5月2日 パーキンソン病の幻覚を調べる新しい手法(4月28日号 Science Translational Medicine 掲載論文)
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5月2日 パーキンソン病の幻覚を調べる新しい手法(4月28日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年5月2日
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パーキンソン病(PD)の主症状は運動障害だが、病気の進行に伴い幻視など、幻覚症状がみられることが知られている。ドパミン補充療法の副作用ではと考えられた時期もあったが、現在はPDによる神経結合性の異常を基盤とした症状だと考えられている。

ただ、薬剤により誘導する幻覚は別として、幻覚を研究することは難しい。と言うのも、正常人のコントロールが得られないため、例えばPDで言えば、幻覚だけを病気から切り離して正常人と比べることが難しい。

今日紹介するローザンヌEPFLからの論文は、この課題をロボットを用いて皮膚に刺激を与えることで幻覚を誘導すると言うgood ideaを用いてこの課題をクリアし、PDでの幻覚の意義を調べた研究で、4月28日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Robot-induced hallucinations in Parkinson’s disease depend on altered sensorimotor processing in fronto-temporal network(パーキンソン病患者さんにロボットによって誘導される幻覚は前頭側頭ネットワークによる感覚運動プロセッシングの変化に基づいている)」だ。

スイスローザンヌのEPFLはスイス連邦工科大学ローザンヌ校の略で、瀬島和代・西沢立衛コンビ(SANAA)が設計した素晴らしい図書館がある大学だが、チューリッヒ工科大学と並んで、科学と工学が様々な形で絶妙に結びついた優れた研究を発表し続けている。何度かセミナーをしたが、科学が工学で、工学を科学で支え合う素晴らしい組織は見習うところが多いといつも感心していた。

この研究もそんな例で、正常人に薬剤を使わず。幻覚、特にプレゼンス幻覚と呼ばれる誰かがそばに立っていると言う幻覚を生じさせる方法の開発が基盤になっている。具体的には、右の人差し指と、背中に、別々のロボットアームで刺激を行い、この刺激のタイミングを変えることで、誰かが横に立っている幻覚を生じさせるロボットを完成させている。本当に起こるかどうか、経験してみないとわからないが、背中への刺激を、指への刺激から0.5秒程度遅らせることで、錯覚ではなく、本当に誰かが横に立っていると言うプレゼンス幻覚を、正常の人にも誘導できるらしい。

重要なのは指への刺激と背中への刺激のタイミングが長いほど、PHが現れやすくなる。すなわち、感覚のズレによって、現在の感覚を統合して現実を確認するプロセスが障害され、PHが現れるのだろう(と勝手に思っている)。すなわち、ズレを0にすることで、幻覚のない状態を作ることができ、幻覚のある状態と脳の活動を比べることができる。

この方法を使って、次にPD患者さんを調べるのだが、この時、日常生活で幻覚を感じることがあると訴える患者さんと、このような症状のない患者さんを選んで、ロボットを用いてプレゼンス幻覚(PH)を誘導してみると、もともと幻覚を感じることがあるPD患者さんの方が、自覚的PHが強く現れる。

次に、このロボット刺激をMRI撮影時でも可能なように設計し直し、PDとは異なる外傷性の幻覚に関わる脳領域と、時間をずらせて幻覚を誘導したときに特異的に変化する脳領域を比べ、PDによる幻覚の脳基盤を明らかにしている。

結論的に言うと、ロボットにより誘導されるPHも、脳障害で自然に発生する幻覚も、ほぼ同じようなネットワークの異常、すなわち下前頭回と中側頭回の結合が低下が基盤になっており、この結合が障害されるほど幻覚の発生が強まると言う結果だ。

脳科学的にはまだまだ調べる必要があると思うが、ともかく薬剤を使わず幻覚を誘導し、その強さを様々な病気で比べる方法が開発できたことになる。

PDは運動障害もまだまだ理解できていないことが多いが、工学と脳科学の融合は、他の症状理解にも役立つだろう。単純だが、興奮できる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日 長寿に適応した自然免疫システムの問題(米国アカデミー紀要3月号掲載論文)

2021年5月1日
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今回の新型コロナウイルス感染者についての報道を通してだれもが理解したのは、ウイルス感染に対する自然免疫や獲得免疫などの反応も、ウイルスを殺すだけでなく、組織の炎症を誘導するというコストが伴うという事実だ。その結果、ウイルスを除去できたとしても、炎症が一人歩きし、重症化してしまう。では、常に病原体に晒されている野生の動物でも同じようなコストを払っているのだろうか?

今日紹介するモントリオール大学からの論文はまさにこの問題の理解にヒントを与えてくれる研究で米国アカデミー紀要の3月号に掲載された。タイトルは「Primate innate immune responses to bacterial and viral pathogens reveals an evolutionary trade-off between strength and specificity (霊長目のバクテリアおよびウイルスに対する自然免疫反応は、免疫の強さと特異性の進化で起こった取引を示している)」だ。

この研究は、人間、チンパンジー、アカゲザル、そしてオリーブヒヒから末梢血を採血し、バクテリアの自然免疫刺激としてのLPS、TolR7受容体刺激分子gardiquimod、そしてウイルス刺激としての一本鎖RNAを末梢血培養に添加、それぞれに対する反応を、遺伝子発現を調べた、実験としては単純な研究だ。

あとは、発現遺伝子のパターン解析から、それぞれの種の自然免疫の差を炙り出すことになるが、詳細をすっ飛ばしてまとめると次のようになる。

  • 人間やチンパンジー(霊長目)は、他のサルと比べてLPSやgardiquimod刺激後すぐに、強い反応を示す。
  • ただ、24時間経た時点で反応を見ると、この差は縮小する。これは、霊長類で初期の反応を抑制する仕組みが備わっているためと考えられる。
  • 面白いことに、アカゲザルやヒヒでは、LPSは炎症反応の遺伝子群が誘導され、一方gardiquimodはインターフェロン関連遺伝子が強く誘導される。すなわち、バクテリアとウイルスを区別する能力が高い。
  • ところが、このような差は霊長目では縮小し、LPSにもgardiquimodにも同じような反応を示す。

主な結果は以上で、要するに猿から霊長目への進化過程で、病原体に関しては特に区別せず強く反応できる自然免疫システムが進化した。おそらく、寿命が大きく伸びた結果、病原体への素早い反応の必要ができたからと考えられる。

ただ、このままでは強い炎症という副作用があるので、24時間以降自然免疫を抑える仕組みを獲得はしたが、これがうまくいかないと今回のCovid-19のような重症化する例が出てしまうと言う話になる。

しかも悪いことに、同じ霊長目のチンパンジーと比べても、人間は特にインターフェロン反応性が高く、しかも免疫のCTLA4の共シグナル分子CD80の発現が高く、さらに高い病原体への反応性を獲得したようだ。その代償として、当然炎症やサイトカインストームといったコストを払わざるを得ない。

最近Covid-19が重症化するネアンデルタール人由来の遺伝子についての論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/13992)、なぜ感染症が重症化する遺伝子を大事に維持しているのか不思議に思うかも知れないが、感染症に対する反応性を強めた結果が見えていると考えればいいのだろう。まさに、人間の進化は病原体との戦いであることを思い知る。

カテゴリ:論文ウォッチ