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6月23日 気になる臨床研究:臨床検査の話題3題(6月12日 Current Biology オンライン掲載論文他)

2025年6月23日
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今月は変わった臨床検査についての2論文から始める。

最初は6月12日Current Biologyに掲載された(図)。

タイトルにあるように、左右の鼻孔に吸気と呼気の圧の微妙な違いを(24種類のパラメータ)検出できるセンサーをつけ、24時間呼吸を記録して、それをAIに学習させたモデルを作成している。このモデルを用いると、新しくインプットした呼吸パターンからほぼ完全に個人を特定できる。寝ているときより、起きているときのパターンの方が正確に個人を特定できる。また、測定日を変えてもほぼ同じパターンが維持されることも確認されている。

次に、このパターンから身体の状態を予測できるか調べて、身体的計測ではBMIと高い相関が示されている。睡眠時無呼吸症候群など肥満と関わる呼吸状態はよく知られているが、覚醒時の長期記録でBMIが予測できるのは面白く、詳しい原因を知りたいところだ。

また、自己申告から判断した、ムードや不安、さらに人付き合いなどのスコア(うつ病、不安症、自閉症診断に用いられる)もそれぞれ明確な相関を示していた。

以上が結果で、これで難しい診断が可能になるというものではないが、呼吸のパターンに精神や新多状況が反映されていることを知るだけで十分だと思う。

次は5月28日Analytical Chemistryにオンライン掲載された中国浙江大学からの論文で、パーキンソン病(PD)を耳垢の揮発性有機化合物から診断できるという論文だ。

研究ではPDと健常人の耳垢を採取、その中に含まれる揮発性物質の種類をガスクロマトグラフィーと質量分析を組み合わせて測定している。また人工的においセンサーを用いた測定も行い、それらをやはりニューラルネットに機械学習させ、診断が可能かを調べている。

揮発性の物質を検出しているので、要するに耳垢のにおいから診断が可能かという課題だ。詳細は省くが、検出された4種類の揮発物質が最もPD診断と相関が高い。しかし、それだけではなく結果全体をインプットし、さらに匂いセンサーデータを統合することで、ROCで98%という診断率が可能になっている。

結果は以上で、面白い着想だが、相関の高い分子をさらに探索し直すことで、PDの新しい病態を理解できるようになるかもしれない。

最後は末梢血中のDNAからガンを診断するliquid biopsyについて5月22日Cancer Discoveryにオンライン掲載された論文で、話題としては何を今更という感があるが、日本賞も受賞しているガンゲノミックスの大御所Bert Vogelsteinの研究室からということで取り上げた。

研究では動脈硬化の経過を調べるための小さな地方コホートを利用して、登録時からガンの発見に至るまでの血液サンプルからDNAライブラリーを作成し、シークエンスベースで特定の変異を探索している。即ち、全ゲノムを解読するのではなく、40種類の変異に絞って変異があるかを調べている。方法としてはさすがVogelsteinと思う完全かつ簡便な方法になる。

結果だが、52人のうち26人がコホートスタートから6ヶ月でガンと診断されている。このうち8人で最初の採血サンプルでガンの変異を持つDNAが発見されている。即ち診断率は3割ぐらいになり、診断率は低いと片付けられる可能性はある。しかし、ガンを発症しなかった残りの26例では、全く擬陽性がなく、またその後のフォローでも陰性のまま経過していることを考えると、陽性率は低くても、ガンの特異診断法としては価値があると思う。

では早期診断かというと、発見された患者さんのうち5例がなくなっていることを考えると、早期診断に役立っているとは結論できないようだ。

最後に、ガンと診断された患者さんたちが残していたさらに以前の血清についてすでに特定された変異であれば何年も前からガンのDNAが血中に存在するか調べている。0.2% 以上の頻度で見つかる例が2例存在し、さらに0.1%程度が2例存在することから、感度さえ上げれば早期診断も可能かもしれない。

いずれにせよ、Vogelsteinが集大成として早期診断に真面目に取り組んでいるのに頭が下がる。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月22日 タコは対象物に集まった細菌叢を手がかりに好き嫌いを決めている(6月17日 Cell オンライン掲載論文)

2025年6月22日
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アフリカのシクリッドは口の中で子供を育てることやクエの口の中を掃除する代わりに敵から守ってもらうベラの仲間が存在することはよく知られているが、視覚の及ばない場所で餌と間違わない認識が行われているはずだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、タコが視覚が効かない夜の海や岩の隙間を長い足を伸ばしてサーチし、餌とそれ以外を区別する仕組みの一端を明らかにした研究で、6月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Environmental microbiomes drive chemotactile sensation in octopus(環境の細菌叢がタコの化学的触覚感覚を決める)」だ。

このグループは2020年にタコの足に存在して海中で特定の化学物質を感知する感覚受容体 (CR) を明らかにする論文を発表していた。26種類の CR がゲノム上に存在するようだが、この研究では最初に遺伝子クローニングされ、研究が進んでいる CR1 に焦点を当てている。

