社会問題も当然科学的分析をベースに議論されるべきなのだが、トランプに代表されるように多くのポピュリズムでは敢えて科学を否定することが重要な手段の一つとなる。これに対して、科学は真面目に業績を積み重ねるしかないが、科学雑誌もそのような論文を積極的に掲載して、この努力を後押ししている。
先週 Nature にオンライン掲載された論文にはこの編集方針を示す論文が2編もあったのでまとめて紹介することにした。いずれもトランプ政権が意識されているように思える。
一つ目は中国・武漢大学からの論文で、温暖化の入院の必要な病気発生への影響について調べた研究で、タイトルは「Temperature-Related Hospitalization Burden under Climate Change(気候変動による気温により起こる入院負荷)」だ。
元々外気温の変化により死亡率が変化することはよく知られており、例えば低温傾向が続くと過剰死亡が増えるので、特に高齢者は暖かい部屋にいるように推奨される。特に気温のように一定の時間差の後影響が出る様な原因と結果の相関を調べるために Distributed Lag Nonlinear Model が開発され、広く用いられているが、この研究でもこれを用いて中国各地の病院の入院動向を詳しく調べ、異常気温による発病率の変化を、過剰入院数というフィルターで調べている。
特に新しさを感じる研究ではないが、301都市の7000を超す病院について調べたという規模の大きさと、地域別の温度と過剰入院数を克明に調べているが評価されている。この結果、気候変動、特に温暖化による異常高温の影響は、元々気温の高い地域ではなく、冬は気温が下がる中国北部地域で強く見られること、また地域のGDPが低いほど影響を受けることを示している。最後に、これまでのデータに基づき、いくつかの気候変動シナリオの元、将来の過剰入院数を予測し、最悪のシナリオで気候変動が進んだ場合、中国だけで過剰入院数が500万人を超えるとと警鐘を鳴らしている。
過剰入院数を指標に Distributed Lag Nonlinear Model を用いて解析したことがアイデアで、もう一つの大国中国がアメリカに同調せずこのような科学に基づく政策を進めることを期待したい。今後中国だけでなく、様々な国でデータが集まることが重要だと思う。
もう一編のスウェーデンからの論文は、今回の選挙でも問題になった移民問題の研究で、タイトルは「Immigrant–native pay gap driven by lack of access to high-paying jobs(移民と Native の収入格差は給与のいい仕事への壁によって発生している)」だ。
移民及びその2世の職業及び給与をそれぞれの国で調べ、全体の給与格差、同じ仕事をしている場合の給与格差、子供の職業と給与格差などについて克明に調べている。また移民する前の地域別での差別についても調べている。対象国は、スペイン、カナダ、ノルウェイ、ドイツ、フランス、オランダ、米国、デンマーク、スウェーデンになる。全般的な給与格差は、今並べた国別順に大きい。特に移民も多く、移民に寛容と個人的に思っていたスペインやカナダで移民の収入格差が大きく、特にカナダでは同じ職種の中での格差が大きいのに驚いた。一方、ノルウェイ、ドイツ、フランスは大体同じレベルの格差で、nativeより2割収入が低い。そしてこの調査で最も驚いたのは、米国がデンマークと並んで移民の収入格差が低い点で、10%前後で収まっている。
結論的には、収入格差を生むのは、移民にアクセス可能な仕事が給料が低いという問題が一番大きな要因だが、これら先進国でもまだ同じ仕事についても給与格差が根強く残っている事がわかった。
救われるのは、子供世代になるとこのような格差は大きく改善されることで、語学力が収入のいい仕事につきにくい要因である事もわかる。
出身国での差別も存在する。アフリカからの移民は、アジアや南米と比べると格差が大きい。一方、ヨーロッパからの移民は、例えばアフリカと比べると格差は1/4に低下する。即ち、肌の色や習慣も格差の原因になっている。ただここでも、子供世代になると、格差は大きく減少している。
以上が結果で、米国とカナダを除くとほぼ予想通りの結果だ。もちろんトランプの厳しい反移民政策はまだ半年で、トランプ前にインフレと人手不足が続いていた米国では移民の収入格差が低いことは予想できる。今後トランプの新しい政策で、米国でこの格差が広がるのかどうか注視したい。
一方、格差がないという点ではスウェーデンは予想通り優等生になる。しかしそのスウェーデンでも反移民政策を掲げるスウェーデン民主党が第二党の地位を得ている。また、収入格差の大きいスペインでもVOXのような反移民と「スペイン人ファースト」を掲げるポピュリズム政党が第三党になっていることを考えると、移民が収入の低い職業に甘んじているからといって、移民に対する国民の不満を抑えられないことがわかる。
我が国に目を移すと、今回の参院選では外国人が優遇されているという情報が飛び交い、既存のメディアが否定に躍起になったが、社会問題にも科学的データを積み重ねておくことが、不安定でポピュリズムが高まる時代には必要だ。宗教でも政治でも焚書を市民が支持したことを忘れてはならない。