少しアップロードが遅れて心配していただいたかもしれない。ただ、朝6時半から夜9時まで鳥や動物を追いかける強行軍で、ホテルに帰って論文紹介を完成させたのが今になってしまった。夜になってから撮影したのが、コスタリカ固有のコスズメフクロウだったので証拠に写真を示す。しかし、ご安心あれ。明日もアップロードは遅れるかもしれないが、毎日一報は旅行中でも守っていこうと決心している。

さて、動物行動学者には想像力の豊かな、理系文系を超えた研究者が多い。我が国では我々の一つ上の世代の日高先生が最も印象に残るが、この人たちの想像力は我々が行っている仮説形成やデータの解釈とは全くことなる様に思う。すなわち地道な観察による行動記録を支えるパッションとしての想像力が感じられる。ところが、動物行動学の背景には当然脳の進化が存在しており、それに踏み込み出すと想像力が制限されはじまる。そんなことを感じさせる論文がハーバード大学から7月23日、Nature にオンライン発表された。タイトルは「The neural basis of species-specific defensive behaviour in Peromyscus mice(シロアシネズミの種特異的防御行動の違いの神経的基盤)」だ。
この研究が対象とする行動は、危険を察知したときの防御行動だ。2種類のアメリカに多く住むシロアシネズミのうち P.maniculatus (以後PM) は深い茂みの中に生息しており、危険を察知すると巣へ走って逃げる。一方、開けた草原に住む P.popilonotus (以後PP) は危険を察知するともっぱらフリーズして動かない。実験により PM と同じ生息域と行動を持つ P.leucotus (以後PL) も用いている。
常識的には一目散で巣に逃げた方が生存確率は高いと思ってしまうが、その場所に多い捕食者の視覚システムの差などでこのような行動の差が生まれたようで、行動学者はここから様々な可能性を想像できる。
このような状況を実験室に持ち込もうとするときも想像力が必要だ。鷹を飛ばすというわけにはいかないので、まずマウスの動きをビデオ追跡できる30cm/45cmの部屋を作り、そこで自由に動いているマウスに対して、捕食者が空に現れるイメージと、空から餌を狙って降りてくるイメージを合成できるようにし、それぞれの刺激に対してどう防御行動を起こすか調べている。
おそらく結果はこれまでの行動解析から想像できていたのだと思うが、深い茂みに住む PM や PL は上に捕食者が現れると動きを止めるが、上から近づいてくるのを察知すると、一目散に巣の方に逃げる。ところがオープンフィールドに生きている PP は近づいてくるのを察知しても動きを止めたままであることがわかる。まさに、想像したのと同じで、PM と PP は捕食者に対し明確に異なる反応を示す。
これは捕食者に対する防御行動が環境に応じて進化したと考えられるが、これを追求するためには行動の差にある生理学的変化と、最終的にはそれに対応する遺伝的変化まで明らかにする必要があり、ここからはなかなか想像力が発揮できない領域に入る。
この研究は生理学的背景に焦点を当てて進めており、そのために子の行動の差が巣に逃げ込むという行動がトリガーされる閾値の問題であることを確認した上で、この閾値の差を説明できる脳活動を探索している。
実験的には可能だと思うが、より脳生理学で普通に行われる実験系、即ち頭をフィックスしたマウスの脳活動を記録しながら、逃避行動を誘導する実験を行っている。ただ、マウスでも脳は極めて複雑で、本当は全脳レベルで興奮を調べて PM と PP の差を調べる必要があるが、ここでは防御反応や攻撃行動に関わる背側中脳水道周囲灰白質 (dPAG) に絞って調べ、巣へと逃げ込む PM では興奮に応じ てdPAG の活動が高まるが、PP では運動と dPAG の興奮が全く連動していないことを見いだす。
そこで、dPAGを光遺伝学的に刺激する実験を行うと、PM では走る速度が高まる一方、PP で刺激しても走る速度が上昇することはない。一方光遺伝学的に抑制実験を行う(実際には化合物投与による dPAG 神経興奮の抑制)と、捕食者が近づく刺激を与えても逃げるのが遅れるようになる。
以上が結果で、ともかく特定の領域の神経興奮の差に、行動の差を落とし込んだという印象がある。しかし、責任神経細胞を特定するという点では不十分だと思うので、これを遺伝子情報の変化に落とし込むには大きな壁が立ちはだかっている。そして何よりも、できるだけ想像力を排して単純化する方向で研究が進むような気がする。