また、触覚の機能として、生きたカニと死んだカニを区別する行動、及び卵を守るとき死んだ卵を区別して排除する行動を選んで、このときの区別に CR1 がどう関わるかを研究している。

CR は匂いと同じで化学化合物を認識するので、区別に繋がる化合物を明らかにする必要があるが、死んだカニの甲羅や卵の殻に多くの細菌叢がとりついて分解を始めることに着目し、細菌叢の構成成分のなかの100種類近くを個別に培養し、細菌の分泌化合物を含む上清の刺激活性を、CR1 遺伝子を導入したヒト細胞株を用いて、パッチクランプ法で調べている。

大変な実験だが、結果は予想通りでかにの甲羅由来のバクテリアではシュードモナス・アルカリゲンスが、排除された卵の殻からはビブリオ・アルギノリティクスの上清が刺激効果があることがわかった。そして、それぞれから最も強い反応を誘導する2種類の有機化合物 H3C と LUM を単離している。切り離したタコの足に添加する実験でも、反応パターンは異なるものの、強い足の反応を誘導することに成功している。

次に、CR1 と H3C 、 LUM を含む様々な化合物との結合を構造学的に調べ、CR1 は水に溶けない非親水性化合物と結合するポケットを持っているが、非親水性化合物であれば同じように反応するわけではなく、構造的にはポケット周辺にある異なるアミノ酸残基と水素結合の仕方で、異なる化合物と結合していることがわかった。カルシウムの流入に関わるチャンネル構造との関係で見ると、LUM や H3C はチャンネルを閉じているアミノ酸のポジションを変化させて、カルシウムの流入を高めることを示している。

以上の構造学的知識の上に、もう一度死んだ甲羅や排除された卵を見るとそれぞれ H3C や LUMg が死亡とともに濃縮し始め、さらにこれらの化合物により吸盤による結合が抑えられていることを確認している。

タコの感覚についてこれほど大々的に真面目に研究を進めたことに脱帽するが、これほどの研究を支えている今迫害にも負けずトランプと闘っているハーバード大学にも敬意を表したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月21日 体内にmRNA/ナノパーティクルを投与してT細胞をCARTに変える(6月19日 Science 掲載論文)

2025年6月21日
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ガンに反応する抗体とT細胞受容体をキメラにした遺伝子を導入して、Bリンパ性白血病の治療に用いる CAR-T 治療が Science の選んだ今年の10大ニュースに選ばれたのは2017年だが、あれから8年、オリジナルな方法に様々な改良が加えられては来たが、臨床応用された大きなブレークスルーはまだないように思う。

現在行われている CAR-T の問題は患者さんごとにリンパ球への遺伝子導入を行うため、ばらつきを避けられず、またコストがかかる点にある。これを解決しようと、誰にでも使える CAR-T の様々な治験が行われているが、まだ FDA が認可した方法はない。

もう一つの方向は、全く遺伝子導入を行わず、T細胞とガンをブリッジする抗体を用いる方法で、すでに FDA の認可が下り治療が進んでいる。

今日紹介するサンディエゴにある Capstan Therapeutics からの論文は、mRNAワクチンと同じようにキメラT細胞受容体遺伝子をリピッド粒子に閉じ込めて注射することで、患者さんのリンパ球をキラー細胞に変えて、全ての反応を体内で済ませてしまう方法の開発についての論文で、6月19日 Science に掲載された。タイトルは「In vivo CAR T cell generation to treat cancer and autoimmune disease(体内でCART細胞を生成してガンや自己免疫を治療する)」だ。

mRNAワクチンのように Lipid Nanoparticle を遺伝子治療に利用するときの関門は、目的の細胞に選択的に粒子が取り込まれるようにする必要がある。ワクチンと違い静脈に注射した場合、通常の粒子は肝臓でトラップされ、肝臓細胞に遺伝子が導入されてしまう。これを防ぐためにイオン化脂質を取り込ませることが行われるが、この研究では L829 と呼ばれる独自のイオン化脂質を使っている。

L829 を含まない粒子に蛍光遺伝子を詰めて静脈注射すると、遺伝子はほとんど肝臓に取り込まれ、肝臓で強い蛍光遺伝子の発現が見られる。一方。L829 を取り込ませた粒子は肝臓でのトラップが強く抑制される。

次に、さらにリンパ球特異的に遺伝子を導入するため、この粒子に CD5 や CD8 に対する抗体を取り込ませ、目的のリンパ球に選択的に遺伝子導入が可能か調べ、CD5 抗体を組み込んだ場合、肝臓にはほとんど取り込まれず、脾臓のリンパ球に強く取り込まれることを、ラットとカニクイザルで確かめている。

次に、CD8 に対する抗体を組み込むことで、CD8 T 細胞特異的に遺伝子導入が可能か調べている。結果は期待通りで、ほぼ CD8 T 細胞特異的に遺伝子導入が可能になっている。

