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2月3日 腸内細菌叢とホストゲノム (1月18日 Nature Genetics オンライン掲載論文)

2021年2月3日
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腸内細菌叢の発達には食事を中心とした生活環境要因の影響が大きい。それでも、環境は同じでも遺伝形質が異なるmonozygoticとdizygotic twinを比べる研究から、ある程度ホストゲノムの影響を受けることが想像されているが、大きな集団を対象としたゲノム研究では、明確な結論は出ていない。これは、集団が大きいほどゲノムとの相関を特定する可能性は上がるが、対象とする集団の生活環境要因を揃えることが難しくなるためだと思う。

今日紹介するドイツ・キール大学からの論文は、それぞれドイツの狭い地域に住む5種類のコホート集団を対象にすることで、生活環境の影響を整え、ゲノムとの相関を調べやすくして細菌叢とゲノムの問題に再チャレンジした研究で1月18日発行のNature Geneticsにオンライン掲載された。タイトルは「Genome-wide association study in 8,956 German individuals identifies influence of ABO histo-blood groups on gut microbiome(8956人のドイツ人の全ゲノム相関研究から腸内細菌叢へのABO型の影響が明らかになった)」だ。

選ばれたコホートのうち4つは北ドイツで、1つは南ドイツだが、それぞれの腸内に存在する細菌はかなり似通っていると言っている。すなわち、生活環境要因をかなりの程度そろえることができている。

この集団で、細菌叢の様々な指標、例えば多様性、各種類の定量的違い、さらには検出可能性などと遺伝子多型の相関を調べると、44種類の統計的に有意と考えられる多型が発見されている。

この結果、例えば乳酸分解に関わる遺伝子多型とビフィズス菌との相関、あるいはBarnesiellaの存在とBiliverdin 分解酵素(TLR4発現に関わる)遺伝子座の多型などが明らかになっている。

ただ、この研究で着目したのはFaecalibacteriumとBacteroidesと血液型に関わる糖添加酵素遺伝子座の多型との相関が特定された点で、改めてこれらの細菌とABO型との相関を調べ直している。結果は期待通りで、Bacterioidesの量はO型以外の血液型を持つ人で多く、またFaecalibacterium とA型が相関することを明らかにしている。

最後に、遺伝子型を用いて形質を無作為化して調べるMendelian Randamizationと呼ばれる方法を用いて、それぞれの細菌と、炎症性腸疾患などとの相関を確認している。例えば、O型以外で多いBacteroidesは Mendelian Randamizationで見るとクローン病と相関する。他にも、この手法で遺伝子背景をそろえることで、病気とバクテリアの相関が明らかになることから、遺伝要因を正確に結果に反映させることで、細菌叢の効果をより明確に評価できることを強調している。

主な結果は以上で、腸内細菌叢の発達は環境要因だけではなく、遺伝要因も関わることが明らかになったが、最も面白いのはなぜABO型と細菌が相関するかだ。この研究では、O型以外の人は、H抗原にさらに糖が添加された分子が腸管に分泌されるためと結論しているが、詳しいメカニズムははっきりしない。しかし、Covid-19の重症化にも同じ様に血液型が関わることは、ひょっとしたら腸管を介した結果かもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月2日 NLRP1の機能:コロナウイルスによる肺炎を考えるときの鍵になる?(1月29日号 Science 掲載論文)

2021年2月2日
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先日紹介したコウモリの様に、コロナウイルスに感染した細胞が静かに死んで、新しい細胞に置き換わるのを待てるなら、何の問題もない。しかし私たちの細胞は、ウイルスが入ってくると大騒ぎして周りの細胞にアラームを発しながら死ぬ様にできている。こうして起こる炎症が呼吸不全や全身の血管炎の引き金を引いてしまう。この炎症に関わる一つの経路が、インフラゾームと呼ばれる炎症の核になる細胞内システムで、システムと呼ばざるを得ないほど複雑で、余程勉強しないと理解できない代物だ。

ほとんどの場合、インフラマゾームというとNLRP3になってしまうが、実際には何種類も存在する。中でもNLRP1は上皮に強く発現が見られ、おそらくCovid-19感染でも重要な役割をしていることが想像される。というのも、相次いで発見されたNLRP1の変異の解析から、この分子が皮膚や肺の炎症に関わることが明らかになっており、さらに最近ウイルスのプロテアーゼにより活性化され、インフラマゾームを形成することが報告されている。当然、NLRP3に加えて、肺の炎症をさらに複雑にしていると考えるのが筋だ。ただ、NLRP1の構造や機能が人とマウスで大きく異なっているため、NLRP3と比べると研究が遥かに遅れていた。

今日紹介するドイツ ミュンヘン大学からの論文はCovid-19の研究ではないが、NLRP1がウイルス複製時に発生する長い二重鎖RNAにより活性化されることを示した重要な研究で、今後Covid-19の病理を考える意味でも重要な貢献だと思う。タイトルは「Human NLRP1 is a sensor for double-stranded RNA(人間のNLRP1は二重鎖RNAのセンサーとしてはたらく)」で、1月29日号のScienceに掲載された。

