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1月4日 皮膚T細胞リンパ腫治療可能性(12月3日 Journal of Clinical Investigation オンライン掲載論文)

2021年1月4日
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一般の人が菌状息肉症などと聞いてもなんのことかわからないが、Mycosis Fungoidesの和訳で、キノコの様(Fungoides)な真菌症と訳せばいいと思う。ただ真菌症というのは全くの診断間違いで、現在はT細胞リンパ腫が皮膚に浸潤した状態を指している。

今もこの診断名が使われているのかよくわからないが、この名前を聴くたび、ガンという病名を患者さんに知らせていなかった時代を思い出す。肺ガンの場合は、真菌症という名前を患者さんには告げることが多かった。

少し脱線したが、今日紹介する米国Lee Moffitt Cancer Centerからの論文は、菌状息肉症やセザリー症候群のような皮膚Tリンパ腫のエピジェネティック治療の可能性を示した研究で12月3日Journal of Clinical Investigationにオンライン掲載された。タイトルは「METHYLTRANSFERASE INHIBITORS RESTORE SATB1 PROTECTIVE ACTIVITY AGAINST CUTANEOUS T CELL LYMPHOMA IN MICE(メチル化酵素阻害剤はSTAB1のマウス皮膚T細胞リンパ腫抑制効果を回復させる)」だ。

昨年大晦日は「ガンの万能薬は可能か?」と題して、ガンのエピジェネティック治療の可能性を示した論文で締めくくったが、遺伝子変異による変化ではなく、ガン特異的エピジェネティックな変化を探して治療する方法は、ますます発展する予感がする。この研究では、進行するとほとんど治療法がない皮膚T リンパ腫でエピジェネティックにSTAB1の発現が低下しているという観察に基づき、マウスT白血病モデルでSTAB1をノックアウトした時何が起こるのか調べることから始めている。

Notch過剰発現によりT細胞増殖の上昇は見られるものの腫瘍化は起こらないが、STAB1のノックアウトにより腫瘍化が起こることから、STAB1が一種のガン抑制遺伝子として働いていることがわかる。さらにこうして誘導されたリンパ腫は、皮膚Tリンパ腫と同じ症状を示すことが明らかになった。

そこでもう一度人間の皮膚Tリンパ腫に戻ってSTAB1の発現を調べると、セザリー症候群ではSTAB1の発現が強く抑制されていることが確認された。また、この発現抑制は遺伝子の変異ではなく、STAB1遺伝子がH3K9me3やH3K27me3ヒストンコードにより抑制されているからであることを突き止めている。

すなわちH3K9me3やH3K27me3などのヒストンコードを形成を阻害することで、STAB1の発現を復活させる可能性がある。もともと皮膚Tリンパ腫にはヒストンのアセチル加工その阻害剤romidepsinが使われている。ただ、この研究によりSTAB1抑制にH3K9me3やH3K27me3が関わることが特定されたので、ヒストンメチル化阻害剤の皮膚Tリンパ腫細胞株への直接効果を確かめ、これまで利用されてきたアセチル化阻害剤より高い効果が、ヒストンメチル化阻害剤、特にH3K9メチル化阻害剤で見られることを明らかにしている。

以上が結果で、極めて古典的な匂いのする全臨床研究だが、皮膚T細胞リンパ腫のエピジェネティックな治療の可能性についてはよく理解できた。おそらく我が国特有とも言える成人T細胞白血病でも同じ効果があるのではと推察され、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月3日 RNAワクチンとアナフラキシー (12月31日 The Journal of Allergy and Clinical Immunology: In Practice オンライン掲載論文)

2021年1月3日
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正月3番目の話題はCovid-19、それも接種が進むRNAワクチンの副作用についての総説を選んだ。

オバマ、ブッシュ、クリントン前大統領がワクチン接種を受ける報道が流れたり、流石に画面にはでないがエリザベス女王夫妻がワクチンを受けることが発表されたりするのを見ると、ノブレスオブリージュが今も生きていることを感じる。ワクチンには当然副反応がある。しかし、それを知るためには人間への接種を繰り返す以外に方法はない。こんな時安全性を確かめるためにも、率先してリスクを取るのは、身分が高い人の務めであるという文化だと思う。