異常の条件設定の上で、ヒト血液細胞を持続的に生産しているヒト化マウスモデルを用いて、現在最も使われている CD19 に対するキメラ受容体遺伝子を導入し、ナノ粒子を注入することでヒトB細胞を除去できるか調べている。CD19 抗体を持つキメラ遺伝子を導入した CART は、ガンだけでなく正常B細胞も除去してしまうので、この現象を利用している。驚くことに、CD19 キメラ受容体遺伝子を詰めた CD8 抗体-ナノ粒子をヒト化マウスに静脈注射すると、なんと3時間ぐらいでほぼ完全にヒトB細胞が除去される。

ただ、レンチウイルスベクターによる遺伝子導入とは異なり、mRNA / ナノ粒子の場合、遺伝子発現は続かないため、2週間程度で新たしく作られたB細胞に置き換わる。この一過性の抑制は、抗体が中心の自己免疫病治療には理想的な性質で、異常B細胞を除いて、骨髄からの新しいB細胞で置き換えて、自己免疫病の再発を抑えることに使える。

このように、ホストのB細胞だけでなく、移植したB細胞性白血病もmRNA / ナノ粒子でほぼ完全に抑えられることを示している。

最後に前臨床の締めくくりとして、カニクイザルのB細胞を認識できる CD20 抗体をキメラ受容体に利用し投与することで、CART 誘導してサルで正常B細胞を完全かつ一過性に除去できることを示している。また、3週間ぐらいから徐々に新しいB細胞が末梢血に現れることも確認し、少なくとも抗体が原因の自己免疫病の治療に利用できることを示している。

もちろんこれほどの反応が起こることから、サイトカインストームが発生することは必至で、一匹のサルではかなり重症の炎症が発生している。ただ、サイトカインストームを予想して免疫抑制全処理をしても、B細胞除去効果に変化はないことから、十分臨床的に対応できると結論している。

以上が結果で、データからはかなり有望な印象がある。臨床治験も早いような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月20日 ハルピンから最近出土した完全な頭蓋は15万年前のデニソーワ人と判明した:ついに現れたデニソーワ人の骨格(6月19日 Science オンライン掲載論文他)

2025年6月20日
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数多くの骨格が出土し、形態学的は研究が進んでいるネアンデルタール人と異なり、ペーボさんたちがシベリアデニソーワ洞窟で発見したデニソーワ人については、断片的な骨から得たDNAやタンパク質の解析から、デニソーワ人と特定されている。ただ、骨や歯からのDNAに加えて、洞窟の土に染みついているDNA、さらには骨のプロテオーム解析をベースに、デニソーワ人と考えられる骨は東ヨーロッパから台湾まで広く発見されている。

デニソーワ人由来でチベットやネパールのヒトに受けたウガレテイル高地順応遺伝子、さらにポリネシア人ではデニソーワ人由来のゲノムの割合が5%を超えることが観察されることなどから、デニソーワ人はホモサピエンスが来る前からアジア一帯に広く分布していたと考えられる。

しかしこれらはすべてゲノムやプロテオームから得られた結果で、残念ながらデニソーワ人の形態を知るための頭蓋や骨格の情報はこれまで皆無だった。とはいえ、中国にはホモサピエンスが来る前のネアンデルタール人とは異なる骨が多く発掘されていたことから、デニソーワ人の骨格がわかるのも時間の問題とされていた。

今日紹介する中国科学アカデミー研究所からの論文は、最近黒竜江省ハルビンで発掘されたほぼ完全な頭蓋標本が15万年前のデニソーワ人の頭蓋であることをプロテオーム解析(Science論文)、そして歯石に残るDNA解析 (Cell 論文)から明らかにした研究だ。タイトルは「The proteome of the late Middle Pleistocene Harbin individual(中期更新世後期のハルピン人)」が Science 論文で、「Denisovan mitochondrial DNA from dental calculus of the >146,000-year-old Harbin cranium(デニソワ人のミトコンドリアDNAが146000年以上前のハルビン人頭蓋の歯石から確認された)」だ。

2021年に発掘された頭蓋は、ホモサピエンスでもなくネアンデルタール人でもないとして、Homo long と名付けられ、ひょっとすると新しいホモ族かと騒がれていた。ただ、デニソーワ人の骨格がわかっていないこと、また東アジアに広く分布していたことから、当然デニソーワ人である可能性も高かった。

そこで Science 論文では頭蓋の一部からペプチドを抽出し、なんとデニソーワ人と特定するためのアミノ酸の多型を122種類も特定するのに成功している。そして、これをベースに今回発見されたデニソーワ人がデニソーワ3と呼ばれるデニソーワ洞窟で見つかったDNAから推察されるデニソーワ人の先祖に近いグループであることを確認している。この結果、ついにデニソーワ人の完全頭蓋が発見されたことになる。見てみると、目の上が大きく張り出した特徴的な構造を持っている。