この研究では人ケラチノサイトにDNAウイルス、positive-RNA ウイルス、そしてnegativeRNAウイルスを感染させ、NLRP1の活性化を調べ、positive RNA ウイルス(コロナウイルスと同じ)を感染させたときにだけインフラマゾームが活性化されることを発見する。しかも、RNAの長さが500bp以上ないと活性化が起こらないことを発見した。

またこれまで想像されていた様に、この二重鎖RNAで活性化される性質はヒトNLRP1特異的でマウスのNLRP1bには見られない。

あとは、NLRP1が欠損した細胞に様々な形のNLRP1を戻すことで、二重鎖RNAセンサー機能がLRRドメインに長い二重鎖RNAが絡みつくことで引き金が引かれ、そのあと短い二重鎖RNAでNACHTドメインのATP 加水分解活性が誘導されることを遺伝学的、生化学的に証明しているが、詳細は省く。

以上、二重鎖DNAについてはAIM2というセンサーが既に知られているが、ついにRNAウイルスの複製が始まったときに感知して炎症を誘導する仕組みが明らかになったと思う。二重鎖RNAに絡みつくところなど、結構原始的な仕組みを使っている様に思うが、肺の炎症を考えるときNLRP1は重要な鍵になる様な気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月1日 細菌を学習して将来に備えるホストの機構(2月4日号 Cell 掲載論文)

2021年2月1日
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友人のリクエストで、2月15日から2回/月のペースで、岡崎さんと細菌叢についてのジャーナルクラブを行うことにした。今や腸内細菌叢という言葉が、一般にも市民権を得るだけでなく、食品コマーシャルのキーワードとして頻繁に使われている。医師として患者さんに向き合う中で、XXヨーグルトで免疫力を高めたいのですがなどと問われると、コマーシャルは信用できるのか心配になるのも当然だ。

この分野の論文を読んできた半専門家の立場から見ると、腸内細菌叢は今も最も重要な課題のひとつだが、研究のブームという点では下火になった印象だ。というのも、便を採取して遺伝子を調べ、統計解析を行えば何らかの結論が出ると言ったタイプの現象論的研究はもはや見向きもされなくなり、課題を明確にし、明確な因果性を求める研究が求められる様になったからだろう。このためには、高い研究能力が求められる。

今日紹介する米・国立アレルギー感染病研究所からの論文は、腸内細菌叢の研究が変遷しつつあることを示す好例として是非ジャーナルクラブで取り上げたい研究で、2月4日号のCellに掲載された。タイトルは「Infection trains the host for microbiota-enhanced resistance to pathogens(感染は宿主を病原性細菌に対する抵抗性を高めるための訓練になる。)」だ。

この研究の課題設定は、「病原性細菌を一度経験すると、細菌特異的免疫とは別に、病原性細菌に対する抵抗力が獲得できるか?もし獲得できるならそのメカニズムは?」と明瞭だ。

まず院内感染で問題になる常在菌、肺炎桿菌を選んでマウスに摂取させると、2日も経つと腸内から自然に駆逐されるが、先に抗生物質で腸内細菌叢を壊しておくと、長期間肺炎桿菌感染が成立する。すなわち、細菌叢自体が肺炎桿菌の腸内での増殖を抑えることを確認する。

ここまでは従来の現象論と一緒で何も面白く無い。因果性を調べるためには、まず感染を抑える細菌叢を形成するための条件と、その細菌叢が病原菌を抑える機構を特定することが現在では求められる。この研究では、弱毒化したエルシニア菌を感染させると、エルシニア菌が消失した後も、肺炎桿菌への抵抗力が備わった細菌叢が形成できるという実験系を確立し、抵抗力を持った細菌叢とは何かを探索している。

感染による訓練を受けなかった細菌叢と比べ、いくつかの細菌種が増殖していることを確認しているが、現在ではこれだけでは相手にされない。細菌叢の全ゲノム解析から、感染を経験した細菌叢ではタウリンや硫酸塩を亜硫酸塩に分解する酵素系が高まっていることを突き止める。これを手がかりに、メタボローム解析を行い、感染を経験した腸内ではタウリンが著明に上昇していることを確認する。そして、感染により肝臓に炎症が起こると、胆汁分泌が上昇、その結果腸内でタウリン量が上昇し、これがタウリンを利用する細菌の数を増加させて、病原菌への抵抗力を高めるということが明らかになった。

これを確かめるため、今度はタウリンを摂取させる実験を行い、腸内に細菌叢が存在する場合のみタウリン接種により、病原細菌に対する抵抗性を獲得した細菌叢が形成できることを示している。

ではタウリンを代謝できる細菌の増加がなぜ病原菌への抵抗力を付与できるのか?詳細を省いて結論だけを紹介すると、タウリンから分解された亜硫酸塩が細菌の呼吸機能を抑えて、感染を防いでいる。