幸い率先してワクチン接種を受けるところを公開したみなさんには何も起こらなかった様だが、すでに100万近い接種者の中にはアナフィラキシー反応を起こしたケースが報告される様になっている。しかも、例えばインフルエンザワクチン(おおよそ100万人に1人)と比べた時、10倍の頻度で(おおよそ10万人に1人)、早速接種後15分は様子を見ること、ショックと判断した場合はエピネフリンを注射すること、そしてこれまで強いアナフィラキシーを経験している人は、接種を避けることというガイドラインが示された。

1月1日号のScienceによると、米国国立アレルギー感染症研究所では数回の専門家会議を開き最も可能性の高いアレルゲンがポリエチレングリコールであると結論したことが紹介されている。

おそらくこれらの会議で、議論の内容をワクチン接種の現場、医療従事者、そしてこれからワクチンを受ける一般の人たちへ、情報提供することが決まったのだと思う。

その結果、The New England Journal of MedicineとThe Journal of Allergy and Clinical Immunology: In Practiceにハーバード大学を中心に米国の大学のグループが2つの総説を発表し、RNAワクチンにより起こりうるアナフィラキシーの原因と対応を詳しく述べている。

内容は基本的に同じなので、より詳しく対応策を示している後者の総説をまとめておく。

  • 治験でのアレルギー反応:ファイザーもモデルナも第3相の治験では、アレルギー歴のある人を省いている。ただ、ワクチン注射に過敏性を示した人は0.5-1%存在するが、偽薬群と比べてほとんど差はない。1人、注射1−2日後に唇が腫れた人が出たが、美容整形目的の皮下注射を受けている人で、それ以外はアレルギー反応は見つかっていない。
  • 規制当局のガイドライン:それぞれのワクチンにはRNA以外に様々な化学物質が含まれており、これらに対するアレルギー反応を示す人は最初から除外することを勧めている。また、アナフィラキシーは15分以内に発症するので、15分経過観察を義務付けている。(アナフラキシー歴のある医療従事者が接種を受けたことが報道されているが、これは覚悟して接種を受けたことになる)。
  • 一般接種開始後の発症者:総説の書かれた時点で200万回の摂取に対して10例のアレルギー反応が米国で観察されているが、全て15分以内に反応が起こり、治療を受けている。いずれにせよ頻度は高い。
  • 原因:通常ワクチン接種後のアレルギー反応は、ワクチン成分そのものではなく、それをデリバーしたり、溶かしたりする分子に対して起こる。RNAワクチンに使われるmodified RNAは自然免疫誘導能を下げてはいるが、一定の自然免疫は誘導されるので、これで倦怠感や発熱などの一般的な副反応を説明できる。両社のRNAワクチンの場合、アナフィラキシーの原因を洗っていくと、もっとも可能性が高いのがポリエチレングリコール(PEG)に行き着く。これはRNAを包んでいるリポソームを安定化するために加えられており、ワクチンに使われるのは初めてだが、注射薬、化粧品、食品などに広く含まれており、すでにアレルゲンに触れている可能性は高い。事実PEGに対する抗体は広く検出されるし、アナフィラキシーの報告もある。
  • 他の会社のワクチン:PEGはファイザー、モデルナに使われているが、よく似た安定剤Polysorbateは認可を待つアストラゼネカ、ヤンセンのワクチンに用いられているので、これらのワクチンについても同じ様なアナフィラキシーは想定できる。
  • IgE以外の経路: PEGの場合、すでに感作されIgEができていなくとも、補体の活性化を通じて直接マスト細胞を活性化する可能性が指摘されている。また補体活性化による、擬似アレルギー反応も起こる可能性がある。これについてはすでにリポソームで包んだ薬剤投与で経験されている。
  • 対策:ワクチン接種の現場で詳しい病歴などを聴く余裕はない。また、PEGに対する皮下テストも実施不可能。とすると、まず接種場所に来る前に自分で危険性を評価してもらう必要がある。

そのために、

  1. 以前注射を受けた時強いアレルギー反応が起こらなかったか?
  2. ワクチン接種でアレルギー反応が起こった経験はないか?
  3. 食べ物、ハチ刺され、ラテックスに対してアレルギー反応を起こしたことがあるか?
  4. PEGやPolysorbateを含む注射に対するアレルギー反応の経験はあるか?