ただ、ペプチドだけでは満足せず、DNAを抽出する試みも行われたが、得られる骨や歯からはほとんど古代DNAを検出することはできなかった。

そこで目をつけたのが歯石で、これまでも歯周病菌を含む食べ物のDNAまで保存されている場所で、しかも分解から守られていることがわかっている。この歯石に残るDNAの中から、人間由来で、しかも14万年という経年変化を受けたDNAのライブラリーを作って調べたところ、ミトコンドリアDNAに関しては比較に使えることがわかった。その結果、ペプチドの結果と同じでデニソーワ3と呼ばれるDNAに最も近い系統のデニソーワ人で、チベット付近で発見されたデニソーワ人やデニソーワ洞窟で最初発見された新しいデニソーワ人とは明確に区別される2系統の一つであることを明らかにしている。

結果は以上で、ついに現れたデニソーワ人特徴的な頭蓋のおかげで、今後の発掘は進むと思う。実際、発見時に発表された論文で、形態学レベルの系統樹が詳しく作られていることから、これまで発掘された頭蓋の断片も分類が進むだろう。まだまだ謎に包まれたデニソーワ人研究に大きな光が差し込んだ研究と言える。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月19日 果糖は脳のミクログリアで代謝され貪食能を低下させる(5月11日 Nature オンライン掲載論文)

2025年6月19日
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このブログでも何度か紹介してきたように、甘味を高める目的でコーンシロップ(高果糖液糖)が加えられた飲料や食品は、少量であれば小腸上皮で代謝されるが、通常は門脈を通じて肝臓に運ばれ、そこで代謝される。このとき、果糖はブドウ糖と異なり代謝を律速する酵素を必要とせず、制御されない形で急速に分解されるため、過剰な脂肪酸合成やミトコンドリアへの負荷を引き起こし、その結果としてインスリン抵抗性や脂肪肝が生じることが知られている。

最近では、コーンシロップを多く含む甘味飲料を過剰に摂取している母親から生まれた子どもに、不安障害などの神経症状が見られるという報告が注目されてきた。ただし、脳における果糖のトランスポーター発現は低く、これらの症状が果糖の直接的な影響なのか、あるいは間接的な影響なのかは明確ではなかった。

本日紹介するのは、米国スローン・ケッタリング研究所からの研究で、2024年6月11日付の Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Early life high fructose impairs microglial phagocytosis and neurodevelopment(発達初期の高果糖摂取はミクログリアの貪食能を障害し、神経発達を損なう)」です。

この研究では、脳の免疫細胞であるミクログリアが、果糖を取り込むトランスポーターGLUT5を高発現していること、さらに血中に果糖が存在するとミクログリアの貪食能が低下し、それが不安様行動につながることをマウスモデルで示した。これは、臨床での観察報告を動物モデルで再現し、そのメカニズムを明らかにした典型的な研究といえる。

具体的には、新生児マウスに果糖を直接胃内投与すると、脳内ミクログリア数が減少し、貪食されずに残る死細胞が蓄積して神経発達が障害されることが観察された。同様の異常は、妊娠中の母マウスに果糖を摂取させた場合にも出生児に見られたことから、臨床現象と一致するモデルであると結論されている。

さらに、脳全体としてはGLUT5の発現は非常に低いものの、ミクログリアに限ってはGLUT5を明確に発現しており、果糖の取り込みに応じてその発現がさらに増強されることも示されました。そこで研究者らは、GLUT5を白血球系細胞(ミクログリアを含む)で欠損させたノックアウトマウスを作製し、果糖摂取によるミクログリアの異常が消失することを確認している。

同様に、果糖を摂取している母親の胎内で発育し、出生後に母乳で育てられた新生児マウスにおいても、胎児期から白血球系でGLUT5をノックアウトしておけば、果糖の悪影響は全く見られないことが示された。

果糖による影響は、ミクログリアが果糖を直接取り込み、その代謝状態が変化することで貪食能が低下するという機序で説明されます。この仮説を検証するために、マウス由来およびヒトES細胞由来のミクログリアを用いた培養実験が行われ、果糖の添加により貪食能が低下することが実験的に確認されました。さらに、GLUT5欠損ミクログリアをコントロールとした比較実験により、果糖がGLUT5を介して直接ミクログリアに作用していることが明確に示されている。

では、なぜ果糖がミクログリアの貪食機能を低下させるのか?この点は簡単には解明できないが、研究チームはさらに踏み込み、ミトコンドリアに局在するヘキソキナーゼ2(HK2)の関与を調べた。その結果、HK2を阻害するとミクログリアの貪食機能が回復し、逆にHK2が活性化してミトコンドリアに局在すると貪食機能が低下するという、これまでの研究と整合する結果が得られた。これにより、果糖がミクログリア内でHK2の活性を高め、それが貪食能の抑制に繋がっているという結論が導かれた。

最後に、果糖の摂取によって生じた不安様行動は、白血球特異的GLUT5ノックアウトマウスでは見られず、ミクログリアの機能障害こそが果糖による小児の神経行動異常の一因であると結論づけられた。

