認、またNotch抑制をHes1レポーターでも確認している。

期待通りHMGCS2ノックアウトの効果はケトン体を外から加えることで正常化するので、ケトン体を試験管内のオルガノイド形成で加える実験系を用いて、ケトン体がヒストンアセチル化阻害剤と同じ効果があり、幹細胞でケトン体が枯渇するとヒストンのアセチル化が低下することを確認している。すなわち、ケトン体がヒストンアセチル化酵素を阻害することで、Notch転写を介して幹細胞の自己再生をコントロールしていることが明らかになった。

最後にケトン食と糖質食を食べさせる実験で、ケトン食が腸管の幹細胞システムを活性化する一方、糖質食は幹細胞維持機能を阻害することを示している。

これらの実験は、ケトン体がなぜ大きな細胞レベルの変化を誘導するのかの一つの理由を教えてくれる。すなわち、ヒストンというエピジェネティック過程を直接阻害することで、多様な変化を誘導できることを示している。

腸管の幹細胞について言えば、ケトン食で幹細胞が維持されるとすると、一つ懸念されるのは発がんを促進しないかだし、逆に期待できるのは老化を防ぐかという問題だ。腸管について言えばHMGCS2ノックアウトマウスがあるので、この問題に対する答えはすぐ出てくるだろう。注視する必要がある。

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8月29日 褐色脂肪組織の新しい役割(8月29日号 Nature 掲載論文)

2019年8月29日
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アミノ酸の中でもbranched chain amino acid(BCAA)と呼ばれるバリンやロイシンなどは、運動能力を高めるサプリメントとして利用されているが、逆に血中濃度が高い人は肥満やインシュリン抵抗性の原因となることがわかっている。ただ、個人的にはアミノ酸の代謝については最も苦手な分野でほとんどフォローしていなかった。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校のKajimuraさんの研究室からの論文は褐色脂肪細胞でのBCAAの代謝が私たちのエネルギーバランスを調整している仕組みについて明らかにした研究で8月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「BCAA catabolism in brown fat controls energy homeostasis through SLC25A44 (褐色脂肪細胞でのBCAAの代謝はSLC25A44を介してエネルギーのホメオスターシスを調節している)」だ。

完全にプロの仕事で、代謝についてあまりなじみのない頭はついていくのが精一杯だが、人間で褐色脂肪組織の多い人と少ない人を、低温に晒して褐色脂肪細胞を活性化した時に、バリンやロイシンなどのBCAAが低下するという小さな変化を見落とさず、この原因をマウスを用いて追求し、褐色脂肪組織が活性化されるとBCAAのクリアランスが高まることを確認し、そのメカニズムの解析に進んでいる。

ノックアウトマウスや様々なテクノロジーを用いた実験を組み合わせて、段階的にBCAAの代謝とその変化の影響を探るという、まさに代謝のプロの実験だが、ここでは詳細は省いて結論を箇条書きにする。

  • 血中のBCAAは主に褐色脂肪組織に取り込まれ、ミトコンドリアで酸化される。このBCAAの酸化は褐色脂肪細胞の熱発生に必須で、酸化ができないマウスでは低温に晒されて熱を生成できず、体温が上がらない。
  • 酸化されたBCAAはTCAサイクルから合成されるコハク酸を介してUCP1依存性熱発生を誘導することで、急性のエネルギーバランスを調整している。
  • この回路が抑えられると、インシュリン抵抗性が生まれ、肥満になる。
  • 酸化されたBCAAがミトコンドリアでエネルギー代謝を調節すること自体新しい発見なので、最後にBCAAがどのトランスポーターを介してミトコンドリアに入っていくのかを調べ、低温によって最も強く誘導されるSLC25A44がそのトランスポーターであることを突き止める。そして、このトランスポーターの欠損した細胞では、BCAA がミトコンドリアに移行しないこと、そのためBCAA の酸化が起こらずUCP1を介する熱が発生しないため、マウスの体温が低下すること、そして脂肪の蓄積が起こる。

以上の結果から、活性化した褐色脂肪組織はBCAAを血中から除くフィルターとして働き、それを利用してエネルギー代謝を調節することで肥満や糖尿病を防ぐのに一役買っていることが明らかになったと結論している。素人にも明らかなのは、褐色脂肪組織がしっかり維持されていないと、BCAAは危険なサプリメントになる可能性がある点で、栄養学の難しさを教えてくれる。