の質問をあらかじめして、この答えから、高リスク、中等リスク、低リスクに分けて、ワクチン接種回避を含めた対策を指示しておく。実際には、全てNOの場合はワクチン接種後15分は経過観察、1−3のうち一つでもYesの場合は30分経過観察、2つ以上、あるいは4にYesの場合はアレルギー診断医の判断のもと接種を受けるかどうか決めることを勧めている。

他にも、アレルギーと思われる反応が起こった時など、現場の医師に対する詳細なガイドラインが示されており、是非一読をお勧めする。また、ワクチン接種実施に際して、アレルギー専門医の強いコミットメントも求めており、医学会全体でワクチン接種で犠牲者を出さないという決意が示されている。ただ、長くなるので割愛して、それぞれのガイドラインについては4日昼12時からYoutubeで緊急の配信を行うことにする(https://www.youtube.com/watch?v=GazBE_fhZTs)。

折しもモデルナ社の第3相治験の結果が発表された。報道されている様に95%の有効率だが、それ以外にも重傷者はワクチン接種群で0という結果も重要だと思う。また、2回接種プロトコルだが、1回目から効果はある様だ。

我が国の場合最終的に受けるかどうかは、接種を受ける人が自分で判断することになるが、それでもこれから始まる接種事業は何千億もの国家事業だ。この事業遂行にあたって一般の協力は必須だ。この時、みなさんの判断を専門家の意見で誘導するのではなく、本当に自分で判断してもらうための共有可能な科学知識とは何か、この機会を捉えて考えてほしいと思う。差し迫った知識共有としては、なんと言ってもアナフィラキシーを含む副反応情報が求められるだろう。そのためには、アナフィラキシーのリスクなどがかなり正確に判断できるスマフォのアプリの作成など、できることは徹底的に行えばよい。新しいIT国家にとって素晴らしい課題だと言える。もちろん、今からでも遅くないので、ワクチン接種に向けた臨戦組織をできるだけ早く準備する必要があるだろう。

欧米の結果を見てから判断したら良いと言った意見を報道している我が国のメディアも存在する様だが、他人任せでは決して次のパンデミックに備える体制は確立できない。ぜひ国をあげて、ワクチン接種の我が国独自の方式を編み出してほしい。実際、この2社にとどまらず、これから多くのワクチンが市場に出回る。これらを適切に選んで、個人に合わせたワクチン接種すら可能になるだろう。それがwithout コロナ時代のニューノーマルだと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月2日 1型糖尿病の抗TNF抗体治療の可能性(11月19日号 New England Journal of Medicine 掲載論文)

2021年1月2日
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お正月のお年玉になる様な研究はないかと論文のアブストラクトを見ているうち、紹介し忘れていたが、お年玉としてはうってつけの論文を見つけた。すでに臨床で使われている抗TNF抗体が、初期の1型糖尿病患者さんの病気の進行を遅らせるという論文だ。

1型糖尿病の患者さんの団体日本IDDMネットワークとはもう20年近くのお付き合いだが、この間安心して誰でも利用できる治療法の開発は、残念ながらないと言っていい。私はこの様な治療法の開発に直接携われることはないので、世界各地で行われている研究の中から期待できる新しい治療法の報告をいち早く探し当てて紹介したいと思っているが、この論文は発症初期の患者さんに限るがかなり期待できるのではという感触を持った。少し紹介が遅れたが、素晴らしいお年玉であって欲しいという願いを込めて正月第二弾はこの論文に する。

Jacobs School of Medicineの小児科から11月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された論文で、「Golimumab and Beta-Cell Function in Youth with New-Onset Type 1 Diabetes (新しく発症した1型糖尿病の若者に対するGolimumab治療とべーた細胞機能)」だ。

