腸管が我々の食欲調節に深く関わっていることはよく研究されている。お腹がいっぱいになったことを感じるメカノセンサーを起点とする神経回路だけでなく、L細胞と呼ばれる内分泌細胞から分泌されるGLP-1 や PYY などの内分泌系による視床下部への作用を介する食欲抑制など、極めて複雑なネットワークが形成されている。このブログでも何度も紹介したように、このような消化管ホルモンを誘導する刺激の多くは、グルコースや脂肪、タンパク質などの栄養分で、グルコースに対数 SGLIT1 など様々な受容体が特定されている。
今日紹介すデューク大学からの論文は、このような栄養分に加えて、なんと鞭毛を持つバクテリアを L細胞が感知して食欲抑制の PYY などを分泌させる事を示した研究で、腸の細胞の多様性が覗える。論文は7月23日 Nature にオンライン掲載され、タイトルは「A gut sense for a microbial pattern regulates feeding(腸管は細菌叢のパターンを認識して食欲を調節する)」だ。
消化管ホルモンを発現する腸内の感覚上皮細胞をラベルして、これらの細胞がバクテリア由来分子の刺激を受けるとしたら必要な受容体について探索すると、なんと消化管ペプチドPYY を発現する上皮細胞がバクテリアの鞭毛を感知する TLR5受容体を特異的に発現していることを発見する。即ち、バクテリアの鞭毛に反応して PYY を分泌して食欲を落とすというドンピシャの関係が示唆された。
そこで、PYY を発現している細胞特異的に Tlr5 をノックアウトすると、代謝自体には大きな変化はないものの、食べる量が増えることが明らかになった。この効果が Tlr5 が鞭毛を感知しているためであることを確認するために、PYY分泌細胞を鞭毛成分フラジェリンで刺激するとカルシウム反応が高まり、また PYY の分泌量が Tlr5 をノックアウトすると抑えられることがわかり、確かに Tlr5 が刺激されることで誘導されるカルシウム反応の結果、PYY の分泌が起こっていることがわかる。
PYY の食欲抑制効果は直接視床細胞に働く可能性もあるが、フラジェリンを腸内に注入する実験では、迷走神経の興奮が検出できるので、鞭毛刺激による PYY分泌はまず迷走神経の興奮を誘導し、これが視床下部の食欲制御に繋がると考えられる、実際迷走神経には PYY に対する受容体P2受容体が発現しており、迷走神経のP2受容体をノックダウンするとフラジェリンによる興奮は消失する。以上の結果は、フラジェリンによる Tlr5 刺激→ PYY 分泌による迷走神経刺激→視床下部を介する食欲抑制という経路が明らかにされた。
最後の仕上げに、実際にフラジェリンを腸管に注入すると食欲が抑えられるかを調べ、1㎍/ml のフラジェリンを浣腸で腸内に直接投与すると、食欲が強く抑制される急性反応が起こること、そしてこの急性反応は PYY細胞の Tlr5遺伝子ノックアウト、あるいは P2受容体ノックアウトで消失することを示し、鞭毛に対する反応が10分単位で現れる早い反応であることを明らかにしている。
以上のフラジェリン浣腸刺激実験から、Tlr5遺伝子がPYY細胞でノックアウトされたマウスで食欲が上昇するのは、フラジェリンを感知して食欲を抑制する回路が欠損した結果である事がわかる。
以上が結果で、鞭毛細菌が腸内で増えると食欲が落ちるという話になるが、鞭毛を持つ細菌が腸炎や加齢で増加することを考えると、これらの状態でしばしば食欲が落ちるので、この話は納得できる。さらには、高脂肪食でも鞭毛を持つ細菌が増えることが報告されているので、高脂肪食をフラジェリンの刺激の強さから眺めてみると面白いかもしれない。