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7月11日 凝集した Tau 繊維を引きちぎる繊維の設計(7月9日 Nature オンライン掲載論文)

2025年7月11日
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アミロイドβ を標的にするアルツハイマー病 (AD) 治療が一定の成功を収めた今、競争は神経細胞死に直接繋がる Tau を標的にする治療法の開発に移ってきている。もちろんこのブログでも紹介しているように、AD 治療標的候補は数多く存在し、例えば昨年紹介した細胞膜直下の細胞骨格を回復させて細胞内カルシウムを安定化させる方法などはかなり期待できるのではないかと思う (https://aasj.jp/news/watch/24592 )。 しかしアミロイドベータから tau への2段階説はわかりやすく、エビデンスもしっかりしているので、アンチセンスから抗体まで様々な治療方法が研究されている。

そんな中で今日紹介する UCLA からの論文は、凝集によって形成された Tau繊維にまとわりついて、最終的に繊維を引きちぎるという面白い方法の開発で、7月9日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「How short peptides disassemble tau fibrils in Alzheimer’s disease(どのようにして短いペプチドがアルツハイマー病でおこる tau繊維を分解するか?)」だ。

このグループは、細胞内で形成された Tau線維を、自然界には存在しない D型アミノ酸が7つ並んだペプチドが分解できることを報告しており、この論文ではこのメカニズムをさらに詳しく調べ報告している。

最初使われたのは D-TLKIVWC という7つのアミノ酸が並んだペプチドだったので、特に最後のシステインによる S-S 結合の必要性などについて検討し、Tau繊維の分解には S-S 結合は必要無く、一定の疎水性が必要で、システインを他のアミノ酸で置き換えることができることを示している。

また、せっかく D-ペプチドで tau繊維を切断しても、それが新しいシードとして tau凝集を誘導しては元も子もないので、決して新しい凝集のシードにならないことを確認している。

その上で、X線回折やクライオ電顕を用いて、このペプチドが tau繊維と結合する状態を詳しく解析し、ペプチドが tau繊維と結合したあと、tau繊維のねじれに沿ってペプチド自ら繊維構造を形成することを見いだしている。そして、ペプチドからなる線維が一定の長さになると、急に破断しそのときに tau繊維も破断し、分解されることを示している。

即ち、何の操作も必要無く、ペプチドが tau繊維にまとわりついて伸びると、自然に tauごと切断が起こることになる。このときに必要なエネルギーを計算し、最終的に以下のシナリオが提案されている。

ペプチドは D型アミノ酸からできているので、自然では右巻きの線維を形成する。しかし、tau繊維と結合してそれを核にして伸びることで、左巻きで伸びることを強制される。そしてこの左巻きの繊維の伸びが一定の長さに達すると、自然の右巻のねじれを巻き戻そうとするエネルギーがたまり、このエネルギーが tau繊維を切断するというシナリオだ。

ペプチドは脳に移行できれば細胞内にも到達できるので、是非人間の治験へと進んでほしいと思う新しい方法だ。また、tauでなくてもこのようなアミロイド繊維は様々な病気を誘導することがわかっているので、この原理に従って D型ペプチドを設計することで、他の神経疾患の治療法として発展する可能性もあると期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ
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