この研究の対象は6ー21歳の1型糖尿病患者さんで、診断が確定してから100日以内で、食事プログラムに反応してインシュリンの元になるC-ペプチドのレベルが0.2ピコモルはあることを条件としている。1型糖尿病は進行性の自己免疫病と言えるが、まだインシュリンを作る膵臓のβ細胞が残っている患者さんを対象にしている。

次に、Golimumabは日本ではシンポニーという名前でJansenや三菱田辺から発売されている抗TNFα抗体薬で、間接リュウマチや潰瘍性大腸炎の治療に用いられている。その特徴の一つはオートインジェクターで皮下注射が可能で、患者さん自身で薬剤を注射できる様になっており、インシュリン皮下注射を日常行なっている1型糖尿病患者さんには使いやすいと思う。

治験では無作為に選ばれた56人が抗体投与群、その半分の26人が偽薬注射群になっており、少し多めの導入量投与後、2週間に一回の注射を52週間続けるプロトコルが用いられている。

臨床的結果や方法の詳細については割愛して、簡単にまとめると次の様になる。

  • この研究は、様々な組み合わせの食事を取らせた後でCーペプチドを測定するテストが、ベータ細胞の機能を最も反映するとして、プライマリーアウトカムとして選んでいる。結果は素晴らしく、ほぼ1年経っても機能低下率が平均で12%にとどまっている。一方偽薬群では、54%の低下率で、ベータ細胞の喪失が進行していることがわかる。
  • β細胞の喪失が防がれていることを反映し、患者さんのインシュリン使用量も治療開始時とほとんど変わらない。また、食事に対するCペプチド反応がほとんど変化しない一種の部分寛解も4割の患者さんでみられる。
  • A1cHbについてはあまり大きな改善はないが、感染などの副作用はほとんどない。

私も専門家というわけではないが、一定の医学知識があれば、かなり期待できると思える素晴らしい結果だ。特に、既に我が国でも認可された薬剤で、しかも自分で皮下注射できるタイプの薬剤の効果が確かめられたことは大きい。

この方法が定着すれば、患者さんの早期発見が医師にとって最も重要な課題になる。どうこれを実現するか、今後の結果を見ながら、探っていく必要があると思う。

しかし、抗TNF抗体は自己免疫病治療として最も最初に実現した抗体薬だ。今回の結果を見ると、どうしてこの様な治験が今まで行われなかったかの方が不思議だ。一つの理由は、一般的に用いられている1型糖尿病モデルマウスでこの抗体が全く効果がなかったことが挙げられる。とすると、前臨床にこだわることなく、原理的に可能性があり、すでに安全性が確認された薬剤については、患者さんに試してみるという選択肢もあると思う。

いずれにせよ、思いがけないお年玉になりそうな論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月元旦 Neurofeedbackは新しい二元論を克服する鍵になるか?(12月13日 eNeuro オンライン掲載論文)

2021年1月1日
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元旦の論文ウォッチは、Covid-19論文にするか、今日取り上げるNeurofeedbackにするか迷ったが、Covid-19はいずれ収束するので、やはりもっと未来に開かれたNeurofeedbackを取り上げることにした。Neurofeedbackについては昨年9月8日に付随運動を抑制する治療法として紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/11297)、要するに付随運動の原因となる脳の活動を客観化することで、付随を随意に変えようとする試みだ。

多くの読者の方は「クオリア」という言葉をご存知だと思う。といっても我が国でクオリアというとソニーの高級ブランドを指す。この様な哲学用語にイメージをかぶせて宣伝に使うプロデューサーの教養には脱帽するが、私にとってこの言葉は、主観と客観の壁は絶対打ち破れないという哲学界のマニフェストに思える。

クオリア自体は20世紀初頭から使われているが、一般に普及し始めるきっかけは、米国の分析哲学の流れを汲む、クワイン、ナーゲル、チャルマーズなどが、主観的な認識は決して科学的に客観化できないことを主張した著作だと思う。個人的な意見だが、昨年我が国の哲学ブームのきっかけになったマルクス・ガブリエルの「私は脳でない」も、この認識論の延長にある様に思える。