結果は以上で、結論となるとちょっとしょぼいかなとは思うが、細菌感染の記憶他、獲得免疫や自然免疫だけでなく、細菌感染は胆汁、タウリン、タウリン分解細菌、そして分解された亜硫酸塩を介して行われることを示して、細菌叢研究が「免疫力」などといった薄っぺらい言葉では語れない分野であることを示している。

2月15日から友人の参加も得て、もう一度細菌叢研究を考える中で、この様な複雑な知識を、一般の人を騙さない、しかしわかりやすい知識にするには何が必要かも考えていきたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月31日 パーキンソン病発症に関わる様々な因子が明らかになりつつある(1月2日号 Nature 掲載論文)

2021年1月31日
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現在パーキンソン病の発症には、様々な過程が関わっていることが明らかになってきた。αシヌクレインの蓄積、ミトコンドリアの新陳代謝の障害、細胞ストレス、さらには免疫機能まで示唆されている。確かに、慢性的な変性疾患は、一つの要因だけで決まるほど単純ではない。逆に言うと、パーキンソン病のリスクを抱えていても、他の要因をうまくコントロールすることで発症を遅らせることも可能になる。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は細胞内のリソゾームの活性がパーキンソン病の発症に関わることを示した研究で、新しい発想の介入法のヒントになるかもしれない。タイトルは「A growth-factor-activated lysosomal K + channel regulates Parkinson’s pathology(殖因子により活性化されるカリウムチャンネルはパーキンソン病の病理を調節している)」で、1月27日号のNatureに掲載された。

この研究では最初から外部の増殖因子の影響を受けてリソゾームのpHを至適化するため、カリウムの流入を調節するチャンネルがあるはずだと考え、神経細胞のリソゾーム膜のパッチクランプを行い、カリウムチャンネルの活性を調べ、TMEM175がインシュリンシグナルの下流に存在するAKTと膜状で結合することで、インシュリンシグナル反応性のカリウムチャンネルを形成していることを明らかにした。もちろん、AKTが活性化できればどの増殖因子でも同じ効果があるが、AKTのリン酸化活性は必要ないことも明らかにしている。

この様に、リソゾーム膜のカリウムチャンネルの特定、そしてその機能を明らかにした上で、TMEM175にはパーキンソン病のリスクと相関する5%ほどの正常人に分布する多形が存在することに着目し、これらのバリアント・カリウムチャンネルの機能をさらに追求した結果、パーキンソン病発症リスクと相関する多型ではカリウムチャンネルの開きが低下していることを発見している。

最後に、この多型を導入したマウスや、TMEM175がノックアウトされたマウスを用い、カリウムチャンネルの機能が少し低下するだけで、αシヌクレインが蓄積しやすくなること、さらにはTMEM175ノックアウトマウスではドーパミン神経数が低下していることを示し、TMEM175のバリアントがパーキンソン病発症に関わることを実験的にも示している。

以上、増殖因子により調節されるカリウムチャンネルの研究から、リソゾームが最終的な掃除屋として神経細胞保護に関わると言う、しごく当たり前の話だが、病気の進行を遅らせると言う意味では、重要な標的が示された様に感じる。

さて、これは細胞の中の掃除の話だが、折しも脳全体の掃除機能もパーキンソン病のリスクになることを示す論文が中国鄭州大学から1月21日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Impaired meningeal lymphatic drainage in patients with idiopathic Parkinson’s disease。(髄膜のリンパ管還流がパーキンソン病の患者さんでは低下している)」。詳しくは述べないが,これまで何度も紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3542)脳の活動で出る老廃物を脳外へと洗い流すリンパ流量をMRIで測定し、突発性のパーキンソン病の方では、流量が落ちている、すなわち老廃物の排出がうまくいっていない可能性を示した研究だ。この研究でも、人間での観察だけでなく、マウスの実験系でリンパ流をブロックすると、αシヌクレインの脳内蓄積が高まり、運動障害が出ることを示している。以前脳内の掃除は夜寝ている時行われていることを示す論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/11657)、この論文が正しければ、よく寝るなど、なんとかこのリンパ流を戻す方法を突き止めて、病気の進行を遅らせる方法を開発してほしい。以上、細胞の掃除、脳の掃除過程が、パーキンソン病だけでなく、神経変性疾患の介入ポイントになることを示す重要な貢献だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月30日 コウモリはどうしてウイルスの運び屋になれるのか?(1月21日号 Nature 掲載総説)

2021年1月30日
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考えてみると、バンパイア伝説は、今人類が直面するウイルス性のパンデミックと重なるところが多い。伝説ではバンパイヤとヒトとの接触が、ヒトを吸血ゾンビに変化させ、今度は人から人へと広がる。そして何よりも、バンパイアにはSARSウイルスなどのコロナウイルスや、エボラウイルスなどの運び屋コウモリが擬人化されている。