個人的には栄養学は21世紀の最も重要な分野になると思うが、この分野で研究をリードする日本人がいることは心強い。

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8月28日 膵臓癌の多発家系のリスク遺伝子(Nature Genetics オンライン掲載論文)

2019年8月28日
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近親者に多くのガン患者さんが発生しているという家系があることは確かで、膵臓癌でもこれまでBRCA2やp16の変異を持つ家系が発見されている。ただ、この2種類だけでは到底全ての多発家系を説明できず、このためには家系のメンバーを集め、丹念な遺伝子検査を積み重ねることが重要になる。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、このような家系調査から膵臓癌のドライバーになる新しい遺伝子を発見し、その機能を解明したという研究でNature Geneticsオンライン版に掲載されている。タイトルは「Mutations in RABL3 alter KRAS prenylation and are associated with hereditary pancreatic cancer(RABL3遺伝子の変異はKRASのプレニル化を促進することで遺伝的膵臓癌の原因になる)」だ。

この研究で注目された家系では、4世代46人のなかに、5人の膵臓癌、4人のメラノーマ、2人の乳がんの他、脳、肝臓、胃、大腸などのがんが1人づつ発生している凄まじい家系で、この家系の全ゲノム配列の情報から、がんとの相関性が高いとしてRABL遺伝子が36番目のアミノ酸で途切れてしまう突然変異を唯一のリスク遺伝子として特定するのに成功している。

あとはこの変異RABL3(mRABL3)がどうしてガンのリスクになるのかをオーソドックスな方法で調べている。まず、ゼブラフィッシュにこのmRABL3変異を片方の染色体に導入する実験を行い、p53欠損と組み合わせると末梢神経鞘の腫瘍が起こることを確認し、確かにmRABL3がリスクガンの原因遺伝子になることを明らかにする。

次に、発がん前のゼブラフィッシュの遺伝子発現とパスウェイ解析をもとにRABL3が関わる分子経路を探索すると、膵臓ガンドライバー遺伝子の本家本元KEASがリストされてきた。そこで実際の分子経路を生化学的に調べると、KRASのプレニル化にかかわるRAP1GDS1が特定され、mRABL3がKRASのプレニル化を促進することを特定する。すなわち、mRABL3によりKRASのプレニル化が少しだけ上昇することで、KRASの細胞膜への移行が高まり、KRAS活性が上昇することがガンリスクになっていることが示唆される。実際、プレニル化を抑制すると、mRABL3の効果は抑えられる。

この家族の膵臓癌多発についての説明はこれで十分だが、この研究ではこの変異がホモになったとき、RASopathyとよばれる、発生過程でRASが活性化される変異と同じような奇形が生じること、さらにガンデータベースのエクソーム解析の中に、新しいタイプの変異がリストされており、細胞株やゼブラフィッシュを用いた系でこれがガン化に関わることを確認している。

ガンのドライバーになる新しい遺伝子が発見されたという話だが、ゲノム解析が可能になった今こそ、家系解析の重要性を示す研究だった。

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8月27日 CDK4阻害剤の比較(8月15日号 Cell Chemical Biology 掲載論文)

2019年8月27日
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現在PD-1に対する抗体には本庶先生のオブジーボだけでなく、メルクのキイトルーダが存在するが、ノバルティス、サノフィが開発した抗体も我が国で認可されるのではないだろうか。おそらく抗体薬の場合、作用する分子の特性に差があるとは思えないが、医者として働いている場合、同じ作用機序の薬剤からどれをを選べばいいのだろうか迷うと思う。抗体でもクラスが違ったりするので、できる限り効能の違いと選択基準を示してあげないと、医師は混乱してしまうのではと懸念する。

同じ分子を標的にする抗体薬ならまだしも、さらに化学化合物で分子の機能を抑制する薬剤の場合、標榜している標的分子は同じでも、化合物自体の特性は最初から各社で異なっており、しっかりとしたガイドラインがないと、結局MRさんのいうことだけを信じて薬剤を選ぶことになる。この問題の重要性をFDAが認可したCDK4/6阻害剤で調べたのがハーバード大学からの論文で8月15日号のCell Chemical Biologyに掲載された。タイトルは「Multiomics Profiling Establishes the Polypharmacology of FDA-Approved CDK4/6 Inhibitors and the Potential for Differential Clinical Activity (複数のオミックスを組み合わせた薬剤のプロファイリングによりFDAが認可したCDK4/6阻害剤の多重薬理学が確立され臨床応用での異なる可能性が明らかになる)」だ。