研究全体としては、技術的に目新しい手法を用いたわけではないが、臨床現象をモデル化し、細胞・分子レベルで原因を追究した点で、非常に価値のある研究だと感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月18日 Foxo3を活性化して若返らせた間葉系幹細胞は全身の細胞を若返らせる(5月19日 Cell オンライン掲載論文)

2025年6月18日
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間葉系幹細胞や細胞由来のエクソゾームを用いた抗老化治療をうたった美容診療医院を神戸でも見かける。間葉系幹細胞が骨髄移植時の GvH 抑制や、関節疾患の治療に使われ、認可された製品があることはよく理解しても、抗老化となるとなんとなくうさんくさい印象を持っていた。

今日紹介する北京大学からの論文は、このうさんくささを解消すべく、しかもアカゲザルを用いてヒトES細胞由来間葉系幹細胞に抗老化作用があることを、老化研究で用いられる最新の実験方法を用いて示した研究で、本当なら大騒ぎになっても良さそうな論文で、5月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Senescence-resistant human mesenchymal progenitor cells counter aging in primates(老化が起こりにくく操作したヒト間葉系前駆細胞はサルの老化を防ぐ)」だ。

Foxo3 は抗酸化反応を調節するなど、様々な抗老化作用に関する転写を調整する転写因子で、老化研究の一つの鍵と言える。この研究グループは、Foxo3 のアミノ酸の一部を操作することで、例えば血管の老化を防げることを発表していたが、この論文ではヒトES細胞でまず Foxo3 に老化を防ぐ変異を導入し、間葉系幹細胞を試験管内で誘導すると、試験管内で老化なしに増殖し続ける細胞が樹立できることを示している。そして、この老化しない間葉系幹細胞 (senescence resistance cell:SRCと呼んでいる) を注射することで、全身の老化細胞を活性化できるのではと着想し、ヒトで言えば60-70歳にあたる年齢を含む様々な年齢のアカゲザルの静脈に注入して、様々な老化指標を調べている。細胞は2週間に1回、1キログラムあたり2200万個を注入し続け、しかも44週間という長期に観察を続けている。

結果は驚くべきもので、コントロールに使った Foxo3 を改変していない間葉系細胞 (WTC) でも一定の抗老化効果が見られるが、ARC を注射したグループはあらゆる指標で大きな抗老化作用が認められる。実際ここまでやるかと言うほど、様々な方法で若返ったことを確認している。

例えば、脳では老化による皮質の縮小を抑えることができ、組織学的には老化で切れ切れになっているミエリンの構造が元通りになる。さらには、アミロイドや Tau の沈着も抑えられ、その結果として様々な認知試験が正常化するとともに、CT で調べた脳の構造も正常化している。

老化の伴い炎症性サイトカインの上昇が認められるが、これも正常化し、血液細胞レベルでみると、p21の発現による細胞老化が強く抑えられ、酸化ストレスによる DNA 障害が低下、自然炎症性サイトカインの合成が抑えられる。

他にも生殖臓器を含む様々な臓器について、組織学的アッセイ、転写アッセイ、そして single cell RNA sequencing を駆使して老化が抑えられていることを示している。また、最近老化時計の指標として使われる、遺伝子発現やDNAメチル化指標を用い、その結果を機械学習を用いて数値化して、若返り度を年齢に換算して示している。メチル化指標を用いるとアカゲザルでなんと5歳、人間で言えば15歳も若返ることを示している。

これ以外にも、生殖機能も含めほとんどの組織で老化指標が軒並み低下することを、最新のテクノロジーを用いて示しているが、紹介は割愛する。要するに、私の目で見てレベルの高い最新の方法とインフォーマティックスを用いて調べており、しかもアカゲザルを長期に観察するという極めて手間のかかる研究が行われている。

以上が結果だが、ではこのまま臨床に進むのかを考えてみると、一つ大きな問題がある。それはヒトに近いサルを用いたのはいいが、ARC はすべてヒト由来の細胞で、これをサルに注射しても当然ガンはできないだろうし、効果が完全に ARC だけによるかは疑問だ。というのも若返り効果はWTCにも少し見られるので、異種細胞を繰り返し注射する効果と言えなくもない。私がレフリーなら、アカゲザルのES細胞由来 ARC を用いた実験を要求したと思う。この実験でガンの心配が無く、若返り効果が確認されたら、大騒ぎになると思う。

もう一つの問題は、Foxo3 の変異は ARC にだけ導入されていることを考えると、なぜ若い間葉系幹細胞が細胞の老化を抑えるのかについてのメカニズムが全くわかっていない点だ。この問題を回避するため、著者らは ARC の効果が ARC 由来エクソゾームで得られることも最後に示しているが、マウスや試験管内実験が減少として示されているだけでそのまま鵜呑みにしにくいと思う。

とはいえ著者らはかなり自信がありそうで、論文の書きようも高揚感に満ちあふれており、ついに抗老化治療の切り札を手にしたと宣言している。おそらく、間葉系細胞を用いている多くの美容診療医院にとっては追い風になりそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月17日 代謝物から細菌叢の変化を探る(5月16日 Cell オンライン掲載論文)