以前紹介したが、17世期ポーランドの村では村で最初に疫病にかかった人をバンパイアと考えて、特別に埋葬した(https://aasj.jp/news/watch/2490)。とすると、コウモリが伝染病を媒介することを経験的に予感していた可能性すらある。そして今やこの可能性は事実となり、コウモリとウイルスの関係に科学的メスが入れられている。

今日紹介したいのは、デューク大学とシンガポール国立大学が協力してシンガポールに設立した医科大学と浙江大学が共同で発表した、まさにタイムリーな総説論文で、どうしてコウモリがウイルスのキャリアーになるのかがうまくまとめられていた。タイトルは「Lessons from the host defences of bats, a unique viral reservoir(特殊なウイルスキャリアーとしてのコウモリの宿主防御機能から学ぶ)」で、1月21日発行のNatureに掲載されている。

総説はまずコウモリの生物学から始まっているが、読んでみてなんとすごい生き物かということが理解できた。しかも、この特殊な性質が、コウモリとウイルスの不思議なバランス関係を成立させている。

まず驚くのは、種によっては2000万匹にもなるコロニーサイズで、おそらく人間と家畜・ペットを除くと破格の数の集団だが、繁殖率は低めで、雑食だ。かなり人間に近いが、驚きはさらに続く。なんと記録が残る寿命は43年以上で、小型哺乳動物としてはハダカデバネズミを超えて最長を誇っている。一方、運動能力では人間の比では無い。空を飛べるだけではない。そのために、体温を41度以上に高め、さらに心拍数はなんと1分に1000回近くまで上昇する。要するに、抗老化には最悪の高い代謝を維持しながらも、長寿を達成するという羨ましい存在と言える。

ただ、空を飛べて、長寿でもウイルスのキャリアーにはなれない。一番重要なのは、ウイルスに対する免疫機能がどうなっているかだ。多くのウイルスは動物により媒介されるが、ウイルス感染後、当然自然免疫が誘導され、動物も何らかの症状を示す場合が多い。Covid-19で言えば、ハクビシンやミンクにも感染するが、この場合必ず何らかの症状を示す。これに対しコウモリはエネルギー代謝に影響する特殊なウイルスで重症化・死亡する例外はあっても、ほとんどのウイルスに感染しても、無症状のことが多い。ある意味で、ウイルスが共存できるのは特殊な免疫システムがあるからだ。

PubMedで調べてみると、パンデミック理解にこれほど重要なコウモリの免疫機能に関する論文はようやく1000を越したところで、あまり研究費が回っていなかったと思う。しかし、この総説を読んでみると、新型コロナに関わらず、十分研究価値が高い哺乳動物なのがわかった。

コウモリのウイルス免疫(特に自然免疫)機能を一言でまとめると、1型インターフェロンに代表される防御機構が、ウイルス感染にかかわらず、高いレベルで維持されている。エボラウイルスやコロナウイルスは、感染初期から1型インターフェロンシグナルを抑える仕組みを何重にも持っているが、コウモリを運び屋にする中で培ってきたのかもしれない。いずれにせよ、最初からインターフェロン防御を高めることで、感染量を低下させることができる。

とは言え、エボラウイルスやコロナウイルスをコウモリに感染させるとウイルス量は最終的に極めて高いレベルに到達できる。これは、ウイルスがインターフェロンをすり抜ける仕組みがあるからだが、なぜ症状が出ないのか?

驚くことに、コウモリでは、いわゆるインフラマゾームを活性化して炎症を誘導する機能が低下している。というより欠損していると言っていいのかもしれない。というのもコウモリだけが、細胞内のDNAを感知してインフラマゾームを活性化するために働く、AIMなどのPYHINファミリー遺伝子が完全に欠損している。完全に欠損しているのは、これまで調べられた哺乳動物の中ではコウモリだけらしい。この結果、ウイルス感染が起こっても、細胞死や、組織全体を巻き込む炎症が起こりにくい。さらに、caspase IやIL-1βシグナル自体を抑える機構も備えており、種によっては免疫性の炎症に関わるTNFシグナルも低下している。この結果少々ウイルスが増加しても、炎症が起こることはほとんどない。

要するに、ウイルスへの自然免疫と、炎症を切り離してしまった結果だが、この間に、獲得免疫系が誘導され、ウイルスのさらなる感染は抑えられれば、最終的に感染は収束する。残念ながらこの総説では獲得免疫については、コウモリのMHCが長いペプチドを認識できる以外に紹介されておらず、モデル動物以外の研究の難しさがわかる。

なぜ細胞内の核酸を認識して自然炎症を誘導する仕組みが欠損したのかについては、おそらく平常時の30倍にも代謝を上昇させたときにおこる、細胞内ストレスや生成したDNA断片は自然炎症を誘導してしまうので、これに対応するため、インフラマゾームによる炎症プロセスを抑える仕組みを進化させたのではと議論している。また、炎症を抑える仕組みを獲得したことで、高い代謝を維持しながらも長寿を達成できたのだろう。