分子標的薬を各社揃って開発する時代、極めて重要な研究だと思う。この研究は最近転移性の乳がんに使われ始めているFDA認可の3種類のCDK4/6阻害剤を、様々な観点から比べている。

結論をまとめると、

  • abemaciclib, palbociclib, ribociclibの3種類は共にCDK4/6阻害剤として認可されているが、それぞれの効果は大きく異なっている。
  • 3社の中ではPalbociclibとRibociclibは比較的作用が似ているが、abemaciclibは様々なテストで見て、前2者とは作用が大きく異なっている。
  • すなわち、前2者は比較的CDK4/6特異的だが、abemaciclibは様々なキナーゼを阻害する活性があり、一般に使われる濃度でcyclinBとCDK1の反応を阻害し、G1期だけでなく、G2期にも作用がある。
  • CDK4/6特異性の高い2種類の薬剤は薬剤耐性が発生しやすいが、abemaciclibは増殖抑制だけでなく、細胞死も誘導するので耐性がでにくく、また特異性の高い薬剤に耐性を持ったガンにも効果がある。

などだ。他にも徹底的に調べてあるが、簡単にいうとpalbociclibとribociclibはDGK4/6にかなり特異的だが、特異性が高い結果増殖を抑制できても、ガンは死なないため、様々なメカニズムで薬剤抵抗性が出やすい。一方、abemaciclibは特異性が低く、ある意味で副作用が強いと予想できるが、様々な分子に効果があるため、総合作用で細胞増殖阻害だけでなく、細胞死を誘導することが可能な薬剤といえる。

残念ながら、専門ではない医師の立場から言えば、どれを選ぶのか余計迷うことになりそうだ。従って、ガンの個性に合わせたガイドラインをできるだけ早く作成してもらうこと、また作用機序が異なるとしてその違いを浮き上がらせたガイドラインを作ってもらうことが重要だと思う。各社が競争して販売している場合、最も難しい課題だが、このような点を仕分けて国民や現場の医師に明確な指示を行うのが厚労省の役目ではないだろうか。

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8月26日 海馬のリップル(高周期波)は人間の視覚記憶の呼び起こしに関わる(8月16日 Science 掲載論文)

2019年8月26日
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最近80ヘルツ以上の周波数を持つリップル波(Sharp-wave ripples: SWR)が、海馬での記憶の固定化に重要な働きをすることが動物実験から明らかになりつつあるが、人間でどうなのかについては、一般的な脳波解析は精度が悪く細かい研究は難しくなっている。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、人間の脳内に留置電極をおいて、海馬でのリップル波と視覚認識について調べた研究で8月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「Hippocampal sharp-wave ripples linked to visual episodic recollection in humans (海馬の早いリップル波は視覚のエピソード記憶の思い起こしと連結している。)」だ。

この研究では脳内の海馬と皮質の両方にクラスター電極を埋め込んで、てんかんの発生場所を特定しようとしている患者さんにお願いして、14種類の馴染みのある景色や人物(例えばエッフェル塔やオバマ前大統領)の写真をを2分間見てもらった後、何を見たのか自由に思い出して、小さくつぶやいてもらうという課題を行なってもらう。その間、海馬と皮質での神経活動を記録し、記憶する過程や思い出す過程で発生するリップル波と思い出した写真との関係を調べている。

このような実験は、コンピュータによる脳波分析によって、周波数の異なる脳は成分を別々に抽出することが可能になってできるようになった。逆にいうと、実験は大変だが、記録してしまうとあとはコンピュータによる分析が中心になる。結果をまとめると以下のようになる。

  • ようするに記憶テストを行っているわけだが、リップル波は写真を見て覚える時と、思い出す時の両方で記録される。
  • 写真を見たときリップル波が強く現れた写真ほど思い出す確率が高い。
  • 強くリップル波が発生したトップ10の写真について、海馬でのリップル波が発生した時期と相関してリップル波を発生する皮質領域を探索すると、高次視覚機能に関わる様々な領域(例えば顔特異的領域、場所特異的領域など)が同時に興奮することがわかる。
  • 見て覚えるときに海馬と同調して興奮した皮質領域が思い出すときにも海馬のリップル波に導かれてリップル波を発生させる。
  • また、興奮する場所から何を思い出したのかを推察することもできる。

