8月2日 メチオニン制限食はガン増殖をおさえる(8月1日Natureオンライン掲載論文)
AASJホームページ > 2019年 > 8月

8月2日 メチオニン制限食はガン増殖をおさえる(8月1日Natureオンライン掲載論文)

2019年8月2日
SNSシェア

最近のトップジャーナルの編集者は、論文としてのレベルはそれほどでなくても、すぐに人間の健康に役立つ論文なら、以前よりサポートするようになったと思う。その結果、NatureやScienceで症例報告まで掲載されることがある。雑誌の目的が、多くの人の興味を惹くことである以上、仕方ないことだと思う。

今日紹介するデューク大学からの論文はそんな一例で、メチオニン制限食によってガンの治療効果を高めることができることを示した研究で、8月1日のNatureにオンライン出版された。タイトルは「Dietary methionine influences therapy in mouse cancer models and alters human metabolism (メチオニン制限食はマウスのガンモデルの治療効果を高め人間の代謝も変化させられる)」だ。

メチオニンは人間にとって必須アミノ酸の一つで、したがってメチオニンが関わる葉酸を中心とするone carbon代謝と呼ばれる経路はメチオニンの摂取量により決まる。しかもこの回路は、核酸代謝や、抗酸化反応など、細胞の増殖や寿命に関わる重要な代謝物の合成に必須であることがわかっている。そのため、これまでアンチエージングやガンの治療として、メチオニン制限食の可能性が示唆されていた。

タイトルからわかるようにこの研究もガンの治療の一環としてメチオニン制限食がどのぐらい有効か調べることを目的としているが、この発想自体は新しいわけではない。ただ、実際の治療セッティングに役立つようにしっかりと研究が行われている点で評価されたのだろう。

まず制限食に変えてすぐ(2日後)に様々な代謝物からみた代謝が変化することを示している。これは治療という観点から見ると重要だ。そして、移植された自然発生腫瘍の増殖を、制限食だけでかなり抑えられることを示している。しかし、予想通り決して完治することはない。

次に、制限食だけでは抑制がうまくかからない腫瘍も、同じ代謝経路に関わる核酸阻害剤5FUと併用すると、一定の効果を示し、実際代謝もさらに大きく変化することを示している。同じように、放射線照射との協調性もみられる。

最後に、では同じような食事で人間の代謝もすぐに変化するかボランティアを用いて検討し、マウスと同じような核酸代謝、エネルギー代謝、酸化反応への効果が認められることを示している。しかし、ガンの治療実験は行われていない。

以上が結果のすべてで、正直言って掲載されるレベルとはお世辞にも言えない。しかし、著者らも述べているように菜食主義や地中海食の食事にはこの基準に達するものが存在しており、またFDAの許可が必要というわけではないので、低栄養さえ気をつければ、明日からでもトライすることができるという点で、掲載されたのではないかと思う。おそらく、ほぼ全てのガンに効果があると思うので、その意味で重要な論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月1日 悲しい選挙結果(7月19日号 JAMA Network Open 掲載論文)

2019年8月1日
SNSシェア

今後急速に人口が減少すると予想される我が国も積極的に外国人労働者を受け入れる方向に舵を切ったが、今や先進国で移民政策なしに成長はないと言ってもいい。要するに、それぞれの国の必要から移民政策がある。しかしどんなに必要だからと言っても、移民政策は差別と表裏一体で、差別のない多民族社会を維持するためには強い政治的リーダーシップが必要になる。この差別意識のドグマは、ヨーロッパではブレクジットやポピュリズム政党の台頭として顕在化したが、多民族社会を国の精神にしていたはずの米国でも、2016年のトランプ選挙のあと彼の発言に支えられ、アメリカ第一主義のもと移民制限から差別へと拡大しつつあるように見える。

今日紹介するニューヨーク、Stony Broock大学を中心とした共同グループによる論文は、このようなアメリカの変化を医学データから検証しようとする研究でJAMA Network Openに掲載された。タイトルは「Association of Preterm Births Among US Latina Women With the 2016 Presidential Election (米国でのラテン系女性の早産は2016年大統領選挙と相関している)」だ。

社会学的調査で差別の実態を調べることはわが国でもよく行われているが、米国では医学調査で差別を裏付ける試みが行われているようで、トランプが選挙キャンペーンでメキシコ国境の壁から、不法移民の強制送還までキャンペーンした影響を、ラテン系住民の血圧や、精神疾患、あるいは低体重児の出産頻度の増加などとの相関として調べられてきていた。しかし、これまでの研究は統計学的に完全ではなく、トランプにjust an opinionと片付けられそうなので、3000万人に及ぶ国の出生統計をもとに、ラテン系住民(合法、非合法の滞在者を問わない)の出生に対する早産率を調べたのがこの研究だ。

基本的には大統領選挙に入る前と、選挙後の早産率を月ごとに比べたもので、統計的正確さを確保するために、様々な調整を行なって、予断が入らないよう様々な工夫が行われているが、詳細は全て省く。

結果は、全体で見たとき選挙中に妊娠していたラテン系住民の早産率は、それ以前と比べ0.6%近く増加している。もちろん大きな差ではないが、月ごとに見ると、選挙後2017年2月と、7月ではっきりとした増加が認められることから、ラテン系移民を名指した選挙キャンペーンにより、早産率が上がったことは間違いないと結論している。

結果は以上で、相関が見られるという以上の調査ではない。ただ選挙中の発言の影響ということで、一人の政治家の発言が多くの人の健康に影響がある可能性を示す一つの例にはなるだろう。個人的には、身体の医学を社会の問題と結びつけようと常に努力している米国の医学の幅広さに感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