いずれにせよ、ある程度初期の感染量を抑える定常的自然免疫と、ウイルスへの自然免疫反応を抑えることができる仕組みがあれば、無症状のままウイルスと共存できることを、コウモリは見事に示している。この教えをいかにサイトカインストーム治療に生かすことができるか、covid-19だけでなくこれから経験する多くのパンデミックを乗り越える鍵になると思う。

最後に私の妄想で聞き流してほしいが、この様なウイルスとの共存を可能にする免疫システムは、コウモリで選択的に進化してきた証拠があるらしい。だとすると、コウモリはウイルスの運び屋になることで、疫病を運んで人間を近づけない様にしてきたのかもしれない。ただ、間違ってもコウモリ全滅計画などと騒がないでほしい。コウモリの平和を乱しているのも人間だということを忘れてはならない。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月29日 新しいインシュリンシグナル阻害分子の発見(1月27日号 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月29日
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言われてみるまで全く気づかなかったという話は多いが、今日紹介するミュンヘン・ヘルムホルツセンターからの論文はそんな例だ。この研究は、インシュリンで満たされた環境で、どうしてインシュリン受容体を発現している膵臓のβ細胞が、強いインシュリンシグナル下で正常に発生し、機能できるのかという疑問からスタートしている。そして、β細胞のインシュリン中毒を防ぐための分子があるはずだと探索を進め、ついに新しい分子に到達している。タイトルは「Inceptor counteracts insulin signalling in β-cells to control glycaemia(Inceptorはβ細胞でのインシュリンシグナルに対抗し血糖をコントロールする)」で、1月27日Natureにオンライン掲載された。

この論文を発表したHeiko Lickertは、彼がトロントRossant研究室のポスドクの頃から期待してきたが、彼のキャリアにとってこの研究はかなり大きな意味を持つ様に思う。論文からだけでは、彼がinceptorと名付けたインシュリン受容体の拮抗阻害分子をどう特定したのかわからなかったが、ともかく細胞外ドメインはインシュリン受容体や、IGF受容体に似ているが、チロシンキナーゼドメインを持たない受容体分子にたどり着き、構造からこれこそインシュリン受容体の作用を抑える調節分子だと確信して、研究を進めている。しかし、なぜ今までこんな分子が気づかれずに残って、Heikoを待っていたのか不思議な気持ちだ。

次に、inceptorに対するモノクローナル抗体を作成し、発生途上から成熟後まで発現を調べると、期待通り膵臓の内分泌・外分泌系が分化し始めるここからこれら分泌細胞で発現が見られ、成熟すると膵島に強く発現していることを確認する。

次にその機能を調べるために、ノックアウトマウスを作成している。マウスは正常に発生し生まれるが、生後5時間以内でほとんどが死亡する。死因を調べると、β細胞の数が増加し、結果インシュリンレベルが高まり、マウスが低血糖で死ぬことがわかった。まさに期待通りの結果だ。

コンディショナルノックアウトを作成してみると、正常状態では特に差はないが、ブドウ糖を注射してインシュリンに対する反応を見ると、インシュリンに対する感受性が高まっていることがわかる。そして、分離した膵島にインシュリンを加える実験を行い、inceptorが存在しないと、インシュリンやIGFに対する反応性が高まっていることを明らかにしている。すなわち、β細胞にのインシュリン受容体を介して強いインシュリン刺激が入ると、β細胞が過増殖を行うため、これを防ぐメカニズムが存在するという最初の仮説を証明している。

最後にインスリノーマ細胞を用いた細胞学的な実験で、inceptorがインシュリン受容体と全く同じエンドゾームからゴルジ体へと移行するためのメカニズムを共有し、細胞内へインシュリン受容体のinternalization を促進し、受容体の活性化を調節していることを明らかにする。さらに、inceptor細胞ガイドメインに対する抗体により、inceptorとともにインシュリン受容体のエンドゾームの取り込みが低下し、細胞膜にとどまることも示し、将来臨床的な利用が可能であることまで示唆している。

以上、inceptorがインシュリン受容体刺激後の細胞内へ取り込みを促進し、インシュリンのシグナルを抑えることでベータ細胞を守る全く新しい仕組みを示した。Heikoの得意満面の顔が思い浮かぶが、例えば過剰な糖を取りすぎておこるペットボトル症候群などに対する臨床応用も含めて面白い分野が開かれた様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月28日 アミノ酸リピートによるALSにガン抑制遺伝子p53が関わっている(2月4日号 Cell 掲載論文)