以上の結果は、私たちが見たものを覚えるとき、海馬にリップル波を発生させることで、視覚により起こる脳内の興奮を組織化しており、同じリップル波が思い出す時の最初の引き金にもなることを示している。

動物や脳波の研究で理解されていたことだが、何を思い出しているかを推察可能なところまで記録が進んでいるのをみると驚く。

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8月25日 抗赤血球モノクローナル抗体Ter119投与で自己免疫性炎症が治療できる(8月21日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年8月25日
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今日選んだカナダ血液センターからの論文は、かなり個人的感慨によるもので、論文としてはそれほどではないことを断っておく。

ドイツ留学前後から、基礎研究を目指して当時胸部疾患研究所の細菌血清学部門の桂先生の研究室で研究を始めた。自由に研究ができる雰囲気で、この時からリンパ球の発生を研究することができた。当時桂研ではモノクローナル抗体の作成を重要な手段としていたが、その中で助手の喜納さんが樹立したモノクローナル抗体がTer119で、現在も世界中でマウスの赤血球分化決定マーカーとして広く使われている。

このTer119を注射するだけで自己免疫性の炎症を抑制できるというのが今日紹介する論文で、8月21日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Treating murine inflammatory diseases with an anti-erythrocyte antibody (マウスの炎症性疾患を抗赤血球抗体で治療する)」だ。

私は全く知らなかったが、突発性の血小板減少症に赤血球のD抗原に対する抗体を投与する治療法があるそうだ。他にも、大量の免疫グロブリンを投与してFcをブロックすることも行われている。この研究では、このモデルとして、喜納さんが作ったTer119を試してみたようだ。

赤血球の前駆細胞から全ての持つglycophorinA随伴タンパク質を認識しているので、この抗体を注射すると当然赤血球に結合して貧血が起こる。実際、抗体投与後3日目には赤血球が半分になる。従って、実際の治療に用いるとした時問題になることは間違いない。しかし、この副作用とともに、マウスの自己免疫性血小板減少の血小板をほぼ3倍近くに回復させられる。

これだけではなく、T細胞受容体を操作した自己免疫性リュウマチモデル、コラーゲンに対する抗体を用いたリュウマチモデルなどいくつかの自己免疫性炎症モデルを、急性効果ではあるが見事に改善する。

ここまでがこの研究のハイライトで、副作用はあるかもしれないが、一回投与でなんとか症状を改善させるときに免疫抑制剤と併用することができるという点では大事なモデルといえる。

しかし、そのメカニズムについて探索しているが、Fc受容体を介しているらしいこと(Ter119のFc部分の糖鎖が必須)、輸血による致死的なTRALIにも効果があることから、抗体が関与する自己免疫性炎症に効果があること、ケモカインの分泌を高めて炎症細胞の浸潤を低下させること、など現象論に終始し、最終的になぜ効果があるかについて決定的な結果は示されていなかった。

その意味ではフラストレーションの残る研究だが、ドイツから帰ってきた頃を懐かしく思い出すことができ論文だった。折しも、昨日難病連関西支部の集会に呼ばれたとき、一緒に桂研の最後の頃のスタッフ河本さんと一緒に話をした。桂研の話で盛り上がったが、この出会いを覚えておく意味で、この論文を紹介することにした。皆さんごめんなさい。

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自閉症の科学24 バーチャルリアリティーを用いて恐怖症を取り除く

2019年8月25日
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自閉症スペクトラム(ASD)の主症状は、社会的なコミュニケーションの困難と反復行動だが、これとともに半分の人たちで様々な対象に対する恐怖症がある。例えば、特定の場所を極端に嫌がったり、髭を生やした人だけを恐れたり、特定の動物を恐れたり、一種の脳のアレルギーとも言える反応だ。そこで、アレルギーで抗原に慣れさせて反応を抑える脱感作治療のように、恐怖の対象を思い出させて脱感作するCognitive Behaviour Treatment(CBT)治療法が試みられているが、想像することが苦手な子供はCBTによる治療は難しい。

この問題を解決するため、ニューカッスル大学のグループは、恐怖症の対象を映像で経験させて恐怖症を取り除く大掛かりなシステムを開発し、その効果を無作為化試験で確かめJournal of Autism and Developmental Disordersにオンライン出版した(Maskey et al, A Randomised Controlled Feasibility Trial of Immersive Virtual Reality Treatment with Cognitive Behaviour Therapy for Specific Phobias in Young People with Autism Spectrum Disorder(ASDの若者の特定の恐怖症を取り除く没入型バーチャルリアリティーを組み合わせたCBT治療の可能性を確かめる不作為化対照試験) Journal of Autism and Developmental Disorders in press, https://doi.org/10.1007/s10803-018-3861-x, 2019)。

