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7月31日 マスト細胞は頭蓋骨からの白血球の移動を調節している(7月24日 Cell オンライン掲載論文)

2025年7月31日
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今日と明日、 7月24日 Cell にオンライン掲載されたマスト細胞の脳での新しい機能の発見に関する論文を続けて紹介する。

まず最初のジョンホプキンス大学からの論文は、マスト細胞が頭蓋骨髄からの白血球の移動を調節する鍵となる細胞で、この機能を抑えることで脳卒中後の慢性炎症を防ぎ、症状を軽くすることを明らかにした論文で、タイトルは「A mast cell receptor mediates post-stroke brain inflammation via a dural-brain axis(マスト細胞受容体は卒中後の脳炎症を硬膜-脳経路を介して調節する)」だ。

このグループはマスト細胞特異的に発現している Mrgprb2 と名付けられた、リガンドがはっきりしないG共役型の受容体に着目して研究をしてきており、この遺伝子をノックアウトしたマウスを調べる中で、中脳動脈を閉塞させて虚血を誘導する卒中モデルで Mrgprb2 がノックアウトされると神経細胞壊死を抑制できることを発見した。このメカニズムについて解析したのがこの研究になる。

Mrgprb2 はマスト細胞だけで発現しており、まず調べる必要があるのはマスト細胞が脳のどこに存在するかだ。組織学的に調べた結果、髄膜に存在するマスト細胞で発現しており、卒中後急性期が過ぎると、脱顆粒することがわかった。即ち、虚血が続くとマスト細胞が活性化される。一方、Mrgprb2がノックアウトされている場合はこのような活性化は起こらない。

では活性化の結果何が起こるのか。細胞学的には卒中後に好中球の脳内の浸潤が起こり持続するが、Mrgprb2 がノックアウトされると中期以降の好中球浸潤は抑えられる。好中球の浸潤はミクログリアを活性化し脳内の炎症を誘導するが、この過程に Mrgprb2 が必須であることを示している。また、マスト細胞がこの過程を調節していることについては、Mrgprb2ノックアウトマウスの卒中を誘導したあと、正常マスト細胞を脳に投与する実験でマスト細胞が脳内への好中球の移動を調節していることを示唆している。

これで思い出されるのが2018年にこのブログで紹介した驚くべき結果、即ち脳内への好中球浸潤は頭蓋骨髄から続いているカナルを通って起こり、決して循環細胞からリクルートされているわけではないとするハーバード大学からの論文だ(https://aasj.jp/news/watch/8894)。ただこの論文ではマスト細胞の役割については全く言及していなかった。

この研究もこの論文着目し、マスト細胞が頭蓋から脳への白血球の移動を調節しているのではと考えた。そこで GFP でラベルされた頭蓋を移植し卒中を誘導すると、ハーバードの論文で示されたように、好中球は全て頭蓋骨髄から硬膜を通って脳内に移動することがわかった。そして Mrgprb2ノックアウトマウスでは特に硬膜から脳内への移動が阻害されており、これが好中球浸潤とその後の炎症を防いでいることがわかった。

このルートでは semaphorin3a が白血球の移動を抑えていることがわかっているが、マスト細胞は semaphorin3a を分解するプロテアーゼを分泌し、移動の抑制を抑えている。すなわち、Mrgprb2 がないと、マスト細胞が活性化されず、semaphrin3a はそのまま硬膜からのルートを通る白血球の移動が抑えられたままになる。

以上がマウスモデルでのメカニズムだが、最後に人の卒中で Mrgprb2 に対応する Mrgprx2陽性のマスト細胞が活性化され、卒中の患者さんでは semaphorin3a が低下していることを明らかにし、人間でも同じ事が起こっている可能性を示唆している。

ではメカニズムがわかって治療可能性はあるのか。マウスモデルだが Mrgprb2阻害剤として知られる植物由来化合物Osthole を投与すると、Mrgprb2ノックアウトマウスと同じで卒中後の炎症が抑えられ、壊死領域が抑制されることを示している。

以上、マスト細胞が脳でも機能しており、脳卒中の回復を促進するための標的になり得るという面白い研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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