2021年1月28日
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ALSが運動神経の変性による病気であることは間違いないが、運動神経が死に至る原因は様々だ。中でも、C9orf72と呼ばれる遺伝子のプロリン/アルギニンペプチド繰り返し配列が増大するタイプは、他のリピート病と同じ様に、異常アミノ酸の毒性が原因だろうと片付けてしまっていた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はC9orf72のプロリン/アルギニンリピートの細胞死の原因が、ガン抑制遺伝子p53の活性が上昇することによることを明らかにした、この分野では画期的な論文で2月4日号Cellに掲載された。タイトルは「p53 is a central regulator driving neurodegeneration caused by C9orf72 poly(PR)(p53はC9orf72poly(PR)により誘導される神経変性を促進する中心的因子だ)」。

おそらくこのグループはALSのエピジェネティックな要因を調べていたのだろう。その過程で、RNA結合分子TDP-43の変異と、C9orf72のプロリン/アルギニンリピート(PR)による神経細胞死を誘導する実験系を用いて、神経細胞死が誘導された細胞で開いているクロマチン領域をATAC-seqを用いて調べ、PRリピートによる場合のみ、多くの遺伝子のp53結合部位が開いていることを発見する。また、PRリピートを誘導した細胞で発現している遺伝子を調べても、ATAC-seqの結果と同じで、p53により誘導される遺伝子群の発現がはっきりと上昇している。

さらにp53をノックアウトした細胞にPRリピートを導入しても、細胞死は起こらないことから、p53がPRリピート導入による細胞死を調節する中心に存在することがわかる。一方、TDP-43による神経細胞死はp53ノックアウトで抑制できない。

さらに、PRリピートをアデノ随伴ウイルスベクターで導入して神経細胞死を誘導する実験モデルで、p53ノックアウトマウスは、正常マウスより倍近く長生きすることも示している。しかし、p53遺伝子の欠損は、同じ機能を持つp63やp73で代償され、またこれらの分子もPRリピート導入によりレベルが上昇するので、生存期間を伸ばせても、治すことはできない。

そこでp53以外に標的になる分子がないか調べ、p53の下流に存在する細胞死を誘導する分子Pumaをノックアウトした細胞でも、PRリピート導入による細胞死を防げることを示している。

実際にはかなり端折って紹介したが、結果をまとめると以下の様になる。

PRリピートが細胞内に蓄積すると、まだよくわからないプロセスを介して、p53などのタンパク質が安定化し、この結果下流の遺伝子が誘導される。この結果、DNAの切断がおこり、同時にpumaをふくむ様々なp53下流分子が誘導され、神経細胞死へと到る。

p53を標的にした治療はあまり現実的ではないが、Pumaを始めp53の下流分子が特定できたことで、このタイプのALSは治療戦略が立てられる可能性が生まれたのは期待できる。また、他のリピート病でも同じ可能性があるのか興味深い。いずれにせよP53が出てきたという意外性も含めて、面白い研究だが、なぜPRリピートでp53が安定化するのか、なぜ運動神経におこるのか、など新しい疑問が生まれた。無駄と思わず、わからないうちはなんでも調べてみることの大事さを示す研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月27日 肺魚のゲノム(1月18日 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月27日
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2年前まで在籍していたJT生命誌研究館に入ると、まず2匹の大きな肺魚が客を迎えてくれる(https://www.brh.co.jp/exhibition_hall/hall/lungfish/)。そのうち1匹は、さらに以前に在籍していたCDBの竹市先生由来なので、肺魚には特別の親しみを感じる。ただ好みの問題を超えて、肺魚は脊椎動物の上陸作戦を知る上で重要な動物だ。陸上で歩くための四肢の原型が生まれ、さらに陸上で呼吸するための肺が最初に進化した。おそらく、上陸が始まった4億年前に同じ様な魚が存在したと考えられ、実際に化石も残っているが、現存の肺魚はたった6種類しか残っていない。

いずれにせよ、陸上への適応を考える上で極めて重要な動物だが、ゲノム解析は進んでいなかった様だ。今日紹介するドイツとオーストリアの数カ所の研究所が共同で発表した論文は、この肺魚のゲノム解析で、1月18日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Giant lungfish genome elucidates the conquest of land by vertebrates(巨大な肺魚のゲノムから脊椎動物の上陸作戦が明らかになる)」だ。

最近動物や植物の全ゲノムを初めて解析したからといって、なかなかトップジャーナルに掲載されることはない。そんな珍しい例となったこの論文を読んでいくと、肺魚のゲノムがNatureに掲載されたのが、進化的に重要な位置にあるだけではないことがよくわかった。

まずゲノムの大きさが半端ではなく、ヒトゲノムの14倍近くある。14人倍シークエンスを読めばいいと思う人もいると思うが、ほとんどお手本のない人間の14倍もあるゲノムを決めるなど、想像を超える事業だ。実際、普通の次世代シークエンサーとはことなり、一本のDNAを端から順番に読んでいくナノポアテクノロジーを使って長いスパンの配列を決定し、そこから全体のゲノムを再構成している。ナノポアを使って、PacBioのテクノロジーを使わなかったのもおそらく私には想像できない意味があるのだろう。結果、これまで動物の中で最も大きなゲノムとして知られていたアホロートルのゲノムより3割も大きな、31120個の遺伝子と、17095個のノンコーディングRNA、そして1042個のtRNA, 1771個のrRNA、そして3974個のmicroRNAを含む43Gbのゲノムがほぼ明らかになった。