しかし、これで納得しては科学者が廃る。クオリア論は主観的認識は決して科学の対象にならないということを前提としている。確かに今はそうかもしれないが、その様な壁を克服することこそ科学だと言える。

では何かを感じている私の脳を感じることができるか?もちろん脳自体を感覚するためのシステムを持たない私たちには原理的に不可能だ。しかし、感じている脳を様々な機器で表象化して、それをもう一度客観的に感覚することは可能だ。いずれにしてもすべての感覚は脳内で表象化されている。とすると、脳画像機器による表象と脳内の表象をつなぐことができないか考え始めたテクノロジーがNeurofeedbackではないかと私は思っている。

事実、科学の世界ではNeurofeedbackは医療技術として広がりを見せ始めている。2017年にNature Rev. Neuroscienceに発表された総説では、自分の感覚過程を画像化してコンピュータにより表象化してもう一度脳に戻すテクノロジーが紹介されている(是非お読みください)。

さらには、Neurofeedbackを音で行うデバイスまで販売されている有様で(https://choosemuse.com/how-it-works/)、否応なしに科学はこの可能性を真面目に追求する必要があるだろう。

今日紹介する英国グラスゴー大学からの論文はNeurofeedbackが外界のシグナルからの反射能力を高める効果があることを示した論文で12月13日号のeNeuroにオンライン掲載された。タイトルは「Up-regulation of Supplementary Motor Area activation with fMRI Neurofeedback during Motor Imagery(運動の構想時の補足運動野の機能的MRIの活動をNeurofeedbackにより高めることが可能)」だ。

補足運動野とは、私たちが自発的に運動を始めるとき、一連の操作を構想し、まとめるために活動する脳領域でMSAと呼ばれており、Neurofeedbackでは、画像機器を用いて感覚の再表象を得るための場所として最も用いられる。

この研究では、信号を見て右人差し指でボタンを押す運動を、動作を起こすかどうか決める比較的簡単な課題を健康人に行ってもらい、500回近くの反応過程でMSAの反応が課題に対する行動と相関することをまず確認する。

Neurofeedback訓練ではMRIを記録しながら同じ課題を行うのだが、課題を行うときのMSAの活動状況を温度計表示して被験者に認識してもらい、フィードバックをかける方法を用いている。すなわち脳MSAの状態を視覚から再インプットされることで、認識するという仕組みだ。この研究では、いわゆる偽薬グループを設定し、同じ過程で、MRIの結果に関係ない温度計表示を被験者に見せている。

結果は期待通りで、Neurofeedbackを受けた患者さんでは課題での右手の反応時間がなんと15msも早くなる。一方偽薬グループでは全く影響はない。さらに、neurofeedbackで訓練が続く間、MSAの反応自体も上昇する。一方、他の感覚野や運動野の活動感受性は誘導できなかった。言い換えると、どの様な感覚かを表現できないにしても(これは温度表示による表象が完全に脳の活動としては認識できていないためだ)、自分の脳の動きを客観的な指標として感じ、この感じをさらに高める方向へMSAをコントロールできたことになる。

以上、neurofeedbackを科学的に検証した論文がまた一つ増えたことになるが、現在のところクオリアをもう一度表象として補足できる場所は、補足運動野の様な、運動を構想する場所にに限られるようだ。

まだまだ脳を感じるという実感までには至らないし、皮肉な見方をすると一つの医療技術で終わるかもしれない。しかし、主観的には決して感覚ができない脳の活動を、なんとか感覚できる様にしようとする方向性には期待しており、初夢として期待できると思っている。

実は年末30日、東京芸大、東大医学部の学生さんを中心に行われているArt Meet Science プロジェクトの定例会に参加したとき、東京芸大の高杉瑠奈さんの企画した「脳で触る身体」プロジェクトの報告を受けた(図は人間の皮膚の写真からPCで作成されたイメージ)。