タイトルからわかるように、この研究はBlue Room VREと名付けられ、医療用機器として特許化された360度全面に映像が映り音楽が流れる部屋と、その部屋で映写する治療用ソフトがセットになったシステムの治験研究だ。この部屋で実際に行われる治療の様子は英語ではあるがYouTubeに掲載されている。(https://www.youtube.com/watch?v=9U-rRC8jc28

この研究では、8-14歳のASDの児童32人をリクルートし、ASDであることを確認した上で、まず各人の恐怖症の対象を特定している。

実に様々な対象が恐怖症の対象になっており、ハチ、広い場所、エレベーター、犬、暗い場所、昆虫、見つめられること、天気の変化、風船、コウモリ、トイレ、車に乗ること、自動オモチャなど、驚くことにバナナまで恐怖症の対象になっている。

この研究ではそれぞれの対象に応じたビデオプログラムを作成し、Blue Roomで投射して治療に用いており、究極のテイラーメイド治療になる。例えば広場に恐怖を感じる子供には、そこに鳩が飛んでくるような設定で安心させるプログラムなど、どのようなコンテンツを作成するかが治療のカギになるように感じる。

治療では、CBTの訓練を受けたセラピストと一緒に部屋に入りゆったりと腰掛ける。最初は海の中をイルカが泳ぐといったリラックスする映像が映って、部屋の中でセラピストと会話することに慣れるセッションの後、各児童の恐怖症に合わせたプログラムを投射する。セラピストはこの画面を見ながら、CBTで行うのと同じように会話しながら恐怖症の対象に慣れさせる。

CBTだけとは異なり、実際の映像を見ながら反応を確かめながら慣れていくので、場面を想像する必要はない。セラピストも反応をみながら、画面をコントロールし、恐怖を取り除いていく。この様子を親は医師とともに室外のモニターで観察し、いつでも止めるよう指令することができる。このセッションを2回繰り返して治療は終わる。

効果の判断は、この治療とは無関係の医師が、治療を受けたかどうかも知らされずに行っている。論文で示されている診断スコアがどの程度の症状変化を意味するのか専門家でないのでわからないが、6ヶ月後に調べると40%近い子供に改善が認められた。一方、コントロールでは全く改善がない。また、治療を受けた後症状が悪化したケースは16例中1例だけでだが、コントロール群ではなんと15例中5名にも達する。これに基づき全般的にかなり高い効果があると結論している。

結果は以上で、12ヶ月目でも効果の見られた人の割合は変わっていないので、今後セッションを増やしたり、映写する映像を変化させたりすることでさらに大きな効果が期待できるような気がする。

ASD治療の第一歩は、普通の人にはない様々な恐怖症を取り除くことであることを考えると、他にも応用範囲は広いのではと期待する。しかし、誰もが考えそうなことを、しっかりと治療機器としてまとめてくる努力に感心した。

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8月24日: シュワン細胞は皮膚のメカノセンサーとして働いている(8月16日号 Science 掲載論文)

2019年8月24日
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先月皮膚の感覚神経が、痛みや温度を感じるだけでなく、刺激されるとCGRPαを分泌して炎症を誘導するという論文を紹介した(http://aasj.jp/date/2019/07/27) 先月皮膚の感覚神経が、痛みや温度を感じるだけでなく、刺激されるとCGRPαを分泌して炎症を誘導するという論文を紹介した。光遺伝学によりこれまで照明が難しかったことが明らかになる例の一つだ。ただ、この時感覚神経は、裸で皮内に端末を投射していると考えていた。

ところが一月も経たないうちに皮膚感覚にかかわる神経にシュワン細胞がぴったりと接着して走り、特に触覚のセンサーとして働いていることを示す論文がスウェーデンのカロリンスカ研究所から8月16日号のScienceに発表された。タイトル「Specialized cutaneous Schwann cells initiate pain sensation (特殊な皮膚シュワン細胞が痛みの感覚の起点になる)」だ。