確かに遺伝子やmicro RNAはヒトより多いが、14倍というゲノムサイズの違いから考えると、差はほとんどなく、コードされた遺伝子とは異なる部分の大きさがこの大きな差を作っている。その原因の一つは、イントロンが異常に大きいことだが(最大のものはDMBT1遺伝子の第一イントロンの5.8Mb)、それよりも何よりも現在も活動しているトランスポゾン、特にLINEと呼ばれるトランスポゾンが増大して、大きなゲノムを作っている。しかし、これを除くと、ゲノム構造は脊髄動物共通の構造(シンテニー)をとっている。

もちろん、上陸作戦で新たに起こったゲノム変化についても見ているが、正直いって表面を引っ掻いたという程度の結果で止まっているが、ゲノムをみるだけではわからないことも多く、今後の研究が必要だ。とりあえず示された結果を以下に列挙しておく。

  • 259種類の肺魚への進化で変化した遺伝子を明らかにしているが、その多くはメスの生殖に関わるエストロジェンなどの遺伝子。上陸と雌の生殖システムの変化はこれまで考えたこともなかったので、面白そうだ。
  • 肺の進化と共にshhの発現が、両生類型に変化する。また、肺を膨らませるサーファクタント遺伝子が進化する。
  • フェロモンを感じる鋤鼻の匂い受容体の数が増え、陸上での匂い受容体の進化の前触れになっている。
  • 四肢の発生に必須の転写因子Sall1発現パターンは肉鰭類の中では最も四肢動物に近く、またHoxc13の発現パターンもアホロートルに近づいている。
  • Hoxdクラスターのサイズは哺乳動物より大きいが、これはhoxd12以降に長いイントロンが存在するためだが、d8-d11についてはほとんどアホロートルと同じで、肺魚がルーツであることがわかる。言い換えると、アホロートルは肺魚と四肢類のちょうど中間で、その結果d13の発現場所については、アホロートルは肺魚に近く、カエルとは異なる。

以上が結果で、進化の道筋という点ではまだまだ断片的だ。ととはいえ、ただ努力賞の論文というだけでは決してなく、今後の大きな財産を残せた研究だと言える。この大きなゲノムにおじけづかず、果敢に上陸作戦の進化にチャレンジする研究者が出ることを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月26日 乳ガン治療の新しい可能性(1月18日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年1月26日
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乳ガンというと、ガンの中でも予後が良いと思われているし、それは正しいのだが、21世紀に入って乳ガン治療は様変わりした。手術が可能な症例も、少し顔が大きいと、まず抗ガン剤を用いるネオアジュバント治療を行い、腫瘍を縮小させた後手術、そしてその後も放射線、抗ガン剤と徹底的にガンを叩く。これは徹底すれば徹底するほど、再発を防げることがわかっているからだ。治療を受ける患者さんからすると、何もここまでしなくてもと思われると思う。しかし、ステージIIIになると10%以上の人が再発するし、血中のガン細胞の数を調べる検査で乳ガン細胞が速いステージから血中に流れているのをみると、医者の立場からは念には念を入れたくなるのも当然だ。

ただ、この様な徹底的な治療は、副作用がなく高い効果が期待できる薬剤があれば負担はへる。今日紹介するオーストラリア・アデレード大学からの論文は、エストロジェン依存性乳ガンの増殖を男性ホルモン受容体(アンドロジェン受容体AR)の刺激が強く抑制することを示した研究で1月18日号Nature Medicine に掲載された。タイトルは「The androgen receptor is a tumor suppressor in estrogen receptor–positive breast cancer(アンドロジェン受容体はエストロジェン受容体陽性乳ガンを抑制する)」だ。

男性と女性の2次性徴は男性ホルモンと女性ホルモンとのバランスで決まる様に、両ホルモンは拮抗する作用を持っている。このため、男性ホルモン依存性が強い前立腺ガンは、現在も抗アンドロゲン剤を投与するとともにエストロジェンなどの女性ホルモンを投与することがあるが、乳がんでも随分昔にはアンドロジェン剤を投与して女性ホルモンと拮抗させることが行われていた。ただ、男性化作用が強いのと、エストロジェン受容体阻害を含む優れた治療法が開発されて、男性ホルモン剤の使用は廃れてしまった。

この研究は、男性化作用が少ないアンドロジェン刺激剤が開発されてこともあり、もう一度アンドロジェン剤を見直してみようと考えて始められた。まず確認のために乳ガン患者さんの組織サンプルでAR発現を調べると、ARの発現が高いほど予後が良い。