2025年6月17日
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これまでの細菌叢研究は、細菌叢のゲノムから健康との相関を割り出し、そのあとで細菌が合成する様々な分子と健康状態との因果性を確かめる一種のリバースジェネティックスが用いられてきた。ただ、遺伝子とプロダクトの相関についてのデータが不足しているため、健康と細菌叢の因果性を明らかにするのは簡単ではないが、短鎖脂肪酸と免疫や代謝疾患の相関などはこの方向から生まれた研究と言える。

これに対し、今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、体内に存在するアミノ酸と脂質が結合した N-acyl-lipid を網羅的に調べ、この変化を細菌叢、そして特定の細菌へと追求する形質から初めて遺伝子に至るフォワードジェネティックスを用いたユニークな研究で、5月16日 Cellにオンライン掲載された。タイトルは「The microbiome diversifies long- to short-chain fatty acid-derived N-acyl lipids(短鎖及び長鎖脂肪酸由来N-acyl-脂肪酸は細菌叢により多様化する)」だ。

すでに述べたように、この研究では体内に存在する様々な代謝物から、その由来とともに病気との相関を探ることで、その代謝物を合成している細菌を特定できるかという課題にチャレンジしている。ただ、無数の代謝物のなかからアミノ酸と脂肪鎖が結合した N-acyl-lipid (NAL) に着目して研究を行っている。というのも、NAL の中には免疫や神経機能を変化させる化合物が知られており、ガンやアルツハイマー病の診断に利用できないか研究されている。

質量分析データを解析し直して、血液や臓器のNALを探索すると、結合しているアミノ酸と炭素鎖の長さが異なる脂質が結合したNALを815種類特定することができる。これらの中から、実験が可能なマウスと人間で共通に検出できる205種類のNALに絞りさらに検討を進めている。

まず、無菌マウスを用いて細菌叢の関与を調べると、短鎖脂肪酸とアミノ酸が結合したNALのほとんどが細菌叢により合成されることがわかる。一方長鎖脂肪酸と結合したNALは細菌叢が存在すると低下するので、ほとんどが食べ物の中の植物成分に由来することがわかった。元々細菌叢により植物成分が短鎖脂肪酸へと転換されることは知られているが、これに様々なアミノ酸を結合させる作用が細菌叢に存在し、NALが合成され、高い濃度で体内に吸収されることがわかった。

次に病気との関係を調べる目的で、エイズ患者さんと健常人を比較し、エイズ患者さんではヒスタミンおよびカダベリンと短鎖脂肪酸が結合したNALが増加していることを発見する。他のエイズ検査と相関させると、このNALはCD4T細胞数と逆相関し、HIVウイルス量と相関する。

次に、このNAL上の変化の原因となる細菌を特定するため、患者さんで増加する細菌を選び出し、さらにそれぞれの細菌を培養して同じNALの合成が観察できるか調べている。その結果、Prevotella buccae などいくつかの菌ががエイズの腸管で増加しており、これらの細菌にヒスタミンと短鎖脂肪酸が結合したNALを合成する能力があることが突き止めている。

最後にカダベリン結合短鎖脂肪酸、及びヒスタミン結合短鎖脂肪酸を試験管内でT細胞に加える実験を行い、NALがそれぞれのT細胞に複雑な作用を持つことを示している。

以上が結果で、実際に細菌叢由来のNALが病気とどう関わっているのかについて結論するのは早いと思うが、まず代謝物の違いから初めて、細菌叢の違い、そして細菌叢のゲノムの違いへと遡るフォワードジェネティックスが可能であることを見事に示した研究で面白い。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月16日 セントラルトレランスの進化と胸腺:ヤツメウナギもトレランス機構が存在する(6月11日 Nature オンライン掲載論文)

2025年6月16日
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このブログでもすでに4回紹介するとともに、YouTube 配信も行った「胸腺上皮細胞が体内に存在する様々な細胞の転写」を再現することで発生途中のT細胞に自己抗原を提示し、トレランスを誘導するという巧妙なメカニズムが存在する。マウスの場合、胸腺上皮の発生過程から生後1ヶ月まで、上皮は身体の組織を真似た転写を行う真似細胞として胸腺細胞を教育するのだが、それぞれの身体の真似細胞が発生する詳しい過程はまだわかっていないことが多い。

今日紹介するドイツフライブルグにあるマックスプランク免疫学・エピジェネティックス研究所からの論文は、胸腺発生に重要な Foxn1 の真似細胞の発生での役割を調べることで、真似細胞が必ずしも正常胸腺発生に依存しないことを示すとともに、胸腺が無いとされているヤツメウナギでも体内組織の真似細胞を形成してセントラルトレランスを誘導する仕組みがある可能性を示した研究で、6月11日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Developmental trajectory and evolutionary origin of thymic mimetic cells(胸腺の真似細胞の発生過程と進化起原)」だ。