おそらくこの研究は皮膚のグリア細胞の分布を調べるために始めたと思うが、グリア細胞特異的に蛍光タンパク質が発現するようにしたマウスを調べると、なんと真皮と上皮の間にシュワン細胞が存在して、そこから神経を囲むようにして真皮に伸びていることを発見する。ミエリン鞘こそ形成しないが、まさに感覚神経とセットになっている。

もちろんグリア細胞は神経に栄養を与えたり様々なサポートを提供する細胞だが、この研究ではひょっとしたら感覚にも関わっているのではないかと、チャンネルロドプシンをシュワン細胞特異的に発現させ、光を当てた時の行動や神経の興奮を調べると、シュワン細胞の興奮が感覚として神経に伝わることを発見する。

さらに、光をあてると神経興奮を抑制する逆方向のチャンネルを導入して、どの刺激に対する感覚が抑制されるか実験を行い、熱や寒さには関係ないが、抑えた時のメカノセンサーに関わることを確認する。

最後に直接興奮を記録する方法で、機械刺激に対するシュワン細胞の反応特性を調べると、押す、引くなどポジティブ、ネガティブな刺激に極めて迅速に反応するが、すぐにアダプテーションして持続刺激には反応しなくなることを示している。

皮膚の感覚は極めて繊細で、その異常は持続すると不快感につながるが、このような精密な分業体制があるとすると、今後の薬剤開発も神経だけではなく、シュワン細胞も含めて考える必要があるだろう。高齢者としてすぐ考えるのは、老化した皮膚ではどうかという問題で、ぜひ人間で詳しい研究を進めてほしいと思う。

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8月23日 統合失調症に見られる皮質遺伝子発現概日リズムの変化( Nature Communication:10, 3355 掲載論文 )

2019年8月23日
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私たちの体内で発現している多くの遺伝子が日内変動しており、これによって体の様々な調子が調整されていることが知られており、研究も進んでいる。したがって、様々な組織の遺伝子発現についての研究も、対象となる遺伝子が概日リズムを刻んでいるかどうか、その場合は時間を決めて調べる必要がある。

このような事情で、概日リズムの研究は全て生きている時に行う必要があると思っていた。ところが今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、亡くなった統合失調症の患者さんの脳を用いて遺伝子発現の概日リズムを調べた研究でNature Communicationsに掲載された。タイトルは「Diurnal rhythms in gene expression in the prefrontal cortex in schizophrenia (統合失調症患者さんの前頭前皮質遺伝子発現の概日リズム)」だ。

この研究では病理解剖時に前頭前皮質を採取し、通常通りmRNAの配列を調べただけの研究だが、これに患者さんの死亡時間を調べて、組織が採取された時間を変数として加える一手間かけることで、多くの患者さんをプロットすると自然に遺伝子発現の概日リズムがわかると着想した。

概日リズムがこの方法でわかるか調べるために、おなじ実験をまず精神疾患以外の解剖例で行い、死亡時間を加えて遺伝子発現をプロットすると、期待通りこれまで知られていたのと同じ概日リズムを刻む遺伝子のリスト、そのリズムを抽出することができる。

この基礎データの上に、次に統合失調症の患者さんの解剖例で同じ実験を行うと、コントロールのサンプルで見られた概日リズムがほとんど消え、逆にコントロールでは概日リズムが見られなかった遺伝子が概日リズムを刻むことを発見した。実際にはコントロールで概日リズムを刻んでいた遺伝子のうち424種類の概日リズムが消失し、逆に560の遺伝子が概日リズムをスタートさせている。

面白いことに、新しくリズムを刻む遺伝子の多くはミトコンドリアに関係する遺伝子で、逆にリズムが失われる遺伝子の多くは免疫機能に関係する遺伝子だった。

最後に、これまで統合失調症に特異的としてリストされていた遺伝子を調べると、実際には新しく概日リズムが始まった結果リストされた遺伝子が多いことを明らかにしている。

結果は以上で、人間の解剖サンプルによる遺伝子発現を調べる時に、常に死亡時間を頭に入れて考えることの重要性を示した面白い研究だと思う。しかし、本当にこの方法で正確な遺伝子発現の概日リズムが測定できるのか、また統合失調症でこれほど大きな変化が起こっているのかについては、追試が必要だと思う。

またなぜこんなことが起こるのかも面白い。概日リズムが消える遺伝子の多くが免疫関係だということは、逆に統合失調症ではこれを上回る免疫反応が起こっているのかもしれない。薬の影響も知る必要がある。いずれにせよ、重要な指摘が行われたと思っている。

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