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7月16日 エクササイズによるガン免疫増強効果の解析(7月9日 Cell オンライン掲載論文)

2025年7月16日
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病気になると安静という時代は今や大きく変化しており、慢性腎臓病などでは適度な運動が腎機能の悪化を防ぐことが示されているし、ウイルス性急性肝炎は別として、慢性肝炎や非アルコール性脂肪肝などではステージにもよるが適度な運動が推奨されている。これはガン治療でも同じようで、前向きな気分を持ってもらうと言った精神的な効果以外にも、直接ガン治療効果を高めることが指摘されている。

今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、運動によるガン免疫増強効果が細菌叢から由来するギ酸塩の CD8キラー細胞への直接効果であることを示した研究で、7月9日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Exercise-induced microbiota metabolite enhances CD8 T cell antitumor immunity promoting immunotherapy efficacy(エクササイズにより誘導される細菌叢の代謝物が CD8T細胞の抗ガン免疫作用を高めて免疫治療効果を促進する)」だ。

研究では免疫チェックポイント治療にセンシティブなメラノーマを移植したマウスに、移植前後に様々な方法でエクササイズを課し、チェックポイント治療効果を運動しない群と比べ、様々なモダリティーのエクササイズが少しではあるが生存期間を延長させられることを示している。この効果は強制的な運動でなくても、マウスの横にランニングホイールを置いておくだけでも効果が見られる。

この研究のハイライトはこの効果が抗生物質の投与でほぼ消失することを発見したことで、即ちエクササイズの効果が細菌叢を通して現れるという不思議な現象が見つかった。さらに便移植の実験でエクササイズ効果が細菌叢の変化にあることを確認している。

この抗ガン効果のほとんどが CD8T細胞特異的に働いていることが確認できるので、細菌叢の培養に分泌される代謝物の効果を調べ、運動で変化した細菌叢由来の代謝物が直接 CD8T細胞のキラー活性を高めることを明らかにしている。

この代謝物を特定するため、変化した細菌の代謝経路解析から、細菌叢の one carbon 代謝経路が上昇し、この経路で合成される代謝物の一つギ酸塩が最も大きな変化を示すことを突き止める。また、腫瘍抑制効果が高いマウスでは血中のギ酸塩の濃度が高い。

ギ酸塩を摂取するのはちょっと抵抗感があるが、しかし安全が確認されている 200mg/kg を経口摂取させると、運動しなくとも腫瘍抑制効果が得られる。これはギ酸塩が直接 CD8T細胞に働いて、酸化還元に関わる状態を調節する転写因子Nrf2 を活性化する結果である事が、ノックアウト細胞を用いた実験から確認される。ただ、ギ酸塩がどのような経路で Nrf2 を誘導するのかは、完全には明らかにできていない。ギ酸塩は一種の異物なので、最も敏感に反応するのはダイオキシン中毒を媒介するので有名な AhR核内受容体だが、ただギ酸塩の効果は AhR なしでも見られるので、ギ酸塩により Keap1 によるユビキチン化が低下することで Nrf2 の活性化が起こるのだろうと推察できる。

そして最後に、チェックポイント治療の効果と血中ギ酸塩のレベルを調べ、ギ酸塩が高い患者さんの予後がいいことを確認している。

一方、ギ酸塩を合成しているバクテリアについてもギ酸塩合成に必要な pyruvate formate lyase 発現レベルの高い Erysipelotrichaceae 族の Dubosiella 属と Lachnospiraceae 族が運動で誘導されることを示している。ただ、なぜ運動がこのような細菌のバランスを変化させるのかについてはわからない。

着眼点は面白いが、免疫には2面性があることを考えると、運動が自己免疫のリスクを高める可能性もあり、人間での丁寧な研究が必要だと思う。

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