この研究は Foxn1 がヌードマウスの原因遺伝子であることを明らかにしたトマス・ベーム研究室からで、お得意の胸腺発生過程での様々な組織を代表する真似細胞の出現を詳しく調べている。その結果、筋肉や繊毛細胞,浸透圧調節細胞のように進化の早くから存在する細胞については発生の初期から、そして皮膚や肝臓細胞のような脊椎動物以降の組織では生後に真似細胞が現れることをまず発見する。

即ち発生は進化を繰り返すというドグマにまさに合致しているので、今度は Foxn1 をノックアウトしたマウスで真似細胞を調べると、繊毛細胞などの進化的に古い細胞に対応する真似細胞は Foxn1 非依存的に発生することを発見する。

以前も紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/2083)、顎や胸腺が存在しないヤツメウナギにも Foxn1 のパラログ Foxn4 が存在し、マウスの Foxn1 を Foxn4 に置き換える実験を発表しているが、真似細胞の観点からもう一度 Foxn1 が Foxn4 に置き換わったマウスを調べると、なんと進化の後期に現れる肝臓や膵臓、皮膚に対応する真似細胞が強く抑制されることを発見した。

ヤツメウナギからサメへの進化過程で、魚は Foxn1 と Foxn4 を発現するようになると同時に、肝臓や膵臓といった臓器が発生してくるが、これらに対応する真似細胞を効率よく発生させるために Foxn1 が進化してきた可能性を示唆している。

とすると、胸腺が存在しないナメクジウオでもT細胞が集まる胸腺様原基に同じような真似細胞の発生が起こっている可能性があり、調べるとミオシンや肝臓の TTR 遺伝子が原基に限局して発現しているのを明らかにしている。

さらに、Foxn1 と Foxn4 を両方発現するゼブラフィッシュから Foxn1 をノックアウトすると、筋肉や浸透圧調節細胞といった進化の古い細胞に対応する真似細胞が多くなることを示している。

以上が結果で、実際には完全にシャープに分かれるわけではないが、我々とは全く異なる免疫系を持つナメクジウオでも、同じように真似細胞が必要で、胸腺発生以前からセントラルトレランスメカニズムが存在したことを示す、トマス・ベームらしい研究だと感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月15日 絵画のデジタル修復(6月11日Nature オンライン掲載論文)

2025年6月15日
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美術館だけでなく、教会でも多くの絵画を見ることができるが、古い絵画になると教会に飾ってある絵画は痛みが激しいように感じる。見るときの光のせいもあるのだろうが、ほとんどの教会では財政的にも修復が簡単ではないのだろうと個人的には思っていた。光に晒され、また大きな温度変化に晒されてきた絵画はオリジナルな光彩を保つことはできない。従って、古くから修復が行われ、その技術が伝わってきた。しかしながら、修復と障害が紙一重の修復作業に熟練した人材は乏しく、結果多くの美術館では修復できずに展示できない絵画が数多く存在する。

この問題に対し、ニスでカバーされている油彩の修復であれば、修復箇所だけをプリンターで印刷したラミネートフィルムを貼ることで、ほとんど満足のいくしかも何度でもやり直せる修復が可能であることを示した研究が、5月11日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Physical restoration of a painting with a digitally constructed mask(デジタルに作成したマスクを用いて絵画の実際の修復を行う)」だ。

最近は様々な AI 写真修正アプリが存在し、ピンボケの写真もシャープな写真に変えてくれるが、基本的にはこれと同じ原理で、まず元の絵画をスキャンし、そこから修復すべき部位を探し出す。その上で、すでに存在する元の絵画を復元する AI を用いて修復後のイメージを再現する。

ここまでは写真修正ソフトとほとんど同じだが、全てがデジタル画像の写真と違ってこの修正を実際の絵画に加える必要がある。一つの方法は、納得できる修正後のデジタル画像の情報を元に、色や修正範囲を決めて、最終的には手で修復する、即ち修復者を助け効率を上げる方法が考えられるが、これだと修復熟練者の不足を解消するには至らない。

そこで、手での修復を諦め、修復箇所だけを透明のラミネートにインクジェットやレーザープリンターを組み合わせて印刷し、それを一気に元の絵画に貼り付ける方法を選んでいる。このとき、修復倫理として伝えられてきた匠の技、すなわち修復しすぎない、さらに人間の視覚感覚に合わせた色彩の選択、などをアプリに組み込んで、最終的に5600カ所の剥げ落ちた箇所について、57000色の異なる色彩を用いた修復箇所をラミネートに印刷している。

15世紀後半に描かれたキリスト誕生を祝いに来た3人の博士の絵画では、馬小屋に横たわるキリストの顔が完全に抜け落ちている。人間が修復する時にはどうしているのか知らないが、AI なのでこの画風に最も合致した画像を、当時の様々な絵画に描かれたキリストの顔を元に再構成し、これをさも修復画像に見えるように描き、ラミネートに印刷している。