私の様な頭でっかちな科学知識とは無関係に、脳での感覚を見てみたいという気持ちが伝わるプレゼンで、展覧会に参加できなかったのは残念だと思った。特に話を聞いていて、高杉さんたちのコンピュータデザインが、将来より複雑なデコードされた脳過程をもう一度感覚可能な形で表象するのに使えるのではとフッと考えた。残念ながら今私たちが客観的に知りうるクオリアは単純な量としてしか表象できない。しかし、動物実験からも分かる様に、脳での活動と行動を統計的に相関させてデコードする技術は進んでいる。ただ、複雑な情報をわかりやすくもう一度インプットする方法論がない。デザイン技術がここで生かされ、より複雑な私のクオリアを、分かりやすいデザインとして他の人と楽しむ時代が来ることを夢見ている。

カテゴリ:論文ウォッチ

新年のご挨拶

2021年1月1日
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皆様、明けましておめでとうございます。

昨年は、高々30Kbのウイルスに全人類の活動が狂わされた暗い1年だったと思います。

私(西川)自身も2月NYに旅行した以外は完全に日本に閉じ込められ、計画していたウガンダ・バードウォッチングも諦めざるを得ませんでした。

しかし昨年1年間、9万に及ぶ論文から生まれたこのウイルスについての研究を学べば学ぶほど、たった30KbのRNAは全世界を震撼させるに足る(不謹慎を承知で表現すると)惚れ惚れする情報で満ち溢れているのが理解できました。

特に夏に入ると、本当に面白い論文が続々発表される様になり、毎日毎日インパクトの高い情報に溺れたために、夏以降私の学びのペースがすこし乱れてしまいました。結果、「自閉症の科学」と「生命科学の目で読む哲学書」も夏からは新しい記事が書けていません。

しかしご安心ください。特に「・・・哲学書」の方は、近代科学誕生の時代を作った、デカルト、ライプニッツ、スピノザの人部像が自分の頭に焼き付くまで何度も何度も著書を読み返し、彼らを友人の様に身近に感じられるところまで来ました。今年早々には、「デカルト君」からはじめ、近代科学とは何かを議論するつもりです。

でも溺れることも時には大事だと思います。なによりも、Covid-19についての論文に目を通すことで、ミレニアムに際して目指したトランスレーショナルメディシンが力強く実現していることを実感できました。特にRNAワクチンの科学とその応用については本当に目を見張りました。

「有効で安全なワクチン開発には通常何年もかかる」とお題目を繰り返す、不勉強なマスメディアを尻目に、ウイルスゲノムのDNA配列が報告されてから3日でRNAの設計を終え、次の日にはGMP生産が行われ、なんと7月までに前臨床、1/2相治験を終了して、第3相開始、12月にはワクチンの臨床接種開始という超高速で、有効性の高いワクチンの供給を達成しています。

ワクチンを接種するかどうかは個人の自由でしょうが、私たちはこのワクチンの科学を正確に伝えることができていたでしょうか?元科学者として今回最も感銘を受けたのは、提供までの一部始終が、逐一論文として発表されたことです。例えば、なぜワクチンに使われたmodified Uridineが重要なのか?なぜわざわざスパイク遺伝子に突然変異を導入しているのか?さらには、なぜ強い免疫が速やかに成立できるのか?といった基礎データが臨床治験とともにすべて査読を受けた論文として発表されています。この基礎データのおかげで、報告されている臨床治験データについても、副反応も含めかなりのことが科学的に推定可能になったと思っています。

もちろんワクチンに止まりません。毎日毎日Covid-19に対して戦うための、「希望のチャート」が着々と完成しつつあるのです。

問題は、この様な科学的知識を、専門家と一般の人が共有するための方法がよくわからないことです。専門家がマスメディアやSNSを通して上から目線で知識を伝えるというスタイルが、様々な分断を産んだことを、Science誌の昨年の10大ニュースにあげて反省を促しています。

そこでAASJは本年を、一般の方と共有できる医学知識とは何かを真剣に考える元年として取り組むことを決意しました。特に、うめきた2期まちづくりプロジェクト「参加型ヘルスケア」を重要な場として活動を進めたいと考えています。そのために、AASJのHPを見ていただいている皆様方と、もっともっと直に話し合う機会を持ちたいと考えています。

どうかよろしくお願いします。

カテゴリ:活動記録
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