次に、手術摘出された患者さんのガン組織を立体培養し、AR刺激剤を加えると、ガンの増殖が抑え得られることを確認している。ARもERも共に核内受容体で遺伝子調節領域に直接結合するので、AR刺激による抑制効果のメカニズムを調べるために、AR、ERの結合部位をそれぞれの刺激剤の存在下で調べると、ER結合領域がAR刺激により大きく変化し、その結果ガンの増殖に関わる分子の発現が低下し、さらにARが乳がんの増殖を抑える遺伝子を発現させる多元的な効果を発揮できることを示している。

そして、このER、AR結合部位の変化が、転写のコファクターp300やSRC3をARとERが競合する結果であることを示している。すなわち、ARが活性化されることで、p300/SRC3がARの方に吸い上げられ、その結果ERの作用が弱まることになる。

同じことはER阻害剤でも起こるはずだが、ARで競合させる場合は何百という遺伝子発現の変化による多元的な効果が集まっているため、耐性が現れにくく、長期間効果を維持することができる。

最後に、人間の乳ガンを移植したマウスモデルで、様々なAR刺激剤が乳ガンを抑制する効果を示すこと、ER阻害材に抵抗性を獲得した再発癌にも効果があること、現在使われ始めたCDK4/6阻害剤との併用でも強い効果を示すことを示している。

以上が結果で、ER陽性乳ガンの増殖にはERにより誘導される遺伝子が必要だが、ここに刺激されたARが割って入ると、p300/SRC3がARにとられて、ERの結合が低下すると共に、AR結合により活性化されるガン抑制分子が発現し、その全体の効果がガン増殖を抑制するというシナリオが示された。

明日からでも実際の症例を用いた治験が可能な結論で、基礎的な検討を読んだ後での個人的印象としては結構いける様な気がする。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月25日 低炭水化物のケトン食と低脂肪食の比較(1月21日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年1月25日
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今日のお昼2時から、難治性てんかんの子供さんをお持ちの保護者の方と、ケトン食についてzoom 勉強会を行い、その模様をそのままYoutube配信する予定だ(https://www.youtube.com/watch?v=f8En4tBse6o)。実際文献を集めてみると、様々な難治性てんかんに、かなりの効果を挙げている。ただ、ケトン食はカロリー制限でも、断食でもなく、一種体の代謝を変化させてケトン体を高いレベルで維持し、代謝だけでなく、ケトン体自体の細胞シグナルやエピジェネティック調節を変化させる力がある。従って、かなり高度な医療と言えるが、これを指導してもらえるクリニックはそう多くない。ぜひ保護者の方と話し合って、いいアイデアが出て来ればと期待している。

今日の勉強会にふさわしい論文はないかと探していたら、タイミングよく1月21日Nature Medicineにオンライン掲載された米国衛生研究所からの論文を見つけたので、紹介する。タイトルは「Effect of a plant-based, low-fat diet versus an animal-based, ketogenic diet on ad libitum energy intake(自由に摂取させた植物ベースの低脂肪食と動物ベースのケトン食の比較。)」だ。

最近食に関する論文が急速に増えているのを感じるが、読んでみるとこんなこともわかっていなかったのかと驚くことが多い。正確に低脂肪食とケトン食の比較をすることがこの論文の目的だが、裏返すとそんなこともできていなかったのかと意外だ。

読んでみると、一定数の人間を長期間拘束し、決まった食事を取らせるということ自体が難しい。この研究では21人のボランティアをなんと28日間も入院させ、低脂肪食2週間/ケトン食2週間、あるいはケトン食2週間/低脂肪食2週間とったときの、体重、エネルギー、脂肪、糖代謝などを詳しく調べ、それぞれの食事の効果を調べている。食事の内容は厳しくコントロールするが、量に関しては自由に食べさせるプロトコルを採用している。

結果は膨大で、しかも何か明確な結論があるというより、詳細なデータが得られたといった論文なのでまとめるのは難しい。とりあえず面白いと思った点だけを箇条書きにする。

  • 最も驚くのは、ケトン食では摂取するカロリー量はかなり高いにもかかわらず、体重の低下は低脂肪食と同等か、それ以上に見られる点だ。すなわち、脂肪を多く摂取し、エネルギー摂取量が多くなるケトン食でも、体重を減らすという意味では機能する。
  • インシュリン分泌量や食後血糖などで調べると、低脂肪食を続けると、当然のことながら、インシュリンの分泌は上昇し、血中グルコースも上がる傾向にある。
  • しかし、インシュリン抵抗性をみる耐糖能試験では、ケトン食がインシュリン抵抗性を高めている。
  • ケトン食をスタートすると、1週間でケトン体の一つβ-hydroxybutyrateが上昇する。

などが気になった。

要するに、食事で何かを達成することがいかに複雑な課題で難しいかがわかった。例えば、ケトン食は低脂肪食と比べるとはるかに植物繊維が少ない。従って、子供に使う場合は、腸内細菌の発達も考える必要が出てくるなどなどだ。栄養学というと、医学から弾き出された感じがあるが、21世紀に入って間違いなく再度重要な医学分野に躍り出たことは間違いがない。

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