あとは画面に張るだけだが、ニスで保護されている絵画の場合、このラミネートを簡単に剥がすことができ、必要ならニスを剥がして通常の修復を行うことができる。今回修復対象になった絵画に関しては全修復に人間が行うより66倍速く完成したとしている。実際には、修復倫理に合致させたりするためにかかったアプリの構築などを考えると、今後はさらにスピードが上がると思う。

普通、修復を考える時、材料もできるだけ当時の画材に近くと考え修復されていると思う。しかし、ともかくお蔵入りになっている絵画を一般の人が鑑賞できるようにするという目的に絞れば、現代のインクジェットやレーザープリンターで使われているインクを用いた画像を使うことも納得できる。実際、赤ちゃんとはいえ3人の博士の訪問の図にキリストが主役を演じていることを考えると、キリストの顔の欠落した絵画は展示しにくい。そして、これを全て人の手で完成させようとすると時間もかかるし、修復倫理にかなうかどうかもわからない。その意味で、この研究によりお蔵入りの絵画を鑑賞できるようになることは意義が大きい。何よりも文句が出れば剥がせばいい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月14日 グリオブラストーマ治療に新しい光がさすか?(5月18日 Cell オンライン掲載論文)

2025年6月14日
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グリオブラストーマ (GBM) は現在も治療方法開発のための様々な努力をはねつけている超悪性の脳腫瘍だ。今日紹介する米国メイヨークリニックとスクリプス研究所からの論文は、これまで知られなかった GBM のアキレス腱を発見し、治療可能性を示した研究で、5月18日 Cell にオンライン発表された。タイトルは「MT-125 inhibits non-muscle myosin IIA and IIB and prolongs survival in glioblastoma(MT-125は非筋肉ミオシンIIAとIIBを阻害し、グリオブラストーマの生存を延長する)」だ。

骨格筋のミオシン以外にも細胞自体の運動などに関わるミオシンが存在する。GBM ではミオシンIIA とIIB の発現芽上昇しており、これが脳内での強い浸潤を支えるのではと考えられ、GBM の進展をこれらミオシンをノックアウトすることで抑える試みが進んだ。この過程で、浸潤性のみならず、GBM の増殖も抑制できるという結果が得られて、ミオシン機能を阻害する薬剤の開発が進められていた。

遺伝子ノックアウトの研究から、ミオシン阻害は IIA と IIB 同時に起こる必要があることがわかっていたので、この研究ではこれまでミオシン阻害剤として知られていた Blebbistatin をベースに、両方のミオシンの機能を抑制できる化合物MT-125を完成させる。

この薬剤は静脈注射が必要で、まず様々な用量を投与し続ける実験を行い、有効濃度ではほとんど目立った副作用がマウスには起こらないことを確認する。一番心配されたのは心臓のミオシンに反応することだが、この心配はなさそうなのでそのまま研究を続けている。この薬剤単独で、マウスに発生させた GBM の生存期間を2倍程度延長させることができる。

次にミオシンの抑制がどうして GBM の増殖を抑制するのかについて、様々なインヒビターを組み合わせた薬理実験を行っている。

まず、MT-125 を投与すると GBM 内の活性酸素が上昇し、それによる DNA損傷が起こることがわかった。そして、活性酸素の上昇はミオシン機能が抑制されたことで、ミトコンドリアの分裂が抑えられ、長い異常なミトコンドリアが増加することによる結果であることを確認している。この結果、GBM のフェロトーシスが誘導され、細胞が死ぬことになる。事実、フェロトーシス阻害剤を加えたり、活性酸素を抑えるとこの効果は無くなる。逆にこれまでほとんど効果が無い放射線照射の感受性が高まることから、フェロトーシス誘導経路と MT-125 を組み合わせることが今後の鍵になる。

このように活性酸素を介する過程ではガン増殖に抑制的に働くのだが、こうして発生した活性酸素は、ガン増殖に関わる重要なシグナルについては促進的に働くことも明らかになった。これは、活性酸素により増殖にかかわる PDGF 受容体の活性を抑える脱リン酸化酵素が抑えられ、PDGF 受容体の活性が維持される結果で、MT-125 がガンを助けるという矛盾する効果を持つことが考えられる。ただ、このシグナルが持続的に活性化されることは、ガンのシグナル依存性を高めることから、PDGF 受容体から下流のキナーゼカスケードを薬剤で抑えられる可能性が高まる。即ち、ガンをシグナル中毒に陥らせ、そのシグナルを遮断するという方法だ。

これを証明するため、GBM を発生させたマウスを MT-125 と PDGF 受容体阻害剤や、さらに下流のシグナル阻害剤と組み合わせると、単独の時以上の強い効果が得られたことが示されている。

結果は以上で、まず現象に基づいて薬剤を開発した上で、その作用機序を明らかにすることで臨床での使い方まで示唆したトランスレーショナル研究で、完治は難しくとも GBM 治療に光がさしてほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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